【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前話から数か月後の話
この話全体の後始末というか纏めのような話も入っているのでいつもより長めです


第101話 真相と報酬

 数か月前、新野冬子が供述を開始したというニュースは一気に日本中を駆け巡った。

 ずっと黙秘を貫いていた彼女が裁判前に語り出した以上に、その内容によるところが大きい。

 何しろ、これまで単なる被害者とされていたカミキヒカルが実は複数の行方不明事件に関わり、殺人の教唆までしたと言い出したのだから。

 

 発言当初は誰も信じず、むしろ自分の罪から逃れるための偽の供述だと思われていたが、彼女の供述通りの場所で、これまで行方不明とされていた人物の遺体が発見され、犯人も逮捕され始めた段階になると評価は一変した。

 

 ただし──

 カミキヒカルが直接関与していたという事実に関しては証拠は一つも見つからなかった。

 

 そうしている間にも、季節は進み冬の終わりに差し掛かった頃、俺は鏑木さんから呼び出しを受けた。

 

 

   ※

 

 

「いやぁ。忙しいところ悪いね」

 

「いえ。鏑木さんに比べたら」

 

 これは謙遜ではなく、ただの事実だ。

 ニノの供述によって状況が大きく変わったことで、15年の嘘をそのまま放送していいのかどうかも含め、鏑木さんが調整に忙殺されている話は聞いていた。

 そんな俺の労いに、鏑木さんは疲れた顔をしつつも楽しげに唇を斜めにした。

 

「まぁね。でもうちの単独出資ってのが有利に働いてる。しかも元からカミキくんを悪役として描写していた以上、内容に変更を加える必要もない。上は情勢を見極めつつではあるが、枠の拡大を視野に入れてる」

 

 放送回数も含めて自由に変更できる自前のネット放送局を持っているドットTVだからこそ出来る対応だ。

 

「それは良かった」

 

「ただ。君も知っての通りカミキくんのやっていたことに関しては証拠が無い。だからこそ、どこまで描写するべきか協議している」

 

「ええ。それに関してカントクと相談して該当部分のラッシュを仕上げてきました」

 

「話が早い。早速見せてもらおうか」

 

 データを入れたメディアを手渡すと、鏑木さんは用意していたパソコンにセットし視聴を開始した。

 

 

   ※

 

 

「……随分大人しく纏めたね。例のカミキくんがストーカーを唆すところは全部カットか」

 

 あくまでカミキが出ている部分だけを纏めたものだったこともあり、そう長く掛からず見終わった鏑木さんが、腕組みをしたまま眉間に皺を寄せて言う。

 世論の動きがカミキを糾弾する方に傾いている今、もっと派手な内容を期待していて、これでは物足りなかったのかも知れない。

 その気持ちは分かるが、しかし。

 

「証拠が見つからなかった上、当人はすでに死んでいる。仮に書類送検されても被疑者死亡で不起訴になりますから」

 

「疑わしきは罰せずってやつかい?」

 

 返答代わりに肩を竦める俺に、鏑木さんの鋭い視線が飛んできた。

 

「らしくないね。君が芸能活動を続けてきたのは全てカミキくんに復讐する為なんだろう? それには最高の機会だと思うけど?」

 

「……当人は死んでいて、今回の件で社会的にも抹殺されたも同然。これ以上は流石に過剰ですよ」

 

 映像を使って、アイツの本性を暴き社会的に抹殺する。

 それが子供の頃の俺が考えていた復讐だ。

 その意味では俺がやろうとしていた復讐は叶っている。

 例え、自身の手で叶えられなかったとしてもだ。

 

 アイツが生きていたのなら、もう一つ。

 アイの残したDVDを見せつけてアイツに後悔させてやるという復讐も考えてはいたが、俺たちが調べたカミキヒカルという男は、既に壊れてしまっていた。

 仮に生前のアイツに今頃になって見せたところで、アイの気持ちがもう届くことはないだろう。

 そして本人も死んでいる。

 この時点で、全ての復讐は完了したも同然だ。

 

「第一。ニノが供述する前からあんなシーンを撮っていたなんて知られたら、何でもっと早く公表しなかったんだって、また壱護さんが炎上するかもしれない」

 

 ニノとカミキの事件のせいで吹き飛んでしまったという方が近いが、壱護さんの炎上が大分落ち着いている今それは悪手だ。

 

