櫛田に転生したから綾小路の手駒になる   作:星宮ひまり

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 遅くなりました。申し訳ありません。
 ちょっとずつ更新していきます。


 転生櫛田は、一つのミスでどこまでも思い詰めるタイプです。
 綾小路は、ちょっと転生櫛田を過大評価していました。


10.致命的に大きなズレ

 

 

『入学式の日、おまえはどうして堀北と初対面のフリをしていたんだ?』

 

 

 ――綾小路くんから送られてきたメッセージ。その意味を考える。

 

 そもそも彼は、どうしてその考えに到ったのだろうか?

 そして今このタイミングでそれを()いてきたのは、なぜ?

 

 

 真っ先に考えたのは、『茶柱先生から教えられた』というものだった。

 

 放課後に入ってすぐの、校内放送での呼び出し。そこで綾小路くんは、茶柱先生から『櫛田桔梗(わたし)と堀北鈴音が同じ中学校の出身』であることを聞かされたのではないだろうか?

 学校側はおおよそ全ての事情を把握しているはずだ。私がDクラスに振り分けられたのも、『学級崩壊(あの事件)』について把握しているから……のはず。当然、担任である茶柱先生も担当生徒の詳細情報は持っているだろう。

 

 だが、私はこの考えをすぐに否定する。

 

 学校側が、生徒の個人情報をわざと他の生徒に教えるようなことは、常識的に考えてしないはずだ。

 ……この学校に常識が当てはまるかは疑問の余地が残るが、さすがに教師が生徒の個人情報を他に漏らすようなことはしないと考えて良いだろう。

 

 まあ、出身中学程度ならぽろっと話してしまう可能性もあるけれど……いや、そもそも茶柱先生が綾小路くんにそんなことを吹き込む理由がないよね。

 先生から生徒の情報をポイントで購入できる可能性はあるけれど、それだって綾小路くんがわざわざピンポイントに『櫛田桔梗(わたし)と堀北鈴音の出身中学』の情報を買うとは思えない。

 

 

 次に考えたのは、『堀北鈴音が気付き、綾小路くんに教えた』というパターン。

 

 アニメ二期の『ペーパーシャッフル』の話の時みたいに、堀北鈴音が自分の通う中学に櫛田桔梗(わたし)がいたということを思い出し、それを綾小路くんに教えた。

 放課後、堀北鈴音は話し合いに参加せず教室を出ていた。あの時、堀北鈴音は真っ直ぐ寮には帰らず、茶柱先生に呼び出されて教室を出た綾小路くんと接触したのだろう。

 

 ……と、『どのタイミングで教えたか』について見当が付いたとしても、これが真実かどうかは微妙なところ。

 

 いつ、なにが原因で思い出したかはわからない。でも、そこは重要じゃない。

 

 そもそも堀北鈴音は、『櫛田桔梗(わたし)と同じ中学の出身だった』ということを綾小路くんに教えるのか?

 

 アニメの時は、堀北鈴音と『櫛田桔梗』は完全に敵対していて、堀北鈴音は協力関係にある綾小路くんに情報を共有する必要があったから話した――という感じだったはず。

 現在の私と堀北鈴音の関係は、アニメの今の時期と比べて良いとも悪いとも言えないけれど、『ペーパーシャッフル編』の時みたいに敵対関係ってほど険悪でもない。

 

 だから私の行動を不自然に思ったとしても、それを綾小路くんに伝えるようなことはないだろう。

 というか、今の櫛田桔梗(わたし)は敵対関係でもないただのクラスメイトなんだから、堀北鈴音の性格からして大して気に()めない気がする。

 

 

 そしてこれが一番可能性が高く、しかしなにが原因なのかわからないのだが――『綾小路くんが自力で気付いた』パターン。

 

 彼の能力的にこれが一番あり得る……というか、実際にそうであったとしても「まあ綾小路くんなら……」と思えてしまう。

 けれど、原因がわからない。

 気付くとしたら、私のこれまでの行動に何らかのミスがあったのだろう。

 

 でも――……うん、やっぱりわからない。

 振り返ってみても、『私が堀北鈴音に対し初対面を装っていた』と思われるようなミスは犯していない……はず。

 

 

 最後に思い至ったのは、『アニメに登場しなかった、堀北鈴音以外の私の知らない同じ中学出身の生徒』がいた可能性。

 

 これについては……確かに、可能性はゼロじゃない。

 

