手向けにカトレアを   作:さわたり

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第十七話「ジーリオと恋の花」(2)

まず、イチムがジーリオを愛しく思ったのが先だ。

 

恋とか以前に、救ってくれた人と、そういう思いがあった。優秀さゆえに『要求に応える』以外の人生がなかったイチムへ、新しい風をくれたのだ。

どれが、いつ、とかじゃなく、そういう事の積み上げで……。まあ、結局、なんだか好きになってしまったから、相手にいろいろと応えてほしくなったというだけかもしれないけれど。

 

「っぐ、あ」

 

「はあ!!」

 

そんな彼女と、今は殴り合っている。眼の剣と花の剣がぶつかり、そしてすぐに無駄だったとばかりに拳に切り替わり。殴られて大きく肩を揺らしたイチムが、歯を食いしばって回し蹴りを放ち、それを受け止めてジーリオが前蹴りで距離を空ける。

 

ジーリオは、至極単純で、優しく、賢く、強く、そして何より、やはりやさしい彼に惹かれていた。よく、『本当にやりたいことがない』という苦悩を聞いて来たが、そんな彼の奥底に『誰かに応える喜び』があることを知っていた。

 

からっぽな人間などはなく、自分を見失った人間だけが、そこに居る。だから、ジーリオはイチムに『ここにいるよ』と教えてあげることを選んだ。

 

「っぐ、あ……力、強くなったんじゃないかな!」

 

「イチムは、少し筋肉が落ちましたね!」

 

隙だとばかりに放ったツタを、刃たちが切り刻む。そして今だと迫った刃を、ツタが撃墜。最後に残った二人の身体が、剣を振るうことを選んだ。

 

「……う、」

 

「それでもジーリオ! 技量を入れれば、ぼくに勝利は傾くらしい!」

 

「させない、私だって強くなったのよ!」

 

威厳とか、丁寧さとか、そんな口調も捨てる。

 

別に心を開いたからと敬語を捨てるわけでもなく、六年前のイチムにも、普段は敬語だった。

無論お互い敬意を抱いていたが、だから敬語と言うわけでもなく、ジーリオには染みついているものだ。でもやはり、イチムの『誰かの居場所でいる』という美徳は、敬意に値するものだった。

 

同じように、ジーリオの『公平に誰かを評価する』という点も、美徳。ユリは二人からお互いを褒める言葉を聞きすぎて、飽き飽きとしているようだった。天然の気がある彼女ですら、それをにじませるのだから相当だ。

そんな彼女を守るために、イチムは己を投げ捨てる選択を選んだ。燃え尽きて、巨獣と共にカトレアを切らす覚悟があった。

 

「っぐ……う」

 

「があ……ッ」

 

剣戟に移行し。吹き飛ばされた眼の剣を前に、ジーリオは回避による防戦を展開。飛んでキャッチした瞬間、斬り下ろす……フェイントを仕掛け、そのままかかと落としを放つ。

回避されることこそ想定内。そのまま、横に斬り払うと、イチムの腹へ傷をつける。

 

「剣の扱いはいっそう上手になったじゃないか!」

 

「あなたこそ!」

 

「だがいつもより刃の弾幕が薄いな、そこは衰えかい?」

 

彼は怯まず、そして当然ジーリオも怯まず。剣がぶつかり合い、片手で振ったタクトが刃を差し向ける。今度は肉を切らせて骨を断つという気か、ツタも同じように応える。

ふたりがそうであればもう起きることも同じで、少し身を逸らし、二人の頬をツタと刃がかすめるだけ。追撃は、今度こそ防ぎ。

 

「……っ、」

 

「はは、やるわね」

 

剣を胸元まで引き寄せて力を入れ、押し切ろうと迫りあう。

 

イチムの癖か、妙に相手を問わず距離が近い。ジーリオは、それにドキドキとさせられることがあったし、例えばコルニカやついでにアドーネなんかにも距離が近く、そのたびなんとも言えない気分になるものであった。

イチムはジーリオの一挙手一投足に惹かれたが、とくに声を聴くとドキリとすることが多かった。戦闘や訓練で声を荒げるのは、普段のハスキーで落ち着いた声と違う魅力がある。

