えいりあん・ざ・ろっく!   作:galaxy

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音楽

 私の名は星野銀河。惑星リゾルートから来た調査員だ。

 私が地球に来てから、地球の暦で一ヶ月が過ぎた。この一ヶ月で、私は多くの事を学んだ。

 まずは地球の歴史。この星が生まれたばかりの頃は周囲の天体同士との衝突の影響でとてつもなく高温の液体で覆われており、生物の住める環境では無かったという。やがて衝突は無くなり、液体が冷えて固まることで地面が形成された。そこに大気に含まれていた水蒸気が冷えて凝縮されることで雨が降る。これが続き地球表面に溜まった水溜まりが海の原型だという。現在の海をこの目で見たが、濁っていてあまり感動は無かったな。宇宙船から見た青い部分は海だと思っていたのだが……周囲の天体から発せられる光でそう見えていただけなのだろうか。

 

「星野君、課題回収しちゃいたいんだけど」

「……ん、あぁ」

 

 意識の外から来た呼びかけに、私は一瞬だけ反応が遅れた。鞄から紙を取り出して目の前の女生徒に渡す。

 

「ありがとー……ってこれ、大丈夫かな」

「む、何か不備があったか?」

「……これ、字が汚いってレベルじゃないと思うんだけど」

「……字が汚い? 手本を見ながら書いたはずだが」

「嘘でしょ星野君。逆にどうやって書いたのこれ……」

 

 この星には様々な国と言語があり、現在私が滞在している国では日本語と呼ばれる言語が使われている。この日本語がとてつもなく難しい。文法、発音、抑揚、筆記体と学ばねばならない事が多すぎる。しかも国内でも場所によって言語が若干の差異があるというのだから、この星の文化は奥が深そうだ。

 

「日本語にはまだ不慣れでな。許してくれ」

「……まぁ星野君、留学生だし仕方ないかぁ」

「一つ質問しても良いか?」

「ん? どうぞ」

「この星にはスマートフォンやパーソナルコンピュータという便利な道具があるにも関わらず、何故手書きにこだわる? データのやりとりの方が早いだろう」

「え、いきなり難しい質問。うーん、何て言えば良いかな」

 

 そう呟くと、目の前の女生徒は一呼吸置いてから言葉を続けた。

 

「手書きじゃないと色々証明出来ないものがあるんだよ。ほら、データだと捏造とか簡単に出来ちゃうし」

「……確かにな」

「あと、手書きでしか味わえない良さっていうのもあるんだよ。筆跡にその人の性格が出るっていうか」

「……筆跡で相手の癖を見抜けるというのか」

「あとは……そうだな。友達とかに手紙を送る時、手書きの方が想いが伝わる気がしない?」

「そう……なのか?」

「うん、多分。星野君はそういうの書いたこと無いの?」

「手紙の執筆は経験に無いな」

「じゃあ今度書いてみたら?」

「……そうだな。検討してみよう」

「うん、それが良いよ」

 

 字の汚さについては教師に話を通してもらえるということで、女生徒は他のクラスメイトの課題を回収しに向かった。

 

「……手紙か」

 

 手紙。確か親しい間柄の者に要件を記して送るのが一般的だったな。だとすれば……。

 ガラガラと教室の扉が開き、そちらに目を向ける。そこには後藤ひとりが立っていた。

 彼女は私の視線に気が付いたようで、こちらに近づいてくる。が、本日の彼女は私のデータには無い格好をしていた。両腕に大量の輪を身に付けており、背中に背負っているのは……武器か? 

 

「お、おはようございます……」

「おはよう。後藤ひとり、その格好はなんだ?」

 

 私がそう尋ねると、後藤ひとりは目を輝かせて答える。

 

「あっ、これはバンドグッズと言いまして……!」

「バンド? 身体に巻き付ける装飾具か」

「あっ、そっちのバンドじゃなくてですね……あぁでも腕に巻いてるのもシリコンバンドって言って……や、ややこしい……!」

「お前は何を言っているんだ」

 

 私はそう呟くと、後藤ひとりが腕に巻いている輪をまじまじと見つめる。リゾルートの兵士が身につけている物に似ているな。ナゲールリングと言って対象に投擲すると一気に収縮して相手を縛り付けるという拘束道具だ。

 

「えっとwikiwiki……バンドとは楽曲を演奏する集団のこと……だそうです」

 

