元連邦生徒会副会長は征く 作:ふしあな
間違いなく前回の続きです。
……あ。今回、アビドス高等学校第3章『夢が残した足跡』の一部ネタバレが含まれています。
ご了承の上、楽しんでいただけると幸いです。
彼は自由な名もなき神の裔。
曇らせたならキチンと晴らさないとね!
「…………………………」
ホシノの身体を縛る鎖。少しも腕を動かせないほど頑丈に縛られた檻の中でホシノは泣く事もなく、笑みを浮かべるわけもなく。ただ虚な顔をして下を向いていた。
何かが浮かんでいる顔ではない。
何かを企んでいる顔ではない。
……近い言葉で言うのなら、“諦め”だろうか。
「…………………」
たまに頬に滴り落ちる涙だけが地面を、膝を濡らす。ホシノを封じている扉の先から伸びる光だけが、涙を反射してホシノの顔を映していた。
不意に過去の思い出がフラッシュバックしてきた。本能が、決して抗えない底なし沼に沈むのだと警告しておきながらもうホシノには過去の情景を振り払うほどの気力が残っていなかった。
“先生”というこれからを任せられるかもしれない大人の存在に、キチンと未来に向けて顔を上げて笑う様になったアビドスのみんな。
(……もう、十分なんじゃない?)
今の大切“だった”アビドスの子たちの顔が浮かんでは消えていく。だがそんなホシノの内心を責めるのは酷だろう。幾ら今までアビドスを護り続けた先輩と言えど、まだまだ齢17の少女なのだ。辛い現実から目を背ける事を悪だとは断定できないだろう。
意識が落ちていく。
辛い現実をヒテイするかのヨウに。
……イヤ。こんなツラい現実がゲンジツであるものか。
そう。それは悪夢だ。
そうだ。今私がミテいるのは悪い、ワルイ悪夢。
じゃあ
悪夢からは、目覚めないと。
『シノちゃん…ホシノちゃん、ホシノちゃん!!」
『どうしたんですか、って小鳥遊ー!起きろー!!」
肩を揺すられる感じがする。
私はいつの間にか居眠りをしていたのか。とホシノは納得して首を上げる。
「あれ?……って私、黒服に……」
「黒服ぅ?……また愉快な夢見てたんだな。」
「まあまあ、ホシノちゃんだって疲れてたんだよ!」
目の前に映るのは私の顔を覗き込んでいる男の子。だと言うのに、その透き通った青色の髪や容姿は女の子と言っても十分通用する。ま、口を開けばユメ先輩の事か私とのじゃれ合いだけど。…あとその手に持っている水性ペンは何しようとした、おい。答えろ
「え?隙を晒しているホシノの額に肉とでも」
ふざけた事を言っているその腰に拳を入れると、全く痛くないはずなのにオーバーな反応をしてゆっくりと横に倒れる。
「ライラ君!?大丈夫!?」
するとそこにユメ先輩が駆け寄り、手を貸している。これが目的かこの野郎と思いながら半目で睨むと、そこにはユメ先輩にデレデレしている彼が居た。
緑色の髪をたなびかせ、優しげな笑みで彼を立ち上がらせる。そんなユメ先輩は私の一個上の先輩だ。何処か抜けていて私が、私たちが支えないとと思わせる様な庇護欲が湧き出る。後母性みがヤバい。
「…っと。まあ置いといて。ホシノ大丈夫か?魘されていた気がするけど?」
「え?ま、まあ特には」
そんな魘されてましたか?と言う顔をすると彼もユメ先輩も同じタイミングで頷く。うわぁ仲良いなと少しだけ痛む胸を無視して、考える。
「1人に、なってしまった夢?」
「ホシノちゃん!?」
「あ!いや。ホントにそんな夢の内容じゃないですよ!?」
無意識のうちに呟いた言葉。私が魘される程の悪夢を想像するならばと呟いた言葉。それはあまりにも私の頭の中でカチリと嵌ってしまう。
そんな呟きにユメ先輩が驚いた様に私の肩を掴む。その横では彼も驚いた様に私を綺麗な二度見をすると言う珍しい反応をしたモノだから、反射的に首を横に振って否定する。
「そ、そうだよね。私たちが居るもんね!」
「まあ俺もこの現状がどうにかなるまで居るし」
ユメ先輩の言葉にまた彼がボソリと呟く。
そう。彼は私たちの学園であるアビドスの生徒じゃない。彼はアビドスも含めた学園都市キヴォトスのトップがある連邦生徒会から視察という名目で一時編入してきた生徒だ。
