アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記 作:コースト
マインドシーカーに同行……もとい、引きずられながらやってきたその店の名は、有名ブティック店『
ドクロめいた満月も地平線近くまで沈み、もうすぐ夜も更ける頃だというのに、その店内は眩い照明にあまねく照らされており、真昼のように明るい。光沢ある木目のフローリングと高く白い天井、微かに流れるリラクゼーション音楽、店内を満たす爽やかな香り、そして商品として並べられた色彩豊かな服々が、服屋としての確かな矜持を物語っている。
……などと書いてみたはいいのだが、正直言わせてもらうと、この場所、私はあまり得意じゃない。なんというか……気後れする。
知っているだろうか?平安時代において、服はたいてい、ゲニンか世話人にあたる人物に用意されるものだ。私のキモノだってそうだ。ドージョーに居た(おそらく軟禁されていたのだろう)雑用ゲイシャが、カイデンしたニンジャにキモノを贈呈していたりしたものだ。
つまり、私にとって服とはそういう認識なものだから、予め用意されていた中から一つを選んで買うというプロセスに抵抗を感じるのだよ。例えるなら、そうだな。ハシで食べていたものを、遠く離れた地では素手で食べるのが常識だと教わった時に感じる嫌悪感のようなものだ。
「さあ、着きましたよー!」
眉を顰めてしまっているのであろう私とは対照的に、マインドシーカーは期待を抑えられそうにないといった様子だ。
そんなに私を着せ替えさせたいのか。この千年前からあるキモノが時代錯誤だからなのか?いや……別に、街中でも、色彩こそ豊かだがキモノを着ているヤツ自体は何人か見かけたし、溶け込めていないわけではないと思うのだがな。
やはり、単にこやつがファッションマニアックなだけか。
「で、どうするんだ?この膨大な服からどうやって私の着るものを見つけ出す?」
面倒なことはさっさと済ませるに限る。ここにきて観念するという選択肢を覚えた私は、マインドシーカーにあえて行動を促すことにした。彼女は意気揚々と腕を伸ばし、誰かを指し示した。
「まずは店員さんに、『私に似合いそうな服を何着か選んでください』とお願いします」
「ほう」
……確かに、清楚な格好をした者共もまばらに徘徊している、とは思っていた。客と決めつけていたのだが、ブティックの店員も混じっているのか。いや、よく見たら押し並べて統一されたデザインの格好をしている。あれが目印か。
「それを片っ端から試着して、その中で一番気に入ったものを買うだけ!」
それにしても、急に饒舌になったな、こやつ。護送されているときはあんなにしどろもどろだった癖に。
「へえ、なるほど。じゃあ早速聞いてみて――」
「いわゆる『服選びビギナー』がよく使う方法ですね」
「……ン?」
え、今回はそうしないという意味か?私のそんな考えを読み取ったかのように、彼女は頷きながら続ける。
「店員さんのセンスは人それぞれ。しかも売りたいから、つい無難なものを勧めがちです。あと貴方はどこか箱入りっぽい雰囲気をまとっているので、店員さんにとっては格好のカモに映るかもしれません」
「……」
サラッとバカにされた気がする。
でもまあ、今回の彼女の言うことは一理あるか。私は服の相場なんて知らないし、店員も私の服の好みなんて知る由もない。
「な、の、で!今回はこのボクにおまかせください。ボクなら、アクタ……違った、アッシュピット=サンにお似合いの渾身の一着を見つけられます」
と言うと、彼女は自分の胸をどんと叩き、ふんぞり返った。いかにも自信に満ち溢れていそうな所作だ。
「……いいからさっさと終わらせてくれ」
「ハイヨロコンデー!」
最初からやる気のない私は、そんな彼女を再び投げやりに促した。
