アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記 作:コースト
「うむ、この量の金属だと……ふむ……このぐらい、だな」
「エェーッ。少なくナイ?」
「文句を言うな、乞食風情が。トークンは渡したぞ。さっさと去れ」
「シット!ケチ臭い業者だよ全く!」
廃品回収、とゴシック体で書かれたノレンを乱暴に捲り、貫頭衣めいた作業着を纏う労働者が、悪態と共に出てきた。手には3枚の百円トークン。この周辺だと、ミソ・スープがやっと飲めるぐらいで、肉の類は全く手が届かない量だ。男は侘し気にそのトークンを見つめ、どこかしらに向かっていった。
にしても、このトークンですら「百円」か。私が灰であった間に、貨幣経済は常軌を逸したインフレーションが起きていたようだ。となると、仮に財産を保持したままここに顕現できたとしても、ほとんど焼け石に水の全財産しか持っていなかったわけだ。まあ、どうでもいいのだがな。
先程の彼は私の前に並んでいた。つまり次は私がスクラップを交換してもらう番だと言うことだ。漸くだな。回転こそ速いが、列が長蛇を成していたお陰で15分待ったぞ。初めてスクラップを交換し、カネを手にする。果たして何円貰えるか。少し心臓が高鳴りしてきた。
「ほう」
ノレンを捲るや否や、交換担当のモータルが私の顔を見て僅かに唸った。目元が僅かに細まり、口元が緩んでいる。気持ち悪いな。
「アンタみたいな美人さんまで、こんな場所に零落してるだなんてな。まさにマッポーだ」
「口説かれに来たのではない。私はスクラップを交換しにきたのだが」
私はつっけんどんに言う。男は残念そうな顔で肩を竦めた。
「アイ、アイ。どのぐらいあるんだ」
私は両手で抱え持っていた、かなり巨大な歯車型金属スクラップをドンとテーブルに置く。男はそれを精査し、金属であることを確認する。
「ふむ、大きいな。だったら……」
「まだある」
次に着物の膨らんだ懐に入ったスクラップも手に取り、テーブルに転がせる。歯車の隣りに、大小さまざまの細かい屑鉄で築かれた山が出来た。
「おお、割と拾ってきたな。なら……」
「随分とせっかちだな、お前は」
更に袖の中に手を突っ込み、腕を覆うようにすっぽりと収納されていた、円柱型に鉄板を折り曲げた用途不明の鉄スクラップ、それを両腕から取り出し、テーブルに置いた。丁度腕にピッタリ収まったのでついでに持って帰れてこれたものだ。
「おお……こりゃ、随分と手間だっただろう。なら相応の額をやろうか」
カウンター越しの男はそのスクラップを全て拾い、重量計に載せる。載せた物の合計重量が測定できる機械。すごいものだな。昔の時代にも似たようなものはあったが、ここまでコンパクトでは無かった。
目盛りがぎゅいんと動き、ある位置で止まる。それを見て、男はそのスクラップを奥にある籠に全て投げ入れる。恐らく後でまとめて運ぶのだろう。次にカウンター下の引き出しをガサゴソと漁り、私に手を差し出した。きっと報酬だ。手に取る。トークンが20枚。
……エッ、20枚?
「……これは、適正な額か?」
「そんな訝しまれてもな。スクラップの量が多かったからトークンもそんぐらいだよ。決して個人的な意思とか無いからな」
「……」
まあ……私に害を成す存在でなければ、むしろ都合が良いか。私は軽蔑する視線を彼に送り、ノレンを捲り外に出た。
20枚の百円トークン、即ち2000円。贅沢をしなければ、これだけでここらで数日は暮らすことの出来る量だ。
それに、随分と手間だったろう、とあの男は言ったが……まあ、あやつが勝手に色を付けたと仮定しても……私はこの量を一時間程度の作業で集められた。それもあまり肉体を酷使せずにな。これを繰り返せば一日最大どれぐらい稼げるだろうか?移動に往復で一時間かかり、作業にも一時間かかり、列で交換まで15分かかる。45分ぶんを誤差として長く見積もっても、3時間で2000円集まる算段になるな。
いや、もっと効率よく出来る。それなりの大きさの箱が見つかれば、より多くのスクラップを持ち運べる。そうなれば貰えるトークンの量は10枚ぐらいは増えるだろうな。つまり、3時間3000円。これを一日二回繰り返せば6000円。それも少しジツを使うだけで作業が完了するし、下手に安月給で肉体労働するよりも遥かに楽。
今の所、この計画はまだ全て皮算用の域を出ないが……この調子でいけば、先立つ為に必要な資金はすぐに調達できるのではないだろうか?具体的にどれほど必要かは不明だが。仮にここら辺の屋台と物価が一致しているとして、3万円ほどもあれば、貧乏街で暮らす元手にはなるだろう。ふむ、食費などを考慮しても一週間あればすぐだな。
俄然やる気が出てきたぞ。スカベンジャー仲間の中には年単位でこの仕事を続けている愚か者もいるらしいが、私は一か月足らずで抜け駆けさせてもらう。ハハッ!これがニンジャとモータルの差だよ!ジツさえ使えられれば、身体能力低下何するものぞ!
