アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記   作:コースト

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ザ・モーメンタリィ・インパルス #2

 ウーン、今日という日は何といい日なのだろう。

 陽光は程よく私を照らし、心地よい微風が私を撫でるように通り過ぎていく。すぐ横で聞こえる「ざるそば」という看板の店の喧噪も、こんなに気分が良いと煩わしさも感じない。座椅子に座り、日除けとしてカラカサを差し、私はマグロ・スシを頬張った。

 こういう時には、隣に誰か欲しいものだ。例えば、そうだな……私の配下とかがいい。私の家来として慕ってくれて、命令にも従ってくれるんだ。私のセンセイはかなりストイックな奴で、正直あまり好きになれなかったが……もし私がその立場になったとしたら、呆れられるぐらい精いっぱい可愛がってやるんだ。

 そして、こんな気持ちのいい日々の中で、共に旨いスシを食べ、風の向くまま気の向くままに街を練り歩く。目に止まった売店にふらっと立ち寄って、並んだ商品を特に買うわけでもなく品定めして回る。理想的な休日そのものだ。

 まあ、ドージョーを卒業したわけでもなし、そんな時でも開祖からのコーリングがあれば、即座に出動せねばならんがな。

 

 ……ふぅ、スシも食べ終わった。やはりスシは極上の味だ。特にマグロは美味。アーチニンジャになってからというもの、より一層その有難味が分かる。己の血肉となり、エネルギーとなるこの感覚、それに伴う快楽!気を抜くと、全身の力も抜けてしまいそうだ。

 私は細やかな所作の積み重ねでやや乱れたキモノを整え、立ち上がった。

 さて、これから何をしようか……。

 

「ドーモ、そこの綺麗な姉さん」

「む?」

 

 突然、横から声を掛けられた。しかも褒め言葉と共に。そちらを向く。

 ……モータルの二人組だ。二人とも坊主で、鮮やかな青色と暗緑色の服をそれぞれ着ている。顔は両方やや厳ついな。暗緑色の服の奴は額に傷跡がある。臆病な奴だったら、第一印象で怯えてしまいそうな強面だ。

 

「ああ、かなり美貌だな」

「言ったであろう?」

 

 二人は一度顔を見合わせ、そして改めてこちらに向き直る。手前側にいる、額傷の男が口を開いた。

 それにしても、この額傷男の顔、どこかで見たことがあるような、ないような。気のせいか?

 

「貴殿よ、おれらの仕事に興味はないか?」

「ふむ……」

 

 ああ、仕事の勧誘の類か。ニンジャ性を隠匿しているとはいえ、非ニンジャの分際でまさかこんなに図々しくスカウトされるとはな。ニンジャスラングで一蹴することも可能だが、まあ、話を聞くだけ聞いてみてもいいか。暇だし。

 

「いいか。おれたちの仕事は……」

「オレたちは、彫金屋だ」

 

 もう一人の傷のない男が割り込んだ。

 

「違う、戯け」

 

 額傷男はすぐさま押しのける。

 

「おれたちゃ、遊芸屋だ」

「遊芸屋?」

 ふむ、聞いたことは無いな。

 

「ああ。お前のその美人っぷりを弄んでおくのは勿体ない。カネになる美しさだ。俺らは、その荒野に咲くたおやかな花の如き貴殿のその魅力に惹かれたんだ」

「前置きが長いな。褒め殺しは効かんぞ」

「おっと、シツレイ」

 

 額傷は奥ゆかしくオジギをして詫びた。礼儀がなっているな。

 

「つまり、貴殿はゲイシャになる素質があるということだ」

「なるほど、ゲイシャ」

 

 合点がいった。なるほど、こやつら私の美しさに惚れ込んだのか。ずいぶんと審美眼が故障しているようだ。とはいえ……。

 

「悪い気はしないな」

「だろ?」

 

 額傷の男は勢い込んだ。少し話に乗ったらこれだ。

 

「ゲイシャになれるとこれからの人生がラクになるぞ。なれる奴はひと握りだ。ゲイシャになるには美貌が要るが、幾ら金を積んでも手に入らん奴は入らんからな」

「……」

 

 話が……少し長いな。終わる様子もない。調子に乗らせてしまった。

 

「その点、貴殿にはそれがある。まさに選ばれし人間だ。だが今は例えるなら、金の鉱石……それを精錬し、磨き、形を整え、誰もが羨む金の偶像にする。それがおれたちの仕事さ」

「へえ。だからあやつは彫金師と自らを例えたのだな。ポエット、ポエット」

 