溌溂と頷いた彼女は、嬉々として私の手を引っ張り、陳列棚の林の案内役を進んで買ったのであった。
……では、この際だ、改めて描写しておこうか。何をって、私の、今に至るまでずっと着用していた服装についてだ。
まず上半身には、粉塵が爆発して広がったような、細かい粒子が散った意匠の灰色のキモノを着ている。裾が足下まで伸びているが、移動に不自由は感じない設計だ。腰にあるやや黒みがかったオビには、麻の葉の上に白く縁取られた花々が描かれており、首には灰色で無地のスカーフが巻かれている。就寝時も一度を除いて脱ぐことはなかったため、この格好が変化したことはただの一度もなかった。
では、本題に戻ろう。今、私は更衣室に居る。マインドシーカーが素早く無駄のない手つきで拾い上げた、この新たな衣服と共に。
そう。この、服。何ともはや……。ノースリーブの黒く薄いタンクトップに、異様に首元の広い白のシャツ、そしてぶかぶかとした群青色のズボン……。
……着たくないのだが。
「まだですかー?着替えたところ、早く見たいです。ひょっとして、小さかったですか?」
更衣室のカーテンの向こう、マインドシーカーのくぐもった声が耳に入る。
……分かっている。ここまで来てしまったからには、これらを着る以外の選択肢はもはや存在し得ないのだ。逃げたところで、どうせ警察署でまた出会うし……サイズが合わないとクレームをつけたところで、試着が先延ばしになるだけだ。
……駄目だ、これ以上マインドシーカーも待ってはくれないだろう。
ハチガネを外し、オビを解き、キモノをはらりと脱ぐ。
…………数分後。
シャーッ。覚悟を固めた私は、勢いよく更衣室のカーテンを開けた。
衣替えした姿と共に。
「フオオオオオッ……!」
私の姿が目に入るや否や、途端に黄色い声を放つマインドシーカー。口元に両手を当てて、感極まったかのように、煌びやかな目で私の姿をまじまじと見ている。
気持ち悪い……。
「カワイイ!スゴイ・カワイイですよ、アッシュピット=サン!これにネックレスや指輪を付けたらヤバイ級ファッショナブルです!」
何やら息の荒い変人が、自分の尻尾を追いかける犬めいて私の周囲をぐるぐると回っている。回っているにしては早すぎる。明らかにニンジャ身体能力を使っている。悪用だ。ニンジャの力は人目につくところで使っちゃいけないって、道中で講釈を垂れてたよな?
……嗚呼、もう最悪だ。こんなの立派な恥辱だ。早く脱ぎたくてたまらない。
なんでこんなに恥ずかしいって、着てみてから分かったことがあった。
この白いシャツ、そもそもサイズが合っていない。首元が広すぎて、私の両肩が入りきらないんだ。分かるか?今の私は、インナーの肩紐ごと肩を露出しているんだ。腕を広げれば脇が見える。しかもこれ、元からそういうデザインらしいのだよ。マインドシーカーがサイズ選定を誤ったわけではないのだ。
現代人のファッションセンスは到底理解できそうにない。破廉恥極まりない。
「もう脱いでいいか?」
顔面が茹だる感覚もよそに、未だ私を軸に公転し続けるマインドシーカーに訊いた。頼む、似合ってるから終わりだと言ってくれ。
「フンーッ!似合ってます!」
バッファローめいて鼻息を鳴らしながら、彼女は期待通りの返事をした。
よし。
「なら──」
「なので、この調子でもう何着か着ていきましょう!」
私は天井を仰いだ。
……この後も、永劫とも思える時間の中、私はマインドシーカーに振り回されるまま、様々な衣服を着せ替えられていった。オーバーサイズオーバーオール、スケルトンジーンズ、サイバーゴス風礼服、パンクスライク、全身ポリクローム、ステインレスジャケット……。
ジゴクとまではいわないが、かなり苦しい時間だったと言わざるを得ない。
