櫛田に転生したから綾小路の手駒になる 作:星宮ひまり
その間を何も考えていなかったので一話の前書きと後書きで「続きません」とか予防線を張っていましたが。
状況整理回なので会話がありません。ひたすらに転生櫛田がぐるぐる思考しています。いちおう暴言注意。
被っている猫「そろそろ誤魔化しきれんぞ……」
高度育成高等学校は、東京湾の一部を埋め立てて築かれた人工島の上にある。
とはいえ、校舎と寮だけでなく、ケヤキモールを始め様々な施設が用意されている環境なので、普段生徒たちがそれを意識することはほとんどない。ネットだって――学校からの検閲は入るようだが、通話や書き込みなどが遮断されるだけで閲覧やオンラインゲーム、ネット通販などは特に制限されていない――使えるため、不自由することもあまりないし。
けれど、少し歩けば、ここが海の上だと実感できる場所はいくつもある。
その中の一つ、臨海公園に私はいた。
「はー……」
月明かりと外灯が淡く照らす夜の海を眺めながら、私は柵に寄りかかり息を吐く。
時が経つのは早いもので、もう四月も終わりを迎える。
この一ヶ月は、今までの人生の中で一番神経を使った期間だった。
前世の記憶が戻る前の中学時代よりも、弱く脆く怠惰で愚鈍だった前世の中学以前よりも、無意味で無価値になった前世の高校時代よりも――……。
頭を回して、広く深く目を光らせて、いつ
疲れた。
でも、まだ始まったばかりだ。
「はぁ……」
重く湿った私の吐息を、静かにさざ波が
かつん、かつんとつま先を鳴らすと、少しだけ気が紛れるような気がした。
「……、そういえば」
ここは、前世からの趣味である夜の散策中に見つけたお気に入りのスポットなのだが、なんとなく見覚えがある気がする。
静かで、誰も来なくて、監視カメラの死角で、――ああ、おそらくアレだ。
『よう実』アニメ一期の三話……四話だっけ? どっちか忘れたけど、とにかく『櫛田桔梗』が綾小路くんの前で本性を現す場所だ。こう、柵をガンガン蹴りながら、「堀北ウザい死ねっ!」って言うやつ。
アニメの『櫛田桔梗』はアレでストレス発散していたみたいだけど、外で物に当たりながら暴言を撒き散らすとか、リスキーすぎるでしょ。場所や時間帯的に人に見られる可能性は低いとはいえ、ゼロじゃない。事実、綾小路くんに見られちゃったわけだし。
「……ま、私も人のこと言えないけど」
中学時代、ブログに書き出してストレス発散するのは破滅に繋がった。
アレはアレで学ぶものも多く、今の私に
前世の記憶が無かったときの行動がアニメの『櫛田桔梗』と同じだったというのは、なんというか、運命的なものを感じるけれど――……。
「……運命、ね……」
……最初は、憑依転生なのだと思っていた。
つまりは、この肉体が生まれたときから宿っていた本来の『櫛田桔梗』という存在を乗っ取って、今の
でも――『あの事件』に到るまでの
生まれた時から私はこの世界の櫛田桔梗であり、あの時――『あの事件』の
もしくは……この世界に
真実はわからない。そもそもなぜ私が転生したのか、そして『よう実』の櫛田桔梗という
いや……転生の真実とか、どうでもいいか。
私にとって重要なのは――中学時代の『あの事件』は、関係ない『
アニメの『櫛田桔梗』と同じように『あの事件』が起こったのは、物語の運命的な強制力でも働いたのだろうか?
