手向けにカトレアを   作:さわたり

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第十一話「英雄」(1)

ジーリオの左腕たる所以は、逃げという選択がすぐに取れるから。戦いに高揚する感情をよそに、サクヤの足はゆっくりと離れることを選んでいた。

 

「……」

 

「おや、もう来ないのかい?」

 

「ええと、イチム……リリィズだったな。今度は、心置きなく戦わせてくれよ」

 

「あはは、あんまり戦うのは好きじゃないんだけどな」

 

逃げ去っていくサクヤを追うツタたち。簡単に切り払われ、追おうかと逡巡。

尻目に演説の終了を見届け、イチムはとどまることを選んだ。

 

「お疲れ様、アルテルナ」

 

「どうもォ〜。……ねえイチムちゃん、やっぱ王様やる気ないのォ?」

 

「私の目指す先ではないからね」

 

「『彼女』の覚醒? 別に滅亡が来るわけじゃないでしょ、ガーデナーは『彼女』と共存していたはずよ」

 

アルテルナは髪を整えつつ、そうつぶやいて。イチムは平然とした態度を崩さない。

 

「『滅び』が来る。ガーデナーはそう言っている」

 

「解釈の違いね。……ところでさァ? レレルちゃんとテルトちゃんの独断! あれどうにかできない訳ェ?」

 

「私の指示じゃない。そして止める必要自体は感じてない。我々は国家じゃなくて集合体だから。君の独断専行も、私は咎めない。集合体が国家を選ぶならそれもいい」

 

どこかぼんやりした様子の彼に、アルテルナは相変わらずため息。

 

「それが王の器、でもあるけど。……アンタは何がしたいの?」

 

「『滅び』は、止められない。……問題は、どう死ぬか」

 

イチムはそれだけ残し、飄々としたまま去っていく。アルテルナは奇人ばかりを相手にしているが、それとは違った方向性で、イチムは分かりづらい。

 

「待っててね、ジーリオ」

 

背中でそれを聴きながら、ため息をついてアルテルナは立ち去る。

 

 

 

 

カルサのけしかける砂の位置は読みやすい。剣こそ恐ろしい性能をしているが、本人の能力は剣頼りだ。……だが、それでも状況は進まない。それだけ恐ろしい剣なのだと、回避の指示ばかり出しながらリンは考える。

 

「ちょこまかと面倒ですねェ……!」

 

いらだつカルサを横目に、ユウロンもワカバも攻めの一手が見つからない。……このまま相手の疲弊と集中の低下を待てば勝てるかもしれないが……。

そんな状況を叩き割るように、サクヤの一撃。砂で防げばそこに隙が生まれ、すかさずユウロンが蹴りを叩き込んだ。

 

「いかがしよう隊長殿!」

 

「ああ、君はうちの部隊の奴か。まあ、当然か、砂の騎士と戦ってるからな。……逃げるぞ、だが武器庫は破壊する」

 

「破壊? そんなことでき、えっサクヤさんお怪我を!? 僕が手当てをします!」

 

「ワカバは下がって。僕がするよ」

 

「えっ……」

 

「残念そうな顔しないでよ……」

 

砂を跳ね返しながらの逃亡は、サクヤが加わっただけで幾分かの余裕が出来た。しかしそれを阻むように、床から巨大な剣が突きでる。

 

「カルサ~? これでいいんでしょ~?」

 

「ええ、完璧です!」

 

剣を避けても、アイリーンの迎撃が来る。トロッコステーションの扉は閉まるように動き始めた。挟み撃ちの形になったそこへ、さらなる救援。サクラとニトパールが、同時に合の剣を防いだ。

 

「小生らとの戦いで疲弊を……」

 

「条件は同じでしょう。それに、この程度の相手なら」

 

「はァァ!? アイリが弱いって言いたいんだぁ!? 殺す!!」

 

サクラに斬りかかるそれを横目に、サクヤたちはトロッコへ。先ほどと同じように、ガルザルクとの逃走戦へ。ニトパールはそれを見届けつつ。

 

「あは、チョロくていいね~」

 

「っぱり弱いって言うんだァ!? 今からぶっ殺される癖に!」

 

「挑発に乗りやすいって意味だよ~?」

 

ニトパールが回避した先、トロッコステーションの、ドア。全く周りが見えていない彼女を真っ二つにするように、ドアが迫る。

 

「殺す!! ぶっ殺す!! 許さない!!」

 

「はい、はい!」

 

動けなくなったアイリーンへ、サクラの強烈なアッパーカット。気を失いつつ分断された上半身を、回収しようと手を伸ばし。

そして、そこへ声がかかる。

 

