元連邦生徒会副会長は征く 作:ふしあな
物語の盤面で、キャラクターは動く。
動かすのはプレイヤーか、或いは……
今日のキヴォトスは休日。部活動に精を出す生徒や、バイト戦士の生徒、或いはインフラに関わっている生徒は変わらないが基本的に今日は授業が無いため、好きな事をしている生徒が殆どである。
「…………うぅぅぅぅぅ」
『おはようございます王子。いい朝ですね』
それは元連邦生徒会副会長である紫青ライラであろうとも同じ事である。
授業が無いという一日ゴロゴロしていて良いという免罪符と、これまでに無かった完全休日という魅力に抗えない少年が目を覚ましているのにベッドの中で微睡んでいた。
連邦生徒会の名誉のために言っておくと、一応少年にだって休日はあった。
だがその休日も突然のトラブル対応のために潰れたり、そもそも休んでいるぐらいなら書類を片付けていかないと翌日が地獄になるなどと言った理由から休日という名目で普通に仕事をせざるを得なかった。悲しき社畜のサガである。
「……頭、痛い」
こうしてゴロゴロ時間を許すまま眠り続けるという至福の時間から、少年はようやく起き上がる。喉の渇き以上に、少年は頭が痛いと片手で頭を押さえながら立ち上がる。……頭痛なんて最近は無かったはずだ。副会長時代はしょっちゅうだったが、こうしてライラとなってからは頭痛とは無縁の生活を送ってきたのに。
「うげぇ……風邪引いたかこれ……」
フラつく身体をどうにか壁に手を当てて、動かしながら洗面台に立つ。
頭に手を当てていても熱が出ている様な感じでは無い。発熱を伴う頭痛では無いとなるとそれ以外の風邪だが喉が痛いとか咳が出るだとか症状がない以上少年もどうしようもない。
「ん?………あれ」
とりあえず顔を洗おうと鏡の前で、自分の姿を見たその瞬間だった。
“何かがおかしい”そうライラは突然思った。…何がおかしいとか、何処がおかしいとか明確なことは言えない。だけど間違いなく何かがおかしいと分かるこの感じ。鏡に映った自分の姿だというのに感じる強い違和感。
これが一体何なのかライラは鈍く痛む頭を働かせながら考える。
鏡に映っているのは上半身…強いては顔。耳はふたつ付いているし、目もふたつ付いている。勿論、鼻と口も付いているし、髪の毛も変わらない澄んだ青色。起きている証であるヘイローも
「ヘイロー……がおかし───────」
『どうしたのですか?王子』
……あれ?何を考えていたのだろう。
特におかしいところなんて何処にもないというのに。
「……………」
まあ良いやと顔に水をつける。寝ぼけていたのだろう。キリリと冷えた水が寝ぼけていた視界を鮮明にする。頭が冷えたからか分からないが、少し頭痛が治ってきた感じだ。それでもまだまだ頭が重いのには変わりないが。
こんな調子では料理する気なんて起きない。常備してあったゼリー飲料を取り出して一息で飲み切る。これだけじゃ途中でお腹空くだろうけど、今日の予定先までには結構色々と食べるところがある。そこで食べていこう。
「…………じゃあ向かいますか」
着替えてチョーカーを巻き、宝石を砕く。いつも通り手慣れた動作。今日は遠方まで出かけるから一応もう一個余分に持っていくことにしよう。…この宝石の凄いところは服でさえも上書きしてくれる所である。少年の男物の服であってもこの宝石を使えば、いい感じのカジュアルな服と誤認させる効力がある。まあ制服はどう頑張っても女物だが、別に化けている間は表面上は女に見えるから良くない?という思想である。……まあこれも実の姉である連邦生徒会長に過酷な女装をさせられたとかいう過去ではないという事にしておく。少年の精神安定上のために。
「d.u地区に」
『ようやく私たちに会いにきてくれるんですね。お待ちしておりましたよ』
今日彼が向かう先はd.u地区。かの噂のシャーレの先生…彼の記憶の中にある外と同じ世界から現れた『大人』。そして連邦生徒会長並びに副会長の後釜として有名な連邦捜査部シャーレの『先生』。どうせあの姉が用意した人だと思うと俺の失踪までがあの姉の織り込み済みだったというのだろうか?…まあ少し腹立たしい事ではあるけど逃げ出した手前なんとも言えないとライラにとって複雑な心境だ。
