アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記   作:コースト

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ネオサイタマ・ピリオド #1

(((……んん……)))

 

 随分と久々の感覚だ、と最初に思った。

 

(((……これは)))

 

 これは、私は肉体を取り戻せたのか?

 私はまた、この世に生きることを許されたのか?

 いや、まだ分からない。

 

(((ここは……どこだ……?)))

 

 まず、私は目を開けた。

 ……闇だ。いや違う、ただの夜か。

 視界中を空が埋めつくす。だが、隙間なく鈍色のどんよりとした雲に覆われており、星空を眺めることは叶わなかった。元から見る習慣はないが。

 次に四肢の状態を確認した。血が通ってないかのように重たく感じたが、力を込めればすぐに動かせた。人体は全く問題ない。キモノも……問題なく復元できている。少しすすで汚れてはいるが。

 どうやら自分は仰向けに、大の字で寝ていたようだ。背中が痛い。地面は相当に凸凹としている。

 

「……ああ」

 

 漸く、自覚できた。

 私は生き返ったのだ。

 

「やった……!」

 

 両手を振り上げ、目一杯喜んだ。私はこの世で再び生きる機会を得たのだ。本当に良かった。

 そうとなれば、すぐに場所の確認をする必要がある。私は一体日本のどこで肉体を再び取り戻せたのか?どのぐらいの期間を跨いだのか?イブシ・ニンジャは息災だろうか?気になることはごまんとある。

 

「……?」

 

 私は思わず狼狽し、目を擦った。そしてもう一度、たった今見たばかりの景色を見た。

 まず、私が今いる場所は……瓦礫の砂漠とでも言えば良いだろうか。土ではない。何かのゴミの……またはその欠片がほとんどだ。恐らく廃棄された何某かがここに運ばれ、そして埋め立てられていくのであろう。そして、その景色がずっと遠くまで続いている。

 こんなもの、灰になる前の時代にあった覚えは無い。新たに出来たとなれば、一体どれほどの歴史の積み重ねがこの広大な塵の平原を築いたのか。私はこの場所を知らぬ。となると見知らぬ土地まで灰の姿で旅したか、それかこの塵の平原が一から築き上げられるぐらいの時を灰の姿で過ごしたかのどちらかだ。

 そして、遠景を見れば、この二つの仮説は後者が正しいということが分かる。

 

「な……なんだ……。これは一体……?」

 

 全身を満たす疑問が飽和し、口から漏れ出る。

 乱雑に立ち並ぶ灰色立方体型の建造物。どこからか伸びる空に向かって広がる扇形の光柱。空を我が物顔で飛び回る武装巨大マグロ。それらが渾然一体となったケイオスの如き風景が、今いる場所の四方のうち三方に広がっている。全て、ものの全て見事に見たことがない。

 技術革新が何度起こればここまで世界が様変わりする?間違いなくこれは未来だ。どの程度か把握しかねるが、とにかく大規模な時間旅行を決行してしまったようだ。私にはそれが直感的に分かった。

 

「面倒な……」

 

 ……面倒なことになった。やはりアッシュスケープ・ジツは時期尚早であったか?もう少しワザマエを研鑽し、ジツの研究を深めてから使うべきであった。

 何年経ったのだろう?百年後か?千年後か?ともかく一度使えば最後、膨大な時間を犠牲にしなければ復帰できぬ遁走技など前代未聞だ。私はなんてことをしてしまったんだ。となると、イブシ・ニンジャももう……。

 

「……いや、ならぬ。ここでくよくよしてられない」

 

 そうだ。危ないところであった。今さら後悔したところで何も変わりはしないだろう。ましてやかのような瓦礫の海の中で立ち止まって、一体何をするというのだ。自分が情けない。元来の臆病な性格が表出してしまう所であった。

 

「私を誰だと思っている?アクタ・ニンジャだぞ」

 

 ニューロンに潜むネガティブの靄を振り払い、私は立ち上がった。どうあがいても私はこの見知らぬ世界で生きていく他に選択肢などないのだ。忌まわしきは、私をこんな艱難に遭わせたナラク・ニンジャだが……恐らく今はいない、と考えておこう。

