【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「私は別に、カミキさんに洗脳されたなんて思ってなかった」
アクアくんの言葉を柔らかく否定する。
周りから見ればそうだったとしても、少なくとも私自身はそんな風に思っていなかった。
「私にとってアイは本当に、神様みたいな存在だったの。アイは完璧な存在だから、何をしても許されるんだって。恋愛をしても、子供を作っても、私のファンの……恋人の心を奪っても。全部許される。おかしいこと言ってるのは分かってるよ。でもカミキさんはそんな私を肯定してくれた。自分もそう思ってるって言って、アイの話をし続けてくれた」
「同志だったと?」
「同志、とはちょっと違うかな。宗教で言ったらアイが神様で、カミキさんが教祖。私は信者、みたいな?」
二人の視線が懐疑的なものに変わった。
新興宗教に例えるなんてそれこそ洗脳じゃ無いかとでも言いたげに。
私は笑って続けた。
「分かんないでしょ? でもそう思わなきゃやってられなかったの。良介くんを死なせたあの時から。……彼は心どころか、魂までアイに持っていかれてた」
アイを殺した時点で、良介くんはただの抜け殻になってしまった。
私が一言、もう死んでよって言ったらそれに素直に従って首を吊ってしまうくらいには。
「良介くんを不幸にしてしまったへの後悔と責任を感じてるのもあるけど……それくらい影響力のあるアイが、ただの女の子のはずがない。アイにはずっと、ずぅーっと特別な存在で居て貰わないといけないの」
カミキさんからアイの話を聞かされ続けていくうちに、そう思えるようになった。
その頃にはもう、私にとってカミキさんの言葉はアイの言葉と同じ。
彼の言うとおりにやっていれば全て上手くいく。そう信じて疑わなかった。
「だから、カミキさんがあのブログを見つけて、私にアドレスとパスワードを聞いてきた時も、私は何の疑問も抱かず教えたよ」
「ブログを見つけたのは、カミキ?」
「うん。どうやって見つけたのかは知らないけど、これまで私と良介くんにも見せた事の無かったその時の妙に切羽詰まった態度がどうしても気になっちゃって。後で私も見に行ったんだ。……ブログは何も変わってなかった。最終更新日以外は」
「その時には、既にカミキが記事を消した後だったんですね?」
アクアくんの言葉に頷いてから、小さく息を吐いて答える。
「そう。当然だけど私は記事は書いてないし、たかみーや渡辺が書いたとしても、カミキさんが消す意味はないから、私も多分アイが書いたんだろうとは思った。でもそのことでカミキさんを殺した訳じゃないよ」
「じゃあどうして?」
「その次の日にね。私はカミキさんに呼び出されたの。お酒を飲みすぎたから迎えに来て欲しいって」
多分、それが目的では無かったはずだ。
今までそんな頼みごとをされたことはなかったし、迎えに行った後のカミキさんは足取りもしっかりしていた。
でも、私にとってはちょうど良かった。
「やっぱり私もアイが何を書いていたのかは引っかかってたから、その時カミキさんに聞いたの。ブログに何て書かれていたんですか? って」
「……カミキは何て?」
アクアくんの問いかけに知らず自嘲的な笑いが漏れ出した。
「見ないで消したから分からない。だって」
「見ないで?」
訝しげに眉が持ち上がるが、私は自信を持って頷く。
「そう。多分本当だよ。彼には何の興味も無いことだったんだよ。だからあんなことを言った」
「あんなこと?」
「……忘れろ」
未だ耳の奥に残り続ける呪いの言葉を吐き捨てる。
「え?」
「忘れろって言ったの。ずっとアイのことを忘れさせてくれなかったのは貴方の癖に。カミキさんが内容を見もせずにアイの記事を消したのもそう。多分あの記事の中身はそっちの子が言ったように、アイからのSOSだったんだよ。でもそれは、カミキさんや貴方たちにじゃない。それよりずっと前に書かれた、私たち初期メンバーの三人に向けられたものだった」
結成して割と直ぐの頃から、センターの座に着いたアイに対するメンバーのいじめにも似た迫害は始まっていた。
当初こそ、戸惑ったり傷ついているように見えたアイもいつの頃からか、飄々と受け流すようになって、そんな彼女の態度にメンバー間の溝はますます広がっていった。
