手向けにカトレアを   作:さわたり

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第七話「ロマンと、居場所。」(1)

リン・アゾットは、弱い。

 

もともと比較的虚弱な体質なこともあるが、そもそも戦闘に向けた訓練をしてこなかった部分が大きい。武器を振るい、汗をかきながら、訓練用エリアでリンはうなだれる。

 

「……リン隊長。」

 

「トキワ隊長。……そっか、僕隊長だ」

 

「水分は、取っているのか?」

 

「もちろん。トキワ隊長は、何の用ですか?」

 

「これから使おうと思う。大丈夫か?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

返答を受け取ると、トキワは頷いて去っていく。常にうっすら怒って見えるコルニカなどとは違い、本当に表情の読めない人物だ。

その実、まあまあ素朴な人柄ではあるのだが。それを感じることができるのは、団長、人事官、直属の部下……ともかくあまり多くはない。不気味がられていることが多い。

 

「予定が変わった。」

 

「え?」

 

「ソウジの様子を見ていたが、いま開発が佳境らしい。その後に使う。気にしないでいい。でも根は詰めすぎるな。」

 

「あー……ちょうどいいので、休憩します」

 

リンは布で汗をぬぐい、トキワのそばへ。彼女は来るように顎で促す。

 

「トキワ隊長は、強いですよね」

 

「そうだな。」

 

「……なんで、そんなに強いんです?」

 

「わからない。私は強かった。この剣を扱えた。それだけのことだ。」

 

トキワは、己の腰に下げたそれを一瞥する。それ抜きでも、右に出るものが居るのかわからない強さをしているのに、剣も恐ろしい性能をしている。

もし、木刀でトキワとローゼが戦うことがあれば、会場の前は博打で大盛り上がりだろう。

 

「リン隊長は、強くないのか。」

 

「そう、ですね」

 

「そうか。ソウジが落ち着いたら、貴殿の訓練に付き合ってもいい。」

 

「ありがとうございます……」

 

リンが俯くのを、一瞥し、また、視線を戻し。

 

「何か不満が?」

 

「え? ああ、いえ……むしろ嬉しいんですけど、本当に上手くいくかは不安で……」

 

「そうか。私は自分の強さについて、理由を考えたことはない。教えるのは下手だと自覚している。本当に、ひたすら鍛えたいと思ったら、私がいいだろう。」

 

「……強さの、理由」

 

リンは、考える。

 

強くなって、どうしようか。

 

 

 

 

手向けにカトレアを

 

 

ソルツ編 第七話

「ロマンと、居場所。」

 

 

 

ソルツの監視によって動きが制限されているのは調査だけではなく、研究も同様。日夜運び込まれてくる機械の研究についても、「どういう用途」だとか「何を期待した調査」だとか、しつこく聞いてくる。

 

辟易とした顔で、研究者ソウジ・ホカは機械をいじっていた。

 

「つまんね~~よ~~~!!!」

 

「ですね~」

 

横で、サフランもつまらなさそうに液体を眺める。彼女の専門は薬学。ガーデンの植物や動物から取れたサンプルの調査中というわけだ。

研究用のエリアはそれぞれの分野や設備で当然違うわけだが、サフランはわざわざ彼のそばに簡易設備を置いてやっている。理由は単純で、サフランとソウジは、恋人だから。

 

どちらも背が高くて、なかなか見栄えがする。サフランの方が高い分、『細長い』と『大きい』が印象として飛び込むわけだ。

 

「なんか面白い事ね~かな」

 

「つまらないどころか大変なことばかり起きていますしねー。僕もまあまあケガをしましたし」

 

「そりゃ大変だな~……。でもよ、リワの剣でいろいろできたんだろ! ほら、あのねちっこい監察官の武器とか、強化のしがいとかあったんじゃねえの?」

 

「まあそれはそうですけどね~」

 

言いながらも、二人は同時に後方を一瞥する。黄色い装飾の服と眼の剣の子剣を持つ、クワコの部下。耳元の装置は通信機だろうか。

 

「……うまい抜け道ね~かな~」

 

ソウジの笑みが、ちょっと企みを含んだものに変わる。

 

「あんまりオススメはしませんよ」

 

「そーだけどさー! つまんねーのは確かだろ~!」

 

「そうですね……何か探してみましょうか」

 

「そう来なくっちゃ」

 

