アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記   作:コースト

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ニンジャカルマ・キャンノット・エスケープ #3

 ウウウウウ!ウウウウウ!ウウウウウ!

 空間という空間が赤く染まり、不快なサイレン音がビルを埋め尽くす。私という闖入者の存在が、マヤモト・ミカタの本社ビルに露呈した。そう遠くないうちにセキュリティがここサーバールームに差し向けられ、更に手を拱いていればネオサイタマ警察署より増援が到着するであろう。

 全ての元凶は……この一人のモータルだ。灰スリケンの刺さった左腕を抑え、喘ぎながら蹲っている。

 

「貴様ッ!」

 

 私はそいつの髪を掴んで引っ張り、面を上げさせた。焦点の合っていない目が合う。たちまちのうちに口から泡を吹き、絶叫する。

 

「アイエエエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!?」

「どこに隠れていたんだ!」

 

 顔をずいと近づけ、私は問うた。

 

「アイエエエ!ニンジャ!アイエエエ!」

 

 だが、そいつは半ば白目を剥きながら痙攣し、ひたすら叫ぶだけだった。ニンジャ根源的恐怖の発露だ。これでは尋問どころか、辞世のハイクすら詠めまい。

 

「……チィーッ」

 

 私は状況判断する。既に賽は投げられた。最優先すべきは自己批判ではなく、一刻も早い脱出だった。フロッピーディスクは挿した。目的は果たせている。だがここで捕まれば、全ての努力が水泡に帰すのだ!

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 私は男の延髄を殴りつけ、気絶せしめた。こやつにかかずらう暇は既にない。考えられる原因は……あの非常扉だ。開閉時に怪鳥じみて軋む音が響いた。それが彼に一足飛びに危険を察知させ、物陰に潜ませたのだ。

 それでもクリアリングを怠っていなければ未然に防げた筈。

 またもや私のウカツだ。

 

「イヤーッ!」

 

 この非常時、隠密性など些事に過ぎない。鉄の非常扉を蹴破り、転がるように階段へと飛び込む。冷えた風。鉄格子の間から望む夜景に、移動する赤色灯が垣間見える。それは今こうして階段を下る一秒ごとにマヤモト・ビルへと肉薄してくる。冷静に考えている暇はない。冷やされ沈着したニューロンをニンジャアドレナリンで再び活性化させる。

 一階へと辿りつくや否や、鉄の非常扉が蹴破られた。私ではない。室内からだ。見る。凶暴なジュッテを構えたセキュリティが、蹴り足を戻していた。

 

「発見!」

 

 こやつはパブロフの犬めいた条件反射に叫び、すぐさま私の脳天めがけて金属の棒を振り下ろそうとした。脳裏で、私はリフレインめいてイシハラとの初対面時を思い出した。もはや懐かしい記憶だが、浸っている暇はない。

 私はそのジュッテを握る手を防御も兼ねて掴んだ。持ち手が木でできていたからだ。

 グリップがチリアクタ・ジツで灰となり、支えを失った金属部が自由落下する。

 

「……ナンオラー!?」

 

 怯むセキュリティ。私はその金属棒を手に取り、即席の得物として脇腹に打ち付けた!

 

「グワーッ!?」

 

 例え持ち主のカラテが薄くとも、鉄の塊は痛かろう。

 悶えるセキュリティの脇を潜り抜け、巨大な釣り針じみたそのジュッテの一部を片手に、私はなお廊下を駆けた。

 

「ザッケンナグワーッ!?」

「スッゾコラグワーッ!?」

 

 その後も通路の脇からセキュリティが何人か現れたが、そのたびジュッテを打ち付け即座に無力化していった。休むことなく廊下を走り抜ける。

 私の知る出口は正面玄関しかない。秘密通路もあっただろうが、今の私に探す時間などない。自動ドアの強化ガラスを体当たりで粉砕し、私は外に飛び出した。

 

「容疑者発見!」

「……ッ!」

 

 道路脇には既に、パトカーが止められていた。三台。頭上で赤ランプを回転させ、私を過剰なほどに照らし出す。

 

