手向けにカトレアを   作:さわたり

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第六話「狂い出す歯車」(3)

「これはね、アドーネ隊長からもらったものなんだ」

 

プラニスは、その手のサングラスを持って語る。

 

「私の……大切な居場所だった。私、アドーネ隊長、サフラン。楽しかったよ……サフランとは、あの時のこともあって今の方が仲はいいけどね」

 

彼女が視線を送った先は、棚。いろいろなサングラスが、飾られている。リンは腰かけた椅子からそれを見つめ、ゆっくりと頷く。

ぼんやり、明るく光るプラニス。

 

「アドーネ隊長は、たまに私を気にかけてくれるんだよ、ね。……まあ、リンちゃんには知った話だろうけど」

 

「……うん」

 

「今の私の居場所は、インパチェンス(ここ)にある。私は、すっごく……恵まれてる」

 

ここまでは、どこか自分に言い聞かせるようで、

 

「サフランには、感謝してるし」

 

これは、むしろ本心のように感じられる。

 

「研究に忙しいのは、喜ばしいけど心配だね」

 

「っふふ、だね」

 

リンは、一応人事官としてそれなりに多くの人を見てきた。ある程度、どういう意図でものを言っているか、人よりは分かる。

だが、プラニスは、いつにも増して分かりやすかった。テンションの低い……正確には上げないようにしているその声色。彼女は、表情でもってその感情を表明する所がある。

 

帰って来たばかりの彼女は、混乱と恐怖、そして精神的な不安定、全てが混ざった爆弾のような人だった。……今もそれは尾を引いて、楽しくなると周りが見えなくなってしまう。だから、声色を抑えて表情や光で感情表現をするようにしているのだ。

今日は、声色もうっすらと違って感じる。リンやサフラン、あと、たぶんアドーネぐらいしかわからない、微々たる差。

 

「……任務は、出来そう?」

 

「体も気分も上々だよ」

 

「よかった」

 

リンの案内する先、小さな会議室で、ドゥーゲンは剣の手入れをしていた。

 

「ドゥーゲンちゃん。……フーシェ隊長、まだ大変なんだね?」

 

プラニスの長所は、観察力。顔色でリンともども察し、ドゥーゲンの頷きを受け取る。

 

「俺は行けると言い出しましたが全然立てていません。復活にまだ数日はかかるかと」

 

「……そっか、じゃあ今回の探索は君たちを中心に行うことになりそうだね」

 

「はい。内容は確認しました。今からでも行けますよ」

 

プラニスとリンが目を見合わせると、頷いた。

 

任務はシンプルで、以前の遺跡の周辺の捜査。ユリと交戦しソルツに向かった黒百合たちの存在もあって、警戒態勢は厳重。眼の剣をソルツの戦闘員もいくらかいる。……クワコの影を、濃ゆく感じる。

 

「グリセレ監察官以上の威圧感だよなあ……」

 

「ごめんね、私の責任もある」

 

「まさか。プラニスは悪くないよ。ドゥーゲンだって、案じてもらえてるんだ、君にだってその権利はある。疑いが晴れるようにどっしり待ってようよ」

 

「うん、ありがとう」

 

「そうです。ソルツの上層部の人たちだって、悪意で僕たちを疑っているわけではないでしょうし」

 

「……そうだね、ふたりとも、ありがとう」

 

プラニスの笑みや声、そして、コミニュケーションは、どこか人を安心させる力がある。実情としては、彼女がそうなるよう全力で振る舞っているのだが……。

ともかく、リン、プラニス、ドゥーゲンは皆癖のない性格ゆえ落ち着いた形で探索は進む。

 

「遺跡自体は封鎖しているね。もうすこし……落ち着いてから本格捜査するのか」

 

「まあ、ただの保管庫っぽかったみたいだし……優先はされなさそうだね」

 

「とはいえ、黒百合の面々が構えていた以上何かがないとも限りませんし。……それに」

 

ソルツのメンバーと造園騎士が何かを話しているようで、結果として、何かを却下されたようだ。騎士はため息とともに、遺跡を離れる。

 

