手向けにカトレアを   作:さわたり

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第十四話「イチムという器」(2)

森の中を転がり揺れる車内で、ニトパールはシザーリィを、アイリーンは合の剣を抱きしめながらどうにか保つ。

 

揺れ終わり、投げ出された森の中。木にたたきつけられたニトパールがかなり歪な形状から再生しようとしているのを痛ましく見つめながらも、シザーリィは無事だ。

 

「……っふ、ゥ…………」

 

「アイリーン……さん」

 

「いてて……」

 

アイリーンも相当ぐちゃぐちゃだが、しかし合の剣と融合することでどうにか形状を保とうとしている。立ち上がったアイリーンの腕が、両手ともに剣の形へ。

 

「だあああ!!」

 

「っ、」

 

のけぞってかわし、次の攻撃が来ようという瞬間。シザーリィは懐から磁の剣を取り出す。

 

「借ります、お兄ちゃん!」

 

「なっ、」

 

連続で放たれる銃撃が改めてアイリーンを蜂の巣にすると、続いて放たれたワイヤーがその穴を縫うように押さえつけ。姿勢を崩し、緩やかな崖をアイリーンが転がっていく。

 

「……、っく」

 

痛む体を抑えつつ、それを見つめ……。しかし追うのは、兄の様子を見てから。再生しつつあるニトパールに駆け寄る。

 

「……追っ、て」

 

「でも、」

 

「僕は、大丈夫だから」

 

もう一丁を貸して、ニトパールは妹に珍しく険しい顔を向ける。

 

「行くんだ……!!」

 

「っう、うん」

 

 

 

 

「あーあ、勝てないなぁ…………」

 

影を使った融合も溶け、アイリーンの髪は昔のような綺麗な金色の一色。鏡を見ると、姉を思い出して苛立つ、色だ。

 

「アイくん……私、どうしよう、どうすればいいのかなぁ、アイリわかんないよォ……」

 

横に転がる合の剣を見つめ、しかし手が伸びない。ゆっくりと縮こまって、ただ泣くことしかできず。……そんな彼女の頭に、触れる。

目を空ければ、それは真っ黒なシルエット。……ちょうど、自分と同じ体格と、髪型と、服装に見える。

 

「……アイくん?」

 

「……。」

 

影のアイリーンは、ゆっくりとアイリーンを起こして、そして抱きしめる。……いつも、アイリーンが、そうしてくれたように。

 

「ねえアイくん」

 

「……。」

 

「あはは……喋らないよね、そりゃそうだ」

 

「……、」

 

でも、何か伝えたさげに、合の剣はアイリーンの頬に触れる。言葉など無くても、心の奥底でなんとなく、分かる。

 

「うん……。強くなるためのアイくんじゃない。アイ君のために、強くなりたかったんだっけ。……でも、もうボロ負けだよ。だから、慰めに来てくれたんだよね」

 

すこし、間をおいて。

 

「アイくん、あたしを捨てる?」

 

影はかぶりを振った。

 

「……そっか。…………もしかして、アイくんも、誰かに必要とされたかったのかな?」

 

「……。」

 

「だよね、だってあたしがそうだから。……本当は、いつでも気づけたのにね。一緒に、探そう。アイくん……ううん、アイリ。」

 

合の剣を……影のアイリーンを、

 

いや、アイリーン自身の影を抱きしめ、もう一度一つになった、アイリーン。黒と金の髪は、姉も父も関係なく大好きだ。

 

「……アイリーン、さん」

 

「あ、シィちゃん。そっかぁ……まあ、まだ決着はついてないよね」

 

「落ち着いて、居ますね。」

 

「んー、まそうかも。そうだなあ、恵まれてて……必要とされてるのはうらやましいけど、強いからじゃない、って、知ってたけどさ。うん、でも、強くなって、必要とされたら、気持ちいいだろうな」

 

アイリーンは剣を構え、そして。駆け出した!

