櫛田に転生したから綾小路の手駒になる 作:星宮ひまり
あまりに更新が空きすぎてしまったので、とりあえず完成している部分を投稿します。
お待たせしたあげく、短め(当社比)の幕間エピソードで申し訳ありません。
そしてタイトルでわかるとおり堀北視点です。
完璧な兄に憧れた。
だから私は、兄さんの背を見て、真似て、孤高であり続けた。
ひたすら一人で勉学や運動に励む生活だったが、別に寂しくなどなかった。
周囲の人間はあまりに愚昧で、関わるだけ無駄だと思っていた。ゆえに切り捨てた。必要最低限の連絡事項以外の会話を徹底的に無視し、それでも近づいてくる相手を罵倒とも取れる正論で打ち負かし、遠ざけた。
そんな態度でいれば、すぐに私に関わろうとする人間はいなくなる。
――たった一人、
「堀北さん、お話しようよっ」
彼女は常に笑顔だった。
「堀北さん、何の本を読んでるの? 面白い? よければ紹介してくれないかな?」
彼女はどんな罵倒にも屈しなかった。
「堀北さん、すっごく運動できるんだね! 部活に入ったりしないの? あ、習いごとがあるのかな? ――武道やってるの? 格好いいね!」
彼女は良く人を見ていた。
「堀北さん、テスト満点だったの? 凄いねっ! 私、あんまりできなくて……よければ勉強、教えてくれないかな?」
彼女は努力家だった。
だが彼女はいつまで経っても諦めることなく私に干渉してくる。
鬱陶しいと思っていた。どうして私に関わるのか、わからなかった。
「櫛田さん。どうしてあなたは私に関わるのかしら?」
だから――言葉を飾らず、直球で質問を投げかけた私に、彼女は困ったように微笑んだ。
「どうして、か……。そう、だね。運命って言ったら信じる?」
「ふざけないでちょうだい」
「別にふざけてはないんだけどね……。まあでも、それはただの切っ掛け。本当のところは――
「……よくわからないわね。その三つが、あなたが私に関わることにどう関係しているのかしら」
「お節介みたいなものかな。堀北さんにとっては、頭にくることかもしれないけど」
余計に意味がわからなかった。
ただ――どうしてか、彼女から向けられる
「それは、
「――、」
私の言葉に、彼女は目を見開き、息を呑んだ。
しかしすぐに表情を変えた。いつもの完璧な笑顔ではなく、何の感情も覗かせない『無』に。
「どうしてそう思ったのかは、訊かないでおくよ。たぶん私が未熟だったのが原因だろうし。――そうだね、
それは、いつもの彼女からは想像も付かない……彼女の沢山いる友人たちは思ってもいないであろう、櫛田桔梗という少女の本性だった。
「でも、嫌いだけど、凄い人だと思ってるよ。尊敬してる。――私にはできない生き方を貫き通そうとしているから」
「……、そう」
あの時の私にはわからなかったが、彼女は確かに本心から話していたのだ。誰にも見せることのなかった素の自分で、まっさらな感情を吐き出していた。
「最初に謝っておくね。今から堀北さんに言うのは、ただの自己満足」
「……、」
「堀北さんのような生き方を貫き通すのはとても難しい。きっと堀北さんはこの先、その在り方を曲げざるを得ないときが来る。そこで折れてしまうか、突き進んで地獄を見るか、孤高の天才として大成するかはわからない。……でもね、そうじゃない生き方、もっと
彼女の言葉の意味が、あの時の私には理解できなかった。
「あと、勘違いして欲しくないんだけど――さっき、私は堀北さんを尊敬してるって言ったけど、それはあなたの生き方に憧れているからじゃない」
彼女の無表情に、ふと苦いものが混じる。
「……ねえ、堀北さん。普通、人は一人で生きていくことなんてできないんだよ。誰かの力を借りたっていう意識がなくたって、必ず誰かに支えられている。頼らないなんて無理。人間は社会的な生き物だから」
語り出す彼女の瞳は、目の前の私を映さず、どこか遠くを見ていたように思う。
「例えば、あなたのお兄さん――堀北先輩だって、誰かの力を借りているでしょ?」
「兄さんは、一人で完璧よ」
「まさか! ――ううん、確かにあの人は凄いよ。一人で何でもできるように見える。でも、本当に一人であらゆる難題を解決できるわけじゃない。友達、先生、生徒会の人、後輩、学校の外で出会った人……色んな人の力を借りている」
「……あなたは、兄さんが一人では何もできないって言うの?」
「うーん、そりゃ、能力があるからある程度のことはできると思うよ。――私が言いたいのは、個人の力には限界があるってこと。それに、人を頼れること、人に力を貸して貰えることもその人の能力だから、堀北先輩が優秀なことに変わりはないと思うし」
「……、」
「堀北さんは、お兄さんのようになりたいんだよね?」
私は一度もそのことを話したことはなかったが、彼女は見抜いていた。
彼女は沢山の人と関わり仲良くなっている。そうやって生活する中で、観察力、そして洞察力が鍛えられていったのだろう。
