櫛田に転生したから綾小路の手駒になる   作:星宮ひまり

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下ネタ注意。プール回だからね、仕方ないね☆ ……なんでこんなに字数が増えたんだ? プール回だからか?

転生櫛田が内心で暴言を吐きまくる可能性があります。この時期の池と山内に殺意の湧かない女子はおらんやろ……ということでアンチ・ヘイトタグを付け足しておきました。最初から付けておくべきでした。申し訳ありません。

あと、基本的に漢数字を使っていますが、プライベートポイントやクラスポイント、試験中のポイント(無人島試験のアレとか)やテストの点数については算用数字を用いることにします。じゃないと視認性が……。

あとあと、井の頭とみーちゃんの口調に違和感があっても見逃してください……。さらに井の頭は勝手にキャラ付けしています。半オリキャラ化だけどユルシテ……。転生櫛田と関わったらそんな性格になった、みたいな感じでお願いします。

なお、今回も途中で綾小路視点が入ります。


5.Dクラスの皆様方とプール

 

 

 高育に入学してから一週間と少しが経った。

 

 Dクラスの様子は初日・二日目よりも悪化しており、遅刻や居眠りを始め、授業中に隠れて携帯端末を触ったりゲームをしたり、普通なら授業妨害として非難されるレベルの大声で放課後の約束をするような輩までいる始末。

 さすがに度を過ぎた人間には私や平田くんがやんわりと注意するが、それもほとんど意味を成していない。注意の仕方が優しすぎるのと、私や平田くんに怖さ――厳しさが足りないのが原因だろうけど。

 

 すでにクラスポイントの半分くらいは削れているんじゃないだろうか。

 そんな悲惨な現状に私は、理由があるとはいえ、初日にSポイントのことについて質問しなかったことを後悔し始めていた。

 

 仕方ない……仕方ないんだけど、実際に体験してみるとヤバい。池・山内・須藤の三バカは会話内容は不快だし視線はキモいし、軽井沢さんや篠原さんたちはシンプルにうるさいし、堀北鈴音を初めとした真面目勢の静かなる怒りは怖いし。特に池と山内がキモすぎる。視線を向けられただけで鳥肌が立つ。話しかけられたとき、思わず足を引いてしまいそうになる。彼らの前で笑顔を固定するのが苦痛。本当に、本当に辛い。

 ……まあでも、仕方のないことだ。アレらはそういう生き物だって思うしかない。我慢するしかない。今の生き方を、戦略を取った時点で、どうしても我慢しなきゃいけない部分はある。それがどんなに辛くても、私は――……。

 

「おはよう山内!」

「おはよう池!」

 

 と、件のその二人が、朝から異様に元気だった。

 その様子を見ただけで嫌な予感がする。

 

 朝のホームルーム前だけど早退しようかな。でも、ずる休みは減点対象だろうし……いやいや、どうせ来月のクラスポイントはゼロだろうから問題ないでしょ、うん。授業の遅れも一日くらいなら――……。

 ん? 授業?

 

「プールかぁ……」

 

 あの二人が元気な理由に思い至り、さらに憂鬱になる。

 なぜかは知らないが、この学校は四月から数度、プールの授業がある。屋内プールのため季節関係なくできるとはいえ、なんで四月から……? というか男女混合なの、ちょっと……いや、だいぶ、結構、かなりやだなぁ。

 

「どうしたんですか、桔梗ちゃん?」

「あ、あはは、なんでもないよー」

 

 王美雨(みーちゃん)の不思議そうな視線に笑って誤魔化す。

 すると、井の頭さん――心ちゃんが私の心情を察したようで、池たちのほうに軽く視線を向けてから口を開いた。

 

「あの二人、今日ちょっとヤバイよねー。いや、いつもヤバイとは思うけど、なんか今日だけ変にテンションが高いっていうか……たぶん、五時間目のプールのせいだと思うけど」

「あー……」

 

 みーちゃんも得心がいったようで、ちらっと池と山内を見る。

 件の二人は「水泳と言えば女の子!」「女の子と言えばスク水!」などと気持ちの悪い発言を大声でしていた。キモい。

 