私たちは本当にアイが傷ついていないと思ってたが、そんなことは無かったんだろう。
彼女は彼女なりに傷ついて、悲しんでいた。
「だからこそ、あの娘はほんの短い間だけだったとしても、仲良くやっていた頃の思い出がある私たちに助けを求めようとしたのかもね」
どのみち当時の私たちがその記事を見たとしても、嫉妬を捨て去ることなんて出来なかっただろうし、むしろそんなあの頃の心境を考えると最悪逆効果になりかねなかっただろうから、結果論だけどその時は見なくて正解だったと思う。
こんな風に思えるのは、今だからこそだ。
「でもそれは、カミキさんには何の関係もなかった。だから何も考えず記事を消した。彼はそんなアイに興味がなかったから。それがアイドルとしてのアイじゃないからじゃない。自分が知らないアイだから。もっと言えばあの人が愛していたのは、自分を愛してくれた頃のアイだけだったんだよ。そうじゃないアイは必要なかった」
「じゃあ、カミキがドーム公演の日、菅野良介を唆してアイを殺させたのも?」
「そう。貴方たちのことが一番になってて、自分を愛してくれないって分かったからじゃないかな。知らないけど」
というか、表向きはどうあれ、カミキさんが本心では私達とアイとの関係には興味を感じていなかったようにように、私もカミキさんとアイの関係なんて興味がない。
投げやりに言う私にアクアくんは感情的になって叫んだ。
「そんなことはない! アイは、アイツのことだって愛そうと──」
「聞きたくない!」
「っ」
「そんなの聞きたくない。そんなのは私の知っているアイじゃない! だから、カミキさんが邪魔になったの。だって、あの人のアイと私のアイは違うんだもの。あの人の言うとおりにして、何人殺しても私のアイは守れないことが分かったから」
私の手でカミキヒカルを殺した。
「だから。動機を、一言で言えば解釈違いだったからってことになるのかな?」
深いため息と共に話を纏めるが、アクアくんは信じられない。と言うように小さく首を横に振る。
「そんな、ことで?」
「もう私にとってはそれが全てなの」
そう。アクアくんは私の洗脳が解けているといったが、そうじゃない。
だって私は今でもアイが最強で無敵のアイドルであることを信じて疑わない。
その邪魔になる存在が居たら、今回と同じようにしただろうから。
「待ちなさい」
それまでずっとメモも取らず置物のように座っていた警察官が立ち上がる。
「今君は、カミキヒカルの言うとおりに何人殺してもと言ったね?」
警察官だけでなく、アクアくんたちもはっとしたように、私を見た。
ああ、そうか。
そっちは知らなかったのか。
でも、どのみち関係ない。
「そうです。カミキさんはこれまでずっと私や良介くんみたいな人を使って、アイを超えそうな存在を殺し続けてきた。事件当日、私を呼び出したのも、次の標的である片寄ゆらを私に見せるためだったんだと思います」
「片寄さんを?」
「ええ。カミキさんはあの人もアイを超えるかも知れない才能を持っていると言っていた。開花するまではまだ時間が掛かるみたいだったから、すぐにってつもりじゃなくて私にそう印象づけて、時間をかけて殺させるようにし向けるつもりだったんだと思うけど。カミキさんはそういう人だったんだよ」
実際、カミキさんとの解釈違いに気づく前の私なら、あの女を消さないといけない。と思っただろう。
例えアイドルでなくても、アイを超える存在なんて居て良いはずがないんだから。
「今の発言は、黙秘を止めて全て話すつもりになった。ということでいいのかな?」
口調は有無を言わさぬものだというのに、穏和で、ゆるりと寄り添ってくるような不思議な声音はこれまで取り調べを受けてきた警察や検事のものとはまるで違う。
だからという訳ではないが。
「はい」
私は素直に頷いていた。
元々私が黙秘を続けていたのは、裁判になってから初めてカミキさんがこれまでやってきたことを話して、注目を集めるためだった。
もちろん、彼とアイの関係や、アクアくんたちのことを話すつもりはない。
私も含め、彼女のために何人も人を殺すような狂信的な存在が居たという事実は、アイのカリスマの証明となる。
そうなれば時間の経過で徐々に忘れ去れつつあるアイが、再びアイドルとして輝くどころか、これから先どんなアイドルが現れたって超えることは出来なくなる。
