カスティ・カスティオスは臆病者である。騎士団による保護を『あてにならない』と考え、そして、本当は怖くて嫌だが、しかし生き延びる手段としてプライドのようなものは捨てた。
彼は、騎士たちの元を抜けてイチムのもとにいた。
「……今ここで相対するのは避けたいな。カスティ、できる?」
イチムが彼を送り出したのは、ヤナギとラヴィニアの足止め。言ってしまえば生き汚い彼こそ、こういう時的確な逃げ場を作り出せる。
「聞いた話だと、君は生き残れればそれでいいようだけど」
「……その、おれたちの邪魔、する事ないと思いますけど」
騎士たちの言葉を受けても、カスティは針の剣を固く握りしめる。
手向けにカトレアを
眠り編 第十六話
「リン・アゾットはあきらめない」
針の剣から、文字通り針が射出される。はじき返しつつも体で受ける選択肢が入るのも、カトレアの力を得た騎士の特権だ。
しかし、頬をかすめ切らず、肉を巻き込んで異常再生を始めた針を見れば、事情が変わる。ヤナギは涙目で肉を削いで、投げ捨てる。回復する頬に触れ、体勢を立て直した。
「針に、細かい針が生えている。なんだったかな……何とか構造。そのせいで再生異常が起きるんだろうな。対処は簡単だけど、戦闘中に腕や脚をやられたら面倒だ」
「……で、も。おれたち……飛ぶ刃で、こ、こういうの訓練してますからね!」
「そうだね」
楔の剣を突き出されカスティは肩に大きな傷を作る。完全に素人の動きだ。視線を見れば、その針の動きもわかる、はず、だが。
「……! 視線を向けずに、こんなことを」
「ひィラヴィさん!! ぇ、あ! 全自動……?」
「た、多分ね……」
「それは、困るな」
跳び抜きつつ、右腕から針たちをそぎ落とし。再生を待ちながら、飛び交う針を回避する。壁に反射し、針同士がぶつかり……。
読めない軌道に翻弄されつつ、すこしずつカスティと距離が空いていく。
「ま、まずいです……これ、逃げられるんじゃ」
「でも、距離を詰めれば事態は悪化して、彼の動きと関係がないから好転もしない。通路という閉所なのもまずい。僕らの剣との相性も良くないかもしれない」
「……で、でもなんで、あの子は平気なんでしょう? そういうの針が気遣ってるようには、見えないし」
カスティはあたりをきょろきょろして、ろくな臨戦態勢もできていないままあたりを歩き回っている。
「きっと、剣がある程度位置を教えてくれるんだろう。針の様子を目視してもいるようだし、彼の情報処理能力を期待してイチムはアレを使わせてるんだ」
「それって、剣が強いって事じゃないですか……」
「そうだね。そして、そこに状況というものが加わったら戦況は簡単に変わる。ヤナギくんは知ってるだろ」
「……うん」
なら、状況を変える。まず、二人はカスティへと駆け出す。カスティもカスティで頭を使い、蹴っ飛ばした瓦礫で針の軌道をめちゃくちゃにする。それはそれでふたりは適当な瓦礫を盾に駆け出し。
「っぐ!」
「……跳ね返って背面も来るか」
背中に突き刺さった針が骨や肉体を巻き込み、カトレアの再生力を悪用し歪な形へとゆがめていく。それを顔をゆがめて耐えながら、ヤナギはラヴィニアに合図。
ラヴィニアは、あたりをハチャメチャに斬りつけた。
「や、やけくそではじき返す気? っは、それはそれで軌道が分かんなくなるだけだ!」
言葉通り荒れ狂う針の中、ラヴィニアは地面を蹴りこむ。目的は、床の破壊。そのまま、ヤナギを残し地面へ消えていく。
「掘削するつもりかよ! でも!」
針は反射を繰り返し穴の中へ。……状況は分からない。下からの奇襲であろうが。
そこまで考えてカスティは、己の針が己に牙をむく可能性に気づいた。無事に穴を掘れれば……。
その予想は的中し、ちょうど跳びあがった瞬間、左腕がグネグネに曲がったラヴィニアが眼の剣で突きあげた。
「っは! おれの野性の勘が活きた……相性が悪かったな、クロエ・エレムルスとかさ、あとドゥーゲン・モリオンとか、あとはカカルコフ兄妹! おれを簡単に狩れるやつは居た!」
「そうだね。でも、それだけで終わるようにも思わない」
「あ? ……待ってよ、なんであんた、眼の剣で?」
瞬間、壁を突き破って……いや、壁ごとヤナギが迫る。壁に突き立てた、楔の剣ごと。だからと言って防がれる道理はない。欠けた壁の断面だとかに反射しまくって、針はヤナギを襲う。
