第一話「新人と新人」(1)
「僕は……僕はね、すごく、凄く悲しいんだ」
黒く美しい髪を血にべたつかせながら、青年は振り返った。炎に包まれた、うっそうとする遺跡の中で、彼は剣を強く握り駆け出す。
「今この瞬間も、苦しんでいる子供たちがいる。世界は一つになれないけど、でも、世界が全部ちょっとずつだけ平和になることぐらいは……できるはずで、」
「何、を。」
「あっはは、君、そんな鈍感だっけ? ……僕のカトレアはそろそろ切れるっぽいんだよね」
敵を切り伏せながら、突き進み、爆発が巻き起こり。言葉をかけられた女は、当惑しながらも立ち上がって、剣を向ける。しかし青年は、ただ早く逃げろと促す。
「僕はね、遺言を残してる最中なんだぞ。……君がそれを伝えてくれなきゃ」
「やめて、駄目ですイチム! 今ならまだ退けば、」
「今退いたら、みんなのところにこれが来るわけだろ?」
鎌首をもたげた、苔の塊のような巨獣。青年は……イチムと呼ばれた青年は、青いリボンを揺らして笑む。
「遺言の続きなんだけど……うん、そういう、穏やかな世界のためには、ガーデンの技術たちがきっと必要だ。だから、さ」
炎へ、その歩みと剣を進める。
言葉にも背中にも、さよならはない。崩落する遺跡の中で、彼は。
「頼んだよ、ジーリオ」
手向けにカトレアを
前線拠点編 第一話
「新人と新人」
いつも、彼女は「私達はかつて騎士の家系だった」と聞いて育ってきた。
クロエ・エレムルスは、騎士である。
誇り高き騎士である。なりたての騎士である。まだ書類上の騎士である。
「見ててね……お父様、お母様。私……騎士として頑張るから……!」
田舎の父母を想い、拳を握る。叔父や叔母、親戚たちの顔も浮かぶ。
酒を片手に、鍬を片手に、木箱を片手に。そんな姿ででも、家族たちは笑って語ってくれたのだ。
平凡な暮らしを軽んじる気はない。ただただ、騎士の姿に憧れた、そういうことなのだ。
船の上で、三つ編みの女クロエは期待に浮足立っていた。どこか落ち着かず、うろうろしながら180を超える体長とガタイでそこかしこをぶつける。
そのたび少し船員にすみませんと呟きつつも、それが冷や水として心にかかってしまわない、その程度には、彼女はワクワクとした様相であった。
「おめでとうございます。」
港で彼女を出迎えたのは、団長……ジーリオ・オブ・アクエイディアだった。
クマの残る顔で、すこし冷えたような鋭い目つき。それでも笑みは柔和で、クロエに歓迎の様子を見せた。
「造園騎士団にようこそ。」
「はい、よろしくお願いいたします!」
ジーリオの差し出した手を強く握り、頷く。力の入りすぎた手と若干痛そうにするジーリオを見て、すぐさま謝罪の姿勢に入るが、彼女は別に構いませんよと、手を振って笑う。
「それでは……こちらに。」
ジーリオが案内する先は、暗い室内。いきなりこんなところに連れてこられるとは思わず、少し困惑する……が、そこは素直な彼女。
何か目的があるのだろうと、その後についていく。
果たして、それは本当だった。
「……これ、は」
「"カトレア"です。」
どこか怪しく光る花に照らされ、どこかジーリオも妖しさを帯びる。
つばを飲んだクロエを前に。ジーリオは自らの手を差し出す。
「この腕……私が言うのもなんですが、綺麗でしょう。いやまあ、肌荒れやシミはあるかもしれませんが……。」
「お綺麗、ですが」
「まあ、おだてていただきたいわけではなく……お伝えしたいのは、かつてここがひどく焼けただれたことがあるという話なのです。」
曰く、この花の力で治癒したのだと。
「もう少し、摂り易い形には加工するのですが……初めてぐらいは、自らがガーデンの神秘に生かさる身になることを、知っていただこうかと。」
「つまり……」
「ええ、食べてください。清潔ですのでご安心を。まあ、無論気は進まな」
「いただきますッ」
「あ、潔いですね……。」
言い切る前に花を口に放り込む姿に少し驚きつつ、笑む。田舎の方の出身だとは聞いていた。農業が盛んな地域でもあると。
