手向けにカトレアを   作:さわたり

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第十四話「イチムという器」(1)

捕まえたガルザルクを放り投げ、ゴールドバーグはテントに来たイチムに、判断を促す。

 

「こいつを張っておけと言うのは、こいつがゲス野郎だと見抜いていたからか?」

 

「騎士団の中でそういう話があるらしいことは調査で分かってたからね」

 

「っふ、ゥ……貴様の綺麗ごとは聞き飽きた! あのイカれた計画もだ!」

 

「あはは……穏やかではないね」

 

イチムは、微笑んだままかがんで視線を合わせる。

 

「つらかったね」

 

「……あ?」

 

「君に幸せをくれたのは……いや、君の不幸を取り除いてくれたのはいつも力だった。その結果、人を傷つけてしまうなら……どうあっても責任は取らなきゃいけない、社会はそうできている」

 

「っは、俺にけじめをつけてもらうって言うんですか」

 

「んーん。私は、からっぽな人間が、そのからっぽさ故に他者を傷つけ、排斥される世界を正しいとは思わない」

 

にこりと笑ったかと思えば、イチムはゆっくりとガルザルクを抱きしめる。

 

「だから作るんだ、『彼女』がそれを望むように……君みたいな……君たちみたいな人間が、分かりあい、許しあい、認められる世界を。」

 

「な……え…………」

 

ガルザルクをの身体は鋭くとがったツタたちに貫かれる。……だが、不思議と痛くはない。正確に言うなら、イチムが花の剣で己の身体をそうするように……体が植物になり融合している、といったところ。

事実、イチムの腕と深く融合した花の剣が、その手に握られている。

 

「『彼女』のもとで、私達は一つになる。『滅び』までの短い時間……ゆっくりとお休み。そこでは、誰も君を踏みにじらない」

 

完全に根っこに変化し、大地と一つになったガルザルクにイチムは優しく笑う。

 

「あんたも、ああなることを望むのか?」

 

フロフキは、そばにいたゴールドバーグへと声をかける。対し、彼はなんとも言い難い感情で、言葉を紡ぐ。

 

「さあな。私は戦うことができればいい。全てが滅ぶのであれば、それもできないことを考えれば……まあ、それまでの間楽しませてもらえるなら、それでいい」

 

「世界が滅ぶって、信じてるのか?」

 

「花の剣を通し……『彼女』がそう言っている」

 

「その、『彼女』、ってのは」

 

「ガーデンそのものだ。……正確には、ガーデンの全てと繋がった、中央の巨木。イチムは、『彼女』と完全に一つになり、穏やかに眠ったまま滅ぶことを、選んだというわけだ」

 

イカれた計画と言われるのもわかってしまうものである。……だが、フロフキはイチムという人間が本当に自分のような人間を必要として、救おうとしているのを、知っている。

自分にも、イチムの救いが必要だ。そう考えると、滅びを穏やかに待つことも、案外悪くないのではと思えた。

 

「シルヴィさん」

 

「ここに。」

 

イチムに声をかけられ、影から姿を現したのは目隠しをつけた、すらりとした体格の男。品格をまとわせながら、男こと、シルヴァリアはイチムのもとへ。

 

「今回の襲撃で全てを救えるとは思わない。追い立ててやるのもかわいそうだけど、やっぱり一人で泣く方がかわいそうだから……。追撃、お願いできる?」

 

「もちろんです」

 

作戦開始だ。歩き始めたシルヴァリアの背に、フロフキが小さく呼びかける。

 

「あんたは、どうして……ここで戦ってんだ?」

 

「僕の居場所だからです。……剣士としての在り方を失くした僕を、必要としている」

 

そう言うと、すでに見えないその眼を、目隠しの上から優しくなぞる。

 

「行く先がどうであれ、最後の地獄まで、ご一緒するまでですよ」

 

 

 

 

手向けにカトレアを

 

眠り編 第十四話

「イチムという器」

 

 

 

 

前線拠点が、ツタに飲み込まれた。

 

逃げ惑う声と非常事態を告げるラッパが響き、ゴールドバーグやシルヴァリアはその中を悠々自適。あまり苦しめるのは本意ではない……ということで、片っ端から斬って足止め、ということはしない。ゴールドバーグは、手が届くほど近づいた者には電流での気絶を与えるが……。

 

フロフキは、周辺を偵察するシルヴァリアの後を追う。

 

