アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記 作:コースト
……翌日。
ああそうだ、翌日だ。
継ぎ接ぎの鉄板の隙間を縫うように差し込んだ陽光が丁度目元に当たり、私は眉をぴくりと動かした。気だるげに目を開け、両肘を支点に仰向けの体を徐に起こす。途中で体全体がボキボキと音を上げ、私はその度に顔をしかめた。
相も変わらず、床は凹凸の激しい斬新なデザインだ。偶然近くに埋まっていた、就寝用の草臥れた
「んしょ……っと……ハァ」
何とか私は立ち上がり、ストレッチとして軽く屈伸をする。出来れば腕を大きく振り回して血行を促したかったが、それは不可能だった。私は一夜で作り上げたこの最低限の空間しかない小屋……いや、小屋と呼ぶのも烏滸がましい。箱だ、箱。この箱には、両腕を最大限広げられる幅すらないのだ。それでも、あれから短時間で雨風凌げる就寝場所を作れたことに関しては、自画自賛していいだろう。
グゥウウ……突如、自分の腹部から低音が鳴り響いた。
「……腹が減った」
特に意味もなく独り言ちる。そう、空腹だ。実はずっと前からだ。驚くなかれ、現世に顕現してから、私は一食も碌な飯を食べられていない。とんでもない極貧生活だ。曲がりなりにもニンジャとあろうものが。
それでもある程度はニンジャ忍耐力で耐えられるのだが、さすがにこれ以上は限界が近い。一刻も早い供給が必要だ。切実に。
なら、どうやって供給すればよいか?モータルを襲い、殺し、奪う。シンプルで、合理的な方法だ。だがそれは昨日、返り討ちにされた。身体能力が屈強な非ニンジャ相手に引けを取るほど低下していたからだ。
となると、残された方法は一つしかあるまい。
こんな場所でも、居を構え、行き交う人々は居る。何故居るのか?そこに経済があるからだ。労働を行い、対価を得て、資源を得る。そのサイクルが、この瓦礫の砂漠でも成り立っているのだ。労働者らしき身なりの奴もいる。
つまり、モータルと同じ立場として、そのサイクルに加わればよい。そうすれば、何かしらの対価を受け取ることができ、飯も食える。不服だが。極めて不服だが。今更非ニンジャと同じ立場に成り下がるなど、願い下げだが。だが私は生き方を選べないのだ。いつか上位者に咲きかえる日が来ることを信じて、今は動くしかない。
「今の目標…………労働先を、見つける、か」
そう小さく呟き、自らの掌を、何度か開け閉めした。
……少し間を置き、私は項垂れた。
「ハァ……」
改めて口に出すと、何と言うか、アーチニンジャとしての私の凋落ぶりをまじまじと再認識してしまい、気が滅入ってきた。こんな世界で頑張って何になる?その先に未来はあるのか?自分一人の力でこの未知の時代をどうにかできるとでも……。
いや、駄目だ。ネガティブがニューロンを支配し始めてきた。
「……アクタ・ニンジャだ……。私は、アクタ・ニンジャ」
うずくまり、自分の名前を繰り返す。この名前は私にとって宝なのだ。心が折れそうになった時、自己暗示としてこれを唱え続ける。アーチニンジャとしての称号、自らが築いた功績の賜物を、心に思い出させる。そうして自分に自信をつけさせる。根っこがひどく脆弱な私の心を補修するための、唯一の方法。
目を擦り、脇に置いておいた着物を着る。
「……」
私は意を決して戸を開いた。
「ウッ……」
思わず手を翳す。薄暗い空間から唐突に強い光を浴びて、瞳孔の窄みが間に合わなかったのだ。その眩しさにもすぐに慣れ、私は周囲を見渡した。鈍色のなだらかな丘。地平線まで広がる景色が昨日より鮮明に見える。曇天。じめっとした空気だ。