「手を上げろ!そして投降するんだ!おまえは包囲されている!」

 

 そのうち一つのパトカーの背後から人が現れ、私にテッポウを向けた。マッポだ。それ合わせ、更に数人現れる。その数4人。警察署で散々見た奴ら。敵に回すと実際アトモスフィアがある。

 眉間にしわを寄せ、私は泥めいた主観時間で考えた。私の逃走は遅きに失した。この状況をどう対処すればいい?大人しく捕まる選択肢は論外。ならば全力で逃げるか?パトカーの通れない路地裏を縫うように……いや、やつらもまた油断ならないカラテの持ち主の筈だ。それにテッポウもある。足を撃ち抜かれるだけでも致命傷だ。不可能ではないが、バクチじみている。

 ……一番手っ取り早いのは、形振り構わず抵抗し、こやつらを殺害することだ。もし私が十把一絡げのモータルであればヤバレカバレでしかないが、私にはスリケンとチリアクタ・ジツがある。これさえあれば決して無謀な選択肢ではない。勝機はある。

 私は僅かに姿勢を屈ませ、スリケン投擲の予備動作を取った。

 

「……」

 

 ……不快なものだ。

 これは明らかに不必要な殺人だ。私の立ち回り方では避けられた殺し。ウカツにウカツを重ねた挙句、あれほどに敵視したフォールアウトと結局は同じ穴に堕ちることになろうとは。

 結局、ニンジャの業からは逃れられないのか。

 

 BLAM!BLAMBLAM!

 

 灰スリケンを振りかぶる。狙うは正面のマッポ。同時に、そやつもテッポウの引き金を押し込み、銃弾を発射していた。スローと化した時間間隔の中、私はスリケンで一人殺しながら銃弾を回避しようとした。

 その必要はなかった。私はスリケンを投げなかった。

 

「アンタ!乗りなよッ!」

「……!?」

 

 VROOOOOOOM!咆哮じみたエンジン音とともに、横から鮮やかな紫色の車がフロントドアを開け、側面から接近してきたからだ。

 ああ、少し前に見たことがある。テレビ・プログラムの一場面、有名なアニメ作品の構図として、朱肉めいて赤いバイクが横向きに急停止するシーンが紹介されていた。そのバイクを車に、色をヴァイオレットにして、時間を巻き戻しているようだと、差し迫った状況のなか離人症めいて思った。

 

「なんだ!?」

 

 マッポが怯む。私に狙い来た凶弾が車体で弾かれ、火花を散らす。我に返った私は咄嗟に開いた座席に向かって飛び込むように乗り、ドアを閉めた。直後、乾いた銃声が車外から響き、風切り音とともに窓ガラスが粉砕された。

 マッポも状況判断し、攻撃を再開したのだ。

 

「アッハハハ!面白くなってきたね!」

 

 私は横に座る運転手を見た。彼女は呵々大笑として、左手に握ったレバーを滑らかに動かした。浅黒い肌のしなやかな女性だった。

 その外見には、見覚えがある。いや……見覚えどころか、こやつとはついさっき対面したばかりではないか!

 

「お前、受付……!」

「シートベルト締めて、()()()()()()=サン!突っ走るよ!」

「何……あ、ああ!」

 

 このあと彼女が何をしでかすかは察せた。私は咄嗟に脇の黒いベルトを引っ張り、体を固定した。シートベルトというらしい。こんな状況で活きるとは思わなかったが、行きずりで目にした使い方を記憶しておいてよかったと思う。

 

「ちょっとやめないか!そこの車、動くな!」

「ヤダね!アクセル全開!」

 

 彼女の簡潔で決断的な敵対宣言とともに車が急発進し、警官が近寄る情景を置き去りにしていった。後ろを振り向けば、奴らの影は既に片手でつまめるほどに小さかった。

 車が揺れる。車通りの多い地区だ。乱暴な車線変更を繰り返しているのだ。

 

「お……お前、何のつもりは知らんが、ありが――」

「まだ早い!」

「エッ!?」

 

