元連邦生徒会副会長は征く   作:ふしあな

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アビドス編完結!
というかよくよく考えたらこの小説ってエデン条約編の見せ場ねぇ!
…まあその分カルバノグが凄いことになりそうですが。


失ったもの、手放さなかったもの

 

 

 

「お待ちしておりました、先生。」

 

貴方とは一度こうして話をしてみたかったのですよ。と嘯くアームチェアに座ったまるで影の様な男。純粋な人であるとは到底言い難いその男は、先生の姿を心待ちにしていたかの様だ。

 

「…あなたのことは知っています。連邦生徒会長が呼び出し、連邦生徒会副会長が後を託した不可解な存在。」

 

「あのオーパーツ“シッテムの箱”の主にして、連邦捜査部【シャーレ】の先生。」

 

その男から出る影はまるでその存在を悦ぶかの様にゆらめき、その影から光が挿す瞳のような光はその存在を見定めようと先生を嗤う。

 

「貴方を過小評価する者も少なくはないようですが、我々は違います。」

 

「…まず、はっきりさせておきましょう」

 

「私たちは、貴方と敵対する気はありません」

 

むしろ協力したいと考えています。そう真摯に訴える姿に偽りは無いように見えるだろう。だが先生は逆にその態度に警戒を深める。

 

「私たちの計画において、1番の障害になるのは貴方以外居ないでしょうから。」

 

「アビドスなどという小さな学校は、私たちにとって全くもって必要なモノではありません。が先生。貴方という存在は決して些細な事とは言えない。」

 

故に敵対することは避けたいのです。そう和やかに自論を展開するその男を前に先生は、まず単純な事を聞いていなかったと聞く。

 

「…貴方たちは何者?」

 

「おっと、そう言えば自己紹介をしていませんでしたね。」

 

その男の名前は、黒服。

キヴォトスの外の世界の来訪者にして、先生とはまた別の違った領域の存在。そしてそんな存在たちの纏まりの名称を【ゲマトリア】と言った。

 

「私たちは観察者で、探究者で、研究者です。」

 

「どうかお見知りおきを。」

 

黒服の態度はあくまでの第三者視点。いや、或いは掻き回せるだけ掻き回して傍観する存在とでも言えば良いのだろうか。その時点で先生はあまり気に入らない存在だと感じた。

 

「一応お聞きしますが、私たちと協力する気はありませんか?」

 

「生憎と、無いね。全く無いよ」

 

笑みを浮かべてゲマトリアへと勧誘する黒服を前に先生は、断固とした態度で否定する。

 

「くっくっく…左様で」

 

「では素晴らしい提案をしましょう」

 

「真理と秘儀を手に入れられる私たちに協力する気はありませんか?」

 

だがそんな先生の態度でさえも想定内とばかりに顔をさらに近づけ微笑む黒服が更なる提案をする。このキヴォトスで得ることの出来る最大限の叡智を得る手段を餌に先生を釣ろうとする。

 

「無いよ。何度言われようともその首が縦に振る事は無い」

 

「ふむ…では質問を変えましょう」

 

「私たちの提案を蹴ってまで、貴方はこのキヴォトスで何を追求するのでしょう?」

 

心の底からの謎を問うかのような黒服の態度を前に先生はこの男の仲間たちが同じ感じなら間違いなく反りが合わないと確信する。

 

「少なくともそんな事には興味がない。私はただ、ホシノを返してもらいに来ただけ」

 

「クックック…フックックック、クハハハハ……」

 

「…何が面白い、言ってみろ」

 

先生の毅然とした態度…ホシノを奪還する為だけにここに乗り込んで来たのだと黒服が理解した瞬間、黒服はまるで堪えきれないとばかりに腹を抱えて爆笑する。勿論、どう考えても先生を嘲笑っている様にしか聞こえない。

 

「いえ、いえいえ。気を悪くさせてしまったのなら謝りましょう……ええ、ですが。そうですね………」

 

伝えるべきか伝えざるべきか。黒服は一瞬の迷いの後

もう一度思い出したかの様に笑いを交えながらこう答えた。

 

「なるほど。確かに、彼の後を任せるのに相応しい精神性だ……ですが先生」

 

「貴方の行動に正当性がない事にお気づきでは無いですか?…今の貴方にどう言った権利を以てしてそんな要求ができるのでしょう」

 

