櫛田に転生したから綾小路の手駒になる 作:星宮ひまり
前回ほどではないですが長いです。なぜかこの二人、話し出すと止まらない……!
そしてついに全部綾小路視点です。
「綾小路くん。放課後、少し時間を貰えないかしら」
四時間目の授業も終わり、さて学食に行くか――と席を立とうとしたところで、オレは隣人の堀北に声をかけられた。
遊びの誘いならすぐさま答えるのが吉……なのだが、その提案者が堀北となると途端に対応は変わってくる。というか、驚愕からすぐには返答できなかった。
櫛田や平田の誘いすらすげなく断るような人付き合い大嫌い人間の堀北が、どうしてオレに誘いかけてくるのか。
まさか……告白――? などと思考が明後日の方向に向かい始めるオレに、堀北はキツい睨みを利かせてくる。
「おかしな妄想をしてニヤニヤする暇があったら、なにか言ったらどうかしら?」
「……ニヤニヤなんかしてないが」
「いやらしい雰囲気が漏れ出ていたわよ」
「…………気のせいだろ」
しまった、妄想の部分を否定し損ねてしまった。
「で? 放課後、どうなの? そう長い時間は取らせないわ」
「……遊ぶんじゃないのか?」
「どうして私があなたと遊ばなければならないのかしら」
堀北は馬鹿にするでもなく、心底不思議そうに言ってきた。
「じゃあ何するんだよ」
「少しだけ、話したいことがあるの」
……マジで五パーセントくらいなら告白の可能性が存在する……?
と、そんなふざけた想像はさておき。
堀北がオレに何の話があるのかわからないが――これはチャンスだ。
前に櫛田が言っていた。オレと堀北は似ているところがあるから、二人っきりでいれば案外すぐに仲良くなれるのではないか、と。
オレとしては堀北とどこが似ているのかわからないが、櫛田は人を見る目が優れている。その評価は信用して良いだろう。
今日、オレが堀北と親睦を深める。仲良くなったら、堀北を遊びに誘うこともできるようになるだろう。そしていつか、櫛田たちと合流し、一緒に遊ぶことも可能になるはず。
誰かを通して友達になるなんて普通のことだ。と、オレは入学してからの三週間で学んだ。
なにせオレ自身、櫛田を通して井の頭やみーちゃん、沖谷たちと仲良くなったのだから。
だから堀北は、オレを通して櫛田と仲良くなるのだ。
部活動説明会の時は失敗した(というか見抜かれていたために未遂で終わった)が、アレはいきなり二人を引き合わせようとしたのがまずかった。しかも騙し討ちの形で。
堀北のようなトゲトゲハリネズミには、ゆっくりじっくり慎重に接していくべきだろう。
そう判断し、オレは三秒で描いた付け焼き刃の作戦を胸の中に仕舞いつつ、堀北に了承を伝える。
「わかった。放課後すぐでいいのか?」
「ええ。どうせ今日も櫛田さんたちと遊ぶのでしょう? 今のうちに、少し遅れるとでも言っておきなさい」
「……言葉に棘が有るように感じるんだが?」
「あなたたちが学生の本分を忘れていそうだからよ」
「学生の本分…………青春?」
「学業に決まっているでしょう」
今度こそ馬鹿にしたような視線がオレに降り注いだ。
心の中の
◆ ◆ ◆
勝負の時――放課後になった。
いきなりオレと堀北が二人揃って教室を出るのはまずいだろう。実は付き合い始めた――なんて、クラスメイトにあらぬ誤解を招いてしまう。それは駄目だ。
時間をずらして出よう。堀北を先に行かせて、少し待ってからオレも教室を出る。下駄箱……は人が多いだろうから、寮との間で合流するか。
って、そもそもどこで話をするんだ? 堀北からは場所を聞いていないが、まさか教室で話すのか……?
