手向けにカトレアを   作:さわたり

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第十三話「エゴと諦念のパスオン」(2)

テントの中で、コーヒーを入れる。野営に慣れたパスオンの、自慢と楽しみの一つである。

リンとシザーリィのもとにも注がれ、シザーリィは粉ミルクをそこへ入れていく。

 

「粉ミルク持ち歩いてるの?」

 

「僕の私物です。コーヒーを淹れるにあたって、それこそシザーリィさんのように苦いのがお好きではない方もいますし」

 

「そっか、僕ももらっても?」

 

「ええ」

 

パスオンは、人懐っこい。穏やかでかわいげのある笑顔で応えて、そしてそんな彼だから騎士団に入って、信頼を得てきた。

 

そして、それに応えられない自分がひどく惨めに思えてもきた。嘘をつくのは慣れた。本当に苦しんできた過去の中に、「妹の現在は知らない」という嘘を混ぜてしまえばそれでいいから楽だ。

 

きっと、ジーリオやリンは調べて知っていて、自分への気遣いで言わないようにしているのだろう。……そう思えば、彼女たちに「過去を勝手に漁る者」の烙印を押した気がして、仕方ないことという理解と一緒にまた自己嫌悪が襲う。

 

「今回は調査を引き上げよっか。出入り口とかのデータは取れた」

 

「そうですね。……そしてこれでは自慢のようですが、僕の高性能な装備や、それなりに自然に慣れた感性を持ってしても見つかってしまいましたし、慎重さが必要でしょう」

 

「やっぱ砂の剣かな……難敵だな、ガルザルク。どうにか非道の情報を掴んでイチム・リリィズの後ろ盾を失わせたいけど」

 

「彼はそう言った非道を恥じる方だったのですか?」

 

シザーリィの問いに、パスオンがゆっくりと頷いた。

 

「優しい人ですよ」

 

「……でも、言うだけではやはり」

 

「良くも悪くも、騎士団には頭の回る策略家も多い。単なる告げ口は分断の作戦だと思い込まれるかな」

 

そんな会話の中、パスオンが向かわせていた偵察機が返って来る。壊されないように臆病な行動設定をされており、帰還率は高い。

リンにすらおびえた様子を見せるが、穏やかさ故かシザーリィには懐いているようにも見える。

 

「前線拠点に戻りましょうか」

 

「そうだね」

 

車両がゆっくりと前線拠点へと戻るさなか、揺れ。

 

「また車で……!」

 

アルテルナ戦の痛い思い出に想いを馳せる余裕はない。その正体は地面から湧き起こった剣たちで、降りた三人がアイリーンに向き直る。

 

「居るじゃん……シィちゃんがさァ!!」

 

「アイリーン・メルトレンド……」

 

空気を取り込み、放った透明の斬撃。かわしつつ散った三人を前に、今度は砂を取り込んで放った。

砂粒たちが、固まってパスオンとリンの肌を殴りつける。

 

「……ッ、ガルザルク!?」

 

「アイリだけじゃ弱いってさァ……そう言うことなのかなァ?」

 

蠢く砂の塊を不愉快そうに蹴って散らしつつ、アイリーンはシザーリィに迫る。

放った斬撃を狙の剣で受け止めつつ、しかしアイリーンの猛攻にどんどんと押し除けられていく。

 

「っは、はは……弱い! シィちゃんは弱い! あたしと違って!」

 

「……。」

 

「なに? なにその眼! なんでちっとも悔しそうじゃないの!?」

 

「私は、強くはなりたいですが……それはあなたよりという話ではないので」

 

アイリーンの眉間に、深く怒りが顕れる。

 

「アイリは眼中にないっていうんだァ!?!?」

 

「違っ、」

 

水たまりを取り込みはなった水圧の斬撃。それを防いだのは、砂を振り払ったパスオンの剣だった。

 

「邪魔するな!!」

 

「いーえっ、させてもらいます!」

 

「わたしはシザーリィを倒して、倒して、勝って……それで、えっと、ああもう!!」

 

力任せに押しのけようとするが、かがんだパスオンの掌底に怯み、蹴り上げた泥水に目が怯み。瞬間、アイリーンの眼前に剣が迫っていた。

 