 後藤ひとりがスマートフォンを操作しながらそう呟いた。

 

「……楽曲とはなんだ?」

「あっ、えっとですね……歌とか?」

「歌? その詳細も求める」

「し、質問が多い……!」

 

 私が尋ねると、後藤ひとりは頭を抱える。そして少し悩んだ後、口を開いた。

 

「歌はその歌詞に気持ちを乗せて表現することです……」

「歌詞に気持ちを……」

「あっほら、入学式の時に校歌を歌いましたよね? あれが歌です」

「……あぁ、あの謎の儀式か」

 

 私の記憶領域にあの異様な光景が蘇る。この国の言語を謎の発音、抑揚で皆一斉に発していた。確かに声の重なりが所々で美しいと感じたが……あれが歌? 

 

「あれを歌というのか」

「えっ、あぁ……そうですね。はい」

「では、あの時壇上から何か音が響いていたのは?」

「えっと、ピアノの音ですかね?」

「ピアノ……とは、何だ?」

「あの、音を鳴らして楽しむ道具を楽器って言うんですけど、ピアノは楽器の一種なんです。あっ、私が背負ってるこのギターもそうでして……」

 

 そう言って後藤ひとりは背負っていたギターを私に見せてきた。あのピアノとやらも綺麗な音を出していた。このギターにも期待して良さそうだな。

 

「歌とか、歌詞が無い楽器の演奏だけの楽曲とか、それら全部をひっくるめて音楽って言うんです」

「ふむ……そのギターの音を聞かせてもらえないか?」

「えっ、ここでですか!? い、いきなり学内ライブはちょっと……で、でもいっぱい人が集まってきて廊下まで満員のオーディエンスが……ふへへ」

「人目が気になるのなら、放課後でもいい。何処か人気の無いところでどうだ?」

「あっはい、それでお願いします……」

 

 直後、予鈴が鳴り後藤ひとりはこちらに会釈をし足早に自分の席へと戻っていった。

 音楽か。これはリゾルートには全く存在しない文化だ。とても興味深いな。

 

 私は放課後を楽しみにしながら、本日も勉学に励むのだった。

 

 

 ◇

 

 

「ここが公園か。何やら様々な建造物があるようだが、あれは何だ?」

 

 放課後、私と星野君は学校から少し離れた所にある小さな公園にやってきていた。彼はキョロキョロと周囲を見回しながら、公園にある遊具やベンチを興味深げに観察している。

 ここ一ヶ月、放課後彼に付き合って町を散策する日々が続いていた。最初はデートかなって思って緊張したけど、彼はただ町の風景や文化に興味を示しているだけみたい。ドがつくほどの世間知らずなのだ。今では少し慣れてきて星野君のことは歳の近い弟の様な存在に思えてきた。

 

「あっ、あれは遊具って言って子供が遊ぶ為の道具ですね」

 

 私は星野君に説明しながら、空いているブランコに腰掛けた。それを見て彼も隣のブランコに腰掛ける。

 

「子供の為の道具なのに、我々が使っていて良いのか?」

「い、今は誰も使う人がいないので良いんですっ!」

 

 彼は不思議そうに首を傾げている。確かに子供用の遊具で遊ぶ大人は基本的には居ないだろう……。まぁ、例外もあるだろうけど。

 私がブランコをゆったりと漕ぎ始めると、星野君も真似してブランコを漕ぎ始めた。

 

「おおっ、これは凄いな。子供がスピードに慣れるための道具として使えそうだ」

 

 目をキラキラと輝かせながら、彼はブランコの勢いを楽しんでいる。……可愛いなこの人。

 

 そんな星野君を横目に私はギターを取り出し、六弦から順に音を鳴らす。彼はその音に反応し、足でブランコのスピードを弛めてこちらを見た。

 

「聞いたことのない音だ」

「あっ、今のがギターの音です。本当はアンプに繋いだ方が良い音するんですけどね……」

「アンプ?」

「あっ、アンプっていうのは……」

 

 私は知っている限りの楽器の説明を始める。彼は知識を吸収しようと真面目な顔で耳を傾けている。とても真剣な表情だ。

 

「……成程、弦が振動することで電気信号が生まれるのか。我々の技術ならば再現は容易だろうが、使い手の技量は……」

 

 説明を一通り終えると、星野君は顎に手を当てて考え込んでしまった。

 ……ん、待てよ。音楽に興味を持ってくれている今なら、私とバンドを組んでくれるのでは!? 

