陸八魔アルにとって、十余三ミミコとは憧れの存在だった。
出会った、と言うかアルがミミコを認識したのは中学生の頃、ゲヘナ名物の突発的抗争に巻き込まれたアルを、全不良を力で制圧して助けたのが当時便利屋と呼ばれていた十余三ミミコだった。
突然始まった抗争のど真ん中にポツンと取り残されたアル。右を見たら爆発、左を見たら銃撃戦、まさに絶体絶命のピンチ。
アワアワとどうしようと慌てていると、突然目の前の不良が頭から吹っ飛んだ。ぎょっとしたのも束の間、その一人を皮切りに、一人、また一人とアルの周りの不良が狙撃されていく。ガオンッ! 遅れて独特な銃声が聞こえて、抗争中の不良生徒の誰かが恐れを込めてこう叫ぶ、
『便利屋だ!』
と。そこからはあっという間だった、元々烏合の衆で碌な連携も取れてない不良生徒達。音は聞こえど場所もタイミングも姿も解からない敵の攻撃に、逃げ惑い、あっという間に散り散りになる。
遅れて風紀委員がやってきた頃には、ヘッドショットで気絶している不良の山と、呆気にとられて呆けているアル一人。
誰がどう見てもアルが殲滅したとしか見えない状況。当然誤解されたアルだったが、逃げ切れなかった残党の証言から便利屋の仕業であるとすぐに解放されたのだった。
『アルちゃん! 抗争に巻き込まれたんだって!? 大丈夫だった!?』
『……あ、ムツキ』
『どうしたの? ぽーっとして、もしかして怪我したの!?』
『……私ね、便利屋になるわ』
『何の話っ!?』
その日、一人の純粋な生徒の脳が哀れにも焼き焦がされた。
それからと言うもの、アルは便利屋について色々と調べた。弱きを助け強きをくじくその姿勢に憧れた。風紀委員じゃ介入できないような案件でも、時には無法に解決する姿に痺れた。依頼は選り好みせず、一人で仕事を完璧に遂行する精神に感動した。
元々アウトローやらハードボイルドな感じに弱い年頃のアル。気が付けば完全に便利屋のガチファンに、そんなアルが、便利屋本人であるミミコに突撃するのは時間の問題だった。
『十余三ミミコ先輩っ!?』
『え? なに……だれ?』
『サインください!』
『……は?』
そんなやり乗りの後、ミミコとアルは一緒に過ごす事が多くなった。ミミコは変な子だなぁと思いつつも、自分を慕ってくれる後輩を無下にしなかったから、優しくされてアルは更にミミコに懐いた。
『来週には依頼でゲヘナを離れるからね』
そんなアルにとって憧れの、大好きな先輩が、来週には遠くに行ってしまう。
ミミコとの温泉旅行の前夜、せっかくの旅行なのにその事が頭から離れないアル。
「……そ、そうよ。聞き間違いって可能性だってありえるわよね、うん」
そう一人で呟き、布団に包まる。悶々と良くない事ばかり頭に浮かび、中々寝付けない。
結局翌朝、アルは案の定寝坊するのだった。
◇
「お、おまたせ! ごめんなさい先輩!」
「いや気にしなくていいよ陸八魔。丁度いい煙草休憩だったしね」
普段の着崩した制服と大きめのパーカーを羽織った姿では無く、革ジャン肩にかけ、Tシャツとスキニーのジーンズをカッコよく着こなしたミミコがそう答える。
ムツキ達便利屋の面々に叩き起こされ、慌てて待ち合わせ場所にやって来たアル。待ち合わせの時間からは30分過ぎていた。
「本当にごめんなさい、せっかくの先輩とのお出かけなのに」
「本当に気にしなくていいよ、むしろ役得だったかも? 浅黄から寝坊してあたふた準備してる陸八魔の写真貰ったし?」
「勝手に何送ってるのよムツキ!?」
