ジーリオの左腕たる所以は、逃げという選択がすぐに取れるから。戦いに高揚する感情をよそに、サクヤの足はゆっくりと離れることを選んでいた。
「……」
「おや、もう来ないのかい?」
「ええと、イチム……リリィズだったな。今度は、心置きなく戦わせてくれよ」
「あはは、あんまり戦うのは好きじゃないんだけどな」
逃げ去っていくサクヤを追うツタたち。簡単に切り払われ、追おうかと逡巡。
尻目に演説の終了を見届け、イチムはとどまることを選んだ。
「お疲れ様、アルテルナ」
「どうもォ〜。……ねえイチムちゃん、やっぱ王様やる気ないのォ?」
「私の目指す先ではないからね」
「『彼女』の覚醒? 別に滅亡が来るわけじゃないでしょ、ガーデナーは『彼女』と共存していたはずよ」
アルテルナは髪を整えつつ、そうつぶやいて。イチムは平然とした態度を崩さない。
「『滅び』が来る。ガーデナーはそう言っている」
「解釈の違いね。……ところでさァ? レレルちゃんとテルトちゃんの独断! あれどうにかできない訳ェ?」
「私の指示じゃない。そして止める必要自体は感じてない。我々は国家じゃなくて集合体だから。君の独断専行も、私は咎めない。集合体が国家を選ぶならそれもいい」
どこかぼんやりした様子の彼に、アルテルナは相変わらずため息。
「それが王の器、でもあるけど。……アンタは何がしたいの?」
「『滅び』は、止められない。……問題は、どう死ぬか」
イチムはそれだけ残し、飄々としたまま去っていく。アルテルナは奇人ばかりを相手にしているが、それとは違った方向性で、イチムは分かりづらい。
「待っててね、ジーリオ」
背中でそれを聴きながら、ため息をついてアルテルナは立ち去る。
カルサのけしかける砂の位置は読みやすい。剣こそ恐ろしい性能をしているが、本人の能力は剣頼りだ。……だが、それでも状況は進まない。それだけ恐ろしい剣なのだと、回避の指示ばかり出しながらリンは考える。
「ちょこまかと面倒ですねェ……!」
いらだつカルサを横目に、ユウロンもワカバも攻めの一手が見つからない。……このまま相手の疲弊と集中の低下を待てば勝てるかもしれないが……。
そんな状況を叩き割るように、サクヤの一撃。砂で防げばそこに隙が生まれ、すかさずユウロンが蹴りを叩き込んだ。
「いかがしよう隊長殿!」
「ああ、君はうちの部隊の奴か。まあ、当然か、砂の騎士と戦ってるからな。……逃げるぞ、だが武器庫は破壊する」
「破壊? そんなことでき、えっサクヤさんお怪我を!? 僕が手当てをします!」
「ワカバは下がって。僕がするよ」
「えっ……」
「残念そうな顔しないでよ……」
砂を跳ね返しながらの逃亡は、サクヤが加わっただけで幾分かの余裕が出来た。しかしそれを阻むように、床から巨大な剣が突きでる。
「カルサ~? これでいいんでしょ~?」
「ええ、完璧です!」
剣を避けても、アイリーンの迎撃が来る。トロッコステーションの扉は閉まるように動き始めた。挟み撃ちの形になったそこへ、さらなる救援。サクラとニトパールが、同時に合の剣を防いだ。
「小生らとの戦いで疲弊を……」
「条件は同じでしょう。それに、この程度の相手なら」
「はァァ!? アイリが弱いって言いたいんだぁ!? 殺す!!」
サクラに斬りかかるそれを横目に、サクヤたちはトロッコへ。先ほどと同じように、ガルザルクとの逃走戦へ。ニトパールはそれを見届けつつ。
「あは、チョロくていいね~」
「っぱり弱いって言うんだァ!? 今からぶっ殺される癖に!」
「挑発に乗りやすいって意味だよ~?」
ニトパールが回避した先、トロッコステーションの、ドア。全く周りが見えていない彼女を真っ二つにするように、ドアが迫る。
「殺す!! ぶっ殺す!! 許さない!!」
「はい、はい!」
動けなくなったアイリーンへ、サクラの強烈なアッパーカット。気を失いつつ分断された上半身を、回収しようと手を伸ばし。
そして、そこへ声がかかる。
「はいはい、そこまで」
