【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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エピローグは全四話、最終話からおよそ二年後、アクアたちが二十歳になる直前の頃です
この話で出てきた登場キャラのその後を淡々と見せる、ゲームや映画のエンディングムービーのイメージで書いているので会話メインで話が進みます


エピローグ
第104話 月に導かれた日、いつもの日・朝


「おはよう」

 

 三階にある自室からアクアが寝ぼけた声と共降りてきた。

 

「おはよう。アクア」

 

 笑顔で言って、用意していた朝食を持っていこうとすると、アクアがリビング内を見回す。

 

「ルビーは?」

 

「今日は朝から打ち合わせで、もう出たわ」

 

「アイツも大変だな」

 

 軽く言いながら、こちらにやってきたアクアは、そのまま朝食が乗った盆を受け取る。

 

「母さんは?」

 

「……そうね。私も食べとこうかな」

 

 本当は後に回そうと思ってたけど、最近お互い忙しくて一緒に食事も取れていない。

 ルビーが居ないのは残念だが、久しぶりに親子の団らんと洒落込もう。

 

「アクアは今日午前中は鏑木さんと一緒よね?」

 

「ああ、番宣。迎えにきてもらうことになってるから先に事務所に行く。しかし、監督ってのは撮影終わっても忙しいんだな」

 

 アクアの初監督作品は、資金繰りから配給会社決定、撮影、編集まですんなりと進行した。

 

「アクアは特に露出多いものね」

 

 普通の監督と異なり、若いイケメンタレント兼監督という売りを最大限活かす意味合いもあり、本来ならプロデューサーや主演だけでやるような仕事にも駆り出されているらしい。

 

「上手く行ったら二作目も今回と同じ座組でって皮算用してるみたいで、ぜんぜん関係ない会社とかにも顔出ししてるからさ」

 

「まぁ、今の時代じゃ映画にお金出す人って少ないでしょうし、顔売っておくに越したことはないでしょうね」

 

「ちなみに、次は苺プロも出資してくれたりは?」

 

「えぇ。うーーん」

 

「いや、そんなマジに考えなくてもいいよ。冗談だから」

 

「いやだって。一作目の時は出せなかったし。でも今はねぇ」

 

 一作目の時は、資金繰りにはそれほど困っていなかったこともあり特に声は掛からなかったが、それは主演のおかげもあったのだろう。

 次はそうした後押しがあるかも分からないのだから、出来れば手を貸したいところだが、今は事務所の引っ越しもしたばかりで時期が悪い。

 

「いいって。まだ別に何も決まってないし。だいたいB小町のツアーも決まってるんだから」

 

「ツアーは知名度上げには最適なんだけど、儲けは微妙なのよねー。一応MEMさんとも相談してグッズとか有料配信に力は入れようと思ってるんだけど。どうなるか」

 

「じゃ、それが上手く行ったら考えてくれ」

 

「そうね。あ、ところで今日の夜は?」

 

 最近のアクアは、鏑木Pと行動を共にすることが多く、かなり遅くまで仕事をしている。

 昨日も夜中近くに帰ってきてそのまま眠ってしまったらしく、こうしてゆっくり顔を合わせること自体久しぶりだ。

 

「ああ。今日は……」

 

 バツ悪そうな言葉に全てを察して頷く。

 

「分かった。無理しすぎないでね」

 

 私の返答に、アクアは少し考えるような間を空けてからカレンダーに目を向けた。

 

「……週末はちょっと時間出来るから。日曜日久しぶりにみんなで飯にしよう」

「ふふ」

 

 ぶっきらぼうにご機嫌取りするような言い方は、ちょっと壱護に似ていた。

 

「なんだよ」

 

「んーん。何でもない。早く食べちゃいなさい。あ、夜の撮影分の元気は残しときなさいよ。一応立ち合いは壱護がするけど、時間取れたら私も行くから」

 

「いや、来なくていいよ。マジで」

 

 イヤなことを思い出したとばかりに顔を歪ませる。

 朝ルビーが出ていった時とは真逆の表情がおかしくて思わず笑ってしまった。

 

 

   ☆

 

 

「あ」

 

「おー、アクたん」

 

 事務所の入り口から入ってきたアクアを見て思わず声を上げると、向かいに座っていたMEMも手を挙げた。

 