ミミコに見せられたスマホ画面には、涙目になりながらドライヤーで髪の毛をセットするアルの姿。プライバシーなんてあったもんじゃない幼馴染からのリークに、思わずそうツッコんでしまうアル。
そんなアルの様子に満足気なミミコは、スッとスマホを懐に戻した。
「ちょっと先輩消して!?」
「無理。この写真は、大事に我が家の陸八魔アル写真集に加えるからね。どんまい」
「何その写真集!? うぅ、わかったわよぉ」
消す気が無さそうなミミコの様子に、元はと言えば自分が寝坊したのが悪いと、アルは無理やりなんとか納得する事にした。
「さて、じゃあ向かおうか陸八魔」
そう言ってスッと右手を差し出すミミコ。アルは何だろうと思い小首を傾げ、取り敢えずその手を同じ右手でガッチリ掴んだ。見事なハンドシェイク、ミミコは堪らずに吹き出した。
「ふふっ、違うでしょ陸八魔」
「えぇ!? な、何が!?」
笑われて戸惑うアル。そんなアルにミミコは仕方ないなぁと笑って、右手を解いて、左手でアルの手を握り、指を絡ませた。
「先輩っ!?」
「今日はデートだからね、手ぐらい繋いでいこう?」
「で、デート!?」
アルの手を引いて歩き出したミミコ。アルはデートの3文字にドキリと心臓が跳ねる。そんな気が1ミリも無かったわけでは無いけれど、いざ言葉にして意識すると緊張が表に出てしまう。
「色々調べて来たからね、エスコートは任せてよ」
「え、えぇ……先輩がそ、そう言うなら? 楽しませてもらうわ?」
明らかに顔を染めてギクシャクした態度でそう返すアルを見て、ミミコはあ、そうだと不意に何か思い出したかのように振り向いてこう告げた。
「私服似合ってる、かわいいね陸八魔」
「ッ──」
白いサマーニットと黒のロングスカート、普段と違って軽く巻かれた髪と色がお揃いの、赤いネイルと赤いショルダーバッグが良いアクセントになっている。シンプルながら素材の良さを全面に出したかのようなコーディネート。スラッとしたシルエットのアルにピッタリの格好だった。
先輩に褒められて当然嬉しい、実際に結構気合い入れたし、社員の皆の意見も取り入れた本気コーデだ。
だけど、明らかに言うタイミングに意図を感じるアル。
「普段のできる女っぽいのもカッコいいけど、綺麗めなのも良いよね。素材が一級だからかな? 流石陸八魔」
「……先輩、私を褒めて照れさせて、揶揄ってるつもりでしょ?」
「全部本心だし、嘘は言ってないよ?」
「だから余計たちが悪いのよ!」
先輩も似合ってるわね!とせめてもの意趣返しで言い返すも、デートだし気合い入れたからねと速攻で返り討ちに合うアル。
今日、私の心臓は持つのかしらと、出だしから心配になりながら二人のデートはスタートするのだった。
◇
「ほいしいっ! なにこれ! 美味しいわ!?」
「足湯に浸かりながらってのが贅沢だよね」
みたらし団子を頬張り、美味しいを連呼するアルと、緑茶を飲みながらアルを観察するミミコ。
宿にチェックインする前に、お昼ついでにふらりと立ち寄った足湯カフェで、二人は甘味と足湯を満喫していた。
「団子って色々種類があるけど、先輩はどれが一番好き?」
「みたらしかな? 何だかんだ一番食べる気がする」
「わかる、結局一番美味しいわよね! みたらし団子!」
そんな取り留めない会話をしながら、ゆっくりと時間が流れていく。
それにしても本当に美味しそうに食べる子だ、パクパクと団子を食べるアルを見てそう思うミミコ。
そんなミミコの視線に気がついたのだろう、ピタッと団子を食べてた手が止まり、アルは口元を手で隠しながら恥ずかしそうにこう言った。
