秋田新幹線「こまち」東京-秋田殺人連鎖   作:新庄雄太郎

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そして、1人旅をしていた女は角館へ来ていた。


第4章 角館

暫くして、彼女は新幹線「こまち」に乗った後に、角館で途中下車していたのであった。

 

「久しぶりに着てみたわ、前に来た時は「たざわ」に乗って秋田へ行ったから、今年からは新幹線に乗って秋田へ行けれるなんて夢にも思わなかったわ。」

 

深い木立と重厚な屋敷構えが今もなお藩政時代の面影を残す町、角館。東北の小京都と呼ぶのにふさわしい風情を、町全体に漂わせた桜の名所です。

この町は1620年(元和6年)角館地方を治めていた芦名義勝によって造られました。豊かな仙北平野の北部に位置し、三方を山々に囲まれ、西は桧木内川、南は玉川に沿った地形で、城下町を形成するのに最も適した場所でもありました。

 

角館の町並み

城下の縄張り(設計)として最も注目されるのは、南北に延びる町の中央に土塁を築いた「火除け」を設け、武家居住区の「内町」と町人居住区「外町」とに分断したことです。武家屋敷は生活の場所であると同時に、ひとつの城郭を成していると言えるでしょう。

 

古城山山麓の国道46号から火除け前までの通称「武家屋敷通り」と呼ばれる区域が、昭和51年9月、重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

 

「久しぶりに着たわ。」

 

そう言って、女は角館を観光することにした。

 

石黒家(市指定史跡)

 

石黒家は佐竹北家の用人を勤めた家柄で、家伝によると嘉永6年(1853年)に現在地に移転したとなっています。

薬医門には、文化6年(1809年)日付の矢板があり、門を入ると起り破風に懸魚のついた正玄関と脇玄関があります。主屋は萱葺で庭に築山、巨石、モミの大木、東屋があり、武士の格式を示しながら、簡素なたたずまいを呈しています。道路面にはのぞき窓を付けた黒板塀がめぐり現存する武家住宅の中でも最も古いものです。

 

「久しぶりに、桜を見たわ。」

 

と、女は桜を見物をするのであった。

 

「おお、やっと桜が咲いたか。」

 

「ええ、春の角館へはいつ見ても桜はきれいですわ。」

 

「まぁ、あなたも角館へ来たんですか。」

 

「あ、はい、次の日に私は秋田から青森へ行くんです。」

 

「そうですか、じゃあ秋田から青森へは特急で乗って行くんですか。」

 

と、旅行していた夫は言った。

 

高山は、角館で春のみちのくを楽しんだ。

 

「僕は次の日には秋田で五能線に乗って、観光巡りをしようと思ってね。帰りは青森から「はつかり」と東北新幹線「やまびこ」に乗り継いで東京へ帰るんですよ。」

 

「そうなんですか。」

 

「はい。」

 

そう言って、次の日に高山は秋田から五能線に乗って観光して、青森から特急「はつかり」に乗って盛岡で東北新幹線「やまびこ」に乗り継いで東京へ帰京しました。」




そして、事件が起きた。
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