第十三話「エゴと諦念のパスオン」(1)
イチムについて行けば、そこにガルザルクがいる。まさか騙したのか、とうろたえるフロフキに対し、ガルザルクは笑って否定した。
「アルテルナの命令だったのです……。ご安心を、あなたに害意はない。彼がああなった以上、私はイチムさんと共に居るほかないという事です」
「私を王にする気ならあきらめて」
「そう仰らないで。彼は私欲に走り、部下を振り落とそうとしたが私は違う」
「君がどうという話ではないよ。私にその資格はないだけだ」
イチムは困ったように笑った。
「…………あんたは、なんでオレが必要なんだ」
「ん……。君は私と似ている」
「こんな惨めな負け犬にか?」
己をあざ笑うように、吐息まじりの笑みを漏らし。イチムは視線を下げた。
「不服かもしれないが、私はね、なんというか……からっぽというか。そんな特別感もないか。とにかく、面白みのない人間だった」
「…………っは、言ってくれるじゃん」
「昔から、他者に応えることだけ得意でね……自分でこういうのもなんだが、鏡のような人格を育ててしまったよ」
「……おれには、それすらできない」
「だからこそ、私には君のような仲間が必要だ。……アドーネへの独占欲、シザーリィへの嫉妬、チフキへの劣等感。誰かが無ければ、私達のような人間は自己の芯を持てない…………どう、王に向いてると思う?」
フロフキの返答は苦笑いだ。しかし、そんな男の瞳の奥に、吸い寄せられるものがあるのも確か。
「だから、君のような人が必要だ。君の頭脳も力も。誰かより優れてなくていい。君が必要なんだ」
差し出された手を取り、ゆっくりとフロフキは頷いた。
「……アンタにとって、あんたを『埋めてくれる』のは」
「っふふ、恥ずかしいことを聞いてくれるよ。……そうだね、うん、みんなと言ってしまってはそうだけど。…………でも、私が私でいられたんだ」
イチムは微笑む。
「ジーリオの前でだけはね」
アルテルナが捕まった。黒百合の活動がどうなるか分からず、イチム・リリィズやガルザルクといった面々が本格的に動く可能性も高い。
騎士団では、任務内容の見直しが急務とされた。
「それで、僕とわざわざ面談ですか! いやぁ~……リンたいちょーも大変ですねえ」
「うん、君がこれから一番忙しくなるし」
リンの前に座るのは、パスオン。ウツギ管理部隊の隊長である。主な業務内容は偵察と、それに基づいた任務内容の管理。リンと同じく管理職側だが、しかし戦わないにせよ外に出ることの多い人物だ。
なかなか大きな、槍型の剣を担いでいる。
「君好みの味付けで、ご飯も用意したからさ」
「おや? なぁ~んか手厚いですねぇ」
「企みならあるよ。君のこと色々聞き出そうと思って」
「何も面白いことはないですよぉ、僕のこと聞いたって」
穏やかな伏せ目で笑い、その笑顔は人懐っこく。リンもほだされるように笑う。付き合いはそれなりに多く、友人と言って差し支えない間柄だ。
「妹さんの事とか」
「あはは、わざわざ聞くようなことではないですよ……」
「そっか」
「お酒も飲みませんよ!」
「作戦失敗だ」
「へへへ」
リンは、こうして彼と時折面談をする。業務的なかかわりもあるが、そもそもリンは人事に関わる人間としていろいろな騎士の人物像を掴もうとする。
パスオンは手ごわい相手でもあるのだ。経歴に、怪しいところはない。行方不明の妹についても、身内の不幸をわざわざ掘り下げないことの方が多い。……だが、人を見てきた者として働く勘もある。
「角って、聞いていい?」
パスオンは、己の額にある……ツノ、のようなものに触れる。
「……後天的で、遺物によるものだと、僕は考えています」
「ガーデナーが外に持ちだした技術や装飾も、少なくはない、って言われてるけどね」
「だいたい神聖視されてますからねー。あまり軽率に手を出すと国際問題ですから」
眉を下げつつも笑いパスオンは、いつも伏し目がち。
「まあ、いいや……その、君はこれから黒百合の拠点を探すことになるんだよね? 大変だね」
「そうですね、マクロフィラの皆さんと手分けしつつですが……実際見つけたところにも僕は改めて行って、作戦や編成などに意見を出させてもらいます」
「なかなかの負担だよね、君の管理部隊」