「小鳥遊ホシノはもうアビドスの生徒ではありません」

 

そう。今の先生の要求に応える必要は黒服には無い。

小鳥遊ホシノがどうであれ自分の意思で退学届を出してこちらに来ているのだからそれを今更覆す手段も、理屈も存在しないと黒服は告げる。

 

「それはおかしいなぁ」

 

「………ほう」

 

だがそんな一見、間違っていない事を発言する黒服に先生は真っ向から喧嘩を売る。むしろガンを飛ばして真っ向から喧嘩する気でいる先生に黒服も乗っかる。

 

「ホシノの退学届、あれでは受理されないよ」

 

「と、言いますと?」

 

確かにホシノの退学届には小鳥遊ホシノの名前と退学の理由までが明記された上で机の上に置かれていた。……だがそれだけでは“退学届”は受理されない。そう

 

「何故なら“顧問”のサインが無いからね」

 

「…………………………」

 

今までのアビドスならそれだけで許されるのかも知れない。生徒が減り、教師さえも居なくなった以上、全ては生徒の自己裁量に任される。……だが今のアビドスは違う。ここに…いや。アビドス廃校対策委員会に“先生”が居る以上…顧問の許可が要るのだ。

 

「だからホシノは廃校対策委員会に所属していて、アビドス生徒会の副会長でありアビドスの、私の生徒だ」

 

「………なるほど。確かに」

 

黒服は感心していた。なるほどそう言う切り口があるとは正直に言うと脱帽である。新しい考え、それは学校の生徒と先生という関係。このキヴォトスにおいては全く見る影もない思想であるが故に黒服は歓喜する。

 

「貴方たちはあの子たちを騙し、心を踏み躙り、その苦しみを利用した」

 

「ええ。仰る通り私たちは己の利益追求のみを優先しました」

 

だからこそ許す訳にはいかない。そう口外に伝える先生と

だからこそこの手段を選んだのだ。そう口外に伝える黒服。

両者の思想は、両者のスタンスも全てが平行線で交わることは無い。

 

「それを否定しません。私たちは悪か善かで問われるなら、きっと悪でしょう」

 

だが勘違いするなと黒服は自論を展開する。

確かにやっている事は悪どいと謗られるかも知れないが、それでもルールの範疇である。アビドスに降り掛かった厄災は、元より人の手で制御できるものでは無い。あれは一定確率で起きてしまう災難に過ぎない。…謂わば天変地異のひとつである。

 

そしてその天変地異を上手く利用したのが黒服たちであり、その天変地異を上手く乗りこなせなかったのが当時のアビドスである。あくまで手を貸しただけだと黒服は言う。砂漠で死にゆく人に水を与える。…勿論、その料金は一生かかっても返せない値打ちで。……さして珍しく無い世の中に溢れた事であると。

 

「持つ者が、持たざる者から搾取する。知識の多いものがそうで無いものから搾取する。…それが世の中の事実でしょう。」

 

「じゃあ君たちはその搾取のために契約さえも反故にして良いと考えているんだ」

 

「……それは」

 

先生の鋭い反論に黒服は返答を濁らせる。

明確な黒服陣営の過失。それは…アビドスの少女たちが“間違って”カイザーの私有地に入ってしまった事による騒ぎの賠償にアビドスへの借金の金利が暴利とも言えるほど上昇した事。……本来ならそういう法外な事はできない筈なのだ。

 

何故ならアビドス・連邦生徒会・カイザー・その他債権者の話し合いと契約の名の下、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が施行されているのだから。

 

「いいえ。それは違います。その契約は“連邦生徒会副会長”の名前による契約です。つまりその彼が居なくなった時点でその契約は破棄されている。…違いますか?」

 

そんな先生の大人にとって絶対に避けては通れない契約を持ち出された黒服はそれこそ意味がないと先生に突きつけ返す。…あの契約はあくまで“連邦生徒会副会長”の名前の元、諸印されている以上彼の存在が無くなった時点でその契約は破綻している。そう考えるべきだ。

 

「それを彼が、あの子が考えていないと思う?」

 

「は?……いえ、まさか………!!」

 

副会長が残した引継書。そこに残されていたのは彼が結んだ契約も含まれる。

そしてその契約書が引き継ぎ書の受理と共に先生に契約者名が降りてきている事を。勿論、あくまで名義が変わっただけだ。契約の内部までは触れない…契約の変更は四者合意時のみしか動かせない様に彼がしている。