「……アルテルナ」
「対人戦闘部隊のふたりィ? ここまでよく入って来れたわね……ああいや、いま結構手薄だし指揮系統めちゃくちゃかァ。はァ、どうする? 相手してあげてもいいけど」
「逃げましょう」
サクラの判断は正確。いちおう追跡するアルテルナだが、窓を見ればワイヤーを使い一気に逃げ去るニトパールが見える。部下に追うように指示を出しつつ、今度はトロッコの方へ向き直る。
「あーあー、派手にやるわね」
「申し訳ありません、取り逃がしました」
武器庫は、爆薬でぶっ飛んでいた。なんでも、サクヤが即席爆弾をかましたとか、なんとか。
「まあ荷電粒子砲とか……あとミサイルとかは生きてるわね、修理は要るとは思うけど」
「いま、追跡させています」
「引き揚げさせなさい。絶対迎撃されるしィ……」
アルテルナ、ため息の多い男である。髪をくるくるといじりながら、面倒そうに次の手を考える。
「団長、ペンダントを見せてください」
戻って来て早々、サクヤはジーリオに迫りそんなことを言った。こんなに鬼気迫る彼を見るのは初めてだ、だとかののんきな考えは、すぐに取り払われる。
「……彼、だ。ええと、イチム・リリィズ…………」
「はい? ……あなた、いつの間に、彼を…………」
「……。」
「たた、かった……って、こと?」
震えた声の彼女を一瞥し、サクヤはゆっくり頷いて。
「……、黒、百合ですか」
「ええ。黒百合の、ボスでした。……焔の剣の、あいつ、……彼は、イチム・リリィズを、王として国を作るつもりだと」
「あ、は…………はは、出来の悪い冗談を、言うように、あはは……」
「団長」
「ふゥ~~……はは、分かっています、みなまで言わないで、分かっています。……分かっていますので。驚きはしましたが、っは、実感なくなってきました。あっはは」
「戦うことになる、いずれ」
「…………アルテルナの、時のように何か目的があるかもしれません。なにか、」
落ち着きつつも、しかし焦りは隠せず。サクヤは、そんなジーリオを見ているとかえって冷静になって来る。自分に傷をつけた。あのトキワと、同じように。
「団長、あなたが戦わなければいけないかも、しれない」
「……彼は昔から強かったですから」
「それに、見た事のない、剣でした。名前は『花の剣』とか。……なにか、特別な剣らしい。ただの象徴という意味でかも、しれませんが。使用者は、体を植物に変えて、自由に変形できる。俺の攻撃を体をツタにして回避……とか」
「そう、ですか……」
ジーリオは、考え込み始める。彼女の青いリボンは、イチムの遺品。……もしかして、と考えたことはあったけど、それでも、事実としてこうなると、脳みそが真っ白になる。
「うげェ、演説やったんすかァ?」
「俺たちの派閥じゃ押さえつけるのは無理だったわけだ」
「ボスも王がヤなら止めりゃいいのに」
イイル姉弟は、檻の中でそんなことを言う。だが、ジーリオのただならぬ様子に、どこか察したようにレレルは笑っている。
「おや! ボスのこと知ったんですねェ? いや~揺さぶりの手札として残したかったんですが!」
「……ええ、まあ」
「ご安心いただきたいんですが……っふふ、あの人に女はできてませんよ」
「けっ、品のねえ姉を持つと苦労するぜ……」
呆れてため息をつくジーリオを眺めて、けたけたとレレルは笑う。だが、ジーリオの心で何かがざわざわとしているのは事実。
「ま、実際ボスはあんたのことをよく話題に出す。肯定的な文脈でな。あんたを殺したくて黒百合やってねえのは確かだよ」
「目的は何なのです」
「『滅び』への対処。『彼女』の延命」
知らない単語を前に、ジーリオは訝し気に眉を動かす。まあ、レレルからしてもその反応は想定内のようで、言っていいのかよと、テルトは顔をしかめた。
「よくは知りません。『彼女』は、なんか……なんて言うんでしょ」
「ガーデンそのものだ」
テルトはあきらめか、情報の取捨か。とにかく、さらりと言い放つ。
「この土地に意志があると?」