でも、アクアくんと社長がアイを題材にしたドラマを作ったのなら、裁判で言うよりそっちに合わせて貰った方がより印象的になるというものだ。
彼が私にドラマの脚本を送ってきた時点でこうすることは決めていた。
私を説得する為に、ずいぶん準備してきたらしいアクアくんには時間を無駄にさせてしまったかも知れないが、芸能界という場所では、努力が一瞬で無になることなんて良くあることだと知るにはいい機会だろう。
「二人とも今日はもう帰りなさい。ここからは警察の仕事だ」
警察官の言葉に大人しく従い、二人は立ち上がった。
だが、アクアくんの視線はまだ私を疑っているみたいだ。
「……ふふ」
そんな彼に私は安心して。と言うように、笑いかけた。
もう黙秘を続けている意味はない。
ここからはむしろ、素直に話をするのが大切だ。
カミキさんに洗脳されていたと証明できたら刑期も短縮できるかもしれない。そうして、釈放されたらまたアイの為に──
「最後に一つ、いいですか?」
「……なに?」
分かりやすく声に険が籠ってしまった。
アクアくんはともかく、この女に対して私は良い印象がない。
表面的に見たら、アイにはぜんぜん似ていないのに、アイ役としてドラマで主演を勤めたこともそうだが、私自身がそれを認めそうになっていることが気に入らない。
声の出し方や話し方、体の動きに目線の動かし方。そう言った部分がアイそっくりなのだ。
女優らしいがただ演技力に長けているだけでなく、華がある。
カミキさんがこの娘のことを知っていたら、きっといつか片寄ゆらのように排除しようとしていたことだろう。
それは私にとっても同じだが……
「貴方がカミキヒカルを殺した理由は本当に、それだけですか?」
さっきまでのアイのモノマネとは違う鋭い声に、苛立ちが増していく。
「……何が言いたいの?」
「そのままです。単なる解釈違い以上の理由があったんじゃないですか?」
「だから! 何のことを言ってるの?」
「アイの敵討ち」
「っ」
「逮捕された直後、黙秘する前に貴方はそう言っていた。今言った理由は少なくとも敵討ちが動機ではないですよね?」
「だからそれは。そう言えば忘れられ始めたアイにまた注目が集まると思ったから」
「それだけですか? 本当はそっちが本心で、さっきの理由の方が、それを隠すための嘘だったんじゃないですか?」
アイに似た星のように輝く瞳が、私を見ている。
この目が嫌いだった。
私の心を見透かしてくるみたいなアイのこの目が。
「君、もう良いから」
アクアくんではなく、警察官が制止するが、彼女は止まらない。
「シーン54。と言っても分からないと思いますけど、あのドラマで貴方がアイを糾弾するシーンです」
それは覚えている。今も忘れられない……私とアイとの関係が完全に決裂した切っ掛け。
実際の会話はあんなんじゃなく、もっと感情的な苛立ちをぶつけるだけのものだったし、アイの方も許すとかそんなんじゃなくてひたすら戸惑っていただけに見えた。
でも心情は結構的を得ていたと思う。
「あのシーンを私とかなちゃん──私の友達が演じた時、彼女は言っていました。本当はあそこのシーンで貴方はアイと普通の友達でいることを諦めてしまったんじゃないかって。私もそう思います。少なくともあの時まで貴方は、貴方たちはアイと普通の友達として……」
「だったら何!? 関係ないでしょう? 少なくとも今の私はそんなことちっとも思ってない!」
怒りに任せた私の慟哭にも一切動揺せず、女はばっさりと切り捨てる。
「だからです。あのブログに書かれたのは貴方の言うように、当時のアイからメンバーに向けて送ったSOSだった。それは、貴方が神様だと言った大衆に愛されるB小町のアイでも、カミキヒカルと互いを支え合おうとした女性としてのアイでも、アクアくんたちに愛を注いだ母親としてのアイでもない」
一度言葉を切ってから彼女はアイみたいな顔で私に笑い掛けた。
でもそれは、アイドルのアイとは違う笑顔だった。
「何も知らないまま芸能界という世界に飛び込んで、そこでも上手くいかなくて苦しんで悲しんで、唯一の仲間に縋ろうとした等身大の十二歳の女の子としてのアイ。もうあのブログの中にしか居なかったアイを、カミキヒカルは殺した。それが許せなくて貴方は、ニノは敵討ちをしたんだよね?」
四人の子供が、駅前のファーストフード店で無邪気に明るい未来を夢想していた時のアイの笑顔で、女は言う。