「まあ、そうだろうね」

 

「それに。一つだけ仕込みを入れてあります」

 

 分かりますか? と挑発的に続ける俺に、鏑木さんはニヤリと笑う。

 

「ラストシーンだろ? 前見た時は、真っ暗で誰が演じてるか分からなかったけど、明度を調整したんだね。見る人が見れば、君が一人二役で演じているってことが分かる」

「流石」

 

 俺が菅野役としてアイを刺すシーンを演じたのは、自分が過去を吹っ切れているかを確認するためだったが、対外的な理由として、カントクには真犯人がカミキだと匂わせる為だと伝えていた。

 

 実際はあの時から片寄ゆらとの勝負を降りることを考えてカミキを犯人だと匂わせるシーンは全てカットし、菅野を演じた部分も鏑木さんの言うように明度を落とし完全に誰が演じたか分からないように編集するつもりだったのだが、今回の件が明るみになったことで、片寄も自分が狙われていたことも知っただろうし、匂わせるくらいならば文句は言わないはずだ。

 

「考察が好きな人種って言うのは、ああいうギリギリで分かる程度の匂わせを深堀して見つけ出す。それなら確証は無かったけど壱護さんはカミキが怪しいと思っていたって形に出来ます。このドラマを撮ったのもそれを世間に伝える為だったと。なんならニノを説得したのも、元社長として責任を感じた壱護さんが動いたおかげってことにすれば美談に持っていける」

 

 俺たちがニノに会いに行った際の会話記録は黒川さんの手で誤魔化された上、ニノが供述を開始したのもその後に行われた取り調べからとされているが、弁護士の交換や差し入れは壱護さんが行ったことになっている為、そのおかげでニノの心が動かされたということにすれば世間も騙せるだろう。

 

 もう一つ理由を挙げるのならば、カミキの会社や遺族から訴えられる可能性を下げる為でもある。

 カミキが複数の殺人事件に関わっているのが公然の秘密となった今、本来ならわざわざ訴えるようなことをしては火に油を注ぐようなものだが、事件に関わっていた証拠が一つも上がっていないこともまた事実。

 だからこそ、こちらが隙を見せたら、会社や遺族は自分たちの正当性を示すという意味も込めて、一か八かの賭けに出てくる可能性もある。既に息子に無関心であろう親はともかく、社長が犯した罪のとばっちりを受ける会社の人間達はこのまま黙ってはいられないだろうからだ。

 

「斉藤さんに随分気を使うね」

 

 おそらくはそうした意図も読んだのだろう。

 不敵に笑う鏑木さんに、俺もまた同じ笑みを返して続ける。

 

「あの人というか、あの人の能力にですね。これから先の苺プロには壱護さんのプロデュース能力が必要ですから」

 

 苺プロに出戻ったとはいえ、未だ他の社員が居ない隙を狙ってコソコソ仕事をしている状態だ。

 本人はドラマ放送が終わったら、外見を変えて改めて苺プロに戻ると言ってはいたが、言葉の端々からそれもあくまで限定的なものだと匂わせていた。

 炎上した人間が在籍していると迷惑が掛かると思ってのことらしいが、これからの苺プロというか母さんの負担を考えると壱護さんに本格的に戻ってきて貰った方が良い。

 

「B小町の為に?」

「まあ、それだけじゃなく苺プロ全体の為にも、馬車馬のように働いて貰わないと。というのが、うちの社長の指示なので」

「ははっ。馬車馬ね。どっちかっていうと飼い犬って感じな気もするけど」

「どっちでも同じことですよ。母さんから逃げられないって意味では」

 

 違いない。と互いに笑い合ってから、鏑木さんは思い出したように表情を真面目に戻した。

 

「ああ、ところで。例の映画監督の話。あれ、どうする?」

 

「話動いてるんですか?」

 

「もちろん。ただ、君がドラマ編集に集中している間に、キャストやら諸々の部分は大分進めちゃったよ? 仮に君が受けてくれるとしても、今回みたいに急な変更とかは難しい。話題性重視だから君の名前と顔も全力で使わせて貰うことになるけど」

 

 それでも良いか。と言外に告げてくる。

 ニノの件で図らずもドラマの注目度が上がっている今、主演でないにしろ渦中の人物であるカミキを演じた俺の注目度も跳ね上がる。

 鏑木さんなら、上手く活かす術をいくつも思いつくだろう。

 