改造中の剣に触れてニヤリ。通信機の方を見て型を確認し、手元の機械をごちゃごちゃと組み合わせていく。横の測定器で波長を見て……。

 

「媒質にこの液体を。"樫"の樹液から作ったものです」

 

「オ、確かにそいつがちょーどいいかな?」

 

装置のケーブル同士をつなげ……瞬間、ぎゃっと叫び声を上げて監視員が訝し気に機械を外す。

 

「お? 故障だな! 俺がどうにかしてやるよ!」

 

「……あー、その」

 

「リワは来ねえの? まあそれならまたな! じゃ!」

 

「ま、え、ちょ、」

 

クワコからの指示も聞けなくなり、慌てふためく監視員。にやっと笑いながら駆け出すソウジが、よそ見をしていたために正面の何かに胸をぶつける。

 

「おっと、わる……かった、ぜ」

 

「……これは、どっちだ? リン殿」

 

まず、ぶつかったのは。クロエ・エレムルス。横に居るのは、リン・アゾット。あと、トキワ・カシ。青ざめるソウジを前に、リンは「やっていいやつ」とひとこと。

 

クロエ、頭突き。

 

 

 

 

「様子はどうだ? クワコ」

 

「グリセレくんこそどうなのかしら?」

 

山盛りのクレープを食べ続けながら、クワコはグリセレを覗き込む。布で目を隠すせいで大変胡散臭いクワコだが、布を外しても真っ黒で何を考えているか分からない目が待っている。

 

「俺は大丈夫だ……まァあ……騎士団が気がかりではあるがァ。黒百合と何か…………」

 

「う~ん、本当はグリセレくん、潔白を晴らしてあげたくてアセアセしてるんでしょ? ウッフフ! わかるわ」

 

クワコの方を一瞥し、小さめのクレープに手を付け。グリセレは言い返すことも、不平を言うことも、しかし首肯することもない。

何を言っても言葉を巻き取られ、彼女のペースにされてしまうことを、グリセレは理解している。

 

「まあァ、そこはどうだっていい……。通常の視察に加えてぇぇ……。騎士団の監察も行ってるんだろォ? 俺の代わりに悪いな」

 

「いーのよ、こうして復活したしね。それに、私はただ見てるだけなんだけど、怖いって言われてあんまり評判がよくないの。グリセレくんだって、割と怖くてねちっこいのにねえ?」

 

「そォォれを本人の前で言うかねえ?」

 

「あっは! まあ、頑張ってね」

 

クワコは表情をコロコロ変えながらしゃべるが、常にどこか目が笑っていない。グリセレでさえもすこしぞっとしつつ、休憩も終わり部屋を立ち去る。

クワコが食べきった、大量のクレープの皿と一緒に、だ。

 

 

 

ソウジが別室でトキワに叩き直されている中。リンとクロエは元の用事……配属についての相談を終え、ジーリオ含めた三人で団長室に居た。

 

「私が専用の武器を持っていないことは、新人だから、未熟だから、その他色々な理由でしっかり納得がいきます」

 

「うん」

 

「ですが! あのソウジさんが! 鋭の剣なんて危険極まりない武器を持っていることが! そればっかりは信じられません!」

 

立ち上がりながらそう言って、声を荒げたことを恥じて座り直し。改めてジーリオの方を見る。クロエの視線の先で、団長ジーリオは想像以上に深いため息と悩みの顔。

 

「そのお気持ちは、非常にわかります……。私も、何度かアレの剝奪を考えました」

 

「一体何なのです彼は……!」

 

「その……こう言っては何ですが、あー、アホなんです。6年前から何も変わっていない……技術者として、相応に優秀なところがあるので、手放した方が世間様に迷惑をかけそうではあるのですが、」

 

言葉を選びながらも、ジーリオはなかなかに辛辣につづる。

 

「当時のダンガス団長は、いささか豪快な人でして……入団試験中のソウジの勝手な行動をあまり咎めなかったのです。勝手に遺跡に飛び出し、勝手に遺物を拾い、勝手に起動して……」

 

「え……?」

 

「その時に拾ったのが、鋭の剣です」

 

「え……!? そんなの許していいのですか!?」

 

「なので何度か罰則は与えてますがあまり効いていません。」

 

隣で、リンも少し苦い顔をする。

 

「入団6年で、26歳。騎士団では隊長を務めるに十分な年齢感なんだけどね。彼の意思とかじゃあなく、僕や団長がそういう責任能力に欠けてると思ったから、話を振ってない!」

