手向けにカトレアを   作:さわたり

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第十二話「要求」(2)

馬車の動きが止まった。捕虜の移送が滞るのは面倒である。少し焦ったオヴィが顔を覗かせれば、馬と御者はバラバラに切り飛ばされている。

武器を構えて飛び出れば、目の前の切り株には、男が座っている。

 

「おいおいおォ〜い? アビス・アドニスさァん?」

 

「……」

 

「何の用ですか」

 

捕虜ことアビスのことを嘲笑うように睨むのは、フロフキ。

 

「元々はそいつの奪還だったけど……今この瞬間、そいつを笑うのが用事になったよ」

 

「僕のことはどうだっていいでしょう」

 

「ああそうだなァ? 『兄様を汚した毒虫』と仲良く馬車でパカパカだもんなぁ?」

 

「……。」

 

「っけ、威勢のいいこと言っても結局は群れるだけのザコじゃねえか。なァ?」

 

「やめておきましょうよ。あんたまで惨めですよ」

 

オヴィの一言に、フロフキは目を鋭くする。苛立ちを抑えるような呼吸ののち、ゆっくり立ち上がって。

 

「もういいわ、お前はそこで毒虫といちゃついてろ」

 

「待っ……」

 

「……」

 

オヴィが追おうとするも立ち止まり、目の前の糸鋸を切り払う。その隙の間にフロフキは草陰に消えていた。

一瞥し、着いてくるよういえばアビスは黙々と。

 

それを見下すように眺めながら、フロフキは絶賛襲撃中の騎士団北拠点へ。道すがら、アイリーンが現れる。

 

「……あれ? サボりィ?」

 

「あ?お前と一緒にすんな。アビスんとこ行ってきんだよ。でもあいつはザコらしく群れることを選んだ」

 

「あは、弱っわ」

 

「お前、あいつの事どう思う? っく、雑魚以外で言えばさ」

 

フロフキが問えば、アイリーンは不愉快そうに髪をいじる。黒く染まっているメッシュの一本を。

 

「あいつ、パパとお姉思い出すから嫌ァい」

 

「あ?」

 

「あーしろこーしろってさァ、肉親だからって指図すんの、ムカつく。まあ弱いやつに指図されてもどーでもいいけど……」

 

「へェ〜? お前にもそういうフツーの情緒あんだな」

 

「うっさい。あたし忙しいし」

 

壁の瓦礫を取り払えば、その奥でヘビのような巨大機械と取っ組み合うコルニカが見える。

フロフキはそりゃそうだよなという反応だが、アイリーンは目を見開いた。

 

「あァ……プラトーニクんとこのガキね。アイツがそんなに面白いかね、チフキ以下の非力だろ」

 

「……わかってない、なんも。あの子は全部を持ってる。全部を、全部を!! 求めない家族も、賢さも、必要としてくれる場所も、何もかも!!」

 

「…………強さはどうだろうな?」

 

「それを確かめなきゃねえ!」

 

駆け出していくアイリーンを眺めつつ、フロフキも抜刀。チフキは機械に吹っ飛ばされつつも組み付いている。

眉をヒクヒクとひきつらせながら、フロフキも駆け出した。

 

 

 

 

「こりゃキツいわね」

 

「最悪……」

 

リンとアルテルナが見上げた先は、果てしないほど高い天井。空でも飛べればいいが、とにかく二人は抜け出せそうにない地下遺跡へと落下していた。

 

「どうする?戦ってもいいけど」

 

「バカ言いなよ。僕ひとりで勝てると思うの?」

 

「っは、実力の認識ちゃんとしてるじゃないの」

 

「そりゃどうも。僕は弱いからな」

 

全身の打ち身も再生した。吐くように呟くリンを起き上がって見つめると、リンも同じように起き上がる。

 

「現実問題どうすんのよ。このツルッツルの柱登るゥ?」

 

「無理だろうね」

 

「んじゃ出口探しの旅開始ィ〜。……今だけは休戦すべきだと思わなァい?」

 

「……まあ、同感かも」

 

アルテルナの差し出した握手にいやいや気味に応えつつ。目指す先をアルテルナが「こっち」と示す。

 

「地下遺跡を拠点にしてたもんな」

 

「ン、そうね。あの潜入には一杯食わされたわ」

 

「そりゃどうも……。遺跡には詳しいんだろ?」

 

「そりゃアンタらよりはね」

 

「その結論が独立?」

 

「演説聴いてたんじゃないのォ?」

 

アルテルナの言葉を聞き、リンがピタリと立ち止まる。

 

「ガーデナーに国を返すため、国の形を取り戻し守り抜く。……それじゃあ君らは人身御供か?」

 

「まァね。この力は正しく扱えるものが正しく扱うべき」

 

