手向けにカトレアを
ソルツ編 第八話
「だから戦う」
木刀、というとガーデンでは単なる木刀以上の意味を持つこともある。ガーデンに生える植物は特殊なものばかりだ。
とはいえ、訓練用に「ただの木刀」を作ることもある。騎士それぞれの剣に合わせた訓練用のものも多く、ソルツにおいても同様。グリセレとリナリアは、それぞれの得物を模した武器をその手に構える。
「はァ!!」
「……。」
「っだぁ!」
「どうしたァ? ためらいが見えるぞォ」
「その……先輩を攻撃するのに、ちょっと、」
「君なぁああ……」
駆け出したグリセレが、慌てるリナリアの横を潜り抜け、脚を取り転ばせる。反撃を軽くはじき返し、喉元へ木刀を突き出して。
「私が裏切ったらどうするゥ?」
「あ、えーと、着いて……いきます!」
「……。そうなると話は別だがぁ」
困るグリセレを前に、はっと気づいて笑い。恥ずかし気なリナリアを助け起こし、グリセレは構えろと促す。
「っはあああ!!」
「なるほど、狙う位置はァ悪くない。だが見過ぎだぁ……!」
脚を狙った攻撃をはじき上げしかし屈さずリナリアは突進。剣でふさぎ、壁に押し付けられそうなそこで、グリセレは壁を蹴り上がって跳び。
リナリアの背面を取る。もちろんリナリアは即座に背後に切りつけるが、それを大きく身を逸らしてかわし、グリセレはその柔軟性を活かした寝っ転がり。足を絡め、ぶん投げる!
「うわぁ~~~!!」
「っとォ……熱中して変な手を使いすぎたか。こーいうのに対応してほしくはあるが……あまりイロモノの戦い方に染まっても良くァない……」
「いや、全部に対応できるように頑張ります!」
「マ、その意気ではあるか」
投げられた先のクッションから身を起こし、リナリアは端に座り込む。隣で水を飲むグリセレを少し眺め、ふうと息をついて初めて、グリセレと一緒にリナリアを挟む形で、反対の隣にクワコが居ることに気づく。
「わあ!……クワコ先輩か。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様」
「ありがとうございます。でも……クワコさんって、本当にお疲れですよね……。だって、眼の剣の監視作業って、ずっと見てなきゃ行けないわけで」
「そうねえ、でも今持ってないでしょ?」
にっこりしながら手のひらを見せるクワコ。確かに、眼の剣も、剣から腕に伸びる紐たちもない。
「最近はね、後進に任せることも考えてるの。一線を退くかも、ってことね」
「そう……なんですね。大変なお仕事ですもんね。……任せられそう、ですか?」
「ええ、もちろん。私がしっかり教育してるからねー。ウッフフ!」
相変わらずニコニコとしている割に何を考えているか分からない人物だ。時間を気にして去っていくグリセレの背中を仲良く見送ると、クワコは楽しそうにリナリアの方を向く。
リナリアは気に留めず水を飲んでいる。
「グリセレ君の事好きねえ」
「んぐッぼ!!……ごほ!ごっほ!! はい!?!?」
「だってそうでしょう?」
「え、いや……まあ、はい」
恥ずかし気に木刀をいじりつつ、リナリアはクワコを一瞥し、また視線が俯く。
「でも、その……バディの、クワコさんも…………居ますし」
「まあ! あっはは! あっはっは!! 大胆ねェ」
ひとしきりクスクス笑った後、楽しそうに笑い涙をぬぐい、クワコは続ける。
「私が一線を退くのはね、夫とそろそろ子供が欲しいかも、みたいな話をしてるのもあるのよ」
「夫!?!????!?!?!?!??!?!??!? ごけ、ご、ご結婚を!?!?!??!?!?!?!?!?」
青ざめるリナリアの方を見ると、クワコ、爆笑。今度は笑いごとでもなさそうな、血の気のない顔のリナリアを見て、クスクスと笑い続け、ゆっくり話を続ける。
「ガイアス・ユリシーズ」
「え?」
「ガイアス・ユリシーズ。旦那の名前。あっははは!」
「…………ぐりs、ってか、え、ソルツの人じゃないんですか!?!?!?」
「