 

なんだかんだと、ふたりは、お互いを愛していたのだ。

 

「ツタが、貫くだけではないということを知ってもらうよ!」

 

「刃とて同じ話です!」

 

刃の側面とツタで己の背中を押し、押し切ろうと迫り……。無駄だと悟って距離を空けた瞬間、イチムが全身を植物に変えて、迫る。エネルギー切れも近くポンポン植物化はできないが、いまは最適な使い方であったようだ。

押しのけられ、しりもちをついたジーリオをぶった切ろうと、花の剣が迫る。防ぎながらも、自重も使って、迫る。

 

「っ、」

 

「投降は?」

 

「しないわよ。……当然!」

 

「この期に及んで、滅びを倒すって? ふふ……時々君の見せるその無謀さ、好き」

 

「戯言を……!」

 

言い捨てるジーリオだが、しかしその視線は『切って捨てる』などという単純ではない心象を含んだもの。

だからこそ、イチムは勝たねばと力を込めた。

 

「死にゆく星への手向けに、カトレアを咲かせてあげなきゃね。……それが、ぼくの出来る最後の贈り物。君たちを生かし、繁栄させ、そして導いた花をこそ、ささげる!」

 

「気の早い話を……!」

 

「諦めないと決めたから!」

 

「…………。……私とて、同じよ。」

 

言葉に反し、ジーリオはその手を緩める。……花の剣は心の臓へと突き立てられる。段々と草に覆われ始め、そして、ジーリオはそれでも手を伸ばし。イチムの頬へ手を差し伸べ、

 

そして掴んで、

 

身を起こし、

 

引き寄せて、

 

唇を重ねる。

 

「……!? なに!? え!?」

 

「あはは、そんなウブでしたっけ? 六年ぶりだからかしら」

 

「なに、を……」

 

顔を赤くして飛び退いたイチムが、ふたたびその形相を変える。

 

「……こんなことに、あなたとのキスを使うのも、いやだけれど。」

 

瞬間、イチムの右腕を、刃が吹っ飛ばす。高速回転した、ひとつの刃が。

 

「口の中に……刃を仕込んでいた!? だから刃の弾幕が薄く!」

 

「刃の数など、数えてないと思ってましたが」

 

「あは……何十回、模擬戦をしたと思うの?」

 

空中を舞うイチムの右腕から花の剣を取り、そして、イチムの喉を引き裂く。その身を覆っていた花たちは、いつの間にか消えていた。

 

「『彼女』は……君も選んでいた、のか?」

 

「さあ……。あなたが、私を認めたせいかもしれませんね、案外。」

 

「あは、は……そうか、滅びへの抵抗も、あり得た、手だと……」

 

倒れ伏すイチムへと、身を引きずって、近づき。そして、花の剣を掲げる。

 

「『母』よ。……私たちは、あなたの力を使い、全ての命と力を持って、『滅び』へと抵抗をします。イチムとは違うやり方で、私はあきらめることしません。構いませんね?」

 

目を瞑ったジーリオの脳裏に、声ではなく、魂が響く。

 

「……ならば!」

 

そして、巨木は光を放ち。……ゆっくりと、あたりを覆っていたツタが、消えていく。……もとより、イチムから花の剣を取り上げた時点でそれがだれであろうとこの惨劇は戻っていたが。

……ジーリオが告げたのは、「その力を滅びの退治に貸せ」という、無茶である。

 

「あはは……流石だよ、ジーリオ。僕には、勝てないや」

 

「ふふ、凄いでしょう、私の部下たちは」

 

疲れ果てて座り込み、その膝の上に、イチムの頭を乗せてやる。安心するように目を細めた彼へ、今一度唇を重ね。

 

「さっきのは、作戦ついでのものでしたので。」

 

「……君ってば、いい性格してるよ」

 

困り気味に笑う彼の頬を撫で……。そんなふたりの元に、重い足音が響いた。フロフキを担いだアイリーンだ。

 

「……お邪魔か?」

 

「先に終わってたわけ? 無駄足じゃん」

 

「どうやら。」

 

