【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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本編最終話


第103話 二人で歩む道

 あかねが雨宮吾郎のことを持ち出した時、俺の脳裏に浮かんだのは、納得だった。

 感付いていた訳ではない。

 むしろ全く想定外だったが、あかねなら気づいても不思議はないと思えたからだ。

 

 それは単純にあかねの推理力によるものではなく、そもそも彼女にそれらの答えを導き出せるくらい俺やルビーのガードが緩くなっていたからだ。

 だからこそ、それを聞いても動揺せずに答えられた。

 

「前にも話したろ。それは俺じゃなくて、どっかの人に合わせることしか出来なかった男の夢だ」

「でもそれは──」

 

 気付かれていることを理解した上で、敢えて流すが当然、それでは納得しない。

 そんなあかねに俺は苦笑と共に告げる。

 

「人の心はどうやって形作られるんだと思う?」

「え?」

 

「過去の記憶、遺伝的な要因、周囲の環境、あとはまあ、特殊な事例ではあるけど、演技とか考察で人の心に触れたことで自分に影響が出ることもあるか。俺はそれら全部が混ざり合って心を作るんだと思う」

 

 最後に関しては、狙って実行できるのは俺の知る限りあかねくらいのものだが、普通の役者でも役に入り込みすぎて日常生活に影響が出るというのはよく聞く話だ。

 普通はそれを観測し思考できる人格が同一であるため深く考えることはなく時間と共に元に戻っていくが、俺の場合、雨宮吾郎の記憶と意志を受け継いだまま生まれてしまったことで、俺の中には常に、雨宮吾郎と星野アクアの二つの視点が存在していた。

 そのせいで自分の気持ちに自信を持つことが出来ず、ずっともう一人の自分に責められているような罪悪感を感じ続けていた。

 

 でも、いつの頃からかそうした視線を感じることはなくなった。

 最初は、過去と決着をつけたことで、前に進めたからこそだと思っていたが、そうじゃない。

 俺が勝手に、二つの心があると思い込んでいただけだ。

 実際、俺と同じくさりなちゃんの記憶と意志を持っているルビーがそうしたことで悩んでいるところは見たことがない。

 

 結局のところ、どんな記憶を持っていようと今の俺は星野アクアという高校生なのだと、ようやく確信が持てた。

 だから……

 

「今の俺が抱いた夢は、他の誰でもない俺だけの夢だ」

 

「夢?」

 

 そう言えば、あかねにはまだ伝えていなかった。

 

「ああ。この世界が綺麗なだけの場所じゃないなんて、誰だって知ってる。そんなところで生きていく以上、いつトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃない。特に芸能関係者からのトラブルは事務所間の力関係とか、立場が関わってくるから面倒になりやすい」

 

「まあ、そうだね」

 

 納得したように頷くあかね。

 いったい、何を思い出しているのか。

 もし今回の受賞で、コナを掛けてきた業界人が居たのなら、後で詳しく聞き出しておこう。

 と硬く刻み込んでから続ける。

 

「だからこそ俺はこの芸能界で上り詰めて、確固たる地位を手に入れる。今度こそ俺の大切な人たちを、あかねを守れる力が欲しい」

 

 宮崎でしたあかねを守りたいという約束。

 あれからお互いに色々変わったけど、その気持ちだけはずっと変わっていない。

 

「それが、アクアくんの夢?」

 

 あかねの声と表情が憂いを帯びているのは、この期に及んで俺がまだ自己犠牲しているように見えたからだろう。

 そんなあかねを安心させようと、手を伸ばし、あかねの頬をそっと撫でる。

 

「ただ、勘違いするなよ。前みたいにどんな手段を使ってでも無理やり上り詰めるって訳じゃない。そんなやり方ばかりしてると余計な敵を作ったり、変な借りを作るだけ想定外のトラブルに巻き込まれるからな」

 

 出る杭は打たれるとはよく言ったもので、どれほどの才能を持っていても、目立ちすぎると必ず目を付けられる。もちろん、それを恐れるあまり大人しくしすぎてるとそのまま埋もれてしまって何時まで経っても望む物も得られないのでは本末転倒なのである程度はそうしたリスクを承知の上で踏み込まねばならない場合もあるが。

 それをはねのけるには、既に評価を受けている業界人を頼るか、打たれる覚悟でさらに目立って突き抜けるしかないが、どちらにしても無傷ではすまない。

 

 結果、傷ついた自分を正当化するために、自らも周りに同じことを繰り返す。

 その積み重ねと連鎖が、芸能界の闇と呼ばれるものの正体だ。

 それでは、何の意味もない。

 

「だから俺は、正攻法で一歩一歩着実に上っていく。つっても、俺の才能じゃどれだけ掛かるか分かったもんじゃないけどな」

「そんなこと……」

 

「自虐じゃない。俺はお前やルビー達と違って一つの分野に集中する専門タレントより、広く浅くいろんな手段を使うマルチタレントの方が得意ってだけ。だから役者も続けるし、映画監督としても活動する。バラエティの方も既に下地は出来てるから仕事取りやすいだろうし、後は経営も含めて、プロデュース方面にも興味ある」

