アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記 作:コースト
「……タダイマ」
フスマ型電動ドアを引き開け現れたイシハラの声色は、どことなく暗かった。
「オオット正解! キモト=サン奇跡! 100ポイントが贈呈され、最下位から一転、他チームを大きくリード……」
「オカエリ」
スカムクイズ番組から顔を背け、私は帰ってきたイシハラの顔色を窺った。そして意外に思った。ほとんどポーカーフェイスのこやつの表情に、珍しくしかめ面が浮かんでいたのだ。
「……どうしたんだ?」
私は率直に聞いてみた。イシハラは溜息と共に荷物をドンと置き、ザブトンでアグラをかき、吐き捨てる。
「クビになった」
「エッ」
その簡潔かつ衝撃的な報告に、思わず自分の耳を疑った。クビ?あの生真面目なイシハラが?何かの勘違いじゃないのか?
「ま、まことか?一体、何をやらかしたんだ、イシハラァ……」
「なんもしてねえよ」
床に転がっている酒瓶の蓋を開けながら、イシハラは続けた。
「事業縮小の一環っつってた、上は。んで、従業員の半数解雇に巻き込まれたんだ」
「事業縮小だと?」
「アレだ、ホラ。ニュースでやってただろ。マヤモト・ミカタ社の倒産」
イシハラが思いがけず口にしたその会社の名前で、私は身が竦む思いをした。
ああ、確かに見た。マヤモト・ミカタ社がデータのクリティカル改竄によって経営続行不能になり、そのまま破産した……というニュース。
その時はあそこで働いていたサラリマンは無事だろうか、という程度にしか思わなかったのだが……。
「あそこな、俺んとこの作業道具作ってるメーカーだったんだ」
「な……」
トックリをグイと呷りながら、イシハラは続ける。
「んで、メンテナンス予定日が丁度その日でよ。担当員はもう来ないだろ。そしたら一日も持たずに全部ぶっ壊れた」
「……」
「で、さっきの通りだ。色々あって、クビになった」
私は言葉を失った。自分にとってはただのありふれた依頼に過ぎなかった。ネオサイタマで誰かが誰かを陥れるなんて、ありふれたチャメシ・インシデントだ。路頭に迷う人がいようと……知ったことではない。
だからといって……こんなコラテラルダメージ、誰が予想できよう。
「……そ、それは……災難だったな……」
半ば呆然としながら、テレビ画面に向き直る。
「では、ネオサイタマの年間事故死亡率をパーセンテージで……早い!マカダ=サン、ドーゾ!……9%!?なんということだ、ピッタリだ!」
(私か? 私のせいなのか?)
胸中を靄が覆い始める。
(私が依頼の報酬に目を眩んだせいで、イシハラを困らせた?)
ステディ同様、イシハラにも私が裏稼業に手を染めたことは知らせていない。私はただのその日暮らしの日雇い、という認識で通っている……はずだ。
故に、そんな私がクビになった遠因だとは、よもやこやつも思ってもいないだろう。
「チッ、仕事探すの面倒くせぇなあ。特に面接がな」
トックリを空にしたイシハラが、部屋の隅に転がっていた求人誌を拾い、仰向けで読み始めた。
「っ……」
私は歯噛みをした。
ひどくバツが悪い。
私のせいで、またイシハラを困らせてしまった。最初に出会ってから、私はずっと迷惑を被らせてばかりだ。
ドリームランドで無理やり居候させ、ネオサイタマに巻き添えで連行させ、今度は職まで失わせた。
ずっと……イシハラから簒奪してばかりではないか?
何かを施したことはあったか?