「……た、食べ過ぎかしら?」
「ん? いいんじゃない? よく食べる事はいい事だよ」
「ほんとに? 実はどんだけ食べるんだよって引いたりしてない?」
「してないしてない。いっぱいお食べよ」
そう言ってミミコは、自分の注文してた分の団子もアルに差し出す。
アル的には食べれるのは全然食べれる、むしろ食べたいまである。しかしここで貰ってしまえば、食いしん坊キャラが確定してしまう。それはアウトローを気取る彼女にとって致命的だ。だがしかし、目の前の団子は美味しそう、自分が頼まなかった三色団子ってのもズルい。
ぐぬぬと百面相しながら悩むアル。そんなにアルを見たミミコは、食べたいなら食べれば良いのにと笑って、
「陸八魔、ちょっとあーってして?」
「?? あーっんっ!?」
アルの口に団子を突っ込んだ。
「ふぇんふぁい!?」
「美味しいでしょ、それも」
「…………ふぉいひぃでふ」
恨みがましい視線でミミコを睨むけけど、団子を食べる口は全く止まらないアル。美味しそうで何よりだと呟いたミミコが、ズズッとお茶を啜った。
「いきなりビックリしたじゃない」
「陸八魔が無駄な我慢するからだよ、いいじゃない、食いしん坊アウトロー」
「響きからして間抜けよ!? というか、先輩こそあんまり食べて無いじゃない」
そうかな? と首を傾げるミミコに、そうよ!とアルは答える。
「先輩、お団子まだ一本しか食べて無いじゃない。ずっとお茶を飲んでこっちを見てるし」
「元々食が細いからね。まぁ今は団子より花だったんだけど」
「花?」
アルにそう聞き返され、ミミコは視線をスッと落とす。釣られてアルがミミコの視線を追うと、そこにあったのは、スカートを軽く捲って、足湯に浸かっている自身の生足。
「……私はね陸八魔。陸八魔は脚だと思うんだ」
「唐突に何よっ!?」
まるでこの世の真理に到達したのかとすら思えるほどに、神妙な雰囲気の真顔で、そんな馬鹿な事を宣うミミコ。当然アルはツッコミを入れた。
とどのつまり、この馬鹿な先輩は、団子そっちのけでアルの生足を魅入ってたのである。
「いや常々さ、陸八魔の足長いな綺麗だなって思ってはいたんだよね。たださ、うん言語化しにくいんだけど。温泉で濡れたスラッと伸びた生足、いいね。うん凄くいい」
「なんかオジサンみたいなこと言ってるし!?」
「いや、勿論それだけが陸八魔の魅力じゃ無いのは分かってるんだけどさ、それはそれとして脚が素晴らしいと思うんだよね」
「どういう事よ!?」
恥ずかしくなってバッと足湯から揚がり、ミミコの視線から足を隠すアル。ミミコは残念そうにあーぁと声を漏らした。
「あーぁじゃ無いわよ! ずっとこっちを見てるから何かと思えば。変なとこばっかり見て!」
「いや、ごめんね。ついね、視線がね」
「知らないわよ、いいから団子を食べなさい」
そう言ってお返しとばかりに、自分のみたらし団子をんっとミミコの口元に向けた。当然、アルからのあーん何て役得でしかないミミコは、それを受け入れる。
「……んっ、美味しいね」
「でしょ?」
「うん、本当に贅沢だ」
美味しい団子に、気持ちのいい足湯、隣に居る可愛いアルとのまったりとした時間。ミミコにとってこれ以上の贅沢は確かに無かった。
◇
その後、温泉旅館までの道を、寄り道したりして楽しんだ二人。夕方前に旅館にチェックインし、今夜泊まる部屋で荷解きをしていた。
「ふぅ……ニコチンが染み渡る」
