櫛田に転生したから綾小路の手駒になる 作:星宮ひまり
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あれ? 一クラスの人数って二十人くらいじゃなかったっけ?
疑問に思いながらも、私はひとまず四十の席から自分のものを見つけ、手早く荷物を置く。
人数が違うのは原作がそうだからなのか、それとも別の――それこそフィクションがリアルになったことで生じた変化なのか、私にはわからない。
くそう、原作を読んでおけば……っ!
と、頭の中で悔やみながらも、私は当初の計画通りにことを進めた。
……なんて格好付けているが、ただ単に友達作りを始めただけである。
何事もスタートダッシュが肝心だ。ほとんどの人間が「はじめまして」のこの状況で、挨拶を交わしているのといないのとではずいぶん違う。
まずは周りの席の子に話しかけて、少しずつ輪を広げていこう。立ち位置は中立のやや女子寄り。でも男子に壁を作ることはなるべくしないようにして……うん、
前世の記憶から見覚えのある人がちらほらいるが、現実には「はじめまして」であるクラスメイトたちと言の葉を交わしつつチラと綾小路くんのほうを見ると、彼は隣の席の堀北鈴音と会話を試みようとしていた。
……あれ? 綾小路くんはバスを降りてから教室に来るまでずっと私と一緒にいたせいで『堀北鈴音との校門前での会話』が無くなったけれど、教室での会話は発生するんだ。まあ席が隣なら、他に特別な理由なんかなくても普通に話しかけるか。
あっ……そういえば、
入学式の前か後か……やばい、記憶があやふやだ。綾小路くんが自己紹介で滑ったことしか覚えてない。
いっそ私が今「はいちゅーもーく!」からの「自己紹介しよっ!」ってやる? いや、でもこの後って先生が来て色々話をするから……ってか四十人も自己紹介する時間的余裕ある?
と、そんな思考は、教室内に鳴り響いたチャイムによって打ち切られた。
同時に教師が教室に入ってきたので、私は大人しく自分の席に戻る。
教壇に立つ黒髪ポニーテールの女性。規律に厳しそうな雰囲気――ではあるが、スーツの胸元を開いているせいで「あなたが風紀を乱してない?」と思わないでもない。我らがDクラスの担任、
皆が着席したことを確認すると、茶柱先生は口を開いた。
「えー、新入生諸君。私はこのDクラスを担当することになった茶柱
軽い挨拶の後、茶柱先生は皆に資料を配り、この学校の特殊な部分について話を始めた。
三年間クラス替えがないこと。
全寮制で、外部との連絡を禁ずること。
学校敷地内に数多くの施設が存在し、娯楽を含め、生活に必用なものが全て揃うこと。
そして、『Sシステム』のこと。
「施設の利用や買い物の際は、学生証端末に保有されているポイントを使う。電子マネーのようなものだ。学校内において、このポイントで買えないものはない」
話をしっかり聞いて、あやふやだった前世の情報からアップデートする。
特にSシステムについては非常に重要だ。
この制度のキモは、茶柱先生が言った「学校内において、このポイントで買えないものはない」という部分。
アニメでは確か、赤点を取ってしまい退学となるクラスメイトを救うため、綾小路くんと堀北鈴音が
普通にお金として使う以外にも、そのような裏技的な使い方ができるのだ。
まあ普通にお金ってだけでも重要だけど。
「ポイントは毎月一日に自動で振り込まれる。お前たち新入生にはすでに今月分のポイント――十万ポイントが支給されているはずだ。端末で確認してくれ。一ポイントは一円の価値があると言えば、わかるな?」
茶柱先生の説明に、クラス全体がざわめいた。
当然だろう――入学早々、十万円に等しい
とはいえ、裏技的な使い方ができることを知っている私としては、あぶく銭だからとぱーっと使うようなことはできない。
「支給額の多さに驚いただろうが、それはお前たちに対する
なんというか……言葉の端々にポイントを使わせようとする思惑を感じる。なにも知らなければ、私も乗せられていた……かなぁ?
