【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
結局、ルビーに聞かせるのは不味いと、自宅に戻らず事務所の応接所で話を続けることにした。
ミヤコさんの表情はいつも通りに見えるが、それが取り繕われたものであるのは明白だった。
「……一応聞いておくけど、あいつを見つけてどうするつもり?」
「事務所の仕事を手伝わせる。今の苺プロには人手が必要だろ? このままじゃミヤコさんが倒れちまう」
化粧で隠してはいるが、ここ最近ミヤコさんの顔色は悪いのは分かっていた。
苺プロにも社員は居るが事務員がメインで、現場への付き添いやプロデュース及びマネジメントを行う人材が足りず、社長であるミヤコさんも行っている状況だ。加えて今回の事件で対応に追われることになったのが主な原因だろう。
「それなら別に壱護である必要はないわ。それだけじゃないんでしょ?」
きっぱりと言い切られる。
確かにこれはあくまで表向きの理由。
本当の訳は別にある。しかし、それをミヤコさんに告げるのは、正直気が重い。
だが、話し始めた以上、もう止めることは出来ない。
「俺たちの母親がアイだってことを公表したい」
「……それは、裁判で言われる前にってことね」
「ああ。カミキヒカルは多分、俺たちの父親だ。あの人はそれを知って、カミキを殺した。俺たちのことを知ってても不思議はない」
「それは私も考えていたわ。だから直接会って話を聞き出そうとしたんだけど、面会自体が禁止されてるみたい」
「接見禁止か。まあ、殺人事件で完全黙秘してるなら当然だよな」
重大事件の場合や、容疑者が面会に来た人物に情報を流したり、証拠の隠滅などを指示する可能性がある際、裁判が始まるまで弁護士を除いて、家族ですら会えないようにするのが接見禁止処置だ。
「だからあの子が何をどこまで知っているのか分からない。正直私はアイの敵討ちっていうのは表向きの理由で、本当はドーム公演を控えて、これからスターダムにのし上がるはずだったB小町を解散させる原因になったことへの恨みなんじゃないかと思っている」
「だったらなおさらだ。その子供の俺たちが恨まれていても不思議じゃない。俺はともかく、ルビーをそんな目に遭わせるわけにはいかない。だからその前に──」
「自分のことないがしろにするんじゃないわよ。貴方たち二人とも、私が守ってみせるから」
俺が黙ったのを見て、ミヤコさんは優しく微笑んだ。
「だから早まらないで。第一、こういうやり方は有効とは言えないわ。貴方たちはまだ新人で良くも悪くも名前が売れている訳じゃない。このタイミングで公表なんかしたら、売名行為だと──」
俺が辿ったのと同じ思考へ至ったらしいミヤコさんは同時に言葉を失い、目を見開いた。
「そういうこと。だから、アイツを使ってでも早く売れたいのね」
「本当に最後まで黙秘を続けるなら、裁判が始まるまでかなり時間が掛かるはずだ」
俺もそこまで詳しくはないが、重大事件の場合、検察の証拠固めに時間が掛かり、裁判開始がかなり遅れると聞いたことがある。
大きな事件が起こってかなり経ち、皆が事件を忘れた頃に裁判が始まったというニュースを見て、また事件について思い出す。ということが多々あるのはその為だ。
容疑者が黙秘していなくてもそうなのだから、今回の場合、下手をすれば年単位で時間が掛かっても不思議はない。
移り変わりの激しい芸能界。
新人がトップスターの仲間入りをするには、十分な時間だ。
もちろんそれには実力、運、そして何よりコネが必須となる。
「アイが死んで、壱護さんもいなくなってから、ミヤコさんがどれだけ頑張って事務所を支えていたかは分かってるつもりだ。しかも、俺たちの面倒まで見ながら」
母親、と呼んで良いのかは分からない。
ただ少なくとも俺とルビーにとって、ミヤコさんは家族だ。
それだけは間違いない。
「でも……」
声が震える。
そんな家族に、俺は何を言おうとしているのだろう。
「そうね。今の苺プロでは力不足ね」
俺が言おうとしていたことを、先に言われる。
また気を使われてしまった。
「実際、注目されてても、次に繋がる仕事はほとんど取れてない。所詮弱小プロだからって舐められているのよ。大した経験もコネもない私じゃ、地力が足りない」
「それでもミヤコさんはスゴいよ。早いうちからネット関係に目を付けて、ユーチューバーやティックトッカーを抱え込んでネットに強い事務所として業界に立ち位置を作った」
「良いわよ、気を使わなくて。貴方だって分かってるでしょ。私はネットタレントに目を付けたんじゃなくて、有能な芸能人から見向きもされないから、新鋭のネット業界に縋るしかなかっただけよ」
「……」
自嘲するミヤコさんになんと声を掛けて良いのか分からない。
彼女の言っていることはある意味真実だからだ。
向上心のある芸能人が事務所に求めるのは、とにかく多くの仕事を取ってくること。
それもなるべくメディアへの露出が多く、世間の注目度が高い仕事を。
だが、そうした仕事は事務所自体の伝手や規模が重要となるため、弱小事務所では割って入るのは難しい。