堀北に場所の確認をするために顔を向ける――と、オレに先んじて堀北に話しかける人間がいた。櫛田だ。
「堀北さん。私、これから友達とパレット……カフェに行くんだけど、一緒にどう?」
「遠慮するわ」
入学してから三週間、こうして櫛田の誘いを堀北が断るのは、もはやDクラスの日常風景の一つになっていた。
何かしら断る理由でも添えておけば多少なりとも丸くなるところを堀北は一言でズバッと断るので、横で聞いていて心臓に悪い。そんな断り方をされても櫛田は笑顔を絶やさないが、周りの人間はそうではない。少しずつ、堀北に対する負のイメージがクラスに定着しつつある。
「そっか……無理に誘ってごめんね。また今度、堀北さんの気が向いたときにでも、一緒に遊ぼうねっ」
「ええ、そうね。そんな時があるとは思えないけれど」
どうしてそういう余計な一言は付け加えるのか、こいつは。
櫛田の心遣いをバッサリ切り捨てる堀北だが、それでも櫛田は優しく微笑んだままだ。櫛田も櫛田で、凄まじい精神力だな。
それから櫛田は、いつもの流れでこちらに顔を向ける。
「綾小路くんは……って、そういえば今日は用事があるんだっけ」
堀北に断られ、オレを誘う……というのがいつもの流れなのだが、今日は事前に予定が入っていることを伝えていた。それを思い出した櫛田は、残念そうな表情を見せる。
「ああ。とは言っても、そんなに時間はかからないはずだ」
「そっか。なら、綾小路くんの予定が終わったら合流する?」
「そうだな――」
頷きかけて、しかしオレは思い直す。
「……いや、時間はかからないとは言ったが、長引く可能性もある。今日はやめておく」
「ん、わかった。じゃあ、また明日だね」
「ああ、また明日」
櫛田は気分を害した様子もなく、「バイバイ」と手を振って去って行った。
自分の席で帰り支度をしながら聞き耳を立てていたのか、井の頭が睨むような視線をオレに向けてきた。井の頭は口パクで何かを伝えてくる。「ま・い・な・す・ご・て・ん」……マイナス五点? 何の話だ。
「珍しいわね」
と、不意に堀北が声をかけてくる。
「なにがだ?」
「櫛田さんの誘いを断ったことよ。学生の本分たる学業を忘れ、毎日毎日遊び呆けているあなたのような人なら、遅刻するとしても遊びに行くものだと思っていたのだけれど。櫛田さんも歓迎するようだし、あなたが遠慮するとは思えないわ」
「……堀北がオレにどういう印象を抱いているのか
「驚いたわ。あなた、『甚だ』なんて言葉知っていたのね」
「…………、」
さすがに馬鹿にしすぎではないだろうか?
とはいえ、オレがいつも放課後になったら――それだけでなく、なんと休日も――遊びに行っているのは事実だ。誘ってくれるのは櫛田だけではない。池や山内(他の男子が誘えなかったときの妥協案のようだが)、バスケ部が休みの時には須藤とも遊んだ。
……櫛田グループの男子は基本的に大人しいので、個別に遊ぶようなことはあまりない。櫛田の号令があれば皆すぐに集まるが。
ともあれ、堀北から見れば、オレは遊び呆けている怠けた学生なのだろう。
確かに学生の本分は勉強なのかもしれない。
だが、一切誰とも関わろうとしない堀北のような過ごし方が正しいかと言われれば、首を傾げざるを得ない。
まあ……だからといってそれを押しつけるのは違うだろう。それでも自らの考えを理解させたいのなら、ゆっくりと相互理解を深めていくしかない。
「さて、そろそろ行きましょう」
「ああ。……って、どこで話すんだ? 教室じゃ駄目なのか?」
問いかけると、堀北は嫌そうに顔を
「ここではやめておいたほうがいいわね。あなたのためにも、私
「ん……?」
「綾小路くんの希望の場所はあるかしら。わざわざ時間を取らせたのだもの、そのくらいは聞くわよ。ただし、話すのに適した場所かどうかは考えなさい」