 

「くっくっく……なるほどなるほど。確かに侮っていたのは私たち、でしたか」

 

「そういうわけで、契約違反は貴方たちだ」

 

用意周到に彼がアビドスから離れた後も、キヴォトスを見切った様に見える後でも彼は準備していたのだ。これらを含めて先生は副会長のキヴォトスへの愛を信じていたのだ。

 

「良いでしょう。ホシノはアビドス砂漠のPMC基地の中央にある実験室に軟禁しております……まあぶっちゃけるとこれ以上ホシノに何かしようとは考えていなかったのですが」

 

「信用できない」

 

なるほどいっぱい食わされた…というより墓穴を掘ったのはこちら側だったかと黒服は素直に敗北を認める。契約書の件と言い、先生の高潔な精神と言い、まだ過小評価していたのはこちらだったのかと黒服はホシノの居場所を早々にバラす。…というよりここまで追い詰めてホシノを確保したが黒服は、これ以上ホシノをどうするつもりは無いらしい。

 

まあ今までが今までなので全く信用できないが。

 

「いえ。これがまた事実なのですよ……」

 

遂には頭を抱えて、ため息まで吐き始めた黒服。

どうやらホシノを今回の契約で手に入れた後とある実験の非検体になってもらうつもりであった。その実験というのが生徒全員が持つ“神秘”の裏側である“恐怖”をホシノに適応させるという実験。勿論その際、ホシノから直接身体の調子や五感の様子を聞き出さなくてはならないのだが……

 

「少しホシノさんに精神的負荷を掛けすぎてしまったのです」

 

「それ本当に少し??」

 

黒服渾身のガバッ……!黒服節穴ッ……!

捕らえた際には既に心神喪失状態で、まともな受け答えさえ出来ていない様子。こうなってしまっては実験どころではない。黒服は心なき兵器を作りたいわけではないのでこれには困った。洗脳して私兵として扱う案も考えたが意思なき人形に神秘は成り立たないと考えた黒服は、これ以上ホシノを所持する理由は無くなってしまったのだ。

 

そんな黒服の“は〜やれやれ”みたいな態度を前に青筋を浮かべながら冷静に突っ込む。どうやら最近のホシノの様子がだいぶおかしかったのはお前のせいかこの野郎。というか心身喪失状態まで廃人にするレベルの衝撃ってなんだ。

 

「……まあ元よりホシノさんはサブプランでしたから。こちらとしても都合が良いのです」

 

「………何?」

 

別に特段黒服はカイザーを重要視していない。利用し合う関係上で向こうの不手際でこちらまで被害を被ると言うのなら潔く手を引き、損害を最小限に止めるぐらいの関係しか無かった。……そして何より、黒服は既に目当てのモノのひとつを手に入れていた。

 

そんなここまで準備周到にホシノを追い詰めた黒服がそんな簡単に手放すとは思えない。そんな先生の困惑はすぐに黒服の言葉によって解決する。そう、黒服は今言ったのだ "サブプラン”と……つまり黒服の本命は既に動いていると言う事だ。

 

「ええ。……ですが“生徒”には影響がない事を約束しましょう」

 

「分かった……だが」

 

もしもの事があれば分かっているだろうなという先生の鋭い眼差しに黒服もニンマリと笑いながら了承する。あくまで口約束に過ぎないが、それでもこの契約には意味があるのだ。

 

「それでは先生、ご武運を」

 

「祈られるまでもないよ……ああでも最後、ひとつだけ聞かせて」

 

はい。なんでしょうか?と首を傾げる黒服に先生が聞く質問はひとつ。

思い出すのは、ずっと違和感があった【偽誓の天秤】について。あれを使えば突然生徒が強くなるなど摂理に反している様な事を起こせるのを作れるのだとしたら【ゲマトリア】しかあり得ないとある意味確信している口調で問う。

 

「【偽誓の天秤】を流通させてるのは黒服?」

 

「【偽誓の天秤】……?()()()()()()()()

 

そしてあれほど悪趣味なモノを作るとしたらと考えても【ゲマトリア】しか居なかった。生徒を嘲笑う様な行動を平気でする悪い大人たちと思っていた先生にとってその黒服の反応は想定外も想定外だった。