観光地ということもあり、ここに来るまでなかなか一服出来なかったミミコは、窓際に置かれたソファに座り染み染みと煙草を味わっていた。
「カフェでもちょっと吸いたそうにしてたものね、先輩」
「気付いてたんだ?」
「何度かポケットを確認してたわよ?」
「あはは、慣習って怖いよね」
無意識に煙草に手が伸びていたのを、しっかり見られていたミミコは気まずそうに笑う。そんな相変わらずのヤニカスっぷりを発揮する先輩に、半分呆れつつも、アルはそんなに良い物なのかと少しだけ興味があった。
ハードボイルドと言えば煙草、アウトローと言えば煙草と言えるくらいに、煙草はアルの憧れとの相性が抜群。当然、カッコいいと思うし、興味だって実はある。
アル本来の性格の生真面目さのおかげで、今まで触れる事が無かったそれだが。ずっと眼の前でそう美味しそうに吸われたら、気になってしまうのは仕方が無いことだった。
「……気になる? 陸八魔」
ジッと煙草に注視するアルの視線に気がつき、ミミコは珍しそうな顔をして、煙を吐きながらそう尋ねる。気が付かれるとは思ってなかったのか、ビックリしてアルは思わず素直にコクリと頷いてしまった。
「本当に陸八魔が煙草に興味持つって珍しいね、普段は止める側なのに」
「先輩が吸ってる姿はカッコいいと思ってるもの。未成年なのが駄目なだけで」
「正論だね。辞めないけど、というか辞めれないんだけど」
「それはもう知ってるわよ。ねぇ先輩、煙草って美味しいの?」
この際だからと、思ってた疑問をミミコに尋ねる。そう聞かれたミミコは、ちょっと考える様子を見せた後、今は美味しいよと答えた。
その答えに意外だと驚くアル。ミミコが煙草を吸い出した時も知っているけれど、最初っから様になっていた姿を見ているからだった。
「今は、って最初は美味しくなかったの?」
「うん、クソ不味かったね」
「そうなの!?」
あけすけにそう答えるミミコの更に意外な答えに、アルも更に驚く。
「なら何でずっと吸ってたのよ?」
「カッコいいから。あとちょっと悪い事してみたかったから」
「そんな理由!?」
「喫煙者の最初の動機なんて、ただカッコつけたいだけだよ陸八魔。偶々ドラマで見たシガーキスがカッコよかったんだよね」
ミミコはそう言って2本目の煙草に火をつける。シガーキスに憧れる気持ちは物凄く分かる。相棒同士が戦場で折れた煙草でするシチュエーションなんて最高だ。
だがしかし、もっと皮肉が効いたカッコいい理由が返ってくると思っていたアルは、思ったより陳腐な理由で肩透かしを食らったような気分だった。
アルが呆気にとられていると、そうだとミミコが呟いて、懐からもう一本煙草を取り出した。
「どうしたの? 遂に一本じゃ足りなくなったの?」
「遂にって……さすがの私もそこまでじゃないよ」
「ならどうしたのよ?」
「いや、興味あるならさ、シガーキスやってみる?」
「はぁあ!!?」
くるくると火のついてない煙草を手で遊びながら、そう訪ねてくるミミコ。何を言ってるのか理解したアルは驚いて叫んだ。
「だ、駄目よ! 煙草は身体に悪いんだから!」
「一本くらいじゃ変わんないよ」
「そもそも未成年は吸っちゃ駄目だから!」
「それこそアウトローっぽいと思うけど?」
それを言われたら弱い。確かに規則や法律に縛られないアウトローはアルの望むところである。だけど、煙草は駄目だ、身体に良くないし、私が吸ったら先輩の禁煙は更に遠のくだろう。けど、確かにカッコいい、シガーキスもしてみたい、先輩とシガーキスしてみたい。アルの中の天使と悪魔がそう囁いていた。