「今のままじゃ、いつまで経っても堀北さんはお兄さんのようにはなれない。憧れの人の一つの側面だけを見て真似したって意味はないよ。どうして堀北先輩は凄いのか、その本質を知って、自分の中に落とし込まないと」
うるさい。
あなたに兄さんの何がわかる。
そう衝動的に言ったところで、彼女は怯むことなく淡々と述べる。
「少なくとも、堀北さんよりは人を見ているつもりだよ」
それは紛れもない事実だった。当時の私には納得できないことではあったが。
「今はわからなくても、いつかわかるときが来ると思う。でも、それはきっと酷い痛みを伴うことになる。ともすれば死んでしまいたくなるほどに、ね」
「……私は、どんなことがあっても、兄さんに追いつくことを諦めたりはしないわ」
「追いつく、じゃ駄目でしょ。そもそも誰も堀北先輩と同じにはなれないし、なる意味もない。堀北さんには堀北さんの強みがあるんだから」
彼女には私には見えていないものが見えていて、その口ぶりは私が未熟であると決めつけるようなもの。そのことに苛立ちを隠せなかった。
けれど、暴言で遠ざけたところで無駄だ。彼女には効かないし――そもそもそんな振る舞いは、自制できない子供のすることだ。
――ああ、まさにあの頃の私は子供だったのだろう。
「確かに凡人には兄さんの真似なんて無理。でも、私は違う。私はずっと兄さんのことを見続けてきた。その背を追い続けてきたわ。誰に何と言われようと――私は兄さんのようになってみせる」
そう宣言する私を見て、彼女は呆れたような顔になった。そして、深いため息を一つ吐く。
「……一度自分を客観視したほうがいいとか、憧れるだけじゃなくて分析して理解したほうがいいとか、色々言いたいことはあるけど……うん。そういう馬鹿みたいに真っ直ぐで、自分の力を疑わない自信家で、夢や目標を素直に口にできるところは……なんというか、眩しいよ、本当に」
「褒めているのか馬鹿にしているのか、よくわからないわね」
「あはは、馬鹿を褒めてるんだよ」
「は?」
低く冷たい声で脅してみても、彼女はにこにこと笑うだけ。
「――やっぱり私、堀北さんのこと、大っ嫌い」
吐いた言葉に反して、屈託のない満面の笑みだった。
あの時の、彼女の心からの笑みを――私はずっと覚えている。
いつも彼女が皆に見せているものとは違う、ほんの少し毒気のある、けれど気の抜けた笑み。
あの会話から、彼女と私は友達になった……のだと思う。
少なくとも、一緒にいる時間は増えた。
そのほとんどが、彼女が勝手に私の近くに来て、勝手に色々話すことに私が相づちを打ち、偶に感想や質問を返す程度だったけれど。
それでも――当時、自覚していなかったことだけれど、今なら言える。
私は、彼女との時間を『楽しい』と感じていた。
だから――。
だから、クラスメイトたちの噂話で『あの事件』のことを知ったとき。
高校に向かうバスの中で、彼女の
そして――彼女が私に向かって、まるで初対面であるかのような振る舞いをしたとき。
私は、人生最大の衝撃で翻弄されることになった。
到らない自分に対しての怒りと後悔。
彼女の不自然な行動に対する困惑と悲嘆。
素直に事情を聞きに行けない自分の弱さへの失望。
そこへDクラスという学校からの評価やクラスメイトたちの惨状が重なり、私は弱り切っていた。
……いや、私は弱かったのだ。
こんな私では、兄さんのようにはなれない。
「――堀北先輩のようになる必要なんてないでしょ。鈴音ちゃんは鈴音ちゃんらしく、強くなればいいんだから。私はそのほうが好きかな。……嘘。やっぱ嫌い。眩しすぎて目が潰れる」
いつかの彼女の言葉が蘇る。
誰かの模倣だけでは意味はなく、孤独に戦い続けるのはただの無謀。それはもうわかっている。
でも。
それなら。
いや――だからこそ。
桔梗さん。
私の隣には、あなたがいてほしい。
書くのが遅い理由、ですか……?
なんか当初想定していたよりも転生櫛田の精神ダメージが大きいせいで、ぼんやり妄想していた『浮かれ綾小路としっとり堀北に振り回される転生櫛田』レベルの軽い話にならないからですかね。自業自得ですが。
……もともとは無人島試験の下着泥棒の騒ぎで大ダメージを与える予定だったんだけどなぁ。
「うーん、やっぱり鈴音ちゃんの髪、綺麗だね。長く伸ばしてるのも似合ってる」
「ありがとう。でもあなたの髪も…………、いえ、なんでもないわ」
「なんで言い切らないのかな。まあいいや。……長いの、ちょっと憧れるんだよね。少し伸ばしてみようかな……」
「そう、いいんじゃない? 似合うと思うわ。(そうしたらお揃いになるのね……。ふふっ)」
「…………、いや、やっぱいいや」
「どうしてかしら?」
「なんでもいいでしょ。……ま、あんたが短くするようなことがあったら伸ばすかもね」
「…………どうしてかしら」
「別にー。なんとなくそうしたいって思っただけ」
「………………どうして…………なのよ………………」