【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
8巻までは原作通り進み、そこから分岐した話になります
第1話 ルート変更
ルビーたちB小町のMV撮影に、東京ブレイドの慰安旅行の名目で、俺とあかねも参加することになった宮崎旅行の最終日。
俺たちは荒立神社という芸能を司る神を奉った神社に向かっていた。
もともと宮崎に着いた直後、有馬が参拝したいと言っていたのだが、MV二本撮りという過密スケジュールに加え、道中に起こったアクシデントによってさらに時間が無くなったため、中止になる予定だったのだが、社長であるミヤコさんの鶴の一声で、帰る前に参拝だけしていくことになったのだ。
ミヤコさんの思惑は分かる。
件のアクシデント──ルビーとあかねが長年行方不明となっていた医者の死体を発見するという事件のあと、ルビーの様子が目に見えておかしくなってしまったからだ。
それでも当初の目的だったMV撮影は無事終了した。
いや、むしろ撮影の時のルビーは絶好調だったらしく、MEMいわく、今回の撮影を担当した商業クリエイターのアネモネが、一人のアーティストに戻りたくなったと言うほど良い物が撮れたらしい。
俺も少し見せてもらったが、川の中に座り込み、こちらに何かを訴えるような強い瞳を向けてくるルビーの姿は、確かに今まで見たことのない不思議な魅力と、憂いを帯びた影を纏っていた。
とはいえ、普段の天真爛漫なルビーの姿は見る影もなく、未だ落ち込んでいるのが明白だったこともあり、ここで気分転換させる腹積りなのだろう。
(ルビーにも悪いことしたな)
左右からMEMと有馬に話しかけられても、生返事しか返さないルビーに目を向ける。
正直俺自身も色々とありすぎたせいで、気が回っていなかった。
もう一人の被害者であるあかねには、彼女を利用して死体を発見させたことも併せて詫びを入れたが、その分ルビーのことはおざなりにしてしまった。
後で時間を見つけて、俺からもフォローしておこう。
※
「へぇー、ここが芸能の」
「そう。荒立神社」
荒立神社の境内を物珍しげに眺めていた有馬は、そのまま奉納された絵馬に近づき、役者志望が多い。と感想を述べている。
その横でMEMが木の板を槌で叩くと一番効果がでる。という蘊蓄を語っていた。
未だルビーだけは一歩引いたところでぼうっと突っ立ったままだ。
道中の様子から分かってはいたが、やはり一晩経ってもまだ切り替えはできていないらしい。
無理もない。
朽ち果てたものとはいえ、あんな気持ちの悪い死体をいきなり見せられたのだから。
「折角だからお参りしていこぉ」
MEMが不自然なくらい明るい声で提案する。
「そうだな」
ルビーへの気遣いなのかもしれないが、本人は答えそうにないため、代わりに俺が返事をして、横一列に並んで皆それぞれ真剣にお参りする。
中でもルビーは全員が顔を持ち上げた後も一人頭を下げ続けたまま。
鬼気迫る様子に、迂闊に声をかけることもできず、さてどうしたものかと皆で視線を合わせた直後。
境内にスマホの着信音が鳴り響いた。
「私だわ。ちょっとゴメン」
一言断ってその場を離れていく。
何かあったのかと皆がミヤコさんを見ている中、そろりと近づいてきたあかねが耳打ちしてきた。
「ねぇ、アクアくん。ルビーちゃんのことだけど──」
「ああ、分かってる。あかね、悪いけど有馬とMEMを連れ出してくれ」
「分かった。よろしくね」
「ああ」
少ない会話だけで、あかねはすぐに俺の意図を察してくれた。
「ねぇ。折角だから絵馬も買ってこようよ」
「はー? そういうのって普通参拝前にやらない?」
不満げな有馬を余所に、MEMは何かに気づいたように明るく手を叩いて同意を示した。
「まあまあ、いいじゃん。私も書きたいし。アクたん、私たち絵馬買ってくるからここで待ってて。ミヤコさん戻ってくるかもだし」
