アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記   作:コースト

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第一部:灰の山より
ストラグルス・イン・ザ・ポストミレニアム・ワールド


 平安時代。今思えば、ニンジャの全盛期だった気がしなくもない。

 ここは僻地だ。……もうどこか覚えてない。とにかく僻地。豊沃なととても形容し難い、萎びた土地。あるのは荒涼とした白け空と低い丘、あとはおんぼろの小屋が点在して集落を形成しているぐらいだ。

 そんな辺鄙な地に、私と、私の家来と、その私達に凧殴りにされているニンジャと、そのニンジャを悲痛な面持ちで見守るモータル共がいる。

 

「アハハハ……ハハハッハハハ!コワッパ!」

 

「アイエエエ……アイエエエッ!?」

 

 私のジツに晒されたものは、一瞬のうちに塵芥と化す。

 それはこの目の前のニンジャ、ロングネイルとて無論例外ではない。

 配下のイブシ・ニンジャにロングネイルの動きを封じてもらい、私は呵々大笑して彼の額に人差し指を当てた。

 すると、ロングネイルの額を中心に、全身の色が徐々に灰色に染まってゆく。

 

「アイエエエ!?アイエーエエエ!?タスケテ!」

 

 哀れなこのサンシタは何が起こったかもわからず、己が死ぬという恐怖にブザマに喚くことしかできていなかった。灰色が喉を侵した時点で、その悲鳴も出せなくなっておったが。アナヤ。

 

「うぬ、今はどんな気分じゃ?私のジツで肉体が滅ぶ感覚は気持ちよいか?」

 

 私は口角を吊り上げて訊いた。返事を期待した問いかけではないがな。

 ……ヒュウ。ふと、髪が靡く。

 

「アッ」

 

 そよ風が吹いた。そして、その肌を優しく撫でるが如き風圧で、ロングネイルの頭部は塵芥となって方々に散っていった。

 それは「灰」だった。

 私の代名詞たる「チリアクタ・ジツ」は、触れた者を灰に変性させるジツ。触れさえすれば即座に行使され、このジツの毒牙にかかった者は助からない。防御手段などはないのだ。一度触れたら最後、命を散らす。文字通りな。

 

「なんと不細工な骸であることだ」

 

 ソメイヨシノの桜が奥ゆかしく描かれた扇子をパチンパチンと鳴らし、私はイブシ・ニンジャに命令した。

 

「やれ」

「承知。……イヤーッ!」

 

 頭部が灰となって掻き消え、ロングネイルの首なし死体の形をしていた灰の像は、イブシ・ニンジャがその上半身を蹴り上げたとたん、堰を切って崩壊し物言わぬ灰の山となった。

 これが私たちのジアゲ行為に反駁し、先手を打って戦闘を仕掛けてきた愚か者の末路だ。

 こんな阿呆でも信頼は置かれていたようで、そのイクサの一部始終を祈るように眺めていたモータルは、ロングネイルの敗北に慟哭し始めた。可哀そうなことだ。

 私はくるりとそちらに体を向け、つかつかと近づいた。

 

「アイエエエ……慈悲……お慈悲を……」

 

 よほどの頼みの綱だったのだろうか、涙と鼻水で顔が見る影もない非ニンジャのクズ共は恐怖に顔を凍り付かせ、私から目を離せないでいる。

 私はにんまりと笑ってみせた。

 

「このアクタ・ニンジャの御手を煩わせたが故に、ネングは二倍払ってもらおうか。のう、穢多共。これは実際破格の待遇じゃ。毎月五十万石。しっかり払ってくれたもれ」

「アイエエエエエエ!そんな!」

 

 五十万石。自分で言っておいて何だが、到底無茶な要求であろう。この集落は鄙びており、狭い。土地も痩せている。だが私の知ったことではない。納められなければ好きなだけ甚振り殺す大義名分が生まれるし、万一彼らに納めることができたら、それはそれで豪遊が出来る。

 それもこれもこのニンジャの力のお陰だ。

 少し力を振るえば、こんな十把一絡げのモータルなど容易く皆殺しに出来る。だがそれを敢えてせず、代わりに私のために奴隷になってもらう。

 心地よいものだな、恐怖統治というのは。

 私は扇子で口元を隠した。思わず笑みが零れそうになったからだ。ニンジャになれば、何もかもがうまくいく。全能となった自分に破顔一笑せぬ人間などそういまい。

 

「イブシ・ニンジャ=サン、一旦帰ろうぞ。モータルと同じ空気を吸えば臟が穢れる」

「然り」

 

 そして踵を返し、咽び泣く村人どもを背に歩き出す。この集落は随分とさびれているが、長の家に至っては裕福な調度が比較的多かった。恐らくモータル統治の時代からコクダカ制が生きていたのだろう。