――違う。
前世の記憶は忘れていたけれど、私は私として行動していた。皆と仲良くなり、信頼を得て、秘密を握って、辛くなったらブログに書き出して、それがバレて、責められて、『真実』を振りかざしてクラス全体を巻き込み破滅した。
ならば、つまるところ、私と『櫛田桔梗』の本質が似通っているゆえの必然だろうか。
それも違う……と、思う。
私と『櫛田桔梗』には、
私は、あんなに承認欲求が強くない。
誰かに認められたいという気持ちは人並みにある。けれど、誰彼構わず、出会った人間全てから認められたい、一目置かれる存在になりたいと思っているわけじゃない。
確かに、皆から信頼されたいとは思っているけれど……。
私のそれは、彼女とは――
「はー……」
もう何度目かもわからないため息を吐く。
別に、転生が云々かんぬんで悩んでいたわけじゃない。
正直に言うと、ストレスで限界が近かった。
交友関係を広めること自体は順調だ。すでに一年生のほとんどと友達になれたと自負している。その分だけ、大変なこともあるけれど……原因はそれだけじゃない。
男子の視線が気持ち悪い。
軽井沢グループの女子がウザい。
クラスがうるさすぎて授業に身が入らない。
池と山内が不快。近づいてこないでほしい。視線がすぐに胸に向くのもアレだけど、いっつも鼻息荒いのどうにかしてくれないかな。気持ち悪い。いっそのことずっと息を止めておいてほしい。
伊集院と本堂は山内と一緒に下品に騒ぐし、須藤くんは怖いし、外村は一発殴って記憶とデータを消させるべきだし、高円寺くんはわけわかんないし、平田くんはもっと見るべき人がいるし、佐倉さんはもう少し積極性を出してほしいし、心ちゃんは邪推しすぎだし偶に目が怖いし、WSSなみーちゃんは可哀想で可愛いし、堀北鈴音は堀北鈴音だし、綾小路くんは――……。
「……、…………、………………」
綾小路くんは――なんだろう。なんて言えばいいのかな。
最初に抱いていた印象、アニメで見ていた彼。私がこの世で最も恐れ、警戒し、
そんな――そんな、ある種、神格化された
でも。
現実に触れ合った綾小路くんは、どこか浮世離れしていて……けれど、普通の男子高校生のように遊び、喜び、嬉しいことがあったら(わかりにくいけれど)微笑みを浮かべ、悲しいことにはしょんぼりした雰囲気を醸しだし、たまに突っ込みづらい変なネタをぶっこんでくることもあって……。
確かに、彼の実力は凄まじい。人外だって思いたくもなる。
けれど、感性が少しズレていたって、並外れた能力を有していたって、無関心さを歪な仮面で隠そうとしていたって、人を見る目がどこか実験動物を観察するようなものに感じられたって、彼は――……。
「あやのこうじ、くん……」
……いい加減、先入観に支配された思考をリセットするべきかもしれない。
目の前のヒトを見て、感じて、理解する。人を知るための基本に立ち直るべきなのだろう。
恐怖はある。全て拭い去ることができるはずもない。
それでも――……。
「……あー、やめやめ」
どこまでも沈んで行ってしまいそうな思考を引き戻す。
綾小路くんについては最重要事項と言っても差し支えないけれど、それでも今は他に優先すべきことがある。
私は携帯端末を手に取り、画面を操作して所持ポイントを表示させる。
残っているプライベートポイントは、5万を切っていた。できるだけ節約を心がけたけれど、新生活で物入りだったのと友達との交流でかなり使ってしまった。まあ、必要経費として割り切るしかないだろう。池や山内、軽井沢のように無駄遣いしまくってもう一割も残っていないなんて悲惨な状況ではないのだし。
散財と放蕩の日々を送ったDクラスの多くの生徒は、しかしなんの心配もしていないだろう。
明日、五月一日に、入学したときと同じようにまた10万ポイント振り込まれると、なんら疑っていないのだから。
だが、そんなわけがない。あの生活態度でクラスポイントが残っているはずがない。
「評価ゼロで、0ポイントが支給される……か」
Dクラスの皆は、嫌でも思い知らされるだろう。自分達の失態を、クズの評価を、無能の烙印を。
学校は、実力で生徒を測る。私たちはゼロの評価を受け、ゆえに貰えるプライベートポイントは0。
……明日のクラスの様子を思うと、頭が痛くなってくる。仕方のないことだけれど。