そして結局、アルの中の様々な葛藤との戦いの末、なんとか勝ったのは天使だった。
「……だ、駄目です! 吸いません! 煙草は二十歳になってからです!」
根が底抜けに真面目なアルは、悪魔の先輩の誘惑に乗らなかった。ちょっと揺れかけた心を律し、きっぱりと断る。
そうアルが答えると分かってたミミコは、だよねぇと笑ってすぐ煙草をしまい、代わりにとポケットから棒に付いたキャンディを取り出した。
「はい、揶揄ったお詫びと煙草の代わり。そもそも陸八魔に吸わせたってバレたら殺されそうだし。今はこれで我慢だね」
「もう……いただくわ」
キャンディを受け取って、口に入れる。甘いバニラの風味が口いっぱいに広がり、ミミコが普段吸ってる煙草もバニラの香り同じだと気がついたアル。
その何でも許してくれそうな程に優しい味に、お揃いだと少しだけ嬉しくなったのは秘密だ。
ご機嫌にカラコロとキャンディを転がすアルを見て、甘い煙を吐き出したミミコは、ニヤリと笑ってこう言った。
「じゃあアレだね陸八魔」
「ん? 何かしら先輩」
「成人になったら、私とシガーキスしようね」
「なっ!??」
へらっと笑って、陸八魔のファーストシガーキス予約ねと言うミミコ。
照れて固まるアルを見て、きっとその時も最高に可愛いんだろうと、数年後のもっと可愛いアルに期待をするのだった。
◇
所変わって場所は露天風呂、旅館の豪華な夕食を戸惑いながら美味しそうに食べるアルを十二分に堪能したミミコは、一人貸し切り状態の湯船を満喫していた。
本日は満月、水面に月が写って大変風情があり、温泉も気持ちがいい、桶に浮かべた日本酒も美味しい。控えめに言って最高でしかない。
「ふぅ……はしゃいでるな私」
温泉に肩まで浸かり、露天ならではの月夜を堪能しながら、そうポツリとミミコは呟くいた。
「やばいね、どれだけ楽しいんだろうね」
本当に柄にもなくはしゃいでいたと思う。アルを揶揄う頻度が何時もの倍な気がするし、気が付けばずっとアルを見てる気がする。気を付けないとと思いつつも、陸八魔が可愛いのが悪いよねとも思う。とどのつまり反省ゼロ、改善する気は無い。
そんなアホな言い訳を脳内でするくらい、ミミコのテンションは上がっていた。
「というかこんな調子で、私は大丈夫なのだろうか」
だってもうすぐしたら、陸八魔もやって来るよね。当然裸で。
どうしよう、私は耐えれるだろうか? いや無理でしょ。最悪、主に鼻粘膜からの流血沙汰になる未来が見えた。というか、妄想するだけで頭に血が登っているのを感じる。
「落ち着こう、落ち着くんだ十余三ミミコ……、私は花の女子高生。男子中学生じゃない、鼻血ブーする訳にはいかない……大丈夫、下着姿は見たことあるんだし大丈夫、うん大丈夫」
大丈夫、大丈夫と自問自答の様にブツブツ呟く不審者。緊張を紛らわす様に手の平に3回『人』と書いて飲み込んで、心頭滅却する為にパシャっと顔にお湯をかけた。
そんな事をしながらソワソワとアルを待っていると、カラカラと音を立てて露天風呂の扉が開かれる。
音に反応したミミコはビクッと肩を震わせて、扉の方に視線を向けた。向けてしまった。
「わぁ……素敵な温泉だわ」
すらっと伸びた手足、タオルで隠していても明らかに主張している胸元、引き締まったくびれと、濡れないように纏め上げられた髪のお陰で見える眩しいうなじ。
月明かりに照らされて、その姿は何時もの何倍も艶めかしい。そんな破壊力抜群のアルの姿が、湯けむりで隠されるなんてことも無く、ダイレクトにミミコの視界に入った。
エッッッ!