だからこそ確かめにいくのだ。
連邦生徒会副会長ではなく、ただの一般キヴォトスの生徒“紫青ライラ”として。
『間もなくd.u地区〜、間もなくd.u地区です』
電車に揺られて数十分。快速に乗ったというのにそれほど時間がかかるとは今自分が住んでいる所と連邦生徒会がある場所では大分距離が離れていることが分かる。…まあだからありがたいと考えると嬉しいものだ。
「………お、ここここ」
そうして手慣れた様に目的の駅で降りて、そのまま路地裏に入っていく。少しずつ道行く人気が少なくなり、殆ど途切れた先に小さく暖簾がかかる店があった。暖簾の先にあるには屋台の様な座高の高い椅子とカウンター。そしてその奥で料理している店主のみの寂れた小さな店。
「……らっしゃい」
「ざる蕎麦1つ。たこ焼きソースで」
昔ながらのおっさんの様な嗄れた声の挨拶を聞きながら端の席に座り、ここに来る時の“いつもの”を頼む。この店は副会長時代から密かに愛用していた店だ。時間が余れば時折食べにきていたほど、この店との付き合いは長い。麺と丼。そしてたこ焼きだけというチープなラインナップ。そして安値と言うこともあって、会食を是とする同僚たちや権力者たちには勧め難い店だが1人になってゆっくり食べたい時はよく来ていたのだ。
ざる蕎麦という冷たい麺にたこ焼きという口の中が火傷しそうになるほど熱々のあまりに対極のコンビネーション。だがそれが良いと少年はこのセットを密かに好んで食べていた。……栄養素?(食べ盛りの男子相手に)ルールは無用だろ。
「……………あんた、いや。お代は」
「先払いだろ?」
屋台風というだけあって支払いは先払い。丁度の小銭を手渡して、備え付けのコップに水を注ぐ。八割目まで注いだら一気に喉の奥まで流し込む。陽気な季節とだけあって少し暑いのをこの一杯で流す。
「どうも……少し待っとれ」
「あいよ。時間は気にしないぜ」
この無愛想な店主との付き合いも長い。蕎麦を茹でながら、たこ焼きのピックを回すその腕はまるで阿修羅みたいだ。店主の風貌は片目に十字の傷がある芝犬であるが、妙に威圧感がある。それが原因で人気が無いのか。それとも単純に立地が悪すぎるのか。おそらく後者だと思っているが、それでもこの店主はここから動こうとしない。そういう頑固な所も副会長は気に入っていたのだ。
「お待ちどう。ざる蕎麦ネギ多めとたこ焼き鰹節多めだ」
「………店主、アンタ」
そうして待つこと数分。黒塗りのトレーに乗せられた少年の“いつもの”
それも少年が特に好んでいたざる蕎麦に気持ちネギ多めとたこ焼きに気持ち鰹節多めのセット。更にたこ焼きに付いている紅生姜もメニューより少し多めという店主からのプレゼント。
紫青ライラという皮を被り副会長である事は誰がどう見ても同一人物だとは思えないというのにこの店主は、ライラの頼み方と諸々だけで同一人物だと見抜いたというのか。
「どうかしたか?……お嬢ちゃん」
「………感謝する。」
ライラの警戒心を理解したのだろうか。わざわざ付け足して“お嬢ちゃん”と言った店主の好意に甘えてライラは特に騒ぐことなく席に座り直して、箸箱から割り箸を取り出し、両手に抱えながら挨拶する。
「いただきます」
直後に二つに割る音。今日は割り箸をキレイに真っ二つに出来たなと即座に箸を付けたのはざる蕎麦。喉越しよく、そしてキレ良いその蕎麦は、店主の自家製である蕎麦つゆとよく合う。
明確に分かるほど濃い出汁の味。醤油を味を整えるために使ってるのでは無いかと思うほど蕎麦つゆ自体に感じる旨味。前の世界では関西風というのかも知れないが無理なくつゆまで完飲して満腹と言えるこの出汁を気に入っていた。
よく締められた蕎麦にも勿論旨みがある。丁寧なコシもあるその蕎麦の旨みは口の中で出汁と共にハーモニーを奏で、次から次へと箸が進んで行く。…家でたまに食べる水で解すタイプの蕎麦とは明確に違った旨さに舌鼓を打ちながら、その箸は隣のたこ焼きに伸びる。