どちらにせよ、新生活で物入りなのと友達作りの過程で遊びにお金をそこそこ使うだろうから、沢山は残せないかな。
「何か質問はあるか?」
茶柱先生が教室全体を見回して聞くが、誰も手を上げない。多くの人間は戸惑いはあれど、唐突に与えられた十万円――十万ポイントの衝撃に、上手く問いを見つけられないようだ。あるいは、その十万円でなにを買うかですでに頭の中がいっぱいなのか――。
他の生徒のことはさておき。
ここで質問をするべきか、否か。
アニメでは誰も質問していなかったはずだ。
だから私も質問しない――というのが正しいかは、微妙なところ。
なにせ――
ちょっと記憶が怪しいので細かいところは省くが……。
まず、ポイントには『プライベートポイント』と『クラスポイント』とがある。
前者は、先ほど茶柱先生が言っていた『一ポイント=一円』として使える電子マネーだ。
対し、後者のクラスポイントとは、簡単に言えば『クラスの成績』である。
重要なのは、クラスポイントを元に、毎月クラス単位で
そして――クラスポイントの量により、上からA、B、C、Dクラスと
このSシステムの根幹を成す部分の説明は、次のプライベートポイントの支給日――来月、五月最初の登校日まで行われない。
茶柱先生の言葉に紛れたヒントに気付かなかった多くのDクラスの生徒たちは、四月の間にポイントを使いまくり、五月のネタばらしで一気に地獄に叩き落とされる。
……ついでに、この学校の『生徒の希望する進学・就職にほぼ確実に応える』という謳い文句も、『卒業時点でAクラスでなければ適用されない』という衝撃の事実を知らされ、節約していて余裕のあった生徒であっても愕然とすることとなる。
今ここで私が「来月も絶対に十万ポイント貰えるんですか?」と質問し、茶柱先生の回答がはぐらかすようなもの――たとえば「今言えるのは、ポイントは毎月一日に自動で振り込まれる、ということだけだ」だったり、あるいは率直に「その質問には答えられない」と言われたりすれば、察しのいい生徒は『支給されるポイントが毎月固定ではない可能性』に気付けるだろう。
特に、リーダー格である平田洋介は気付き、皆に共有するはずだ。というかその場合、私もクラスへの影響力を求めて積極的に広める。
だが――。
「――質問は無いようだな」
理由は、
来月のポイントのことを考えたら、質問をして、Dクラス全体に注意喚起したほうがいいだろう。それに、いち早くSシステムの『先』――根幹部分に気付いているふうに見せることは、クラスメイトに一目置かれ、クラスへの影響力を高めることにも繋がる。
『
でも、今の茶柱先生の
それのなにが問題なのか?
――
……前提として、私はDクラスだけではなく、他クラスの生徒とも交友を広げていくつもりだ。人脈は力。綾小路くんに対して私の有用さをアピールするためには必要なこと。『
そのために、分け隔てなく、皆の友達になる。クラス、学年問わずに。
誰にでも優しく、誰からも好かれる人気者。
そんな
否、教えるはずだ。伝え方はどうあれ、多少なりとも警戒を促すはず。
そういう人間として、
そういう人間として、
情報をDクラスだけに留める理由がなければ、他者から見る
それによって、他クラスの大勢から感謝されたとして――Dクラスの皆はどう思うだろうか?