エディブルフラワー……まあ、いわゆる食用花なんかもなじみがあるのかもしれないと、そんなのんきな納得もある。……ともあれ、彼女は"カトレア"を飲み込んで、自らの手を見る。変わった様子はない。
「ええ、と……」
「実感はわかないでしょうが、いずれ嫌でもわかります。……とても頑張らないと、死ねない体であること。」
今一度つばを飲む彼女を招いて、ジーリオは歩み出す。
生まれ故郷や、騎士を目指した経緯……軽い雑談を挟みながら、彼女らは階段を上がっていく。少し騒がしく、遠巻きながら、意外とにぎやかな場所なのだなと、クロエはそんなことを考えて。
しかし、そんな雑然とした思考をふっとばす風景が、突如飛び込んでくる。
「あなたが探索することになる、ガーデン。……その姿です。」
「……!」
巨大な森たちの中に、文明らしき跡たる石と木の建物たち。中には花畑のような場所や、湖。なぜか雪が積もっているらしき場所など、目まぐるしい情報量が襲ってくる。
それでも、ただ一言。「雄大」と表し切ってしまえる景色であった。
「20年前……つまり、あなたが生まれるほんの少し前、このガーデンから結界が失せその姿を現した。そのことは知っていますね。」
ゆっくり頷くクロエを一瞥し、ジーリオは続ける。
「その日から、
ジーリオは、何かを思い出すようにうつむいて。
そしてまた、眼下のガーデンを見つめる。その手の剣は強く握られ……。
「ですが、私はこの地に残る技術が、世界に穏やかな平和をもたらしてくれると信じています。……そのお手伝いを、頼めますか?」
「……はい!」
私はこの世界を救う騎士になるのだ。
クロエはそんな喜びと使命感を詰め込んで、ジーリオの目を見つめる。自分より小さな女性であるはずなのに、その背にはあまりにも大きなものとあまりにも多くの者が背負われているのだと、強く実感する。
「制服、作らせたものを後程送ります。家は給料で購入や借りるなどしていただくことができるんですが、まずは新人の方の寮へ。ご案内しますよ。」
「ありがとうございます!……これから、お世話になります!」
改めて深々と頭を下げるクロエ。
内心ジーリオは、ここまで礼儀正しい人物も久しぶりだなと、周りへの呆れ半分クロエへの期待半分で考えるのであった。
「うらやまし~っス、団長のお話、一対一で聞けたって事っスもんね。今の時期に新人なんてあんまりないからなんでしょーけど……」
「そうか……確かに光栄なことだと自覚せねばならんな」
寮で出会った少女サリスは、浮足立った様子で語る。
「でも、ふふん、早くもウチも先輩っスね!」
「あ……ああ、そ、そっか……。すみません、その、私より若い、ようで自然と敬語が」
「え? あ、それは気にしなくていーっス! 造園騎士団って、隊長とか団長とか以外は……序列って、ぼんやりしてるんで……」
「そうか……え、そんなものなのか!? 騎士なのに!?」
「え? まあ、なんか……そうみたい? っスね」
なんだかぼんやりした人である。何か月か先輩であるのに早速頼りなく感じ、新人はこんなものかと、気が抜ける感覚。
だらしのない子なのも仕方がない、少しとはいえ先輩にこんなことも想うのもよくないが、これからどんどんと騎士らしくなっていくのを期待しよう。そして、私もいつか……。クロエは、先ほどもらった(おもに胸の)サイズの合っていない制服を見つめ、意思を固めるのであった。
まあ、あえて言及することでもないのだろうが……。
クロエのその理想は、翌日の初任務で、早速ぶっ飛ぶことになるのだが。
「今日も美しい俺ちゃんがやってまいりましたよっと……」
「え? あぇ、え、何?」
任務との事で、少し緊張して座していたクロエの元に突如かがやき。
妙にキラキラしたオーラを纏ったド派手な男が戸を開けたのだ。寮ではなく待っているよう言われていた部屋なので不審者の線はないのだが……。
「あ、たいちょー!」
「……隊長!? この人が!?」
「お、君が新入りのクロエ君だったかな? ラッキーだね、初任務で俺ちゃんと同行だなんて……! まあ、なかなか強そうなイケイケレディだし……もしや必然、ってワケ……」