そもそも何の話をするかによって、適す適さないは変わってくると思うのだが……。
「あー……なら、そうだな。図書館とかどうだ?」
「図書館は本を借りて読む場所よ。もしくは勉強をする場所。適さないわ」
それもそうだ。
「じゃあ、オレの部屋とか――いえ、冗談です」
もの凄く冷たい目で睨まれてしまった。
女子を己の部屋に呼ぶというのは(池や山内曰く)憧れのシチュエーションらしいが、堀北相手にそれを望むのは無理があったか。というか、少なくとも普通に遊びに誘うことすらできない段階で叶うことではないだろう。気が逸りすぎた。
「綾小路くんに聞いても時間の無駄ね」
堀北は少しだけ考えるような仕草を見せたが、ややあって妙案を思いついたのか、口元をほころばせた。――なぜだろう、嫌な予感がする。
「そうね、パレットにでも行こうかしら。櫛田さんの誘いを断ったあなたが別の女子を連れている姿を見て、あなたのお友達がどう思うか……
「勘弁してくれ……」
悪魔かこいつ。
櫛田よりも堀北を優先したなんて思われたら、井の頭に刺されかねない。あいつは櫛田グループに属する人間の中で、最も堀北を嫌っている人間だからな。そして櫛田を特別視している。
櫛田の誘いを断った時点で嫌味を言われるのは確実なのに、オレと堀北が二人きりのところを見られたら、明日からグループにいられなくなるかもしれない。
いや、誰かをハブると櫛田が悲しむだろうから、皆、表立ってオレを排除したりはしないだろうが……。
……何にせよ、櫛田からどう思われるかを考えると、パレットに行くのは無しだ。絶対に。
「というかそれ、おまえにもダメージが行くだろ」
「ああ、綾小路くんとの噂が立つことかしら? 確かにそれは問題ね。人からどう思われようとどうでも良いことだけれど、事実として扱われるようなことがあったら不快だもの」
「……不快とまで言われると、さすがに傷つくぞ」
「そうは見えないわね。――まあ、さすがにパレットは冗談よ。櫛田さんのところまで連れて行かれても面倒だもの」
「……そうか」
堀北も冗談を言うんだな。と、少しだけ意外に思った。
「特別棟にしましょう。あそこなら放課後は
◆ ◆ ◆
堀北の言うとおり、授業の終わった特別棟は人がおらず静かだった。
適当な空き教室に入ると、さっそく堀北は口を開いた。
「あまり長く時間を使いたくないから、単刀直入に
「アイスブレイクも無しか」
「そういうのはあなたのお友達とやってちょうだい」
親睦を深めるためのコミュニケーションを取る気は堀北には無いらしい。まあ、わかっていたことではあるが。
茶々を入れるオレをキッと睨み付けた後、堀北は本題に入った。
「あなたは櫛田さんのこと、どう思っているのかしら」
――いくつか話題は想定していたが、やはりこれか。
オレと堀北の共通の話題といえばクラスのことくらいだが、その中でも一番関わりの多い事柄と言えば櫛田だ。この流れはある意味必然と言える。
オレは少し考えた後、質問の意味がわからない、とばかりに首を
「どう、とは?」
「あなたが彼女に抱く印象を率直に答えてほしいの」
「印象、か。優しくていい子……じゃないか?」
「そうね。櫛田さんを知っている十人に聞けば十人がそう答える、凡庸な答えね」
こいつはいちいち貶さなければ会話できないのだろうか。
「どんな特殊な答えを期待してたんだよ……」
「あなたは櫛田さんと一番仲が良いようだから、もっと深い部分まで見ていると思ったのよ。期待外れだったみたいだけれど」
「深い部分……?」
人の深い部分。つまりは表面的な人柄ではなく、櫛田の根っこの人格、本質を知りたかったのか。