……クラス単位の競争が知られていなかった時の行動だからと見逃される? まあ、そういう雰囲気は作れる。きっと表立って私を非難する人はいない。だって確かな善意による行動だもの。
でも、心の底ではくすぶり続けるだろう。「櫛田桔梗が他クラスに伝えなければ、Dクラスだけが有利だったのに」と。
どんなに些細なことであっても、マイナスイメージであることに変わりはない。重要な時に手痛い影響を及ぼす可能性がある。それはなるべく避けたい。
ゆえに私は、気付かないふりをする。少なくとも、皆の前で、表立って知らせることはしない。
――と、思考を纏めている間に、茶柱先生は教室を去っていた。
「十万円って……すごいね」
「マジでいいのかな、こんなに貰って……?」
「ねえ、帰りに色んなお店見て行こっ! これだけあればなんでも買えるし」
高額のお小遣いに沸くDクラス。金額の大きさへの引っかかりはあれど、『貰えるポイントが変動する可能性』について口にする生徒はいないようだ。
と、
「みんな、ちょっといいかな?」
教室全体に聞こえるように声を上げたのは、爽やかな雰囲気の少年。見覚えのある人物――アニメでDクラスのまとめ役をしていた、平田洋介だ。
「入学式まで時間があるみたいだし、今から自己紹介をしたらどうかな? 少しでも早くみんなが仲良くなれたらと思うんだ」
「賛成っ!」
いち早く私が賛同すると、続いて「いいんじゃない?」「しようしようっ!」と声が上がる。
「ありがとう。――僕は平田洋介。気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般で、この学校ではサッカー部に入る予定だよ。みんな、よろしく」
いかにもな好青年の自己紹介に、パチパチと気持ちのいい拍手が向けられる。ついでに、一部の女子から歓声も上がった。
そして平田洋介――平田くんがお願いすると、端の席に座る子から自己紹介が始まる。
緊張で言葉に詰まっていた
私の自己紹介は、奇をてらったものではない。名前を言ってから、皆と仲良くしたい、連絡先を交換してほしい、ということを明るく元気に伝えただけ。いちおう、一人ひとりの目を見るよう心がけたり、綾小路くんにだけ気付いて貰えるようこっそり微笑みかけたり、堀北鈴音の反応を窺ったりしたけれど、特別なことはしていない。する必要もないしね。
そしてついに、綾小路くんの番がやってくる。
「そこのきみ、お願いできるかな?」
「え、オレ?」
平田くんに指名された綾小路くんは、ぼうっとしていたのか間の抜けた声を上げた。それからガタッと音を立てて立ち上がる。
「えー……っと、綾小路清隆です。その、えー……趣味や得意なことは特にありませんが……仲良くなれるよう頑張ります。――あっ。えっと、そう、オレは自由な鳥のように………………あ、やっぱなんでもないです」
最後に何か言おうとしたが、思うところがあったのか、早口で切り上げて座ってしまった。
皆、ぽかんとして、しばらくの間教室に静寂が満ちる。きっと綾小路くんにとっては痛いほどの沈黙だろう。――あるいはそんなことを気にする精神性ではないのかもしれないけれど。
その気まずい静けさを打ち破るように、私はパチパチと手を叩いた。いつもの笑顔で、「よろしくね、綾小路くんっ」と一言添える。
すると伏せ気味だった綾小路くんの顔がこちらに向き、どこかキラキラとした目を見せた――ような気がした。
「仲良くなりたいのは僕らも同じだ。よろしく、綾小路くん」
平田くんがそう締め、こうしてDクラスの自己紹介は――須藤と共に教室を出た人間がいたため、全員ではないが――終了した。
綾小路くんの自己紹介はアニメよりもやや悲惨な滑り方だった気がするけど、その後の私の行動でちゃんとフォローできた……かなぁ?
――まあ、ある程度私の存在をアピールできたはずだし、良しとしよう。
内心のくん・さん付けは転生櫛田からの印象次第。
以下、今回の転生櫛田の思考
・皆の前で質問をする=『支給されるポイントが毎月固定ではない可能性』に気付いていると大々的に示してしまう。
・気付いているなら、他クラスも含めて皆に言わないのは(自分がこれから作り上げる)櫛田桔梗という人間的に不自然。
・言うなら言うで、(微々たる変化だとしても)他クラスを助ける事実を作るのは、五月以降のクラスメイトからの心象的にNG。
・この時点で『ポイントとクラスのランクには関係がある』『クラス単位で競争することになる』ことがわかるヒントがあればDクラスだけに情報を留める理由付けができるが、それが無い。
・ゆえに、皆と同じように気付かなかったことにしたほうがいい。
>Sシステムの根幹に気付かなくとも、真っ当に生活していればクラスメイトからの評価が落ちるわけではないので。
といった感じの思考でした。説明で無駄に文字数が多くなってしまった……修行が足りぬ……。
やや考えすぎなところもありますが、それがどんな影響を及ぼすかは……今後の行動次第ですね。