 

 つらつら今後の計画を語る俺をあかねは目を丸くして見つめていた。

 

「そういうやり方でも、この世界で上り詰められるって証明する。これはこれでやりがいもあって楽しいと思う」

 

 その結果みんなを、あかねを守ることに繋がるのなら、やらない理由がない。

 俺の夢を聞いた後も、あかねは至近距離からじっとこちらを見つめ続けた。

 

 嘘を付いていないか見抜こうとしているようだが、視線を逸らす必要はない。

 これは嘘偽りない本心なのだから。

 

 そう思ってまっすぐあかねを見つめ返すが、その瞳の奥に映る俺自身の姿を見た瞬間、俺は知らず視線を逸らしていた。

 

「そっか。……うん! 分かった、それなら私も協力する」

 

 そんな態度をあかねが気づかないはずも無いだろうに、彼女は明るく宣言する。

 

「協力って」

 

 訝しむ俺にあかねはフフンとどこか子供っぽい表情を形作る。

 

「だって、私だけが守られるなんてフェアじゃないよ。私だって、アクアくんを守りたいもん」

 

 こんな時でも対等を望むあかねの頑固さに、思わず笑いが溢れた。

 

「分かった。じゃこれは俺たちの夢だ」

 

「うん」

 

 ゆっくりと噛みしめるように頷いたあかねは、そのまま体を預けてきた。

 柔らかく温かい彼女の体を抱き寄せながら、手を首元に移動させて髪を後ろに流す。

 

「ん」

 

 甘い吐息と共に顎をツイと持ち上げる。

 

 普段とは違うメイクのせいか、それとも授賞式の余韻が残っているのか、いつも以上に強く吸い込まれるように輝く瞳を見つめながら、俺もまたゆっくりと顔を近づけ、唇が触れる瞬間──目を伏せた。

 

 

  ・ ・

 

 

 体を包み込む温かさと、甘ったるい虚脱感。

 そして少しの圧迫感の中で、私は目を覚ました。

 目を開けた直後、飛び込んできたのはこちらをじっと見つめているアクアくんの綺麗な瞳だった。

 

「……なんで見てるの?」

 

 てっきりアクアくんはまだ寝ているものだと思っていただけに、驚きつつも態度には出さす問いかけると、アクアくんは微笑んだまま答えた。

 

「ん。綺麗だなって」

「~ッ!! またそうやって、私のことからかって楽しんでるんでしょ?」

 

「そうじゃなくて。あかね自身もそうだけど、眼がさ」

 

 額に張り付いていた髪をそっと撫でるように払い、私をのぞき込む。

 

 眼のことで言うのなら私よりアクアくんの方がずっと綺麗だ。

 色素の薄く、青みかがった瞳は、彼の本名であるアクアマリンの宝石を思わせる。

 そんな私の気持ちを伝える前に彼は続ける。

 

「いや。あかねの眼の方が綺麗だよ。最近は特に輝いて見える」

 

 アクアくんらしくないストレートな物言い。

 まだ寝ぼけているみたいだが、そんな剛速球をぶつけられる方はたまったものでは無い。

 恥ずかしさを誤魔化すように私は明るく答えた。

 

「あー、それ。いろんなところで言われる。もうアイさんの演技してないんだけどね」

 

 あはは。と照れ笑いを浮かべるとアクアくんは小さく鼻を鳴らした。

 

「役者というか、芸能人としては最高の資質を持ってる証みたいな物なんだろ?」

 

「そうらしいね。嘘を真実だと思い込まさせる眼なんだって」

 

 金田一さんが以前から言っている言葉であり、今日──昨日の打ち上げでも社長たちに私が躍進した理由の一つとして語っていたが、それを悪用していた人物を知っているだけに、複雑な気分だ。

 

 私自身そんな使い方をするつもりはないが、知らず知らずのうちにということもある。

 そんなことを考えている私をじっと見つめていたアクアくんの瞳が一瞬揺らいだ気がした。

 けれど直ぐ元に戻り納得したように頷く。

 

「あー。そっか」

「?」

 

「昔の俺は、何でも一人でやろうとするタイプだったんだけど」

「今も割とそういうところあるよ?」

 

 以前よりは人に頼るようになったとは言え、昨日話してくれた夢も私が聞かなければ、一人でやろうとしていたに違いない。

 

「……まあそれはともかく。そんな俺が、なんであかねが共犯者になるって言った時、素直に受け入れたのかなって」

 

「その言い方だと乗り気じゃなかったみたい」

 

 唇を尖らせる私にアクアくんは困ったように笑う。

 

「そりゃ、恋人を復讐に巻き込むのを喜ぶ奴はいないだろ」

 

(まあ、それはそうか。私だって、出来れば止めたかったし)

 

 声には出さず納得するが、それが眼の話にどう繋がるのか。

 共犯者になる際は、別に嘘を吐いた覚えはないが……

 とそこまで考えたところで、さっきまで考えていた別の使い方をしていた人物のことが頭をよぎる。 

 