「なんか、女子の胸の大きさでランキングなんて作ってるみたい。気持ち悪いよね。さすが『死んでほしいランキング』のトップツー」

 

 ゴミを見る目の心ちゃんに、私は内心で同意する。発言は微妙に「おま言う」な感じだけど。

 

 ちなみに『死んでほしいランキング』とは、一年女子が作った数多あるランキングのうちの一つである。文字通り『死んでほしい』と思う一年男子の順位付けだ。

 入学から一週間ちょっとでこのランキングの上位に入賞するのは、初対面の印象で相当嫌われている証左だ。さすが池と山内、Dクラスの(汚い)星。とはいえ、匿名かつ詳しい票数もわからなくなっているので信憑性についてはお察しだが。

 

 なお、私は心の中で人物選定はすれど投票はしていない。匿名といえど、私がそれを行ったという形跡を残したくないので。もちろん投票するなら池と山内、あと外村とかその辺りかな。

 

「桔梗ちゃんは、プールの授業、参加するんですか?」

 

 みーちゃんが不安そうな目で見てくる。池と山内の様子を見て怖くなったのだろう。

 

「学校のプールがどんな感じなのか気になるし、参加するよ」

 

 正直、私も休みたい。けど、私の人物像(キャラ)的に特別な事情――それこそ体調不良や怪我でもない限り休めない。

 クラスポイント? もうどうせゼロだろうし考慮しません。

 

「偉いなぁ桔梗ちゃんは。私はどうしよっかなー」

「心ちゃんは参加しないの?」

「悩み中だよー。確かにプールは気になるけど、男子の目がキモいし」

 

 池と山内、そして続々と変態コンビの傍に集まってくる男子たちに軽蔑の視線を向ける心ちゃん。

 

「みーちゃんは?」

「私は……どうしようかな」

 

 みーちゃんとしても、池や山内のような男子のことを考えると休みたくなるのだろう。

 けれど、みーちゃんには参加したい理由がある。それを悟った私と心ちゃんは、一瞬だけ視線を交わして通じ合った。

 そして、心ちゃんはにやにや笑いながらある人物の名を口にする。

 

「平田くん、だよねー?」

「っ! な、なななななんで平田くんがががっ!?」

 

 なんてわかりやすい反応。可愛い。

 

「平田くんは倍率高いよー? 優しいし、格好いいし、イケメンランキング二位だし。自己紹介で言ってたとおりサッカー部に入ったみたいだけど、大会なんかで活躍したらもっと人気出ちゃうかも」

「ば、倍率って……心ちゃんっ! 私は別に、平田くんの水着姿が見たいからプールの授業に参加するか迷ってるわけじゃないですっ!」

 

 語るに落ちてるよみーちゃん……。

 というか別に、水着姿を見るだけなら見学でもいい。それでも参加するか迷うのは……たぶん、授業の自由時間で遊びたいとか、期待しているからかな? 自由時間があるのかはわからないけど。

 

「ふふふ、恋する乙女だねみーちゃんは。……というか――」

 

 と、不意に心ちゃんは私に目を向けてきた。

 

「桔梗ちゃんもだよねー?」

「え? えっと、なんのことかな?」

「惚けないでよー。綾小路くんのことだよー」

 

 にやにや、あるいはにまにま笑って言う心ちゃんに、私は困った顔で聞き返す。

 

「綾小路くんがどうかしたの?」

「誤魔化さないでよー。桔梗ちゃんがいっつも綾小路くんのこと目で追ってるの、バレバレだからねー?」

「た、確かに桔梗ちゃんって、いつも綾小路くんを見てる気がしますっ! それに、どこか遊びに行くときも、よく綾小路くんを誘ってるような……?」

「ほら、みーちゃんもこう言ってるよー? 白状しちゃいなよー」

 

 そりゃ目で追いもするよ。このクラスで――この世界で、私が最も警戒している人物だもの。

 だがそんなこと言えるはずもないので、私は誤魔化すように笑うしかない。

 

「あはは、やめてよー、気のせいだって。確かに綾小路くんと仲がいいのは認めるけど、恋愛とかそういうの、考えてないから」

「ほんとにー?」

「ほんとほんと」

 

 ()()綾小路くんと恋愛して、恋人関係になるなんて考えられない。というか綾小路くんが私……いや、どんな女子が相手であっても、恋愛的な意味で心が揺さぶられるような様子が想像できない。

 

 ……いや、待って。

 もしかして――そういう戦略も、あり?