 

「あっ、あのっ、星野君! 私とっ!」

「あーっ! ギター!」

「!?」

 

 私が勇気を振り絞ってバンドに誘おうとした瞬間、公園の入り口からそんな叫び声が聞こえてきた。私はその方向に目を向けると、そこには金髪で小柄な女の子が立っていた。

 彼女は小走りでこちらに駆け寄ってくると、こちらの目を真っ直ぐ見つめて話しかけてくる。や、やめて、そんなに見つめないで……。

 

「それギターだよね? 弾けるの!?」

「えっ、あっ、あっ……」

 

 星野君とはまるで違うテンション。私は彼女の勢いに押されて何も言うことが出来ないでいた。

 その星野君はと言うと、女の子には目もくれず思考の海に潜ったまま。ほ、星野くぅーん! 早く来てくれぇぇぇ! 

 

「あっ、いきなりごめんね。私は下北沢高校二年の、伊地知虹夏だよ。よろしくね」

「あっ、後藤ひとりです……」

 

 私が小声で答えると、彼女はニコッと微笑み、今度は星野君に目を向けた。

 

「えっと、君は?」

「しかしギターだけでなく様々な楽器に触れておいた方が……うぅん……」

「お、おーい……?」

「……ん? なんだ、お前は」

 

 ようやく星野君は虹夏ちゃんの呼びかけに反応して顔を上げた。そして先輩にお前呼びはやめよう!? 

 

「すっ、すみません、この子まだ日本の文化に不慣れなものでしてっ!」

「あっ、もしかして外国人さん?」

「少し待て、会話ログを確認する」

 

 眼鏡のフレームをカチカチ押すと、前みたいにホログラムが映し出された。会話ログってことは、もしかして眼鏡で全部録音してるってことなのかな? 凄い機械だなー。キャラ作りに余念が無い、厨二病の鏡みたいな人だ。横では虹夏ちゃんが何事だと驚いている。

 

「……高校二年、伊地知虹夏。この国では自分より学年が上の者には敬語なる言語を使うと聞く」

 

 ホログラムが消えると、星野君は立ち上がって虹夏ちゃんの正面に立つ。

 

「初めましてです。私は秀華高校一年の星野銀河ます。よろしくお願いしですます」

「ですますの使い方が凄い適当!?」

「ごめんなさいです。敬語はまだ勉強している最中ます。大目に見てもらえると嬉しいですます」

「なら無理に敬語使わなくても大丈夫だよ。一個しか違わないしね」

「む。……そうか、それは助かる」

 

 虹夏ちゃんがそう言うと、星野君は僅かに口角を上げた。

 よ、よし。星野君が相手をしている内に私は……! 

 

「私、バンド組んでドラムやってるんだけど、ひとりちゃんはギターどれぐらい弾けるの?」

「ぎくぅ!?!?」

 

 に、逃げようとしてたのがバレたっ! どうしよう!? 

 ……え、バンド!? この人今バンド組んでるって言った!? 

 

「えっ、あっ、ギターは、そこそこかと……」

 

 私はたどたどしい口調でそう返す。すると虹夏ちゃんは目を輝かせながら更に一歩こちらへ近づいてきた。

 

「お願い! 今日だけサポートギターしてくれないかな! ギターの子が突然辞めちゃったの!」

 

 な、なんですとぉ!? それは大変! でも……。

 私はちらりと星野君を見る。すると彼は私の視線に気付き、小さく頷いてくれた。代わりに断ってくれるようだ。バンドしたいけど、いきなりライブはステップ飛び越えすぎだし。

 

「後藤ひとりは、この星の文化について私に教えてくれている。先程は音楽について教わっていたところだ」

「音楽について学びたいならライブを見るのが一番だよ!」

「……ライブ?」

「色んな人が楽器を持ち寄ってお客さんに演奏を聞かせるの! きっと銀河君も楽しめるよ!」

「そうなのか」

 

 すると星野君はこちらを振り返る。

 

「伊地知虹夏。後藤ひとりが手を貸せば、私はライブを見ることが出来るのか?」

「うん!」

「後藤ひとり。私はライブというものを見てみたいぞ」

「ひえぇ……」

 

 この裏切り者〜! と内心叫んではみたものの、初めて出来た友達の頼みだしなぁ……断れないよなぁ……。

 

 私は仕方なくサポートギターの依頼を引き受けたのだった。

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