「……。」

 

「どう思いますか」

 

「……え?」

 

「フロフキは、こうなりたくないような物言いをしていたではありませんか」

 

「分かんねえよ。……でも、怖いけど、安らぐものなんだよな?」

 

「一度疑似体験をしましたが、確かにアレは恐ろしい。人間の温かい気持ちが流れ込んできて、『彼女』の中で眠るガーデナーが手を引いてくれるのです。……あそこで一生を終えるのは悪くない、思えてしまうでしょうね」

 

「そう、か……。じゃあ、これって良いことなのかな」

 

「…………。私と、イチムは、考えてそう結論付けた。それではダメですか?」

 

「? いや、そういうなら、そうなんだろうけどさァ」

 

そんなフロフキを一瞥……目は見えないが、においや感覚で捉えられるものはある。とにかくそちらに向き直ると、シルヴァリアは何か考える様子を見せる。

とはいえ、任務というものがある。逃走を開始したのは、インパチェンスのプラニスとサフラン。

 

「僕はあの騎士たちを追います」

 

「出来るのか?」

 

「鼻は効くので。フロフキは、拠点へ」

 

「……分かった」

 

ツタに飲まれる騎士たちを一瞥しつつ入って行けば、ゴールドバーグとぶつかり。彼に促されるように改めて二手に分かれた。

ゴールドバーグは、地下の捕虜の収容室へ。レレルと、テルトのお迎えだ。

 

「……ありゃりゃあ!? ゴールドバーグ・パーガトリーせんぱいじゃないですかァ!」

 

「ンの騒ぎはなんだ?」

 

見上げた二人の拘束具を壊し、保管庫の剣を取り出し……。二人を逃げ道へ促しつつ、ゴールドバーグは答えた。

 

「イチム・リリィズは実行に移した」

 

「おォ! 救いの時ですね~むふふ」

 

「……だな」

 

「しかし意外だ。お前らのような連中が、彼の計画に肯定的なのは」

 

元気なくせに弟におんぶされつつ、レレルは笑う。

 

「何を言うんです。クソみたいな私の世界にはねェ、テルトしかいなかったんです。寂しいんですよォ」

 

「……フン、そうか」

 

「最近、登場人物は増えましたがねぇ」

 

ゴールドバーグに笑いかけ、だが彼は一瞥もせず、「舌を噛むぞ」とだけ返した。

 

 

 

 

フロフキが立ち尽くしているのを、イチムが見つける。こんなに大規模にツタを伸ばすのだから、『彼女』の力を借りているとはいえ負担が大きい。汗をかいた彼へ、しかしフロフキは視線を向けることもしない。

 

「兄……ちゃん、」

 

「…………フロ、フキ……ね?」

 

ツタに埋もれ浸食されていくチフキ、それとコルニカ。すでに取り込まれたのか、テトラの剛の剣が雑に転がっている。

抵抗虚しく、ふたりは眠るように、どこか穏やかな顔で沈黙すると、どんどんと茶色く硬く変わり、木の根っこのように。

 

「あはは……見た目はグロテスクかな。でも、皆、本当に穏やかに」

 

「その世界に、」

 

「……?」

 

「その世界には……チフキも居るのか?」

 

「いま、加わった。どう? 今一度お話をするかい? 君にはもう少し働いてもらいたいから、すぐに一緒にとは言えないけど、」

 

イチムは、言葉を止める。フロフキが、かぶりを振っていたから。

 

「俺はあいつが嫌いだ」

 

「うん」

 

「だから、一緒の世界で一緒に、心を通わせ続けるなんて御免だ」

 

「…………そっか」

 

「でも、こんな事ばっか言ってるから、俺は俺になれないんだろうな…………」

 

へたり込んで膝をついたフロフキの横に、イチムがゆっくりと膝を抱えて座る。

 

「君は、なんで彼が嫌いなの?」

 

「……俺に持ってないものを持ってる。バカの癖に」

 

「ふふ、素直で善良なおバカって、みんな大好きだと思うよ」

 

「そうだよな。それでいて、あいつは人の話真剣に聞こうとすんだよ」

 

「……美徳じゃないか」

 

「俺もそう思う。……だから、嫌いなんだ。俺はあいつにはなれない」

 

俯くフロフキの頭に、イチムが優しく触れた。

 

「彼も君にはなれない」

 