「はいはい、そこまで」

 

「……アルテルナ」

 

「対人戦闘部隊のふたりィ? ここまでよく入って来れたわね……ああいや、いま結構手薄だし指揮系統めちゃくちゃかァ。はァ、どうする? 相手してあげてもいいけど」

 

「逃げましょう」

 

サクラの判断は正確。いちおう追跡するアルテルナだが、窓を見ればワイヤーを使い一気に逃げ去るニトパールが見える。部下に追うように指示を出しつつ、今度はトロッコの方へ向き直る。

 

「あーあー、派手にやるわね」

 

「申し訳ありません、取り逃がしました」

 

武器庫は、爆薬でぶっ飛んでいた。なんでも、サクヤが即席爆弾をかましたとか、なんとか。

 

「まあ荷電粒子砲とか……あとミサイルとかは生きてるわね、修理は要るとは思うけど」

 

「いま、追跡させています」

 

「引き揚げさせなさい。絶対迎撃されるしィ……」

 

アルテルナ、ため息の多い男である。髪をくるくるといじりながら、面倒そうに次の手を考える。

 

 

 

 

「団長、ペンダントを見せてください」

 

戻って来て早々、サクヤはジーリオに迫りそんなことを言った。こんなに鬼気迫る彼を見るのは初めてだ、だとかののんきな考えは、すぐに取り払われる。

 

「……彼、だ。ええと、イチム・リリィズ…………」

 

「はい? ……あなた、いつの間に、彼を…………」

 

「……。」

 

「たた、かった……って、こと?」

 

震えた声の彼女を一瞥し、サクヤはゆっくり頷いて。

 

「……、黒、百合ですか」

 

「ええ。黒百合の、ボスでした。……焔の剣の、あいつ、……彼は、イチム・リリィズを、王として国を作るつもりだと」

 

「あ、は…………はは、出来の悪い冗談を、言うように、あはは……」

 

「団長」

 

「ふゥ~~……はは、分かっています、みなまで言わないで、分かっています。……分かっていますので。驚きはしましたが、っは、実感なくなってきました。あっはは」

 

「戦うことになる、いずれ」

 

「…………アルテルナの、時のように何か目的があるかもしれません。なにか、」

 

落ち着きつつも、しかし焦りは隠せず。サクヤは、そんなジーリオを見ているとかえって冷静になって来る。自分に傷をつけた。あのトキワと、同じように。

 

「団長、あなたが戦わなければいけないかも、しれない」

 

「……彼は昔から強かったですから」

 

「それに、見た事のない、剣でした。名前は『花の剣』とか。……なにか、特別な剣らしい。ただの象徴という意味でかも、しれませんが。使用者は、体を植物に変えて、自由に変形できる。俺の攻撃を体をツタにして回避……とか」

 

「そう、ですか……」

 

ジーリオは、考え込み始める。彼女の青いリボンは、イチムの遺品。……もしかして、と考えたことはあったけど、それでも、事実としてこうなると、脳みそが真っ白になる。

 

 

 

 

「うげェ、演説やったんすかァ?」

 

「俺たちの派閥じゃ押さえつけるのは無理だったわけだ」

 

「ボスも王がヤなら止めりゃいいのに」

 

イイル姉弟は、檻の中でそんなことを言う。だが、ジーリオのただならぬ様子に、どこか察したようにレレルは笑っている。

 

「おや! ボスのこと知ったんですねェ? いや~揺さぶりの手札として残したかったんですが!」

 

「……ええ、まあ」

 

「ご安心いただきたいんですが……っふふ、あの人に女はできてませんよ」

 

「けっ、品のねえ姉を持つと苦労するぜ……」

 

呆れてため息をつくジーリオを眺めて、けたけたとレレルは笑う。だが、ジーリオの心で何かがざわざわとしているのは事実。

 

「ま、実際ボスはあんたのことをよく話題に出す。肯定的な文脈でな。あんたを殺したくて黒百合やってねえのは確かだよ」

 

「目的は何なのです」

 

「『滅び』への対処。『彼女』の延命」

 

知らない単語を前に、ジーリオは訝し気に眉を動かす。まあ、レレルからしてもその反応は想定内のようで、言っていいのかよと、テルトは顔をしかめた。

 

「よくは知りません。『彼女』は、なんか……なんて言うんでしょ」

 

「ガーデンそのものだ」

 

テルトはあきらめか、情報の取捨か。とにかく、さらりと言い放つ。

 