 

「は……?」

 

「…………………待ってください。こちらでも時間をいただきたい」

 

目を見開き愕然とする先生に遂に黒服も只事ではないと慌てる。

皮肉にもキヴォトスの深淵に触れている【ゲマトリア】の一員が知らないとなると本格的に【偽誓の天秤】が想像もしてない程の暗い闇から出てきたのだと先生の背筋に冷たい汗が走った。

 

「なるほど…ですが少なくともそんな悪趣味な事をする様な私たちの中にはおりません。」

 

約一名怪しいのはおりますが。という前置きを置いた黒服の結論にじゃあそいつじゃないかと先生は視線で促すと、黒服は“少なくともその女にそれほどの技術は持ち合わせていない”と回答した。

 

「そもそも対価に対して、私としても表には出すつもりはありません」

 

「うん……うん??」

 

今なんか黒服が非常に大切な事を言った気がしたが、とりあえず今はホシノ救出の為の準備をしなくてはならないのでこのオフィスから出ようと背を向ける。【偽誓の天秤】が少なくともゲマトリアが関係していない事が分かった以上、これから警戒する必要がある。……それだけ分かっただけでも十分な成果だ。

 

「ああ……先生、私からも最後、ひとつ」

 

後学の為に聞いておきましょうという前振りを用いて黒服は先生に問う。

 

「もしも私が再度アビドスから手を引く様に提案したらどうしたでしょう?」

 

ホシノさえ諦めるのなら、残りのアビドス生とアビドスの学校だけは守ると。現存する生徒が卒業するまでは学校の存続を認めると言う条件ならというあり得たかもしれない可能性の提案を前にしても先生は冷静に告げる。

 

「断るよ。勿論」

 

「なるほど……どうやっても私たちと敵対すると。」

 

その方法など無いだろうに。という黒服の呟きに先生は懐から、とある四角形状のいつの間にか先生の懐に最初からありましたよと備わっていた“これ”を。

 

“大人のカードを見せる”

 

「………っ!馬鹿な!先生、それはもっと自分のために使うべきモノ……」

 

このカードは確かに黒服たちを退ける力を持つ。だがそれは非常に強い代償が待っている。それこそ使い続ければ【ゲマトリア】と同じ存在に成り果てる。だからこそ、そのカードは日常生活の支払いの様に無意味でくだらない事に使うべきではないと黒服は荒げた声で忠告する。

 

「関係ない。使い道は私が決める」

 

「………はは。なるほど。」

 

だが先生は違う。例え、先生がアビドスに偶然関わっただけの他人でも、先生が偶然仲を紡いだのがアビドスの生徒だとしても。きっとこのカードを迷うことなくアビドスの生徒たちの為に切る。……何故なら先生にとって、大人とは責任を負わなくてはならないのだから。

 

「帰る」

 

「……先生、」

 

もうこれ以上、黒服と話すことは何もないと先生は踵を返す。

その後ろで呟く黒服の言葉を無視して。

 

「ゲマトリアはいつでも……貴方を見ていますよ」

 

いつか誰かにつぶやいた言葉。

その言葉と今の言葉の意味が一緒だったかは、はたして

 

 

 

 


 

 

 

「………………ふわぁぁぁぁ」

 

鎖に繋がれた牢獄の中、ホシノは周囲を見渡した後で冷静に欠伸をした。

最悪で最高な夢の後のおかげで、今のホシノは割と冷静になっていた。それこそあん畜生の黒服に“天秤”を見せられた時からの記憶を振り返れるぐらいには。

 

(うーん……みんなにはホントに迷惑かけたみたいだね〜)

 

どうやらゲヘナの風紀委員会とイザコザがあり結構風紀委員長ちゃんに乱暴な態度を取ってしまっていた事と言い、カイザーが普通にアビドス砂漠を占領している一件でもユメ先輩や彼の事を突かれて煽られたモノだから、前の口調で煽り倒していたりしたみたいだ。……それでもキチンと先生には伝えることは伝えていた。

 

(この鎖を無理矢理破壊してもいいんだけどねぇ〜)

 

そうは言ってられないだろうと、ホシノは冷静に分析する。

少なくとも連邦生徒会副会長となった“彼”から契約で“天秤”を奪った手腕といい黒服には警戒を決して解いてはいけない。だが既に身売りが終わっている以上、どうしようもないのも事実だった。

