アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記   作:コースト

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(前置き:私は既に投降したエピソードを後で加筆修正をする可能性があります。展開はあまり変えません。読みにくい文章や誤字脱字の校正などです。ある日、ずいぶん前のエピソードを読み返すと細かい部分の読み味がなんか変わっていたりするでしょう。予めご了承ください)


ネオサイタマ・ピリオド #2

 マスターヴォーパルとやらが案内した「家」は、私を足蹴にしたあの憎きモータルの小屋とは違い、大層豪華な家……という訳では、無論、ない。精々少し大きいぐらいで、あとは今まで見たようなおんぼろとドングリ・コンペティションだ。

 壁の役割を担う薄い鉄板は錆び切っており、殴れば容易く穴が開くだろう。歩きやすいよう床には絨毯が敷いてあるものの、それでも気休め程度でスクラップの感触は拭えていない。アンマ*1の稚拙で乱暴な足つぼマッサージのようだ。

 

「ヒュウ!ついにこのボロ小屋にも女がやってきたか!ィヨイショっと」

 

 このごま塩頭は私を家に招き入れるや否や、手に持っていた酒瓶を乱暴に投げ捨て、これまたボロのロッキングチェアに座った。その奥に四角い金属の箱がある。その箱の一辺からは白と黒のノイズが延々と流れ、この広いとも言い難い室内をぼうっと照らしている。また知らないものだ。これも飛行武装マグロと同じような技術革新の賜物だろうか。

 

「……」

 

 些か足の踏み場に迷うな。床のそこかしこに何かしらのゴミか、酒瓶か、ゴミが散らばっている。一歩踏み出してみたが、二歩目を踏みしめた時点で足に鋭い痛みが走った。割れた瓶の硝子片が刺さったのだ。観念し、そのまま立っていることにした。

 

「さァーて、そろそろ本題に移ろうか、エッ?モータル

「……何だって?」

 

 マスターヴォーパルは意地汚い笑みを浮かべた。まだ出会って間もないが、このクソ男のこれ以外の表情を私は見たことがない。私はこの男を殺意と共に睨みつけた。だがそやつはニタニタと笑うだけで、それどころかさらに慇懃無礼な言葉を紡ぐのだ。

 

「エエ?だってそうだろ?非ニンジャに負けましたー!でもあたちはニンジャでーす!とでも言いたいのか?笑えるぜ」

「身体能力が落ちていただけだ!」

「へえ、根拠は?」

「……攻撃の軌道は読めた。防御が間に合わなかったんだ」

「フーン、そうかい。ま、口だけじゃ何とでも言えるやな」

 

 私はその後も弁明を続けようとしたが、このクソ男は早々に興味を失い鉄製の箱に向き直っ「イヤーッ!」……突然、私に向かってマスターヴォーパルは左手を振り抜いた。私の前髪と結わえた後ろ髪が靡き、背後から何かが突き刺さる音が響いた。

 

「今、俺は何を投げた?言ってみろよ」

 

 マスターヴォーパルは言った。試しているのだろう。私は振り返りもせず即答した。

 

「コブラ・ニンジャクランに伝わる、名称は知らぬが三又型のスリケン。私の左耳の二寸横を通り、そのままシンカー軌道を描いて真後ろの壁に着弾した」

「ほう……」

 

 マスターヴォーパルは顎に手を当て、真剣な顔で私をまじまじと見つめる。完璧に言い当ててみせたということだ。当たり前だ。ニンジャ動体視力は生きているのだから。あくまで落ちたのは、身体能力のみだ。これでこのシツレイ野郎も多少は態度を改めるだろう。

 

「ま、これで確信が持てたよ。お前は間違いなくニンジャだ。俺の興味はますます強まった」

「そう言っているだろう」

「なら次に気になるのは、身の上だな。どこから来た?何があった?そういや名前も聞いてねえな」

 

 マスターヴォーパルは訊いた。漸く、その表情からは愚弄するような笑みが消える。私は正直に答えるべきか迷ったが、わざわざ情報を隠匿する動機もない。赤裸々に答えることにした。

 

「まず……名前から言おうか。私はアクタ・ニンジャだ」

「おう、ドーモ。アクタ・ニンジャ=サンね。でもそりゃカイデン・ネームだな?普段使いで名乗るにはパワが強い。ニンジャネームとしての名前はあるか?」

「一応、ある。アッシュピットだ。あまり使わないが」

「このネオサイタマで生きていくにゃ、そっちの方がいい」

 

 ネオサイタマ。聞き慣れない文字列だ。キョートですらないのか。今いるこの瓦礫ヶ原のことか、それともあの遠くに見える都市の名前か。

 それにしてもカイデン・ネームは駄目か……むう、出来れば名乗り続けていたかったが……。

 

「ゴホン、続けるぞ。私はキョートから来た。その時、年号は平安だった」

「ウェイッ」

 

 マスターヴォーパルが制止する。

 

「平安だと?平安時代?」

「うむ。あの時は……」

 

 私は窓の役割を担うとみられる壁の穴越しに、灰色長方形建造物が思い思いの高さで乱立する胡乱な景色を見た。

 

「……かのような都市など存在しなかった。あったのは藁の小屋と、城だ」

「ブッダ。普段の俺なら笑い飛ばしておめぇを妄想癖の精神異常者だと決めつけるだろうが、その古めかしいキモノといい、言動といい……なによりソウル!憑依ソウルを感じねえ!」