「分かりました」

「……ふぅん? てっきり君はそういうの苦手かと思ってたよ」

 

 思いの外あっさりと頷いたことに驚いたのか、一瞬眉を寄せかけた鏑木さんはそれを誤魔化すようにタバコに手を伸ばした。

 

「まあ、得意ではないですが。今後のことを考えると顔売りにも慣れていかないと」

 

 俺の言葉に煙草を加えたまま、今度こそ驚いたように目を見開いた。

 

「ますます意外というかなんというか。君がこの仕事を受けるにしても、それは僕への恩を返すために仕方なくかと思ったけど……」

 

「なんですかそれ」

 

 実際その気持ちもある。

 これほど大きな借りを作ってしまったからには、断るような不義理な真似はできない。

 だが、それだけではない。

 

「だって五反田くんから聞いたよ? 君、大学受験するんだろ? だからてっきり仕事はセーブしていくと思ってたからさ」

 

 そう言えば、編集中探りを入れてきたカントクに話した覚えがあった。

 それを簡単に周囲に広める辺り、本当に口が軽いオッサンだ。

 

「大学には行きますけど、受験勉強しなくても入れる程度のところに行くつもりなので」

 

 前世で医大に合格しているとはいえ、遙か昔のことで記憶にはまったく残っていない。

 かといって今から受験勉強するやる気も余裕もない。

 

「じゃあ、大学行ってからも芸能活動は?」

「続けます。新しい夢、というか目標も見つかりましたから」

 

 俺の言葉に、鏑木さんは美味そうにタバコを吹かし、続いて手元の腕時計に目をやった。

 

「それはそれは。是非聞かせて貰いたいところだけど、上からドラマの件でせっつかれてて、今は時間が無くてね。映画の件も含めて詳しい話はまた今度にしよう」

 

「はい。残りの編集も終わり次第連絡します」

 

「ん。よろしくね」

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

 まだタバコを吸っている鏑木さんを残して、部屋を出ようと席を立つ。

 

「あ。そうだ」

 

「はい?」

 

 振り返った俺に、鏑木さんはタバコを灰皿に押し付けてから立ち上がると手を挙げた。

 

「これからよろしく頼むよ。アクア監督」

 

 ニヤリと笑う鏑木さんの言葉に、俺も同じ笑みと共に手を挙げて答えた。

 

「こちらこそよろしくお願いします。鏑木プロデューサー」

 

 再度挨拶し合って、改めて前を向く。

 これで俺の復讐の後始末が一つ終わった。

 同時にもう一つ、これまで棚上げにしていたことを済ませるべく、俺は気合いを入れ直した。

 

 

   ☆

 

 

 いつもの場所で、いつものように、君はぼうっと海を眺めている。

 見慣れた後ろ姿も、今日はどこか力が抜けているように見えた。

 

「やあ」

 

 その後ろ姿に声を掛けながら隣に並ぶ。

 

「おう」

 

 隣に立つと視線だけこちらに向けて挨拶を返す。

 ぶっきらぼうではあるけど、いつも張りつめている声も少しは穏やかになっていた。

 

「今日はどうしたんだい? 答え合わせにでも来たのかな?」

 

 私の問いかけにフンと鼻を鳴らす。

 

「もう答え合わせの必要はない。いや、最初から必要なかった。お前、ニノがああ言ってくること、分かってたんだな」

 

「ふふっ。ようやく気づいたんだ。そうだよ? さんざんヒントを出してあげたのに君と来たら。結局最初から最後までカノジョにおんぶにだっこだったね」

 

 展望台の柵に身を預けながら、面会でのやり取りも見させてもらった。と暗に告げて煽ってやると、彼の表情が嫌そうに歪む。

 

「うるさい。……ついでに、もう一つ聞かせろ。例のブログをカミキに教えたのは──」

「うん。それも私がやった。私の信奉者みたいな人を使ってね。旧B小町の大ファンだってことにして、誰にも知られていない秘密のブログがあるって教えてあげたんだ」

 

 もともと彼の殺人の動機は、年々薄れつつあるアイの存在を感じることだった。

 そんな彼だからこそ、当時のアイの触れられるものなら無条件で飛びつくことは分かっていた。

 その上で、記事の中身が彼の知るアイではないと知ってどんな行動を取るのかも。

 