クワコが見せた写真は、パンを持った穏やかそうな男性である。
「えっと、え? でもずっとユリシーズって、あ、婿入りですか」
「いいえ? 貴方が入るちょっと前に結婚したから」
「ええ!? じゃあずっと隠してたんですか!?」
「アハハ! そんなわけないじゃないの! たまたま、たまたまよ、ウッフフフ!!」
楽しそうなクワコをよそに、リナリア、脱力。憧れに紛らせてうっすら諦めかけていた恋愛と、真面目に向き合う頃合いが来たようだ。
「彼、恋人はいないはずよ」
「そうなんですね……素敵な人なのに。」
「素敵さの周りを覆う物が特殊過ぎるのよねー」
「そうですか?」
「……ふふ、お似合いよ」
戸惑うリナリアをよそに、クワコは思い出すように視線を動かし、注視するでもなく訓練の様子を見る。
「彼、すっごいマジメなのよ。メオサス軍からソルツにメンバーを送る、ってなって……真っ先に立候補したんだって。ただの戦闘員じゃなくて監察官になったのも、報告の丁寧さとかが理由みたいで」
「ふふ、やっぱり素敵な人です」
「そうねえ、ふふ。カッコいいと思う。家族のことは聞いた?」
「ええと……弟さんが、大病で…………でも、ガーデンの装置の実験で立候補して、完治されたって」
「うん。彼、嬉しいけどちょっと後ろめたいんでしょうね。『あいつと俺だけ享受するわけには』みたいな……。だからこそ、ガーデンの技術が正しく認められ使えるようになるように、頑張ってる。勝手な推測だけれどね」
クワコの『勝手な推測』は基本的に外れることがない。
「……すごい人、だなあ」
「ねちっこい物言いは昔っからそうなんだけどねえ。リナリアちゃんは、なんでソルツに?」
「えーっと、こんな私でも、役に立ちたいなって……えっと、国? じゃなくて、世界の……でも、そんな大きなことではなくて。……あんまり、ハッキリとはしてなくて」
そこに負い目でもあるのか、リナリアは少しずつ俯いていく。
「ふふ、大丈夫よ。目の前のこと一個ずつやっていけばいいだけ。今は、何がしたいかしら?」
「……グリセレ先輩の、役に立ちたいです!」
「じゃあ、全力でやりましょ」
微笑むクワコを前に、リナリアはゆっくり、けれどもしっかり頷く。
「ありがとうございます!……その、クワコさんは?」
「んー……っふふ、まあ同じかも。やれることをその場でやり続けてきた……それだけよ」
クワコは珍しく、物憂げに微笑んで答えた。
さて、水を飲み布で顔をぬぐうグリセレのもとに、リンが現れる。訝し気に視線を向けつつ、隣に座るよう彼は促す。
「お疲れ様です。大丈夫なんですか?」
「カトレアの効果は君らこそ知っているだろォ」
「だからこそですよ。あんな思いっきりぶっ潰されたら多少の痛みはまだ残るでしょう」
「……強かった」
ぼそり、俯いてグリセレが吐き出したのはソルツ襲撃時の話。
「ゴールドバーグ・パーガトリー……黒百合にはまだ、我々の知らない強者が居る」
「……グリセレ監察官が負けてるの、初めて見ました」
「ンまァ……私とて、トキワ・カシやローゼ・ラ・グレッグスを相手取ったことはァない。だが……彼女らだから、ゴールドバーグ・パーガトリーに余裕かと言えばァ」
「それはない、と」
頷くでもなく、グリセレは水筒に口をつける。
「……勝敗は強さで決まるかぁ……、と言えばそれは否だ。相性、環境、ついでに言えば……護衛か強襲かによって勝利条件も違う。手札として、最適なのは…………相手を知ることだ、不意打ちもできるからな」
「調査は進めています」
「そォれはご苦労。あとで報告は監査させてもらうがねぇ。……まあ、その後の勝敗は、強さだ。結局はな」
グリセレは休憩を終え、訓練所へと戻っていく。その背中に、ひとこと。
「……グリセレ監察官、あなたの訓練は…………協力戦を想定しているように、見えましたけど」
「まあな。一人で勝つ、私が勝つ……ガキじみたこだわりは私は持ち合わせていなくてねェ?」
そう残し、彼は訓練所の戸を開けた。