十余三ミミコ、心の俳句(自由律)。
血が上る感覚が分かる、視線が外せなくなる。可愛いし綺麗だしエッッだった。
「あ、先輩!」
完全に頭がのぼせ上がったミミコを見つけたアルが、嬉しそうに、けど少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて手を振る。
エッッッッッ!(二度目)
哀れミミコの脳内には、もうその一文字しか浮かばなかったし、アルから一瞬たりとも目が離せない。普段の眠たげな瞳は何処へやら、ガン開きでアルをガン見していた。
「ちょ先輩、見すぎよ」
そう言ってミミコの視線から逃れるように身をくねらせるアル。
あ、これ以上はヤバいと、何とか湯だった脳味噌を活動させる事が出来たミミコは、そのままぶくぶくと頭から潜水する事で、アルから物理的に視線を切った。
「ぶくぉぶくっふぐ」
「先輩っ!?」
突然沈んだ先輩に慌てるアル。
(取り敢えず落ち着こう、落ち着くんだ十余三ミミコ、私はカッコいい先輩、アルの憧れの先輩、落ち着いて、クールに接さなければ……うん、イケる。平気だうん)
およそ3秒位の思考、どうにか表面上は冷静を装える程には冷静になったのを感じたミミコは、意を決してザパッと顔を上げた。
眼の前には柔らかそうな山と谷が存在していた。
「だ、大丈夫? のぼせたのかしら」
近くまでやって来たアルが、心配そうに声をかける。浴場から顔を覗き込むような体制のため、自ずと前屈みになっているアル。その姿はミミコ的に刺激が強すぎて大変宜しくなかった。
そして察した。普段どおりに接する事はまず無理だと言う事を、鼻血を出さない様にするだけでいっぱいいっぱいだと言う事を。
ともかくこれ以上の接近は鼻どころか心臓にも悪すぎる、近づくアルを手で制して、ミミコは大丈夫だと告げる。
「だ、ダイジョブ……平気、平気だから、は、ははは」
「全然大丈夫じゃなさそうよ!? 顔も真っ赤だし、何があったのよ!?」
心の底から、お前がエロかわいいせいだと叫びたかった。言わないけど。
「と、取り敢えず私は平気だからさ。気にしないで身体を洗ってきなよ」
自身のクールタイムを得る為、誤魔化しながらそうアルに勧めるミミコ。一旦距離を置かないと、とてもじゃ無いけれど、色々と保ちそうに無かった。
因みに自分が温泉から出る選択肢は無い。理由は温泉を楽しみにしていたアルに水を差す真似はしたく無かったのが一つ。そもそも一緒に入りたいって欲望が一つ。主に後者の理由で、何とかしてアルとの入浴タイムを長引かせようとしていた。
そんなミミコの葛藤やら打算なんて微塵も知る由もないアル。大きなお風呂にテンションが上がってた彼女は、何時もなら言わないような事を言い出した。
「良かったら先輩の背中、私が流しても良いかしら」
「ん??」
「そ、それで、私の背中も先輩が洗ってくれたら嬉しいなって思うのだけれど……」
「んん??」
とどのつまり洗いっこしましょうってお誘いである。友達同士で、ワイワイ楽しみながらの裸の付き合いに少し憧れていたアルは、ミミコと更に心の距離を縮め、仲良くなるためにそう提案したのだった。
そこにはミミコと違って純粋さしかなく、わくわくした視線を向けられたミミコが状況を理解するまで時間がかかる。
「……ッ!?」
ようやく理解したミミコの顔が、再び真っ赤になるのは避けられない事だった。
「なっ、なななななな」
完全にバグったミミコは、そっから先の言葉が出てこない。茹でダコのような顔で口をぱくぱくさせるしか出来なかった。
そんな状態のミミコに、アルが少し寂しそうに視線を落とす。
「その、やっぱり駄目かしら」
「駄目じゃないさ、いいとも陸八魔」
そして、可愛い後輩にそんな事を言われたら、先輩として、駄目とは口が裂けても言えない。ほぼ反射でそう答えたミミコ。自ら墓穴を掘り、中に入り、土を被せて墓標を置くくらい、見事に自滅した。
しまったっ! と内心で白目を剥くミミコとは裏腹に、やったわと素直に喜ぶアル。もはや前言撤回は不可能だった。
さて、ご覧の通り一糸まとわぬアルの姿を見ただけでタジタジになってしまうミミコ。実際問題そんな感じのミミコが、アルとキャッキャウフフと身体の洗いっこが出来るだろうか、いやできない、できるわけが無い、不可能だった。
