元連邦生徒会副会長は征く   作:ふしあな

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一言で言うのなら少年のゴネ得である。

そういえばシッテムの箱って元々、連邦生徒会長のモノだった説があるらしいですね。



黒服は何故少年と契約したのか?

 

 

「つーわけで!俺をゲマトリアで雇ってくれよ黒服のアニキ!!」

 

「…………………?ちょっと待ってください」

 

良い笑顔で黒服のオフィスに飛び込んできた少年。

その少年は連邦生徒会副会長というここキヴォトスにおいて名前を知らない人は居ないとまで言われる権力者であり、政務者である。そんな少年が何故こんな怪しいビルの一室に侵入して来たのか。そのビルの実質的な主である“黒服”は、一瞬考えを止めてしまった。

 

「…………貴方そんなキャラでしたか?」

 

「あ?……うーん。開放感と深夜テンション……かな」

 

遠い目をする少年。少年の脳裏に浮かぶのは無限に連なる書類の群れ。

書類が一枚、二枚三枚…書いても書いてもまだまだ尽きない悪夢を振り払ったのだ。あの一日二十八時間ぐらいのイカれた労働環境から解放されたのだ万歳。と思いながらしみじみと、今の感じを伝える。わかりやすく言うのなら、新品のパンツ履いた時ぐらいの開放感。

 

「………まあいいでしょう。では何故ここに私がいると?」

 

このキヴォトスの裏で暗躍する【ゲマトリア】その存在を少年は知っていた。どういう目的なのかや、どう言った構成員が存在しているのか全貌までは把握していないが少なくとも、生徒を利用することも厭わない探求の徒である事ぐらいは少年も熟知していた。

 

その中で黒服という存在は少年にとって油断ならない商売人という認識だ。各学校ほど露骨ではなく、企業よりも狡猾なこの男はまるで深淵で手招いている蛇。目先の利益だけを見せ付け、本質的な利を喜んで奪い取る様なこの男は商売人としては満点だ。

 

だからこそ信用できる。

 

「え?勘」

 

「………………………」

 

ので黒服のオフィスに少年はアポ無しで飛び込んだのだ。“きっとおそらくメイビーこのビルにいるんじゃねぇかな〜”的な勘でキヴォトスを暗躍する【ゲマトリア】の居場所が見つかったのだ。黒服は泣いていい。

 

いい笑顔でサムズアップする少年に対して、黒服は沈黙した後顔を抱えて笑い始めた。どうしたついに黒服壊れたか?と少年は首を捻るが、その原因は十割お前である。気がつかないのも良し悪しである。

 

「くっくっく……それでゲマトリアに雇って欲しい、と?」

 

「…!そうそう!」

 

首を縦に激しく振る少年。今一度言うがもはや少年は限界であった。連邦生徒会長代理兼連邦生徒会副会長としての責任と義務を今までひたすらにキヴォトスに尽くしてきたはずだ。だが流石に少年も限界である。……なら少年が(商売人として)信頼できる黒服に少年自身の夢を叶える手伝いをして欲しいと駆け込んだ。勿論、その夢の対価になりそうなモノを少年はキチンと持ってきていた。

 

ではその肝心の“夢”とは?

 

「黒服!…俺は青春を送りたいんだ!!」

 

「……………………は?」

 

【ゲマトリア】に雇って欲しいだなんて一体どういう風の吹き回しなのか。

本格的にキヴォトスを支配するつもりなのだろうか。と黒服は考えていた矢先に少年が今までに見たことのない瞳の輝きでこう訴えた。

 

“青春”が欲しい、と

 

これには黒服も唖然。脳内の思考が一時止まり、某猫ミームよろしく“は?”と顎が少し下がりながら間抜けな声を出してしまった。キヴォトスを支配したいとか、研究に興味があるならまだ分かる。だがあろう事かこの少年は青春を送りたいからと言う理由でキヴォトスの裏で暗躍する組織にカチコミしたのだ。

 

「………青春、ですか?」

 

「そうそう!……なぁお願いしますよぉ〜黒服えも〜ん。俺だって可愛いおんにゃの子と甘酸っっぱ〜い恋愛っていうのがさぁ〜⤴︎してみたくテェ⤵︎」

 