 ともあれ、住処としては悪くない。ひとまずそこを拠点に定め、人間をじわりじわりと苦しめ、のたうち回る姿を眺め愉悦に浸る。長くてひと月はもつだろう。愉しい毎日になるな。

 

「……ふむ?」

 

 ここで私は気付いた。少し離れた距離に人影が見える。

 だが今日は日差しが強い。その影は陽炎で歪み揺らいでおり、扇子を庇にしてもよく見えない。

 

「イブシ・ニンジャ=サン。あれが見えるか?」

「ええ。ニンジャのオーラを感じます」

「お主もか。私にも感じるぞよ」

 

 然り、その影はニンジャだ。殺気を隠そうともしていなかったため、猶更分かりやすかった。

 その人影は緩慢な動きで徐々に近づく。

 

「ム……」

 

 ある程度距離が縮まった頃に、私は自らの勘違いに気付いた。

 あの陽炎は、直射する日光が作り出した自然現象では非ず、そのニンジャ自身が発生させていたのだ。

 もっと言うなら、そもそも陽炎ですらなかった。全身を身に纏っている赤黒い炎が揺れることで、私に陽炎と錯覚させていたのだ。

 

「ヒツケ・ニンジャクランか……?それにしては初めて見るが……」

「何やら只者ではない気配がします。警戒を」

 

 イブシ・ニンジャが私に進言した。珍しいことだ。

 だが同様のアトモスフィアを私も肌で感じ取っていた。扇子を袖に仕舞い、ジツの構えを取り、私はその影に叫んだ。

 

「貴様、ニンジャだな!ドーモ、アクタ・ニンジャです!」

 

 イブシ・ニンジャもそれに続いた。

 

「ドーモ、イブシ・ニンジャです!アイサツをせよ!」

「……グググ……」

 

 だが、その正体不明ニンジャは不明瞭で不気味な笑いを返すのみだった。

 何たる不遜。思わず眉を顰める。しかしそのすぐ次の瞬間、その影は漸く顔を上げた。

 ……いまでも思い出す。その目は真円状にかっ開いており、瞳孔はセンコの様に縮小を繰り返し、怪物のような形状のメンポからは呼吸に合わせ蒸気が噴き出ていた。

 その見てくれで、私は……それを見ただけで、些かの恐怖を、覚えたのだ。

 その化け物は、両手を胸の高さで合わせ、腰を60度曲げてオジギをとった。

 

「ドーモ、アクタ・ニンジャ=サン、イブシ・ニンジャ=サン。ナラク・ニンジャです」

 

 ドクン。

 世界がそやつを原点に澱み歪んだ気がした。

 

「……!?」

 

 知らない名だった。

 一説によれば、あまりにも「強い」名前には一種のパワーが宿るらしい。そのようなスピリチュアルめいた眉唾物を躊躇なく受け入れる奴はそうそう見かけることはなかったが、名前を聞いた瞬間、心臓を跳ねあげさせ、ブザマに竦みあがった我が身のことを考えると、その仮説もあながち間違っていないように思える。

 こやつは只者では無い。それは、一度こうして相対しただけで分かった。だが、ニューロンは理解を拒んだ。

 なんだ、こやつは……まるで怨念が人の形を模しているようだ。

 ナラク・ニンジャだと?全く聞いたこともない名だぞ。なのに、この動揺はなんだ。完全に優位を譲っているではないか。

 私は血の滲むような修行を通しアーチニンジャとなり、あとはモータルを虐げながら何もかもが言う通りになるこの世界で全能となる筈だったんだ。だが、まるでこれでは……!

 

「イヤーッ!」

 

 物思いの時間は一方的に終わった。アイサツ終了からコンマ0.3秒も経たないうちに、ナラク・ニンジャは先手を取ってこちらに距離を詰めていた。

 心臓目掛けた右ストレートが私に襲い来る。だが、私とてニンジャだ。ニンジャ動体視力にその動きを捉えることは造作もない。

 

「イヤーッ!」

 

 私は右ストレートの手首を横から掴み、チリアクタ・ジツを発動しながら背を向け、トモエ投げめいて投げ返してやった。これで奴も終わりだ。右腕から徐々に灰化し、そう遠くないうちに死に至るだろう。

 ハハハ、なんだこやつめ。大したことないな。

 

 ……その()()が、停止した。

 

「……アレ?」

 

 現実を再認識する。時間が止まる。そして、トモエ投げめいて投げられたナラク・ニンジャの躰が、あっという間に右ストレートを振りかぶる直前まで巻き戻った。その右腕を掴まんと私も左手をいまだ構えている。

 ……そう、今見た光景は、私の恐怖心と享楽的思考が作り出した、都合のいい現実逃避に過ぎなかったのだ。

 奴のストレートはすぐに見切れた。ただ、見切れたのは、相手が力をセーブしていたからだった。私は奴のフェイントにまんまと乗っかってしまったのだ。

 

