アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記 作:コースト
A.黄金休暇っていい制度ですよね。
まず胸中に渦巻いたのは、どす黒い殺意だ。
アーチニンジャの邪悪なる意思が齎す、モータルに対する本能的な嗜虐心。アーチニンジャのプライドが齎す、モータルへの独裁欲。だがそれは、私の基礎能力が何故かによって簒奪されているのもあり、抑制することは可能だ。
だがこいつは、……理屈はさておき、私の頭を鶴嘴で殴りつけ、乱暴に放り捨てやがった、こいつだけは!
「……ッ!」
「ウオッ……」
拳が……出かけた。
「ハァッ……ハッ……」
呼吸を整える。血中を巡る憤怒を抑える。後先のない下らぬ激情を制する。ニンジャを抑制する。
仮にここでニンジャの暴虐性に身を委ね、この男をチリアクタ・ジツで殺したとしよう。その先に何がある?まずこのコミュニティに属する人間は、私に対等に接してくれなくなるだろう。ニンジャの存在に恐怖心をかき乱され、発狂、ないしショック死が妥当なところだ。その時はそれでいいだろうな。だが、あの人の多そうな都市でそれを行えばどうだ?
私はこの時代で自分以外のニンジャに出会っている。マスターヴォーパルにな。つまり、少なくともニンジャは絶滅していないんだ。あのメガロポリスにも、かなりの数が跋扈していると見て問題ないだろう。ニンジャ即ち、忍ぶ者。どれだけいるかは未知数。そしてこのサップーケイな地域でさえ秩序が崩壊しきっていないことを考えると、都市においてもニンジャは常に表立って暴れていられるような環境ではないと思われる。何かしらの……ニンジャを統制、ないし規制する組織が、存在する。罪罰影業組合のようにな。
この男を殺す。ニンジャの本性を現し、後戻りの効かなくなった自分は、あの都市においても同様の狼藉を働き、何かしらのニンジャ関係組織の顰蹙を買う。または……ナラク・ニンジャめいた始末屋だって現れるやもしれぬ。そうなったら……ノーフューチャーだ。
だから……抑える。必死に、懸命に。一触即発の、己の衝動を司る一側面を。
「……」
「嬢ちゃん。俺に人間関係を深く詮索する趣味は無いが、そいつとの喧嘩は控えて貰えるかな。面倒は御免だ」
店主が私を諌める。私は打ち震えながら振り上げた拳を何とか下ろし、座っていた席に再び腰を落ち着かせた。嗚呼、憎い。憎たらしい。だがこのフラストレーションを発散させたその先の見通しがない。それがまた悔しい。
「……」
「……ウーン」
暫く私はこの男を一方的に睨んだ。だがこの大柄な男の方は釈然としないように首を傾げるのみ。
「すまん。アンタ、誰だったかな?見覚えはあるんだが」
「なッ……!?」
思いがけず言葉を失った。私を覚えてないだと?!この期に及んでまだ私の神経を逆撫でするつもりか!お前は今、このアクタ・ニンジャの善意で生かされているというのに!
だが、それに続く発言もまた思いがけなかった。
「だがまあ、俺に対して怒っているってこたァ、何か前に気分を害させちゃったんだろうな」
「……」
「スマンな、覚えてなくて。昔から朴念仁ってよく言われんだ、俺ァな。だから、さ、許してくれよ。この通りだ」
「……」
今度は別の意味で唖然とした。何故か謝られた。ぼうぼうと燃え上がる焚き火を全身で包んで強引に鎮火するが如き、乱暴なコミュニケーションだ。だがなんと悲しいことか、本能的にモータルへの支配欲が燻るアーチニンジャの精神は、こんな杜撰な謝罪でもいくらかの優越感に浸れ、我を取り戻せてしまう。
……しかし、それでも満足していないぞ、私は。
「もっと……必要だろ。誠意とか」
「スミマセンデシタ」
……何だお前!その、まるで、適当に往なすかのような軽々しいオジギからのあっさりとした謝罪は!間髪無いし!そもそも自分が責められる謂れは無いはずだろう?プライドとかないのか!?ケジメやセプクまでしなければ減るものでもないから無問題とか、そういう思想の持ち主なのか!?
自分が言うのもアレだが……貴様は本当に朴念仁な奴だな!
「……ハァーッ」
ニューロン内に蟠っていた殺意を伴う憤怒が、むしろ呆然が勝ったことで深い溜息となって体外に放出されてしまった。終始この男に弄ばれているかのようだ。本当にやるせないというか、何というか……脱力する。
「店主=サンよ。ビーフシチューの缶を頼む」
男は簡略化した牛の絵が描かれた缶詰の山を指差した。あれが……ビーフシチューか。メニューに描かれていた「ビーフスチウ」のことか?
「アイ、千円」
店主が手を差し出す。男は懐を弄り、トークンを渡そうとする。
「マッタ!」
その手はインターラプトされた。無論私の仕業だ。店主と男の間に割り込み、男の代わりに十枚の百円トークンを手渡したのだ。
男は私を訝しむ。
「……何を考えている?」
「ハハハ」
私は勝ち誇ったかのような顔を作る。だがその裏側では冷や汗と後悔が滲み出ている。おい、何やってるんだ。貯金するのではなかったのか、その二千円は。短絡的で愚かな行動だ。冷静沈着な自分が咎める。だが、私には考えがあるのだ。とはいっても、大したことはないにはないのだが。
「借りが出来たな?なあ、アンタ」
「ハァ?」
「泊まらせろ」
……そう!ダル絡み作戦である!