 

「あたし、強い!」

 

「っ、」

 

「シィちゃん、着いてこれるかなァ! アイリこっからどんどん強くなるよ!」

 

横に薙いだ斬撃を磁の剣で防ぎ。そして、押し返せず吹き飛ばされ、銃撃は吸収されると分かっているので今度は一気に距離を詰める。

 

「アイリにこんな迫るなんてさぁ、シィちゃん強いじゃん!」

 

「ありがとう、ございます!」

 

しかしアイリーンは、もっと強いのだ。がむしゃらな斬撃をかわし磁の剣を弾き飛ばすと、チャージ済みの狙の剣を逸らし。草を取り込んだ剣がシザーリィを取り押さえた。

 

「アイリ、勝った!」

 

「……おめでとうございます」

 

「じゃあ、次……!」

 

振り返るアイリーンに迫るのは、眼の剣を突き立てるニトパールだった。

 

「っぐ、」

 

「取ったよ……!」

 

「っと……!」

 

突き自体はいなし、しかし次の斬り上げは防ぎきれず胸に喰らい。アイリーンは不敵に笑う。

 

「アイリは、強さで必要とされたい。戦いでご飯食べてるあんたたちみたいにね……次は負けない!」

 

そのまま藪に消えていき、傷をかばったニトパールには追えない。シザーリィの拘束を解きつつ、ニトパールは不思議そうにアイリーンの去って行った草むらを眺めた。

 

 

 

 

貫の剣が、かわされる。相手は人と言うよりスライムのようなものと捉えるべきか……ともかく、お互い攻めが上手くいかず、戦いの状況は一進一退を繰り返す。

 

「よそ見厳禁だよ!」

 

「君たちのようなキラキラから目は背けないさ……!」

 

余裕ぶるアドーネだが、こういう戦いに慣れているわけではない。……そもそも、イチムの戦法は後ろから伸びるツタとの突きなどの、意識の外のものだ。

動物的ではない攻撃には、苦しめられる。それでも対処はできているのが幹部の風格ではあるが。……頭部をかすめたのは、間一髪と言うところか。

 

「っはァ!!」

 

「おっと……」

 

そしてローゼの貫の剣が、空気を絡め竜巻のような一閃を放つ。ただ強く範囲が広いだけの突きだが、ローゼの判断力でそれを出してくるのだから恐ろしい。

 

「逃げると思ったよっ!」

 

その突きをかわそうものなら、今度は囲い込んでの拘束に一夕の長があるアドーネが構えて。もぐりこんだ草ごと削って空中に舞い上げ、ローゼの跳びあがっての突きが向かった。

 

「一件無敵に見えますが……しかし、花の剣から離れてしまえば無力!」

 

「よく見抜くよ、ほんと!」

 

「貰いました!」

 

「どうだか!」

 

右腕……に相当するツタの塊を狙った突きは、むしろ剣で受け止めればいい。しかし、落ちた先で放たれたアドーネの一撃が土ぼこりを巻き上げ。

悪視界での戦闘なら慣れている。ローゼは油断せず斬撃をすべて防ぎ……いや、むしろ防がない選択。肉を切らせて骨を断つのだ。顔の横を薙いだ草の剣を肩と首で止め、そしてイチムの腕をつかみ……自分の腕ごと、ぶった切る!

 

「っぐ……花の剣、確保いたししました……!」

 

「よし……これなら…………!」

 

「っぐ、う……」

 

イチムは、ふらふらと離れ。ローゼとアドーネが歩み出そうという、その時

 

彼は、笑っていた。

 

「『彼女』に任せたから、前線拠点は戻らないとか? でもねえ、俺ちゃん達にはオヴィくんみたいな優秀な研究……」

 

「……いえ、何か、おかしいです」

 

「君たちへの攻撃は、最初から……耳狙いだ。この森の環境音は……風と、草の揺れる音。植物だけで再現できる。……耳栓は、イチかバチかだったけど…………」

 

アドーネとローゼが、己の耳に手を伸ばし、そして耳から、いつの間にかくっつけられていた草の耳栓を引っこ抜く。

 

「アドーネ、君ならよく『これ』を使うだろうから、ここら辺の風景、見覚えがあるんじゃないか?」

 

ふたりの耳に飛び込んできたのは、『注意してください!』の警告音と、車両の走行音だった。……縦断鉄道である。

 