 

 ……、…………、うーん、駄目だね。確かに恋人というポジションに収まればそう簡単に切り捨てられることはないだろうけど、そこに到るまでの道が難しすぎる。少なくとも私には無理かな。

 

「あ……」

 

 みーちゃんが何かに気付いて声を上げた。彼女の視線の先には、話題の綾小路くん。

 

「ん……? わー、綾小路くんもそこに混ざるんだー」

 

 と、みーちゃんの視線に気付いた心ちゃんが、冷たい声で言った。

 さもありなん。今し方話題に上げていた綾小路くんが、なんとあの池や山内たち変態男子ズの会話に混ざり、どの女子の胸が大きいかの賭けに参加していたからである。しかも真剣にオッズ表とにらめっこし始めたし。

 

 ……いや、何してるの綾小路くん。

 思わず私も一瞬だけ冷たい視線を向けてしまう。すぐに逸らしたから気付かれなかっただろうけど。

 

「桔梗ちゃん、あんなのやる男子、やめといたほうがいいよ」

「だから違うって、心ちゃんっ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おーい、綾小路ー。ちょっとこっち来いよ」

 

 池や山内たちがなんか盛り上がってるなー、でもオレと仲がいい(櫛田繋がりで何回か一緒に昼食を取ったり、放課後遊びに行ったりした)男子は参加してないし、混ざりづらいなーなどと考えていると、不意に池がオレの名を呼んで手招きした。

 オレは内心驚きつつ――なにせ池とは櫛田繋がりで一度だけ一緒に遊んだとはいえ、一対一で話すようなことはまったく無かったので、こうして呼ばれるほど仲良くなれたとは思っていなかった――池たちのところへ向かう。

 

「俺たち、女子の胸の大きさで賭けやってんだよ。おまえも参加するだろ?」

「おいおい……」

 

 なかなかに最低な誘いだった。女子に聞かれたら一生口を()いてくれなくなりそうだ。……ああ、だからクラス中の女子が汚物を見る目を池たちに向けていたのか。

 

「一口1000ポイントだ。博士が作ってくれたオッズ表もあるぜ」

「池、悪いがオレは――」

「まあまあ、そう言うなって」

 

 断ろうとしたオレの肩に手を回し、山内が顔を近づけてくる。

 

「綾小路、おまえもどの女子のおっぱいがデカいかぐらい見当付いてるだろ? 夜な夜な比べながらおかずにしたことだって一度や二度じゃないはずだ。その時の知見をちょこーっとだけ活用して俺たちと遊ぼうぜって話!」

 

 ハイテンションで誘ってくる山内。もしかして、こいつはこの賭け事を通してオレと仲良くなろうとしているのか……?

 

「綾小路以外の男子はみーんな賭けたぞ。あの(おき)()も、自らのおっぱいスカウターとちんこに従って男らしくズバーンっと五口いったぜ?」

 

 マジか。あの女の子と見間違うような可愛らしい沖谷までこの賭けに参加したのか……。

 

「男の友情ってのはおっぱいとエロで深まるのさ。だろ、池?」

「そーそー、山内の言うとおりだぜ! だからほら、綾小路もやろうぜっ」

 

 山内は「男子はみんな賭けた」と言っていたが、確実に平田は参加していないだろう。今も女子に囲まれて困った顔をしているイケメンが、この手の下品で女子に嫌われるものに参加するとは思えない。

 

 となると沖谷も本当に五口賭けたか怪しいところだ。

 沖谷は櫛田グループ(初日の昼食を一緒に食べたメンバーを初めとした、櫛田を中心とした交友関係)の中に混じっていたのでオレも少しだけ話したことがあるが、この手の下ネタに耐性はなさそうだったし。

 

 とはいえ、せっかく山内や池がこうしてオレと友達になろうとしてくれているのだ。

 櫛田グループは女子比率が高いので、こんな下ネタで盛り上がることなんてできそうにない。

 山内の言う『男の友情』とやらを体験するためにも、オレも一口くらい乗るべきか……?