訝しげな黒服に少年はいまいち自分の中から溢れて止まないこの青春への熱いパトスが届いていないと気がついた瞬間、少年の持てる全力で自分の思い描く青春を身振り手振りで訴える。最早その少年の姿は無様としか言いようが無く見る人が見れば“バカな事言ってないで仕事に戻りましょうね〜”と引き摺られそうな程、切に極まった少年にとってはなりふり構っていられないという事なのだろう。己の醜態を晒すよりも青い春への情景が上回った稀有な例である。

 

「……………………(絶句)」

 

「黒服ァ、アダダニハワカランデショウネエ! …キヴォトスをォンフンフンッハ、コノ、コノヨァアアアアアアアアア↑アァン!!! アゥッアゥオゥウア゛アアアアアアアアアアアアアーーーゥアン! コノキヴォォァゥァゥ……ア゛ー! コノヨノナカヲ… ウッ…ガエダイ!コノ一心デェ …ハァハァ…一生懸命仕事シテェ!!」

 

「…………………(二度目の絶句)」

 

ついには泣き落としフェーズに入ってきた少年は、この始末★である。

号泣会見よろしく少年は泣き伏せながらも自分の仕事の過酷さを訴える領域に入ってきた。ここまで来ると行けるところまで行ってやろうと少年は嘘泣きであろうとも使って青春を謳歌してやるという覚悟を纏った。

 

「…わ、分かりました。少し落ち着いて……」

 

「……………………………」

 

「いきなり落ち着かないでください!!」

 

ここまで恥も見聞も投げ捨てられると少年の本気度も伝わったのか黒服はドン引きながらも面を上げる様に声をかける。するとそこには先ほどまで泣き崩れて絶叫していた筈の少年がケロリとした顔で面を上げていた。これには流石の黒服も驚愕。叫ぶとまではいかなくても珍しい驚く様な声色だった。

 

 

〈仕切り直しまして……〉

 

 

「…………それでは商談に参りましょう」

 

流石のこの一連の流れに黒服も疲れたのか、明らかにげっそり…した表情で商談室のソファーに腰を下ろす。黒い上等なソファーはキヴォトスでは稀に見るプレミア帯のソファーである事に少年は気がついた。こうして色々と醜態を晒しておきながらも一応は客としてお茶とお茶請けが出されている。

 

(あっこのお茶請け美味いな。後で生徒会の方で……ってもう関係ないのか)

 

「早速ですが……青春を謳歌したいという話ですね」

 

「ああ。その為にお前の力が必要だ」

 

とは言っても黒服が準備するモノと言えば、規模の小さい学校の“偽装”身分証明書と姿を誤魔化す装置の二つぐらいである。これからの資金に関してはゲマトリアでバイトすれば良いと考えていた。

 

「……ですが貴方のお金がある以上、その辺りもこちら側で新しい口座へと振り込んでおきましょう」

 

「……なるほど。感謝する」

 

確かに言われてみればその通りだと少年は思う。

そう言うところが信用に足りるんだよなぁ…と少年は契約書を準備する黒服を眺めながらお茶を啜る。そう言えばこうしてゆっくりとお茶を飲む時間なんて殆ど無かったなと忘れていた和の心にホロリと一筋の涙が走った。

 

(あっ茶がうめぇ……いいなぁ……文化ってこう言うのよなぁ……)

 

突如、少年の脳内を襲う今までの苦々しい交渉の記憶。

二言目には裏がありそうな意味深な事を言うトリニティ。二言目には手を組んでキヴォトスを支配しようと言うゲヘナ。放っておけば蛇足に蛇足を重ねようとするミレニアム。アビドス…はまあ生徒会長が頭お花畑(いい意味で)だからまだマシとして、百鬼夜行は本当に治安維持の副委員長には頑張って欲しいと思う。あれ本質的には多分俺と似てるし。後は魂の記憶に似ている場所とだけあって贔屓目もある。ヴァルキューレ?頑張ってはいるから、頑張っては。SRT?…うん、酷使してごめん。山海経は内ゲバなら好きにすれば良いと思う。だけど俺を巻き込むな。俺を巻き込むな(2回目)……副会長を自陣に引き込めれば良いって話じゃないのよ。ちなみに中華は美味かった。レッドウィンターはなぁ。ああ見えて多分今から安定期だから下手に介入したく無かったし、クロノス?うーん。頼むから必要なことだけ書いてくれ。ハイランダー?……まあうん、悪いやつじゃぁ無いんだよ。