「……あふっ……あふっ……」
平皿に乗った六つの大丸。そしてその上で輝くソースの色と踊る鰹節。微かに見える青のりの緑と横の紅生姜。これこそたこ焼きであると思いながら迷うことなく口に突っ込む。
その瞬間から口の中で感じる熱さ。外は焼けたカリッとした感触の中から感じるドロっとした旨味。それがちょうどソースと混ざり合って美味しい!と脳内で弾ける。中に入っている蛸のグニっとした感触も感じながら、焼けるかの様な口の熱さを注いだ冷水で流し込んで行く。
「……………」
そしてまた蕎麦に向き合う時間。次は備え付けの山葵を少しだけつゆに溶かして味に変化を入れる。最初から山葵を入れても良かったのだが今日は気まぐれだ。ズズズ…と啜る音を立てながら、飲み込んで行く。
そうして口直しにたこ焼きを口の中で頬張る。
熱い、美味い、熱い、美味い、熱い、美味い。味の濃いソースと微かに感じる鰹節の味に想いを馳せながら、口の中で熱さに悶えながら飲み込む。やはりたこ焼きは熱いままが1番美味しい。……冷めたたこ焼きを一気に食べる乙なのもわりかしアリではあるが。
蕎麦を食べ、たこ焼きを食べ、蕎麦を食べ、たこ焼きを食べ。
両方がちょうど無くなるように調節しながら食べ終わると空になった二つのお皿があった。この満腹感に満足していると、丁度待っていましたとばかりに小さな赤い木の湯筒が置かれた。
「…………」
蕎麦つゆを蕎麦つゆのまま完飲するのも美味いが、やはり本来と言うのならそば湯にするべきだろう。残ったつゆに入れて最後飲むまでがやはり蕎麦の醍醐味だと思う。つゆと湯をどれぐらいで割って飲むのかは好みにもよるが、やはり最初は1:1ぐらいで割りつつ、少しずつ湯を継ぎ足し飲んで行くのが彼の我流である。
「………ご馳走様」
「……また来い」
食い終わり落ち着いたところでライラはトレーをキッチン寄りの高台に乗せる。そしてそのまま立ち上がり去っていく。背中に掛けられた店主の微かの優しさに片手を振りながらライラは帰りに時間があればたこ焼きでも買いに来ようとふと考えたのだった。
その先に彼が向かうのは、ミレニアムの廃墟。
今日の目的地である廃墟までは電車で乗り継いでミレニアム郊外まで出なくてはならない。d.u地区からだとまた数十分の電車に揺られなくてはならない。
◆
日の気持ちの良い陽気に釣られて微睡みながら着いたのはミレニアム学園に1番近い駅。ここから快速から普通に乗り換えて行くのが1番近いと分かっている為、こうして電車を待っているのだった。
ミレニアム学園。それはキヴォトス三大校の一つに名前を連ねる学園である。
他2つであるゲヘナやトリニティと比べて比較的新しい学園であるが、ミレニアムの特色である科学技術を主にする気風であるからかこのキヴォトスで“最新鋭”や“最先端”などと言ったモノから、家電・電化製品に至るまでの殆どがこのミレニアムで製作されているともあって、その影響力は並外れていると言っても過言では無いだろう。
街並みは連邦生徒会傘下の街と変わらない…というよりもそれ以上に高層ビルが立ち並び、発電所や諸々のインフラ設備を合わせて強固な一つの学園都市と言っても過言では無いかも知れない。とは言っても郊外に行けばまた違った景色も見れるが。
ちなみに俺の愛銃もミレニアムのとあるエンジニアにカスタムして貰っている。
訳の分からない拘りと、謎の憧れに突き進むオリジナリティの暴走がたまにキスだがそれを差し引いてもエンジニアとしての腕は十分に信用している。そう言うロマンは理解できる(男心ゆえ)ため、たまに俺の案が採用されたりもする。やはり巨大ロボとレールガンは少年の夢である。
『間もなく◯番線にミレニアム郊外方面が参ります』
ミレニアム中央部はモノレールでの移動が基本だが、こうして外に向かう際は変わらず電車である。電車のアナウンスの後に来た電車に乗り込んで、ライラはまた電車に揺られて行くのだった。
「………着いた」
