アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記   作:コースト

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(前置き:大変お待たせいたしました。第一部の最終エピソードです。本話を以て、第一部「灰の山より」に区切りをつけ、第二部を始めようと思います。親愛なる読者の皆さん。拙作をここまで読んでくれて、本当に、本当にありがとうございます。評価や感想も非常に貰えて、わたしはとてもうれしいです。しかし、アクタ・ニンジャの物語はここからが本番なのです)


フロム・ジ・アッシュピット #1

 ガタン、ゴトン、ブロロロロロ。ガッタン、ゴットン、ブロロロロロ。獣の鼾なのか、母の胎動なのかも聞き分けのつかない重低駆動音を立てながら、その鉄の塊は私と、そしてイシハラを、無造作かつ乱暴に運んでいく。

 

 私は窓ガラスを見た。向こうが余すことなく透けて見え、尚且つ十分な強度を両立している、この窓ガラスという物質を。かつては風のうわさで「海の外にそういったモノがある」といった程度の認識でしか聞いたことが無かったが、まさか現代において実物をお目にかかれるとはな。平安時代では終ぞ見ることなどなかったので、新鮮な体験だ。

 

 次に窓の向こうを見た。この巨大な鉄の塊は、未だ舗装も何もない道なき道を通っているせいで上下に忙しなく揺れているが、私の動体視力は外の景色を問題なく捉えられる。肝心の情景はと言うと、延々とゴミの山と瓦礫の地面が続いているだけで、描写するほどの価値はないがな。

 

「……ハァーッ……」

 

 ……つまらない。退屈で仕方がない。

 深いため息を吐きながら少しずつ座席からずり落ちる。座席が硬い金属で作られているんだ、尾てい骨が痛むし、リラックスなんて出来やしない。念願のあのメガロポリスに向かえるなんて興奮も、この流れる景色に乗ってどこかに飛んでしまった。

 

「なあ、ステディ=サンとやら」

 

 そしてその気だるげな体勢のまま、私はステディに向かって声を掛けた。前方二つ向こうの座席に座り、ハンドルと呼ぶらしい巨大な摘みを回している、赤い帽子の彼女を。

 

「何だ、アクタ・ニンジャ=サン。手短に言え」

 

 ステディは振り向くことも無く、低く冷徹なトーンで言った。

 

「暇だ。あとどれ位で到着する?」

 

 私は隣で項垂れているイシハラを見ながら訊く。

 

「一時間以上はかかる」

「エーーーッ」

 

 そして、さらにずり落ちた。両足が座席の下で完璧に収納されていて、もはや私の座るべき場所に私の姿は無いだろう。

 

「……なあステディ=サン」

「何だ」

 

 座席向こう、男のハスキーな声がステディを呼びかける。私からは見えないが、ネオテリックとかいう奴の声だな。奴はステディの隣の席に座り、薄く黒い板を見ている。ソレがなんなのか私にはとても理解しかねるが、どうせ知らない方がおかしいのだろう。もう気にしないことにしている。

 

「さっきから、アクタ・ニンジャ=サンの御姿がないように見えるンだけど?」

「……」

 

 ネオテリックがそう言うと、ステディは返答にやや間を置いた。

 そして、

 

「マインドシーカー=サン、何とかしろ」

「……エッ、ボクですか!?」

 

 今度はマインドシーカーの名が呼ばれた。ネオテリックの後方の席でうつらうつらと泳いでいた紫髪の少女がビクッと我に返り、驚き慌てる。

 そして、私の方をチラチラと見て、こう言った。

 

「ヤですよォ……なんか虫の居所が悪いっぽいじゃないですか、あの人」

 

 ……それも、小声で。声が小さければ、例え陰口とて私には聞こえぬだろうという浅慮な思考が読み取れる。

 何だこやつ。

 

「聞こえてるぞ」

 

 私は怠い体を起こし、威圧的に彼女を睨みつけてやった。

 

「アイエッ!?」

 

 気付いたマインドシーカーの身がビクッと跳ねる。

 