 

(企業も企業で悪い事考えてそうな奴しかおらんかったし……)

 

むしろこちらを騙そうと言う気概しかないのは一周回って笑ってしまった。

と言うより最初から見下してくる奴ならまだマシだが、明らかにこちら側がめちゃくちゃ不利な条件を押し付けてこようとか、連邦生徒会が持っとかないと不味い奴を狙ってきたりとか、しかもその意図を隠そうとしないから途中から“後ろ!後ろ!”状態になっていた。コントかよ。……その癖こちら側が攻勢に出た途端、明らかに想定外の様に動揺し、馬脚を次々に表すその姿はどっからどうみても三流だ。そんなんしか居ない。一部を除いて。

 

「それでは……こんな感じでどうでしょうか」

 

「………拝見する」

 

記入された契約書の内容は簡単なモノ。黒服は少年に偽の身分証明書と姿を誤魔化す装置、そして少年自身のお金を移した口座の用意の三点。そしてその代わりに少年は黒服に“天秤”を貸し出すという契約

 

「…………………」

 

「おや?…何か難しい点でも?」

 

「いや。全く持って問題ない」

 

今すぐにでも契約書に記名しようと声をかけた瞬間、黒服はまるでその反応には想定外だと言わんばかりに揺れた。それほどおかしな契約だろうか?…むしろ良心的だ。おそらくもう要らないであろう“天秤”をあげるだけで新しい人生が始まると考えると逆に在庫処分してくれてありがとう、だ。

 

「…………本当に、よろしいので?」

 

「ああ。……逆に黒服。何故お前が“天秤”を欲しがる?」

 

少年は首を傾げる。契約の中に出てきた“天秤”…それは少年の所持するモノの中で1番訳の分からないモノであり、いつかの時にあの姉から手渡された代物。姉が言うには“契約”の証であるやら。それはオウケン?だとか、いずれ来たる“その時”の為だとか。訳の分からない季節外れの厨二病にも似た文言で押し付けられたのがこの“天秤”だった。

 

文字通り形状は天秤で二つの秤と一本の支柱でできているその天秤は、黄金の鍍金が贅沢に使われ、秤の表裏全てに精巧なレリーフが刻まれている。なんか凄そうな“これ”はアンティークとして飾るのにも邪魔にならなそうなので暫く部屋に飾っていたのだが……

 

「あれ。自分もよく分かってないが、互いの価値を図れるみたいだぞ?」

 

どこかで契約書の精査をしていた時、今まで均衡を保っていた筈の天秤が揺れていた。直感的にこの契約に関しての“何か”を勝手に図っているのかと思ったが、自分もこの契約に関しての良い落とし所が見つからなかったから適当に色々と弄っていたらこの天秤が互いの『価値観』を明確に視覚化するモノだと分かった。(その後、姉に聞き正解だと分かった)

 

「……ええ。まあそれで間違いはありませんよ」

 

「まあ自分もあんな心霊現象じみた何かを抱えておく趣味もないが……」

 

色々と知っている黒服がわざわざこんなまどろっこしい手段を取ろうとは思わない筈だ。

だと言うのにこの天秤を指し示してきた理由とは少しだけ少年も興味があった。

 

「心霊……」

 

「なんかよく分からず勝手に動くモノとか心霊現象以外の何者でもないだろう」

 

そういうモノがあるんだろうな。キヴォトスなんだから。

AIが神の存在証明だとか考えて勝手に動いてんだから今更だが。

それでも使わなかったら、まるで不満そうに秤を揺らすのはぶっちゃけホラーでしかないと少年は思っている。

 

価値を図ると言っても何処まで正確か分からん以上。

結局話術の方が重要になってくる。

それにわざわざ契約の場面にあんなゴテゴテの金色に輝く天秤とか持っていけるかとも思う。邪魔どころか目障りにしかならない。

 