「……ソルツの目があって、動きづらいのも事実ですね」

 

「そうだね。一番いいのは、やっぱり……あいつらを捕まえること」

 

「そっか、だからここを……。対人部隊も来るとか言ってたっけ? まあ……やっぱ、もし黒百合とつながってたら、ソルツは止めたいよな」

 

妙に人が多いのも納得である。

 

指示があったエリアは遺跡から東の方。動物が少ないだとか、開けた場所だとか、そういう事情もあり、戦闘力は低いが観察力は高いチームを向かわせたのだろう。

 

「遺跡のパーツらしきものは多いね」

 

「埋まってる、って事ですかね」

 

「発掘はちゃんと準備しなきゃだし……とりあえずこの辺の内容は記録しとこうか」

 

録の剣を握りつつ、あたりを見渡す。紙に書いてもいいが、この方がやりやすい。リンも己が録の剣に慣れてきたことを喜ばしく思いつつ。

 

そんな穏やかな時間も終わる。

 

一足早く気づいたのはドゥーゲン。理由は二つ。彼の足元に穴が開いたから。もう一つは、『地面がコウモリになった』から。

引きずり込まれる、地下の遺跡。がむしゃらに剣を振るも、がれきで作られたコウモリを砕く、それ以上の意味を成さない斬撃ばかり放たれる。

遅れて飛びこむリンとプラニスを背に、コウモリだった天井が埋まり、暗闇の地下が作り上げられる。

 

「コウモリ型はよォ~~……カッコいいだけじゃあねェんだよ!!」

 

放たれたのは金属のコウモリだろうか。一気に三人の肌を引き裂き、プラニスは焦りながら光を放って対応する。プラニスは、事故があってから、己の身体を光らせることができる。

場所は違うから関係はないだろうが、ちょうど、こんな感じの場所だ。カトレアを精製した燃料のタンクでおぼれたことがきっかけだった。

 

「あ~……プラニス・プレイヤーは光るんだっけ? 油断ポイントいちィ~。反省ポイントもいち」

 

呟いたテルトは、小さな機械から火をおこし己の指を焼く。

 

「なにを、してるんだ……?」

 

「あっづ……あーくっそ、いでェ……。悔しいなァ、ぶっ殺してえわ……でもこれで忘れねえ、プラニス・プレイヤー、てめえの分の反省はよォ~く、体にしみ込んだぜ。痛みは慣れちまったからな、熱だ、熱で悔しさをブチこむ!」

 

機械をしまうと、構えなおし、そして駆け出す!

 

「どォりゃ!!」

 

「っ!」

 

「隙がねえと思ったな? ビビったな? じゃあオレの負けだ、オレは油断のなさを悟られた、これ自体も油断だァ!!」

 

放った斬撃を防ぎ、ドゥーゲンは水晶をコウモリに変えられながらも下がっていく。コウモリ一つ一つに放たれたプラニスの短剣めがけ地面から水晶をブチ当て、閃光を放つ。

……だが、それは想定内らしい。光の中、テルトは駆け出す。サングラスに視界の守られたプラニスがその相手。

 

「っぐ、」

 

「コウモリに導いてもらえばそれで十分だァ! てめえが光ることは覚えたしその武器もどうせ光る! もう油断はしねえ、宣言通り!」

 

短剣との剣戟が始まり、押されるのはプラニス。当然だ、星の剣の本来の使い方でもないのだから。そして、剣そのものではないがゆえにコウモリ変化が有効。手から光の短剣が消え、背中の星の剣から生み出す、その隙は大きい。

 

「……。」

 

「出せるもんなら出してみなァ!! 星の剣を……っと、あー出たよ悪い癖」

 

炎で、今度は耳をあぶる。

 

「出さねーでくれよ? そうだ、隠し玉とかそーゆーのを舐める、分かってる、オレのダメなとこだ……レレルに言われるのはシャクだけどよ」

 

「なら、見せてあげようかな」

 

「させっかよ!!」

 

プラニスは星の剣に手を伸ばし、伸ばして……。警戒して距離を取りつつコウモリを使うテルトを前に、『使うぞ、使ってやるからな』と匂わせる牽制。

 