 

(ま、アビドスのみんななら大丈夫でしょ。)

 

あそこには彼の後を継いだ先生がいる。あの感じからして間違いなく彼がアビドスについての引き継ぎも行っているとホシノは確信している。……で、あるのなら私が居なくてもなんとかならないレベルではない。むしろ彼も隠居したのだったら、私もそろそろ────────

 

『聞こえておりますか?小鳥遊ホシノさん』

 

「うへぇ……今更なんの様なのさ黒服」

 

なんてそんな事をホシノが考えていたら、どこからともなく不愉快な声が聞こえる。その声である黒服は音の反響的にこの場所にはいない様だ。…何処からからこっちを覗いているのかと考えると流石のホシノも顔を歪める。

 

『くっくっく……どうやら正気に戻られた様ですね』

 

「おかげさまでね」

 

いやはや全くもって面白いと愉快そうな声を反響させる黒服に、流石のホシノも青筋を浮かべそうになる。そうなった元凶から言われても嬉しさどころか気色悪さしか残らないとホシノは素っ気なく答える。

 

『よろしい……ではホシノさん。この時より解放です』

 

「………は?」

 

今からどんな実験が始まるのか密かに身構えていた所に黒服の解放宣言。その言葉の意味を理解するよりも先にホシノを縛っていた鎖が解け、ホシノは自由になった。

 

「一体なんの、つもり?」

 

『まあ単刀直入に申しますと、カイザー側の契約違反です』

 

は?と現状を飲み込めていないホシノに黒服が和やかに解説する。

……確かにその契約はホシノにも覚えがある。彼が私たちに残してくれた置き土産のひとつ。あれのお陰で断然楽になった覚えがある。……ああ、なるほどその契約違反に今回引っかかったのか。ずっと、ずっと彼は私たちを守ってくれていたんだ何も守れない私と違って

 

「まぁ、分かったけどさ……けどそれはカイザーの都合だよね」

 

ホシノだけの身柄を狙っていた黒服には全く関係のない事だよねと切り出すホシノに黒服は確かにその通りだと笑う。わざわざアビドスの借金の一部を肩代わりする代わりに私の全てを狙ってきたこの男が、そんなカイザーの何かで止まるわけがない。

 

『ええ。ですが私としては先生の話に感化されましてね』

 

「話?感化?……それに先生?」

 

ええ。と楽しげに語る黒服の話は要領を得ないモノで有ったが、言いたいことを纏めるのなら、生徒が生徒の尻拭いを行う地位と責任のみに行われる善性だけで無く、大人としての“責任”という二文字を掲げた大人との対照が黒服に非常に新しい啓蒙を開いたらしいのだ。

 

「………………………」

 

『……まあと言うわけでしてね。ご理解いただけると幸いです』

 

まあ別に、何事もなく解放されると言うのならそれに越したことはない。

だけどホシノはそれ以上に黒服に気になっている事があった。

 

「………そっか。なら最後にひとつ聞かせてもらってもいい?」

 

『ええ、何なりと。ホシノさんにはご迷惑をおかけしましたからね』

 

あの日、あの時見せられた“本物の天秤”…それを持つのは彼しか居なかった。

そしてその天秤が今黒服の手の中にあると言うのなら、ホシノが聞くことはただひとつ。

 

「アイツは……“彼”は、今どうしてるの」

 

『このキヴォトスの何処かで暮らしています。顔も、名前も、容姿も全て変えて』

 

即答する黒服の答えにホシノは考え込む。

……嘘をついている様には聞こえない、だけど真実を言っているかどうかは怪しい。とは言っても一向に否定できる要素はない。……おそらく連邦生徒会の中で“悪いこと”が発生したのだろう。それこそクーデターとかが発生した、或いは発生する前に気がついたから顔も何もかも変えて市一に紛れていると考えると辻褄は合う。

 

「……その言葉に嘘偽りない?」

 

『ええ。連邦生徒会副会長との契約者である黒服の名に誓いましょう』

 

わざわざ彼の役職と自分の名前、そして契約に誓うと言う事がどういうことか分からないわけではない。……なら本当に彼は姿を消しただけなのだとようやく安否が分かる。

 

「そっか。ありがとうね黒服」

 