「止まらない!? あんだけ飛んでりゃ脚も……」
「ぁ……う、うおおお!!」
やけくそ気味の声だが、作戦あっての行動。涙の剣をその身にブッ刺し、半液状化した体は針の効果を減らしている。ぐずぐずに脚は崩れるが、自分でその程度は分かっている。壁を叩き割って、そのまま溶けかけの上半身で楔の剣をぶん投げた。
「っぐ、ぁ……!」
「痛い目に遭わせて申し訳ないとは思っているんだよ。でも、こうするしかない。相性が悪いから、作戦で」
回し蹴りがその剣を更に突き立て、カスティの身体が真っ二つにふきとぶ。だがそれでも無力化はしない。針が飛び交い、もう動けないカスティも貫いて、どんどんとラヴィニアにも突き刺さり。再生を始めたヤナギにも突き刺さり……。
「っぐ……」
そのまま、迫るツタたちを、無理矢理振り払い……。針だらけのまま足を引きずって、二人は逃走を選んだ。
「あ……逃げちゃった……あー……。でも、どうせ、まあ逃げらんないよ…………。おれ、本当に、平穏なとこで、ずっと生きられるのかな、怖いな……」
ぶつぶつと呟く再起不能のカスティを、花々がやさしく包み込んでいき。どこか安らかに、彼は目を瞑った。
ゴールドバーグとジーリオは、にらみ合いの姿勢。遺跡の中、ヒリついた空気が漂う。
「どうせならイチムと戦えばいかがです。彼は強いですよ」
「そうかもな。だが、いちど
「そういう一貫性はある方でしたか。これは失礼を言いました。」
「フン、別に間違ってはいない。私は強者と剣を交えられればいいのは確かだ。……今この瞬間も、例外ではない。」
閃光が銃撃のように音を立てる。それを刃たちが盾となり防ぎ、ゴールドバーグはすぐに距離を取る。ジーリオの指揮に合わせ、刃が舞う。
十数メートル情報で繰り広げられた針の剣の大暴れなどとは比較にならない、流麗な動き。制御されている分当然視線で回避することはできるが、しかしその精密さと複雑さがそんな単純な戦法は許さない。
「雷光をかすめて軽く焼くことはできても、その剣で斬る時は、実体化が必要。そうでしょう?」
「答える必要はない」
「賢明です。」
いずれにせよ答えは見えている。小さな刃たちと斬り結び、移動しては防がれ。ゴールドバーグは攻めあぐねるが、ジーリオも状況は同じ。刃を向かわせればそれは簡単に回避され、すぐに近づいてくるので防御に回さなくてはならない。
一進も一退もしない。
「……流石だな、ジーリオ・オブ・アクエイディア」
「そちらこそ。」
「フン、考えることは同じか」
「どうやら。」
靂の剣からの雷撃は静まり、刃の剣に小さなブレードが収まり。能力がただの疲弊にしかならないのなら、やることなど単純。
純粋な剣の腕を決めることが、その近道。
「行け……!」
「っ、」
勿論その中で電撃化と刃は繰り出すが、むやみには使わない。双方の『必殺技』としての発動は不発に終わった。次の一撃のチャンスまで、ひたすら斬り結ぶ。
「……これは要らんな」
「ほう? 銃を捨てますか。」
「貴様相手では、あれやこれやの選択肢は気を取られるだけだ。ことを単純にして、ひたすら機会を狙うさ」
強敵を前にすると、楽しくなってか饒舌である。対しジーリオは武器を増やす方向へ。眼の剣を構え、双剣の姿勢をとった。
挟みこむような斬撃を受け止め、軽く斬り上げ……。しかしジーリオは姿勢を崩さず飛び退き、さらに刃を一つだけ飛ばす。眼球から脳にダメージを与え、小さな一撃で一気に戦闘不能にしようという策だ。
しかし通る相手ではなく、帰って来る際の一撃も軽く弾き飛ばし。
「残念ながら私は使えるものは何でも使うのです。」
「……!」
一気に攻め込んだかと思えば、やることは拳銃の回収。舞う小さな刃を使って銃を己で体の上で滑らせ、いつ使うかをごまかした末の発砲。3発とも当たるが意に介さず斬りかかる。
もちろんジーリオはめげず、激しく舞うように斬りかかる。なまってはいないようだ。
「いや、まさか!」
「……気づいたかッ」
そして、すぐにゴールドバーグは距離を取り銃創から少したどって自分の腕・腹・脚を切り裂く。転げ出たのは、小さな刃。
「なるほど、銃弾でごまかして打ち込もうというわけだ。乗らないがな」
「……。」