 

「おっ! やる気になったか? そうこなくっちゃな!」

「いや……まあ、そうだな。一口だけな」

 

 山内のテンションに押されたというか、男子のノリとやらを体験してみたかっただけだ。うん。そういうことだから櫛田、そんな冷たい目で見ないでくれ……。

 

「で、綾小路は誰に賭けるんだ?」

 

 にやにやといやらしい笑みを浮かべながら、池がオッズ表(外村のタブレット端末に映したエクセル表)をオレが見やすいように置いてくれる。

 Dクラス女子全員の名前の横に、推定サイズとオッズが書かれた表だ。女子が見たら、表の作成に関わった男子全員をもれなく血祭りに上げることだろう。

 

 櫛田は二・一倍……堀北は三十二倍か。みーちゃんや井の頭も堀北と同じ最下層グループでオッズは三十倍近く、当たればリターンはデカいが勝ち目は薄そうだ。一番人気は()()()という女子で一・八倍。その横には強調するようにわざわざフォントサイズを大きくしてGと記されている。推定G……G、か……。

 

「そうだな……ちなみにこれ、見学者の扱いはどうなるんだ?」

「出走(とり)(けし)された馬券は返還されるのが常識でござる」

「常識……? 悪いな、競馬には詳しくないんだ」

 

 表の作成者でタブレット端末の持ち主である外村(博士と呼ばれているらしい)がさらっと答えてくれたが、彼がどうして詳しいのかは不明である。競馬は二十歳からのはずでは……?

 

「ちなみに俺は()(くら)に賭けたぜ! あいつ地味だけど、おっぱいは大層なデカメロンだからな」

「さすが山内は目の付け所が鋭いな!」

「ここだけの話、俺、佐倉に告白されたんだよ。まあ俺はあんな地味女に興味ないからフッたけどな! はははっ」

「マジ? でももったいなくね? 巨乳なんだろ?」

「俺はなあ、櫛田ちゃんや長谷部クラスじゃないと付き合わないんだよ。俺に相応しい格っつーの? 佐倉じゃそういうのが足りないんだよなー」

 

 酷い言い草の上におそらく嘘を吐いている山内に、笑って応じる池。……これが男の友情なのか? 本当に? ただ最低なだけじゃないか?

 もしかして、池たちに付き合うのは間違いだったんじゃないか……? と思い始めるも、一度参加を表明した以上、ここで引いたら男子たちから『ノリの悪いやつ』という烙印を押されてしまう。しかも女子からの評価を回復できるわけでもない。

 

 なんか、女子が放つ軽蔑の視線を浴びていたら、肌がチクチクするような錯覚すらしてきた。

 仕方ない。さっさと賭けて、席に戻ろう。

 オレは素早く女子全員の推定評価と倍率を確認して、賭ける対象を決定する。

 

「櫛田に一口賭ける」

「おっ、櫛田ちゃんか。安パイだな」

「上手いな池、パイとおっぱいをかけたってかー?」

「うるせっ」

 

 下品なギャグで盛り上がる池や山内とは反対に、オレは本格的に「関わらなきゃよかった」と後悔していた。

 

 ……そうだ、山内。一つだけ言わせてほしい。

 おまえと櫛田じゃ、確実に『格』が合ってないぞ。

 …………オレもだろうけど。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 昼休みが終わり、プールの時間になった。なってしまった。

 男子たちが動物園の猿みたいに超ハイテンションで騒ぎながら更衣室に向かっていく中、女子は全体的に冷めた様子だった。半数が見学で、参加するメンバーもプールへの期待と男子の気色悪さでプラマイゼロ……むしろマイナスが勝るかも、って感じなので。

 

 そして当然と言うべきか、女子更衣室では男子たち(平田や一部の賭けに参加しなかった男子を除く)への暴言合戦が行われた。

 私も表立っては賛同できないが内心で大いに同意しつつ、さすがに雰囲気がヤバいので皆の意識をプールへの期待に持っていくように会話で誘導した。焼け石に水だった気がするけど。

 