「実にいけしゃあしゃあと言うじゃあないか。誰のせいだと思ってるんだ?」

「ああ、隠れてたのか。逃げたのかと焦ったよ。サンキュー、マインドシーカー=サン」

 

 ネオテリックが投げやりに褒めた。すっかり怯え、背後の窓ガラスに背中を密着させ少しでも私と距離を稼ごうと試みていたマインドシーカーは、その言葉で多少の平穏を取り戻したのか、ぎこちなく座り直した。その顔はまだ引き攣っている。

 

「あと、アクタ・ニンジャ=サン。お言葉だが……」

 

 ネオテリックが首を巡らせ、私の方を向いた。小馬鹿にするような細長い目がどうも気に障る。

 

「マインドシーカー=サンは確かに慇懃無礼な奴だ。が、あまり追い詰めない方がいいぞ。暴走すると最も予測不能になるからな」

「……」

 

 色々と屈辱的だが、ここで私は状況を大局的に俯瞰することにした。今の私は拘束され、敢無く自由を奪われている状態。この三人は今でこそ私を連行しているが、やろうと思えば始末するなど、造作もないだろう。

 食い下がろうとせず、黙って素直に座席に座り直すことにした。

 ネオテリックも小さく頷き、正面に向き直る。

 

「素直な奴で良かったぜ。ああ姐御、二つ先を左折だ」

「コピー」

 

 ……ステディ、ネオテリック、マインドシーカー。

 この3人組は、どうやらネオサイタマのデッカー、らしい。そんな呼称は聞いたことは無かったが、要はケビーシだ。犯罪者を捕らえ脅威を防ぐ治安維持部隊。時代も違えばここはキョートでもないが、同様の組織は作られるものらしい。

 その中でもあの3人は、どうやら対ニンジャ案件専門の課に所属するデッカーニンジャと呼称される部隊に所属しているようだ。これには驚いた。ニンジャへの抑止力としてのニンジャか。ニンジャ至上主義の平安時代にはまるでなかった機構だ。

 とはいえ彼らの口ぶりから察するに、やはり治安維持を信条とするニンジャはかなりマイノリティのようで、組織内でも異彩を放っているらしいがな。

 そんな奴らが何故、この私を追ってきたかについてだが……ここは自分のモノローグで語りきるよりも、ここに至るまでの流れを回想した方がいいだろう。

 

◆◆◆

 

「……おい、本当にオマエがフォールアウト=サンなのか?」

 

 遡ること30分前。遠隔注入された筋弛緩剤で全身に力が入らず、ぐったりとしている私。地面に転がって昏睡する辻説法師。そして、私の両手首を後ろに回らせ、金属製の拘束具を取り付けるステディ。

 最初に疑問を呈したのは、ネオテリックだった。

 フォールアウト?

 

「ウアア……」

 

 その問いの真意を確認したかったが、口に力が入らず、舌足らずな言葉しか出てこない。

 

「どういうことだ?」

 

 ガチャガチャと装着音を鳴らすステディが手を止めて振り向き、私を代弁してくれた。頭を掻くネオテリック。

 

「なんか……呆気ねえなって思ったンだよ。報告書の印象だともっとこう、狂暴で邪悪、みたいな……」

「ま、まあまあ、そんなこともあるんじゃないですか?」

 

 そこで、どことなく不安げな顔のマインドシーカーがネオテリックの言葉を止めた。

 

「だって、そうだとしたらあのフォーアイズ=サン謹製のジツトレーサーがバグを起こしたってことじゃないですかァ……そんなことありますか?」

 

 また知らん名が出てきたな。フォールアウトにフォーアイズか。どっちも私の記憶には存在しない。

 あと、ジツトレーサーとか言ったか?こやつ……。何だそりゃ。口ぶりからして、何かしらの道具ではあるのだろうが。

 

「コウボウ・エラーズとも言うだろう」

 

 ネオテリックが窘める。

 

「アイツだって人間であって、機械じゃねぇ。ヒューマンエラーっつーこともあるって」

「じゃあなんですか!?フォーアイズ=サンは役たたずの最低屑ってコトですか!?」

「何でそうなるんだよ……っていうかお前、さっさと任務を終わらせたいだけだろ?違ってたらまた探す羽目になるからって……」

「ハア!?ちーがいますけどハア!?ネオテリック=サンだって――」

「落ち着け。冷静になれ、二人とも」

 