アビドスは昔から砂漠化に悩まされてきた学区で、その解消の為に多くの資金を突っ込んだけど失敗。残されたのは多額の借金という事で、その見直しと利子の是正の為に彼が来たということだ。
最初は今までアビドスの問題を見て見ぬ振りしてきた連邦生徒会が何の用だと思っていたけど彼は私たちの借金返済の導線を作ってくれたり、借金の利子が従来より高くなっているのを見抜いて、交渉して利子が少なくなったりと私たちだけだったら絶対に出来なかった所をしてくれるので次第に信頼したのだ。
今ではアビドス生徒会会計兼経理の名前でお手製の任命状を作ったりして、事実上のアビドス生である。……私としてもこのままずっと彼がアビドス生なら良いのにな、なんて思ってる。
みんな、嘘つき。
「で、それでなんでしたっけ?」
「!そうそう!ホシノちゃんこれ見て!!」
そうしてさっきまで話してた内容に戻る。
視点をユメ先輩たちから移して、机の上に広げた古いボロ切れの様な紙を見る。書かれているのは何処かの地図だろうか。左上に赤く大きく刻まれたばつ印を見るに……
「宝の地図……?」
「そう。宝の地図、だ」
彼とユメ先輩の解説によると、かつてアビドスが全盛期だった頃。希少な鉱石を使った“花火”を上げていたそうな。そしてその“花火”のうち、何故か機能不全を起こした幾つかの花火を【大オアシス】に沈めたと言うのだ。
「でも先輩…その大オアシスは枯れてますよね……?」
「ちっちっち。甘いね、ホシノちゃん」
チョコレートよりも甘いよ。としたり顔で指を振るユメ先輩のウザさに、イラっときながらもユメ先輩の解説を聞く。確かにかつてのアビドスの栄華を象徴した大オアシスは枯れてしまったが、それ故に捜索が簡単であると言う事になる。
「つまり……大オアシスがあった場所の地面の中には……!!」
「そう!中には!!」
「「「お宝が眠っている………!!!」」」
いえーい。と3人で両手を合わせてハイタッチ。どうやら彼の補足説明によると、どうやら本当にこの地図は昔のアビドスの地形、引いては今の砂の山に合わせると合致するらしい。そして古いアビドスが“花火”を上げていたことも事実となると宝のある確率が非常に高くなるらしい。そしてその宝の価値も全て見つかったのなら九桁を下らないとの事だ。
「………ですが本当に、そんな事をしている暇はあるんですか…!?」
「……ホシノ、ちゃん?」
「うへへ…サッサと宝探しに行きますよー!」
ユメ先輩の腕を掴み教室を飛び出す。
宝探し。しかもアビドスの借金返済に繋がるのだとしたら、それはとても夢のあって楽しそうな事だ。誰かに見つけられてしまう前に誰よりもいち早く、そのお宝を見つけなければ。
「………いや。あの、せめて採掘道具とか事前準備の話は……?」
怒っている様な前振りで飛び出したホシノ(本当は最初からめちゃくちゃアホ毛が暴れるほど楽しみにしていた)と腕を掴まれながら一緒に飛び出して行ったユメ先輩(廊下から楽しげなユメ先輩の声が聞こえる)をよそに少年は、座りながら呟いた。
まあ、その辺りのフォローを俺がすれば良いか……と頭の中で必要な物資の量を考える。どうせアイツらの事だ、何かしらトンチキな事をするだろうと思う少年の顔には間違いなく楽しげな笑みが浮かんでいた。
◆
「では!この辺りを掘り、ます!!」
「ます!!」
「つかあちーよ。」
ユメ先輩がシャベルを持ち、私がピッケルを持ちながら2人とも仁王立ちする。その横で彼がなんかナメた事言ってるけどこれぐらいの暑さで根を上げてるとは随分貧弱である。私たちは水着だと言うのに。…後そのサングラスはなんだ。1人だけ狡いだろ
「サングラスは付けないのか?俺は全員分持ってきているが」
「ナイス!」
「たまには気がきくじゃん!!褒めてやろう!」
シャキーンという効果音が鳴りそうになりながら、彼はその手にふたつの追加のサングラスを持っていた。褒めてやろうと言ったのに意地悪されるとは彼も考えたモノだ。…ま、まあ“たまに”と言うのが余計だったのは分かっていたが、それでも私の手が届かない様に背伸びするのは悪意があると思う。反省しろ
「つーか、それにしてもねぇ……」