再び雷に変わり、刃の制御に気を割いていたジーリオに迫り。すんでで防ぐが頬が軽く焦げ……。双方の剣をぶん回して距離を作り、にらみ合う。
再び、双方が出方をうかがうフェーズへ。
「っはぁ!」
ジーリオはすぐにそれを突き破り、双方の剣を振り下ろし。当然防がれ、しかしジーリオは攻めるのをやめない。刃の剣が一気にゴールドバーグを取り囲み、しかしそれを電撃に姿を変えて回避。ジーリオの背中を引き裂いた。
「……!」
「行きなさい!」
しかし、そうして実体を見せれば、一気に攻め込んでくる。肌に突き刺さり、回転し体をハチャメチャに切り刻む、ブレード。今度は単純に距離を取り、そして雷に姿を変える。
辺りを駆け巡るゴールドバーグを、刃たちがいっきに追跡する。
「……やけくそか?」
そんなことをすれば防御が薄くなるのは当然だ。
「乗ってくれよう!」
挑発ならそれもいい。加速して刃の軌道を乱し、刃たちが雑にぶつかり合ってがちがち音を立てる。火花と刃の音を背に、実体化、した瞬間。
狙いの位置に己がいないことを気づく。
「来ると思っていましたよ。」
そして、体勢を崩した一瞬、眼の剣で思いっきり首を引き裂かれる。ジーリオの胸も大きく引き裂かれるが……。ともかくすぐさま向き直り、剣戟開始。
眼と刃が靂を押しのけた時、ゴールドバーグが全身に力を入れ、喉から血が噴き出る。ジーリオも胸からドバドバと血を零すが、刃たちが無理矢理胸を押さえ止血。再びジーリオが押し切る。
「っ、」
それでも食らいつくのがゴールドバーグ。片手で喉を抑えながらも、斬りかかり、それをかわされれば蹴りを放ち。防いだジーリオをそのまま蹴り飛ばすと、今度は剣をぶん投げる。
思わぬ行動に正面から喰らい、再び胸に突き刺さり……殴り掛かるゴールドバーグを前に、ジーリオはかがむ。
「っぐ、ぅううおおおおおお!!!!」
「な、に……!?」
そのまま自分に靂の剣を突き刺し、一回転。突き刺されたその剣でもって、ゴールドバーグへ斬りかかる。かわされたが意表をついて姿勢は崩せた。
刃の剣をタクトのように振り、小さなブレードたちがゴールドバーグを引き裂く。
「……っく…………」
「……っぐ、ぁ……刃の剣の、組成はある程度調べています。……金属であれば……導電性は、温度上昇に負の比例を、します。」
「…………雷の、軌道を……操作した、と?」
「ぶつかって加熱されて、導電性の下がった刃……そうでない刃で、ほんの少し逸らしただけ。」
「そう、か」
「後ろ盾の、研究施設の規模……。この敗因を、っふ、自慢、したかった。」
「フン……」
結局満足げなゴールドバーグを拘束すると、ジーリオは階段へ向き直る。血をどぼどぼとこぼしながらも、確かに歩みはじめる。
「イチム……」
ツタが壁をぶち抜き、その崩落に巻き込まれ……。気づいたときには、リンは一人になっていた。
まあ、同行者でったパトリシアのことなら、ひとりでも大丈夫だろう。問題は自分のことである。リンは、己の戦略上の必要性と、戦闘における弱さ双方に心当たりがあった。
だが、事態とは悪い時にさらに悪くなるもの。
「おや、リンくん」
「……イチム・リリィズ」
「うん。久しぶりだね」
「ようやく会えたよ。最悪のタイミングで……」
イチムは寂しげに頷くと、花の剣を抜く。
「君の強さが活かされないうちに、刈らせてもらう」
「……。」
放つツタを回避するぐらいのことはできる。しかし、どんどんと閉所に追い込まれているのも確か。歩み寄るイチムは油断などなく、「リン・アゾットはどんな隠し玉を持っていてもおかしくない」と踏んでのこと。
……まあ、話しかける彼に情の類が混ざっていないとすれば、それは嘘だが。
「君は賢い。……まあ、騎士の皆、凄く賢くて、まっすぐな子ばかりだけど。とにかく、君ならわかるんじゃないかな。いま……するべきこと」
「あなたに下れって? するわけないでしょ」
「それか抵抗をやめるか。"滅び"が来ると、ガーデナーが……そして、それとともに在った『彼女』が言ってるんだ。その意味は分かるよね」
「だから諦めろって? 死ぬまで、目を瞑ってろって?」
イチムはどこかばつが悪そうにうなずいた。
「死ぬ前に無理心中……って揶揄されたけどさ。まあ、私はその通りだと思ってる」
「……。」
「これが一番幸せな終わり方なんだよ。受け入れろとは言わないけど」