その事は当然ミミコだって自覚はしている。洗ってる途中で泡が真っ赤に染まるのは分かりきっている。
じゃあどうするか、動揺や緊張や興奮で働かない頭でミミコが考えた解決方法、それは、
「背に腹は代えられないか……」
「先輩?」
「いざ。こくっ……こくっ…………」
「先輩っ!?」
アルコールによるブーストである。
お猪口に注ぐ事もせず、徳利ごとぐいっと呷る。これ以上は素面では無理、恥ずか死ぬ。普段アレだけアルを揶揄っているミミコだが、こういった土壇場ではただのチキンだった。
「………………ひっく」
「先輩、大丈夫?」
最後の一滴まで綺麗に飲み干し、何処か据わった視線をアルに向けるミミコ。
元々、ミミコは好きな割に酒には強くは無い、それは以前のやらかしで明らかだろう。そんなミミコが温泉や興奮の影響で血流の巡りが良くなった状態で、日本酒をいっき飲みして無事でいられるはずも無く。顔は元から赤かった為判断がつきにくいが、どっからどう見ても出来上がっていた。
「りくはちま……」
「……な、なに? 先輩」
そして、酔っ払ったミミコがどうなるかと言うと、
「りくはちまは……かぁいいねぇ」
「やっぱりこうなった!?」
陸八魔アル好き好きマシーンへと変貌するのであった。
普段から無駄にカッコつけている外面が完璧に剥がれ、アルに対する好意を隠す事をしなくなるミミコ。その上ほぼ記憶が無くなるから無敵の人となるのである。
一方、アルは予想通りの変化にどうしてこうなったと頭を抱えていた。
正直、アルは酔っぱらったミミコ自体は可愛いと思う、普段の落ち着いた気怠げな雰囲気と打って変わって、ぽわぽわとした緩い雰囲気になるのはギャップ萌え不可避だった。
だけど、この状態のミミコは陸八魔アル好き好きマシーンなのだ、可愛いやら好きやら包み隠さずに告げられ、普段の揶揄いとは別ベクトルに、アルのメンタルを削りに来る。
前に酔っぱらった時も、見事にハグ魔になったし、服もひん剥かれたし、とても恥ずかしい思いをした。
だからアルは覚悟をしなければならなかった。主にこれから先、自身が辱められる覚悟を。
「洗いっこしよっか、おいでりくあちまぁ」
「呂律が回ってないわよ!? ああもう、何で一気に飲んじゃうのよ」
「ほら、いくよぉ」
「分かったから! 引っ張らないの転ぶわよ」
アルの手を引き、洗い場に行こうとするミミコ。酔っぱらいが転ばないように注意しながら、アルは大人しくついて行き、誘導されるがままに椅子に座る。
「じゃ、あらってあげるね。えっと、ぼでぃそーぷ? これはしゃんぷー?」
「そっちはリンスだから! これがボディソープ!」
「おっけぇ、わかった、じゃあいくよぉ」
手の平に数回プッシュして、わしゃわしゃと泡立てる。そしてその泡だらけになった両手を、アルの柔肌に直接滑らせた。ツルンと背中から前方方向へ、具体的には脇を伝って胸へ。柔らかいソレがミミコの手に合わせて形を変える。
「ひゃんっ!? 先輩そこ背中じゃない!」
「ありゃ? 滑る……まぁ、なんか気持ちいいし、いっか」
「絶対に良くな、んッ!」
「えへへ、りくはちまは痒いところはないかい?」
「そ、それは髪の毛洗う時のセリフだからぁ! って先輩!? 洗うどころか全身で抱きついてきてるじゃない!?」
「えぇ……だめ?」
「駄目……じゃあないけれどぉ!」
「そっかぁ、なら一緒にあわあわしよっか」
流されたアルの同意を得るや否や、横からギュッとアルを包むように、抱きつく酔っぱらい。そのままぬるぬるとアルの身体のアチラコチラに手を這わせる、その度に艶めかしいアルの甲高い声が漏れる。
「っく……ちょと、待って……きゃ!? そこは弱いからぁ」
「かぁいい声だねりくあちま、よし、かぁいいりくあちまにはご褒美でもっと洗ってあげよう」
「これ以上!? え? ちょっとまって、下は、ひゃっダメ! ストップよ先輩!?んっねぇ先輩ってば!? あんっ!」
これ以上はご想像にお任せするが、だいたい予想通りの展開が繰り広げられる事となった。
結局、酔っぱらいミミコの気がすむまで、二人の絡み合いは終わらないのであった。
ここまで読んでくれた皆様、ありがとう御座います。
よろしければ高評価、感想等をよろしくおねがいします。