 原作を読んでいない私にはわからないけれど、アニメに未登場の人物(キャラ)はそれなりにいるだろう。その中に『櫛田桔梗(わたし)や堀北鈴音と同じ中学の出身』である人物(キャラ)がいないとは限らない。

 

 あるいは、フィクションが現実になったことでの変化、とか。

 さらに考えるなら、私のような転生者が『原作知識』を綾小路くんに吹き込んだ可能性だってある。

 ……まあその場合、私に接触するのではなく、どうして綾小路くんに情報を伝えたのか不思議だけれど……。

 

 いや、原作主人公に取り入るためと考えれば不自然でもないか。

 その情報を使って櫛田桔梗(わたし)を脅すよりも、綾小路くんの協力者の立ち位置に立ったほうが今後のためにもいいと思う。相応の実力は必要だけれど、原作知識があればそれもなんとかなる……かな? まあ、私の曖昧なアニメ知識でもどうにかなっているし、それよりも詳細な原作知識があれば上手く立ち回ることはできると思う。原作知識って、実質カンニングペーパーみたいなものだし。

 

 

 ――と、色々考えてはみたけれど、私の頭の中だけでは真実には辿り着けない。

 綾小路くんの考え。そして、その疑問から彼がどんなアクションを起こすのか。私の浅ましい目的に、腐った性根に、――真実に、彼は気付いてしまったのか。

 

 それを、確かめないわけにはいかない。

 

 正直、怖い。

 綾小路くんにどこまで知られているのか。

 

『中学のあの事件』のことまで知られていなくても、私が嘘を吐いて人と接していることがバレたら、彼からの信頼は確実に落ちるだろう。

 そして――もし……もしも彼が、私のことを完全に敵と見なしているとわかったら、私は――……。

 

 綾小路くんがどうして『私が堀北鈴音に対して初対面を装った』と考えたのか、早急に知らなければならない。

 知らなければ、――安心できないから。

 

 

 そう――()()

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 寮の部屋で考えを纏めていたら、時刻は二十二時を過ぎていた。

 今日はもう遅いし、綾小路くんと話をするのはまた明日にしよう――と、普通のことなら思えたのだが、今回のことは別だ。私にとって、この件は緊急性が高い。

 

 より正確な情報を得るために、電話ではなく対面で話をしたい。

 

 そう考え、私は綾小路くんに個別チャットで今から会えないかとメッセージを送る。

 既読がついてから数十秒後、了承のメッセージが帰ってきたので、私は寮のエレベーターに乗って下の階――男子のフロアに降りた。

 

 401号室の扉の前に立ち、深呼吸を一つ。

 

 ……そういえば、考え事に没頭していて制服から着替えてすらいなかった。

 とはいえ今から戻って着替えるのもアレなので、覚悟を決めてチャイムを鳴らす。

 

 ほどなくして扉が開き、部屋の主が顔を出した。

 

「櫛田」

「こんばんは、綾小路くん。遅い時間にごめんね。入ってもいいかな?」

「あ、ああ……いいぞ」

 

 綾小路くんに招かれ、私は部屋の中に踏み入れる。

 男子の部屋に一人で入るのは怖いけれど、今はそれ以上の恐怖が心を支配しているから、躊躇せずに入ることができた。

 

 綾小路くんの部屋は殺風景で、カーペットすら敷かれていない。床に座るか迷って、落ち着ける心境でもないので結局立っていることにした。

 

「あー……その、茶でも飲むか?」

「ううん、大丈夫。気にしないで」

「ああ……」

 

 綾小路くんの動きは、どこか挙動不審に見える。動きが硬いというか、自然体じゃないというか……。

 そんなことすら、今の私には『私を疑っているがゆえの不自然さ』に思えてならない。

 

 思わず泣き出してしまいそうなほど強い不安が襲ってくるけれど、それをなんとか抑え込んで、私は口を開いた。

 

「それで、綾小路くん。チャットのことなんだけど」

 

 声が震えないように気を張っているが、それもどこまで誤魔化せているだろう。

 なんとか心を奮い立たせて綾小路くんの瞳を真っ直ぐ覗き込むと、彼はゆっくりと視線を動かし、最後には逸らした。たぶん目→胸→明後日の方向にズレていったと思う。

 多少なりとも思考が散ってくれるなら儲けものだ。……うん。

 