「そりゃ、チフキに対する劣等感を人間にしたのが俺だ。自分自身では、なれないだろ」

 

「私のもとに来てくれたのも、チフキへの当てつけ?」

 

「……そういうつもりはねェけど」

 

「からっぽの人間、ってい言うけど。本当にからっぽなわけじゃない。自分を見つけられていないだけだと思う。これは、きっとリン・アゾットやジーリオも頷いてくれる」

 

「……。」

 

「その上で、聞く。君はチフキをどう思う」

 

「…………嫌いだ」

 

「うん。君という人間が、君と言う人間を客観視して、そうして出てくる「よくないところ」を、チフキにつまびらかにされるからだろ? チフキなんかなくても、『劣等感』なんてものがあるなら、もうフロフキはここにいる」

 

フロフキが眼を見開いて、向き直る。

 

「でも、だとしたら」

 

「……うん、嫌いな人間と、同じところに居続けることを、拒みたい。当然だし、それが出来なければ人間は壊れてしまう」

 

「でも、それって!」

 

「いいんだよ、私は君みたいな人に、自分を見つけてほしい。どうせ死ぬなら、その前にはね……。性急でも、他者との分かり合いが必要だと思ってた、そういう側面もあるけど。……でも、フロフキはフロフキを見つけた」

 

「……そう、だな」

 

「だから私は嬉しいよ。こうして、君が立って、自分で考えて、結論を出してくれたこと」

 

立ち上がったフロフキは、糸の剣を強く握っていた。

 

「一週間とかだけど、世話になったよ。……オレ、あんたと出会えてよかった」

 

「私も、君のような子が、立ち上がってくれて本当にうれしい」

 

「うん。あんたは、自分を見つけてるんだな」

 

「…………どうだろう。私は結局、みんなの望むことを成すだけの容器だ。今も、『彼女』の哀しみに応えようとしているだけで」

 

「でも、ただの器じゃない。「王の器」とか、アルテルナが言ってたけどさ。あんたは他者を受け止めて導くっていう、器そのもののあんたを持ってるよ」

 

「それがあるのだとすれば、()にそれを見出してくれたのは、ジーリオだ」

 

ポケットにしまっていたペンダントを、強く握る。白黒で、二人の写った写真の、ペンダント。

 

「……オレは、あんたのやり方に反対させてもらう。オレ自身の意思で」

 

「わかった。じゃあ、私達は敵だね。……五秒数えたら、君を力づくで『救う』。……走れッ! フロフキ・オブ・ハマダ!」

 

「ああ!」

 

背を向け駆け出し、五秒が経った。駆け巡るツタたちを糸の剣が引き裂いていき、そして、その姿は森の中に消えた。

 

「花の剣と糸の剣は、相性が良くなさそうだ」

 

困り気味に、イチムは笑った。

 

……さて、前線拠点はもう覆い尽くした。かなりの取り逃がしがあるだろう、と……ひとり外に出てイチムは考える。そこに、ひと凪ぎの斬撃。

上半身を花束に変えて回避すると、迫る拘の剣と、眼前のアドーネ・アドニスを一瞥した。

 

「これは……困ったちゃんだね!」

 

「アドーネ……元気そうでよかったよ」

 

草全体を抑え込もうとするのを、もっとバラバラになって回避。イチムは森の奥へと逃げていく。当然それを追い、植物化にも限界があるのか走って逃げるその背に、今度は突きが迫った。

 

「……これはッ!」

 

「お久しぶりですわ!」

 

「ローゼっ! 対人戦最強の騎士様になったと聞き及んでいるよ!」

 

「いまなら投降を「腑抜け」ではなく「賢明」と判断して差し上げます。ですから。」

 

「対人ならね! 君が今から戦うのは私ではなく、ガーデンそのものであると分かってもらおう!」

 

「戯言を言うのであれば! ただのクサレ脳みそだと思うことといたします!」

 

迫るローゼは突きをフェイントで止め、かがんで拘の剣の横なぎを回避。それを分かって放っていたアドーネが、イチムの腕へと傷をつけた。

 

「ジーリオと互角だった私だが、腕はなまるな……『彼女』と天運を祈ろうか!」

 

イチム、花の剣を構えた。

 

 

 

 

前線拠点はひどいことになっているらしい。南拠点でそれを聞いて、とっさに飛び出したのはシザーリィだった。あそこには、別れて動いていた解体部隊が居る。たしかパスオンも……。