「君たちならできると?」

 

「ガーデナーならできる。アタシたちは守人としてやることをするだけ」

 

「ガーデナーは、蘇るんだね?」

 

「気になるなら見せたげるケド」

 

リンが言葉を止め、眉を動かしたのを見て、アルテルナは笑った。

 

「来なさい」

 

遺跡は巨大だが、蔦に覆われ巨大な根が侵食している。ところどころ水浸しで、廃墟の様相は徹底している。

 

差し込む満月が、美しいという感想をこんな状況ですら抱かせる。

 

「地区F、D、C……おっけー、じゃあここね」

 

「それは?」

 

「名簿。ガーデナーのね」

 

脇の機械に差し込めば、ホログラムとして名簿が出現する。装飾の文化は違うが、顔や髪、そういう外見は外の人間と相違ない。

 

「遺伝データ、照合済み。……って、」

 

「んー?遺伝子ってのは」

 

「それは聞いたことある。生物が持ってる、自分の設計図だ。ガーデナーは複製体(クローン)として蘇るの?」

 

「ぶっぶ。ここにまるまる保管されてる」

 

「ここって、地下の……」

 

そうして振り返って気づく。アルテルナは根っこに体を預けているのではない。『ここ』として、巨木の根を指している。

 

「ガーデナーの遺体は、発見されていない。当然よ。死んでなんかいないから」

 

「まさか、居るのか、そこに……」

 

「ご名答。『彼女』……イチムは話しかける時は『母』って呼ぶけどさ。このおっきくてゆゥ〜だいな木。ガーデナーは『彼女』と融合し、眠っている」

 

「……木の一部に、なったの?」

 

「花の剣は『彼女』の花よ。イチムちゃんはあの剣で肉体を植物にする、サクヤちゃんから聞いたわね? 同じことよ」

 

巨木は……『彼女』は、静かに夜風を受け止める。

 

 

 

 

蛇型機械の舌をブチ当てられつつ、剣で防いで後退。チフキは構えなおし、再びコルニカの援護に向かう。それを崩落が阻む。

野生の勘というか、観察力というか。チフキは、そこに光る一筋が見えた気がした。

 

「……兄ちゃんか?」

 

「へェ~~、バカなりに頭使うじゃん」

 

「ああ、そうだよ。おれは頭はよくないけど、でも考えるのはやめない」

 

「……ムダな抵抗がよ」

 

フロフキは張った糸をはじき、あたりの瓦礫を崩す。チフキはそれを跳ね返したり削り取ったりして。そんな隙を狙い、フロフキが接近。眼前の兄にたじろぐチフキを嘲笑いながら、彼は糸を放つ。

 

「オラァ!」

 

「……っ、」

 

放たれた糸を回避するがそれは想定内。天井に固定された糸ノコの先は瓦礫の重り。勢いよく振り子で迫るノコを剣で防ぎつつ、チフキはどんどんと壁際に追い込まれていく。

 

「っく、ふ……あははは! やっぱりバカだ! やっぱりザコだ! あはは!!」

 

「……そうだったら、兄ちゃんは嬉しいのか?」

 

「あァ? なんだ、ぴーぴー泣くか? あのやさしい兄ちゃんの目的がァ! お前をあざ笑う事ならァ!」

 

「いや……。それで満足なら、俺を笑っても、踏みつけてもいい、だからわざわざこんな武器で、他人を傷つけることはねえだろ! アルテルナってやつの、思想に共感してんなら……ともかくさ!」

 

チフキは、笑ってそう言う。瞬間、フロフキの剣を握る手がぎちりと音を立てた。

 

「てめぇは……それで大人ヅラか? 俺をカラッポだと笑うつもりか? なァ!?」

 

「はぁ、何を言って、」

 

フロフキが、至極単純に斬りかかる。当然それは防がれ、それどころか簡単に押し返される。無力なんてことはないが、それでも、体格を見れば歴然のことだった。

 

「どうかしちまってるって! 兄ちゃんは!」

 

「うるせえ!! ムラの連中だけじゃない、お前まで俺をあざ笑う! 俺をゴミのように扱う! ゴミはお前の癖に、お前の癖に、ゴミの癖にィィィィィイイ!!!!!」

 

「話聞けっつぅーの!!」

 

簡単に押し上げられ、チフキの横なぎが迫る。一瞬思考が真っ白になるが、それでもどうにか防ぎ、フロフキは大きく後退する。

……問題なく、防いだ。だが、チフキの一撃に恐怖した。その事実は、フロフキの心に影を落とす。

 

「こんなことやめよう! よくわかんねえけど、いま、戦うのが……兄ちゃんにとって、良い事とは思えねえよ!」

 