 

 マスターヴォーパルは私を指差し、険しい表情で酒をぐいと呷った。

 

「ゲェップ……『平安時代のリアルニンジャ』!そう考えると、辻褄が合う要素が多いってこったな!」

「リアルニンジャ?」

「ニンジャソウルに憑依されて力を手にしてねえ、生身から修行を通してニンジャになった奴のことだよ!てめぇ、その程度のことも知らねぇのか!?」

「然り。この時代に現れたのはつい一時間前ほどのことだ」

「嘘を言ってるようにゃ見えねぇんだよな、クソッ!」

 

 そしてこの男は顔を赤くして酒瓶を叩き割った。気分が高揚しているように見える。大丈夫だろうか。

 それにしても、ニンジャソウルが憑依されて力を手にして……って言ったか、今、この男は。

 

「その、憑依されたニンジャってのはどのぐらいいるんだ?」

「分からねえよ。ゴキブリみてぇに無数にいる。今やそっちの方がメジャーな存在だ。区別されてンのは俺らの方だよ、リアルニンジャ!」

「ふうん。私は極ごく稀な存在ってことだな。チョージョー、チョージョー」

「何だ、お前。さっきまであんなにしおらしかったのに調子乗りやがって。空元気か?」

「そうだよ、空元気だ。正直私はもう疲れている」

「あっそ。まあ俺もそろそろ競馬を見たくなった頃だ。おめぇがどういうヤツかも十分わかったしな。出ていけ」

「は?泊まらせてくれないのか?」

「ア?泊まらせるわけないだろ。誰がそこまでやるっつったよ」

「私を誰だと思っている」

「それとこれとは話が別だよ、アクタ・ニンジャ=サンよ。お前は平安時代で好き勝手やったのかもしれねえけど、もう時代は変わってンだ」

 

 マスターヴォーパルは赤ら顔でこちらを見た。その眼差しはシリアスである。

 

「ネオサイタマってのはよ。永久に広がり続ける混沌みたいなもんだ。サイバネティクス技術はトレンドで愛用者に溢れ、無能な政庁のせいで治安が悪化し、犯罪行為が平気な顔して横行し、Y2Kのせいでインターネットと現実の境は曖昧になってやがる」

「……」

「昔のような、オヤカタサマが頂に君臨し、市民の身の安全を保障して国を成り立たせる、そんな時代じゃあ今は断じてねえ!どんな一般人も自分の身は自分で立てなきゃならん。そうしなきゃ強え奴に食われるからな!ニンジャだって例外じゃねえ!力の使い方を間違えれば、あっという間にドロップアウトするぜ?」

「じゃあうぬはドロップアウトしたのか。こんなところに身を窶して」

「俺は俺の判断でここにいるからいいんだよ。だがお前は、ネオサイタマの不文律を知らねえだろ?常識を知らねえだろ?そんな奴は、例えニンジャだろうと、あっというまに、こうだ」

 

 マスターヴォーパルは右手をサムズアップし、それを首に突き立て、搔き切るジェスチャーを取る。その後、新たな酒瓶を一升一気に飲み、大袈裟に腕を広げ、声を張り上げて叫んだ。

 

「時は2032年!混沌と貪婪と悪意が跳梁跋扈する電子鎖国都市、ネオサイタマ!善悪の区別は無粋となり、無法行為が普遍化した、マッポーカリプスの一側面と言うべきこの時代で、ここにいる奴は誰だって自分一人の力で生きていかなきゃならねえんだ!それはおめぇも例外じゃねえ。それがこのネオサイタマ時代の当たり前なんだよ!」

 

 その気迫の前には、さしもの私も僅かに身が強張った。この胡散臭い男のその目は、あたかもドージョーのかつての師匠のように私をまっすぐに見据えていた気がした。

 そうか、私はこれからネオサイタマという時代で生きていくのか。平安のようなニンジャ至上主義時代ではなく、ケイオスで大気中が満たされているようなあの大都市で、右も左もわからないまま……。

 何れにせよ、なんだかその言葉で勇気づけられてしまったな。その点に関して、この男に感謝する必要が出てきてしまったな。当の本人は疲れが訪れたのか、ゼェゼェと息を荒げ始めているが。

 

「アァ……クソ、柄もなく大声上げちまった。疲れたぜ……テメェのせいだからな」

「何でだ」

「オレが世話してやるのはここまでだ。最低限の常識はこれで教えたかんな。あとは自分で何でもかんでも何とかすることだな。死んでも知らね」

「そうか。ところで寝床はどこだ?」

「誰が寝食までサポートするっつったよ。自分で作れ。オラ、出てけよ」

「チッ」

 

 やはり慇懃無礼でシツレイな奴だ。……しかし、まあ、確かに、この世界について色々と教えてくれたのは事実だ。まだまだ知りたいことは山積だが……私もさっさと休みたい気持ちが強い。今日の所はお暇しよう。ふらつきながら、私は戸まで歩く。

 

「分かった。オタッシャデー、マスターヴォーパル=サン」

「100万」

「ア?」

 

 マスターヴォーパルは右手で人差し指と親指でわっかを作り、掌を上にしてそれを私に見せつけた。

 

「相談料だ」

「……」

 

 私はそれを無視し、マスターヴォーパル……もとい、クソ爺の住まうボロ小屋を出て行った。

 二度とこやつには会うまいと、心に決めて。

 

【ネオサイタマ・ピリオド】 完

*1
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