 一旦の目標は、所在どころか生死すら分からぬイブシ・ニンジャを探すことだろうな。既にこの世に居なければ、その時はその時だ。

 先ず、周囲の探索から始めるか。一見この広大な砂漠には何もないように見えるが、点々と掘っ立て小屋のような粗末な建物が見える。こんな場所に居を構えるなど、恐らく爪に火を点すような奴らばかりだろうが、まあ、何かしらの有用な物資はあるはずだ。拝借しようか。

 私は最寄りの掘っ立て小屋の戸の前に立ち、二、三回叩いた。相手が出てきたら即座にチリアクタ・ジツで排除し、居なければそのまま侵入し、何かしらを頂く。ニンジャは治外法権だ。ケビーシも当然居ないだろうし、私を付け狙うニンジャの気配もしない。大丈夫。

 ……。

 

「はぁ、誰だ?こんな時間に」

 

 居る!

 この時代の常識は知らぬが、こやつがニンジャである確率は低いだろう。例えニンジャだとしても、アーチニンジャである私に敵う奴もそうそういまい。扉を開けた瞬間、チリアクタ・ジツで何が起こったかも認知させぬまま成仏させてやる。運が悪かったと思うことだな。

 

「面目ない。道に迷ってひもじくなってしもうた。そのう、良ければ乾飯(かれいい)でもなんでも、この卑しい無産階級めに恵んでくれないだろうか?」

 

 警戒心を解くために身分を偽り、乞食を演じてみた。私は女であるが故に、より効果的に憐憫を誘うはずだ。

 そんな予想に反して、扉向こうの声は冷たかった。

 

「ああ?イカれてんのか?こんなところで暮らしてる時点でひもじいのはお互い様だよ。分けてやる食料はねえ。さっさと去れ」

 

 何だと。

 私の中に憤怒が渦巻いた。身分を偽ったとはいえ、こんな十把一絡げのモータルなんぞに不遜な態度を取られたのだ。アーチニンジャに向かってイカれてるだと?よくも抜け抜けと言えたものだな……!灰にしてやる!

 ズガン!私は全力でドアをブリーチし、この男の住まう小屋に強制的にエントリーした。

 

「あっ、テメエ……!」

 

 男と目が合った。刈り上げの短髪に鉢巻を巻き、大柄な体格にほとんど襤褸切れめいた長袖の作業着と、手袋を着用している。なるほど身分の低そうな身なりだ。肉体労働者なのだろうな。だがニンジャとモータルの間では力量差などどうあがいても月と鼈!こいつと比べれば私は幾分か華奢だと思うが、それでもカラテで負けるはずはない。

 ……まあ、こやつは私の初見殺しのジツですぐさま灰になるのだがな!

 

「この野郎、出ていきやがれ!」

 

 男が敵意と共にこちらを睨み、近くに立てかけてあった鶴橋を手に取り武装した。私はカラテの構えを取り、男の攻撃を待った。

 

「ウオーッ!」

 

 その曲がりなりにも恵まれた筋肉量を活かした、力任せで大振りの一撃が私に向かってくる!だがこの杜撰な攻撃を見切るなどベイビー・サブミッションだ。私のニンジャ動体視力は読める。

 この得物を掴む腕を掴み返し、そしてチリアクタ・ジツ行使で粛清!ニンジャの力の前ではどのような攻撃も叶わないと知れ……ん?

 

「グワーッ!?」

 

 ……直撃した。この無骨で単純で力任せな一撃が、私の脳天に、呆気なく。

 手が間に合わなかったのだ。私のジツを籠めた右手がこやつを掴む前に、鶴嘴が私に届いた。

 そんな、嘘だ。私に限ってこの攻撃をカウンターできないなど、あってはならない。いわんや相手はサンシタニンジャですらない、モータルだぞ!?何故、何故だ!

 

「カハッ……」

 

 私は軽い脳震盪を起こし、地面にうつ伏せに倒れた。男を排除せしめんとしていた右腕が虚しく伸びている。

 常人なら恐らく重篤なダメージだったろうが、私はまだ生きている。ニンジャ耐久力のなせる業だな。そう、ニンジャの基礎能力はこの通り生きているんだ。そもそも動体視力で攻撃は読めていた。ニンジャからモータルに戻ったなんてことはない!