「うるせえ、うるせえ!! 知った口きくな! オレの事なんてわかんねェ癖に!! おれがもってねえモノ全部持ってるくせに!!」

 

「……は? な、んだよそれ!」

 

脳裏に、アイリーンの言葉が浮かぶ。

 

『あの子は全部を持ってる。全部を、全部を!!』

 

いや、違う。強さしかすがるものが無い、アイリーン・メルトレンドなどとは。フロフキは、考えた。なにを根拠に、あいつらを見下しているのか。

 

「おまえ、は……ああ、はは……いや…………確かにそうだ、オレの持ってないものを持ってる、正確には、オレが捨てたもんだ! っは、だからてめえは腑抜けたバカでグズでアホなんだよ!!」

 

自分は、チフキなんかよりあたまがいいのだ。

 

フロフキのその結論は、糸の罠を発動する形で現れる。

 

「バラバラになれドグサレ脳みそォ!!!」

 

ぎちィ、と糸ノコがチフキを囲い、迫り。そして。ぎゃりぎゃり音を立てて。

 

「……は?」

 

「うォらァ!!!」

 

ぶちんと、ちぎれた。舞う、瓦礫の粉末と、構えた卸の剣。

 

「……粉末、で……身を守って、ガレキで、削って、糸ノコ、脆くして…………それで? 剣で。削った、……摩擦で、摩耗させた? とっさに?」

 

「いま考えたわけじゃねえけど……分析チームが機械をばらす時、水使ってて、なんでかって考えたんだよ、まあ……結局聞いたけどさ」

 

「……っは、あはは…………っは、」

 

きっと、同じ敵が現れた時、同じ知識なら、フロフキの方が上手い対応をしただろう。

 

だが、もうそんなことは関係ない。だって、現に押されている。言われ続けてきた、頭でっかちでどうのこうの……「頭がいいのにそれを活かせない」理由は、今回も同じく、その短気さ。

 

だから、絶対にチフキには勝てない。

 

「う、うぁぁああああ!!」

 

「兄ちゃん……」

 

やけくその斬りかかりは簡単にはじき返され、なけなしの頭脳戦、隠し持った木製の剣も、予想済みとばかりに対応。構えた卸の剣がすりおろし、フロフキの右腕も簡単にごそりと削られる。

 

「っぐ、ぅ……ぅ、ああ…………」

 

笑い声が聞こえる。自分の笑い声。「お前はチフキ以下」と笑う声。

 

「なあ、兄ちゃん……。やり直そうぜ、オレが無神経だったせいで、こうなったなら、またちゃんと話そう」

 

手を差し伸べる、チフキ。

 

笑い声が聞こえる。自分の笑い声。「威勢のいいこと言っても結局は群れるだけのザコじゃねえか」と笑う声。絶対に、絶対に手を取ってはならない。

 

あざ笑ったアビス以下に、なる。

 

「っはぁ、はぁ。っひゅ、はぁーーッ、」

 

でも、手を取らなかったら? きっと、負け続ける人生が始まる。騎士団はきっと、居場所をくれるだろう。未来と、今のプライド。脳に渦巻く思考が、チフキの優しい視線によってまとまっていく。

 

「……、よ」

 

「兄ちゃん?」

 

「お前の、そういうところが……」

 

「俺の、」

 

「そういうところが……嫌いだったんだよ!!」

 

手に取ったのは、ちいさな、いま限りのプライド。……だが、それがなければフロフキはフロフキの形を保てないのも、事実だった。

差し出された手をはたいて、そして残る力を振り切ってフロフキは立ち上がる。弟から視線を逸らしながら、逃げだして……糸を張って逃げるぐらいの元気はあるようで。

とにかく、チフキを巻いて、フロフキはただ逃げた。とにかく、逃げた。

 

「っは、ぁ、はァ、」

 

アルテルナには、共感はない。おばさんみてえな喋り方は気持ちが悪いと、思っている。

 

だがそれでも、居場所のはずだ。自分を必要としてくれる。……チフキ以下の、雑魚なのに? フロフキの中で敗北の理由にいろいろごまかしをつけようとするが、しかし、自分の罠を抜けたのは事実で。

 

ぐるぐると考えるうちに、フロフキは段々と気づく。……自分は、誰かに必要とされたかった。だが、たった今、なんの見返りがなくても必要としてくれたかもしれない人に背中を向けたと、それには気付けない。

チフキに、『弱いチフキ』を押し付けた結果だとも、気づかない。

 

「あ、いた……なあ、なあ、ガルザルク、」

 

「おや」

 

アルテルナの部下、ガルザルク。その答えは、砂の拘束だった。

 

「っぐ、ぇ……なん、で…………」

 

「申し訳ないのですが、ね」

 

アルテルナは、俺を捨てた。それがフロフキにつきつけられた結論だ。

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