「うひゃあ、やっぱこの学校はスゲーな! 街のプールより凄いんじゃね?」

「女子はっ? 女子はまだなのかっ!?」

 

 先に着替え終わったのだろう、プールのほうから聞こえてくる男子たちの声。

 ……今からでも休みたい。

 とはいえ授業開始まであと数分しかない。すでに水着姿になってしまったことだし、覚悟を決めて逝こう……間違えた、行こう……。

 

「桔梗ちゃん、大丈夫ですか? ちょっと顔色悪いですよ?」

「死地に赴く戦士みたいな顔だねー。いや、気持ちはわかるけど」

「みーちゃん、心ちゃん……うん、大丈夫。ちょっと覚悟決めてただけだから」

「おおう……桔梗ちゃんはそこまで綾小路くんの水着姿が見たかったのねー……」

「違うから、違うからね心ちゃん。誰かの水着姿が楽しみで参加したのはみーちゃんだけだよ」

「だだだだからわわわ私はひっひひ平田くんの水着姿がどうとかそういうわけじゃないですっ」

 

 結局参加することにしたらしいみーちゃんと心ちゃんとの会話で精神の安定を図りつつ、プールに向かう。

 と――。

 

「きっ、来たぞ! 女子が来たぞっ!!」

「長谷部がいない!? どういうことだっ!」

「博士っ! 上から見つけられないか!?」

「なッ――なんてことだ……これは、どうして、そんなことがあっていいのか――!?」

 

 キモい。その一言で女子の心は一致した。

 女子の水着ひとつでここまで騒げるのも一種の才能なんじゃないだろうか。そんな才能、今すぐ全人類から取り除いたほうがいいと思うけど。

 

「いや――悲しんでる場合じゃないぜ。神は、大天使は俺たちを見捨ててなんかいない」

「どういうことだ山内……?」

「見ろ――いや、拝もう。大天使が、櫛田ちゃんが降臨された――」

「Ah――――」

 

 山内に促され、男子たちの視線が一斉にこちらに向いた。

 その不気味でどこか粘っこい視線の数々に、私は恐怖で体が動かなくなる。

 と――そこで私の体を隠すように、心ちゃんとみーちゃんが割り込んでくれた。

 

「桔梗ちゃん……やっぱり休むべきだったよ。いや、違うね。男子の目を潰してから授業に臨むべきだった」

 

 なんか物騒なことを言い出す心ちゃん。守ってくれてありがとう……なんだけど、かなり申し訳ない。心ちゃんもみーちゃんも可愛い女の子。私の盾になったことでより多くの男子の視線を受けてしまっている。

 

「おい、おまえらやめろ」

「その辺にしておけよ、山内、池」

 

 と、二人の男子――綾小路くんと須藤が、山内と池の頭を掴んでぐいっと捻った。二人が「ぐえっ」と呻き声を上げ、視線が私たちから離れる。そして綾小路くんが他の男子にも(いつもよりもどこか力強く感じる)目を向けると、男子たちはさっと視線を散らした。

 ありがとう綾小路くん、ありがとう須藤――いや、須藤くん。

 

「なんだよ須藤っ! おまえだって女子の水着見たいだろ!?」

「それは……まあ。けど、なんつーか……さすがにアレはなぁ?」

「んなこと言って、須藤、おまえが独り占めしたいだけだろ!」

「なに言ってんだ池……」

 

 ……ん? 須藤くんってこんな感じだったっけ?

 池と山内と一緒にバカやってるイメージしかなかったけど……まあ、二人ほど振り切れた変態性を持ち合わせていなかったってことかな。いや、それでもかなりマシだけど。

 

「綾小路ぃ……男の友情ってのはエロで深まるっつったろ? おまえは俺たちの絆を阻むのかっ!?」

「一つ聞きたいんだが、山内。その男の友情ってやつは、女子を怖がらせなきゃ深められないものなのか?」

「それはっ……でも、なあ!? あのおっぱいとかおみ足とか見て興奮しないやつなんて男じゃないだろ!」

「……、そうなのか?」

 

 綾小路くんは流されそうにならないで。少なくとも山内や池のように興奮を前面に出す気持ち悪い輩はただの変質者だから。

 

