最終話です。
「おんせん、気持ちよかったねぇ?」
「そ、そうね……気持ち良すぎて色々と、ホント危なかったわ」
その後、酔っぱらいミミコにあんな事やこんな事をしっかりとされたアルは、何だかんだしっかりと温泉を満喫して、浴衣姿で部屋に戻ってきていた。
なお、風呂上がりにもう一杯引っ掛けたミミコは、絶賛酔っぱらいモード継続中である。
「先輩、凄く酔っぱらってるけど、大丈夫なの?」
「へいきへいき、楽しいからへいき」
「何の根拠にもなって無いわよ?」
「えー? りくはちまも楽しいでしょ?」
「それは……そうだけど」
火照った顔でコテンと首を傾げるミミコからそう聞かれて、アルには否定するなんて事は出来なかった。完全に普段とのギャップにやられていた、相変わらずチョロい。
けど確かに、ミミコの言うとおり楽しい、凄く楽しい。温泉街を散歩するのは新鮮でワクワクしたし、温泉はちょっと刺激が強すぎたが、別に嫌ではないし。酔っぱらった先輩は可愛いし。アルは概ねとても満足していた。
(けど、少し問題があるのよね……)
アルが思うその問題とは、例の話が詳しく聞けない事。
ミミコが何処か遠くに行ってしまう。昨日偶然聞いてしまったその話を、中々アルは聞くタイミングを掴めなかった。
というか、部屋に帰ってきて一息ついた今の今まで、普通に楽しすぎて忘れていた。ただただミミコとのデートを楽しんでしまっていた。
先輩がどっか行っちゃうまで、今日と明日しか時間は無いのにしまったぁと頭を抱えるアル。
そんな頭を抱えて黙り込んでしまった、アルを不思議に思ったミミコ。
「……? ……! ふふ、えい!」
「きゃっ!? 先輩!?」
何を思ったかアルに飛びつき、そのまま用意されていたふかふかの布団に押し倒した。
「なーにむつかしいこと考えてるの? かぁいいお顔にしわが寄ってるよ? りくはちま」
「な、何でもないわよ先輩、ちょっと考え事してただけで」
「考え事ぉ? ふふふ、ならこのとよみ先輩に何でも聞くと良いよ? なにせ先輩だからね」
ペタリと布団の上に座り直し、無い胸をえへんと張るミミコ。その発言はアルにとっては、まさに渡りに船。
正直、ミミコが今まで話さなかったって事は言いにくい事なんだろうとアルは察していたし。そんな話を馬鹿正直に正面から問うても、あれこれ話をはぐらかして、煙に巻かれるだろうとも分かっていた。
しかし今のミミコは、普段のクールなできる先輩では無く、ただのぽやぽや酔っぱらい。いつもアルを揶揄う時のような、語彙力や発想力はないし。思った事をそのまま口にしてしまう状態。
今こそ尋問する絶好のチャンスだと、気がついたアルはじゃあと呟いて、
「…………」
「…………?」
「せ、先輩の好きなものって何かしら?」
そして見事にチキった。
言えない、もし本当に何処かへ行ってしまったらショック過ぎて旅行どころじゃない!? すごく怖い!? そんな事を考えてしまった為、普通の当たり障りの無い質問をするのだった。
そして、そんな当たり障りない質問を、好きなものは何だなんて質問をしたら、この酔っぱらいが何を答えるかは、もはやアルにだって大体想像がついた。
「好きなもの? りくはちまだよ?」
「そうわよね変な質問してごめんなさい!? いや、そうわよねってのも可笑しいんだけど!?」
迷う事なくアルが好きだと答えるミミコに、悔しくも赤面しながら謝るアル。自身がそう聞いた上に予想出来てた答えに、簡単に照れるアルの姿はもはや様式美の粋だった。
「もー、りくはちま。そんな分かりきった事で悩んでたの? 安心して、私はりくはちまをかぁいい好きいちばんの後輩だと思ってるから」
「ありがとう! けどそうじゃないの、もっと他に聞きたいことがあるの!」
「ほかぁ? あ、私が結婚したい人とか?」
「違うわよ!? というかそれは先輩が言いたいだけでしょ!?」
アルのツッコミに、バレたかとふにっと笑うミミコ。どうもこの先輩は酔っていても酔って無くても、好きあらば求婚して来るのは変わらないらしい。本当に心臓に悪いから辞めてほしかった。
好かれている自覚はあれど、流石に結婚云々はミミコの行き過ぎた揶揄い文句だと思っているアルは、呆れたように眉を潜め、これを気にミミコを注意する。