「どうしてそう思ったのか、()いてもいいかな?」

「……、櫛田は入学式の日のこと、覚えてるか?」

 

 綾小路くんの問いに、私は首を(かし)げる。

 

「えっと……どのこと?」

「入学式の後、解散になってすぐだ。あの時、おまえは堀北に対して初対面のように振る舞ってただろ?」

「そう、だね。あ――そういえばあの時も、綾小路くんは私と堀北さんが知り合いだったかって訊いてたね」

 

 私が堀北鈴音の名前を知っていたことを不思議がった綾小路くんに、私は最初、ネームプレートのことを挙げて誤魔化した。

 しかし、私が綾小路くんと堀北鈴音の近くに来たとき、すでに堀北鈴音は自身の机に貼られていたネームプレートを片付けていた。それを指摘してきた綾小路くんに、私は「最初に教室に入った時、全員のネームプレートを把握していた」と答えたのだ。

 

「でも、あの時は納得してくれたでしょ? どうして今……」

「悪いが、あの時も納得はしていなかった」

「っ」

 

 ひゅっ、と。息が詰まる。

 心臓が凍り付いたような感覚。体の内側から痛いほどの寒気が襲ってきて、私は反射的に自身の体を抱いた。

 震えそうになる体を(こら)えていると、綾小路くんが言葉を続ける。

 

「櫛田、おまえは『最初に教室に入った時にネームプレートを確認した』と言っていた。だがそれは不可能だ。オレとおまえが教室に入った時、すでに堀北はネームプレートを外していたんだからな」

「――、」

 

 自身の(あやま)ちを突き付けられ、私の思考は真っ白になる。

 気付かないうちに噴き出した冷や汗が、私の頬を伝って落ちる。

 体は芯から冷え切っていた。

 

「なあ、櫛田」

 

 ――そして。

 瀕死の獲物にトドメを刺すように。

 綾小路くんは、決定的な言葉を放つ。

 

 

「もしかして、おまえと堀北は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 まるで、五体から感覚を奪われるような。あるいは、どこまでも落下していくような。

 水の中にいるような息苦しさ。胃は溶け込み、肺は沈み、喉に溢れ、耳が詰まり、舌は求め、目が浮かび、脳が(おか)される。

 思考は完全に漂白され、今、私がどんな表情をしているのか、言葉を発しているのかさえわからなくなる。

 

「――ぅ、――ぅ――――ぁ――ぃ――……」

 

 ぐちゃぐちゃになった視界がひどく気持ち悪い。

 でも、そんな中でも、綾小路くんの瞳だけは()()ぐこちらを射貫いてくる。

 

「――く――だ――?」

「――なん、で――ぁ――――ぃ――――ぁぃ――――……」

「ぃ――おいッ、櫛田!」

 

 気付いたら、綾小路くんの顔が目の前にあった。

 彼は私の肩を掴んでいる。

 

 問い詰めるため?

 追い詰めるため?

 

 わからない。

 でも、私は、なにも、考えられなくて。

 

「大丈夫か、櫛田? 深呼吸できるか? ゆっくり、少しずつで良いから、息を吸って、吐いて――」

 

 ……。

 …………、………………。

 

 ……、駄目。思考停止している場合じゃない。

 考えなきゃ。誤魔化せない。でも、考えなきゃ。ここから助かる方法を。

 

 言い訳は得意なはずだ。

 取り繕うのはいつものことだ。

 呼吸するように嘘を吐いてきた私なんだから、そのくらい、意識しなくても舌が回ってくれる。

 

 作り直したいつもの笑顔(仮面)が、私の(ウソ)を脆く支える。

 

「たし、かに……うん、確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()

 ここはもう誤魔化せない。いや、否定しても意味は薄い。

 なら、彼の推理を一部肯定し、その上で誤魔化さなければならない部分を死守する。

 

「だけど、初対面だったのは本当だよ。堀北さんは、その、ちょっと有名だったから、私も顔と名前を覚えていたの。でも直接話したことはなかったから、あんな確かめるような聞き方になったってだけ」

 

 ()()()()()()()()

 

 前世の記憶が蘇る前にも、私は堀北鈴音の顔と名前を知っていた。堀北鈴音は、ちょっと悪い意味で有名だったから。中学時代、堀北鈴音と同じクラスの友達から彼女についての文句を度々聞いていたし、彼女の居る教室に入った時に顔も見ていた、はず。

 

 だから、顔と名前も知っていたが、直接話したことはない。そういうことにする。

 