結論。アンティークである。

古物店に高値で売れるか考えていた所だった。

 

「………………………わかり、ました」

 

「あっすまん。契約と言いたいが……置いてきたんだよな」

 

そういえば色々と天秤について語ったが部屋に飾ったままだったと思い出した。

これでは契約にならない。どうにかして部屋まで戻って取りに帰らなくてはならないと見つからずスネーク出来そうなルートを頭の中で考えていた所だった。

 

「おや?それでは貴方の左手にある“それ”はなんですか?」

 

「左手?…………うおっ!!??」

 

少年の天秤の説明に関してまるで訂正したいけど訂正できないみたいな苦悶の声から変わって、まるで面白そうに少年の左手を指さす。そこには先ほどまで話題になっていた部屋に置きっぱのはずの天秤が少年に寄り添う様に左側に鎮座していた。

 

「う、噂をすれば……影ぇ……」

 

「……いえ。おそらく無意識のうちに持ってきてしまったのでは?」

 

こわっ…どころかきしょっ!と思い始めた少年にすかさず黒服のフォローが輝く。

無意識とか言うあまりにも苦々しい解説に少年も訝しむが、それ以外では説明つかない為、とりあえずは見過ごそうと考えた。それに考えによってはわざわざ取りに帰らなくなってラッキーだ。

 

「それでは…」

 

「ああ。契約成立だ。」

 

黒服の記名がなされ、そして少年も記名した。これをもって契約は完遂。

少年は名前と顔と姿を変えて新しい場所で心機一転、青春を楽しむことが出来る。

互いに握手をした後、少年は天秤を清々しい顔で置いて行った。処分に困っていたものを黒服が引き取ってくれるのだ。

 

「最後に一つだけお聞かせください」

 

「?」

 

部屋を出て行こうとする最中、後ろから黒服の声が掛かる。

 

「何故貴方は衝動のまま壊そうとしなかったのですか?」

 

それは黒服の純粋な疑問。

少年はやろうと思えば出来るはずだ。このキヴォトスに戦乱を撒き散らし、破滅と絶望を運ぶ事だって不可能ではない。勿論、それをする動機だって無いわけではない。だと言うのに彼は立つ鳥が後を濁さない様に去っていく。

 

「?そうだな。強いて言うのなら」

 

「趣味じゃねぇ」

 

ただまあ少年にとって、そんなこと出来るかボケ!!という案件だった。

ただでさえ背中から撃たれない様に細心の注意を払ってギリギリで生きてきたと言うのに、今ここで衝動的に暴れてしまったら少年の抱いていた恐怖よりも酷い末路を迎えることになる。それだけは少年にとって何よりも避けたい未来だった。平々凡々こそもっとも素晴らしい(確信)

 

「!くっくっく……それはそれは。」

 

忍び笑いを漏らす黒服を後にして少年は出ていく。

暫くはマーケットにでも姿を隠しておけ、らしい。身分証明書の発行、後は跡のつかない様に口座の移し替えをするとなると数日はいるらしいのでこのホログラム生成装置だけ持たされて姿を隠すことになった。

 

 

「あれ?」

 

「よくよく考えれば放逐されただけじゃね?」

 

そうともいう。どっとはらい。

 

 


 

 

それはそれとして理解できない所も多いと黒服は目の前の椅子に腰掛けて太々しく欠伸をしていた副会長の幻影を見つめる。黒服自身、キヴォトスの生徒にはあまり受け入れ難い姿を使っていると自覚している。身体は黒く無機質で右目に浮かぶ光の亀裂が顔全体に浮かび上がっているという異質の姿だというのにこの少年の対応は、初めて会った時から変わらない“交渉相手”として一貫していると黒服は考える。

 

それに黒服の所属である【ゲマトリア】の事を知りその所業を知って尚、少年は私と交渉しようと姿を現した。ぶっちゃけ勘でこの場所を見つけられたとか勘弁してほしいが流石は……

 

「天秤の使徒、或いは楽園の守護者と言うべきでしょうか」

 