 つい先刻までビルの受付だった運転手が目線を変えずに顎で後方を指す。私は再びリアガラス向こうの景色を見た。

 両脇手前から奥へと収束してゆくビルとネオンの景色。その激流に逆らうコイのように、白塗りの車が徐々に大きく映り始めた。相も変わらず威圧的なランプを回転させている。ボンネットに「05」の文字。

 

「やっぱり追ってきたねぇ!アンタ!アレどうにかできない!?」

「どうにかって……!?」

「止めるンだよ!銃はないの!?ダッシュボードに護身用チャカ・ガン入れてたと思うから使いな!」

 

 私は目を瞬かせた。ダッシュボードってなんだ?ダッシュ?走る?走る板?

 

「……ここ!」

 

 固まる私を見兼ねたのか、運転手は片手でハンドルを切りながら私の正面にある取っ手に手をかけ、下げた。そこは空洞で、収納スペースだったのだ。いくつかの書類に混じり、黒光りするL字型が現れる。

 

「死にたくなかったらそれで撃ちな!運転手でもタイヤでも!」

「……わ、分かった!」

「アンタ、さっきから妙に初々しい反応するね?」

 

 こうして会話をしている間にも警察車両は徐々に接近していれば、時折テッポウを発射しリアガラスを前衛的硝子細工へと昇華させていく。私は足元の小ハンドルを回して窓を下げ、追手に銃口を向けた。

 大丈夫だ。テッポウの持ち方は分かる。要はステディやマッポが構えてたそれを真似すればよい。狙いの的はひどく躍動しているが、ニンジャ反射神経で狙うことはできる。あやつらはどう持っていたか思い出せ。グリップを握り、引き金に指をかけて、狙い、撃つ!

 

 BANG!

 

「……!?」

 

 コンマ1秒、目の前が光に覆われた。利き手が斜め上に強烈に弾き飛ばされる。追手の車両に変化は見られない。代わり、脇のネオン看板から火花が散り、光が消えた。

 

「NOOB!外してるよ……ってどうした?!」

 

 車内から罵詈と驚愕の声が飛ぶ。返事をする暇はなかった。何故かって、車から墜落しそうになっていたからだ。銃の反動が想像の何倍も強くて御しきれず、不安定な体勢のまま重心が乱れたのだ。

 

(まずい……)

 

 反転する上下。今の私はさながら崩落途中のアーチ型ブリッジだ。下に向かって柱状節理めいて生えたビルが右から左へ。逆さ文字のネオン・カンバン。空が近づいてくる。黒色の空――アスファルトが。

 このまま重力に身を任せれば、私はオロシ・シュレッダーにかけられたラディッシュが如く頭から擦りおろされてしまうだろう。なんとも滑稽で間抜けな末路だ。脊髄が命令を下す。テッポウを天井の地面に向ける。撃つ。KBAM!

 

「……!」

 

 ほんの僅かだが、体が浮く。火薬の推進力を全身で受け止めることで、落下を止めたのだ。更に撃つ。BANGBANGBANG!更に体が浮き、やがて窓枠に手が届いた。掴み、全身を引き上げる。結わえた髪に突き抜ける感覚。横殴りの銃弾の雨の中、間一髪で私は車内へと戻ることができた。

 

「何やってンだい、全く!アンタ危なかったよ!?」

 

 隣から一責が飛ぶ。

 

「すまない!銃は……ニュービーだったんだ!」

 

 私は正直に答えることにした。この事実を渋ったささやかなプライドと油断のせいで命を落としかけたのだから、これ以上取り繕うメリットも意味もない。

 

「チッ、いまどきそんな人が居るなんてね!じゃあアタシが撃つから!運転しな!出来ないなんて言わないよね!?」

「……」

 

 私は逡巡した。無論、運転の経験なんてない。その代わり、映像記憶から、ステディの、そしてこやつの運転をリプレイする。

 目の前の巨大なハンドルを回せば方向転換……ブレーキレバーを引くと車が止まる……ん_でも引っ張らなくても止まってるよな?そもそも座席根元のレバーを引いても止まってたよな?ハンドルの奥にある二つの小さいレバーもブレーキか?そもそもどこの何を動かせば車が発進するんだ!?