 そう言いながら、私は芝居がかったように頷いてみせた。額傷の男は満足気だ。そして私は腕を組み、侮蔑を孕んだ目で男を見た。

 

「して、あのもう一人の奴は何処へ?」

「……」

 

 男の表情から途端に笑みが消え失せ、口を噤み始めた。そして、僅かに視線が右に逸れたように見えた。

 

「ああ、そうか」

 

 私は男を見据えたまま、右手を斜め後ろに突き出す。そして手首を折った。

 

「グワーッ!?」

 

 もう一人の奴のな。

 ……やはり、何かを持っていた。なら、この流れのまま手早く奪う。

 

「……」

 

 それを見て、私は男を見る視線に敵愾心を充満させた。それがフキヤで使われるような、鋭い針だったからだ。しかも先端に昏睡薬が塗られていて、どう考えても「遊芸屋」が持つような道具ではない。

 こやつら……随分とアコギな商売をしている、欺瞞師だな。

 

「これは、どういうことだ」

「……」

 

 苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる男に対して、私はその凶悪な針を突き出した。

 

「私を長話で釘付けにしていた間に、もう一人がこれで奇襲をかける腹積もりだったか?」

「フゥーッ……」

 

 男は肩を竦める……そして、

 

「勘は良いようだが……調子に乗んじゃねぇ!イヤーッ!」

 

 襲い掛かってきた。都合が悪くなれば実力行使。実に愚か。

 無骨な右アッパーが私の腹部を目掛けやって来る。曲がりなりにも精悍な体格で放たれるパンチだ、勢いも十分にある。当たれば痛いだろうな。だが、雑だ。

 私は横を向いて上半身を半分にし、直撃するスレスレで拳を左に回避した。勢いづいたまま空ぶった額傷男の拳骨は、痛みで跪いていたもう一人の顔面に直撃した。

 

「グワーッ!」

 

 その男は首を縦に120度程回転させながら、体を5寸ほど浮かせて吹き飛ぶ。そして動かなくなった。正確に言えば、痙攣はしているがな。まあ、おおむね致命傷か。

 

「チィーッ!」

 

 意図せぬフレンドリーファイア攻撃を放ってしまった額傷は、拳を振り抜いた勢いを活かし、真横に居る私に向かって回し下段蹴りを繰り出す。こやつ、カラテの心得は十分にあるな。だが、私には止まって見える。緩慢だ。

 

「イヤーッ!」

 

 私は男に飛び掛かり、大きい顔面を片手で鷲掴みにしながら押し倒し、マウントポジションを取った。          

 両腕を開いた膝で押さえつけ、胴体を下半身で無理やり拘束する。空いた片手でついでに首を絞めておく。両足は自由だが、私には届かんな。これでこやつは動けぬ。

 

「おい、このクズ男。私を誰だと思っている」

 

 私は指の隙間から覗く男の血走った目と視線を合わせ、憤怒も露わに覗き返した。憔悴しているのか、恐怖しているのか、男の表情筋が引きつっているのを感じる。

 

「グワッ……クソが……こんな奴如きに……」

「おい、私を誰だと思っている。言ってみろ」

「ハハッ……やはり、覚えられてないのか……残念だな……」

 

 ……?

 まるで知っているような言い草だな。こやつ……。

 

「答えてみろッ!」

「……ハ……」

 

 実際のところ、私のそれは、返答を期待した問いではなかった。だがしかし、こやつは答えた。

 

「ハイバラ……セキ……」

 

 ……ハイバラ・セキ。

 

「……」

 

 私は一瞬呆気にとられた。

 ハイバラ・セキ。ニンジャじゃない頃に名乗っていた、私のモータル・ネームだ。

 

「懐かしい顔だと思ったぜ……覚えてるか?アジマだ……アジマ」

「アジマ……」

 

 この額傷の男の名は、アジマ……。一瞬ピンとこなかった。

 

「ッ!?」

 

 だが、程なくしてすぐに思い出した。

 こいつは、このアジマは、幼少期……私に数多の嫌がらせを行ってきた、虐めっ子の集団が一人だ。

 

「貴様ッ……!」

 

 指の間から覗く顔面の特徴が、不意に記憶のあやつと合致した。私は内面に、様々な激情が綯交ぜとなって噴出される感覚を覚えた。掴んでいる手の握力が無意識に強まり、アジマの頭骨がミシミシと音を立て始める。

 

「グワーッ……!あんときのお前は、ニボシそのものだった!」

 

 どことなく死を悟ったのか、アジマは半ば自暴自棄気味にまくし立てる。

 