「……」

 

「逃したなァ使いどころをよォ!」

 

読み合いに負けたのは、プラニス。ドゥーゲンの割り込みでどうにか防げたが、それが無ければやられていた。細い声で謝罪を述べながら、プラニスは短剣を投げ続ける。

 

「ドゥーゲン、下半身を狙って斬りこんで!!」

 

「くそッ、お前に指揮の時間はやらねえつもりだったんだがな!」

 

そこも油断はしないらしい。ドゥーゲンの水晶を斬って散らした後、翼をはためかせみなリンを狙う。眼の剣でいなしつつも、リンの集中力は削がれていく。

 

「だがオレの癖の言語化をどうも!」

 

脚を水晶に包まれたテルトだが、親指を剣に這わせ体と血液その他体液のコウモリ化。腕が一瞬空を飛び、ドゥーゲンの喉を蝙の剣がぶち抜く。

 

「っが、」

 

「油断はしねェ~……オレが勝つが、マジで勝つ瞬間まで気は抜かねえぞドゥーゲン・モリオン!」

 

「ぶぐっ……僕、を」

 

「てめえに煮え湯飲まされたからなァ!」

 

プラニスの短剣と、リンの決死の切り付けが、テルトの背中を切り裂く。ブチ切れて斬り払おうとするが、それでも油断はしない。

徹底して、ドゥーゲンを行動不能にすることを、狙う。

 

カトレアを食べた騎士の撃破方法は『無力化と拘束』がワンセット。バラバラにできる蝙の剣は、そういう意味で最も嫌な剣と言える。

 

「っ……。」

 

プラニスは、星の剣に手を伸ばし。上がりかけた口角をごまかすように唾をのみ、剣を構え、逡巡。

 

「っは!」

 

だが、振るうことは選ばなかった。剣を弓に見立て、短剣を放つ応用の一撃。テルトの頭部をぶち抜くが、それでも止まらず、ドゥーゲンに一撃を……。

 

「いや、追い詰められたふり、だな? 顔で分かったぜ、前と同じウソくせェ顔だ!」

 

テルトが距離を取ったその瞬間、天井が水晶にぶち破られる。手が届かない場所にある天井に、なぜ水晶が? テルトはすぐ答えが分かった。

 

「……そうか、落ちる瞬間にコウモリを斬ってた。天井の岩で作ったコウモリだ。今発動させたな? ンなのありかよ」

 

「ずっと水晶を制御しなきゃいけないから、負担はあるけどね」

 

ドゥーゲンの腕が、水晶まみれになっている。

 

「だが逃げるってわけじゃねえ、仲間を呼ぶ気か!」

 

「正確には、もう呼んだよ。水晶が目印になったみたい、狙い通りにね」

 

不敵に笑うドゥーゲンを、前に。陽光に包まれ、人影が現れる。

 

「暗闇に引きずり込む。まあ、よく考えたとは言えないチンケでショボくさい作戦ですわ」

 

まず目立つ、金色の豊かな髪。高貴さをまとい、ローゼ・ラ・グレッグスが着地する。

 

「何とでも言えよ、オレはもう油断しねえ」

 

ドゥーゲンはプラニスとリンの前に立ち、護衛の姿勢。戦いは任せるようだ。

 

「っはァ!!」

 

「なるほど、暗闇の中という優位を活かしますのね。先ほどの構えふくめ、油断しないというのはテキトーをぶっこいてるわけでもないようですのね? ……です、が」

 

ローゼの突きは、テルトの胸をぶち抜く。そして、(ぬき)の剣の高速回転と衝撃波が、胴体をブッ散らかす。

 

「っぐぁあ!!」

 

「っはァ!」

 

「こいつマジで油断も隙もねえ!!」

 

回転での追撃はコウモリ化でどうにか防いでいたようだ。改めてテルトが切りかかるが、全てを軽くいなし、剣を起動させながら払えば、回転の産む衝撃がその剣のリーチを引き上げる。

的確に、テルトの足を傷つける。

 