「あなたも大変ね……」

 

 ふと、私の横を通り過ぎた堀北鈴音が、そんな言葉を残していった。

 まさか堀北鈴音のほうから話しかけてくるとは思っておらず、私は何も言葉を返せなかった。

 ……まあ、さすがにさっきの男子たちの様子には、堀北鈴音にも思うところがあったということだろう。うん。

 

「ふむん……綾小路くんは他のケダモノたちよりマシ、と。思ったよりも筋肉凄いし……でもまだ桔梗ちゃんを任せられるレベルにはないねー」

「心ちゃん? 守ってくれてありがとう……なんだけど、いったいなにを言ってるの?」

「あっ――平田くんが、平田くんが水着で水着姿の平田くんがひらたくん――」

「みーちゃん? 大丈夫? 戻ってきて? もしかして男子の視線のあまりの不快さに振り切れちゃった? ごめんね、でも守ってくれてありがとね。そして早く戻ってきて――って鼻血!? 大変、ティッシュティッシューっ!!」

 

 そんなこんなで一名ほど見学者が増えたが、ほどなくして授業が始まった。

 先生の号令で準備体操を行い、慣らしとして軽く五十メートルプールを泳ぐ。去年の夏ぶりのプールに、急下降していたテンションが少しだけ回復した。

 

「よーし、早速だがこれから男女別で競争をする」

 

 と、先生がそんなことを言い出した。

 

「一位になった生徒には、俺から特別ボーナスとして5000ポイント支給しよう。反対に、一番遅かったやつは放課後に補習だ」

「ま、マジで!?」

 

 クラスの意見を代表するように池が騒ぐ。

 

「ポイント貰えるんすか!? いやでも補習ってそんな……」

「俺がプール授業を担当するからには、必ず夏までに泳げるようになってもらう。そのための補習だ」

「そんな、別に無理して泳げるようにならなくていいですよー」

「そうはいかん。泳げるようになれば、絶対に役に立つからな」

 

 なんとも意味深なセリフ回しだ。優秀な成績を収めればポイントが貰え、劣っている者には罰則――補習だけど――がある。これからのクラス間闘争を暗に示しているような……あるいはこれも、学校側が(ちりば)めたヒントの一つなのだろう。

 

「女子は人数が少ないから、五人と四人で二組にして、一番タイムの速かった生徒の優勝とする。男子は上位五人で決勝を行う。まずは女子から、五人、スタートラインに並んでくれ。残り四人は後ろで待機。男子はプールサイドで応援だ」

 

 先生の指示に従い、皆が移動する。

 私は後半組なので待機だ。

 

「みんなっ! 目に焼き付けろよ! 今日のおかずを確保するんだっ!!」

「「「(おう)ッッッ!!」」」

 

 懲りないな男子は……。

 ちらっとプールサイドに目を向けると、ぼんやりとした目でこちらを見る綾小路くんと視線が合ったので、こっそり手を振ってみる。すると綾小路くんも気付いてくれたようで、小さく手を振り返してくれた。

 

「おおおおっ!」

「うっひょおおおっ! 櫛田ちゃああああんっ!」

 

 なんか関係ないやつが騒いでいた気がするが無視しておく。笑顔で固定しておけば勝手に勘違いしてくれるでしょ。

 

 笛が鳴り、第一レースがスタートする。

 第二コースの堀北鈴音が見事な泳ぎを――別に本人としては誰かに見せるための泳ぎではないだろうが――披露し、トップでゴール。タイムは二十八秒ちょっと。かなり速い。

 

 続く第二レースは……まあ、水泳部の()()(でら)さんがいるので結果は分かりきっている。

 私は水泳は特段得意というわけじゃないので、ほどほどのタイムでゴールする。ギリギリ三十秒を切れない程度だった。とはいえ、参加人数が少ないので女子総合三位である。

 

 私はプールサイドに上がり、先に上がっていた堀北鈴音に声をかける。

 

「堀北さん、水泳得意なの? 凄く速かったねっ」

「別に。得意というほどじゃないわ」

 

 それだけ言って、堀北鈴音はスタスタと歩いて行ってしまった。

 