 

「問題児、なんですね…………」

 

「幸いは人当たりや人格自体は良好なことです」

 

リンも頷くあたり、「悪い奴じゃない」こと自体は確かなようである。

 

「一瞬解体部隊に居たこともあったんですけどね」

 

「コルニカ隊長曰く『次は殺す』だって。真顔で言われるとこっちも苦笑いしかできないんだけどさ~」

 

有能だが人当たりにひどく問題のある人物が引き合いに出たものだ。属人性の高さゆえに人間関係は大事にする騎士団だが、さすがに立場に関しては責任能力に重きを置くようだ。

 

「では、鋭の剣を持たせているのは?」

 

「彼のモチベーションのためです。技術者や、技術者と現場の人間のパイプとして強みを持つ人ではあるので、彼の『やりたいこと』を尊重しています」

 

「……僕のポリシーもあるんだ。それこそモチベーションとか、そういう理屈はあるけどさ。皆には、みんななりにやりたいことに、注力してほしいって言うか」

 

「やりたい、こと」

 

「……オヴィの時にそういうところを読み違えて、いろいろ的外れなこと怒っちゃった僕が言えたことでは、ないけどね」

 

「オヴィ殿に関しては彼の問題だ。全く……」

 

呆れた様子のクロエを見て、リンとジーリオは顔を見合わせて笑む。

 

「まあ、私も……彼の剣について応援している側面はあります。ひたむきに頑張ってはいるんです。……社会性に欠けるだけで。」

 

「言いますね~……」

 

リンのひとことに肩を挙げて何とも言えない顔。雰囲気に反し、ユーモアのある女性だ。さて、ソウジの話が落ち着いたと見るや、ジーリオはいきなり話題を変える。

 

「そういえばクロエ、あなたの配属が決まりそうですよ」

 

「え?」

 

「あれ? さらっと言っちゃいますね」

 

「まあ、長引かせることではありませんし」

 

「私の配属ですか!? その、ど、どこに!?」

 

「結論から言えば、アコナイト対人戦闘部隊です。」

 

「アコナイトですか!?」

 

「ええ、まだ正式配属ではないですが、ローゼ隊長があなたを見込んでいるようなので。……私の手柄に聞こえそうですね、リンがそのあたりを判断したんです」

 

ジーリオが手で示すのに、リンがどこか恥ずかしげに頷く。

 

「ローゼ隊長、優しいけどなかなか苛烈な人だよ。頑張ってね」

 

「っふ、分かってる」

 

あとは、いくらか評価について話して。去っていくクロエに手を振りつつ、団長室の前のソファに、リンは座り込む。話がある新人はクロエだけではない、とはいえ時間はまだある。微妙に。

 

どう暇をつぶすかと考えていた彼の前を、プラニスが通った。

 

「プラニス。調子どう?」

 

「リンちゃん。うん、元気。」

 

穏やかで、か細い声。にっこりと笑ってプラニスは応える。

 

「その……ドゥーゲンと話した感じ、どう? 武器とかの事」

 

「うん、いろいろ聞けたよ。彼は、武器の影響でああなって、使い方を考えている。それで十分な立ち回りを心掛けてる。私も、慣れるよ。星の剣の使い方に」

 

「それは……星の剣の力の、ごく一部だけ、ってこと?」

 

「そうだね。アイリーンも、剣に執着していた。剣に何かあったんだと思うよ」

 

「……。」

 

「強くなろうとばっかりしちゃ、ダメだね」

 

プラニスの笑顔が、何かに呆れたようなものに変わる。

 

「……僕は、強くなりたいよ。君のことも、サフランも、いや、そもそも自分の身だって、ろくに守れてない」

 

「そっか。リンは、強くなりたいんだね。それは、きっと大丈夫。君が強くなることを、望まない人は居ないと思う。なにか、よくないものに手を出さなければ」

 

まるで、『よくないものに手を出した』者が居るかのように。

 

「プラニス、君はがそうなったのは、事故じゃないか」

 

「うん、そうだね。事故だ」

 

「だから……」

 

「うん、分かってる。大丈夫」

 

プラニスは、寂しそうな顔をする。意図をした、表情だろう。それがむしろ、『私なりに悩んでいるから』と、壁を作る意味があると、彼女自身は理解しているのか、いないのか。

いずれにせよ、「それじゃ」というプラニスに対し、リンは頷きだけを返すのであった。

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