苛立ちからか、握った拳に力が籠る。
「ワースゴーイ、ナンカスゴーイ、ケモビール、ダヨネー……」
「……」
無感情なコマーシャルをリラックス体勢で眺めながら、私はニューロンに数字を思い浮かべた。今までの闇依頼で稼ぎ、溜めていた貯金だ。この前の依頼で数値は更に重みを増し、それはイシハラのサラリーを優に上回っている。
「イシハラ」
「あン?」
頬杖を吐いたまま目を合わせるイシハラ。私はソファの肘掛けに身を乗り出す。
「……そういえば、お前の好物って何なんだ?」
「なんだ藪から棒に」
「おい、アクタ・ニンジャだぞ。答えろ」
「ハァ……」
イシハラはしばし熟考した。
「……カニ鍋はよく食ってたな」
「よく食ってた。それは……好物という意味か?」
「……よく覚えてねえ」
「ウム、ウム、なるほどな。あい分かった!」
イシハラとの会話中、私はこっそりモーターチビを起動させ、ホログラムの周辺地図を眺めていた。検索バーには「カニ鍋」。道路が蜘蛛の巣めいて縦横無尽に線表示されるネオサイタマの街並みに、点々と光点が灯った。私はそれを凝視し……やがて立ち上がり、イシハラに胸を張った。
「じゃあこの私についてこい!」
「は?」
イシハラは訝しんだ。
「お待たせしましたドスエ。熱いので火傷に気を付けるドスエ」
ノースリーブのオイラン店員が、テーブルの中心に鎮座された鍋の蓋をようやく開けた。中で蟠っていた湯気がほぐれて広がり、向かいに座るイシハラの顔を朧にした。
「おおおお!うまそうじゃないか!イシハラ!」
私は手をすり合わせながら立ち上がり、その鍋を俯瞰で覗き込んだ。顔面を熱気が覆う。シイタケ、トーフ、白菜といったありふれた具材、それらの中心でカニ足がグツグツと煮込まれている。
カニ鍋だ。なんともうまそうじゃないか。冷え込んだ夜にもピッタリだ。
「いや……うまそうだが、ウーン」
この時代に到達して以来の圧倒的ご馳走を前に興奮を抑えきれない私に対して、イシハラの態度は冷静……いや、冷静を通り越して希薄だった。
まったく釈然としないと言わんばかりに。
「どうしたんだイシハラ。カニが茹るぞ?」
その理由は言わずとも明確ではあったが、私はあえてすっとぼけて訊いた。ハシを手に取り、取り出し皿片手に具材をつつく。
「まあ……イタダキマス」
やがてはイシハラも、つっかえが取れていない表情のまま手を合わせた。具材をハシでつまみ、口に運ぶ。私もカニを食べる。
「……」
「ウマイッ!」
口に入れたカニが濃厚な出汁と共に雲のように解れる。私は舌鼓を打ち、そして衝動的にサケをかき込んだ。まだだ、まだ詰め込める。さらにトーフ、シイタケなどの具材を立て続けに放り込み、一気に咀嚼した。複数の旨味が口内で渾然一体となり、多幸感と化した。
「ウム、実際美味い!クルシュナイ!善き哉!」
「……ウン、美味いな」
今日のイシハラは暗い。好物(推定)を目の前にしてもこの無味乾燥とした態度。具材を黙って咀嚼し、曖昧な感想と共に嚥下する。全く、一般的な感性を備えているのか疑いたくなってくるな。
私の奢りだというに。もっと遮二無二喰らいつかんか。
「どうしたイシハラ!そんな硬い顔をして!ホラ、サケもあるぞ?」
私はイシハラの空のトックリにサケをなみなみと注いだ。そして自分の半分残ったトックリをぐいと飲み干し、挑戦的に見てやった。
「……フッ」
イシハラも小さく笑い、トックリを傾いだ。