「桔梗ちゃーん、速かったねー」

「心ちゃん……ありがと。でも優勝した小野寺さんとは四秒も差が付いちゃったけどね」

「さすがに水泳部の次期エース候補様と比べちゃしょうがないよー。あと私も頑張ったので褒めてください」

「偉い偉い、頑張ったねー心ちゃん。よしよし」

「ふふ、むふふふふ」

 

(実は補習が確定した)心ちゃんの頭を撫でていると、男子の部が始まる。

 第一レースには綾小路くんがいる。私は男子全体に応援するフリをしつつ、綾小路くんと目が合ったらウィンクを一つ。勘違いでテンションがぶち上がった男子たちに紛れて、綾小路くんが強く拳を握りしめた――ような気がした。

 

 笛が鳴り、一斉に飛び込む。

 ほとんどの生徒が想像していたとおり、須藤くんが凄い勢いで泳ぎ一位でゴールする――。

 わけではなかった。

 

「うわっ、綾小路くん結構速くない?」

 

 心ちゃんが目を見開いて呟いた。彼女だけでなく、見学者やプールサイドの女子、そして待機していた男子たちも驚き、どよめいている。

 それもそのはず、綾小路くんは須藤くんよりも前を行き、見事一着を取ったのだ。

 

 豪快な泳ぎの須藤くんとは対照的に、静かでお手本のような綺麗なフォーム。

 特に息を切らすこともなく平然とした様子で水から上がった綾小路くんは、普段の様子からは想像もできない筋肉質な体を晒していることもあり、どこか輝いているように見えた。

 

「……ほら、桔梗ちゃん。声かけてきなよー」

「えっ? いや、その……」

 

 なんというか――ちょっと声をかけづらい。

 私が近づけないでいると、須藤くんが綾小路くんの背中をバシッと叩いた。

 

「綾小路、おまえ運動得意だったんだな! 今度バスケしよーぜ」

「いや、別に得意ってわけじゃ……」

「惚けんなよ。俺より速かったじゃねえか。ま、水泳は遊びだからな。勝負すんならバスケだ」

「悪いが、オレにバスケの経験はない。勝負にならないと思うぞ」

「そうか? なら、俺が教えてやるよ。楽しいぜ。約束だからな!」

「あー…………わかった……」

 

 なにやら男子の友情が深まったようだ。綾小路くんはちょっと困ったような感じだったけど。

 

 それにしても――綾小路くんって、こんなに早い時期から実力を見せていたっけ?

 最初の頃は……いや、私が見たアニメの範囲ではずっと、表立って実力を見せることはなかったはず。それなのに、どうして……? あっ、でも体育祭の最後のレースでは力を出していたっけ。運動方面は隠さないのかな……? うーん、それはそれで違和感……。

 

 と――私が思考に耽っている間にレースは着々と進んでいき、ついには上位五名による決勝が始まった。その中には当然、綾小路くんも入っている。

 

「ほら桔梗ちゃん、綾小路くんがこっち見てるよー」

「え? あ――」

 

 綾小路くんのいつものぼんやりとした瞳の中に、わずかな色が見て取れた――ような気がした。

 それがどんな意味を持つのか。私にはちょっとわからない、けれど……。

 

「……、み、みんな頑張れーっ!」

 

 皆を平等に応援する。それが正しい。私の――櫛田桔梗(わたし)のスタンス的に、誰かを特別に贔屓なんてしないほうがいい。

 

「……おおん、桔梗ちゃんってもしかしてちょっとヘタレ……?」

「心ちゃん?」

「まあ可愛いと思ったのでおーけーです。むふー」

「え、なんなの? ほんとにどうしたの、心ちゃん?」

 

 ちょっと様子のおかしい心ちゃんはさておき。

 決勝戦は、高円寺くんの優勝で幕を閉じた。綾小路くんは高円寺くんの少し後ろに付ける形でゴールしたため、順位は二位と惜しいが、記録としては二十四秒を切っている。素直に凄いと思う。

 

「ふぅーむ、なかなかやるようだねぇ。だが真の実力者たる私には及ばないようだ。はっはっは」

「くそっ、高円寺も綾小路も速すぎんだろ!」

 

 高笑いする高円寺くんに、悔しがる須藤くん。彼らと話すことなく、綾小路くんは――なぜかこちらに向かってきた。

 

「わかってんじゃん綾小路くん。じゃ、私はこれでー。あでゅー」

 

 意味不明なことを言い残してさささっと私から離れる心ちゃん。この子はいったいなにを考えているの……?