「あぶな……!?」

 

それをかわした瞬間、意識の外から尖った枝をブッ刺される。剣という分かりやすい囮に気を取られ、視神経をブチ抜かれたようだ。

真っ暗になる視界の中で枝を引っこ抜き、その回復を待ち。

 

「今です!」

 

「……うん」

 

だが回復などしている暇はない。シザーリィの銃撃が左肩から先を蒸発させる。焦りながら合の剣を拾い、しかしバランスを崩し倒れ込み。

そんな彼女をゴミのように見下ろしながら、ガルザルクが姿を現す。

 

「使えない……」

 

「ガルザルク……。のこのこ姿を見せに来たわけ?」

 

「剣にも射程距離というものがあるので。私はね、ここまで姿を見せようと簡単に勝てると、そう言っているのですよ」

 

砂の剣を構え不敵に笑う。……だが、まずは手先を行かせるスタイルらしい。砂に背中を軽く押されつつ、カスティは剣を構え。

 

「っふぅ、ふゥー……」

 

「行きなさい」

 

「……あ、わああああ!!」

 

やけくそ気味に斬りかかるが、パスオンはその剣を簡単に弾き飛ばしてしまう。

 

瞬間、カスティは手を合わせ膝をつき懇願する。

 

「おれ、おれあの人にひどい扱いを受けて来たんです! 回復してない傷が、ほら……」

 

まくり上げた腹には、回復しつつはあるがひどい打ち身のあとがある。

 

「イチムさんはこのこと知らない! ねえ、一緒に、おれもいうからチクってやりましょうよ、そしたら……そしたら、あんな奴なんか簡単に追い返せますよね!」

 

「……フン、あなたのようなガキの言う事、彼は聞きませんよ。王は暇ではないのです」

 

「子供たちを私兵として使いつぶして、牙を研いでおきながら『王』とはね。……アルテルナの使った王という言葉を、愚弄させる気はない」

 

リンが睨みつけると、ガルザルクはおかしげにくつくつと笑う。

 

「はは……あはは! お前もイチムみたいに王だなんだと担ぎ上げられたわけだ! アルテルナも見る目のない奴ですよ。あいつの言う『王』は嘘つきひとつ、つるし上げることもできない。専制君主のすることか」

 

「……なに?」

 

「イチムはどうだか知りませんが、あなたは確実に知っていたでしょう。パスオンの……ええと、ガラシャナアクァラの、数々の嘘。まずは名前がそれだ。フルネームは長ったらしくて覚えていませんが」

 

目を見開いて、戸惑うように、そしてひどく不安に駆られるようにパスオンはリンとガルザルクの間で視線を行きかわせる。

 

「経歴も『見世物扱い』は合っていたようですが、それ以外にも紆余曲折……少数民族の出とか。こまごまとした嘘をね。角は『皮角』とかいう遺伝子の病でしたっけ? これは言ってたかな? あそうだ!あと妹は元気で生きている……まあ、これはあなた方も理解を示すところではあるでしょうけれど」

 

「…………妹に迷惑をかけたくないという気持ちは、わかる」

 

「っは、でも今までの嘘全部が全部妹のためでしょうかねえ?」

 

パスオンの息遣いが荒くなる。しかしガルザルクを制することはできない。だって、本当だから。

 

「そいつはァ! 心を開きもせず信頼も築こうとせず! うわべのかわいげだけで保身を続けるクズだ! 俺と同類だよォ! 嬉しいねえパスオン君!!」

 

「僕は、ぼく、は……」

 

言いよどむ彼の横を薙ぎ、空気を割いたのは銃撃。放たれた閃光を砂で防ぐが、それでも高出力射撃が産んだ暴風に、ガルザルクは姿勢を崩す。

 

シザーリィは、毅然と立つ、

 

「違います。……いえ、違わなくても、関係ありません。」

 

「シザーリィ、さん?」

 

「たとえ信頼を築くことを怖がっていたとしても、彼は……それを諦めてなどいません。」

 

「ガキが生意気をォ!」

 