このビルには生徒避けの旧い術の一部が流用されている。生徒である限りこの場所には無意識的に近づかず調べようともしない様になっている筈なのにあの少年は、簡単にこの場所に近づいた。

とても面白いと黒服は笑う。流石は世に名高き超人というべきか、或いはその旧い術があの少年を生徒と認識していないのか。

 

「古き神秘…敢えて定義するのなら“名もなき神の遺産”」

 

乱雑に机の上に置かれた天秤を見る。知る人が見れば恐ろしいほどの“力”が宿っているその天秤は金色に輝き、複雑なレリーフが所狭しと刻まれている。あの少年に担保として提示した時、最も容易く簡単に差し出したそれの価値は彼もよく知っている筈だ。

 

「こと契約という概念に関して言えば、これ以上のモノは無い」

 

万人にとって『価値』と言うのは酷く曖昧だ。その人にとってはそれ以上ないほどの価値を付けたとしても、別の人にとっては価値にもならないなんて事は珍しいことではない。その価値観の齟齬を埋め契約において良い落とし所を明確に、そして可視化したのがこの天秤の効果だ。知ってか知らずか彼はそれ以上の効果を求めなかった。価値観と条件のすり合わせだけに使われた天秤は決して穢れる事が無かった。

 

「………っ!?………やはり拒絶しますかっ」

 

黒服が天秤に手を伸ばした瞬間、天秤から紫電の光が走り黒服に触れさせまいと拒絶する。それはまるで“お前が触れる事はできない。弁えよ”と言わんばかりの拒絶。彼はもう所有権を手放しているのにその天秤は彼以外を主と認める気がないのだろう。こんな調子ならおそらくどの生徒でもこの天秤は拒絶するだろうと、黒服は右腕を押さえながら思考を回す。

 

おそらくというより間違いなくこの天秤を扱えるのはあの少年だけだ。それを心霊現象って……ではそんな“名もなき神の遺産”をまるで自分の身体の様に使い、操る彼は一体何なのだろうか。

 

「…………【名もなき神々の王子】と言うべきなのでしょうね」

 

かつてこのキヴォトスがまだキヴォトスでなかった頃。大地、海、空、そして災害といった“神秘”や“恐怖”などが形を得て顕現していたという【名もなき神】だが、そんな【名もなき神】は【忘れられた神】との戦いに敗れてキヴォトスから消えたと言われる存在。

 

そんな名もなき神が遺した落胤。最後の最後で生み出した最高傑作がおそらくあの少年だろうと黒服は笑う。このキヴォトスに残った最も旧く純粋な神秘である“名もなき神の遺産”を担う“名もなき神々の王子”という筋書きにはあまりにも出来過ぎた【忘れられた神々】への復讐譚。……だというのにそうはならなかった。あくまでもあの少年は連邦生徒会副会長という身分に徹し、そして不満が爆発してからも壊すのではなく、何かを得る道を選んだ。

 

「ふむ………考えられることとしては二つ」

 

何かが欠けている。或いは奪われたのか。と黒服は思案する。

古文書に残る“名もなき神々の王女”という存在。おそらく少年の対になるその“王女”とやらが居ないから“名もなき神々の王子”は“王子”としての復讐だけを失い行動しているのか?……それではあまりにも辻褄が合わないが“王女”という存在がいない以上、推測に過ぎない。

 

もう一つの可能性である奪われたはもっと簡単だ。

名前を奪い、名前で縛る。古来から理解の範疇外に有るモノや、自身の力を超えたモノを隷属・調伏する手段としてはありきたりなやり方。“名もなき神々の王子”という名前を奪い、“連邦生徒会副会長”、或いは連邦生徒会長の弟という名前で縛る。そうする事で生徒の神秘を得、姿形も非常に連邦生徒会長によく似た理由付けにもなる。……だがそれを行なったであろう張本人が失踪している以上、これも推測に過ぎない。

 

だが間違いなく言えることがあると黒服は微笑む。

彼が一体どんな存在であれ彼自身が積み上げた功罪は彼を逃さない。

 

「生まれた事柄が消えない様に、貴方も自身の運命から逃げる事は出来ない」

 