何だスケルトンジーンズって。履いているのに脚が丸見えだったじゃないか。服としてのアイデンティティはどこに行ったんだ。製造時に誰も止めなかったのか。サイバーゴス礼服も分からない。光を吸い込む黒に蛍光色の緑と赤がアクセントカラーめいて散らばっていて、しかもケーブルを髪代わりに生やしたかつらも被らされた。自分の姿を見ているだけで爆ぜてしまいそうだった。何が爆ぜるって全部がだ。
ネオサイタマという混沌都市の一側面を強烈に味わった気がした。精神力の摩耗が著しかった。対して……着替えた私を見る彼女は常に楽しそうだった。憎たらしいほどに私で楽しんでいた。恍惚としたリアクションは常に共通していたが、普段の口数の少なさは考えられないぐらいの豊かな語彙による感想を毎回浴びせられた。
ここまで人形扱いされると知っていたら、初めから断ってただろう。このアクタ・ニンジャをナメやがって。あとで報いを受けさせてやる。
……10着目が終わった。ダメージドブラウスを陳列棚に戻すと、彼女はようやく満足といわんばかりに溜め息を吐いた。
ようやく。
「いやぁ、ついついテンションが上がって色々と着させてもらっちゃいましたね!アリガトゴザイマス!」
「お……おお、やっと終わったか……ハァ……」
時間かけすぎだ。私にとんだ恥をかかせやがって。断ればよかったよ。
そんな恨み節をぶつけてやりたいところではあったが、すっかり疲弊してしまった私には、もはやこやつに雷を落とす気力もない。
無理もないさ。体力は有限で、着たこともない服を何着も着せられて、その上いちいちキモノを脱いだりオビを縛ったりするのは、面倒かつ無駄に時間と体力を浪費する。それが絶え間なく繰り返されたものだから、もはや体幹を整えるのがやっとだ。疲れた。着替えてただけなのに。
「で、何がよかったですか?」
「ハ?」
マインドシーカーが訊いてきた。私はまたマヌケな声を出して聞き返してしまった。
「服ですよ!服!あなたのワードローブを増やそうって話だったじゃないですか!」
「ああ、ああ……そうだったな。お前が主宰する着せ替え同好会ではなかったよな」
「ハハ……申し訳ないです」
自省するように、軽いオジギで謝罪の意を表す。
私は顎に手を当てて考えた。
「……服の事はよくわからない。自分が何が好きなのかも。逆に聞くが、マインドシーカー=サンは何が一番似合うと思ったんだ?」
「ボクの意見でいいなら、あのサイバーゴスのアバンギャルドな感じが純朴さの対比っぽくて――」
「アレは論外とさせてくれ」
途端に項垂れるマインドシーカー。当たり前だろ。あんなのが私の唯一の着替えであってたまるか。沽券に関わる。対比とか、それ以前の問題だ。
「じゃあ……最初に着たオーバーサイズシャツとジーンズなんかはよく似合ってたと思いますけど……」
「アレは……後に着たものを比べたら、そりゃあマシだったが……」
あの肩露出ファッションの事だろう?アレは、確かに……最初こそすぐ脱ぎたい気分だったが、その後に着させられた極めてセンセーショナルな服どもと比べれば、まだ常識の範囲内に収まっていた。それどころか、もはや別にアレでもいいとさえ思い始めている。洗礼を浴びて心臓に毛が生えたのかもしれない。
「じゃあ、それにしますか?」
「ウーン……だがなぁ……」
それでも、アレを私服に据えたくないのは確かだ。せいぜい着るとしたら、着飾るべき場所に赴くときに辛うじて、と言った具合。
だが……ここで断って、またこやつの専属モデルにされてしまうと思うと……。
「お困りでしょうか?」
突然、横から見知らぬ声。見る。清楚な服装の女が、にこやかな笑顔と共に立っていた。
「私でよければ、服選びをお手伝いしましょうか?」
……ああ、店員か。
確かマインドシーカーとかいう奴は言っていたな。こやつらは素朴なデザインの服しか選ばないからお勧めしない、とかなんとか。
ん、待てよ?……今考えれば、別にそれでいいんじゃないか?