「ポイントを増やすためには、評価を上げるしかないわけだけど……」
生活態度を改めるのは当たり前だし、それで評価が上がることはない。下がらないだけだ。そして、特別試験はもっと先の話。
と、なれば。
「次のチャンスは……中間テスト、よね」
赤点者を出さないことはもとより、そこでクラスの平均点か総合点か、ともあれ良い成績を収めれば、
そのために、私は――。
「動くべきか、静観すべきか…………ま、動かないわけにはいかないわね」
アニメでは確か、赤点を取ってしまう
それで貰えるクラスポイントは、100にも届かなかったはず。
それは点数が低かったからか、そのくらいが基準なのか、あるいはその両方か。
上限が決まっているのなら仕方ないけれど、それでも少しでも上を目指したいと思うなら、私がすべきことは全体の点数の底上げだろう。
……とりあえず、平田くんが代表して勉強会を開くはずだから、私もそこに教師役として参加しよう。私が参加を表明すれば心ちゃんもみーちゃんも、あとほとんどの男子は参加するはず。
三バカは……あいつらなんで参加しないんだっけ? 勉強嫌いだから? それともアニメじゃ平田くんは勉強会を開かなかった? いやそんなことはないよね。
となると……あー、平田くんを頼るのが嫌だったってことかな。アホでしょ。退学かかってるのに? ……まあ、うん、アレはそういう生き物、仕方ない、仕方ない……。
「バカ、アホ、中学生未満の学力のくせして一丁前にプライド持ってるんじゃないわよ」
……とりあえず最初は堀北鈴音に投げておこう。後でフォローに奔走するハメになるけど……それもまあ仕方ない。うん。仕方ないね……。
で、アニメ通りに過去問は手に入れるとして。
前日に配布すると寝落ちする馬鹿が出るから……でも前倒しにすると答えを暗記することに熱中して、勉強会に身が入らず学力が向上しない恐れがある。今後のためにも、Dクラスの、特に三バカを筆頭に赤点組は勉強するクセを付けさせなきゃいけない。
だから……そうだね、テスト一週間前くらいに模擬試験と偽って解かせてみるとか? それで、テスト前日にネタばらしして暗記させる。一回解いておくだけでもずいぶん違うしね。もしくは勉強会で使う教材として紛れ込ませておくとか? ……ううーん、他クラスに渡る危険性を考えると微妙かな。中間テストの秘密を知らなければ、ただの教材として軽く見ていて管理が甘くなるだろうし……。
……そもそもテスト直前に手に入れたってことにしないと、「なんで早くくれなかったんだ!」とか言われそう。うん、絶対言う。池とか山内とか、女子だと軽井沢とか篠原とかは言うね、絶対。理由を説明したらしたで「馬鹿にしてるのか!」ってなるだろうし……駄目だね。いや、責任を綾小路くんに押しつければいけるかも? ってそれは駄目でしょ。
「はぁー……なんで私が必死にこんなこと考えてるんだろ」
わざわざ手間をかけて馬鹿を救いたいと思う人間はそういない。
でも連帯責任の部分があるから、自分が不利益を被る可能性があるから、手を差し伸べる。
……そんな後ろ向きの考えじゃ駄目だね。余計にストレスが溜まっちゃう。
メリットを数えよう。
平均点を下げる馬鹿に勉強を教えることで全体成績が良くなる。彼らが将来的に役に立つ特別試験が来るかもしれない。感謝され、信頼され、皆からの私の評価が上がる。
うん、イイコトだね☆
「あは、あはは…………馬ッ鹿じゃないの」
吐き捨てて、柵をガツンと蹴ってみる。
ああ、確かに気分が少しだけすっきりする。なるほど、『櫛田桔梗』がリスクを冒してまでこうやってストレス発散していた気持ちがわかった。
……でもちょっと足が痛かったから、今日はもうやめておこう。
「とりあえず……明日から、山菜定食生活かな……」
この学校においてプライベートポイントは非常に重要だ。だってテストの点数さえ買えるんだもの。
とはいえ山菜定食生活は周囲からのイメージがちょっと気になるので、やるにしても週に一、二回、山菜定食の日を作るくらいかな。
アニメと違って、足りない点数が一点で済むとは限らない。少しでも多く残しておくべきだろう。私の分を足したところで、もう一点買えるかどうか程度の変化だろうけど……。
私が呼びかければ、クラスメイトを救うために皆がポイントを分けてくれるかな?