それだけ言ってこちらの返事も聞かずに去っていく三人を後目に、未だ頭を下げたままのルビーに声を掛けた。
「ルビー。そんな真剣になに祈ってるんだ? もしかして勉強のことか? 期末やばかったらしいな」
ミヤコさんから聞いた。とまずは軽口を叩いて様子を窺う。
「……違うよ。お兄ちゃんのこと」
軽口に乗ることもなく、代わりに頭を下げるのをやめて、顔を持ち上げたルビーが淡々と言う。
「俺の?」
「あかねちゃんに聞いたよ。アクアが役者になったのって芸能界に会いたい人がいるからなんだってね」
ゾクリと背中に冷たいものが流れた。
「だから、その人が見つかりますようにって祈ってあげたの」
ルビーの瞳に瞬く光は、アイのそれとは異なる黒い輝きを有していた。
少し前までの自分を見ているような、自己嫌悪にも似たものを感じる。
それ以上に、ルビーがこんなに変わってしまった本当の理由に気づいて表情が歪む。
どういう切っ掛けかは不明だが、ルビーもアイ殺害の裏に黒幕が居ることに気が付いたのだ。
そして俺がその男を捜すためだけに、芸能界に入ったことも。
(そういうことか)
俺がずっと捜していたのは血縁上の父親だ。
ストーカー男を唆し、アイを殺すようにし向けた男。
つまり事件の黒幕にして真犯人とでも呼ぶべき相手。
そいつは恐らく自分の父親だろうと当たりをつけて捜していた。
必ず見つけだして、この手で殺すために。
それだけを目標に生きてきた。
だが、それも少し前までの話。
男はもう見つかっている。
劇団ララライの看板役者、姫川大輝の父親である上原清十郎。
姫川いわく、売れない役者だった上原は、才能あるタレントを引っかけ回していたという。
自分に才能がないコンプレックスを才能ある女を抱くことで埋めようとしていた。とは姫川の推測だが、案外的を射ている気もする。
アイがそんな男に引っかかったのは正直ショックだが、それ以上に生活のほぼ全てをなげうって捜し続けた憎き男が、すでに死亡していた事実は俺を打ちのめした。
なんともつまらない幕切れだが、現実はマンガやドラマの世界ではない。
案外こんな物なのかもしれないと、なんとか思考を切り替えた。
ルビーはその事実を知らない。
だから、こんなにも復讐に燃えた瞳をしているのだ。
思わず息が漏れる。
「なに笑っているの? 私知ってるんだからね! そいつがママを──」
「声がデカい。あいつらに聞こえたらどうする」
売店に出向いたあかねたちに視線を送る。
興奮していたルビーも口を噤んだが納得はしておらず、強く睨んだままだ。
やはり言うしかない。
このまま放置すれば、それこそ以前の俺と同じように復讐のために無茶をしかねない。
「……ルビーよく聞け。俺が捜していた奴は、もう見つかった」
覚悟を決め、ゆっくりと告げる。
「ッ! 誰! 今どこにいるの!?」
名前を聞き次第殺しにいくと言わんばかりに、掴み掛かろうとするルビーの両手を取った。
小刻みに震える小さな手を包み込むように握りしめ、再度ゆっくりとした口調で話しかける。
「……もういないよ」
「え?」
「アイの仇。俺たちの血縁上の父親は、十何年も前に死んでる」
「うそ」
「嘘じゃない。詳しいことが知りたいなら、帰ってからちゃんと話してやる。だから、お前がそんなことを願う必要も、復讐を考えることもないんだ」
「そんなのウソだ! そんな。そんな──」
ルビーはそのままずるずると崩れ落ち、地面に座り込んでしまった。
「ルビー」
一緒になってしゃがみ込む。
目線を合わせようとするが、ルビーは両手で顔を覆って顔を伏せたまま。
指の間から、透明な滴がこぼれ落ちていた。
ウソ。ウソ。ウソ。と言葉を繰り返すルビーを支えようと手を伸ばす。
「じゃあもう、ママの仇も、せんせの仇も討てないの?」
ぽつりとこぼれ落ちた言葉に、延ばし掛けていた手が止まった。
ママとは、当然アイのこと。
じゃあ、先生とは誰のことだ?