「店員=サン、別に大丈夫――」
「是非ともお言葉に甘えさせてもらおう。私に似合う服を見繕ってくれ」
私は平然とそう言った。マインドシーカーは私を見た。店員はにこやかに笑み、軽くオジギした。
今度は私が引きずる番だった。
全身を脱力させて項垂れるマインドシーカーの様は、まさに青菜に塩。私が片腕を引っ張ってやらないと、その場から動く様子も見せない。
原因は察せるだろう。私が、彼女にとって全く期待外れな方法で、服を選び、購入したからだ。
「おい、元気出せって……」
私たちの周囲には通行人が多い。サイバーサングラスをかけたハッピ大男や、虹色のベリーショート頭髪を見せびらかす少女、臙脂色の布を体全体に羽織って俯く謎めいてしめやかな集団など、見る者に即座情報過多による眩暈を引き起こす有様だ。
無論その中には、モータルにしては危険な香りを漂わすならず者だっている。少しでも関わってしまえば面倒事に発展しよう。それはもちろん、生気の無いように覚束なく歩くマインドシーカーにも。
故に、仕方なく引きずっているのだ。
「グスッ、グスッ」
背後から啜り泣く音が聞こえる。私はそんなマインドシーカーに露骨に呆れた顔で振り返る。ぐずっている。こんな街中で。
涙を袖で拭いながら、続ける。
「なーんにもうまくいきません……ネオテリック=サンは早々に居なくなっちゃうし、貴方は結局あの店員=サンに服を選んでもらったじゃないですかぁ……そんな素朴な恰好……」
然り。今の私は、ついに新たなる衣服に包まっている状態だ。あの店員は優秀だった。見事に私のキモノ姿を尊重しつつ、服を選定してくれたのだよ。
ワークジャケットにカーゴパンツ、ハイカットのスニーカーにバンダナを首元に巻いて、頭にはサンバイザー。どれも灰色を基調としているが、明度は少しずつ違う。
我ながら、かなり若々しい格好だ。だが露出も最低限で済んでおり、着心地もキモノ時と大して変わっていないため、悪くない気分だ。確かにこやつの言う通り「無難な服」を選ばれたわけだが、端から拘りのない人には、これが良い塩梅なわけだな。
ただこのマインドシーカーとかいう奴だけは、私をもっとおめかしさせたかったようで。
「私はこれで満足なんだよ。だが貴様の心遣いは無下にするつもりもない。感謝する」
「クヤシイ!……でも仕方ないですよね、あなたがそうしたなら……。甘いモノ……甘いモノ食べましょう……この澱んだ気分を晴れやかにするには、もうそれしか……」
顔に影を落としながら、街中を見渡す彼女。甘いモノでも探しているのか?私からすれば、このあり得ない密度の通行人に地上の景色の大部分は遮られ何も見えないのだが……。
「あッ、そういえば、ここ……!」
それでも何かしらの目印を発見したらしく、横を向いた彼女の顔は一瞬で生気を取り戻す様子を見せた。
「前から行ってみたかったスイーツ店があったんでした!丁度いいです、行きましょう!」
「スイーツ……?」
「アッシュピット=サンにも食べさせてあげますよ。ツケでいいので!」
「あッ、オイ……」
私の返事を過たず、マインドシーカーは何かに引っ張られるように、人の流れを強引に横切り始めた。このままでは背中を見失ってしまう。私も急いで追従する。
「イテッ!ナンオラー!」「ドコミテッコラー!」
私たちに歩行を妨害されたと思しき通行人が怒号を浴びせかけてきたが、彼女が意に介す様子もないので、私も気にしないことにした。
……あとで禍根になったりしないよな?
「着きました!」
有象無象の川を泳ぎ切り、マインドシーカーは店の看板を指し示した。黄土色に輝くネオンで「キナコ・オンナノコ」。周囲の「病み付き重点」「キナコの魅力」といった宣伝ノボリも目立つ。
「キナコ・オンナノコ……?」
「そうです!キナコの絶品アンマーイスイーツが食べられるんですよ!入りましょ入りましょ!」
そう言うと、彼女は看板を見つめる私の背中をぐいぐいと押し始めた。危うくバランスを崩しかける。さっきからずいぶんと強引だ。このままでは入店不可避だろう。
「ま、待て。私は別に――」
――キナコなんて食べたいわけじゃない。……と、条件反射的に言いかけた。が、咄嗟に思い直し、ここはグッと口を噤むことにした。
この期に及んで彼女を悲しませ、またこんなところで佇まれたらと思うと……。
「なんです?」
「……いや、何でも」
……カランカラン。ドア・ナリコの涼しい音が私たちの入店を告げる。