「ガーデン中央部の大木は分かるよな? アレは、あんたらの想像以上にこの土地に根を張ってる。そして、ガーデンを見ている。そのものってよりは運命共同体、ってとこか」
「……」
ガーデンに生える木であれば、意思があると言われても違和感なく受けられてしまいそうだ。ジーリオはひとまず、「なるほど」と端的にそれを受け入れた。
「そこで兄様が言ったんです! 『俺ちゃんの大事な」
「もういいわ、その話。何回すんだよ」
「はァ? 兄様の話ですよ? あの、アドーネ・アドニスの! どれほど素晴らしいのか何度聞いたってほれぼれとするはずです!」
「じゃテメェの語り口が下手くそなんだな。お前のスカした兄貴が……魅力的には聞こえねえけどな。」
眉をヒクつかせながら、アビスはフロフキに迫る。アルテルナの「ねえ」という威圧に、不満げに着席するが。カルサをはじめとした直属配下の面々は、居心地が悪そうだ。
「兄様は、僕以外理解する必要ありませんから」
「はぁ~ん? じゃなんだってアドーネ・アドニスの話すんだよ。なァ?」
「それは、僕がいかに」
「お前にはそれしかねえからだろ? っは、チフキ以下とかそれ以前の問題だわ。アビス、お前はからっぽなんだよ」
「…………それで結構です。兄様で埋め尽くされているなら幸せではありませんか」
アビスは笑ってそう言って、フロフキは気持ちが悪いと吐き捨てる。
「じゃ、モノホンの『あにしゃまぁ~』に拒まれたお前! いまァな~んにも入ってねえな?」
「御前……!!」
「やめろってんでしょ!」
流石に、アルテルナも声を荒げる。今度はアビスも露骨に気分を悪くしたようで、抜きかけた剣を戻し立ち去っていく。一人だけ「言ってやった」とばかりに楽しそうなフロフキと、つまらなさそうに剣を撫でるアイリーン。
他にも何人か部下はいるが、そのどれもにアルテルナは申し訳なさそうな視線を送る。
クロエとローゼの訓練中、時折つばぜり合いが発生する。当然ローゼが受け流したり、蹴りを入れたり、剣の角度を変えて力を入れさせなかったり。様々な技巧でクロエが負けるのだが。
純粋な力勝負になると、クロエがぐいぐいと押していく。最近はだいぶ巨大な木刀を持たされているので、なおさらエネルギーが乗る。
「……っはぁ、はぁ……、はあ」
「休憩いたしましょうか。そこら辺の腑抜けと違って、クロエさんはなんというか、タフですものね」
時計を見ながら、ローゼはゆっくり座り込んだ。ふとした瞬間に、何か考え込むような様子を見せる。ローゼ・ラ・グレッグスは何者にも折られない強い心を持っている。
……が、彼女の周りの人間までみんな強いわけでもない。
「アドーネ隊長のことでしょうかね」
「オヴィ殿。自分の隊の仕事はどうしたのだ」
「今は特にないので。それに、隊長が今あんな感じですから。……ああいや、元気なんですけど、ふとした瞬間に見るとなんかすっごい考え込んでるし」
「ローゼ隊長も、そのことが心配、か」
聞き耳を立てるでもなく、サクラとニトパールにもその話題は聞こえている。
「……気になりますか、ニトパールさん」
「まあ、大好きなコルニカちゃんが、つらい目に遭ったら~~……とか」
「そう、ですよね」
サクラにはどこか余裕がある。この面々では最年長。騎士団には若者も多いので、その中では一歩先で、落ち着いた様子。
彼も彼で人生経験上感じるものがあるのか、神妙な面持ちである。
「立て、オヴィ殿」
「はい?」
「ひ弱とは言わないが、あなたも対人の戦闘をすることが増えるんじゃないか。……まあ、一緒にと言っては何だが」
手を差し出す彼女に応え、オヴィは立ち上がり。……手が痛いぐらいに、握られたままだ。
「あの、クロエさん?」
「聞いたぞ。命令違反、またやったらしいな」
「いや、アレは……」
「限度を知ったようだがそれはそれだ。叩き直してもらうぞ」
そう言って背中を押せば、事情を聴いていたらしきローゼがほほ笑んだ。
「あー、お手柔らかに?」