彼が居たからこそ、保たれていた均衡があった。

彼が守っていたからこそ、救われていた学園があった。

彼がその身を張って示していたから、楽園を信ずる者たちがいた。

彼が、彼が、彼が。その全ての前提条件が無くなった以上これからのキヴォトスはおそらく大きな混乱が巻き起こる。それこそ今までの比ではない混乱が。

 

「ゲマトリアは…貴方を見守っていますよ」

 

これから彼はどうなるのか。

──────────黒服の興味は尽きない。

 

 


 

 

〈その頃の連邦生徒会〉

 

 

場所は変わり、連邦生徒会。やはり総合的な行政機関という事もあって多くの生徒が所狭しと動いている。勿論、今日だって変わらない忙しさだと言うのにまるで書類が動いていない。

 

違和感。途轍も無い程の違和感。

それはまるで機械を動かす歯車が欠けているかの様な。動力源までの導線が繋がっていないかの様な違和感。

 

その時、誰かが気がつき声を上げた。

それは副会長周りの業務が今朝の状態から全く進んでいないのだ。副会長が見て判断する書類だけが無造作に積まれ、そのままにされている。

 

これには流石の楽観視していた各生徒全員に緊張が走る。

副会長の出張ももう終わっているだろうし、今まで通りならもう帰って来て書類の整理を行っていてもおかしくはない。だと言うのにまだ仕事が始まっていないなんて……

 

『まさか……副会長に何か……?』

 

『『『『『『!!』』』』』』

 

誰かの呟き。全員が抱き始めて来た漠然とした不安の形。

ああ見えて…というよりどう見ても副会長は多くの生徒に好かれている。わざわざ各学校に出向いて、本来見て見ぬふりをして良い小さなトラブルも解決していくお人好しさ。学校と企業間に軋轢があれば、仲裁に入ろうとする誠実さ。更には自分の身銭を切ってでもキヴォトスに溢れる不良の福祉を充実させるなど正しく慈愛と慈悲に溢れた超人的カリスマ。

連邦生徒会長の様な上に立つカリスマではなく、副会長のは一人一人に寄り添うカリスマである。その為、彼を狙い自分たちの近くにいて欲しい……と考える学校も少なく無かった。

 

今回、ついに拉致られたのか。

そう考えると集まっていた行政委員会のトップと主席行政官は脇目も触れず、副会長の部屋に走り出した。ちなみに副会長の業務用のスマホにも、プライベート用のスマホにもどちらにも電話は繋がらなかったし、モモトーク(キヴォトスでのメッセージアプリ)も既読にはなっていなかった。

 

「副会長?……入りますよ?」

 

副会長の部屋は上の方にある。

その為エレベーターで向かっても少し時間がかかる。

早く着け、早く着け。と焦る内心と早足を前にようやく部屋に着いた。やはりここは主席官が代表してドアをノックする。……中からなんの反応もないので非常処置としてマスターキーでドアを開錠したのだった。

 

「………副会長?副、会長……?」

 

もぬけの殻。まるで居なくなること前提に綺麗に片付けられた部屋。

色々と置いていた筈の机も整理され、備え付けの棚の中には何も入ってない。

 

「手紙?」

 

唯一残された一つの手がかり。

それは備え付けの机の上に置かれた一つの白い封筒。一体何が入っているのか、書かれているのか。書かれた宛名は間違いなく彼の筆跡。…つまりこれは彼の手紙だ。

 

連邦生徒会 御中

 

「………ひゅっ……」

 

リンは震える手を押さえながら、必死に封を開く。

既に息は荒くなって、間違いなく今のリンの顔色は真っ青と言っても過言ではないだろう。

 

 

疲れました。後はお任せします。

 

 

 

「…………っ!」

 

そこに書かれたのはたった一文。まるで書き置きと変わらない文で、そこには彼の悲鳴の声が込められていた。リンにとって最も恐れていた事が今、こうして現実になって襲って来た。

 

連邦生徒会長は何も言わずに消えた。

そして今度は副会長が絶望だけ残して消えた。

 

「…………ぅ」

 

「!先輩ッ!袋!!」

 