 綾小路くんが出した推理の材料と訊き方からして、誰かから確定情報を入手したわけじゃないはずだ。

 私のミスから、自力で辿り着いた。

 なら――いや、だからこそ、『中学のあの事件』についてはバレていない。そこまで飛躍することは、あり得ない。

 

 

 そもそも彼の推理は間違っている。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

 

 なん、て――……。

 ――、――――、――――――あり得ない。

 

 

「……、なるほどな」

 

 果たして綾小路くんは、そう言って頷いた。

 私は、綾小路くんの手から逃れるために、一歩下がる。彼の手が私の肩から離れ、ふらりと(くう)を切って落ちた。

 

「これで、納得してくれたかな?」

「――ああ、わかった。悪いな、辛いことを訊いてしまった」

「辛い、こと? なんで?」

「いや……間違えた。変なことを訊いた」

「ううん。綾小路くんの疑問が解消できたなら良かったよ」

 

 にっこりと微笑むと、なぜか綾小路くんは息を呑んで黙ってしまった。

 唐突に訪れた沈黙が、どこか痛い。

 空気を変えたくて、私は咄嗟に話題を探した。

 

「――そういえば、綾小路くん。茶柱先生に呼び出されていたけど、結局何の話だったの?」

「ん? ……あー、成績の話だった」

「成績? 正直、綾小路くんよりもヤバ……ええと、話をしなきゃいけない子が他にいると思うんだけど……」

 

 そもそも朝の茶柱先生の様子からして、この学校の先生が個別に生徒を救済するようなことはしないと思う。

 あ、点数をわざと50点に揃えていることがバレて怒られたとか? 確か綾小路くんって、入試も小テストもわざと50点に揃えていたよね?

 

 アニメだと……誰に指摘されたんだっけ。

 

 …………、あ、生徒会長だ。存在をすっかり忘れていたけど、鈴――……堀北鈴音の兄じゃん。

『中学のあの事件』の時にはすでに卒業していたから要警戒対象じゃないけれど、私と彼女が同じ中学の出身だって知っているのはあの人も同じじゃん。なんで忘れていたのかな。…………まあ、アニメでの登場頻度の問題かな。

 

「オレが最初に呼び出されたのは、名前順だったからじゃないか? だから次は池か井の頭が呼ばれるかもな」

「そう……かな?」

「正直、オレに茶柱先生の考えはわからない。案外、気に入らない生徒に八つ当たりするためだけに呼び出されたのかもな」

「それはさすがにないんじゃないかな……?」

 

 話しているうちに、精神(こころ)が落ち着いてきた気がする。

 そして、一つ重大な問題が片付いてしまうと、途端に他のことが気になりだしてくるものだ。

 

 今、私は――夜遅い時間に、男子の部屋に居る。

 

 …………、ヤバイ。さっきまで他のことに意識を持って行かれていたから問題なかったけど、意識し始めると緊張してきた。

 

 思考を逸らすために――という建前でありながらバリバリ意識してしまっているが――視線を綾小路くんから逸らし、周囲に向けてみる。当然、目に入るのは綾小路くんの部屋の内装。

 

 そうして改めて綾小路くんの部屋を眺めてみるが、彼の部屋は驚くほどに入寮時の風景からほとんど変わっていなかった。

 部屋にあるのは、最初から置かれているベッドと机と椅子、そして本棚だけ。その本棚も、教科書が置かれているだけで、趣味の本は一冊も増えていない。

 あまりにも物が増えていなさすぎる。生活感が感じられない……とまでは言わないけれど、普通の男子高校生の部屋には見えない。

 

 いや――。

 ふと、ベッドに目がとまった。

 

 枕の横に、デフォルメされたイルカのぬいぐるみが置かれていた。

 殺風景な部屋の中で、唯一、色をつけるもの。男子の部屋にはおおよそ似合わない可愛さだけれど――。

 

「……ぬいぐるみ、ベッドに置いてるんだね」

「ん? そういうものなんじゃないのか?」

「机の横……だと、勉強の邪魔になっちゃうか。いちおう本棚に置く手もあるけど……うん、まあ、この部屋だとそこに置くのがいいかもね」

 

 四月の、どの週だったかな。授業がない日にグループで遊びに行ったとき、誰かの提案でショッピングモールの中に作られたゲームコーナーで遊んだときがあった。

 