 

「……できない!」

「こんな体たらくにうちの会社が襲われたのかい!?」

 

 絶句する受付。私は手をブンブンと振り、必死に言い繕う。

 

「いや、いや!心配はいらない!私にはまだ奥の手があるからな!あれを止められる奥の手が!」

「銃は撃てないんだろ?どうするってんだい?降りて直接止めたり?」

「……それを説明している時間はない!」

 

 私は再び半開きの窓から身を乗り出した。途端、下顎と鎖骨の間を銃弾が通過し、髪が何本か舞い散った。

 

「イヤーッ!」

 

 私は左手を振りかぶって力を籠め、そして横に振りぬき、握っていたものをばらまいた。

 いつの間にかトコノマ・ストリートは抜けており、ここにきて車通りはがらんとしていた。今までもその選択肢はあったが、多数の一般車を巻き込むリスクがあったためおいそれと試せなかった。だが、今が好機だ。

 

「これで振り切れるはずだ!」

「本当かい?……おっ」

 

 バックミラーを見て、感心の表情を作る受付。

 追手の警察車両。それがいきなり脳震盪を起こしたかのように方向感覚を失い、でたらめな蛇行を繰り返しながら減速しているのだ。

 当然のこと、諸君は疑問に思うはずだ。車両の同時多発的集団自壊か?当然そんなわけはない。見えただろうか?私が何を撒いたか。

 まず、私は灰のスリケンを投げることが出来る。灰を集めて固め、スリケンに出来るのだ。それは応用もできる。スリケンではなく、マキビシを作った。

 知っているか?非人道兵器マキビシだ。

 踏んだ者にはもれなく棘が刺さる。それを大量に道路に撒いた。するとどうだ、そこを通ったタイヤがたちまち破裂し、走行不能になったではないか!

 やがてそれらは道路を塞いで望まぬバリケードを自ら築き、後続車の通行を封じた。私たちの車は再びぐんぐん距離を離していく。

 

「「ヤッタ!」」

 

 受付と歓喜の声が重なる。思わずガッツポーズが重なり、勢いでハイタッチまでした。

 だがここで車を停めはしなかった。逃げ切った保証などない。追手を念入りに振り切るため、しばらく痙攣する手で書いた線めいた複雑かつ冗長なルートでネオサイタマの街を横切り続け、やがて……しめやかに止まった。

 それでも警戒は最後まで決して緩めなかった、周囲を確認し、音を聞き、なおも念入りに追手を撒いたかどうか確かめた後……

 

「ッハアア~~~!!終わったね!」

 

 日焼けしたような肌の運転手が両腕を投げだし、脱力して座席に沈み込んだ。

 

「……そうみたいだな」

 

 私も同意する。だがこの女のように油を断ちはしない。私はまだ知らなければならないことがあるんだ。

 

「なあ、受付=サン。聞かせてくれ」

「ン?」

 

 私は訊いた。

 

「何で、私を助けたんだ?」

「……」

 

 腕を伸ばした姿勢のまま、彼女は私を一瞥した。

 

「受付=サンはシンディって名前なの」

「そうか。ではシンディ=サン。質問に答えてくれ」

「そうねェ……でも答える前に、アタシの質問に答えてもらってもいい?」

 

 私は鼻白んだ。なんて磊落な奴だ。ひとの質問に答えず質問で返すとは、カナリ・シツレイに当たるぞ。

 だが、日本人の規律と奥ゆかしさを重んじる精神は、いかな状況であろうと抵触すれば即ムラハチ……などとシステマチックに無機的処理されるものではない。

 

「……ハァ。いいぞ、言ってみろ」

 

 寛大にも、私はそう言った。仮にも逃避行を共にした仲だ。彼女が居なければどうなったか、想像したくもない。後で私の質問にも応じるというのなら、猶更怒る気にはならなかった。

 

「名前は?」

「ハイバラ」

「ドーモ。で、なんでマヤモト・ビル社に潜入したのさ?」

「匿名で依頼を受けた。サーバーをどうにかしろって。それだけ」

「まあ、そんなもんかァ」

 