 言い合いがヒートアップし口喧嘩になりかけたところを諭したのは、ステディだった。雰囲気からして、こやつがこの3人組のリーダー格といった趣だろうな。

 

「……へいよ、姐御」

「ハアイ、分かりました……」

 

 彼女の鶴の一声で、それまで火花を散らしていた二人間の空気が、まるでまやかしであったかのように元の様子を取り戻した。

 いつの間にか私に拘束具を付け終わったステディが立ち上がり、どこかへと向かう。うつ伏せで、自由に首を動かせない私の視界外にいる。声しか聞こえない。

 

「折の良い事に、事情を知っていそうな物を我々は連れていたではないか。……少しいいかな、オラヴ=サン」

「エッ……」

 

 やや遠くから、彼女の声と……新しい、引きつった男の声が聞こえてきた。姿は見えないが……ああ、この三人が現れた時、ネオテリックに首を絞められながら連行されていたあやつか。イシハラをスコップで殴った……。

 

「手間をかけて悪いが、いくつか質疑応答させてもらってもよろしいか」

「アッ、ハイ……」

 

 モータルに話しかけるステディの声は、それまでと比べやや柔和なトーンとなっていた。ニンジャを目の前にして震えていた男の声が、僅かに平穏を取り戻している。

 

「彼女の名前は?」

 

 ステディが質問をする。

 

「ア……アッシュピット、って名乗っていました」

「アッシュピット」

「しかし、あの、別のニンジャが現れて……その時、アクタ・ニンジャと名乗りました……」

 

 男の答えた内容を聞き、ネオテリックとマインドシーカーは互いに目を合わせた。

 

「なるほど……貴重な情報に感謝する。では次だ、彼女はどんな人だ?」

「どんな人……って……」

「質問が悪かった、すまない。彼女の性格や言動、例えばどう君達に接してきたかとか、どういった印象を受けたかについてを教えてほしい」

「アー……」

 

 男が返答するまでに、少なくとも十秒以上の空白があった。

 

「エット……ぶっきらぼうだけど……優しい人でした」

「優しい?ほう……」

 

 男のたどたどしい返答を最初に訝ったのは、当の質問者、ステディだ。

 

「何かしらの悪事を働いていたとかは?」

「僕の見た限りでは、何も……。悪人という印象は全く」

 

 ステディが考え込むように黙る。声しか聞こえないが、その声色から感情を読み取ることも出来ない。

 

「……ぶっきらぼうで優しい、か。他には?」

「……あとは……あのイシハラっていう人と仲が良かったみたいで、僕の見た限りずっと一緒にいて……」

「エッ!?」

 

 マインドシーカーが驚愕の声と共に割り込む。どたどたと男の方向に駆けていき、また一人私の視界から消えた。

 

「イシハラって、もしかしてこのデカ男ですか!?」

「そうです、ハイ……」

「うそー……ただの人間と、アクタ・ニンジャ=サンが一緒に……?」

「……確認させてもらうが、彼女は確かにアクタ・ニンジャと名乗っていたな?」

「ウッ……は、はい。名乗っていました」

「彼女の触れた物は灰になっていたか?」

「エット……なっていた……と思います、多分、アイエエ……」

「悪かった、落ち着いてくれ。……最後に、フォールアウトの名に聞き覚えは?」

「フォールアウト……いや、無いです」

「本当に?」

「ハイ」

 

 ……それ以降の質問はなかった。ステディとマインドシーカーはすっかりその口を閉ざしてしまい、その間もネオテリックは膝を屈ませ、まんじりともせず私を監視していた。

 

「質問は以上だ。オラヴ=サン、行ってよい」

「あ、良いんです?」

「ああ、疾く去ることをお勧めする」

「アッハイ。それでは、オタッシャデー……あ」

 