「森に誘い込んだ時点で既に! 花の剣はカムフラージュをしていたのさ……天運は私に向いたッ!」

 

花の剣が効果を失い、消え失せる草の壁と床。……現れた線路と、巨大な質量。気づいたときには遅かったが、そんなアドーネを、ローゼが突き飛ばす。

そして果てしない一瞬のうち、ローゼはぶっ飛んで跡形もなくなる。

 

「ろ、ローゼ、さま……?」

 

「ミンチじゃすまないだろうけど、大丈夫さ。……きっと見つけ出して、『救って』あげる。どうせカトレアが切れるより先に、滅びは来るし」

 

「……な、え、」

 

と、言って花の剣と自分の腕を拾い上げたあたりで同時に車両の方から轟音が上がる。機関部をぶっ壊しでもしたのだろうか……とか、考えるのんきなイチム。

 

どうにか己を奮い立たせたアドーネの攻撃をかわし、イチムは優しく剣を突き立てた。

 

「、あ……」

 

「アドーネ……君のようなヒーローこそ、安寧の眠りには必要だよ。ありがとう、おやすみ。」

 

そして、飲み込まれ根っこに変わって……。イチムは雄大なる大木へと、視線を送った。

 

「これでいいんだよね、『母』よ……」

 

 

 

 

プラニス、サフラン……そして、トキワ。任務の都合でナナカマドを置いてきていたようだが、ここで切り札を失わずに済んでよかった、とか。

焚火を三人と共にながら、リンは考える。

 

「次は北拠点かな」

 

「だろうな。団長が、狙われる」

 

「あの爆発ぅ……多分車両ですよ? 南拠点に逃げるなら徒歩ですか?」

 

「むしろ……紛れ込めるのは、徒歩だよ。リンちゃん、北拠点襲撃に間に合うなら、先に救助して……難しいなら、生存者と少し固まろう」

 

「うん。……イチム・リリィズと交渉をするなら、ジーリオ団長には居てもらわなきゃ」

 

それを聞いて、そもそも無表情だが、しかし険しい雰囲気をトキワが纏い始める。

 

「和解、するのか」

 

「完全にとはいかないけど、何か揺さぶりはできるでしょ。団長、彼と付き合ってたみたいだし」

 

「何? 聞いたことないぞ」

 

「右腕なのに……? そういうとこ踏み込まないのはプロなのか……? てか僕勝手に言ってよかったのかな!?」

 

「緊急だし仕方ありませんよ~」

 

そんな話の中、プラニスが顔を上げる。

 

「追われてる、かも」

 

「そうだな、気配がある」

 

「動こうか」

 

火を消し、森に紛れ……しかし、シルヴァリアは嗅覚と気配で追跡をする。……誤ることはない。イチムに報告するタイミングをうかがいつつ、リンたちは逃さない。

 

 

 

 

「……おォ? 雑魚のアイリーンじゃねえか」

 

「っは、馬鹿のフロフキだ」

 

さまよった末、森の中でばったり。まあ、前線拠点から逃げた者と、北拠点手前……つまり前線拠点前でぶっ飛んだ車両から出た者なので、そう不思議でもない。

ともかく、お互いの逆鱗だったはずの罵倒を受けて、双方はケタケタと笑う。

 

「お前、なんか目つきマシになってんじゃん」

 

「あんたも前もっとイライラしてたのに」

 

「……っは、色々あったわけだ」

 

「そーだね。イチムんところ行ったんじゃないのォ?」

 

「抜けて来た、オレの意思で」

 

「あっそ……じゃあ行くあて無しだ。アイリと同じ」

 

それを聞いて、フロフキは自嘲気味に笑う。

 

「イチムの手から逃げきれるとは思えねえけど……出来得る限り逃げるぐらいはするつもりだよ。お前は? 騎士団に泣きつくか?」

 

「あそこには、強くなってから行くよ」

 

「……ふーん? じゃ、逃避行の始まりか?」

 

アイリーンも自嘲のように笑って。

 

「いいよ、馬鹿があたしに着いてこれるかな」

 

「雑魚がほざくじゃん」

 

今度は、二人そろって、大笑い。とりあえず海岸でも目指してみるかと、二人の脚は西へと向かった。

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