「それ、オレに訊くのは間違いじゃないか? 櫛田のことが知りたいなら自分で……ああ、それは無理か」
「馬鹿にされているようで不快ね」
別に馬鹿にしているわけではない。堀北と櫛田のやりとりを約三週間隣で見続けてきた者として、正直に判断しただけだ。
「櫛田と直接関わるのがすぐには無理なら……そうだな、井の頭かみーちゃん――
「あの二人は駄目よ。近くで接しすぎて、正確に判断できない。その点、あなたは適役よ。櫛田さんがどれだけ迫ってきても常に一歩引いている。……いえ、櫛田さんが踏み込み切れていない、と言うべきかしら」
「……どういうことだ?」
「まあ、本人に自覚はないでしょうね。あなたも、彼女も」
「……、」
意味深なことを適当に並べて煙に巻いている――というわけではないだろう。出会って三週間、会話も最低限(よりは少し多いか?)だが、堀北鈴音という人間が無意味な嘘で他者を翻弄するタイプではないことはわかっている。
「……何を言いたいのかオレにはわからないが、とりあえず、堀北が実は櫛田と仲良くしたいと思っていることはわかった」
「……、は? 待ちなさい。どんな思考の飛躍をしたらそんなトンチキな答えに辿り着くのかしら」
堀北の額に青筋が立っている。ブチギレ状態だ。なんて恐ろしい。
この状態の堀北を
「今の状況を見て、だ。これってつまり、『仲良くなりたいクラスメイトがいるから、その友達からそいつのことについて詳しく訊く』って状況だろ? だから堀北は、実は櫛田と仲良くなりたいんじゃないかと――っうおわッ!?」
堀北の手刀がオレの腹に突き刺さった。
「いっつつ……なにすんだよっ」
「あなたが馬鹿なことを言うからでしょう!」
「じゃ、じゃあ櫛田の趣味とか休日の過ごし方とか、教えなくていいのか?」
「必要ない。……というかあなたこそ知っているのかしら?」
実は裏ではそんなに仲が良くないとか疑われているのか? もしくはオレが完璧に答えた後に「女子のそんなことまで知っているとか、気持ち悪い」とでも言うつもりか。
脳内
……堀北は先ほど口では否定していたが、本心ではやっぱり櫛田と仲良くなりたいと思っているのではないか? 今更恥ずかしくて素直に訊けない状態なのでは?
なるほど、ハリネズミの隠された柔らかい
であるならば、オレは堀北が櫛田と話す切っ掛けを作れるよう、櫛田の友達として、堀北の隣人として、有益な情報を教えてあげよう。この瞬間、オレは人と人とを繋ぐ架け橋になった――。
「櫛田の趣味は……趣味は…………………………お喋り?」
駄目だ、オレも知らなかった――ッ!
「ふっ」
堀北が馬鹿にするように鼻で笑った。いやおまえだって知らないだろうが……っ!
「友達友達と言っておきながら、その人の趣味の一つも満足に答えられない……なるほど、これは明らかに私の人選ミスね。ごめんなさい。無駄な時間を取らせたわ」
「ぐうっ……いや待て、休日の過ごし方なら答えられるぞっ」
「どうせいつも誰かと遊びに出かけているのでしょう?」
「……、」
全くそのとおりでございます。
「よくわかったわ。あなた、櫛田さんにおんぶ抱っこだったのね。どうせ今の交友関係は全て櫛田さんが繋いでくれたのでしょう?」
「……確かに井の頭やみーちゃんたちはそうだが、須藤は違うぞ」
「ああ、そうだったわね。池くんと山内くんも、櫛田さんではなく、あなたの下劣な欲望によって繋がった類友だものね」
「やめてくれ。今はわりと後悔している」
あの賭けに参加してしまったその日の昼食で、井の頭やみーちゃんたち櫛田グループの女子メンバーから散々冷たい視線と鋭い言葉を浴びせられたのだ。勘弁してほしい。……プールの授業の後は、井の頭から「よくやった」と褒められたが。なんだあいつ……?