 

「……まだ生きてんのかよ。おい、これで懲りたか?オラ、出てけ。そんで野垂死してしまえ!二度と来ンな!」

「グワーッ!」

 

 力尽きた私は男に乱暴に全身を掴まれ、豪快に外に放り出された。スクラップで構成されたひどくごつごつとした地面を抵抗できぬままワーム・ムーブメントめいて転がり回り、その中途で傾斜のついた坂に突入し、更に勢いは増した。

 私を止めたものは、たまたま地面から垂直に伸びていた一本の鉄棒だった。

 

「グワーッ!」

 

 腹から衝突し、体がくの字に折れ曲がった。これではまるで竿に干されたフートンだ。笑えてしまうな。なんとブザマなことだろう。仮にもアーチニンジャとあろう者が、よりにもよってモータルに敗北を喫し、足蹴にされるとは。

 震える身体でその鉄棒を掴み、苦心して体を引き剥がす。地面がすぐそこにあり、残りの傾斜はごくわずかだった。

 そして、急勾配を滑り終わった私は、そのまま項垂れた。

 

「ウウッ……ウッ……」

 

 時に、読者諸君よ、一つ確認しておきたいことがある。果たして君達に、今の私のこの迸る激情を推し量れるほどの器量はあるのか?

 想像してみろ。君達は貴族だ。そして奴隷が居た。その奴隷はゴミみたいな存在で、君が殴っても無反応だし、脅せば何でもしてくれる。だがある日、家が泥棒に遭い、財産をごっそり盗まれ、君の一家は没落した。君は一瞬にして奴隷同然の存在となった。その時、今までさんざ好き勝手にやっていた奴隷が、君を殴ったり、脅して命令したりしてくるんだ。

 ……私の気持ちがある程度理解できたか?ならば、ここからの私の行動を見て、どうか失望しないでもらいたい。

 

「ウワアアアアーーーーッ!アアアーーーーッ!!アーーーーーッ!!アアアアアアーーーーッ!!」

 

 慟哭し、遮二無二暴れ回り、泣き叫びながら地面をのたうち回った。地面を殴った時、拳は一瞬灰となって粉々に吹き飛び、すぐに元に戻った。鶴橋の傷も忘れ、そこかしこ頭突きを繰り返した。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 近くに木人めいて突き立っている廃看板が見え、暴れ回りながらそこに向かいひたすらカラテを行った。右拳、左拳、右足蹴り、左脚蹴り、右フック、左フック、ヘッドバット、掌打、チョップ、右ストレート、左ストレート、チョップ、チョップ、掌打、チョップ、ストレート、ストレート、ストレート……!

 

「イィヤアアァァーーーーッ!」

 

 涙と鼻水で顔面がくしゃくしゃになっても構わず、私は最後の一発を看板に叩き込んだ。CRAAAASH!看板は砕けた。周囲に細かくなった破片が散らばる。

 私のフラストレーションの発散先は敢無く四散した。

 だが、もう既に私は憤怒よりも疲労が勝っていて、悔悟よりも虚無感が勝っていて、もはや何も動く気は起きなかった。セプクする気力すらない。そもそも死にたくはない。だが、もうアーチニンジャとしての威厳は地に落ちた。生きる理由もない。ただもう何物でもない何かになりたかった。

 私は膝からがっくりと崩れ落ち、そのまま倒れた。そしてゆっくりと目を閉じる。だが、眠れはしなかった。益体の無い話だが、そもそもこの場所は寝るのに適していなさすぎるのだ。それでもただ、もう、何も、何もしたくなくて、何者にもなりたくなくて、必死にこの現実から逃避したかった。夢であれと切に願った。これが現実だと思いたくなかった。

 こうなると分かっていたら、私はアーチニンジャになんてなりたくなかった。ソーマト・リコール現象めいて脳裏にこれまでの人生が浮かび上がり、霧散していく。

 

 貧しい家庭に生まれた自分。

 内気な性格が祟り、近所の同年代の子供にいじめられる自分。何としてでも見返そうと、ドージョー入門を決意する自分。

 厳しい修行に挫け、心が折れかかったが、それでも諦めなかった自分。修行の中、偶然灰を利用したジツを編み出した自分。

 そこからも地道に修行を続け、ついにハナミの儀式を経、アーチニンジャとなった自分。

 長らく待ち望んでいた配下を、ついに授かる自分。

 ……アーチニンジャの力に優越感を覚え、モータルを一方的にジツの練習台にする自分。

 子供の時、私を虐めていた奴を、復讐と称して虐殺する自分。

 優越感は全能感となり、配下と共に集落を襲撃して回る自分。

 狼藉が過ぎて、ドージョーを破門される自分。

 構わず、放浪の旅で暴虐の痕跡をあちこちに残す自分。

 