いい加減足も治ったようで、ふらつきつつフロフキは立った。そして、これからどうするかとアイリーンと目を見合わせる。

 

「騎士団に来ますか?」

 

「チフキと仲良しって? ヤだね。お前もだろアイリーン」

 

「あたしは、ここじゃ強くなれない」

 

「……。そうですか、残念です。」

 

「君たちの人生を生きてくれたら、僕も嬉しいよ」

 

優しくそう告げて、膝枕という格好のつかない姿勢のままイチムが笑った。フロフキはその滑稽さをクスクスと笑うと、しかしもう水は刺さない。

踵を返すと、アイリーンもそれに追従する。

 

「じゃあな、イチム。感謝、するよ」

 

「僕も、君みたいな人が歩いていくことを見せてくれた、そのことに感謝したい」

 

「……行くよ」

 

これからどこへ行くのだろうか。いずれにせよ、ふたりは己の意思で、ここで踵を返すことを選んだ。

 

「で、どうですか? かつての部下が去っていくのは……”王の器”として。」

 

「君に負けた時点で、僕は王というより暴君の器だったようだ」

 

「……ふふ、なんて危険な男を好きになっちゃったのかしら」

 

「悪かったね、あはは!」

 

お互いの頬に、触れ合って笑って。

『彼女』と一体化した者たちが全て戻るにはしばらくかかる。どうも長くなってしまいそうな夜を、イチムとジーリオは共に手を触れ合って過ごすことにした。

 

 

 

朝が来た。ツタたちが引っ込んでいき、花はいつも通りのものに戻って、リンはその中で目を覚ます。

先に目を覚ました騎士たちが南拠点の復興に励んでいる。

 

その中で、いくつか聞こえるのは「あの夢から覚めたくなかったな」という声。起き上がって、あぐらをかいてリンは頭をがりがり。

 

「……エゴだったよなあ、目を覚まさせるってのも」

 

エゴ(自我)じゃない選択などないよ」

 

手錠と足枷をじゃらりと鳴らし、背後からイチムが声をかけた。驚いたリンを見て笑うと、隣に座る。

 

「諦めたの?」

 

「諦めたのを諦めた。ジーリオを信じてみるさ」

 

「紛らわしいなあ」

 

クスクス笑いながら、片付けを指揮するトキワに手を振ってみる。真顔で手を振りかえすのが、意外と愛嬌のある部分か。

リンも立ち上がり、復興作業に戻ることにした。看守の騎士に見張られつつもイチムもその後に続く。

 

「結局『彼女』は何が目的なの?」

 

「この地球を『滅び』のままにさせないこと。少なくとも、私の心中であれ、ジーリオの対峙であれ、受け入れてしまうほどに方法は選ばないようだけど」

 

「……じゃあ、『滅び』は?」

 

「わからない。この大地から現れようとしている、何かというのは確か。……そもそも『滅び』が現れるかどうかは、ジーリオにも聞いてみてよ。意見は一致したはず」

 

不安気にうつむくリンを励まそうとするが、そろそろ移送らしい。イチムには騎士団として聴かねばならないことも多い。

去っていく彼に手を振って、今一度リンは瓦礫たちへ向き直る。

 

「じゃ、頑張ろっか」

 

 

 

 

手向けにカトレアを

 

眠り編 第十七話

「ジーリオと恋の花」

 

 

 

 

『彼女』が揺れはじめた。

 

イチムはそれは朽ち果ててしまう合図と告げ、それを予兆するように動物たちが気を逆立てる。

 

「なぜ、ガーデンにおける凶暴な動物はみな草食動物かわかる? トライホーン(トリケラトプス)も、ガーデンの外では滅びた草食動物さ」

 

答えは単純。

 

「『滅び』はじっくりとガーデンに侵食して、生態系をそう操っていたんだよ。『彼女』と、その眷属を食い荒らすために」

 

ガーデナーの名簿に、いくつか穴ができた。

 

「そして、『彼女』から眠っているガーデナーを取り上げて何かする気だ。……止めなくちゃ、いけない」

 

イチムの力強い視線に頷き、ジーリオは花と刃を握りしめた。

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