……いや、身体能力は一大事だろう。早いとこ回復手段を見つけねば。
とはいえ、今のところ口に含めたのは、残飯処理めいてスープ屋から渡されたカビた握り飯だけだ。スクラップを集めていた間にまた腹が減ってきたな。ひとまず飯屋を探すべし。それも、十分腹が満たせそうな店をな。この生活水準最低辺集落にそんな腹が膨れるサービスがあるとは思えないが。
いや、少し遠くに行って探せばあったぞ、ここいら基準でハイエンドな店が!ノレンに「缶詰屋」と書いてある。屋台の張り紙には汚い字のお品書きと値段が載っている。「タケノコ」「猫フード」「バイオ鱒」「ビーススチウ」……どれも一律1000円。4桁の大台だ!しかも念を押すようにしつこく「期間限定」の文字がでかでかと描かれている!これはきっと高級店だろう!私はトークンを見せつけるように意気揚々と入店した。
「ヤア。お嬢ちゃん、一見さんかね」
脂ぎった髪を撫で付けた店主が語りかけてきた。奥に鉄の容器の塔がいくつか並んでおり、表面に魚や猫など、食料と思しき絵が彫られている(また知らぬ技術を目にした)。恐らくあれが商品である缶詰なのだろう。
店の内部は比較的奇麗に整えられている。客席に敷物が置かれている、携帯照明が店の中をしっかり照らしているなど、丁寧なサービスも伺える。ふむ、好印象だな。店主がやや鼻につくが。
「ああ、初見だ。だが、食べる品は決めてきたぞ」
「ふむ、どれも一律千円だ。自由に選びなさい」
私はトークンを10枚カウンターに置き、やおら缶詰を指差す……猫の絵がプリントされた缶詰を。
「猫の缶詰を頼む」
「……ホーウ。お客さん……」
店主が片眉を吊り上げ、顎に手を当てて私を見た。……んん?妙な反応だな。まるで意外なものを見るような……。「猫フード」って、猫肉の缶詰だろ?在庫もかなり補充されているようだし、メジャーな食材じゃないのか?
ウウム、参ったな。なるべくここのネイティブらしく振舞いたかったが……よもや知ったかぶりであることがバレたか?
「……なかなかシブい選択をなさる!ハハハッ!」
おっと、明朗快活に笑ってくれたぞ。貶してはいなさそうで安心した。ふぅ、悪目立ちしたらここで過ごし辛くなるからな、危ない賭けだったよ。……にしても、シブい選択か。ふふふ、悪い気のしない言葉だ。
「そうかい。まあ、ネオサイタマ……に居た頃は、よく食べていたよ」
「物好きな人だ!それなら在庫はまだあるよ!これからもご贔屓にしてくれたまえ!」
「ああ……ああ、そうさせてもらう」
……あっ、返事を誤った。今回はたまたま豪遊しようとしただけで、リピーターになる予定なんてなかったぞ。調子に乗って口車に載せられてしまった。まあ、口約束みたいなものだし、強制力はないか。すまないな、店主にさん。私は貯金してネオサイタマに渡りたい身であるが故、二たび訪れる機会はないだろう。
「ヘイオマチ!」
そんなこともつゆ知らず、店主は「猫フード」を手渡してきた。鉄製の円柱型の容器に、猫肉が入っているのだろう。……開け方が分からないが。んん、表面に指を引っ掛けられそうな鉄の輪っかが繋がっていて、近くに外円に沿って矢印が印刷されているな。この向きに輪を引っ張れということか……?いかん、これ以上まごついていたら「猫フード」に不慣れであることがバレる。ええい、ままよ!
私は意を決し、輪に人差し指を引っ掛け、矢印の向きに引っ張った!
「フンッ……!」
体が強張る。意外と硬いぞ、これ!あと輪が指に食い込んで微妙に痛い!クソッ……開け方を間違えたか?いや、輪があり、近くに力の向きを示すベクトルが印されてるんだ。これで違うなら不親切なデザインの方に問題があるだろう!