「まったく、揶揄わないで。冗談でもそう言う事は言わないほうが良いわよ先輩。いつか勘違いする人だって出てくるんだから」
「ん? 冗談じゃないんだけど?」
アルの苦言に、何いってんだコイツとばかりにハテナを頭の上に浮かべそう答えるミミコ。いやいやいやと、アルは更にツッコみを入れた。
「先輩がその、私の事を……す、好き? なのは分かるけど、その、後輩としてでしょ? だから、結婚とかってのは良くないと思うんだけど」
子供に諭すように、そう酔っぱらいに告げるアル。しかし対するミミコは、はぁあと大きな溜め息。肩をすくめて何も分かって無いと態度で示していた。
「りくはちま、ちょっとこっちにおいで」
ぐいっとアルの手を引っ張り、二人揃って布団にゴロンと寝そべる。そしてアルを頭からぎゅうっと抱きしめたミミコは、そのまま耳元でこう呟くのだ。
「りくはちま、私はきみが好きだよ」
「せ、せんぱい?」
「明るくて優しい陸八魔が好きだよ。辛いことも笑って乗り越える強い陸八魔が好きだよ。自分の憧れに正直な陸八魔が好きだよ」
一つ一つの言葉にありったけの思いを込めて、丁寧に大切に紡いでいく。
少しポンコツな陸八魔が好きだ、失敗しても挫けない陸八魔が好きだ、弱者に迷わず手を差し伸べる陸八魔が好きだ。
ミミコから延々と超至近距離で囁くように呟かれるそんな言葉の数々に、心の準備なんて出来てなかったアルの鼓動は高鳴る。恥ずかしく身動いでも、抱きついたミミコがそれを許さない。甘くて優しいミミコの声に、耳が熱くて溶けそうだった。
「私を慕ってくれてるところに惹かれた、距離を取ろうとしても離れてくれないところに心が救われた、私の過去もトラウマも全部引っ括めて背負うと言ってくれた陸八魔に、私は惚れたんだ」
あぁ、これ以上は駄目だ。恋愛事には疎いと便利屋内で評判のアルでも流石に解った。今までずっと揶揄われてると思った言葉は、全て嘘偽りの無いミミコの本気の言葉。
私は今も、今までもずっと、先輩に告白されてるんだ。
そう自覚したら身体の芯が更に熱を帯びる。キュッとミミコの浴衣を握る手が強くなる。石鹸と少しのアルコールとミミコの甘い香りで頭がくらくらする。心が嬉しいと叫んでいる。
「ごめんねぇ、カッコいい先輩をしてあげられなくて」
だから、そう言ってミミコが謝った瞬間。アルの心臓はキュッと痛んだ。
「私がりくはちまの事好きなのは本当。結婚したいくらい好き。けど、これは私の一方的な思いだから……陸八魔の好きとは違うかもだけど」
ぽつりぽつりと、ミミコはまるで罪を懺悔するかの様に吐き出す。先程までの暖かな言葉が嘘のように、諦めを含んだそれはアルの心を冷たくしていった。
それこそ一方的な思い違いだ、確かに自分は今まで先輩をそう言う対象としては見てなかった、けれど思いを知って嬉しいと確かに感じた。その気持ちに嘘はなかった。
「……真剣に伝えるつもりは無かったんだけどね。酔ってたからかなぁ? 我慢できなかったよ」
こんな感じで本当にごめんね。と寂しそうに呟くミミコ。アルはいよいよ我慢が出来ず口を開いた。
「だから日を改「だから、先輩。私に黙って何処かに行くの?」……陸八魔?」
ミミコの腕を振りほどき、アルはしっかりとミミコの目を見てそう尋ねた。言葉にした不満は一度切り出したら止まらずに、次々と溢れてくる。
「いつも私を揶揄って、好きだ好きだと言ってくれて、挙げ句結婚したいだなんて惑わせるような事を言って、その結果……一方的に告白してから私の前から消えるですって?」
「え? まって、消えるってな──「巫山戯ないでちょうだい! そんなの認められるわけ無いでしょう!?」
我慢がならなかった、完全に怒髪天を衝いていた。
「先輩! 正座!」
「は、はい!?」
ビシッと床を指差して正座を命ずる。このクソボケたらし先輩に対して、アルは一切の慈悲は無かった。
「先輩は何も分かってない! あの時もそう! 先輩が便利屋辞めたときも、私を近づかせないようにしてたけど、私そんなの頼んでない!」
「い、いや……あの時は陸八魔に危険が「私は! すっごく! 寂しかった!」……あ、はい。ごめんなさい」