「…………なに?」
一通り戯れ終わったら、彼が意味深な顔で私たち2人を眺め比べる。
一体なにが言いたいんや。とその後の言葉を首で合図すると彼はまるで泣き真似するかの様に手を目尻に合わせる。
「………いや。なんと言うか虚しいというか、脅威の格差というか……オゴォ」
「あはは……」
これにはユメ先輩も苦笑い。そして私もキレた。
ええい…人が気にしている事を。これがもしユメ先輩並みに大きかったら私だって彼を悩殺できたのに……!!
「いや。割と無理がある………グハァ」
「う、うるさいですね………!!」
夢くらい見せてくれたって良いじゃないか。
と一発目の蹴りの追撃で、変な声を上げながら砂山に頭を突き刺した彼を見ながら先にユメ先輩と作業を始める。あ、そうそう。意地返しにこれだけは言っておかないと
「1人でなに遊んでるんですか……」
「お前が蹴ったんだよなぁ!!??これなぁ!?」
砂山から飛び出して彼は口に入ったのか砂を吐き出しながら、叫んだ。
……全く、一体何を言っているのやら。最初にバカな事を言ったのは彼だろうにと鼻で反応すると流石のユメ先輩から小言が入ってしまった。無念
「……はぁ。とりあえず、掘り…ますか」
「ここら辺でいいのー!!?」
「はーい!そう遠くまで行かないで下さいねー!……おら掘るぞホシノ」
相変わらず私とユメ先輩への態度の差がデカいやつだ。けどそう言いながら彼もスコップを地面に突き刺し、掘り起こす。……こうやって一緒に同じ事を、同じ視点で合わせてくれるから何かと言いながら彼を信用しているのか。と柄でもない事を考えてしまう。
◆
「………なあ」
「言わないでよ……」
「言わないでくださいよ………」
掘り進める事数時間。ローテーションで休憩を挟みながら掘った穴は中々のモノになったが、お目当てのお宝は影も形もない。さて、本当にどうするべきか。おそらくこの場に集っている3人全員が思っている事を彼は先に言ってくれた。ある意味勇者である。
「言わせてもらうが……割と無謀だったんじゃないか??」
「や、やっぱり、そろそろ止めるべき……?」
「も、もうちょっと……!!」
いいや。限界だ、言うね!とばかりに声を上げた彼の意見に流石のユメ先輩も薄々感じていたのだろう。ま、まあもう少しだけ粘ってもという私のピッケルを振り下ろす音に何かと言いながら付き合ってくれる2人に私は良い先輩と、良い仲間に出会えたんだなって思う。……恥ずかしくて、口には出せないけど。
「ごめんねぇ……これ以上は……」
「くっ……」
「重機いるよこれぇ!!」
そうやって少し掘り進むも穴の中に砂が落ちてこようとする動きを前に流石にこれ以上は無謀だとユメ先輩が言った。確かにこれ以上は砂が固まってピッケルでも中々崩れない。……彼の叫び声には同意したい。これは何か専用の機械を使うべきだ。まあそんなお金も伝手も無いけど。
「………ねぇ。私たちどこから間違えたんだろ……。」
「俺のせいでした……」
「おそらく、先輩が変な計画を持ち込んだからじゃ無い、ですか、ね!」
横で妙にイラつく事を言ってる野郎を放っておいて、苛立ち混じりにまたピッケルを振り下ろす。だと言うのに、地面は少々傷がついたレベルだ。これはやってられない。
「ひぃん……2人とも、喜んでたのに……私のせい?ほんとに?」
「それは私も、そうですから!言わないでくださいよ!!」
「………ここは、仲良く連帯責任で。いいでしょ」
彼も良い事を言うモノだ。連帯責任なら全員に罪があって、全員に罪がない。
それならユメ先輩も無駄な罪悪感を抱かなくて済む。それでヨシと水に流しながら、全員の力を合わせて穴から脱出する。……その脱出方法に最初、彼が私を上へとぶん投げて、ユメ先輩を後ろから押していくと言うのは本当にどうかと思う。別にその方法が1番だとは分かるが、私だって乙女なのだからたまにはユメ先輩並みの対応を……
「よくよく考えたら水着を着る理由なんてなかった気がするし……」
「やっぱりそうですよね!?なんで着ようってなったんですか!?」
(…鼠蹊部の絶対領域から見るに、この2人“天然モノ”か……!?)