「お前もこんなことが出来るようになったか」
そして、カニ鍋店にやってきてから初めて、私と目を合わせた。
「ン?何?」
返答が予想外だったのと、サケが回り始めたのも相成り、私は一発で言葉を咀嚼できず、きょとんとした。
「……聞き逃すな」
「お前がお礼なんて珍しいと思っただけだ。明日はマッポーカリプスか?」
「いや、励ましてんだろ、お前。わざわざこんな高い鍋……」
「励ますも何も!」
もどかしくなり、私はイシハラの言葉を大声で遮った。過剰で大仰なリアクションだ。恥も外聞もあったものではない。
「私はな、感謝してるんだよ、イシハラ。たまには恩を返したい時もある」
取り皿に口付け、鍋の具材を流し込むように食べながら、私は続けた。
「これこそアーチニンジャの気紛れだ。だから溜めた貯金でこうして奢ってやった!実際ノブレス・オブリージュだ!有難く喰らえ!アハハッハハハ!」
朗々と呵々大笑としてみせたが、これはタテマエだ。実際の胸中は少し違う。
お前が解雇された遠因は私にある。だからせめて、お前の仕事と引き換えに稼いだカネで、励ましてやりたかったんだ。私なりの謝罪で、ケジメなのだ。
「そうかよ」
イシハラはつっけんどんとしていたが、それでもカニは着々と減り続けていた。本音は察されなかったか。こやつも並々ならない洞察力の持ち主だが、今回はアルコールがよい隠れ蓑となったようだな。
カニ鍋にも満足してくれてるようで良かったよ。
「……こうしてカニ鍋を食っていると、アイツを思いだすな」
「ン?」
やがて鍋の具材も底をついてきた頃、イシハラが自ら話を切り出してきた。
「誰を思い出すって?」
「イーハトーヴをよ」
「……」
サケを口に含んだ。対面に座るイシハラの姿は湯気に紛れ、漠然としている。
「その……イーハトーヴって奴の話をしてもいいのか?お前、今まで露骨に避けてきただろ」
「まあな。俺自身、今まで切り出すことはなかった」
……そうだな。お前はイーハトーヴや、自分自身の過去の話題は避けてきた節がある。
私が直接聞いてみても、人が変わったように硬直して煙に巻いたり、言外に拒絶したりしていたな。
だから気にしないことにしていたんだ。私にだって明かしていない過去はあるわけだし、お互い様だ。
「一時期は、すっぱり忘れた気で居たんだが……ネオサイタマに改めて住むと、どうしてもイーハトーヴって存在が脳裏にこびりつく」
「……」
「でも、よく思い出せないんだ。断片的にしか記憶にねえ。どこかの研究所で……俺はイーハトーヴのヨージンボで……頭のいい科学者で、よく発明品を見せてもらった……気が付いたら俺はドリームランドに居た」
「……気が付いたら、か」
「ああ。大切な存在だった気がする。だが、蜃気楼のように消えて、俺は一人だった。生きてるのか、死んでるのかも判別つかねえ」
「カニ鍋で思い出したってのは、やっぱり……その時、イーハトーヴ=サンとよく囲んでたからか?」
「そう、なんじゃねぇかなあ……」
私は腕を組み、真剣にイシハラの話を聞いていた。
薄々予想はついていたが、やはりイーハトーヴとはこやつのビジネスパートナーの名前だったか。ふむ、本当に僅かしか記憶が無いようだな。
イシハラの記憶喪失、イーハトーヴの失踪。一体こやつの身に何があったというんだ?
「イーハトーヴの住処を辿るのはどうだ?それも忘れたか?」
「忘れたな」
「そやつの本名は?姿形は?」
「わからん」
……名前しか覚えていない?