「なァ、ハイバラ……お前は、陰気で、協調性も無くて、どんくさくて、知能も低かったよなァ!」

「黙れアジマ!それ以上口を開けばッ!」

「だがアンタが美しいってのは嘘じゃないぜ!何も出来ない癖に見た目だけは整ってて可愛かったんだ、……思わず泣かせたくなっちまうぐらいな!」

「今更……ご機嫌取りか!?」

 

 額に青筋が浮いた。握る力は尚強まった。

 

「グワーッ!さ、さっき見かけた時も……お前はあの時と変わってねぇと、お、思ったんだ!だから懐柔できると……今度は、奴隷オイランに仕立て上げられると……!」

「き、貴様ァーッ……!私を、この私をなんだとッ……!」

 

 メリメリメリメリ……おおよそ人間の頭部から発されはしない音が聞こえる。鷲掴みにする手の指先に力が篭る余り、先端が男の皮膚に食い込み始めた。

 

「だが、テメェに、俺は、今から、こ、殺されるんだな……!こんな強い奴、し、知らねえ……オイ……ハイバラ!テメェ、ど、に、何があった……!?」

「わ、私は……」

 

 瞬間の躊躇があった。だが、結局歯止めはかからなかった。止めどない激情に身を任せ、私は叫んだ。

 

「私は……ニンジャになったんだ!イヤアアァァーーーッ!」

「アババババーーーッ!!」

 

 アジマの顔面を……両手で握り潰した。骨が砕ける音が豪快に聞こえる。握り潰しながら、私はジツも無意識に行使した。頭の残骸から上半身……そして足の先端にかけて、アジマの肉体は服ごと徐々に灰色に変化していく。

 そして、私は荒い呼吸を繰り返し、ゆっくりと立ち上がった……。私がのしかかっていたそれは、もはやただの大の字に積まれた灰の山でしかなかった。アジマの痕跡など、見る影もない。髪の毛一本に至るまで、全き灰になった。

 

「あ……」

 

 ふと我に返った私は、周囲を見た。街行く人が、こちらをじっと見つめていた。……化物でも見るような目で。

 

「……」

「……ち、違ッ……!」

 

 私は誤解を解こうと両手を振ったが、議論の余地なく無駄な行動だ。

 何が「違う」というのだ?

 

「誰か!ケビーシ呼んでくれッ!ケビーーーシ!」

 

 いつの間にか立ち上がっていたもう片方の男が、頭部を流れる血にも構わず声を荒げた。

 ついさっき、アジマに誤って殴られた奴か。まだ立ち上がる体力があったとは。

 

「あの女、こっちに襲い掛かってきやがったんだ!しかも、オレの仲間が……何だ!?灰になりやがったッ!何か凶悪な武器を持っていやがる!次はオレが殺される!助けてくれーッ!」

 

 ……周囲の視線は、血まみれで喚く男と私とで、往ったり来たりしていた。どちらを見ても、戸惑いか恐怖……おおよそ負の感情が対象に注がれた。

 恐らく、あの男もヨタモノめいた認識をされていたのだろう。アジマと共につるんで、女を誑かして……。普段から冷ややかな視線で見られていたのかもしれない。

 だが、男の大声で助けを乞う様は必死だった。そして、あやつの言っていることは、何も間違ってはいない。町人も同じ様を目撃していたのだから。私が……ジツを使い、人間を灰にする様を。

 

「ニ……ニンジャか、まさか!?」

 

 いつの間に集まっていた野次の中から、誰かがそんなことを言った。それは発火剤となり、火が燃え広がるように、喧騒が人を介して徐々に大きくなっていった。

 

「ニンジャ……?」「まさかだろ」「でもさっき見たぞ」「ああ見た」「スシを食べていた」「スシ?」「ニンジャが?」「人に紛れて?」「ニンジャ、ナンデ……」「ニンジャはスシを食べる」「あやつ、人を殺めたぞ」「コワイ!」「次は俺らかもしれない!」「そんな!」「嫌だ!」「助けて!」「出ていけ!」

 

 戸惑いと猜疑心で構成された喧騒は、徐々に私への恐怖心と、得も言われぬ圧へと置き換わっていった。

 怖い奴だ、出ていけ。私たちの平和な街で、なんてことをしたんだ。

 

「や、やめろッ……」

 

 違う。あのアジマが最初に騙してきたんだ。そう弁明したかったが、私と周囲の人間を抽象的に隔てる、この敵意に満ちた「壁」は、私の言葉を際限なく封殺するのだろう。どう取り繕ったところで……無駄だ。