こうなったら面倒臭い女を演じ、無理やりこいつと接点を増やして寄生してやる!強引に家に押し掛け、強引に関係性を作り、こやつにとってうざったいことこの上ない腐れ縁を築くぞ!それが血が流れず、周囲をざわつかせずに済むこやつへのベスト・リヴェンジ・メソッドだ!
……正直、鬼が出るか蛇が出るかもいいところの博打でしかないがな!
「ハッハッハッ。嬢ちゃん度胸あるねえ!オダイジン!」
「あッ、おい」
制止する男をよそに、店主は私のトークンを受け取り、高笑いと共に男にビーフシチュー缶を提供した。
「嬢ちゃんの御厚意により、アンタへの請求はナシだ!よかったなあ!」
「……いやだから、さあ」
「そうだ!今の私は懐が広い!ついでにこれも渡してしまおう!」
余計なことは言わせん!なんならダメ押しに中途半端に残ってる、中途半端においしくない「猫フード」も手渡してやる!恩と残りを同時に押し付ける攻防一体の妙手だ!喰らえ!文字通り!
「何だ何だ……そんな滅私奉公に。まあ、貰えるなら貰うけどな……?」
男は困惑しながらビーフシチュー缶を開けた。肉色の液体と大振りの肉が満ち満ちと詰まっており、芳醇な肉と香味野菜の食欲をそそる香りが私に襲い掛かってくる。空腹の私に。
ああ、覚悟はしていたが、いざその状況下に置かれるとかなり辛いな。そうだよ、結局私は碌に飯を食べられていない。たまたま寄った高級店で、貯めると決めた金を、それが食費ならまだいいのだが、よもや素知らぬ男に貢ぐとは!
だが、私に余裕がないことをばらしてはいけない。無反応を保つべし!無理をしているとバレれば、今までの空元気はふいになる!今は忍耐の時だ…!
「はァー、旨いなあ、こりゃやっぱ」
男の食べ方は豪快だ。缶に口をつけ、その液体を直接ごくごくと飲んでいる。塩辛く感じないのだろうか。だが、それにつけても……うう、兵糧責めというものはニンジャ忍耐力を以てしてもなかなか手強いな。手元にビーフシチューがあるならば、私も同じように口をつけて直接飲んでいたかもしれない。
おおっと……「猫フード」の方にも手を伸ばし始めたぞ。過剰に湿ったささ身を摘み取り、シチューがまだ残っているであろう口に突っ込む。
「お、キャットフードとも合うな、意外と」
「猫フード」を食べ、シチューを少しずつ飲み、を交互に繰り返す。彼の食事スピードは徐々に加速していき、ゴチソウサマと手を合わせるまで5分もかからなかった。
どうやらビーフシチューと「猫フード」は相性が良かったらしい。味の濃いシチューに味の薄い解れ肉の組み合わせだったからか?なんてことだ。嫌がらせのつもりだったのに。また自分の行動が裏目に出た。
だが、まあ、それはいい。結果オーライともいうべきか。こやつの目に、私は「ビーフシチューを奢ってくれた上、食い合わせのいい食材も譲ってくれたブッダめいた聖人」として映っているはずだ。暫くの間、多少の無理は通るだろう。
「ゴチソウサマ」
「おう、ありがとよ」
男が席を立ちあがる。その動作を、私は視線のみ動かして無言で追う。店主も敢えて口に出しはしないが、何かを促すような表情。それらを無視しようとしたからかは定かではないが、男がこちらに顔を向けるまで、僅かに間があった。
「……マジで泊まるのか?冗談ではなく?」
私は首を縦に振る。
「その代わり、スクラップ集めを手伝ってやる。定期的に缶詰も奢らせようか」
「マジか」
「だから泊まらせろ。私と
「……まあ、分かったよ……」
よし、言質取ったぞ!実質的な配下が出来た!思わず私は小さくガッツポーズを取った。
いやぁ、ハハハッ。よくやったな、アクタ・ニンジャ!ニンジャの暴虐性を自制し、プライドの暴走を抑圧し、よくぞ現代人と仲良くなった!こいつは貴重な人材だぞ。イブシ・ニンジャと再会できるまで、あの手この手を使って命令し倒して使い潰してやる!
え?まだ配下じゃない、むしろお前が居候で下の立場だって?黙れ!徐々にそうなっていけばいいのだよ!一朝一夕で築けるようなものでもあるまいし!
「よろしくな!ドーモ、アッシュピットだ!」
「テンション高っ……アー、イシハラ・ナガタだ」
流れるようなお互いにオジギ、からのアイサツ。イシハラ・ナガタだな!漸く名前が分かった!覚えたぞ!
「早速お前の家に案内してくれ!」
「いや……まだ日が沈んでないだろ。まだ全然、地面を掘る時間はある。どうせなら、まずはスカベンジがてらお互いを知ってもいいんじゃないのか?」
む、それは確かにそうだな。早とちった。今はどちらかというとお昼時の時刻だしな。
「じゃあそうしよう!案内してくれ!」
「あいよ……」
「オタッシャデー!またご贔屓に!」
店主が手を振って私たちを見送った。私とイシハラもオジギを返し、暖簾を捲って店を出る。またスクラップ集めに励むぞ!
さて、ネオサイタマに向かえるのはいつ頃になることやら!