「もしかして。私がアクアくんを操った。とか言うんじゃないよね?」

 

 カミキヒカルのように。とは流石に口にしなかったが、私がそう言いたいのだとは理解したのだろう。

 アクアくんは明るく笑って首を横に振る。

 

「そうは言わないけど。結局カミキも、アイも。そういう素質を持っていても、幸せになることは出来なかった」

 

 カミキは言うまでもなく、アイに関しても、二人を産んでからの数年間は間違いなく幸せだったと思うが、結局その眼に振り回されて嘘で自分も周囲も塗り固めてしまったせいで信者のような人を作ってしまったからこそ、ああ言う結果になったのは否定できない。

 

 アクアくんからすれば、この瞳は芸能人として成功を約束された福音ではなく、呪いに近いものなのかもしれない。

 

「でも、実際は眼がどうこうじゃなく、使い方次第なんだなって」

 

「使い方?」

 

「ああ。少なくとも俺がこうして幸せを掴めたのはそのおかげかも知れないし」

 

 言いながら、アクアくんが私を抱き寄せる。

 細身ではあるけど、やっぱり男性であるアクアくんの身体は私とは違う。力強くて、安堵感と共に幸せに包まれる。

 でも。

 

「なんか。誤魔化されてる気がする」

 

 多幸感に抗いながら、下からじっと睨めつけるが、アクアくんは困ったように声に出して笑う。

 

「はは。そんなことないって」

 

 明らかにそんなことある気がするが、彼のこういう屈託ない顔は何気にレアだったりするので見逃してあげることにした。

 

 それに、言葉にしなくても私はアクアくんがなんで突然あんなことを言い出したのか、想像がついていた。

 

 アクアくんが教えてくれた新しい夢。

 大切な人たちを守るため、この芸能界で確固たる地位を確立する。

 そのためにあの眼は大きな武器となる。

 

 ただ、それを上に行くために使うのでは意味がない。

 自分の弱みを作らないために正攻法で上り詰めるには、嘘で塗り固めた方法では逆効果だ。

 だからこそ使い方は考えなくてはならない。

 逆に言えば、使い方さえ間違わなければ、今後も武器として活用していくつもりだったのだろう。

 でもそれが正しい選択なのか、まだ信じ切れていない。

 

 さっき私から視線を逸らしたのも、嘘を吐いていたからじゃなく、知らず知らずのうちに私のことを操ってしまうのではと危惧したからだ。

 そうやって、いつか自分もカミキヒカルのような人間になってしまうんじゃないかと、心のどこかで恐れている。

 

 確かにアクアくんは過去との決着を付けたことで前に進むことが出来た。

 でもだからと言って、過去のトラウマを完全に忘れ去ったわけではない。

 

 そもそも大切な人を守ることを自身の夢としている時点でそれは明らかだ。

 これは、ある意味当然のこと。

 

 心に負った傷がとても治りにくいのは、私もよく知っている。

 私だって今ガチの時に誹謗中傷された後はしばらくあの時の夢を見た。

 でも──

 

「ね。アクアくん」

 

 敢えて明るく笑いかける。

 

「ん?」

 

 だからこそ私は知っている。

 この傷を治すのに大切なのは、時間ともう一つ。愛する人が傍にいてくれることだと。

 

 大丈夫。

 貴方の傍には私が居て、時間だって、これからいくらでもあるのだから。

 

「ん」

 

 眼を伏せて、小さく顎を持ち上げる。

 私はいつもキスの時、眼を瞑らない。

 それは単純にアクアくんの顔を見ながらするのが好きだったからだけど、今だけは別だ。

 

 これは私なりの意思表示。

 眼がどうとか、スター性とか、前世とか、そういうのとは関係なく、私はどんなアクアくんでも好きだと伝えるために。

 

「ふっ」

 

 安堵のような、喜びを噛み締めるような吐息が漏れ、私の頬に手が触れる。

 

「俺を救ってくれて、ありがとう」

 

 その言葉だけで、アクアくんに私の気持ちが伝わったことを理解する。

 五感の一つが縛られたことによって、より敏感になった唇が触れ合い、甘い痺れが伝わってきた。

 

 その瞬間だけはお互いに、芸能人の星野アクアと黒川あかねではなく、ただの高校生の恋人同士に戻れたような、そんな気がした。

 心の底から愛おしい彼を、独り占めして、私自身も彼だけのものだと伝えるように、彼の身体を強く抱きしめて告げる。

 

「まだまだ。私たちが幸せになるのはこれからだよ」

 

 多分、本当の意味で君を救うまではまだ少し時間が掛かるのだろう。

 でも私には確信がある。

 

 私たちが自ら手繰り寄せ、掴み取ったこの道の先には、きっとたくさんの愛と星のような輝きに満ちているということを──




これで本編完結です

この後は三、四話程度のエピローグを予定しています。
最終章は主にアクアとあかねに焦点を当てていましたが、元々群像劇を目指していたのでエピローグは幕間のような大人数が登場する全部まとめて一つの話にする予定です
なるべく纏めて投稿したいので少し時間が空くかと思いますのでよろしくお願いします
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