『おや。それだけで良いのですか?』

 

なんなら今の容姿や、顔ぐらいなら情報提供しても宜しいのですよと悪魔の契約を持ちかける黒服にホシノはノータイムで首を横に振る。その意味の中には黒服を信用できないと言う意味もあったが……

 

「別にいいよ」

 

『……何かアテがあるのですか?』

 

別にホシノに探し出すアテがあるとか、伝手がある訳ではない。

これはあくまでホシノの意地だ。自分の脚で、自分の力で探し出す。草の根一本残さずかき分けて、このキヴォトス全ての生徒を調べ上げるつもりで探し出す。

 

『くっくっく……いえ、その執念が実る事を祈っておきますよ』

 

「うげぇ……」

 

覚悟と言うには余りにも生々しく、執着と言うには余りにも覚悟が決まっているホシノの言葉と思想に黒服は遠くで笑いながら、ホシノの意志の再誕を祝福する。黒服にとってどちらに転んでも美味しい。ホシノが彼を見つけられなくても悲劇であるし、見つけられたのなら執念と愛の勝利だ。……そもそも彼との契約の間に他の人が“もしも”黒服との契約で彼の居場所を聞いてきたならという契約はしていないのだから。

 

後は単純に下世話な話だが、もしキヴォトス最高の神秘と名もなき神々の王子が交配したのなら一体どんな神秘を持った間の子が産まれるのか。実に、実に興味がある。……まあ口にはしないが。

 

『ああ。後それと…“ビナー”が近づいています』

 

「は?……もうちょっと早く言ってくれないかなぁ……!!」

 

そんな黒服の考えなど分かるわけもなくホシノは黒服の祝福を実際呪いと大差ないだろという顔で反応する。今まで黒服がやってきた事を考えれば残念でもなく当然だが、その後にサラリと伝えられた言葉には普通に怒りを覚えそうになった。ちなみにホシノさんの武器はここにという至れり尽くせりの対応になんかキレそうになった。

 

ビナー。それはアビドス砂漠に生息しているであろう非常に大きな機械の怪物。その形状は大きくした蛇の様だが、実際のところはなんなのか分からない。だが少なくともおおよそ全ての生命に敵対的で、その行動は捕食や外敵に対する生命的な行動ではなく殺戮を目的としたあまりにもかけ離れている“何か”。それがビナーである。

 

『ご武運を』

 

後ろで話す黒服の言葉を無視してホシノは飛び出す。

微かに感じる風の流れから、外の空気を感じろ。見えなくても良いからただ感じろ。脚を休める事なく、ただひたすらに疾走しろ。外に、外に、外へと向かったホシノの目の前に浮かぶ砂漠の姿。

 

「………────────」

 

 

 

 


 

 

 

 

〈数時間前・ホシノ救出作戦実行〉

 

黒服との交渉を終えた先生はその後もう一度シロコたちとホシノ救出作戦を立てて、先生は兵力の増強のためにとある所に向かった。……その名前はゲヘナ学園。少し前にアビドスと先生との間にイザコザがあったが、それもゲヘナ風紀委員長であるヒナとアビドス廃校対策委員会の最高学年であるホシノの両名の手によって一時的に矛を収めた。

 

勿論その慰謝料をぶん取ろうとかそんなことは考えていないが、今回の作戦は先生にとってきっと次に兵力として力を貸して欲しいのならゲヘナの風紀委員会以外にないだろうなと思っている。それは勿論、ヒナの誠実さを見込んでの話だが。

 

……そうしてやってきたゲヘナ学園では、ヒナと会う為に同じ風紀委員である銀鏡イオリから先生に向けて脚を舐めろという命令に迷うことなく従ったせいで一悶着あったりと、色々とあったが最終的に力を貸してくれる事になった。

 

 

そうして作戦開始。

 

 

先生はシロコたちの指揮を行いながら、PMCが大量に居て守っている実験室まで強襲していく。勿論、戦力を集結されてすり潰される未来があったがここで先ほど協力が効いてくる。PMCの包囲陣を横から殴る様にゲヘナの風紀委員が参上。そして自らの誇りであるアウトローを掲げる便利屋68の参戦。更には本来、絶対に協力を見込めないはずのファウストによるトリニティからの支援射撃。

 

それら全て先生が紡いだ縁がこうして力となって、支えている。

 