バカバカしい。
そんなアイの物まねで、私が感動するとでも思ったのか。
感動して、まるでアイに語りかけるように、私も普通の友達になりたかったよ。
なんて懺悔でもすると思ったんだろうか。
そんなアニメやドラマみたいな真似を。
鼻で笑い飛ばしてやるつもりだったのに、どうしてか私の口から言葉は出ずに、両目から意志とは無関係の涙が、ポロポロと流れ落ちていった。
☆
カミキヒカルが行っていたという複数の殺人教唆事件について改めて取り調べを行うことになり、私たちはすぐに留置所を出るように促された。
残っていると裏どりの為に、細かい会話内容まで取り調べられてしまう可能性があるためだ。
そっちの方はお父さんがアクアくんたちの出生を内緒にしつつ上手く誤魔化してくれると言っていたので、信じることにする。
車で帰ることはできないこともあり、私たちは最寄りのバス停まで歩くことにした。
「……はぁ」
「どうした?」
留置所の敷地内から出て早々、ため息を吐く私にアクアくんが優しく問う。
「私、最後に余計なこと言ったよね?」
アクアくんの説得もあってなんだか上手く纏まりそうだったのに。
最後の最後で変なことを言ってしまった。と反省する私に苦笑して首を横に振る。
「いや。俺も正直あの人が言ってることが全部本当だとは思ってなかったからな」
「アクアくんも?」
「あの人の目、見ただろ? アイを信奉した信者のままだった。下手したら出所後にまた事件起こしていたかも知れない。俺としては出所までの間に面会に行ってちょっとずつ説得するつもりだったけど」
それを私が台無しにしてしまった。
項垂れてもう一度謝罪する。
「ゴメンね。言うにしても、やっぱりこうやって外に出てから相談するべきだったよね? でも、あのタイミングじゃないと意味がない気がして」
私の中で再現したアイの感情が強くざわめいていたから。
なんて言っても信じて貰えないと思うけど、どうもアイの役作りをやってドラマで演じてからというもの、ふとした時影響が出ている気がする。
落ち込む私の肩に、アクアくんが手を乗せて頷いた。
「俺もあのやり方はあのタイミングでしか効果は無かったと思う。だから心配しなくていい。……最後の涙、あれが答えだろ」
「だったら良いんだけど……」
慰められていると分かるからこそ、余計に落ち込んでしまう。
そんな雰囲気を変える為なのか、アクアくんは分かりやすく大きな息を吐いた。
「ともかく。これで俺たちの出生の秘密を守る為にできることは、全部終わった」
「そう。だね」
新野さんが改心したにせよしなかったにせよ、秘密を話すことはアイの名誉を傷つけることに繋がる。
アイの信者としても、友達としても、彼女がそれを選ぶことはないだろう。
つまり、カミキヒカルが殺されて、私たちが共犯関係を結んでからずっと目指していた場所にようやくたどり着いたことになる。
(でも)
アクアくんの表情を窺う、
いつかの、一端は復讐が終わったと勘違いしていた時のような晴れやかさは無かった。
過去との決着がつけば、またあの時みたいに明るくて穏やなアクアくんに、なれるんじゃ無いかと思っていたのだが。
その顔は安堵や喜びより、もっと先を見ているようだ。
「あかね」
「え? なに?」
「今日はオフなんだよな?」
「う、うん」
考え事をしていたせいで返事が少し遅れるが、アクアくんは特に気にした様子もなく時間を確認した。
朝一番で留置所に着いて、面会自体は結局三十分と掛かっていなかったが、面会前にお父さんが色々と準備をしていたこともあり、もう十一時近くになっていた。
バスに乗って地元まで戻る頃には昼を過ぎているだろうか。
「じゃあ昼も近いし」
「うん」
お昼ご飯を食べに行こう。と続けるより早くアクアくんは柔らかく微笑んで、手を差し出した。
「パフェでも食べに行くか」
「え。──あ」
それは、かつて私たちが共犯者となることを決めたあの日、私から求めた見返り。
全部終わったら、また二人で一緒にパフェを食べに行こう。
そう、約束した。
「うん!」
私自身もう忘れていた約束を覚えてくれていたことが嬉しくて、私は大きく頷いて差し出された手を取った。
後始末の話を二、三話して本編終了
その後エピローグとして何話か書いて完結となりますのでもうしばらくお付き合いください