「この土地に意志があると?」

 

「ガーデン中央部の大木は分かるよな? アレは、あんたらの想像以上にこの土地に根を張ってる。そして、ガーデンを見ている。そのものってよりは運命共同体、ってとこか」

 

「……」

 

ガーデンに生える木であれば、意思があると言われても違和感なく受けられてしまいそうだ。ジーリオはひとまず、「なるほど」と端的にそれを受け入れた。

 

 

 

 

「そこで兄様が言ったんです! 『俺ちゃんの大事な」

 

「もういいわ、その話。何回すんだよ」

 

「はァ? 兄様の話ですよ? あの、アドーネ・アドニスの! どれほど素晴らしいのか何度聞いたってほれぼれとするはずです!」

 

「じゃテメェの語り口が下手くそなんだな。お前のスカした兄貴が……魅力的には聞こえねえけどな。」

 

眉をヒクつかせながら、アビスはフロフキに迫る。アルテルナの「ねえ」という威圧に、不満げに着席するが。カルサをはじめとした直属配下の面々は、居心地が悪そうだ。

 

「兄様は、僕以外理解する必要ありませんから」

 

「はぁ~ん? じゃなんだってアドーネ・アドニスの話すんだよ。なァ?」

 

「それは、僕がいかに」

 

「お前にはそれしかねえからだろ? っは、チフキ以下とかそれ以前の問題だわ。アビス、お前はからっぽなんだよ」

 

「…………それで結構です。兄様で埋め尽くされているなら幸せではありませんか」

 

アビスは笑ってそう言って、フロフキは気持ちが悪いと吐き捨てる。

 

「じゃ、モノホンの『あにしゃまぁ~』に拒まれたお前! いまァな~んにも入ってねえな?」

 

「御前……!!」

 

「やめろってんでしょ!」

 

流石に、アルテルナも声を荒げる。今度はアビスも露骨に気分を悪くしたようで、抜きかけた剣を戻し立ち去っていく。一人だけ「言ってやった」とばかりに楽しそうなフロフキと、つまらなさそうに剣を撫でるアイリーン。

他にも何人か部下はいるが、そのどれもにアルテルナは申し訳なさそうな視線を送る。

 

 

 

 

クロエとローゼの訓練中、時折つばぜり合いが発生する。当然ローゼが受け流したり、蹴りを入れたり、剣の角度を変えて力を入れさせなかったり。様々な技巧でクロエが負けるのだが。

純粋な力勝負になると、クロエがぐいぐいと押していく。最近はだいぶ巨大な木刀を持たされているので、なおさらエネルギーが乗る。

 

「……っはぁ、はぁ……、はあ」

 

「休憩いたしましょうか。そこら辺の腑抜けと違って、クロエさんはなんというか、タフですものね」

 

時計を見ながら、ローゼはゆっくり座り込んだ。ふとした瞬間に、何か考え込むような様子を見せる。ローゼ・ラ・グレッグスは何者にも折られない強い心を持っている。

……が、彼女の周りの人間までみんな強いわけでもない。

 

「アドーネ隊長のことでしょうかね」

 

「オヴィ殿。自分の隊の仕事はどうしたのだ」

 

「今は特にないので。それに、隊長が今あんな感じですから。……ああいや、元気なんですけど、ふとした瞬間に見るとなんかすっごい考え込んでるし」

 

「ローゼ隊長も、そのことが心配、か」

 

聞き耳を立てるでもなく、サクラとニトパールにもその話題は聞こえている。

 

「……気になりますか、ニトパールさん」

 

「まあ、大好きなコルニカちゃんが、つらい目に遭ったら~~……とか」

 

「そう、ですよね」

 

サクラにはどこか余裕がある。この面々では最年長。騎士団には若者も多いので、その中では一歩先で、落ち着いた様子。

彼も彼で人生経験上感じるものがあるのか、神妙な面持ちである。

 

「立て、オヴィ殿」

 

「はい?」

 

「ひ弱とは言わないが、あなたも対人の戦闘をすることが増えるんじゃないか。……まあ、一緒にと言っては何だが」

 

手を差し出す彼女に応え、オヴィは立ち上がり。……手が痛いぐらいに、握られたままだ。

 

「あの、クロエさん?」

 

「聞いたぞ。命令違反、またやったらしいな」

 

「いや、アレは……」

 

「限度を知ったようだがそれはそれだ。叩き直してもらうぞ」

 

そう言って背中を押せば、事情を聴いていたらしきローゼがほほ笑んだ。

 

「あー、お手柔らかに?」

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