なんか彼のエッチな視線を感じたから、今度は腹に一発打ち込んだのは間違いじゃないと信じている。その視線が私だけならまだしも、ユメ先輩まで向けるのはどういう事だ。反省しろ。
「だってぇ……地面を掘ってたら、地下水がドカーンと……」
「その場合……もれなく…溺れ死ぬ……」
ヨロヨロと地面を這いながら、彼が横からユメ先輩の妄言を拾う。
確かに割とその通りである。どれほどの水が出てくるかにもよるだろうか、おそらくユメ先輩が言っている量ではもれなく私たちの命の危険である。
◆
「んー。今日の事は、書いておかないと」
「こんな失態の記録とかやめてくださいよ!!」
「ま、でも砂漠の砂の加減とか記憶に残しておいた方がいいでしょね。」
「それはそう……でも宝探しについては触れなくても良いじゃないですかぁ!!」
「えー…でもホシノちゃんがこれを受け継いだら……」
「自分でいいの買いますよ!!」
「えー………」
◆
◆
「おーい。2人とも」
彼から声が掛かる。
ユメ先輩は帳簿を書いているし、私は武器の整備をしていた所だった。
「なんですか?」
「どうしたの??」
「んー……や、明日ケーキバイキングなんて…どうかなってさ?」
一体何を言っているのだろうか。彼の説明を聞いていると、どうやら少し前に応募した懸賞の品がd.u.地区のケーキバイキングに当たったらしい。そうやって手に入れたチケットも丁度3人分だったから、どうかな?と誘ってくれたらしい。
「ま、別に嫌なら……」
「行きたいでーす!はーい!行きたいです!!」
「ケーキバイキング……!!」
ケーキバイキングとは聞いた事はあるけど…そんな時間も無ければ、近場にも無い。そんな中の彼からの提案だった。全力で両手を上げているユメ先輩の事を言えないが、私も嬉しくて小躍りしてしまう。
「……じゃあ明日、朝一番に駅前集合!!」
「「やったぁぁぁぁあああああ!!!」」
というわけで、明日はプチ慰安旅行(ケーキバイキング)である。
今日のうちに仕事は丁寧に、かつ急いで仕上げて明日には影響がない様に終わらせる。もはや私たちの頭にはケーキバイキングのことしか残っていなかった。…そんな様子に彼は少し引いていたけど、女の子は甘いものが好きなのだ。これは仕方ない事だと思って欲しい。
【翌日・D.U.地区】
「ついたー!!」
「たー!!」
「……遠かった……」
電車を乗り継ぐ事数時間。両手を上げて喜ぶ私たちに彼だけが肩を下ろしている。
でもそんな事は気にならず周囲を見渡す。空高く積み上がったビル群に、見たことがないほどいっぱいいる生徒に、人たち。全てが初めてな景色に流石のユメ先輩も輝く目を抑えきれないようだ。
「こっちだぞー……ってユメ先輩変な所行かない!!」
「ホシノも釣られない!!」
「あーもう!少しだけですよ!!」
色々と気になる私たちを彼は誘導して少し。
そこはとても華やかで全体的にピンク色に彩られた店だった。決してアビドスでは見ることのできない店の中を私たちはほわぁ…と間抜けな声を上げて、誘導されていく。
「見てください!見てください!こんなにケーキがありますよ!!」
「わぁあああ!!これ全部食べ放題なの!?そうなの!?」
「ああもう落ち着いて」
彼の制止する声も振り切って私たちは、騒ぐ。流石にこれ以上は迷惑になると彼が平等に頭にチョップを下した所で流石の私たちも落ち着いた。それでもまた、ソワソワしているのはご愛嬌というモノだ。
そうして私たちは各自でケーキを選び(一つ選びながらも色々と言ってたせいで彼から全部食べたらいい。どうせ入るでしょ…というロマンもへったくれもない言葉に2人してむくれたのは内緒だ。)、飲み物を選んで席についた。
「おいしそう。いただきまー………え?」