これほどの大攻勢。流石のカイザーも想像できなかったらしく、カイザー陣営はまるで散り散りになっていく様に少しずつ戦力が捥がれて行く。だがそのまま手をこまねくほどカイザーも頭が悪くない。最後の決戦である総力戦はアビドス砂漠の中心。かつてアビドスが全盛期だった時のモノが全て沈んだ砂の上で始まろうとしていた。

 

 

そうして戦いは始まるはずだった。

そう、その横から白色の怪物が襲撃してこなければ

 

『……な、あれは……!!』

 

「何故今ここに……ッ!!」

 

その姿は、まるで砂を泳ぐ首長竜の様な蛇。まだ遠くに居ると言うのに聞こえる音が、砂から出て見える白い背中だろうか?その突起の大きさから少なくとも警戒するべき相手だろうと分かる。

 

アヤネの驚愕する声に、カイザーの歯軋りしながら漏れ出た声。

互いにもはや武器を構えているほどの余裕はない。訳の分からない先生にノノミとアヤネ、そして苛立ち混じりのカイザーのあの怪物の解説が入る。

 

曰く、アビドス砂漠に巣食う怪物

曰く、アビドス過去数十年にわたり観測されてきた“謎の超巨大生命体”

曰く……“あの”黒服が直々に名指しで警告してきた存在。

 

その名前は………

 

 

 

繰り返す悲劇の理解者DECAGRAMMATON・第三セフィラビナーBINAH

 

 

 

 

「………ビナー」

 

「くっ……撤退だ!!こんな所に居られるか!」

 

こちらを襲ってきたとしてもホシノを助ける第一目的から背くことはできないとあくまで戦う覚悟を決めるが、目の前のカイザーはこれ以上は付き合ってられないと撤退命令を下す。対デカグラマトン大隊がこの場にいない以上、勝ち目は無いと断定したのだろう。脱兎の如く、逃げ去って行くカイザーを遂にその横からビナーが強襲する──────!!!

 

『みなさん……出来る限り回避に努めてください!!』

 

「ん……ホシノ先輩を助けるために」

 

「サッサと切り抜けるわよ!!」

 

吹っ飛ばされたカイザーたちが乗っていた大型ジープを他所に、ビナーはこちらを間違いなく目視した。赤く輝いた二対の瞳に吠える様に口を開けた中に見える光っているまるで大きな砲身。そして頭上に輝くヘイローを携えてその怪物、ビナーはアビドス生徒を睨んだ。

 

こうなってしまってはもう戦いは避けきれない。

先生が、シロコが、ノノミが、セリカが、アヤネが自らの武器を構えてビナーと向かい合う。……戦いが始まるのか。或いはあの巨体からするならば敵とさえ思われていないのでは無いか。そう誰かが唾を飲んだ瞬間だった。

 

「やぁみんな〜。お疲れサマンサ〜」

 

「「「「『ホシノ(先輩)!?』」」」」

 

砂塵に紛れて、立っていたのはこれから救出するはずだったホシノである。

“いつも通り”の眠たい目でフニャリと笑いながら片手を上げているホシノの姿にノノミたちが安心そうに胸を撫で下ろす。…最近はずっと、気を張っている様に見えていたし、隠していたけれど全てが敵に見えているかの様な様子だったのだ。特にその雰囲気と空気を感じ取っていたノノミとシロコの安心はひとしおだ。

 

「先生もありがとう……あの男、黒服と交渉してくれたんでしょ?」

 

「ううん。それはこれまでホシノが頑張ってきたからだよ」

 

自分のやった事なんてほんの少しでしか無い。そう謙遜する先生にようやくホシノの笑みから不自然な“何か”が消える。具体的に何が消えたのかと言われたら先生の主観ゆえ困るが、強いて言うのなら緊張か警戒か…とにかくようやくホシノが少しでも信用してくれる様になったのだなと嬉しく思う。

 

「うへぇ……まあとりあえず、今どんな状況?」

 

そんな先生の返しに照れくさそうに頬を掻いた直後。ホシノは目の前のビナーからの砲撃を盾で弾き、冷静に回答を待つ。…どうやら聞いているとビナーの襲撃はカイザー側も想定外だったのか。と考えながら、どうするかを冷静に思考する。

 