真正面からそう不満をぶつけられ、ミミコは肩を縮めて頭を下げる。今の状態のアルに、言い訳や反論等は一切合切無駄だった。
「すぐ先輩は私から逃げようとする! そんなに私が嫌い!?」
「いや、だから好きだって」
「なら居なくならないで! ずっと隣りにいなさい!」
「あ、あの、だから居なくなるってな「一人で告白して! 自信無いからって逃げようとしないで! ちゃんと私の答えも聞きなさい!」あ、はいごめんなさい」
ただ謝る事しか出来ないミミコ。そんなミミコに痺れを切らしたアルは、諦めたミミコの態度や、勝手に居なくなる事、今まで散々人の心を振り回して、乱してた人をどうしようもないくらいに思っている事。
色々とごちゃごちゃになった感情を込めて、ミミコの胸倉を掴み、真正面から今日イチの声量でこう叫ぶのだった。
「結婚でも何でもしてあげるから! 私から逃げないで! 私も先輩が大好きだから!!」
もうこれ以上無いってくらい豪快な告白。顔はこれでもかってくらい真っ赤で、瞳は涙が零れそうなくらいで、それでも視線だけは絶対に反らさないで。ありったけの思いを大好きな人に、全身全霊込めてぶつけた。
そして、そんな大き過ぎる思いをぶつけられた十余三ミミコ。色々な感情がごちゃまぜになりつつも、取り敢えずどうしても一ついいたい事があった。
「……そもそも私、どこも行かないよ?」
ちょっと長期の任務でゲヘナ離れるけど、普通に終わったら帰ってくるよ?
「………………へ?」
ミミコの言葉を理解できず、アルの脳内に広大な宇宙が誕生した。先輩が? どこにも行かない? 帰ってくる? ……why?
「というか、ちゃんと最後まで話は聞こうね? 伝えるつもりは無かったけど、溢れ出たものはしょうが無いから。ちゃんと後日正式に告白させてって言うつもりだったんだけど」
「…………え、つ、つまり?」
「陸八魔の早とちりだね」
「な、なななっなんですってぇ!!?」
ガーンッとお馴染みの白目を向いて叫ぶアル。今日イチの声量、早くも更新。
そんな、普段どおり過ぎる彼女の様子に、もう堪らずミミコは声をあげて爆笑する。
「あはははっ! 流石陸八魔! 最高に面白いよ!」
「笑い事じゃ無いわよ!?」
「いや、笑うでしょ。ふふふっ……面白すぎるって」
「あぁあ! もう! 私のバカぁ!!」
穴があったら入りたいし、消せるものなら記憶を消したい。勢いに任せて色々と口走った数分前の自分を全力でビンタしてやりたい。アルは本気で後悔していた。
「うぅ……せ、先輩?」
「なに? 陸八魔」
「この事は、忘れてくれると……」
「うん、無理」
「うわぁあ! そうよねぇ!!?」
もう色々と耐えきれずに、この場から逃げようとするアル。とにかくミミコの居ない場所に逃げ込みたかった。
立ち上がろうとしたところで、待ってとミミコがアルの腕を引いた。
「きゃっ!?」
ボフッと音を立てて布団に倒れ込むアル。そんなアルを逃さないように、ミミコは引いた手を床に押し当て、足の間に自分の足を入れ、覆い被さるようにアルを見下ろす。
アルは、蛍光灯の逆光でミミコの表情は見えないけれど、何故かとてもいい笑顔をしてる気がした。
「せ、せんぱい? ど、どうしたの?」
「ん? いやさ……うん」
「え?」
「最終確認ね? 陸八魔、私の事好き?」
「……う、うん大好きよ?」
「そっかそっか……結婚でも何でもしてくれるの?」
「そ、それはっ!?」
「それは?」
「………………はぃ」
余った左手で、ミミコから真っ赤な顔を隠しながら、絞り出すような本当に小さな声でコクリと頷いたアル。頷いてしまったアル。
そのアルの様子に、ミミコはそっかぁと呟いて、
端末を操作して部屋の電気を消した。
「ッ!?」
「いや、駄目だよ陸八魔。甘く見過ぎだって」
「せ、先輩っ!?」
「本当にかわいいね。そっか、私の事大好きなんだ」
「何で部屋の電気消してっ! ひゃっ!?」
さわっと頬に手が触れて声が漏れる。ようやく危険を察知してもがくも上から押さえつけられては逃げられない。
「だーめ、逃さないよ?」
「待って! 先輩! その……何する気!?」