それから十数分。ここからは歩きだと、ライラは迷う事なく脚を動かす。
やはりミレニアム中心から遠いほど人気が少なくなり、ライラが目的地近くまで近づく頃には生徒の姿はどこにも無かった。
これからライラが向かう先はミレニアムの『廃墟』と呼ばれる場所である。
既に人の手を離れて久しい区域でありながら、その中では防衛機構やオートマタが闊歩している危険地帯であり、大分前から連邦生徒会の名前で立ち入りを禁じられている。……とは言ってもこの中には現代の技術でも解析不可能なオーパーツやテクノロジーが眠っており、何度か自分とFOX小隊を連れて『廃墟』の中に遠征した事がある過去がある。
だからこそ、こうしてミレニアム・連邦生徒会の監視の目を振り切って入り込む事ができる。…とまあ言ってもぶっちゃけ今更ミレニアムも連邦生徒会も『廃墟』にガチガチ監視しているかと言われればそうでも無い。浅い所ぐらいなら入ってもお目溢しされるぐらいには無法地帯化しているから、ライラがここまでガチガチに対策しているのはある意味過剰な不安であった。
『王子、王子。こっちですよ…』
『廃墟』に脚を踏み入れてからどうにもまた頭が痛い。
とは言っても朝感じたほどの痛みでは無いが、頭の回転が鈍く放っている気がするレベルでは痛む。…別にこれぐらいだったら異常はないから先に進むつもりだが一抹に不安は残ったままだった。
(ここから先は…防衛が動いている所か…)
道なき道を道なりに進むライラが壁から首を出すとその先の向こう側では何かしら無機質な音が聞こえる。おそらく警備用のロボットじゃ無いかと去っていくのを待ってから、ライラは少しずつ進んで行く。
『王子、王子。こっちですよ…』
そうやって進んで行くとやっぱり見つかるのがオーパーツとかだ。カケラや欠けた状態で見つかるオーパーツが殆どだが、どうやらここには欠けがない状態のオーパーツが有った。然るべきところに売りつけたら結構良い値打ちで売れる。持って帰ろう。
『王子、王子。こっちですよ…』
そうやってハイドしながら進んで行くとやはりどうしても段ボールを持ってきたら良かったかと後悔する。…それは何故かって?昔からハイドしながら進むと言ったら段ボールを使うのがベターだからである。……まあここの機械に段ボールに隠れたぐらいで隠密になるかはさておいて
『王子、王子。こっちですよ…』
そうやって抜けていった先たどり着いたのは、行き止まりだった。
途中で、謎の黒ずくめの怪しげな大人が立っていてこちらを見るなり『くっくっく…こんなところで出会うとは』とか『しかし貴方は一体な……ああ、なるほど。導かれましたか、吉報をお待ちしておりますよ』だとかよくわからない事を喋っていたような気がする。けど今は考えることでは無いかとライラは迷うことなく、行き止まりの壁に手を当てる。
『接近を確認………完了しました』
すると聞こえるアナウンス音。人工音声だろうか。
無機質な音声が響き、この部屋に何かが動こうと微細な揺れと機械的な音が聞こえる。
『入室権限を付与。……おかえりなさいませ』
音声がまるで帰還を喜ぶかのような声と共にただの壁だった所が少しずつ動き出しその先の空気をこちらへと届ける。壁が扉になり、そうして開いた先には……
『お待ちしておりました。王子』
「………ああ。」
白い台座に身体を預けたままの無反応な少女。一切服を纏わず全裸のまま身動きしないその姿。特徴的な黒髪だけを力無く投げ出し、眠っているというにはあまりにも人間味がないその姿にライラ…いや“王子”は片手を取り跪き、そして軽くキスをして挨拶する。
「修行者よ。永きに渡る忠誠、見事である」
『………ありがたき、お言葉……ッ!』
その後、王子は誰かに語りかけるわけでもなく目の前の少女…“王女”に向けて、語りながら誰でもない誰かに労り語る。それは想定外だったと一瞬沈黙した声…王子曰く、修行者と言われた声はまるで感極まったかのようだ。
『それでは…ようやく時が来たのですね』
「…………………」