 後頭部で手を組むシンディ。

 

「十中八九、その匿名はマヤモト社を恨んでただろうね」

「私は知らぬぞ」

「ま、無粋な憶測だよ。あの会社はね、給料安いし、定時が遅いし、福利厚生は精神論だしで最悪の労働環境なのさ。暗黒コーポってやつ」

「……」

「当然、訴訟も何回か起きたよ。でも社長がネオサイタマ第一大学の法学部卒でね、すったもんだの屁理屈で潜り抜けてきたのさ。アンタはさしずめ、実力行使に出たそいつらのテッポダマってところだろうね」

 

 ……。

 

「……お前が私の手助けをしたのも、カイシャに嫌気が差してたから?」

「ご明察。まあさっきも言ってたしね。アタシ、レーサーになるのが夢だったんだよ」

「ほう」

「でもなかなかなれなくて。情勢が悪かったね。でもカネは必要だからさ、そんで適当に選んだカイシャがこれで!」

 

 シンディは話しながらカイシャのあった方角にキツネ・サインを向けた。

 

「とにかく、アンタがマヤモトをどうにかしてくれたんでしょ?助かったよ」

「……まあ、どうにかしたかもな」

「いい気味だ!人生最高の日だよ!ゴウランガってね!レーサーごっこもできたし、今日からアタシも自由の身だ!アリガトねぇ!」

 

 呵々大笑としながら、元受付は首に結んだタイを乱暴に脱ぎ捨てた。ビルとビルの隙間から見える空から僅かに橙色が覗く。

 

「ハイバラ=サン、連絡先交換しない?」

「エ」

 

 シンディが莞爾としてそう言った。私は軽く面食らう。

 

「アンタ、気に入ったんだよ。タフで、パッションがある。レーサー目指してた頃のアタシそっくりだったよ」

「どうって……」

 

 ……別に連絡先を交換したくないわけではない。むしろ現地人の知り合いが増えるのはありがたいからな。だが……こやつ、後先考えないタイプだな?だからマヤモト・ミカタ社に入社したんじゃないか?

 私は首を横に振り、言った。

 

「……やめたがいい。私はマヤモト社に損害を与えた悪人だ。恐らく少なからん奴らからも恨みを買っただろう」

「アー、かもねぇ」

「お前も関わっていたと知られれば、折角手に入れた自由が脅かされるだろう。本当に解放されたいなら、私からも距離を置くべきだ。この車を降りたら、私たちは知らない仲、赤の他人だ」

「……分かったよ。残念だけど、それも一理あるしね」

 

 シンディは納得してくれたようだ。

 

「では、私はそろそろ帰らせていただこう。シンディ=サン、改めて感謝する」

 

 私はドアに手をかけた。

 

「ヤダなぁ、こっちも感謝してるよ。また会った時は自己紹介からやり直そうね!」

「そうしよう」

 

 そして、座席を降りる。

 

「サヨナラ、シンディ=サン」

「うん、サヨナラ」

 

 ドアを閉めると、鮮やかな紫色の車はやおらスピードを出して走り去り、ネオサイタマのコンクリートジャングルの奥に紛れ、消えていった。

 

「……よし」

 

 ……ここからは歩いて帰ろう。多少疲れてはいるが、今のよりキツい依頼もあったし、それと比べれば平気だ。私はチビを取り出し、地図と現在地を表示させ、位置情報を見た。

 どれどれ……ネオサイタマの……。

 

「マルノウチ・スゴイタカイビル?」

 

 私は思わず反復した。そして地図から目を離し、真後ろに聳え立つ超高層ビルと、そこにごったがえす人々に気付いた。

 上を見上げても、先端が夜空の雲に溶けて見えなかった。スゴイタカイビルの名に恥じない高さだ。

 

「重点!ドライビングスポットに到着な!」

 

 モーターチビの優秀な機能が、空気の読めているんだか読めていないんだか分からないノーティスを知らせる。

 そのあまりに絶妙なタイミングに、私は失笑を堪えきれなかった。

 

【ニンジャカルマ・キャンノット・エスケープ 完】

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