美味しそうなガトーショコラのケーキにフォークを突き下ろした瞬間。
まるでケーキは砂の様に消えていく。入れた飲み物を見るとそこに入っていたのは飲み物ではなく、砂が入っていた。
「ユ、ユメ先輩……それに、どこに行ったの??」
漏れ出る悲鳴を噛み殺して、目の前に座っていたはずの2人もどこにもいない。
いつの間にかピンク色で綺麗だった店内からライトが消え、私たちが座っていたはずの椅子もボロく壊れかけていた。店にいたはずの多くのいろんな学校の生徒もどこにも居なくて慌てながら席を立つ。
「あれは……」
その瞬間。まるでスポットライトが当たる様に光っている彼が座っていた席と、ユメ先輩が座っていた椅子の上に何かある事に気がついた。…喉の奥から出てくる悲鳴にも似た過呼吸を抑えながら、私はその椅子に近付く。
「……ユメ先輩の盾に、天秤??」
何故か赤黒い何かが付着しているユメ先輩の盾に、錆びている天秤だろうか?その二つからは嗅ぎ慣れない錆びた鉄のような異臭がしている様な気がする。いつの間にか私たちが取ったケーキが乗っていた机も消えていて、ここにはその二つしかない。
……いや、待って。この匂いは、
この匂いは
コノ、ニオイ………ハ
「………血?」
────────暗転
◆
◆
「………ん?あれ」
「起きたか。ホシノ」
目を開く。また居眠りしてしまったのだろうか。
なんかとてつもない夢を見ていた気がすると目を擦っていると、ふと彼と距離が近い気がした。……そしてその上で感じる謎の頭に感じる柔らかさ。
「…………ひ、膝枕……??」
「おう。流石に寝苦しそうだったからな」
間違いない。私は今膝枕をされていると反射的に飛び起きる。真っ赤に染まる頬を自覚しながら、彼からの説明を聞いていると私はまた魘されていたらしい。けどもうユメ先輩が帰ってしまった以上どうする事も出来ず、彼は膝を貸していたのだと言う。
「ま。男の膝で悪かったな」
「……屈辱です。」
何が!?!?と驚く彼に、私の頬は思っていた以上に熱い。
これは本当に重症だと思うと同時に、彼の朴念仁さに少しだけ救われた。もしもそれが無かったら、ユメ先輩には勝てなかっただろうから。
〈閑話休題〉
「ゴホン……そう言えば最近ホシノ、大丈夫なのか?」
「え……?」
どういう意味なのか。そう問う前に彼は、私が最近よく居眠り中に魘されているのを心配してくれている様だ。居眠り自体、珍しいのに魘されていると来たら何かストレスがあるんじゃないかと心配してくれているらしい。
……とは言っても、私自身はそんな魘されているとかいう感覚はない。
魘されている時の思い出なんて無いし、むしろ私自身がどんな夢を見ているのか知りたいぐらいだ。いつか言った“みんな居なくなる事”なんてあり得ないのだから。
嘘つき嘘つきうそつきうそつき
みんなみんなみんな居なくなったくせに
「…いや。本当に、ホシノが俺にして欲しい事ならある程度は叶えて上げられるけど」
「………な、なら今晩は、一緒に寝てくれない、ですか……?」
「…………???」
◆
「本当に良いのかよ……」
「今更、ですよ……」
私の布団の中に、私以外の人が入ってくる。彼がこの家でご飯を作ってくれている間にベッドにはいっぱい消臭剤を掛けておいたけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……狭いなぁ…」
「そっちが、デカい…だけでしょ……」
でもやっぱりシングルベッドに2人入るのはだいぶ無理があったみたいで、互いがおしくらまんじゅうしながら寝る位置を確保する。……けどまあ最終的には彼の胸元に抱えられる密着スタイルが1番だったが。
「「……………」」