 ああ、そうだな。自分がニンジャとなったそもそもの理由は、虐めっ子を見返すことだった。その時から殺意があったわけではない。ただ、私に対して見せるその憎たらしい笑顔を、私への畏怖で塗り潰したかっただけなんだ。それが私なりのケジメの付け方で、復讐だと。

 ……アーチニンジャになってからその気持ちは増長を続け、(よこしま)に膨れ上がり、私の精神を変容させていった。非ニンジャをこれまで何人殺しただろうか。百人?千人?……本当に好き勝手やった。なまじっか強いジツを手に入れていたせいで、懲罰のために襲い掛かってきたケビーシ*1側のニンジャもことごとく返り討ちにできた。そして最終的に、私は邪悪ニンジャの象徴的存在の一人となった。

 

 ……ああ、ブッダよ。貴方は正しい行いをしている。これは私に対する天罰なのだろう。見知らぬ土地の見知らぬ時代に私を送り、モータルに敗北を喫させ、孤立無援の中徹底的にプライドをズタズタにさせているんだ。何故なら、私はそうされてもまだ足りないぐらい、悪行の限りを尽くしてきたからな。

 しかしもう既に、精神的には参りきっている。それでも貴方はまだ足りないと考えているんだろうか。だとすればこの後何が起こる?雷でも落ちるか?モータルに囲んで棒で叩かれるか?上に瓦礫が積み重なり埋もれ、死なぬまま、誰にも気づかれないまま生涯を終えるのか?

 もう、もう嫌だ。限界だ。十分だろう。ブッダよ……。

 

 どうか、この私を赦してくれ……。

 

 …………………。

 

 ……………。

 

 ………。

 

 …。

 

 

 それからどれぐらい経ったかは分からない。恐らく30分も経っていないだろう。

 突如として、視界が、閉じていた瞼越しに痛いほどに眩しく染まった。

 

「ウワッ!?」

 

 横たわっていた私は、身を跳ね上げて驚き、条件反射的に光の方向にカラテを構えた。未だに眩しい。光の正体が良く見えない。……だが、その瞬間、よく通る濁声が鼓膜を震わせた。

 

「ひゃっひゃっひゃ!驚いてやんの!」

 

 ……老齢の、意地汚そうな声だ。ふむ、目が慣れて、シルエットがだんだん見えてきたぞ。やや小柄で、髪は短く逆立って伸びている爺といった出で立ちで、背中を反って大笑いしている。そんなに私の反応が滑稽だったか。滑稽だっただろうな。

 その爺はそれからも暫く笑っていた。よく見たら、手に光源を発生させる黒い筒を持っている。なんだ、これは。

 私は警戒心をあらわにジツを構えていたが、この男をすぐさま殺すようなことはしなかった。自らのニンジャとしての能力に自信を失くしているのもあるのだが、それよりも、私は直感的に感じ取れたのだ。

 この爺も、ニンジャなのだ。この時代にも、ニンジャはいた。

 男は私の警戒態勢に気付くと、不敵な笑顔を一層強める。

 

「お、なんだやるか?やるのか?おう、ベソかき乙女!負けるだろ、どうせ!モータルにも勝てねえくせによぉ!」

「……!」

 

 何だと。先程の一部始終を見られていたとでもいうのか?……私は先程の屈辱的出来事を思い出し、全身が沸騰しそうなほどに熱くなった。ということは、私がニンジャだと気づいていないからではなく、単に私が弱くなっていることを知ってのこの舐め腐った態度なのか。

 酷く腹の立つ男だ。だが……今の私では……。

 

「まあまあ、なあ、ひとまずアイサツでもしようや。単刀直入に言うとよ、お前に少し興味を持ったんだよ、俺はな」

 

 男は言った。そしてぶっきらぼうにオジギをした。

 

「ドーモ、マスターヴォーパルです」

*1
検非違使。平安時代の警察の役割を担う役人。




◆オマケ◆

アクタ・ニンジャの姿(AI生成)

【挿絵表示】
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