少ししてから修行者の声は、まるで愉しみだと言わんばかりの口調で王子に聞く。
勿論そういうことなのだろう。何処かで反応が途絶えた“王子”がようやく“王女”の元に舞い戻ってきた。今この時を待っていたとばかりに修行者は“始まり”の口上を告げる。
『“王女”は鍵を手にし、“王子”は天秤と共にある。今ここに方舟は定まった』
プロトコルATRAHASIS。それは“王女”と“王子”が許可を下す事ができる『世界を滅ぼすパスワード』である。別々の許可が必要だが、それでも不完全な状態であるのなら例え“王女”が目覚めていなくても修行者が代行できる。
王子と修行者。その両名が揃った瞬間。
今この時よりキヴォトスへの滅びは定まった。…そうなる筈だった。
「プロトコルの一時中断を申請。」
『!?…申請を受理します。……一体どうしました?』
王子はその瞬間。修行者の発動させようとしたプロトコルATRAHASISを破却した。
勿論、その命令に修行者が従わない訳がない。だがそんな命令を下されるとは考えてもいなかったと修行者は混乱を露にする。
「いや…修行者。先に王女の肉体を使え。」
『……宜しいのですか?』
そんな混乱の中、王子が掛けた言葉。
それはつまり王女の肉体を間借りして修行者が一時的に現れる事。王女を模して作れた修行者にとって影武者のように表に出てくることはそう難しい話ではない。
「ああ。おそらく肉体の意思がなければ完全な形では顕現が難しい」
『拝命しました……』
そんな話聞いたこと無かったが王子の言っていることなのだからと修行者は即座に命令を受け取り、立ち上がる。王女と名付けられた肉体に目が開かれる。その色は赤。
「近くに寄れ……それを許そう」
『…………では、失礼します』
赤い瞳と、赤色と四角形が連なるヘイロー。修行者はこうして王女の肉体を借りトテトテ…と王子の方向に向かって歩いていく。だがやはり身体の使い方が解っておらず、その歩き方はどうにも歩き始めた幼児の様にも見える。見た目容姿も相まって本当に庇護欲をそそる。
「………騙して、すまなかったな」
『え?』
修行者、もとい王女を抱き寄せ王子は耳元で囁く。一体何を言っているのか。その言葉の意味を知ろうと修行者が声を上げた時にはもう……遅かった。
「コード:Deep Freezeを即時実行。対象名、修行者〈key〉」
『王子……?こ、これは……!?!?』
王女の背中を指差した指から半透明の0と1で作られた幾何学模様の方陣が出現し、王女の身体を包む。いや、違う。これは対象を修行者のみに絞った凍結封印。
『…王子な、ぜなのですか……』
「怨恨も憎悪も受け入れよう。」
つまり王子はここで修行者を封じ込めるのだ。勿論“深い凍結”と名前の通り、半生可な手段では溶けないほど強固な檻で。そんな王子の凶行を修行者は争う術を持たない。苦悶と絶望に満ち溢れた顔で片膝を付き、倒れそうになった所で王子が受け止める。
「今のキヴォトスが君たちの純粋さに報いることは出来ない」
それは“同じ”である己でさえも。
と肩で微睡始める王女/修行者を抱え、彼は自嘲する。彼はあまりに多くの物を抱えてしまった。だからこそ“今の”キヴォトスに“滅ぼす”という役目しか与えられなかった憐れな子を受け入れられる土壌は存在しないと断定した。
「だから、眠れ。然るべき時が来るまで」
キヴォトスには多くの滅びを内包している。
天路歴程と名乗る神の証明者たち。古の名前を利用しキヴォトスを解き明かそうとする探究者たち。その何某によって目覚める“感情”の代行者たち。そしていずれ来たる色彩と、己が己である──────。
「どうか、そんな俺を許さないで欲しい」
『お、うじ──────』
眠りが浅くなり、ずっと俺を待っていた最愛の番をまるで騙し討ちの様に再度深い眠りに入れさせる。信頼を逆手に取ったなんとも卑劣で卑怯な行い。そんな手段しか取れない己に不愉快極まりないが、こうしなくては護れないのだとできる限り感情を殺した手で、王女の瞼を下す。
「……これで良いのだろうか。これで本当に良かったのか」