いや。
本当は分かってる。
ルビーがこうなった切っ掛け。あかねを唆して見つけてもらった俺の前世、雨宮吾郎だ。
ではなぜ、ルビーがアイだけでなく雨宮吾郎の仇まで討とうとしているのか。
もっと言えば、なぜルビーが知っているのか。
雨宮吾郎が死んだのは、俺たちが生まれたその日。
その時ルビーはまだ生まれていないのだから、知り合うことはできない。
残された可能性は、前世の繋がり。
自分と同じようにルビーも前世の記憶を持っている以上、その時の知り合いだったと考えるしかない。
暗黙の了解で互いの前世については干渉しないようにしていたから、俺はルビーの前世がどんな人だったのかはほとんど知らない。
分かっているのは前世も女だったことと、アイの熱烈なファンだったことぐらい。
だがそこに、雨宮吾郎を知っている人物という条件が加わると、思い当たるのは、ただ一人しかいなかった。
アイのようなアイドルになりたいと願いながら、親にすら看取られることなく亡くなってしまった、あの子だけ。
「……さりな、ちゃん?」
天童寺さりな。
雨宮吾郎が研修医時代に出会った、難病の退形成性星細胞腫を患い、僅か12歳でこの世を去った少女。
実のところ、その想像をしたことがなかったと言えば嘘になる。
アイの大ファンだったことに加え、考え方や話し方にも彼女に似たものを感じたことは一度や二度じゃない。
その度に俺は、自分が都合の良い妄想をしているのだと、敢えて思考の外に追いやってきた。
そんな都合の良い偶然があるはずが……
「どうして。お兄ちゃんが私の名前」
顔を覆っていた手を外し、俺を見つめるルビーの瞳は、先ほどまでの漆黒ではなく、アイと同じ星の輝きに満ちていた。
そうだ。いつか、彼女は言っていたじゃないか。
芸能人の子供として生まれていたらと。
アイのような顔に生まれたいと。
そして。
生まれ変わっても、ずっと──
瞬間。
俺たちは恐らく同時に確信した。
互いの前世が誰であるかを。
二人揃って何を言えば良いのか分からず、奇妙な緊張感が場を支配する。
それを打ち破ったのは俺たちではなく、こちらに向かって駆けてくる慌てた足音だった。
「二人とも!」
「ミヤコさん?」
全力で駆けてくる彼女の姿に驚き、一瞬思考が停止する。
鬼気迫る彼女の表情から、なにかが起こったのだと察し、ルビーの手を引いてその場から立ち上がらせた。
ルビーもまた混乱しているらしく、なにがなにやら分からないと言った様子だったが、とりあえず大人しく従う。
ルビーが座り込んでいたことにミヤコさんは一瞬責めるような目付きで俺を睨むが、すぐにそんな場合ではないとばかりに周囲を見回した。
「他の子たちは?」
「絵馬買いに行ってる。呼ぶ?」
スマホを取り出そうとする俺を制して、ミヤコさんは続けた。
「良いわ、好都合。二人とも落ち着いて聞いてね。さっきの連絡、事務所からだったんだけど、あっちが今大変なことになってるみたいなの」
「大変なこと?」
今の自分たちの状況以上に大変なことなどない気はするが、それを説明することもできず、とりあえず先を促すと、ミヤコさんは再度周囲を見回してから更に声を落として小さく言った。
「元B小町のニノ、新野さんが殺人事件を起こして捕まったみたい」
「は? ニノって、初期メンバーの?」
「そう。もうなにがなにやら。とにかく、うちの事務所の前に取材が殺到してて。すぐ戻らないと」
「でも、あの人もうとっくに苺プロ所属じゃなくなってる一般人だろ? 何で事務所にまで取材なんて」
今はそれどころではないと理解しつつも、雨宮吾郎ではなくアクアとして生きた自分が冷静に疑問を呈する。
ミヤコさんは俺たち二人の肩に手を回し顔を近づけさせると、誰にも聞かれないような小さな声で告げた。
「殺された相手っていうのが、ある芸能事務所の社長なんだけど。あの子、殺害の動機をアイの敵討ちだって言ってるみたいなの」
「……は?」
再び間の抜けた声が出る。
ルビーのこと。
アイのこと。
さりなちゃんのこと。
ずっと前に死んだはずの仇のこと。
その仇を今殺したという元B小町のメンバーのこと。
そして。
殺された芸能事務所の社長のこと。
様々な情報が一気に入り込み、訳が分からず、まともに思考もできない。
だが、一つだけ。
たった今、俺たちは本来定められていたルートから外れてしまった。
なんの根拠もないが、そう感じた。
どこか遠くから、烏の鳴き声が聞こえた。
少し書き溜めがあるので推敲しつつ投稿していきます