「っ……」

 

「油断がないのは事実ですわね。多少あっても、そこを狙えばだれでも勝てるような……そんなアホらしい隙ではありませんわ。相当に慣れてはいるようで」

 

「だから何だァ!」

 

「教えて差し上げますわ。どんだけ油断を消そうと、勝てない圧倒的な壁があり、それを前にすれば油断など塵芥同士の背比べでしかないことをね」

 

テルトの斬撃も、コウモリも、当たった気配がない。次の手、次の手と繰り出すうちに、どんどんと、それが……"終わり"が迫っていることを、彼は感じ。

 

「っがああ!!」

 

「最後の抵抗に関しては感心しますわ。ただのカスでもないことは確かでしょうね」

 

言いながらも、体の大部分を今度こそバラバラにされ、彼女の指示ですぐにどんどんと拘束され……。勝敗は一瞬で、そして、点数で言うなら100-0ぐらいの温度感で、終わる。

 

「クソ……ドゥーゲン・モリオン、てめえ悔しくねえのか? 前のほぼドローの戦いからよォ、オレがせっかく挑んできてんだぞ? それなのに最初っから仲間を呼ぶことが戦術とはなァ」

 

「悔しくはないですね」

 

あっけらかんと、ドゥーゲンは言う。本当に、微塵も悔しくなど無さそうに。

 

「だって、これが僕の仕事で、僕のやり方。僕の場所です。フーシェ隊長の補佐をするのと同じことだ」

 

「……ああ、そーかい。でもな、てめえらの目論見は分かってンだわ」

 

テルトは身をよじり、剣で頬をブッ刺し、逃げだす。まあ、出来たのは首だけ。証言という観点では完全に取り逃したが、少なくとも蝙の剣に手を焼くことはなさそうだ。

 

「……お疲れ様ですわ。大丈夫かしら?」

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

年下だが、先輩。プラニスはローゼに丁寧に頭を下げると、ふらふらとリンのもとへ。

 

「……ごめんね、私は十分に補佐をできていなかった」

 

「うん、大丈夫。僕もうまくいかなかったし。……でも、その、聞いていい?」

 

「うん」

 

「星の剣を使わなかったのは、どうして?」

 

プラニスがリンの方を見ないまま少しうつむき、髪の毛がぼんやりと光り始める。

 

「あれを使ったらどうなるか、リンちゃんは知ってるでしょ?」

 

「テンションは変になるけど……この状況ならそれぐらい良いんじゃない? まあ……使いたくないなら、君の精神のことを思うと、」

 

「いや、」

 

すこし、食い気味にプラニスは否定する。そして、今度は時間をかけて、大きく息を吸って……。

 

「本当は、使いたかった。使ったら、楽しいし、絶対に爽快だって、思った」

 

「……じゃあ、なんで?」

 

「それは、私の仕事じゃない、から。」

 

プラニスは、表情で感情を表す。出やすいわけではない。意図的に、自分の感情を伝えるために表情を変えている。

 

彼女は笑っていた。穏やかに。笑っていると、思って欲しいから。

 

「リンちゃんも、ドゥーゲンちゃんも、誇りを持って、自分の仕事してる」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「君の、居場所は?」

 

「え?」

 

「居場所」

 

「……ポピーだよ。みんなの横にいるっていう、役割が、僕の居場所」

 

「私の居場所は、インパチェンスなんだよ」

 

プラニスは、笑っている。

 

「そっか……。その、ドゥーゲンとも、話したらいいよ」

 

「うん、そうだね……謝らなきゃ。彼にけがを負わせてしまった」

 

「そうじゃなくて……彼も君みたいに体にいろいろ起きた人だから。14歳ぐらいに見えるけど、18歳でしょ? ……剣のせいなんだ。まあ、知ってるか」

 

「そうだね」

 

「君の力になってくれるよ……きっと」

 

「ありがとう、少し、話してみる」

 

プラニスの笑顔が、少し影を含んだものに変わった。リンやサフランや、アドーネだけが気づく、小さな影。

プラニスも気づかない、小さな、小さな。

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