「評価観察部隊もなかなかじゃないですかねー……。いろんな任務について行くんでしょう? しかも最近は指揮のお仕事まで」
「休みはそれなりにもらえるけどね」
「管理職はある程度替えが効きはしますしね。戦ってる皆さんはまあ、もっと大変ですね」
パスオンは、「負けてられないですね」とひとこと。リンも「そうだね」と答え、食事が進む。
「そういえば、シザーリィさんなんですが」
「パスオンから話題にあげるなんて。どうかしたの?」
「いえ、その……アイリーン・メルトレンドのことを気にしているようで。少し疲弊した様子が見えるので。リンさんの意見を聞きたくて」
彼とシザーリィは歳が離れた友人だ。穏やかな性質ゆえに気が合うのか。とにかく、心穏やかではない彼女についてはリンも気にするところである。
「なんで執着してるのかはわかったけど……アビスやフロフキと違って、シザーリィ側からあまり特別な相手じゃないのがね」
「彼女の境遇への嫉妬……というよりは、納得のいかなさ、というところでしょうか」
「そうだね……単純な和解は難しいと思う」
リンのひとことに、残念そうにパスオンはうつむいた。
「君、シザーリィと仲いいよな」
「ええ、純粋で素敵な方ですよ」
「そっか」
パスオンは人懐っこく、人間関係の構築が上手なタイプだ。明るくやさしい、微笑みも穏やかで、とても好かれるし純粋、そういうヤツ。
だが、やはりリンは彼が「誰にも踏み込まない」男であることに、気づいてもいた。
プライベートを重んじるのは構わないが、しかし時期が時期だ。過敏になる自分を落ち着かせるようにリンはコーヒーを喉に押し込む。
手向けにカトレアを
眠り編 第十三話
「エゴと諦念のパスオン」
シザーリィとパスオンは、それなりに仲がいい。
クールなシザーリィと明るい妹はあまり似ていないが、しかし、時々重なる瞬間もある。
「また、妹さんの事を考えていたのですか?」
「あ、……うん、そうなんです」
「明るく、優しい方だったそうですね。」
「レシーヴァは、どんな時も笑顔だったんです。……そうすることが、彼女なりの生き抜き方だった、という部分はありますけど」
今日の移送車両は無人。この空間の二人は、パスオンの妹という話題において秘密を知りあう仲である。特別な何かがあるわけではない。
パスオンは何か、彼女に気を許してしまう、そういうことなのだ。
「……?」
「いえ」
理由を挙げてみるなら、再三ながらどこか妹を思い出すというところだろう。小さな動きだとか、兄ニトパールに振り向く時のしぐさだとか……。なんだか、いろいろと。
「パス
「あ……いや、さすがにニトさんに嫉妬されちゃいますよぉ」
くすくすと笑ってみるが、その内心はあまり穏やかではない。
「でも、わたしはレシーヴァさんについて、いろいろ知っていますが、わたしも共有できるような秘密がありません。……なんだか、一方的になってしまいます」
「それだと僕が妹を重ねてるみたいじゃないですかー」
「……違うのですか?」
「ときどき思い出すだけですよ」
「そう、ですか……。わたしは、あまり苦労をすることなく、生きてきました。お兄ちゃんは優しいですし、お兄ちゃんが好きなコルニカ隊長も、不思議な方ですが思慮深いです。」
所在なさげに指をいじりつつ、彼女は視線を逸らす。
「騎士団に入った時、この恵まれて来たことに関する、世界への恩を返すべきだと思ったのです。しかし。お兄ちゃんも居るし、子供だからというのもありますが、やはり……大きな苦労をしていません」
「……本当は、全員恵まれているべきなんですよ」
「そうだと、おもいます。でも、実際はレシーヴァさん……貴方の妹さんや、アイリーンさんは、そうでは、ないのでしょう」
レシーヴァは、パスオンともども見世物のような扱いを受けて来た……シザーリィは、彼があまり言いたがらないそれを知っている。
「苦労は、買ってでもしろと言いますが、……わたしは、それを知らないまま、大人に……誰かを導く大人になれるのでしょうか」
「……周りと比べ過ぎですよ。よっぽど無理を言わないと、あなたはこんな戦場に来れなかったはずです」
シザーリィは考える。
これは「やりたいこと」なのか「やらなくてはならないこと」なのか。その図は重なっているのか?