「……イヤーッ!」
シャウトまで出たぞ、缶詰如きに。だがその甲斐はあった、缶詰は開いた。中には……湿って予めほぐされたささみ肉がぎっしりと詰まっている。おお、旨そうだぞ。平安時代、肉料理は希少だったからな……これを1000円で食える今は、良い時代だ。うん。
「やれやれ、大袈裟だな、お嬢ちゃん。無理しなくても、頼めば缶切りぐらい出してやれるのに」
店主が首を静かに横に振る。……缶切りっていうのもあるのか?まずったな、それは知らなかった、恐らく缶詰の開封を補助する道具だろう。次から正直に頼もう。
「いや……必要ないさ。お節介だよ」
しまった、アーチニンジャとしてのプライドが。
「フーム、それならいいがね」
……まあ、とりあえず缶詰は空いたし、食べるか。
食器の類はない。手掴みでこのねちょっとした肉を口に含む。そして咀嚼する。
…………。
味が薄い。塩気がない。なのに無駄に水分でふやけていて、これは……ま、不味いな……。湿らせたワ・シをそのまま頬張っているような気分になってきたぞ。だ、駄目だ。顔に出すな。先程「よく食べてる」と見栄を張ったばかりではないか。顔に出したら食べ慣れてないとバレる。もし店主に虚勢をずっと張ってたとウカツにバレてみろ。生き恥を晒すことになるぞ。
「……ッ……ウグッ……!」
「……」
思わずえずいてしまった。店主が訝しんでいる。まずい、今度こそ……!
「どうした、体調でも崩したか?あんまり無理するなよ。あと病原体はあまりバラ撒かんでくれ」
セーフ。ニューロン内のリル・アクタが胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。
私は呼吸を整え、缶詰を一旦テーブルに置く。
「いや、ああ……うん、そうだな。ちょっと食欲も今日は無かったかもしれん」
「おや、そうかい?じゃあ残しちゃってもいいよ。返金はしないからね」
「ウーン……」
参ったな。あまりに口に合わないものだから残してしまいたいぐらいだが、せめて高いカネは支払ったし、可能な限り栄養補給をした方がいいという気持ちもある。
とは言え、これ以上は本当に体調を崩しそうだ。今、この助け舟を断ったら、もう私は本当に完食しなければならなくなるぞ。……まだ缶詰の底も見えていないのに。
あまり悩める時間はない。答えなければ。
「……いや、この地域において栄養素は貴重だ。責任を持って頂くとも……」
……そう、食べる。私はアクタ・ニンジャだ。この程度の缶詰を逃げていては、アーチの名折れだろう!
「おお、生真面目だねえ。ハハハ、いい子だ」
クソッ、舐めやがって。私が完全に力を取り戻した際にゃ、貴様など指先一つだと言うのに。缶詰を与えたぐらいでいい気になるなよ!今、貴様は尊いアーチニンジャと会話しているんだからな!
……虚しくなってきたな。やめよう。
私は改めて缶詰に向き直った。さあ、完食するぞ……。
「あっ」
ここで気付いた。もう猫フードは正直に諦めて、ここからは代わりに300円のミソ・スープで腹を満たせばよかったのではないか?
……フゥー。やらかした。いや、まあ、勉強代だな、この猫フードは。それに貯金も必要だし。あとは……ああ、そうだ、そうだな!これはインガオホーだ!今まで散々私が甚振ってきたモータルやニンジャの怨念が、私に報復をしに現れたのだ!だからこうして猫フードを食べることを強いられていて……。
「……」
そんなわけないだろ。大体、怨念が私に雪辱しに来ているならば、今この状況全体がまさに辱めの最中だろう。参ったな。味方がいない、未来の見通しもない、地位は下の下……それに目の前のこの食糧もまずい。正気が着々と削られてきている自分自身を感じる。
「ドーモ」
「おや、ドーモ」
ノレンをかき分けて新たな客が入店してきた。男の声。こんな店に入ってくるとは、相当懐に余裕があるとお見えする。ふむ、私もアイサツぐらいは交わしておくべきだろうか。ここいらのコミュニティもお世辞に広いとは言えないしな。媚を売っておけば、後々資金を融通してもらえるやもしれん。
私は一旦猫フードの休憩も兼ねて、くるりと振り返った。入ってきた客の顔を見る。
「やあ、ドーモ、私はアッシュピッ……ッ!?」
……その瞬間、私は絶句した。恐らく男の方も、同じく絶句しているだろう。理由は単純だ。そいつの姿形に見覚えがあったからだ。
刈り上げの短髪に鉢巻を巻き、大柄な体格にほとんど襤褸切れめいた長袖の作業着と、手袋を着用している。
……つまり、こいつは……。昨日、私に最悪の屈辱を味わわせた、あの憎き男だったのだよ。
【続く】