…………赤点取るのが池や山内だと駄目かもしれない。女子から滅茶苦茶嫌われてるし。
「……、…………」
まあ……うん。赤点者を出さないように頑張ろう。
と――そこで、ピロンッと私の携帯端末が通知音を鳴らした。
私が誘いかけて作ったグループチャットにメッセージが投下されたようだ。メンバーは初日の昼食を共にした人たち。もちろん綾小路くんも参加している。
『明日ポイント入るし、カラオケ行かない?』
『いいね。行こう!』
『私も参加したいです』
『私も参加で。あ、桔梗ちゃんと綾小路くんも行くよねー?』
心ちゃんから名指しされたので、迷わず参加を表明する。
――まあ、この予定は確実にキャンセルになるだろうけど。
少し遅れて綾小路くんが参加の意思を示したのを確認してから、私は携帯端末をポケットに仕舞った。
「……、」
じっと夜の海を見つめる。
水面を見つめながら夜風に当たっていると、なんだか心が落ち着いてくるのだ。
ただまあ、海だとどうしても潮風が気になってしまう。いや、潮の匂いは嫌いじゃないけど、髪が傷むのが難点なんだよね。
できれば川が良いんだけど――……ま、仕方ないか。
しばらくの後、私はくるりと身を翻す。
「……よーしっ、明日からも頑張ろう☆」
いつもの
◆ ◆ ◆
海に背を向け、寮に帰っていく
「……あなたのことが余計にわからなくなったわ」
シャープペンの芯が予備を含めて切れていることに気付き、夜も更けていたが、コンビニに買いに行った――その、帰りのことだった。
寮から出てきた
その表情に
まさか飛び込むつもり――? などとあり得ない想像を一瞬してしまった私は、
そして、
普段の様子からは想像も付かない、いくつかの暴言。
ポイントと評価という一見結びつかないはずの単語。
山菜定食生活、つまりは超節約生活を始めるという宣言。
これらも確かに気になる。
けれど、私が一番引っかかったのは――。
「
その言葉を呟いてから、長い沈黙の後、
「そう……あなたは誰にでもそういうことを言うのね、
自分でも理解できない色を持った声は、誰かに届くこともなく潮風に溶けて消えた。
堀北への警戒度:75 好感度:15(■■)
分岐/致命的なズレに気付ける。
「鈴音ちゃんっ! ちょっと話が……というか確認したいことがあるんだけど、いいかな?」
「……あら、桔梗さん。もう初対面のフリはやめるのね。理解したわ。納得はしていないけれど」
「あは、あはは……ごめんね。ちょっと混乱していたというか、忘れていたいことがあったというか、思い出したくないことまで引っ張られて出て来ちゃうというか……ごめん、まだ自分でも整理できていないの」
本編の堀北への警戒度は50。それなりに警戒しているが、他に優先すべきものがある。また、意識しすぎると思い出してしまうからセーブしている。
本編の綾小路への警戒度は75。めちゃくちゃ警戒しているが、意識の全てを持って行かれるほどではない。
三話と五話の後書きの分岐の警戒度120は、常に意識の大部分を綾小路に割いていて、彼の一挙手一投足にビクビクするレベル。そのせいで他の全てを切り捨てているので、能力・人脈不足でバッドエンドです。残念。