彼の激しい心拍音が聞こえる。…きっと逆も同じなのだろう。
私自身恥ずかしくて顔を上げられないけど、けど彼の胸元に顔を埋めたまま。こうしないとベッドが狭いと言う言い訳を利用して私たちは密着していた。
「「なあ(ねえ)」」
同じタイミングで声がシンクロして、これまたおかしいと2人でクスクス笑ってしまった。そこから話すのは私たちの過去だったり、アビドスでの生活の事。連邦生徒会での彼の働きだとか、色々と話しているうちに眠くなって来た。いつでも寝ていいと言い合っていたが、こうして私の方が先に眠くなるなんて…もう少し、もう少しと話がしたいのに、瞼が重い。……せめて挨拶だけは。
「おやすみ……なさい……」
「ああ。おやすみホシノ」
◆
「………このままでは埒があかない、か」
「仕方ない。現在の刺激をして、促してやるか」
◆
「…………!!??」
「ふぇぇぇぇぇええ!!??なになになに!!??」
「……爆発音!?」
ユメ先輩は帳簿を書いているし、私は武器の整備をしていた所だった。
彼は教室以外で仕事をしていた様でこの突然聞こえた爆音に驚いてスライディングして帰ってきた。聞こえて来た爆音は近くでC4でも起爆したのだろうか。揺れも感じるレベルだから、相当近くだと顔を見合わせて即座に音の聞こえた方向に向かったのだった。
「………来たわね」
校門前に仁王立ちで立っていたのは、黒い制服を着てとても長い白い髪に、後頭部には捻れた4本の角が生えた子だった。その周囲には、その黒い制服にも似た制服に赤ネクタイと帽子が特徴的な子がいっぱい立っていた……それこそ一中隊ぐらいは
「なんで、ゲヘナの風紀委員が……??」
「………ゲヘナ??」
「で、風紀委員…って」
彼の驚きながら呟いたその言葉。“ゲヘナ”に“風紀委員”という単語に、私たちもただ事じゃ無いと分からせる。…ここは、ここら辺あたり一面は全てアビドスの学区。だと言うのに他の学校の…更にその学校の治安維持部隊がこんなところにまで来るはずがない。
「そう。私はゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナ」
「………なんて?」
?一体なんて言ったのだろうか?
全くもって聞こえなかった。どういう事なのか、首を傾げると目の前でその風紀委員が微笑んだ。
「分からないのも当然よ。……貴方が理解を拒んでいるだけ。まぁ、尤も彼自身がこういう手段に出た時点で、もうそろそろ気がついてもおかしくないのだけどね」
「何を………言って………」
その瞬間全てが真っ黒になる。
彼も、ユメ先輩も、アビドスの校舎も、砂漠も。
私とあの風紀委員を置いて、まるで時間が止まったかの様に全部が真っ黒に染まった。……心なしかさっきまで聞こえていたはずの風の音も、さっきまで感じていたはずの日差しの強さも、今では全く感じない。
「ハリボテに継ぎ接ぎを重ねているもの。そう、難しいことではないわ」
「…………………っ!?」
目の前にいたはずの黒い制服にも似た制服に赤ネクタイと帽子が特徴的な子に顔なんて無くて、その風紀委員がその子たちに撃った弾が当たった瞬間。まるで木に銃弾が当たった様な特徴的な音と共にその子たちの内部が見える。……その子たちの内部は木。血も通っていない木人形だったのだ。
「私が出て来たのは“間”を埋めるから、かしらね」
まるでゴミを片付けるかの様に全部破壊したその風紀委員は、ため息を吐きながら背を向ける。一体何が言いたかったのか分からない。でも何かとても大切なことを言っていた様な気がしてならない。呼び止めたいのに出ない声を見抜いたのかその風紀委員は最後、私に声をかける。
「……きっと、次が最後になるわ」
──────後悔だけは、しない様にね
◆