 オラヴが別れのアイサツを言いかけた。そのまま離れるかとも思いきや、その足音は徐々に私の方へと近づいていた。私を見張っていたネオテリックが首を巡らせ明後日の方向を向く。恐らく、その視線の先にこの声の主がいるのだろう。

 

「アッシュピット=サン」

 

 そして、私の名を呼んだ。

 その顔は相変わらず見えないが、その声色はどこか懺悔しているようだった。

 

「ゴメン、イシハラ=サンを殴っちゃって。僕もあの説法師に手伝えって脅されたんだ。いつか、この罪を詫びさせてほしい」

「……」

 

 私は何も言わなかった。言えなかったのだが、言おうとも思わなかった。だがその顔が見えていれば、全力で侮蔑の視線を送っていたことだろう。だったら最初から従うな、とな。

 その言葉を最後に足音は遠ざかり、私の近くから気配を完全に消した。その間、警察である三人は何も言葉を交わすことはなかった。

 

「……ネオテリック=サン」

「アイ」

 

 ステディがこちらに歩み寄る。して、言った。

 

「半分、解毒しろ」

「ヨロコンデー」

「……本当に良いのですか?」

「ああ。状況は概ね掴めた」

「流石だ、姐御」

 

 そう言うと、ネオテリックが懐から何某かを取り出し、私の首筋にそれを刺した。つんのめるような鈍く鋭い痛みと、途端に忙しなく動く心拍。思わず顔をしかめる。

 だがその後、身体中に伝播していた謎の毒気が数呼吸の内に霧散していくのを感じ、瞬く間に鮮明な視界と正常な呂律を取り戻せるようになった。

 

「ゥアア……かハッ……ハァーッ……ハァーッ……」

 

 毒のくびきから解放され、堰を切ったかのように荒く激しい呼吸を繰り返す。

 無論、体も動く。肝心の切り札たる両手は拘束具に縛られたままなのだが。

 

「うぬ……ら……許すまじ……!」

 

 それでも、苦心しつつもムクリと身を起こし、呪詛と共に三人の目を順々に見据えて精一杯睨んでやった。

 

「ヒーッ!」

 

 だが怯んだのは一人のみ。マインドシーカーが身を跳ねさせ、ネオテリックの背後に隠れる。残る二人はかほどのリアクションも見せる様子がない。

 

「言っておくがな、アクタ・ニンジャ=サンよ。まだ完全な解毒はしてない。精々口が動いて、立てるようになったぐらいだ」

 

 空になった硝子容器を指先でクルクルと回しながら、彼は続けた。

 

「無駄なエネルギーは消耗せず、肩の力を抜くことをお勧めするぜ」

「……」

 

 ……腹立たしい。

 返事もせずに暫く睨みつけていたが、やがて黒服を身に纏う赤髪の女性が遮るように眼前に立った。未だ座り込んだままの私を見下ろす。

 

「アクタ・ニンジャ=サン。貴様は確保、ないし排除対象として49課内において指定されている」

 

 ステディが言う。超然とした無表情で私を覗き込む。おのれ。両手が塞がっていなければ、その猪口才なすべてを灰にしていたものを。

 

「だが、貴様はどうも我々の知るアクタ・ニンジャとは似て非なる存在のようだ」

「似て非なるとは聞き捨てならないな、モータル風情が。このアーチニンジャたる私を品定めしているつもりか?」

 

 立ち上がり、私は正面からステディを睨みつけた。彼女との距離はタタミ一枚分もない。モータルならば、常軌を逸す恐怖に心臓が麻痺して死ぬ。ニンジャであっても畏怖を隠しきれないはずだ。だが今は、血を凍らせたような紅い眼が、私を無感情、冷徹に見返すばかり。

 

「我々の追うアクタ・ニンジャは、触れた物を丸ごと灰にする残酷なジツを使う度し難いニンジャであり、これまで犠牲者が何十人と灰にされた」

「……」

 

 なんだそれは。千年前ならともかく、この現代においてはまだそんな悪行は働いていないぞ。明らかに私の仕業ではない。

 