「? 陸八魔の想像通りだけど?」
「駄目! 駄目よ!? そう言うのはちゃんと手順を踏んで」
「もう無理、我慢の限界。陸八魔が悪いんだよ? あんな嬉しい事言ってくれるから」
「ほら! 先輩酔ってるのよね!? 落ち着いて! ね!?」
「うん、酔ってるからしょうが無いね」
「しょうがなく無い!」
ジリジリと近づく二人の距離。捕食者とご馳走の関係性。まな板の上のアルはなすすべが無かった。
「……本当に嫌?」
唇が触れるんじゃ無いかって距離でそう囁く。不安げな声はズルい、そんなの何でも許してあげたくなる。
「駄目? ……アル」
挙げ句、こんな時に名前で呼ばないで欲しい。本当は駄目なのに、嫌じゃないから、好きでしょうが無いからそんなおねだりする声に絆されてしまうから。
「……ずるい」
「ふふ、ごめん」
本当にずるい、もう分かってるくせに。あんな大胆な告白をするほど、あなたの事が好きだって分かってるくせに。
電気が消えてて良かった、こんな顔は恥ずかし過ぎて見せられない。
不安と期待で少し震える腕でミミコを自分から抱き寄せる。一気に密着した事で、二人の早い鼓動が重なり合うのを感じながら、
「……………………や、やさしくしてね?」
と、ぽしょりとアルは呟くのだった。
◇
襖の隙間から差し込む日差しで目を覚ました、十余三ミミコ。ガンガンと痛む頭を抑えながらフラフラと布団から抜け出し、ニコチンを求めてベランダへと向かう。
愛しのピースに火をつけて、深く深く吸ってから吐き出す。朝の寝ぼけた頭に染み渡るのを感じながら、ミミコはこう思った。
はて、自分はいつの間に風呂から部屋に戻ったのだろうか……と。完全に酔って記憶がトんでいた。
「……昨日はそう、お風呂で、アルが入って来てから日本酒イッキして……駄目だ、そっから何も覚えていない」
纏まらない思考で考えるも、そっから先の記憶が朧げで出てこない。何かすごく良い気分だったのは確か、楽しかったのも確か、けど靄がかかったかのように詳細が浮かばなかった。
「というか自然と口から出たけど、アルって。普段陸八魔って呼んでるのに名前のほうが違和感が無いんだけど、何で?」
何でも何も、昨晩散々呼んだからである。本人は覚えてないが。
「って、何で私裸なの? ……え? 何か痣できてない? 何で?」
何でも何も、昨晩あれだけはっちゃけたからである。本人は全く覚えていないが。
不思議な事をもあるもんだと小首を傾げる。煙草も吸い終わったので冷える身体を温めるため、布団へと戻るミミコ。
すると、さっき自分が出てきた布団がもぞりと動いた。
「あぁ、アルか……一緒に寝たんだね」
流石に前回のラブホの経験が生きたのか、驚かないミミコ。アルのかわいい寝顔を見てやろうと布団を捲った。
「んっ、ふふ……しぇんぱい。だいしゅき」
そこには、予想通り陸八魔アルが、自分と同じく一糸まとわぬ姿で、身体のあちこちに点々と痣を作った予想外の姿で幸せそうに眠っていた。
「……………………………………へ?」
思考が停止する。冷や汗が止まらない。何かとても大事な事を忘れている気がする。
「……くしゅん」
ミミコが固まっていると、アルがあざといくしゃみをして目を覚ます。
「んっ……ふぁ……あれ? せんぱい? ……えへへ、その、えへへ」
むくりと起き上がり、寝ぼけ眼を擦りながらミミコを見上げる美少女は、だらしない笑顔で笑っている。
そして、そんなあざと過ぎる姿を見せるアルは、未だにフリーズから帰ってきてないミミコに対してこう言うのだった。
「責任、とってよね? 結婚しましょう先輩」
「──ッ!?」
声にならない悲鳴を挙げるミミコの脳内には、ショックから昨晩のあれやこれやが一瞬にしてフラッシュバックする。
その後、便利屋68の事務所前にて、全てを思い出したヤニカス黒髪三編み女が土下座する姿が目撃された様な。
その会社の社長の左手薬指に、綺麗な指輪がつけられるようになった様な。
それはまた別のお話である。
以上で完結です。ここまで読んでくれた皆様、ありがとう御座います。
新作、他の連載作でまた出会えたら幸いです。
よろしければ高評価、感想等共々、よろしくおねがいします。