「……そうか」

 

「なんでそんなことをしたか。とは聞かないの?」

 

 ニヤニヤ笑う私に、冷たい視線が刺さる。

 

「俺たちの行動も含めて、どうせそっちの方がお前にとって都合が良いからなんだろ?」

 

 吐き捨てるような声に、私は不敵に笑い返して首肯した。

 

「そういうこと。だから恩義を感じる必要はないよ」

 

「ふん」

 

 そうそう。

 私の前で見せる君の顔はこういう方が合っている。

 私たちは友達じゃないし、共犯者でもない。もちろん家族でもないのだから。

 ただ──

 

「ねぇ?」

「ん?」

 

「君は、自分が正しい選択を出来たと思うかい?」

 

「なんだそれ?」

 

「いいから答えて」

 

 私の声から真剣に聞いていると気づいたのか、彼の表情が変わり、一度視線を外すとじっと水平線の向こう側を見た。

 やや長い沈黙の後、そっと目を伏せる。

 

「結果だけ見れば、良い選択が出来た。でも、この結果にたどり着くまでの間に、俺は人に助けられ過ぎた。そういう意味で正しい選択だったかどうかは、自信が無いな」

 

「またそういうことを言う。君は母親に似て本当に人に頼るのが下手だね。いや、下手だった、かな? 良いじゃないか。君だっていろんな人を助けてきたと思うよ? そのお返しを貰ったと思えば」

 

「そういう訳にいくか。俺がこれからやっていくことを考えたら、なおさらな」

 

 どうせそれも知っているんだろ。と言わんばかりの台詞に、私も当然とばかりにニヤリと笑う。

 

「さっきプロデューサーさんに言おうとしてた新しい夢? ずいぶん高い目標を掲げたものだね」

 

「だからこそ、これから助けて貰った分を返していかなきゃならないんだ。積み上げていくのはそれからだ」

 

「ふーん」

 

 まったく、こういうところはいつまで経っても変わらない。

 呆れる私に、ずっと海を見ていた視線を顔ごとこちらに向けた。

 

「つーわけで、不本意ながらお前にも借りが出来たのも事実だ」

「だから私は──」

 

 私の為にしただけ。と続ける間にピシャリと言い切られる。

 

「お前の意図がどうあれだ。そのおかげで俺は、大切なものを手放さなくて済んだ。だから、借りは返す。なんかあるか?」

 

 有無を言わさぬ態度に私は諦めの息と共に肩を竦めた。

 

「ハァ。ま、考えておくよ」

 

「あっそ」

 

「……順番が逆だしね」

 

 君に。君たちに助けてもらったのは私の方が先なのだから。

 

「なんか言ったか?」

 

「何でもない。じゃあ私はもう帰るよ」

「……今日は送ってけって言わないのか?」

 

 柵に乗せていた足を下ろして身を翻す私に、怪訝そうに問う彼のポケットを指差した。

 

「そろそろ電話が掛かってくるからね」

 

「電話?」

 

 私の言葉を合図にしたように、彼のスマホから着信音が響き出す。

 

「あかね?」

 

 画面を見た彼が怪訝な顔をした後、こちらをジロリと睨む。

 私が何かしたと思っているのかもしれないが、それは見当違いだ。

 小さく肩を竦める私を訝しみつつ、電話に出た。

 

「もしもし? ああ。大丈夫だけど」

 

 恋人と話始めた途端、彼の表情が穏やかなものとなる。

 私の前ではいつも険しい顔か不機嫌な顔をしてばかりの彼らしくない、優しい笑顔。

 

「ぁ」

 

 小さく感嘆の息が漏れる。

 やっと、見たかったものが見れた。

 

 私は彼の顔を見つめたまま、ゆっくりと後ろに下がる。

 この場ですぐに姿を消しても良かったけど、もうちょっとだけ、彼の顔を見ていたかった。

 

 転生で与えられた雨宮吾郎の記憶と意志、そしてアイとカミキから受け継いだ遺伝的な要因の二つが生み出す、ゴローとアクア、二つの視点と役。

 それらに振り回されて苦しみつつも、いつも自分じゃない誰かの為に頑張って、手助けしつづけていたお人好しの十七歳の少年。

 いつのまにか、笑い方すら忘れてしまった『星野アクア』が心から笑っている姿。

 ずっと、この笑顔を直接見たかった。

 