副会長が、彼がもう無理だと、もう連邦生徒会に付き合ってはいられないと失望して消えていった。そう、脳で理解した瞬間。リンの喉の奥から迫り上がってくる酸っぱいモノ。それは治ることを知らず、追従して胸の奥から何かが上がってこようとする。

 

それを抑えようとリンは人目も気にせずに、地面に座り込む。

リンの抑えた両手に、真っ青な顔にいの一番に動いたのはアオイだった。偶然持っていたビニール袋をリンに渡して周りの目を自分の身体でリンを隠す。

 

「う゛…っ、ぉぇ……」

 

直後、喉の奥からえずくかの様な音と共に聞こえる水の音。

間違いなく戻した音に、アオイはリンの背中を摩る。……こうなるのも無理はないとアオイは放り投げられた副会長からの手紙を手に取り、読む。そこには変わらない彼の失望とも取れる一文だけ。

 

「……………すみません」

 

「…いえ。先輩、大丈夫ですか?」

 

荒い息に、光の灯らぬ目。

どう考えても心が折れてしまっているリンにアオイは痛ましそうに声をかける。…何故なら自分もそうしておかないときっと今のリンと同じ顔をしているだろうと言う事が簡単に分かってしまうから。

 

「仮眠室にも……何も残っていませんでした」

 

「……………彼の連邦生徒会の制服のみ残っていました」

 

仮眠室の方を見にいっていたアユムとカヤが戻って来た。

どうやらそちらももぬけの殻で、おそらく彼がここを出ていくまで着ていた制服だけが掛けられて残されていたみたいだ。既にアユムの顔も真っ青になっており、カヤも険しそうに目を細めている。

 

「……………隠蔽、します」

 

「リン行政官!?」

 

アオイの腕の中からまるで病人の様に白くなった顔を上げて、細々と呟く。

それは、つまり副会長が失踪したのを隠そうと言う提案。連邦生徒会長と同じ様に失踪を隠し、トップ二人が不在な事を完全に揉み消そうという提案。

 

「……ですが、副会長は姿を見せないとなると……」

 

カヤの苦しい声にアユムが付け足す。

懸念するべき点はそこだ。副会長は色んな生徒との交流が多い。それこそ人目につかない日は無いと言えるほど彼はよく姿を現している。色んな生徒の目につく以上、ある日から突然全く姿が見えなくなった。だなんて事が起こってしまえばすぐにでも大問題に成りかねない。というかむしろ#今日の副会長って言うのが作られて毎日更新されるぐらいなのだから、どうしようもない気もしなくはないが。

 

「その辺りの対策も進めると同時に、“猟犬”を彼の捜索に当ててください」

 

「!わかりました」

 

綱渡りにしかならないが彼の写真を加工し、しばらくは誤魔化す事が出来る。

だがそれはあくまで応急処置にしかならない上にミレニアムの連中が気がつけば一瞬で瓦解する程度のダミーだ。だけどしばらくはそれでも良い。……その間に彼女たちを動かし、彼を見つけようと考えた。

 

そう。彼の猟犬を。

彼に従う、四人の猟狐を。

 

「出来る限り早急に。そして……この案件は、最重要機密と致します」

 

「財務室長、了解」「防衛室長、了解」「調停室長、了解」

 

 

 

─────是に天下恆に闇く、また昼・夜の殊無し。

キヴォトスに暗雲が覆う。昼と夜の境目さえ無くなるような、そんな暗闇の日々の幕開けはこうして始まったのだ。

 

 






少年

自由最高!自由最高!(ハッピー猫)
あらゆる柵から解放されて、久々に満足な睡眠が取れる。
────もう、俺何も怖くない!!



黒服

苦労人。


天秤

正体不明。【名もなき神】の神性を含む秤である事は確かな様だ。
積極的に自己意思を表す事はない様だが正当保有者以外が扱う事は極めて困難であり、使えば世にも恐ろしい罰が降る事になるだろう。

その天秤は価値を図る事のみに使われた
まるでその天秤の輝きから目を逸らす様に



七神リン

七神リンの魂には既に───────



皆さんの応援のおかげで筆が非常に早く進みました!ありがとうございます。
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