「ンーッ……」
ようやく広い空間に出れたので、ひとまず背伸びをした。凝り固まった全身がほぐれていくのを感じる。そして両腕をだらんと下げ、ため息と共にリラックス。思えば、こんなことはアーチニンジャになってからしたことはなかったな。人間臭くなりつつある。不本意なことだ。
ストレッチは終わった。次は、チリアクタ・ジツの調子を確かめる。適当な地面から、木製の小さなゴミを拾い上げる。大気中からエテルを拾い、そのゴミに力を籠める。程なくして、それはあっという間に灰と化した。ふむ、ジツの感触に相違なし。念のため、鉄製のスクラップも拾い上げ、同様に力を籠める。
……。変わらない。
木とは違い、鉄クズは灰にはならなかった。だが、これでいいのだ。そもそもチリアクタ・ジツは、対象内部に超高温極小規模の燃焼を発生させ、周囲に燃え広がらせながらごく短時間で燃やし尽くすジツ。燃焼から灰になるまでのサイクルが極端に短く、対象が一瞬で灰と化しているように見える。言ってしまえば、それだけのカラクリ。
故に、分かりやすい弱点に「無機物には効かない」というものがある。燃えないからな。だが金属製のニンジャなど、そうそういないだろう?気にする理由が無い。
……地に落ちた身体能力と引き換えに、ジツが強化されていたのではないかと、昨晩朧げに考えたわけだが、やはりそんなことは妄想の類を出なかったわけだ。となると……ニンジャ身体能力低下の理由がますますわからないな。
「……」
……ここで私は我に返った。思わず考え込んでしまった。油を売っている時間はない。早いとこどうにかして稼がねば。体を動かせば、リハビリテーションめいて運動能力も戻るかもしれないしな。
稼ぎ口を見つける手掛かりはある。昨日は夜空に同化していて分からなかったが、よく見ると、黒い狼煙が遠くに見える。このスクラップ砂漠にどうやらずっと立っていたようだ。さらによく見渡すと、鶴嘴、シャベルなど、道具を手に手にそこへ向かう有象無象が何人か見える。あれが「職場」なのだろう。向かうぞ。
……。
…………。
割と歩いた。短いようで長かった。距離感が掴めず、五分程度で着くだろうと考えていたのだが……。ニンジャの身体能力があれば、この程度の距離など一分もかからないというのに。実にもどかしい。
狼煙の正体は、円柱型の鉄缶からだった。その近くにはスクラップ製と思しき鈍色の屋台が立ち並んでおり、「廃品回収」「環境にいい」「あなたにも」などといったノレンがぶら下がっている。そして……僅かに香りがした。食欲を誘う匂いが!
私は再び鳴り始めた腹を抑えながら、その匂いの発生源へと突入する。屋台!ノレンを捲ると、店主と思しき男が私を見た。
「ドシタノ?飲む?ミソ・スープ」
五つ並んだ席には何人かが既に座っている。彼らの手元には赤茶色の汁で満たされたオワンがあり、ハシを突いて具材を食べたり、オワンを手に汁を啜ったりしていた。ああ、これは……ミソ・スープ!モータル時代、親が良く振舞ってくれていた。この時代にもまだ残っているのか!
「の、飲ませてくれないか……!?」
私は切迫した声で店主に訊いた。店主は不愛想に片手を差し出す。
「じゃ、カネちょうだいよ」
「エッ……」
私は鼻白んだ。カネ?前までいた時代ならともかく、今は一銭も持っていないぞ。持っていたとて、そもそも通貨は同じか?ここまで文化が様変わりするんだ。ワド・カイチン*1は未だ現役なのだろうか?