「……貴方たちも大概ね。まあ同情はしないけど」
『ワタシノナマエハカイザーノリジヲ。アビドスノシャッキンサキ、サキ』
「廃人同然の間にあった出来事を強制的に追憶させて、ハリボテを更に矛盾させるなんてどんなエラーが出るか分からないのに。…そこまでして彼は動かしたいのかしら?」
『ナラバドウスル?ホカニナニカイイテデモ?』
「……どちらにせよ。私たちはこの時だけの出演。この頁が切り取られたら“無かったことになる”存在」
「終わりまで遊びましょうか。夢幻のカイザーPMCたち」
◆
「…………おはよー。来ましたよ。」
コンコンと私は扉を叩く。こんな朝一番。それも今から学校ということにここに来たのには理由がある。……それは私の
付き合ってそんなに長くはない。けど過ごした時間は短くない。
きっとこれからも私たち2人でアビドスを、ユメ先輩を支えていくのだと信じていた。そんな時だった。
「…………ああ。おはよう、小鳥遊さん」
「え………?」
ドアを開けて立っていたのは、彼。
それに間違いはないのにその姿にはいつも付けていたアビドスの校章は無くて、その服装は重々しい白色の制服だった。彼と初めて会った時の服。連邦生徒会の…制服姿で彼は立っていた。
「ど、どういうこと……?」
「……………命令だ」
他人行儀な喋り方から苦々しい顔をして彼が答える。
ここ、アビドスに彼が来たのは単に連邦生徒会の役員である彼の姉の命令だったからである。名目はかつての栄華を誇るアビドスの視察。その裏には政治的な思惑があって彼を連邦生徒会から少し離したかったらしい。だが想像以上に彼がアビドスにのめり込み過ぎた。本来なら数週間も経たず帰って来ても良いというニュアンスで見送られたのに、蓋を開けてみれば数ヶ月もアビドスに馴染んでいる姿を面白くないと思ったのだろう。
「この命令には逆らえない……俺がここまで強権を振るえたのは、あくまで連邦生徒会の威があったからだ」
「……そ、それは……」
確かにアビドスに少なくない物資が持ち込まれるのも、一定額の支援金が出る様になったのも彼が全て連邦生徒会所属だったからである。彼が上へと働きかけてくれたから好転する様になったのだ。……もしもここで彼がこの命令に従わず連邦生徒会から除名されたのなら、待ち受けている未来はきっと明るくない。
………でも、それでも。
「やっぱり、嫌ですよ………私も、ユメ先輩も頑張りますから……!!」
ずっと、ここに居て。
彼に抱きつき、決して離さないつもりで見上げる。確かに上手く行ったことが全て無駄になってしまうのなら、きっとこれから苦しい事しか待ち受けていない……でも、それでも彼が居なくなることの方がもっと、もっと苦しい。
「分かった……ならそうしようか」
「…………………………」
…………ああ、そういう事か
そういうことなんだね。
◆
◆
「………なんだ。気がついたのか」
どうだった?幸せな過去は。
私の目の前で笑うその男に、顔を顰めながら答える。
「うへぇ……最悪だよ。」
さっきまでの私と彼の最期の思い出のセットが砂に消えて、残ったのは私と彼だけ。最初からこの男は気がついていたのだ。この世界が私の描いた夢であることを。
「……それで、お前はなんなのさ。」
「お前とは酷いな……俺はお前だよ小鳥遊ホシノ。…いや、お前の“意思”の代弁者であると言うべきか」
「代弁、者……?」
目を見開くホシノに彼は答える。
曰く、この世界はホシノが望んだ夢の世界。ホシノが心の中でずっと微睡んでいた世界が、ホシノの深い絶望によって夢では無く、現実と認識するほど強い幻覚を抱いたのが最初であるとの事だ。
「お前の後輩を想う心。先輩としての心意気。……それが俺だ」
「なら……それは………」