「……!」

 

 私の掴みは空を掠めた。奴は残像を残すスピードで身を屈めていた。泡を食い、体勢を立て直そうとしたが、間髪入れる暇もなく鳩尾にごく強い衝撃が襲い掛かった。

 

「……グワーッ!」

 

 ナラク・ニンジャは屈めた身を素早く起こし、左手のアッパーを私に直撃させた。後に知ったことだが、この技は暗黒ジュー・ジツ奥義、ヘブンスルーキャノンと名付けられているそうだ。

 私は一撃で致命部位にダメージを受けた。全てはものの数秒で起こったことだ。私は気を強く持たねば爆発四散しかねないほど、死に瀕していた。

 馬鹿な。そんな、馬鹿な!ほんの少し前まで、私はニンジャの力を行使してモータルを虐げていたのだ。だというのに、だというのに……!

 視界が逆さだ。天地をひっくり返し、私は高々と打ち上げられている。

 辛うじて視界に捉えた奴は、迎撃をすべく身を屈め獲物を捕らえる猛獣めいて、私に向けて狙いを定めている。身体が浮いている今、回避手段はないだろう。

 眼前が白く明滅する。

 そうか。私はこのナラク・ニンジャに敗れる。爆発四散し、この辺境の地で散ってしまう。なるほど、これがアーチニンジャである私の運命か。

 ……嫌だ!

 

「サヨ!ナラ!」

 

 私はナラク・ニンジャの攻撃の直前、そう叫び、爆発四散した。

 辺りに灰が撒き散らされ、空っ風が四方八方に吹き流した。

 

 ……やや爆発四散のタイミングが奇妙であったことだろう。まだ奴は攻撃を加えていないのだ。

 致死ダメージを遅れて認識したわけではない。奴が追撃したわけでもない。私にはイブシ・ニンジャにも伝えていない、独自に編み出した秘伝のジツがあった。

 その名もアッシュスケープ・ジツ。

 自らの肉体をすべて灰に変化させ、それと同時に内部でカラテを発散させ、疑似的な爆発四散を起こすジツだ。チリアクタ・ジツの応用ではあるが、用法はシニフリ・ジツの方が近いだろう。

 このニンジャ相手では、こうしてやり過ごさざるを得なかった。とても敵わぬと、即座に理解してしまったのだ。

 

 だがこのジツには唯一にして最大の欠点がある。

 灰と化した自らの肉体がどうなれば元に戻るのか、まるで分からないことだ。爆発四散を偽装するジツを生み出したは良かったものの、二度と元に戻れぬ可能性のことを考えると、とても試す気になれなかったのだ。

 実際使ってみて分かることは、灰の身体では五感も遮断され、ナラク・ニンジャがその後もどうなったか、イブシ・ニンジャが無事なのかも全く判然としないということだ。

 ……全てを灰と化させた自分にどの程度の自由が存在し得るかの仮説をいくつか考察した内、最も避けたい結論であった。

 アクタ*1のカイデン・ネームを冠しておきながら何という体たらくだろう。ジツの修練を怠った報いだ。

 最悪、二度と目覚めぬ可能性すらあり得る。となれば、私は死んだも同然だな。

 おお、イブシ・ニンジャよ。私の唯一の弟子よ。せめて生き延びてくれ……。そして、万が一にも肉体が元に戻った暁には、忌まわしきナラク・ニンジャに復讐の誓いを立てようぞ……。

 この思考を最後に、灰となった私は考えることをやめ、風に乗ってあてなく漂うことを受け入れた。

 アーチニンジャは殆ど不老不死であるが故、仮に数百年経とうが問題はないだろう。

 実際に経たれたら困りはするが……。

 

 

 ……そして私がようやく灰から肉体の再構成に成功し、実際に目を覚ました時、世の中は……なんと、千年以上もの月日が経っていたのだ。

 ネオサイタマ。全く知らない地名だ。サイバネティクス?何を言っている?ニンジャソウルの憑依?一体全体何の話だ?……ナラク・ニンジャの憑依者だと!?

 

 これは、私ことアーチニンジャであるアクタ・ニンジャが、何も分からぬ千年後の世界でブザマに四苦八苦する物語である。

 言わば、千年後の世界の奮闘記だ。

 

【ストラグルス・イン・ザ・ポストミレニアム・ワールド】 完

*1
芥。




◆塵◆ ニンジャ名鑑A01 【アクタ・ニンジャ】 ◆芥◆
強大なアーチニンジャ……だったが、平安時代にナラク・ニンジャに襲撃された折に遁走技のアッシュスケープ・ジツを使い、そのまま肉体の再構成を待つしかない事態に陥る。再び目覚めたとき、そこは今までの常識が全て通じぬ千年後の電脳鎖国都市、ネオサイタマであった。
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