 私が、クレーンゲームの景品になっていたイルカのぬいぐるみを眺めて「可愛いねー」なんて言ったら、心ちゃんが「私が! 私がッ! 桔梗ちゃんのために取ってみせる!」と張り切りだして。でも結局、5000ポイント使っても取れなくて涙目になっちゃって。

 

 そんなときに、綾小路くんがサッと取ってくれたのだ。「横で見ていてコツを掴んだ」とか何とか言って、一回でなんと三つも同時に取り、私にプレゼントしてくれた。

 

 さすがに三つも要らないので(というかそもそも欲しいとは言っていないけど、そこは黙っておくとして)一つはありがたく貰い、一つは結果はダメだったけれど頑張ってくれた心ちゃんに、そして最後の一つは取ってくれた綾小路くんに渡したのだ。

 それが今、彼の枕の横に置かれている。

 

「もしかして、抱き枕にしてるの?」

 

 だとすると、なんというか凄いギャップだ。普段はクールで無表情のイケメン(中身は冷酷無比)が、夜はイルカのぬいぐるみを抱きかかえて眠る……うん、なんというか、破壊力が凄い。

 

「いや、とりあえず枕の横に置いているだけだ」

「ふぅん? 可愛いところもあるんだなぁ、って思ったんだけど。違ったんだ」

 

 クスクス笑って、それから私はくるりと身を翻す。

 背中を見せたまま、顔だけわずかに振り返り、

 

「そろそろ帰るね。ごめんね、こんな時間にお邪魔しちゃって」

「あ、ああ……」

「じゃあ、また明日ね、綾小路くん。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ――」

 

 最後にひらりと手を振って、部屋から出る。

 扉が完全に閉まり、綾小路くんの顔が見えなくなってから、私はそっと息を吐き出した。

 

 ――ひとまず、大丈夫。

 堀北鈴音と私が同じ中学の出身だということはバレてしまったけれど、初対面を装った件については誤魔化せた。

 

『中学のあの事件』について知られたわけでもない。

 嘘吐きな私はバレていない。

 醜悪な性根には気付かれていない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、ミスのカバーはきちんとできたはず。

 

 大丈夫。

 大丈夫だよ。

 

 私はきちんと櫛田桔梗(わたし)()れた。

 私はしっかり櫛田桔梗(わたし)()った。

 

「――よしっ」

 

 綾小路くんの疑いは解けて、明日からは中間テストに向けて頑張るだけ。

 

 なにも問題はない。

 

「大丈夫」

 

 不安なことは多いけれど――。

 

「大丈夫だよ、きっと」

 

 深く、何度も何度も、私は自分にそう言い聞かせる。

 

 




 今回の綾小路は、
「女子が部屋に来る、だと……ッ」
「あ、チャットの件か。まあ知りたかったから良いか……いや別に期待していたわけではないぞ、もちろん」
「ファッ!? アッ……ふぅん、へぇ……」
 みたいな感じでした。


 転生櫛田は「今回の件は、綾小路だけでなく堀北にも気付かれる可能性がある」ということが思考からこぼれ落ちています。正常な精神状態なら、初日の堀北に「なぜこの人は私の名前を知っているのかしら?」→「ああ、そういえば中学にこんな人もいたわね」と気付かれている可能性があることに気付けました。
 まあ実際のところ、そういうレベルの話ではないのですが……。


 ちなみに四月後半から転生櫛田の心中での軽井沢の呼び方が「軽井沢さん」→「軽井沢」に変化したのは、クラスでの軽井沢の態度に思うところがあるからですが、実は同族嫌悪的なところが微妙に入っています。


条件:綾小路よりも堀北への警戒度が高い
分岐/帰寮後すぐに綾小路の部屋に向かって話を聞く。
「綾小路くん、チャットの件なんだけど……もしかして、堀北さんから聞いたのかな?」
「堀北? いや、違うが……」
「え?」
「ん?」
「…………、そっか(やっっっっっっっっっっばいミスった)」
「あー……じゃあ、その、櫛田と堀北は……」
「うん、まあ……その、同じ中学の出身だよ。でも初対面なのは本当かな。堀北さんはちょっと有名だったから、私も顔と名前は知ってたってだけ。直接話したことはないよ」
「え?」
「え?」
「……、(これはもう二人を引き合わせて訊いたほうが良いか……)」
「……?(なんか凄い寒気がする……何かを致命的に間違えたような……?)」
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