「現れた経緯は不明、動機も不明。フォールアウトと名乗ることもある。高い戦闘能力を持ち、老獪で残忍。……これが私がまとめた報告書に書かれているデスクリプションだ」

「とんだ妄想だな、ステディ=サンとやら」

「そう思うのも無理はない。ここに書かれていることは、お前に何一つ覚えがないのだろう」

「さあな。あったらどうする?」

「なぜ、アクタ・ニンジャと名乗る存在が二人いるのか。現時点で推察はある程度可能だが……何を言うにも憶測の域を出ず、下手な推論は却って事件の迷宮化を助長しかねない」

「……」

「よって貴様を勾留し、ネオサイタマ警察署へ連行することにする」

「……何だと?」

 

 ネオサイタマ警察署へ連行する。

 極めてポジティブに捉えれば、こんな草臥れたドリームランドを飛び出し、念願のネオサイタマへと向かうことが出来るということだ。まさに願ってもいない申し出。

 ……そう、ただ単に向かうのみならば私も手放しで喜べたのだろうが……。

 

「……強引に逃げだそうとすれば、どうなる?」

「確保不能と即座に見做され、このテッポウが貴様の脳天を打ち抜くだろうな」

 

 ステディが懐から何かを取り出し、私に向けた。ふむ。差し詰め、取っ手と指を掛ける輪のある小さい筒と言ったところか。

 また分からんオーバーテクノロジー……と言いたいところだが、これがどういう道具か、実は概ね予想がつく。ドージョー所属時代、私の知り合いだったニンジャが火薬と筒を用いて金属片を射出する兵器を試作していたからな。注目はされずじまいだったが。

 随分と小型化され見た目も使い方も洗練されているようだが、彼女の手に持つ道具はこれの系譜と言えるだろう。

 

「……」

 

 なので、最悪だ。

 持ち前の洞察力を駆使し、この面倒な状況を抜け出す方法を探した。だが、両手は不自由。それに彼らは私と違い、十全なニンジャパフォーマンスを持ち合わせている。

 私のチリアクタ・ジツは歯で噛んでも発動可能だ。あまりやらないがな。だがステディという女をそれで運良く討ったとて、残り二人ものニンジャが私を排せんと襲いかかるだろう。マインドシーカーはインファイトが不得意そうなアティチュードだが、ネオテリックはその限りでない……。

 クソッ、多勢に無勢だ。

 

「分かったよ……ハァァァ」

 

 深い溜息と共に肩を竦め、私は渋々と頷いた。

 

「賢明な判断だな」

 

 ステディがテッポウの口を上に向け、懐に戻す。

 

「あの、ひとつ提案が……」

 

 マインドシーカーの声。

 

「この人、重要証言者として連れて行きませんか?」

 

 彼女は横たわる彼を小屋の入り口から引きずり出しながら、そう言った。

 ……イシハラだ。

 

「……!」

 

 何をするんだ、勝手に!私は彼女を咎めようとした。だが、その言葉が口をついて出てこなかった。私の中のもう一人が止めたのだ。

 

「オラヴ=サン曰く、この人はアクタ・ニンジャ=サンと知己だったらしいじゃないですか」

 

 引きずり終えたマインドシーカーが、掴んでいた両手をそっと置く。

 

「この人からの証言をどうにかもらえれば、それは貴重な手掛かりになるでしょう。彼女が本当に人畜無害であるかどうか、とか……」

 

 ……それってつまり、イシハラを私と共にネオサイタマに連れて行ってくれるということだよな?前々から望んでたことじゃないか。サイオー・ホースだ。それに意識が戻らない以上、文明発達圏で適切な治療を受けた方がいいだろう。彼がこのまま死んでしまうというのは、何よりも避けたい結末じゃないか。

 それに、自分が音を上げた所で、こやつらが素直にイシハラを解放するだろうか。

 

「成程、良き提案だ。許可はしたい」

 

 うんうんと頷き、ステディは続ける。

 

「……だが彼は重傷だ。短期間の回復が見込めない場合もある。それに医者の治療費が予算に与える影響も無視できない。どうするつもりだ?」

「それについては、考えがあります」

 