眼前に迫った砂を、とっさに駆け出したパスオンが防ぐ。押しのけられそうな彼を、さらにリンが支え。シザーリィは、次の一撃をチャージし始めた。

 

「私も……こうして、身を挺して守ってくれようとするパスオンさんを信じたい。自分のための嘘だろうと、それが優しい形であり続ける限り……。お兄ちゃんも、父さんも母さんも、そうすることができる人ですから。私はそうなりたいのです。ただ強くなりたいのでは、なく。」

 

「信じるだなんだと戯言を! っは、ハハ! アルテルナもイチムも俺を信じたせいで破滅する! バカと言うんだよそういう奴を!」

 

「本当に自分のためだけに嘘をつき続けたあなたこそ、破滅しかないと、私は考えています。」

 

「そうだね、シザーリィ……そういうふうに世界はできている。……いや、君のような若い子が、そういう世界を作るんだ! それを踏みにじるお前は!」

 

放たれた最大出力の光弾が、ガルザルクを吹っ飛ばす。すぐに体勢を立て直し駆け寄り、今一度騎士たちは陣形を組む。

 

「っぐ、う…………雑魚には……綺麗ごとを言う権利がないことを教えてやるゥ!」

 

「……僕は、改めて強くありたいと思えたし、」

 

__メンバー、

 

「僕の強さの、理由もわかったよ」

 

__シザーリィ・プラトーニク・カカルコフ

 

「ガルザルク、お前の言う通り、他者を信じるのは、強い奴の言えるきれいごとだよな」

 

__パスオン

 

「世界なんて、綺麗ごとで済むならそれがいいに決まってる!」

 

__作戦開始

 

「パスオン、君の思いつく限りの罠をしかけて! 君を信じる!」

 

「……っはい!」

 

「シザーリィは距離を取って! チャージはしつつも気遣わないで済む最低チャージで! 連射はいつでもできるように!」

 

「はい」

 

「今更ァ! ザコが群れようとォ!」

 

「だとしても!」

 

パスオンは、震えながらも声を張り上げて。枝のしなりと石の重量で、金属片が散る罠。ガルザルクが制御をし損ねた砂を蹴り上げると、それに紛れて突きを放つ。

 

「僕は……信じられるぐらい強くなりたい!! シザーリィさんに、団長に、リンさんに、みんなに応えられるようにッ!」

 

「っぐ……!」

 

防ぎきれず、深くはなくとも腹に斬撃が入る。至近距離で蹴りを叩きつけられパスオンは、吹き飛ぶが、隙なら十分に作った。光弾が砂煙を縫って、腕を貫く。

 

「剣頼りの癖に激昂したら操作が荒くなる……強さにこだわって、アルテルナもイチムも裏切ってまで権力を握ろうとして、その結果がこれか!」

 

「俺を笑う気かリン・アゾットォ!!」

 

「ああそうさ! だからお前は弱いんだ!」

 

瞬間、誓の剣が生み出した鎖が、ガルザルクの腹部を捉えていた。

 

「今です!」

 

「どけェ!!」

 

そのまま、ガルザルクの頭部へ光線が放たれる。砂で防いだが、しかし吹き飛んで、巨木へと叩きつけられ……。リンは呻いた彼を一瞥しつつ、のそのそ起き上がったアイリーンも眺め……。

 

「撤退しよう。長引くと不利になっていく……正式に前線拠点と合流しないと、僕たちじゃ負ける」

 

この状況でも冷静なのが、リン・アゾット。パスオンもシザーリィもそれに頷くと、車両の行くはずだった道を駆け抜けていく。

カスティも、それに続く。

 

「なんで、そんな……惨めなことが、できるの」

 

再生した喉で、アイリーンがカスティに問うた。

 

「生きるためだよ……おれは自分が弱いことを知ってるし、それ相応の振る舞い方をする。そうだな、おれの強みでしょ、こういうのがさ」

 

「……。」

 

「おれには、お前とかガルザルクこそ理解できない……武力なんて手段なのに……そんなもののために、嘘なんて、責任が生まれ続けるものをついてさ」

 

「アイリは、嘘なんてつかない」

 