 私は忙しなく鼓動する心の臓に、何か不穏なエネルギーを感じた。紅い血液と同時に……不純でどす黒い靄が、全身に循環されていくのが分かった。

 これ以上、この悪意に満ちた騒めきを聞いていてはだめだ。私は脊髄反射的に耳を塞いだ。だがニンジャの増幅された聴力は、塞いだ掌を貫通して、無慈悲にも周囲の人間の不穏に満ちた言葉を私に届けてくれている。

 ああ、コレ……ダメだ。

 

「俺たちに危害を加えるつもりだろ!出ていけ、ニンジャ!」

 

 例のアジマの片割れが、人混みの中から私の目の前に現れ、指を差し、そう叫んだ。

 

「そうだ!出て行ってくれ!」「私達に何もしないで!」「どこかで、ひっそりと隠居してくれ!」「出ていけ!」「ニンジャ、出ていけ!」

 

「…………」

 

 は、水に広がる墨めいて、灰色の私を、末端に至るまで染め上げた。

 

「出ていけ、ニンジャ!出ていけ、ニンジャ!」

「イヤーッ!」

「出ていッ……ア……?」

 

 ……民衆は、ただ、自らの身が、人生が、一生涯が、理不尽(ニンジャ)によって壊されるのが怖かっただけなのだろう。私が人を一瞬で滅ぼす手段を持っていると知られた今、私を受け入れようとする心優しき恩人は、何処に行こうとも、存在することはない。

 集団で私を排斥しようとした、この流れも、決して人間が露悪的な存在だというわけではなく……自然の摂理ともいうべき、至極当然の結果なのだ。

 

 だが、私だって人間だ。単に……単にで片づけるにはやや厖大だが、厳しい修業を経て、人並外れた超能力と身体能力を身に付けただけで……。それ以外は人間と変わらない。はずだ。

 私は、ただ……自分の身を立てられる力を身に着け……これ以上、周囲から疎まれる人生を避けたかった……それだけなのに。

 ……人を虐げるために、ニンジャになった訳じゃないのに。

 

「アイエエエエッ!」

 

 欺瞞師の男は、私に首根っこを掴まれ、持ち上げられた。体格は彼の方が大きかろう、だが足が宙ぶらりんとなり、掴まれた首からは嫌な音が鳴った。

 

「アイエエエーエエエ!アイエッ」

 

 そして次の瞬間、男は首から、波紋状に灰になった。

 私が手を放すと、地面には灰の山が積もった。

 

 周辺の民衆は、黙りこくってしまった。

 だろうな。

 ニンジャが明確な殺意と共に、再び人を殺したんだ。

 

「さァて……と」

 

 私はその灰の山に手を入れた。引き抜くと、その手にはスリケンが握られていた。灰が固まって出来たスリケンだ。

 それを指の関節だけでピンと投げ、たまたま近くに立っていただけの無辜の民の額に刺した。

 

「アバーッ!」

 

 そやつが死に、倒れると、その衝撃で灰のスリケンは跡形もなく崩れ、僅かな残りが額に積もるのみとなった。軽い風が吹くと、それも方々に散っていった。

 そして、額のスリケン傷から……その死骸も灰色に変色し始めた。変色が止まると、その像は崩れ、またもや灰の山が生まれた。

 モータル共は、それも、叫び声すら出せずに見届けるしかなかった。

 

「うぬら……このアクタ・ニンジャに向かって、よくも無礼を働いてくれたな」

「アイエッ……」

 

 誰かが小さく呻いた。逃げることはしなかったのだろう。

 私は今も、遠慮のない殺意と共に、周囲を見渡している。こやつらは、余りの恐怖に、背を向けて逃げることすら出来なかったのだからな。

 

「礼儀を知らぬクズどもよ。幻滅だ。最早私にとってうぬらは……目障りでしかない、虫以下の存在だ」

 

 私は両手に再び灰スリケンを構え、邪悪性を湛えた笑みで民衆に言い放った。

 

「全員、後悔して逝け」

 

◆◆◆

 

「ウワーッ!?ハッ……ハァッ!?ハッ……ハァーッ……ハァーッ……」

 

 無意識に上半身が跳ねた。その勢いで目も覚めてしまった。体に巻き付けてスマキ状にしていたカーペットは、寝ている間に解けてしまっていたようだ。

 今は……何時だ?いや、それは分からない。だが、僅かに開いた鉄板製の戸の隙間には、夜の曇天が映っていた。そして……雨。まだ朝日が昇ってすらいないか。

 心臓の鼓動が早い。汗も滝のように流れる。気を強く持たないと、吐いてしまいそうだ。はだけたキモノを整えることすら厭い、両手で過剰ポンプ運動を繰り返す心臓を抑えつけた。その努力も無意味で、体外にはみ出てしまいそうなほどに、それは激しい脈動を繰り返した。