「イラッシャイマセー!」
数人の変わった服装の女が、一斉にこちらを向いてオジギをした。
ここのエンプロイーか。にしては、なんだ……この、露出の多い服装は。
「こういう所に来るの、初めてですか?アレ、ネコネコカワイイをリスペクトした制服なんですって。大胆!だけどそこがいい!このスイーツ店が繁盛してるのは、品質もさることながら、彼女らの働きも大きいという世論も大きいですよ」
「ああ……ああ」
謎めいた言語をのべつ幕なしに浴びせながら、マインドシーカーが店内へと歩んでいく。薄い黄色と白を基調とした、モチめいた楕円曲線の多い店内に。
「キナコ!キナコ!オイシイ・キナコ!アンマーイ、オイシーイ、キイロイ・キナコ!」
……コンスタントに響き渡る重低音と過剰で奥ゆかしくない高音が脳髄まで響き渡る感覚に眉を顰めながら、私もその後ろを追従する。
「ワー!」「アンマソー!」「スンゴーイ!」
視界の横で、鮮やかな黄色の服を着た十代ほどの女の集団が、硝子製の杯に盛られた何かを囲み、薄い板を向け、パシャカシャと紙を捲るような音を鳴らしている。足を止め、そちらを一瞥する。
それは溶かした赤い宝石を層状に重ね、隙間に黄色がかった雪を詰めたような見た目をしていて……上部ではその雪がとぐろを巻き、焦げ茶色の棒が一本刺さっていて、黄土色の粉が表面にまぶされている。
「……」
視線を戻すと、丁度正面の壁のポスターに、それと同じモノが描かれていた。「キナコ・スペシャルパフェ 2000円」。
……あの黄土色の粉、キナコか。なるほど、キナコ・オンナノコの店名に偽りはないわけだ。
「オマタセシマシタ!」
いつの間にか店員との応対を済ませていたマインドシーカーが、頬を染めた笑顔でこっちに戻ってきた。両手には……キナコ・スペシャルパフェ。
……しかも、あの女子高生が囲んでいたやつより一回り大きい。この高さ……私の二の腕ぐらいないか?
「いやあ、数量限定品でしたが、なんとか買えてよかったですよ、Lサイズ!ハイ!」
ほっと胸を撫でおろすかのようにそう言うと、彼女はその持っているうちの一つを私に渡してきた。
「……」
恐る恐る、受け取る。硝子容器の下の、へこんだ部分を持つ。冷たっ。
……あと、やっぱり多いな。全部食べられるか?これ……。それにあの女子高生の囲んでいたパフェとは、上に乗っている飾りつけが違う。なかでもこのど真ん中にそびえる、満月を思わせる巨大なシラタマ(やはりキナコがまぶされている)が印象的だ。
ふうむ……。初めのうちはこれの何がいいんだと訝ったものだが、確かに見てくれは精彩で、綺麗だ。芸術と表現してもいい。料理人の拘りが透けて見える。平安時代に伝わる幻のレリック、ホウライの宝玉枝を思い出すな。
「……では、まず腰を落ち着かせる場所を探そうか」
と言って、私は周囲を見渡した。だが、目に見える範囲の座席は、先達て入店していた人間にすべて占拠されていて、座れる場所などない。
「そうですね。ウーン……あ、あそこの屋外ラウンジが良さそうですね!」
「ラウンジ?……ああ」
マインドシーカーが指し示した先には、私たちが通ってきたのとは別の出入り口があった。そこは小さな広場になっていて、木製のテーブルと椅子がいくつか、間隔を空けて並んでいる。外の空気を感じながら、スイーツを楽しめるようだ。しかも、まだ空席もある。
ウーム、私はどちらかといえばインドア派なのだが……。
「アンマーイ、オイシーイ、キイロイ、キナコ!イェーイ!」
「……そっちで食べよう」
……店内は混雑していて落ち着かない。だったら、あちらに移動するのが賢明だろう。
キナコ・スペシャルはそれなりに気に入ったが、流す曲のセンスは悪いと言わざるを得ないな。それともこれが現代の音楽のデファクトスタンダードか。私の時代にとって音楽とは、より深いゼンに没頭し、セイシンテキを高めるための、いわば補助具に過ぎなかった。こんな、鼓膜を揺らすことしか考えてないような猥雑なサウンドに、果たして理解を示せる日が来るのか。
閑話休題。
「じゃあ、イタダキマース!」
「イタダキマス」
テーブルを挟み椅子で向かい合った私たちは、それぞれのパフェをテーブルにおいて手を合わせた。
「って、アーッ!?」
……直後、向かいの彼女は何かに気付いたような素振りを見せ、たちまち絶叫した。
「……どうした」