 彼らに手を貸し続けてきたのも、それが理由だ。

 

 私はずっと、復讐に全てを費やして、荒み続けていく彼のことを見てきた。

 それが彼の使命に繋がる以上、私にはどうすることもできなかった。

 だから最初、君が勝手に復讐は終わったものだと憑き物が落ちたような顔を見せた時は正直呆れたし、正しい運命に戻そうと介入を決意した。

 

 でも、復讐を忘れて明るくなった君の顔が、とても嬉しそうで。

 昔の君とタブって見えたから。

 

 その笑顔を、幸せそうな日々を、カミキヒカルが生きていると気づくまでの幻にしたくなくなった。

 同時に、私自身の眼でその顔を見たくなってしまった。

 

 本来それは私の領分ではない。

 むしろ、彼女らを正しい運命に導く私の役割からは逸脱している。

 でも、このままカミキヒカルを退場させて、君たちを本当の意味で再会させれば、もしかしたら……

 

 そんな風に思ってしまったのが、私が動いた理由。

 いくつかの介入によって、運命は大きく捻じ曲がった。

 でも、実際のところ、その結果は私の予想とは全く違った。

 

 君は前世のことを知っても星野ルビーじゃなくて、あの女優さんを共犯者にしてしまった。

 その上、復讐まで続けようとした。

 

 なんとか軌道修正しようとルビーに接触して焚きつけてみたりしたけど、結局君と彼女の絆を強める結果に終わったのには正直呆れたものだ。

 

 でも、彼女と愛を育む中で、君はよく笑うようになった。

 よく笑い、人を頼り、素直な気持ちを伝えられるようになっていった。

 

 予定とは違うけど、それなら、それでも良い。

 あの子にはちょっと可哀そうだけど、彼女はとても強い子だから、きっとこれをバネにして高く飛んでくれるだろう。

 

 いつの頃からか私もそんな風に思えるようになった。

 だから、復讐を本当の意味で終わらせることにも手を貸してあげた。

 その報酬が、あの笑顔だとすれば……うん。

 

「良いものが見れたよ」

 

 同時に、これで彼と私が関わる理由はなくなった。

 私が何を言うまでもなく、君はこれからも自分の使命を果たしていくことだろう。

 

(だから、さようなら)

 

 声には出さず呟いて、その場を去ろうとした直後、電話をしていた彼が何かを感じ取ったようにこちらを見た。

 気づかれないまま消えるつもりだったのに。

 変なところで勘が良い。

 

 仕方なく私は持ち上げた手を軽く振って挨拶する。

 そんな私に一瞬怪訝そうな顔をしたかと思うと、彼は電話の向こうに何事か呟いて、スマホを手で覆う。

 

「ツクヨミ」

 

 その表情は恋人と話している時とは違ういつもの仏頂面だったけど、余韻が残っているかのように声が少し優しくなっていた。

 

「なに?」

 

 動揺を隠して首を傾げる私に彼は手を持ち上げた。

 

「またな」

 

 思わぬ言葉に虚を突かれた。

 たぶん彼は何も考えていない。

 さっき私にも借りを返すと言っていたから、その流れでまた会うと思っているだけだ。

 その証拠に彼はもう私から目を離して、恋人との電話を再開させていた。

 

 知らず笑みを形作ろうとしている表情を隠すように私は口元に両手を当てると、ついでとばかりにそれをメガホン代わりにして声を張り上げる。

 

「またねー! アクアお兄ちゃん。愛してるよー」

 

 子供特有の甲高い声は、きっとこの距離で、スマホ越しでもよく響くことだろう。

 その証拠に彼は思い切り肩をビクつかせて動揺した。

 

「ばか! お前っ。……いや、違うぞあかね、あれだ。俺のファンが居て」

 

 慌てて弁明を始める彼を後目に、私は背を向けて歩き出す。

 頭上でカラスが鳴き声を上げた。

 

「いいの。今日は歩きたい気分だから」

 

 自分でも分かるくらい浮ついた声で答えて歩き出す。

 翼のない今の姿でもそのまま飛んでいけそうなくらい、その足取りは軽やかだった。




この話のツクヨミはルビールートを期待して行動していましたが、結果あかねとの絆を深めることになってしまったこともあり、あかねに対して若干思うところがあります
心の中でも頑なにあかねの名前を呼ばないのはそのためです
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