 

「ハァーッ……ハァーッ……」

 

 深呼吸を数回行う。ある程度精神が落ち着いてきた。

 ……ひどい悪夢を見た。今、最も見たくない類の、悪夢だ。コワイ。よもや、まだ、続きを見ているわけではあるまいな?ゆっくりと周囲を見渡し、現実を検証する。

 錆びた鉄板で出来た壁、天井。心ともなく部屋の中を照らすランタン。ありあわせの材料で作られた棚、机。そして……同居人のイシハラ・ナガタ。

 

「グガーッ」

 

 ……イビキをかいて寝ている、イシハラ・ナガタ。

 何だこやつ。今、私がこんなにも怯えているというのに。寝ている間は警戒心が強いのではなかったのか!?心配はいらないが、せめて気付いてくれよ!

 

「おい、起きろ!この野郎!」

 

 思わずムカつき、その一瞬の衝動で私はイシハラの腹を叩いた。

 

「フガッ、え、ん、あ?なんだ?」

 

 イシハラは一発で目が覚め、私を見た。なんて間抜け面だ。そして徐に上半身を起こす。目は僅かにしか開いてない。遠目で見たら、まるで一の字だな。

 

「まだ夜……夜じゃねぇか。こんな時間に起こしやがって。なんだ……まさか、トイレに一人で行けないのか?」

「いや……違う」

「じゃあ何だってんだ……」

 

 目を擦り、体を伸ばしたイシハラは、改めて私を見た。そして……僅かに目を開き、訝しんだ。

 

「お前……泣いてたか?」

「ハァ?」

 

 予想外の問いだった。少しの間、呆気にとられてしまった。イシハラは続ける。

 

「だってよ、目元、腫れてんぜ、お前」

「エッ……」

 

 思わず目元を触った。私が……今になって、この私が泣いたというのか?まさか、あの悪夢でか?そんなわけ……ないだろう。どうせ、いつものイシハラの無責任な軽口だ。あるわけが……。

 

「…………」

「ははあ、悪い夢でも見たんだな?それで怖くなって、俺を起こしたんだ。成程な。」

「……違うから」

「じゃあ何で起こしたんだよ。自分でも答えられないのか?」

 

 ここは、もう、認めるか。こやつの前で弱みは見せたくなかったが……もう自暴自棄だ。

 

「そうだよ!悪い夢を見た!怖くて泣いたよ!私だって……私だって怖くなったら泣く!女子だぞ!?当たり前の……事だろう!?」

「ああ、ああ、ゴメンて、分かった、分かった。俺が悪かったよ」

「…………」

 

 朴念仁な奴だ。

 

「それじゃあさ、また寝るから、俺。また悪い夢でも見て寝れなさそうなら、まあ頭でも撫でるか、背中でも叩いてやるとかすっからさ」

 

 イシハラは再び寝転がった。

 

「お前も寝ろ。明日も早いんだぞ」

「…………」

「じゃあ、オヤスミナサ……」

「布団を交換しろ!」

「え?」

 

 イシハラが僅かに起き上がる。私は主張した。

 

「布団の寝心地だ!私は草臥れたカーペットに体を巻き付けて寝ているが、お前はゴザの上に布を敷いて寝ているだろ?そっちの方が寝心地よさそうだ!」

「そうか……?」

「きっと睡眠の質が悪かったから縁起でもない悪夢を見てしまったんだ!だから布団を交換しろ!今日ぐらいは質のいい(しとね)でぐっすり寝かせてくれ!」

「アー……まあ、いいがな……」

 

 彼は渋々身を起こした。寝れるスペースが開いたその一刻一秒を惜しむように、私はそっちの布団に飛びついた。イシハラはやれやれといった様子で肩を竦めた。

 

「じゃあ……まあ、今日はこっちで寝るかね。オヤスミナサイ」

「そうだな、イシハラ=サン!オヤスミナサイ!」

 

 そして、私たちは再び寝た。

 雨粒が鉄板に当たる音がひっきりなしに聞こえる。風音も聞こえるのだが、それでもこの掘っ立て小屋……家はびくともしない。なんて頑丈な作りなんだ。

 

 結論から言うと、あの後、私はぐっすりと寝られた。

 ぶっちゃけ、寝心地の方はお世辞にもカーペットを巻き付けて寝るより良いとは言えなかった。

 だがそれでも、それなりに質のいい睡眠が取れた。

 何故か?

 

 誰かの布団で寝るということは……つまり、そういうことだ。だから私は熟睡できたんだ。

 分かるだろ?察してくれ。

 

【続く】

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