 

「櫛田」

 

 と、綾小路くんが声をかけてくる。

 私は取り繕うように――あるいは、いつものように笑みを貼り付けた。

 

「綾小路くん、お疲れ様。凄く速いんだね。びっくりしちゃった」

「ああ……まあ、小さい頃に少しだけ水泳を習っていてな」

「そうなんだ」

 

 そんな「昔ちょっとやっていた」程度で出せるタイムではなかった気がするけど、まあ、そういうことにしておこう。

 

「櫛田――」

「あああ綾小路ぃ――ッ!!」

 

 何か言いかけた綾小路くんだったが、奇声を上げながら誰かが綾小路くんの肩を掴んだことで中断される。

 割り込んできたのは池だった。

 池は私に向かってニカッと――本人は爽やかに微笑んだつもりかもしれないが、私にはちょっと不気味に見えた――笑顔を見せてから、綾小路くんの体を引っ張っていく。そして二人は私から離れた位置まで行くと、顔を近づけてひそひそと小声で話し始めた。

 

「何やってんだ綾小路! 俺たちの男の絆を忘れたのかっ!?」

「……何の話だ?」

「櫛田ちゃんは俺が狙ってんだから邪魔すんなって話! ってまさかおまえも櫛田ちゃんを狙ってんのかっ? 戦争か!? ちょっと泳ぎが得意だからってここぞとばかりにアピールしてんのかッ!?」

「いや、オレは別に……」

「くそっ、俺も高円寺くらい速ければ櫛田ちゃんにアピールできたのにぃ! そしたら櫛田ちゃんも俺にメロメロで……ぐへへ」

「えぇー……それはどうだろうな……」

 

 何を話しているのかはわからないが、綾小路くんは呆れた様子だった。たぶんくだらない、あるいはいやらしい話だろう。だって池だし。

 まあでも――あのまま綾小路くんと一対一で会話を続けるのは私の精神衛生上ちょっとまずかったので、これで良かったのかもしれない。と、私は密かに安堵の息を吐いていた。

 

 




書いてて「Dクラスの男子ってこんなにヤバかったか……?」と思いましたが、「最初期の池や山内ってこんな感じだったわ」と読み直して思ったのでそのまま行きました。あいつら相手に笑顔のまま話せる原作櫛田さん凄すぎる。

一巻の範囲だから沖谷(おきたに)にすべきか、今後を考えて沖谷(おきや)にすべきか……と三秒だけ考えて沖谷(おきや)にしました。

池・山内とはこの一週間で関わりができています。櫛田ほどでないにしろ交友関係の広い池が櫛田と接触してないほうがおかしいだろ、ということで。
綾小路としては「櫛田に遊びに誘われたら知らん男子がいた。まあいつものことか。櫛田、友達多いし」みたいな感じ(つまり、賭け事をするまでは『友達の友達』状態だった)。
須藤は部活のほうを優先していたのでここまで綾小路と接点がありませんでしたが、今回の件で「やるじゃんこいつ」的な感じで見られることに。スポーツ仲間的な意識を(須藤から一方的に)向けられています。


綾小路への警戒度:120 好感度:70
分岐/決勝で綾小路だけを応援する。
「綾小路くん、頑張ってー!」
「(おそらく一位を取るであろう高円寺の少し後ろに付くくらいなら『そこそこ水泳が得意』程度に落ち着くだろうが……櫛田から応援されている。ここで勝たないのは男じゃない――と、池と山内が騒ぐ声が聞こえた気がする。よし。やるか)」
「えっ…………はやっ…………なんそれ、強すぎでしょ…………」
「櫛田。賞金貰ったから、一緒になにか食べに行かないか?」
「……、はい(ヤバイ、なんかもう後には引けなくなってる……な、なるようになれーっ!)」
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