「いやでも、池や山内と初めて遊んだのは、プールの時より前……櫛田繋がりだったぞ。櫛田グループで遊んだ時、池と山内が合流したのが最初だ」
「出会いがどうとか、どうでもいいわね。結局、あなたが池くん、山内くんと仲良くなったのがあの下品な賭け事が切っ掛けであることに変わりはないもの」
堀北の視線の温度は下がるばかりであった。
「まったく……櫛田さんも大変ね」
こぼすように呟いて、それから堀北はくるりと身を翻した。
「話は終わりよ」
「もう、か? 少しくらい雑談でも……」
「あなたと話すことはないわ」
バッサリである。まあこれが堀北の平常運転なので、いい加減オレも慣れてきたが。
堀北に続いて教室を出る。特別棟の廊下は相変わらず静かだった。
堀北との会話は十分にも満たない程度、移動の時間を合わせてもそれほど経っていない。生徒たちの放課後はまだまだこれからだ。櫛田たちもまだカフェにいるだろう。
そう判断し、オレは意を決して口を開く。
「なあ、パレットにでも――」
「行かない」
オレの勇気は一瞬で打ち砕かれてしまった。
「……、じゃあ、もう寮に帰るのか?」
「ええ。明日の準備もあるし」
明日の準備って……別に明日特別な授業や行事があるわけでもないのだから、放課後全部を使うようなことじゃないと思うが……。
まあ、何を言っても堀北を引き留めることはできないだろう。遊びに誘うなんてもっての
オレにできることと言えば、寮に帰るまでの間の会話で少しでも堀北と仲良くなる努力をすることくらいか。
そう結論づけ、オレは話題を探す。なにか堀北も食いつきそうな話題は……さっきまで話していた櫛田について蒸し返すのはやめておいたほうが良いだろうし――。
「あー……そういえば、特別棟にはカメラ、無いんだな」
「え?」
少し前を歩いていた堀北が振り返った。
オレは堀北と並ぶと、歩調を合わせて歩きながら答える。
「ほら、オレたちの教室には監視カメラが設置されてるだろ? でも、さっき話をした空き教室には見たところ何もなかった。ちょっと不思議だよな」
「……教室に、監視カメラ……? よく見ているのね、綾小路くん。そういうものを探すクセでも付いているのかしら」
「どういうクセだよ、それ……」
「やましいことがある人間の特徴よ。誰かに見られていないか、不審に思われていないかをことあるごとに気にする。監視カメラの有無なんて、真っ当に生きている人間は気にしないわ」
「そう、か。いや、オレもたまたま、偶然目に入っただけであってだな……」
しまった、堀北が不審者を見る目になっている。
「それに、ほら、学校敷地内……校舎やケヤキモール、寮までの道にだってきっちり監視カメラが設置されているのに、特別棟には無いってのは不自然だろ?」
「そうかしら? 特別棟はあまり使われない場所だから、予算の都合で省かれたんじゃないかしら」
「入学早々新入生全員に10万もポンと渡してくる学校が、予算不足で苦心しているとは思えないが……まあ、余計なところには付けていないというのはそうかもな。理科室や家庭科室ならともかく、あそこは空き教室だったし」
たまたまあの教室に設置されていなかったのか、あるいは巧妙に隠されていたか。
とはいえ監視カメラは『そこにある』と見せることで犯罪を抑止する効果が期待できるので、隠す意味はあまりない気がするが。さすがにわざと犯罪を誘発しそれを摘発する、なんて狙いがあるわけでもないだろうし。
「国が関わっているとはいえ、予算は無限に湧き出るものじゃないわよ。ただでさえ年間6億近くも生徒に渡しているのだから、こういうところでコストカットしていかなければやっていけないのでしょう」
「……今の計算、全学年の全生徒が月10万貰った想定か?」
「ええ。正しくは5億7600万だけど……こうして改めて考えてみると、とんでもない金額ね」
「まあ……それだけ生徒に期待しているのかもな」
実際のところ、月10万も貰い続けられる保証はどこにもないのだが……堀北はまだ気付いていないようだ。
あるいは、あと少しのヒントがあれば気付けるかもしれないが――。
……いや、オレの考えすぎかもしれない。なんにせよ、あと数日でわかることだ。
「ところで綾小路くん。あなた、何ポイント残っているかしら」
唐突に、そんなことを堀北が訊いてきた。
単純に月10万のところから連想したのだろう。
それにしても、堀北のほうから話を広げてくれるとは……少しは仲良くなれたと思って良いのか?