答えなんて出るわけもない。ともかく前線拠点の観測塔に登って、双眼鏡と発信機でパスオンを追う。
『聞こえていますか?』
「聞こえてますよー。何かあったらお願いしますね!」
『もちろんです』
防衛機械の登場が予見される、隠密偵察任務……こういうとき、シザーリィとユリだとか、シザーリィとパスオンという不思議な編成がされることも。
パスオンは光学迷彩の遺物なども使いつつ、そして自然への知識と経験から来る探索術を発揮する。
「……あそこ、でしょうね」
『こちらからだと森林に阻まれてよく見えませんね』
「撮影をしておきます」
調査対象は、黒百合の基地。
ウツギ管理部隊の仕事は、偵察と調査によって情報の把握を行い、編成や調査の進行を『管理』するというもの。いくつかある管理部隊の中でも、現場の意見にもっとも寄り添う側であると言える。
「出入りしている人間がいます。不用心なのか、それとも見つかること前提か……。規模は見た目通りの小規模なんでしょうか」
辺りを移動しつつ、撮影。出入り口や見張りや……取れる情報は入れるだけ入れておこうと、そんな時。
パスオンに、木の上から声がかかる。
「パスオンだっけぇ? あたし達の拠点に用?」
「アイリーンさん……」
「シィちゃんと仲良いとかはまあどーでもいいけどさ……なんであんたはアイリみたいになんないかなァ…………」
「僕を信じてくれる人を裏切れませんよ」
パスオンの返答に、アイリーンは顔をしかめる。
「弱いアイリは信頼されないって? 舐めてるんだ?」
「僕はそんなこと」
「……殺す!!」
足元の枝を揺らし、葉を散らしながらアイリーンの直下への突きが放たれる。パスオンは転がってそれをかわすと、己の剣を構える。
やることは、自分の指への斬りつけ。
「アイくんみたいなことができる?」
「自分を斬ると正気を疑われがちだけど……そうか、あなたはそういう剣」
パスオンの『誓の剣』が応え、その腕にジャラジャラと鎖が巻き付く。ただの自縛か?と考えるも、さすがにそんな話ではないだろう、とアイリーンは警戒。
反し、パスオンはアイリーンへと背を向けた。
「はァ?逃げるんだ!」
「逃げますよ、僕は戦いは好きではないんです!」
「腰抜けじゃん!」
アイリーンは追撃のさなか、考える。パスオンの脚が、明らかに速い。おそらくあの剣は不自由を与える代わりに何かを強化できるのだろうと、予測を立てつつ……。
「でも逃がさない! あっはは! 雑魚は雑魚なりにくたばるんだ!」
取り込んだ影と枝が、質量をもつ腕のようにパスオンを捉えた。
「なんだ、意思を感じる……!」
「アイくんはね、アイリに話しかけてくるんだよ! 強くなれるんだってさァ!」
「話しかけて……!?」
分析に気を回しているわけにもいかない。どうにか振り解いても二撃めが迫り、パスオン渾身の回避。
屈んだ姿勢のまま剣をぶん投げた。
「あっはは! それで抵抗のつもり!?」
「一応はそうですよ……!」
そしてぐいっと手を動かすと、鎖に引っ張られ剣がアイリーンにぶち当たる。
「縛られるなら縛られるで……!」
まあ腕の動きは十全じゃないが、引っ張るだけなら棒ででもできる。走りつつ姿勢を崩すアイリーンへ、回し蹴り。
合の剣で防ぎつつも押しのけられ、そこにさらに突き。
「うっとおしい!」
「僕を攻撃するのはそっちでしょう……!」
「存在がァッ!」
木に合の剣を突き立てれば根っこがパスオンを突き上げ、その脚に大きく傷を残す。
「っはァ! 雑魚だ!!」
「あなたが強いと誇ればよいものを……!」
「何を生意気に!!」
飛び掛かり、トドメでも刺してやろうと影をまとった突きを放ち、それが思わぬ軌道に逸れていく。
「いま腕を切って……!?」
「これなら……!」
見れば、傷は浅い。鎖の巻かれていない方を突いたはずだが……。そんなパスオンの腕からは、ぴょんぴょんと糸が跳ね出ていた。
いわゆるボディステッチ……肌へ縫い付けた糸が、攻撃を逸らしたようだ。
「再生ェ……? ってことはそれ、服とかと同じ素材の糸なんだ。めんどくさい小細工!」
「小細工こそが生きる道でしょう」
とはいえ剣戟が弱いというわけでもなく、アイリーンとしばらく斬り結び……しかし、やはり不利ではあり押されていく。
それを小細工でどうにかするのが、パスオンの生きざま。アイリーンの腕を絡め取ったのは木の皮で編んだ網であった。