彼のその解説が正しいのなら、そこに現れる筈は間違いなくユメ先輩である筈だ。
確かに彼との仲は言葉に表せるほど薄っぺらいモノではないが、今私の前にいる彼の言葉とは少し離れているとホシノは感じた。
「いや、間違いじゃないぜ。……お前は想像したんだよ。夢の中で何度も
「…………………」
それはつまり、ホシノが起こした解釈違い。
例え自分の都合のいい夢の中の世界でも、ああして2人…ユメ先輩も含めて3人で緩やかに沈んでいく未来を認めなかった。あまりにも都合が良すぎる展開を前にホシノ自身が強く感じたのだ。……彼はそんな事、言わない。と
「ま。後言うのなら、俺の天秤を観測したろ。……あれ偽物と言っても、俺の腐肉を使ってるんだ。擬似的な共振が発生した。」
「え……?は、待って。……俺の、腐肉?」
ま、言うなればお前の妄想と俺の残留思念が混ざり合ったから、こうしてお前の夢の中でも好きな様に動くことが出来るんだよ。とサラリと重要なことを言った彼にホシノは困惑し、頭が真っ白になる。腐肉、とは。それはつまり……
「そ。あ、でも“この世界”の俺はまだ多分死んでないだろうけど」
「待って待って、待って……どう言う事?」
“この世界”とはなんだ。そして“まだ”死んでないとはどういうことだ。
相変わらず重要なことをサラリと流す癖だけは抜けていないと、懐かしみながらホシノは彼の腕を掴む。だけどそんなホシノの行動に彼は豹変しながら叫ぶ。
「さぁ。あの光まで突っ走れ。舞台の主人が目を覚ましたんだ。……夢の終わりが始まる」
「ねえ!待ってよ、私、まだ…言いたいことが……っ!!」
彼が指差す一時の方向。そこには確かに大きな光の球が輝いていた。
だけど、まだホシノは彼に言いたいことが残っている。まだ、まだ話し足りない事がいっぱい残っている。と腕を離さない。むしろあそこが出口なら、一緒に連れていくとばかりに彼の腕を引く。
「ああ、そうだな。俺たちはすれ違った。それは間違いない」
「……でもだからこそ。伝えられる言葉がある」
「生きろ、ホシノ。…必ず誰かが、誰でもないお前を待っている」
瞬間、彼がホシノを掴み光の方向へ投げる。
あっという間の出来事。それでもホシノは涙ぐみながらも彼に頷いて光の方向を向いて消えていく。
……決して彼のことは振り返らない様に。
◆
「あーあ。」
「これ本当は先生だけに言った言葉だったのにさ」
舞台が崩れ去る瞬間。彼は皮肉げに笑う。
反則技でホシノの舞台に立った彼にとって、終わりとは苦痛だ。
「……ま、でも」
何故なら彼は幽霊だからだ。残留思念という時点で、一度死んでいる。
だがそれでも亡霊にとって自らの消滅など、二回目の死に等しい。
「心残りだったんだろうな。きっとホシノの事が。」
それでもまさかホシノが自分を恋人にするとは思わなんだと笑う。
欠けて、消えていく今の体ではどうしようもないが、きっと“生前の俺”だったとしてもこれには爆笑していただろうなと思う。……まさかこの世界線では本当にホシノと付き合っていたのだろうか。……え?まさかぁ、そんな事……
「頑張れよ。────────」
誰に残したか分からないエール。消滅して無くなってしまった今ではそれが誰なのか真相は明らかではないし、明かす必要もないだろう。……だってその想いは確かに届いたのだから。
◆
【ホシノの夢】
一体いつから見ているのか、何度繰り返しているのか。それを知るのは誰もいない。
つぎはぎに縫われた頁の中、お人形はクルクルと踊る。
ハサミが入った文字の中、ソリストは誰とも知らずにダンスする。
……ああ、でもこの夢だけが救いなら、きっと目覚めない方が幸福なのだろう。
身に降りかかる厄災も、周囲にばら撒く厄災も。舞台の上では、何だって解決できるのだから。