事前に耳を塞ぎ損ない、またも鼓膜を揺さぶられる感覚を味わいながら、私は訊いた。……訊いた直後、手元を見て、私もすぐに彼女が叫んだ理由が分かった。
「スプーン!スプーンがないです!これじゃ食べられない!」
そう……カトラリーがなかったのだ。
「そうだった、ここセルフサービスだった!忘れてた!スミマセン、アッシュピット=サン!ちょっと取ってきます!」
「あ、ああ……」
自身の失態に気付いた彼女は、頭を下げて素早くオジギをしたと思えば、誰かから逃げるように急いて店内へと向かっていった。大袈裟な奴だな。別に私は楽しみにしていたわけではないというのに。
「……」
あの騒がしいマインドシーカーが居なくなると、とたんに周囲の音が聞こえるようになる。
流石にあやつが揚々と紹介していただけあって、ここはとても繁盛している。店内で見かけた女どものように、黒光りする薄板をスイーツに向けて、音を鳴らしている奴もいれば……レンゲめいた食器で、掬っては口に運び、そのたびに顔を紅潮させてとろけている奴もいる。
平和だな。平和なアトモスフィアが、ここ周辺を満たしている。
「トモ=クン、じゃああっちの席で食べようね」
「ヤイー!ヤッター!」
私の座るテーブルの横を通過する、親子。母の持つキナコ・スペシャルを見て、子供は全身をはねて喜んでいる。
「…………フッ」
母と、子か。いつの時代になっても、人が、人を産むことの尊さは変わらないものだな。
私がかつて手を掛けた人間の中にも、親子は少なからず居た。
殺すのは容易だった。子は逃げ足が遅く、心が未発達なため、葬ることは造作もない。親もまた然り。子よりかは多少手のかかる存在だが、その子を先に殺めておけば途端に冷静さを欠き、闇雲に反撃しようとするか、その前に気力を喪失する者が多かった。
女子供というのは、ニンジャの餌としてはお誂え向きの存在だったのだよ。
「……ハァ」
……平安時代の私は、人を殺すことに躊躇など要らなかった。人間の上位存在になれたというのに、なぜ対等に渡り合う必要がある?彼ら人間がたわむれに虫を殺すのなら、我々ニンジャもたわむれに人間を殺したとて、何らおかしくないはずだ。そんな理論をさも常識のように振りかざし、自身の悪しき行いを正当化させ続けていた。
だがどうした、今の私は。信じられない。あの平和な親子を見て微笑んだんだぞ。ニンジャではなく、人間。十把一絡げに過ぎぬ、何の特徴もないモータルにだ。これが、かつて悪名を轟かせたアーチニンジャの姿だというのか?
過去の記憶は鮮明に残っている。肉体こそ弱まったが、チリアクタ・ジツだって使える。私の名はアクタ・ニンジャで、またの名をアッシュピットだ。
その私が……スイーツを前に目を星のように輝かせて、はしゃぎまわる子供の姿に、絆されたとでもいうのか?
「その通り、アンタは変わった」
「!?」
……世界が、白黒となり、止まった。否、止まってなどいない。白黒にもなっていない。急激な精神の緊張が、私に幻覚を見せているだけだ。
「アンタから、一体何が零れ落ちたんだか」
マインドシーカーのいた席に、いつの間にか、誰かが座っていた。
黒のフーディーで目元を隠し、中ほどの背丈で、猥雑に足を組んでいる。僅かに見える口元の口角は不気味に尖っていて、私を嘲っているかのようだ。
「よう。久しぶりだな」
病的に笑む口から、馴れ馴れしいアイサツが発せられた。
久しぶり。私の知り合いにこんな見てくれの奴の覚えはいない。が、だからといって、訝しむことは無かった。何故なら、その声に、聞き覚えがあったからだ。
「貴様は……!」
ガタン!音を立て、私は椅子から立ち上がった。世界にはまだ色が無く、停滞したまま。私とこやつの二人のみが、色があって、動ける。
「アハハハ……ハハハッハハハ!」
狂笑が響く。そしてやおら立ち上がったと思えば、目の前のこやつは、しめやかにそのフードをめくった。
……素顔が、顕になった。
「……!」
私は……私は、目を見開いた。薄々察せてはいたとしても、いざその事実を目の前に突きつけられると、なかなかどうして平静を保つのは難しいものだ。
何故かって……。
「ドーモ」
全く予期できていなかったタイミングで、よりにもよってこやつが現れるだなんて、ウカツな私には想像できなかったからだ。
「オレはアクタ・ニンジャ……またの名を、フォールアウトです」
この、私と瓜二つの顔を持つ、黒ずくめの彼女が現れるなど。
【続く】