「いえ、やっぱり答えなくていいわ。なんとなく予想が付くもの」
「えぇ……」
自分から訊いておいて勝手に話を切るなよ。
「自信があるみたいだが、何ポイントだと思うんだ?」
「毎日毎日櫛田さんたちと遊び呆けているあなたのことだから、もう1000ポイントも残っていないのでしょう? 可哀想」
「勝手に決めつけて哀れむな。半分以上残ってる」
「ふぅん……案外浪費していないのね」
「そういう堀北はどうなんだ? おまえはぼっちだったから、オレ以上に残っててもおかしくないと思うが」
「嫌味のつもり? 幼稚ね」
オレの反撃は鼻で笑われて軽く流されてしまった。
「そうね、私はあなたたちのように無駄遣いしないから、まだ九割近く残っているわ」
「それはそれで使わなすぎじゃないか……?」
女子は男子よりも必用なものが多くて、もっと使ってしまうイメージがあったのだが。
「節約すればこのくらい普通よ。むしろ始めに全員に携帯端末が支給され、水道光熱費に通信費も無料、コンビニやスーパーには無料商品が置かれている――なんて恵まれ過ぎている状態で、10万も使い切る人間のほうが信じられないわ」
「まあ……確かに、学食にも無料の山菜定食なんてあったくらいだしな」
この無料部分を考えると、生徒が貰っているのは月10万では済まないだろう。
それでもすでに使い切っていて友人にたかる山内や、「30万くらいほしいよねー」と増額を望む軽井沢など、Dクラスには金遣いの荒い人間が大勢いるが。
「……あなたも遊んでばかりいないで、節約を覚えたらどうかしら」
「オレは節約してるほうだぞ。池や山内なんか、すでに使い切ってるらしいし。須藤はまあ、部活道具を買わなきゃいけないから仕方ないんだろうけど」
「彼らは外れ値でしょう。というか、詳しいのね。やっぱりあなたは池くんたちと近い関係にあるようね。いやらしい」
「なんでそうなる……。山内にジュース代をたかられた時に知っただけだ」
「あら、飲み物を奢るような関係なのね。やっぱり仲良しじゃない」
「勘弁してくれ……」
いや、確かに友人が増えるのは嬉しい。同性の友人は気楽で付き合いやすいし。須藤とスポーツをやるのも良いと思う。
ただ、池と山内は……二人とも櫛田に気があるようで、度々オレに対し「櫛田ちゃんは俺が狙ってんだからな!」と主張してくるのが鬱陶しい。
それに、池と山内は女子から嫌われているので、一緒にいるとオレまで女子からの評価が落ちる……気がする。少なくとも井の頭やみーちゃんは良い顔をしない。
とはいえ『男の友情』とやらもまだよくわかっていないし、それを知る池や山内と縁を切るのもどうかと思う。そもそもあいつら櫛田と遊ぶときに偶にいるし、完全に付き合いを無くすのは難しそうだ。
あっちを立てればこっちが立たず。人付き合いは大変だ。
いや……でも、まあ。
男友達と女友達を天秤にかけて、ああでもないこうでもないと悩む。――これもまた、青春なのかもしれない。
……六話なのにまだ四月が終わってないってマジ?
ちなみに次回で四月が終わります。ほとんど書き上がっているので早めに投稿できると思います。たぶん。