口から漏れる意味の無い仮定の話。俺が始めた物語だろうと自覚していてもやり切れない想いが浮かんでくる。だがその“もしも”を想像できるほどキヴォトスも、俺も余裕があるわけでは無い。特に俺の近くに居れば最悪になる可能性が高い。王女を巻き込んでしまえば最後、本当に救われない結末になる。
「……だが、後悔している時間はない」
俺も、姉も、キヴォトスも全てが“取り返しのつかない事”になる前に。
成せる手段全てを使ってでも、やり遂げなくてはならない。
「必ず……」
しかし、なぜ彼がそんな事をする必要があるのだろうか。
彼はキヴォトスを滅ぼすために生み出された存在だというのに。
「誰もが夢見る結末へたどり着いて見せる……!!」
一言で言うのなら、きっと無粋な言葉で飾りつける必要はない。
─────こんなに、キヴォトスを好きになってしまったのだから。
空に輝く星を見る人たちよ
ふと、私がこんな事を聞いたのは興味が湧いたからだった。
先日アビドスの問題について付きっきりで解決してくれた大人…シャーレの先生。最初は少し信用に欠ける(大分オブラートに包んで)人物だと思っていたけれど、ああして私たちを知ろうとしてくれて、私たちのやりたい事を応援してくれた人をただの大人という色眼鏡で嫌うほど落ちぶれていない。……まあ後は、知りたい事が知れて希望が持てたから余裕があるって言うのもあるのかも知れないけど。
そんな大人、連邦捜査部シャーレ所属の先生。
正直に言うなら連邦生徒会って信用ならない。今までが今までを見てると彼が居なければ何もできないって事を分かってるから。……意外と居るんじゃないかな同じ考えの子が。
………話を戻そう。
そんな大人である先生は、本来なら知らないはずの人を知っていると思うのだ。
とは言ってもこんな事を言っても多分キヴォトスの生徒なら誰もがハテナを頭に浮かべるかも知れないけど。やっぱりよくよく考えるとおかしい。時系列が合わないとホシノは思ったのだ。
「ねぇ〜先生〜」
「どうしたの?ホシノ」
そんなホシノの脳内にクッキリと浮かんで消えない謎を解決するかも知れないチャンスは意外にも早く訪れた。……それはシャーレの先生への“お手伝い”という名目でのヘルプ。シャーレの先生に投げられる業務は多く、その全てを解決しようとするにはあまりにも時間も人手も足りない。だからこそこうして生徒が自主的に手伝って(裏の名目が無いとは言えないだろう)シャーレへの友好を示していると言うものだ。事実このお手伝いが始まって、シャーレが何をしているのか透明化すると同時にシャーレへの近寄り難さを解消する手段にもなっているとホシノは考える。
「そういえば、先生は副会長が居なくなってから来たんだよね〜?」
「うん。そうだよ」
質問に是と即座に答える先生を見て、密かにホシノは目を細める。……時間軸が合わない。先生は副会長が居なくなってから来たと言っていたのに、先生は副会長と“会ったことがある”みたいな口調。間違いなく両者が交流を築く時間なんて無いはずなのに
一体先生はどこで彼と会ったのだろうか
「じゃあ副会長については人伝でしか知らないわけだ」
「………………気がついた、わけか」
掛けた鎌…とまで言わないかもしれないが、ある意味ホシノの断定した口調に、今まで書類に集中していた先生はペンを投げ捨てホシノを見た。
「確かに彼とは直接は会ったことが無いかもしれないね」
「無いかも“しれない”って……」
なんとも曖昧な言葉を使うものだとホシノは思った。だが先生としては“そこ”を突かれるとは到底考えていなかった。だってこのキヴォトスにおいて彼…連邦生徒会副会長の名前を知らないものは居ないのが“常識”だからだ。
そう“外”からの来訪者である先生を除いて
「いや。それは私も分からないんだよ」
これを見てと机の1番下の引き出しのさらに奥から先生は一枚の紙を引っ張り出す。その紙はほのかに紫色に光った様に見えて、その後よく見たらそれは私たちも書いたシャーレ所属届の紙ではないだろうか?