記憶喪失と一口に言っても、この調子だと無作為に記憶を消されたわけではないのか?恣意的にイーハトーヴの記憶を抹消され、ドリームランドに追いやられた、という説は妄想の域を出ないだろうか。
「ま、個人的に、俺はくたばったと思ってる。その予想が外れるに越したこたぁないが。だから考えないようにしてたし、質問されても答えないようにしてたんだ」
間を置き、イシハラは付け加えた。
「辛いし」
「……」
何ともやるせない話だな。
……私だってそうだ。私にもパートナーと呼べる配下が居た。イブシ・ニンジャ。あいつもナラク・ニンジャに殺されたか。それとも今まで生き延びて、何処か潜伏しているか。或いはただのイクサで倒れたか。
まあ、死んでるのだろう。ペシミスティックだが、最も現実的な可能性だ。今の今まで無しの礫なのもそういうことなのだろう。だから私も考えないようにしていたんだ。イシハラと同じように。
「なあ、イシハラ」
「あン?」
取り皿の底に溜まったスープを啜るイシハラに、私は尋ねた。
「お前は、そいつにもう一度会ってみたいとか、思うのか」
「……ああ」
「そうか。なら、ともに探そうぞ、イーハトーヴ=サンを」
「……」
イシハラはオワンを下げ、私の目をまっすぐと見た。カニ鍋の湯気はいつしかなくなり、今やその精悍な顔が鮮明に捉えられた。
「おい、気を遣ってるのか?」
「違うね。気になったんだ」
私は最後のサケをぐいと呷り、テーブルに身を乗り出した。
「これもまた、アーチニンジャの気紛れだ」
「ダメに決まってンだろ、アホ」
私の提案を、ステディよりも早くネオテリックが遮った。ステディは無言で端末のタップを続けている。
「そうなのか?いいじゃないか、最近クロサメも静かだしさ。お前らも暇だろ?」
私は会議室の椅子を引き、勝手に座った。
「どうやら平和ボケしちまったようだな」
壁にもたれながら煙草を咥え、火を点けるネオテリック。
「いいか?オレらの目的はフォールアウトの排除だ。イーハトーヴとかいうよくわかんねぇ奴の捜査ってのに協力する義理はねぇんだよ!」
そして火のついたタバコを向けながら、牙を剥きだしにして猛獣のように私を睨みつけた。私は肩を竦め、横目でイシハラを見た。目を伏せ、私に向かってかぶりを振り返していた。「さもありなん」とでも言いたげな顔だ。
チッ、最近暇そうだからって誘ってみたが、やっぱりこいつらはブレないな。
私がたまにクロサメの捜査任務に協力してやった恩も覚えてないのか。
「まあ、それはな、そうかもしれんが」
私はなお食い下がった。ここまで拒否されてたら、むしろ無理を通したくなってしまうのが私の困った信条だ。私自身、そこまでイーハトーヴに執着する理由もないのだが。
「イーハトーヴ=サンってカシコイなんだろ?フォーアイズ=サンもカシコイだろ?二人で協力して……なんか、便利な道具を作れば、クロサメも追えるんじゃないか?」
「平和ボケだけじゃなく、知能指数も下がったようだな。何度も言わせんな、協力する義理がねえ」
ムウ……頭の固い奴らだ。私は肩を竦め、横目でイシハラを見た。僅かに顔をしかめてすらもいた。「もういいだろ、これ以上迷惑かけるな」とでも言いたげな顔だ。次にステディの様子を窺った。会議室にエントリーしてからその表情、態度、作業は一貫として変わっていない。
チッ。取り付く島もない。これ以上の押し問答は無意義だ。
「……分かったよ!はいはい、アッシュピットが悪う御座いました!お手を煩わせて、ドーモ、スミマセン!」
「テメェ……」
ネオテリックの射貫くような視線を背中に、私は芝居がかって両手をぶらぶらと振り、退出しようとした。
「やあ。汝ら、少し宜しいかね」
「ウワッ!?」
その入り口に丁度、というかいつの間にか、フォーアイズが立っていた。私は面食らった。小柄な背丈。よそ見していれば蹴りつけるところだったぞ。
「ドーモ、フォーアイズ=サン。何の用だ?わざわざ来るなんて珍しいな」
ステディが顔を上げる。
「ああ、イーハトーヴという名前が聞こえた気がした。我の聞き間違いではないのだな?」
「ああそうだぜ、ミジェット。今しがた突っぱねたところだ」
「なるほど。では、単刀直入に言おうか」
フォーアイズは咳払いをした。
「その捜査クエスト、我に協力させてほしいのだ」
「エ?」
私は意外に目を見開いた。フォーアイズは毅然と続けた。
「彼女は、我の師匠なのだよ」
【続く】