「雑魚だからこんなことすんだ、知ってる……!」
「そうだと言っているでしょう!」
パスオンは逃げいていく。網は抜けない。アイリーンの眉間に、怒りのしわが刻み込まれた。
『パスオンさん……なぜ、狙撃の指示をしなかったのです。わたしはずっと狙っていました』
「あなたの狙撃は目立ちます……逃げ切れる相手であれば、それは使いませんよ」
『ですが、相手はアイリーンさん……アイリーン・メルトレンドですよ』
「だからこそですっ」
アイリーンの頬を激しくぶっ叩くと、ガルザルクはゴミのようにその姿を見下す。
「非戦闘員ひとつ狩れないとは……惨めですよ」
「……うるさい」
「口答えはそれなりの戦果を挙げてからにしていただきたい。あなたを黒百合へと引き入れた恩を、仇では返さないように」
「ッるさい! アイリの事はアイくんと決めるんだ!! お前に指図なんか!」
影が形を持って、しなりながらガルザルクを狙い……そして、砂の手がアイリーンを柱へと叩きつける。
「ぶごっ」
「……。」
全く意味のない反逆かというとそうでもなく、ガルザルクの頬に赤い筋が小さく走る。メガネが、転がり落ちて。
「……ゴミカスが、テメェみてぇなゴミカスがァ! 正教会の神父で、黒百合の主幹メンバーで、何よりもこの砂の剣の使い手で、作戦参謀のオレに!! 知性の欠片もないサルが逆らうっつーのかァ!?」
「っぐ、う……」
「ねえ、神父……その辺で、」
止めに入る、やせぎすの赤髪の少年。ガルザルクはそれを一瞥すると、アイリーンを握った砂の拳で殴りつけ。臓物ごと悲鳴を上げたアイリーンを投げ捨てる。
「誰がァ、誰に指図をしてるゥ!!」
「っは、あ……その、ごめん、なさい…………おれ、」
「……ふぅ、取り乱しました。ええ、聞き分けのない子供は相応の躾が必要というだけですよ」
「はい、分かっています……」
少年ことカスティはおびえたようにただ縮こまる。
「アイリに……エラそうなこと、いわせない、」
対し、アイリーンは口にたまる血反吐をガルザルクに吐き捨て……激昂と共に叩きつけられ続けられた蹴りを、カスティはただ見ていることしかできない。
「……私のことを、イチムに報告して好転するなどと、思わないように」
「はい」
「だれが、……っが、他人に助けてもらうなんか、するとでも……」
「……フン」
靴についた血をうっとおし気にぬぐい、拾い上げたメガネをかけ直し。
そんなガルザルクの後ろ姿を、ただ見ている。
資料の束をまとめながら、アイリーンとカスティは双方いやいやという感じで続ける。
「……チッ、なんでアイリがこんなこと……アイくんは戦いたがってるのに」
「仕方ないだろ……おれ達は逆らえない」
「…………ふん、雑魚」
「生態系は適応できた方が生き延びる……だから恐竜は滅びたんだ」
「恐竜?」
「そういう滅びた生き物……トライホーンとか、ああいうの外で見た事ないだろ?」
「じゃあ、滅びてないじゃん」
「違うんだよ、トライホーンと
アイリーンは興味なさげに「ふぅん」と呟いた。
「"妹"の資料、そっちでしょ、とってよ」
「指図する気?」
「お願いだよ、おれはアイリーンサマには勝てないし、雑魚で悪かったね」
ベラベラうるさい奴だと思いつつ、置かれていた資料を渡す。……それは、「レシーヴァ」と書かれた女の身辺調査資料。
「おれは、『こういうの』の方が得意なんだから」
「あっそ」
「妹について……結構簡単に調べられたけど。どうする気だろう。ガルザルクなら攫ってくるかな?」
「知らない。……ま、こーいう『足がつく』ようなのはやんないんじゃないのォ?」
レシーヴァに関しては、母や父、周囲の地域の人間について……穏やかで明るい生活についてつづられた資料が続く。
……矛盾する、パスオンから盗み聞いた話からは。
「妹は生き別れ、行方不明。……嘘でしょ、黒百合の調査でこんなに調べられるんだから。調査やってる部隊の隊長殿が分かんないわけがない」
「ふーん、雑魚らしく嘘つきなわけ」
「……雑魚が嘘をつくのは生き延びるためだよ。おれだってそうだし」
「それが、何?」
「パスオンは、妹を守りたいんだろ」
「……っち、妹がかわいいヤサシイお兄様に恵まれてさ」
「おれらには無縁だな」
けたけた笑うカスティをよそに、アイリーンは爪を噛んだ。