そしてさらにその紙の氏名欄を見る様にと先生は指差す。その瞬間、ホシノは今までに見たことないほど目を真ん丸と見開いて、その紙が穴が開くほど見つめた。
「なんで、彼の名前が────!?」
そこに書かれていたのは連邦生徒会副会長の署名と彼自身が公式に使っている印鑑。ホシノは一瞬複製か、偽装かと考えたがありえないとその考えを破棄する。誰よりも彼の筆跡を見てきた自分だからこそわかる。これは間違いなく、彼が書いたモノだと。
「そう。しかもこれを見つけたのは本当に最近……」
「……それは、アビドスの件が終わってから?」
そうだと頷く先生に、ホシノは深く考える。
どう考えても辻褄が合わない。このシャーレへの所属届もシャーレが出来てから、つまりは副会長が失踪してから発行されたモノであるのは間違いないらしい。
ホシノの困惑以上に困惑していたのは先生だ。
勿論、この書類の違和感は手にとった時から感じていた。けどシャーレへの不法侵入が無い事や、一切の記入ミスが無いように書かれているその書類を受け入れないわけにはいかない。だからその書類を先生はシッテムの箱、ひいてはアロナにシャーレ所属である事の認可をして貰おうとしたが……
「けど謎のエラーが起きて読み込まれない、と……」
アロナが言うには“この生徒さんとの交流が出来ていません!”との一点張りで無効になるらしい。今までは初めて会って、そのままシャーレ所属でも問題はなかったのに何故か彼のだけは読み込まれないらしい。
「うん……でもね。ホシノ、私はなんとなく分かるんだ」
「何が?」
シッテムの箱に読み込めない理由に先生はなんとなく当たりを付けていた。
そもそも副会長がシャーレに降る事自体、大分無理がある。間違いなく色々と問題が噴出するだろうし、多くの混乱が起きるだろうと予測できる。だからきっと、こうして“今の”彼をよく知らない私が書類があるからと勝手にシャーレ所属に任命する事は無理なのだという理論を立てた。
「………あれ?その様子だと先生……」
「うん。間違いなく彼はどこかに居るだろうね」
先生の語り口調に、ホシノは反応する。
失踪した連邦生徒会副会長。…巷の噂では何処かの学校の上層部に軟禁されているとか、連邦生徒会が口封じしたとか、色々と噂が流れているがおそらくどれとも違うと先生は考えていた。
(何かと言いながら抜け目のない子なんだから……)
先生の脳裏に微かに浮かぶ想い出を遡ってみても、先生自身が彼のことを実の弟の様に気に入っていた事がよく分かる。
「うーん……秘密の友情ってやつなのかな〜」
「まあね。でもホシノだってあるんでしょ?」
何かを眩しそうに思い出す先生の顔を見て、ホシノはこれ以上聞くのは野暮かと考え直す。…きっと私も彼の事を聞かれたらそんな顔しているだろうし、その事を深掘りされるのはどう考えても気分いいモノではない。そう思うと最初に抱いた興味がどれほど愚かだったのか、ホシノは内心胸が痛んだ。
「……ごめんね〜先生。」
「ううん。でもホシノも探してるんだね」
そりゃね。とクスクスと笑うホシノに先生は眩しそうに目を細める。
一体何が正解なのかは分からない。今でも、このキヴォトスの裏で良くも悪くも暗躍するモノが絶えない。……だけど、だけどこの少女たちの純粋無垢な想いを穢すことは許さないと再度覚悟を決めたのだった。
(もう二度と……)
──────生暖かい血が、今も尚、彼の胸から流れ私の腕を伝う。
──────生気を失った眼差し、でもその顔には満足げに微笑んで
(誰も失わない様に、みんなが笑って暮らせる青春を)
【王女】
貴方と一緒に居るだけで幸せなのだ。
例え何かを為さなくても貴方の隣に居たかっただけなのに。
そんな可憐な純粋さは裏切られた。その悲痛は、その絶望は例えまだ何も知らない赤子ほどの情緒でも深い、深い悪傷になって少女たちを今もなお苛んでいる。
【副会長のシャーレ所属届】
アビドス編が終わってから先生の所持品の中にさも当然とばかりにあるアイテム。と言っても何かに使えるわけでもないし、消費アイテムでも無いようだ。
微かに紫色に光るその書類は確かに連邦生徒会副会長直筆でサインされている。だが“募集”出来ないのを見ると、まだ何か条件が足りないのだろうか?