 紫髪の少女がイシハラの胸に耳を当てつつ、決断的に言う。

 

「ボクらの係には、この手のスペシャリストがいるでしょう」

「……スペシャリスト?だがメドテクは……」

「ああ、なるほど。そうなのか?コイツ……」

 

 首を傾げ訝るステディと対照的に、ネオテリックは掌に握り拳を当てて納得する仕草を見せた。マインドシーカーも無言で頷く。

 

「……まあ、二人が理解できているなら、問題はないのだろう」

 

 どことなく釈然としない様子のまま、ステディは自らを納得させるように言った。

 私も、敢えて口を出そうとしなかった。イシハラよ、申し訳ない。ここは、自分のエゴを優先させてくれ。

 ……その後、ステディに促され、その背後を追い、彼女らが乗ってきたという「乗り物」まで案内されることとなった。そう遠くない場所に鎮座していた。

 黒漆塗りの滑らかな外骨格に、透明な板硝子。背は低く、高速で動いた際に空気を往なせる構造になっているようだ。

 車と言えばスクラップ業者のトラックを毎日のように見ていたが、それとは違い、背中に巨大なコンテナーが積まれていないな。大量のモノを運ばないなら取り外し可能なのか。

 

「ハァ、ホントは護送車が良かったなあ。なんでアーチニンジャなんかと同じ空間に……」

 

 私達の横を、やれやれと首を振るマインドシーカーが通り過ぎる。

 ……。

 

「マインドシーカー=サン」

「ハッ!?ボク何か失礼なこと言っちゃいましたか、ステディ=サン!?申し訳ないス!」

 

 ステディが目を合わせ名前を呼んだだけで、その紫髪女はコロッと態度を改め、私……というよりかは、ステディにペコペコと頭を繰り返し下げた。

 何だ、この慇懃無礼は。

 

「早く乗れ、アクタ・ニンジャ=サン。今更逃げたって無駄だからな、観念しろ」

 

 力の抜けた声。意識のないイシハラを背負ったネオテリックが、車の後ろの座席にそれを投げ込む。

 

「フゥ、流石にちょいと重かったな」

 

 そして額の汗を軽く拭うと、自らも前方に乗り込んだ。マインドシーカーは既にその後ろに乗車しており、車の発進を静かに待っている。

 

「乗れ」

 

 赤帽の女が後部座席の戸を開け、私に座るよう促す。奥では植物状態のイシハラが、既に寝るように座り込んでいる。

 ……。

 

 ああ、もう。

 とうとうここまで来てしまったか。

 ここに至った経緯を考えると極めて不本意だが、今更逃げ場なんてないし、イシハラまで結果的に同行するとなっては、いよいよこのドリームランドに骨を埋める理由もない。

 

「……フーッ」

 

 深呼吸。私にとって、そこに座ることには意味がある。鬼が出るか蛇が出るか、ブッダにすら分からないだろう。だが時間を稼いで何かが変わるわけでもない。

 私は意を決し、しめやかにその座席に腰を置いた。その様子を見たステディが外から戸を閉め、乗り込んだ。

 

「帰るぞ」

 

 ブロロロロン。

 彼女の声に呼応するかのように、途端に唸るような低音が車内を埋め尽くし、空間内の照明がほの明るく点灯した。

 

「ネオテリック=サン、地図を開いてくれ」

「アイサー」

 

 その後、室内は縦振動が続いた。しばらく何も起こる様子が無かったので、私は何となく外の景色を眺めた。灰色の瓦礫山が果てしなく乱立している。僅かな新鮮味もない、幾度となく見た情景だ。

 だが突然、強い振動と共に、その景色は何の前触れもなく後退した。

 

「!」

 

 危うく体勢を崩しかけたが、すぐに重心を取り戻す。車が駆動し発進したのだと察すまでに、ややラグがあった。その後もスピードは際限なく勢いを増していき、歩くよりも、走るよりも、猫の全速力であっても追いつけない速度で、景色が目まぐるしく左から右へと流れ始めた。

 

 ……こうして私は、ネオサイタマ行きの片道切符を受け取ったのだ。

 

【続く】

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