「だったら、余計わかんないよ。シザーリィ・カカルコフより強いから、何になんの?」

 

アイリーンは激昂して剣を抜こうとしたが、全身が痛くて、出来ない。

走り去るカスティをアイリーンと同じように眺めつつ、身を震わせながらガルザルクは手を伸ばす。

 

「まて……よ、雑魚に、世界は拓けないぃ……証明してやるゥ…………!」

 

吠えても、届くことはない。砂の防護で浅かった傷ゆえに立ち上がることもできる。しかし、いまから追い立てても、前線拠点に居るマクロフィラを刺激するだけだ。

 

「……クソが」

 

怒り任せに地面を蹴って……。そんな彼のもとに、足音。

 

「荒れているようだな、随分と」

 

「……おや、ゴールドバーグ。あなたでしたか」

 

「私は忠義だなんだに興味はないが、純粋な戦いに入る『ノイズ』は嫌いだ」

 

訝し気な視線をガルザルクに向ければ、ゴールドバーグは帽子をかぶり直す。

 

「だが同意するよ。嘘つきをつるし上げることすらできない者が、王にはなれない……か」

 

「何を」

 

「イチム・リリィズは王だったようだ」

 

ゴールドバーグが身を低く構えたことで、ガルザルクも応え剣を構える。銃撃のような爆音は落雷に似たそれ。だが(はたたかみ)の剣は砂の壁に防がれる。

 

「っはァ! 貴様は強いが相性というものがある! 私の壁を崩せるかァ!?」

 

「関係ないな」

 

斬撃がひたすらに叩きつけられ、自分を包む砂の球の中でガルザルクはほくそ笑む。

 

「っ、」

 

「疲弊が見えるなァ!」

 

手が緩んだその一瞬を狙い、砂の腕がゴールドバーグを掴む。今がチャンスだと、砂の剣を構え斬りかかるガルザルク。……だが、なぜか砂の拘束を簡単に崩し、ゴールドバーグは蹴りの反撃を放った。

 

咄嗟に斬撃で応えようとするガルザルクだが、体が上手く動かない。ゴールドバーグの銃撃が、ガルザルクの身体を貫いていく。

 

「っぐ、何だ……!?」

 

「前に戦った時、恰好を指摘された。私は指輪が多いとか、なんとか。面白い観点だったよ」

 

「何の話だ……!」

 

「お前は布擦れの多い、緩い服を着ていた。だから気付かない」

 

ゴールドバーグの剣が与え続けていた電力は、静電気としてガルザルクの服にまとわりつき、己が固めた砂が、服に強く張り付いて己に牙をむいた。砂の操作を解除すればいいが、戦いなどは一瞬の隙がすべて。

 

体の操作を取り戻したころには、上半身と下半身がお別れしていた。

 

転がるガルザルクを簡単に縛り上げると、ゴールドバーグはアイリーンを一瞥する。

 

「ああ、そうだ、貴様も勧誘して来いと言われていたんだったな。どうだ、アイリーン・メルトレンド。イチム・リリィズは戦うだけの機会を用意してくれる男だ。強くなりたいなら、場所には困らない」

 

「……あんたは、なんで、強くなりたいの」

 

「強くなりたい、と言うのは正確ではない。私は既に強い。正確には、強さの証明をしたいといったところか」

 

「じゃあ、それはなんで」

 

「それが楽しいからだ」

 

「負けたら、どう思う」

 

「悔しいが伸びしろだな。もっとも、今の時点で誰に負けるつもりもないがな」

 

強さは、目的ではない。

 

楽しむことに必要な道具なのだ。アイリーンは何も言う事はなく、身を引きずって踵を返すことを選んだ。

 

「それなら好きにしろ」

 

ゴールドバーグもあえて追うことはしない。遠くの騎士団北拠点へと向き直り……。そしてため息。

 

「イチム・リリィズの指令だと言うことは勘違いされたくないが……。まあ、いい。待っていろ、レレル」

 

小さくなっていくその背中を見つめつつ、アイリーンは剣を握る手を強くする。

 

「だって、強くなれって…………なりたいって、アイくんは、いうんだ……」

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