「は、え、何が、」
完全に固まるクロエをよそに、サリスもキラキラと隊長をおだてる。異常な光景だ。
顔をひきつらせたクロエを一瞥して、「やっぱり変ですよね」という視線を向ける桃の髪とメガネの青年。クロエは、どこか安心したように青年に近づく。
「クロエ・エレムルスです」
「……僕はオヴィです。よろしくお願いしますね」
「あ、おっと、俺ちゃんの名を紹介するのを忘れてたね……素敵なレディ相手に失礼をしてしまったかな! 俺ちゃんはアドーネ・アドニス。美しき、」
「あ、あ! ウチも一応! したっスけど! サリスっす!」
ひとまず自己紹介を終えて、クロエは未だ混乱の中。どうにか意見の合いそうなオヴィに近づいて、若干助けを求めるような視線を向ける。
オヴィは仕方ないなとばかりに、近づこうとして、その時。
「見つけたわ」
「……ナイトロナ解体部隊長? 僕がどうかしました?」
長い緑髪の女性が、オヴィの前に立ち止まる。物静かな女性だが、どこか、緊張感のある面構えで……。瞬間、アドーネの唾をのむ声が聞こえた。
「えーっと、コルニカ君、俺ちゃんたち」
「小型機械の捕獲任務。……二日前の、奴。」
女性こと、コルニカ・ナイトロナの視線は、依然オヴィに向いている。状況の呑み込めないクロエをよそに、じりじりと彼女は迫る。
指をゴキゴキと、品のない鳴らし方をしながら。
「研究用の捕獲で、……上手くいけば、私の武器が増えた。」
「はい。……えっと、もしかして、」
「邪魔を、したわね? ……それも、やめてって、言ったのに……その場で思いついた……組み合わせをどうしても試したいと」
いささか面倒そうに視線を逸らすオヴィ。たまたまその先に居たクロエは、困惑と同時に「マトモかと思ったら命令違反をするようなたちなのか?」と、疑わしき視線。
言ってしまえば、オヴィはそういった問題行動の常習者。なにも言い訳はできない。
「え〜、いやいや、でもほらなんていうか出来るからには試さないと損失で、」
いや……言い訳は結構する方と言えるか。
「……つまり」
「つまり?」
「作戦成功……私の指揮と作戦と、装備の破壊力以上は、軽んじていいって事ね?」
「え? いえそういうつもりではな、」
コルニカの返答は拳。
とっさに避けたオヴィにせまり、コルニカはさらに拳を固く握る。
「つまりそれは私を愚弄してるって事ね?喧嘩を打ってるって事でいいのよねどきなさいアドーネ捕獲部隊長このままじゃあなたのメンツもつぶれるのよ調子に乗らせると私たちが」
「ちょ、ちょっと待って? コルニカ君やめたげて!」
ぶつぶつと呟き走り出すコルニカと、逃げるオヴィ。さすがに見ていられずに駆け出すアドーネを見て、サリスはニコニコ。
クロエの顔は引きつったままだ。
「なあ、まさかとは思うんだが……あれが日常茶飯事な、わけでは……」
「ああ、安心していいっす」
「……ふう、まあ、誤解が」
「オヴィさんはコルニカさんより団長と隊長に怒られてることが多いので! レアケースっすよ!」
「……は、はは…………」
ともあれ、今日この日、クロエは自らの理想とする場所はここではないと思い知ることになったのであった。
___団長が、話しかけてきた。
「……布の色、」
___紫。
「ああ、やっぱり変えられましたね。お似合いですよ。……ああそうだ。今回の人事関連でサインいただきたい書類が。ここで大丈夫ですか?」
___リン
___アゾット
「……はい。ありがとうございます。」
___答えよう。
「いえ、サインするだけですし?」
「まあ、場所がこんな廊下なのは申し訳ないのですが。そうそう、人事課のお仕事として、本日はヘレニウム隊について行くんでしたね。」
「はい。新人さんがついていく関係で、僕も」
「クセの強い人たちですが、仲良くしてあげてください。」
「もちろんです。……僕は、ここで」
「ええ、頑張ってくださいね。」
踵を返す、いささか前髪の長い青年……リン・アゾット。
向かう先はヘレニウム隊の執務室だ。……まあ、今のところ、大騒ぎなのは想像に難くないであろうが…………。