ああ……油断していた。貨幣制度はここでも成り立つんだ。ポストアポカリプスめいた非文明の地であるが故に、文化レベルを甘く捉えていたのだ。
「……ない」
「アッソ。じゃあ稼いできな」
店主は抑揚のない声でそう言い放ち、手元にある鍋に向き直った。時折脇に置いてあるミソを追加して色を濃くしたり、かと思えば濁った水を追加して薄めたりしている。目が離せない。店主は再び顔を上げ、私を睨む。
「タダでは食べさせないって言ってるよネ?おカネ、分かる?」
「どッ……どうやって、稼げばいいんだ」
「ハァーッ」
深いため息を吐かれた。
「ここ、ゴミだらけ。アンタ、そっから金属スクラップを集めて、廃品回収業者に売り込む。そしたらトークンと交換してくれるから。分かった?」
「……」
私はノレンから顔を出し、「廃品回収」とノレンにかかれた対面上の屋台を見た。様々な形状のスクラップを持った人々の行列が出来ている。ノレンをくぐった人は、少し待てば、硬貨を手に再び現れる。なるほど、これがここのビジネスサイクルか。私は得心した。
「あと、ハイ、コレ」
そう言うと、店主はカウンターの下から何かを取り出した。何かくれるようだ。手に取る。……カビている、握飯だ。
「アゲルよ。腹減ってんでしょ?」
私は顔全体をしかめながら、その変色したおにぎりを一口、口に咥えた。とてもじゃないが複雑な味がした。今の心境めいて。カビたおにぎりというのも、今の私を考えると縁起でもない。あまり気持ちのいい食事ではないな。
……だが、少し腹が膨れたのは、何だかんだ言って確かではある。
「アリガト」
私はそう呟き、店を出た。
あの場所はどうやら一種の商店街のようなものらしい。このプリミティブな土地で少しでも都市部の暮らしを再現しようと試みた者たちの、努力の結果か。ここにいる限り、あの場所には足しげく通うことになりそうだ。
まあ……私はここに骨を埋める予定など、当然ないのだが。あのネオサイタマと呼ばれる大都市に、私は向かわねばならない。
その為にはまず、ここで地道にスクラップをかき集め、業者に納品し、カネを稼ぐ。これを繰り返し、あのネオサイタマでやっていけるほどの種銭を稼ぐ。これが当分の計画。ふむ、目的を整理してみれば、案外出来そうに思えてきた。腹部から僅かに鈍痛を感じるが、まあ気のせいだろう。
それに、耳聡い私はちゃんと先刻のミソ・スープ店主の会話から重要点を捉えていた。あの廃品回収業者が交換してくれるのは金属製のスクラップのみ、ということだ。恐らく鋳造する材料になるからなんだろうが、これが実に都合がいい。
同じように廃材をスカベンジしている同業者は私の他に何人もいる。私はあれから商店街から割と離れた場所まで移動したが、回収業者はどこでも居るのだ。特筆すべきは、彼らはシャベルで穴を掘っているということだ。スクラップ自体は地表に幾らでもあると言うのに。
つまり、ここら一体の表層からは、屑鉄がある程度回収されているのだろう。次に彼らは、穴を掘って地中のスクラップを回収しているのだ。だが私としては、穴掘りはスタミナ効率が悪いと言わざるを得ない。
私は跪き、両手をぐわんと広げ、地面にぐわしと触れた。
「イヤーッ!」
軽く力を籠める。そして少し待つ。すると、私の周囲の地面が軽く沈み始めた。地面に見えていた幾つかのプラスチック製や木製のスクラップが軒並み灰となり、燃えなかった瓦礫の間に吸い込まれていく。
地面がゆっくりと沈下し、やがて私の足元から、灰の山と石製か金属製の瓦礫が浮き出てきた。私はそれらを掬い上げる。ふむ、何となく間近で見れば分かるが、いま浮き出ているスクラップのうち、半分ぐらいが石材製で、残りが金属だ。選別し、石製を捨てる。
「……フフッ」
結果的に、広げた両掌にすっぽり収まるほどの量のスクラップが手に入った。
この時点であの列に並んでいた者たちと同じほどの量の屑鉄が手元にあることになる。計画通りだ。私のチリアクタ・ジツを応用すれば、無数にある瓦礫から手探りで金属を一つ一つ拾い当てるよりも、ごく短時間でこれほどの金属が入手できる!
嗚呼、善き哉!これを繰り返せば、このごみ埋立地から脱出できる日は遠くないぞ!
【続く】
◆塵◆ ニンジャ名鑑A02 【イブシ・ニンジャ】 ◆芥◆
アクタ・ニンジャの配下。アーチニンジャではあるのだが、まだまだアーチとしてニュービーであり、未熟な面も多い。アクタ・ニンジャが灰を操るジツならば、イブシ・ニンジャは煙を操るフネン・ジツを持ち、煙幕を張る、呼吸を妨害するなど、援護用途として煙を利用する。