焦る彼女を追って、ニトパールも飛び込み。乗客二人のまま、ガーデン縦断鉄道が走り始めた。

 

「やっぱ来ると思ったァ。……なんかさぁーあ、ボスが前線拠点どうのこうのって言ってたんだよねえ」

 

車掌席に座り、前面の操作盤に足を乗せながら、アイリーン・メルトレンドは振り返る。

 

「……なんで、居るのですか」

 

「シィちゃんを倒しに来た、って言ったらどう思う?」

 

「そうはさせない、って言うかな~」

 

応え、ニトパールはアイリーンの前に立ちはだかった。

 

「ムカつく……」

 

「それはどうも~」

 

「…………ニトパール・カカルコフ。あんたさァ、なんで武器なんかとって、騎士団に来たの?」

 

「さあね~。今この瞬間は、シィを守るためだけど」

 

犬歯を見せ、アイリーンはにやりと笑う。

 

「じゃあ見ててよ。あんたの意味を持った強さとやらが、崩れ去ってさ、シィちゃんのお兄ちゃんはザコで、クズなんだって、そう思い知ってよねェ!」

 

「何言ってるかよくわかんないよー……」

 

車両の壁をめちゃくちゃにしながら、影の斬撃が放たれる。かわして放った銃撃を合の剣に取り込み、薙いでお返し。腕に空いた穴をかばいながら、狭い車内で跳ぶ。

 

「このッ!」

 

壁をから剣を突き立たせ追うが、荷物を置くものらしい、イスの上の金網……その上を滑って、ニトパールは回避する。

だが護衛が居なくなったなら好都合。チャージ中のシザーリィに迫るが、とはいえそれをニトパールが許すわけもない。磁力で仕込んでいたワイヤーが張り、アイリーンの腕を捉えた。

 

「そこッ!」

 

「うっとおしい!!」

 

アイリーンは、自分の腕をぶった斬ることで、それを打開する。

 

「な……」

 

「アイくんさえいればいい! 強くなれる!」

 

「……っ」

 

どうにか狙の剣で防ぎ、押し飛ばされたなら小威力の銃撃を放つ。だがそれは取りこまれ……まあ斬撃に利用される。いつものパターンだ。

 

「よそ見しないでよ~ッ!」

 

「優しいお兄ちゃんでよかったねェ!?」

 

迫るニトパールに斬りかかり、それをかわし双剣の素早い斬撃。防戦一方になり、それすらもニトパールは打開する。アイリーンの斬撃を逸らせば、それは座席のクッションに突き刺さり。奥の金具に引っかかるが、しかしアイくんを手放すなど一時的だろうと選択肢にはない。

 

「っぐ……!」

 

「防いでも終わりじゃないよ!」

 

どうにか持ち上げた脚でニトパールの斬撃を受け止めるが、痛いものは痛い。苦悶しながらも、言ってみれば「金具に剣を突き立てた」状況であることを思い出し。

クッションを突き破り飛び出る剣状の金具を避ければ、そこに気を取られニトパールの腹が空く。

 

「貰ったァ!」

 

「いいえ、こっちのセリフです。」

 

「なッ!」

 

シザーリィ、チャージ完了。防御が間に合わないが、合の剣が腕を引っ張るように勝手に動き……シザーリィの銃撃を吸収などしきれないのに、どうにか吸い込んで防ごうとする。

蒸発するには至らず、ぶっ飛ばされドアを破壊し操縦席に逆戻り。

 

『ご注意ください!』

 

「……警報?」

 

ビービーとけたたましい音が鳴る。どうやら操作盤のミスで何か鳴らしてしまったようだ。

 

「ああ、うるさい!」

 

「この程度はね~慣れないと!」

 

訓練を積んでいる兵士である。爆音も気にせずニトパールは迫り、油断なく銃撃を放ち。今度こそ完全にワイヤーに取り押さえられたアイリーン。

しかし、彼女はやけくそである。何かがぶつかって揺れる車両を見て、笑う。

 

「あそっかァ……これ乗り物だもんねェ!」

 

「危険です……! あなたごと見つからないような場所にふきとべば、カトレアが切れることも、」

 

「その時はアイリの勝ちってことでいいかなぁ!」

 

動力炉を突き立て、巻き起こった爆風と衝撃波が車両をぶっ飛ばす。

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