(まあ、間違いなくコイツは逃すつもりは無いんだろうねぇ…)

 

ビナーの巨体は知っている。そしてもう既に視認され、敵対までされているとなると逃げることは不可能である。では倒せるのかと言われれば、きっとホシノはどれほどの痛手を負っても相打ちまでは絶対に持って行くだろう。

 

「ホシノ、みんな行けるかい?」

 

「……先生たちもやる気〜?」

 

覚悟を決めたホシノに、先生の掛け声に元よりそのつもりだと首を力強く縦に振るシロコたち。……ああ、ほんとうに私は素敵な後輩たちと出会えたんだな。とホシノは微笑み、ビナーと向かい合う。

 

「……じゃあ先生〜。後ろ任せたよ」

 

「ああみんな……交戦開始だ!!」

 

挨拶代わりのビナーの光線。それに対抗する様にホシノが防ぎ、ノノミとシロコが弾幕とミサイルを張りながら牽制し、セリカがその隙に一発一発確実に当てて行く。

 

「視覚支援は私がする!シロコとセリカはビナーが怯んだ隙に総攻撃!ノノミとホシノは絶対にビナーのタゲを取って!!…アヤネはいつでも回復ができる様に準備!必要な時は言うから!」

 

「「「「『了解!!』」」」」

 

ビナーが起こしているであろう砂嵐。吹き荒れる無慈悲なまでの砂塵が少女たちの視界を奪う。だが何の問題も要らない。先生の指揮とシッテムの箱による敵味方識別能力。そのふたつの戦場統制を以て少女たちの戦闘を支える。

 

更にはこの戦いに参加してくれた便利屋68の援護。そしてトリニティの支援砲撃の二つによって更にビナーの装甲を削って行く。地面を穿つミサイルの連撃はビナーの巨体であっても無視できるレベルでは無い。そちらに反応を取られている間に、こちらは攻勢に出る。

 

ビナーが苛立ちを表すかの様に放ったミサイルの波状攻撃も周囲の物体を使い、避けきれない分はホシノが盾で防ぐ。勿論、その時にできた隙も見逃さない。ノノミとシロコがこじ開けた隙をセリカが少しずつ削り、そうして──────

 

「………っ!!これで、終わりだ……!ホシノッ!!」

 

「これで、決める」

 

ビナーの苦し紛れの一撃。おそらくこれがビナーの限界だと睨んだ先生は、この時のために回復させ浮かせていたホシノに指揮を伝える。…ホシノもそのつもりだったのだろう。自分の護りであり、形見である盾を突き刺しホシノは銃口を地面に向ける。

 

迷いなくホシノは発砲しその衝撃を受け流すのではなく、そのまま受け止める。

勿論、その反動はホシノを浮かせる。銃弾の反動によって浮かんだ身体と前に進む直進力。

ホシノが再現するは、かつての輝かしい過去の思い出。

 

 

─────星よ、彼方の空で輝け

 

 

ビナーとの距離がゼロになったホシノの一撃が、ビナーの巨体を折った。

音もなき絶叫と共にビナーは砂の中に崩れ落ちて消えて行く。残ったのは戦場だった跡と、奮戦した少女たち。そして……みんなに帰還を望まれていたホシノだけ。

 

 

 

「みんな……」

 

「お、おかえり!先輩!!」

 

「ああっ!セリカちゃんに先越されちゃいました!!…お帰りなさい!ホシノ先輩!」

 

「ん……無事で、良かった」

 

「お帰りなさい。先輩」

 

 

 

「あはは……。」

 

 

 

「みんな、ただいま」

 

 

 

 






【星よ、彼方の空で輝け】

今話のビナー戦でのみホシノが使えるEXスキル。コスト:4
演出としては最初ホシノが地面に向けて発砲した後、ホシノの片目(どちらかはランダム)にドアップし瞳から雷光が散る演出と共に虹彩が一瞬のうちに反転し、元に戻りホシノが過ぎ去って行くという演出。

演出もド派手だが、その火力も大概頭おかしい事になっている。
おおよそこのビナー戦での火力は九割方ホシノのEXスキルが担っている為、その火力をプレイアブルで見せてくれよとしばしば言われる事がある。

覚めない夢を超えて、再び立ち上がった少女に祝福を。
その“星”になんの言葉を当てはめるのか。それを知るのは少女だけである。

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