「一番幸せ? なんであんたがそれを決めるんだよ!」
「じゃあ、何によってどう死ぬか分からないまま、争い続けるっていうの? 私は嫌だよ」
「最初からあきらめ過ぎなんだよ!」
声を荒げたリンを見て、イチムが寂しく笑った。そして、うつむく。
「そうだね。……私は、もう疲れたのかもしれない。結局、私は皆の心の穴を埋めてやれたのかな」
「……なに?」
「ただ何かに応えて、完璧になることだけが目的だった
「でも、諦めたの?」
頷くと、彼はリンの前に座りこんだ。ツタに追い込まれ、もはや打つ手のない相手に、どうしても見せたかった心の弱い部分。
「時間がなさすぎたし、そもそも私にはできなかった。アルテルナの人を見る目は信頼しているけど、だとしても私はその"王の器"を御しきれなかったんだろう」
「……ありのままを肯定することが、王の器であるように彼は言ってた。あなたは矯正するでもなく居場所であり続けてるように見えたし、それは評価するに値すると思う」
「っふふ。人事官に言われると嬉しいな」
「とにかく、その『してあげられなかった』の先が無理心中じゃ台無しだよ」
「つくづく中途半端な男だよな、私って」
睨んだリンに、イチムは困り気味に笑う。
「私ができる、最後の優しさだから」
「……最後って、なんだよ」
「……」
「僕は、みんなが走り続ける所をずっと見て来た!」
リンはまた、声を荒げた。
「誰もあきらめてなんかないから、あんたに抵抗してる! 『滅び』をその眼で見たかどうかってのもあるだろうけど……でも! きっと団長は知ろうと諦めない!」
「だろうね。だから彼女が好きだ」
「だったら、あの人みたいな光になりたいなら……あの人みたいに振る舞って見ろよ!!」
「……そう、だよね」
「だから言い返すこともあきらめるなって言うのに!!」
「だったら、私と戦って、そうして諦めないことを教えてくれよ……!」
「言われなくても!!」
二人そろって立ち上がり、そして、録の剣と花の剣がぶつかりあう。……だが、そんな拮抗も一瞬。ツタに拾い上げられると、繭のように、彼をぐるぐると、包んでいく。
「……君の諦めない心は美しいし、それこそ正しい姿なのだろうけど。でも、今はそれじゃダメなんだよ」
そして、踵を返す。繭を背にして、うつむいて。
___メンバー、
繭が、動く。
「諦、めない……!」
切り裂いて、繭に隙間を空けた録の剣。そこから、光が放たれて。
___アドーネ・アドニス(人狼)
___ローゼ・ラ・グレッグス
___マキナ・ハイドレンジア
___コルニカ・ナイトロナ(チーパオ)
___ヤナギ・アサミ
___コルニカ・ナイトロナ(タキシード)
___作戦開始
「……幻影を作れるのか!?」
まず、ヤナギとマキナの不意打ち。ツタが一瞬で液状化し、その隙を狙いマキナが剣を突き刺す。本人並みの判断能力はなく、二人そろって簡単に吹き飛ばされるがそれで終わらない。
チーパオのコルニカが不慣れにメンバーを励ますと、応えるようにタキシードのコルニカが手持ちの機械大剣を振り下ろした。
マキナの弱点分析を参考に、それは枝をぶった切ってイチムに大きく傷を付けた。そしてそこに人狼の仮装をしたアドーネが拘束を狙う。
「印象に残る格好は思い出と一緒に再生ってことかな? ……はは! それがその剣の本当の力か!」
悠々と繭から降りたリンは固く剣を握る。ぶつぶつと剣に声をかければ、それだけで任意の対象に指示ができるようだ。草むらから再びヤナギが突きを繰り出し、その隙を狙ってアドーネが巻きつけ。
そこに、ローゼの渾身の突きが入る。
「……っぐ、あ…………あはは……そうか、諦めないとそういうことも起きるってわけだ。奇跡頼りだけど、面白いじゃない!」
「ローゼ隊長はそのままひたすら攻め込んで。アドーネ隊長は回りこんで拘束を続ける。タキシードコルニカ隊長は剣をたたんで背後を取ることを意識して」
「でもやっぱ、本物の判断力はないね!」
ローゼの攻撃をかわしヤナギに当てれば、ホログラムの彼が光のちりになる。そして絶好の液状化を前にしてもアドーネの動きは平坦だ。
迫るタキシードのコルニカを花の剣で引き裂くと、距離を取る。
「だけど……これはマズいかもね」
「6人が限界か……」
再び、録の剣が光り……。身構え、イチムは体勢を立て直す。