その点、ユーチューブやティックトックを使う配信者は、世間への発信を自ら行うため事務所の力は必要とせず、むしろ制約が少なく自由に活動できる小さな事務所を選ぶ傾向にあるため、苺プロでも有名な配信者を多く抱えることができた。
「でも、壱護は違ったわ。同じような状況から、無名のB小町をドームまで連れていった。もちろんアイの才能も大きかったでしょうけど、アイツの手腕が本物だったから出来たことよ」
そうだ。
俺だってそう思ったから、この提案をしたのだ。
俺とルビーが一刻も早くスターダムにのし上がるためにはあの人の手腕が必要だと考えたからこそ。
「……良いわ。壱護を連れ戻しましょう」
「本当に悪いと思ってる。俺のワガママで」
頭を下げようと立ち上がりかけた俺を手で制し、ミヤコさんは小さく首を横に振る。
そして俺の代わりと言わんばかりに力強く立ち上がると、拳を握った。
「良いのよ。というか! 私がこんなに苦労してるのはそもそもアイツが原因なんだから、さっさと連れ戻して慰謝料代わりにこき使ってやりましょう。逆にアイツがぶっ倒れるまで、馬車馬のように働かせてやるわ!」
高笑いと共に宣言する。
こちらに気を使わせないための演技なのは明らかだったが、同時に本気の怒りも感じられる様に思わず笑ってしまう。
そんな俺を見てミヤコさんも笑みを浮かべたが、次いで少し困ったように眉を寄せた。
「でも私、本当に居場所は知らないわよ? 生きてはいると思うけど……」
「なら、趣味とか性格が分かる話聞かせてよ。後写真とか動画もあれば」
「まあ、探せばあると思うけど、探偵でも雇うの? あまりお金は掛けたくないんだけど……」
「それは最終手段かな。まずはプロファイリングが得意な奴に頼んでみる」
「? まあ、何でも良いけど。それならやっぱり家に戻るわよ! 素面じゃ語れないわ。もちろん、アンタたちのこともしっかり聞かせてもらうから、覚悟しなさい」
「あんま飲み過ぎるなよ。ミヤコさん酒癖悪いんだから」
「何言ってんの。アクアもこれから打ち上げとかで飲みに行くことくらいあるんだから。酔っ払いの介抱も練習しときなさい」
一方的に言い切って、意気揚々と自宅に向かって歩き出すミヤコさんの背を追う。
その姿を見ながら何となく思う。もしかするとこれが親子のふれ合いというものなんだろうか、と。
雨宮吾郎としては生まれた時から母親がおらず、そして前世の記憶を持っていたために、アイのことも素直に母親とは思えなかった俺がそう思えたことに、自身が一番驚いてしまった。
※
「だぁかぁらぁ。あいつはホント、仕事ばっかでさぁ。してない時でもフラフラしてばぁーっか」
「酔うの早すぎんだろ。ちゃんと話してからにしてくれ」
「なによぉ。んー、ああ! あいつの趣味ったら、あれよ。魚釣り! おっさん臭いってたらありゃしない。どっか田舎の漁村にでも居るんじゃないのー? 後はマグロ漁船に乗ってるとか! むしろ乗せろ。乗せて金稼がせてこい!」
「それじゃ意味ねーだろ」
一応ツッコんでみるが、酔っ払いの脳まで言葉が届くことはなく、更に酒を注ぐ。
「あー。まったくもー思い出したらムカついてきたわ。人に全部丸投げして。アクアもあんな男になっちゃダメよー」
「分かってるよ」
「本当にぃ? ま。あいつと結婚してからロクなこと無かったけど。貴方たちと家族になれたことだけは、感謝してやっても良いわ」
何でもないようにサラリと言われ、動きが止まる。
てっきり、俺たちを引き取ったことに対する不満やグチでも出てくるかと覚悟していたからだ。
「それは。俺たちも同じだよ」
だからこそ、素直に本心を告げたのだが、この台詞も酔っ払いの耳には届かなかったらしい。
「後は仕事の出来るイケメンと再婚できれば私の人生大逆転ね! あ、そうよ。イケメン。イケメン俳優との再婚はどうなったのよ!」
伏せていた顔を持ち上げ、掴み掛からんばかりに酒臭い顔を寄せてくる。
(まだ覚えてたのか)
幼児の頃、慣れない育児疲れのせいかアイのスキャンダルを出版社に売り込もうとしたミヤコさんを止めるため、自分たちを神の使いだとか何とかでっち上げた時に吐いた出任せだ。
我ながら後先を考えていない行動だった。
当時は俺たちを神の使いだと本気で信じて敬語を使っていたが、いつの間にか普通に話すようになっていたため、本人の中では忘れたか、何らかの理由付けがなされているのだと思っていたのだが。
「つーか、それ言ったの俺じゃなくてルビーだし」
「良いから俳優仲間連れてこーい。あれよ、姫川大輝と共演したんでしょ。なんか適当な理由付けてセッティングしなさい」
「いや、年齢差。あの人二十歳なったばっかだぞ」
「そんぐらい芸能界では大したこと無いわよー。アクアも年上の女優には気を付けなさいよ」
ケラケラと笑い、乱暴に俺の頭を撫でる。
結局ロクな情報は手に入らなかったが、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。
もっとも、完全に酔いつぶれてしまったミヤコさんの世話と、後片付けに目を瞑ればの話だが。
この話はアクアを救うルートなので気兼ねなく頼れる大人組にも結構出番があります