「お。ここで会うのは久しぶりだな。何してんだ?」

 

 社長やアクアたちの自宅と繋がっていた前事務所ならばいざ知らず、この事務所に越してきてからは全員忙しくなったことも合わせてアクアとも中々会う機会が無かった。

 

「ツアーの打ち合わせ。今から少しずつでも進めとかないと大変なのよ。私たち全員が揃う時ってなかなか無いから」

 

「今日もルビー居ないしねぇ」

 

「私もこの後ドラマの顔合わせだから、それまでに決められることはちゃっちゃっと決めないと」

 

「おっ。いよいよだね、地上波進出。頑張ってねぇ、かなちゃんの名前が売れたらそれだけツアーの成功率も上がるんだから」

 

 この二年近く、私は映画やネットTVでのドラマなどに出演していたが、地上波には恵まれ無かった。

 ようやく巡ってきたチャンスを取り逃がすつもりは無い。

 

「任せときなさい。ここでの成功を皮切りにドンドン露出増やして狙うは月9女優よ!」

 

「まあ、最近は月9もそこまで特別感ねーけどな」

 

「うっさいわね! アンタもいつまでも監督ばっかやってないで役者に復帰しなさいよ」

 

 殆どヤケクソ気味に言った台詞にアクアは小さく笑って頷いた。

 

「分かってるよ。俺だっていつまでも監督だけに集中してるつもりはない」

 

「フン。そうこなくっちゃ。アンタもあかねも纏めて叩き潰してやるわ」

 

 なんだかんだアクアとは何度か共演したが、どれも役柄的に絡むことが少なく、勝負と呼べる形にはならなかった。

 私にとってアクアは生まれて初めて敗北感を植え付けられた相手でもある。

 女優として上り詰めるにあたり、一番最初に借りを返さなくてはならない。

 そんな私の意気込みにもアクアははいはい。と軽く流してからMEMを見て話を変えた。

 

「MEMは配信とグッズの方もやってるんだって?」

 

「そうそう。いやぁ。私こっちの方向いてるのかも。もともとセルフプロデュースでここまで来たからねぇ。アイドルやりきったらプロデュース方面でやっていこうかなぁ」

 

「その前に例の自称JDへの道の方でしょ? 今年こそ受かってよね」

 

 一昨年、いい加減年齢詐称問題をどうにかすべく、MEMは公式放送で、年齢を鯖読みしていたことを白状した。

 そこである程度の事情と自称JKを卒業して今度は自称JDになるべく、大学受験にチャレンジすると宣言した……のだが、一年目、二年目と連続して受験に失敗してしまった。

 

 特に一年目は当時アクアもちょうど受験だったこともあって(アクアはAO入試であっさり進学したが)開催されたお疲れさま会の居たたまれなさは今でもよく覚えている。

 あんな空気は二度とごめんだ。

 

「分かってるってばぁ。ちゃんと勉強してるから。あとぉ志望大学のランクも落とそうかなぁって」

 

「それはやめといた方いいぞ」

 

「そうね。何年掛かってもやるって言った手前あれこれいう奴出てくるでしょうし」

 

「だよねぇ。ハァ、地道に頑張るかぁ」

 

 私たちの指摘はMEMも最初から分かっていたのだろう。あっさりと撤回して、代わりにがっくり項垂れた。

 室内に流れる重苦しい空気を払拭するため、再度話を変える。

 

「ところでアクア。あんた、ツアーのどの公演見に来るの? やっぱり東京?」

 

 全国八ヶ所を回るツアーだが、当然関係者枠として、アクアの分の席は用意するつもりだ。

 しかし、ちょうど仕事の予定が不透明な時期だったこともあり、どの公演を見に来るかは決まっていなかった。

 

「……いや、宮崎」

 

「宮崎? なんでまた」

 

「日程的に、ちょうどあかねが休み取れるのがそこだけなんだよ。俺の方も調整利きそうだから」

 

 ほんの少し言いづらそうに答えるアクアに、私は分かりやすく鼻を鳴らす。

 

「はいはい。ごちそうさま」

 

「自分から話題振っといて」

 

「ふん。じゃあ連番で席取っといてあげるわよ」

 

「悪いな」

 

「その代わり」

 

「ん?」

 

 私はピンと張った指をアクアの鼻先に伸ばして告げる。

 

「その時はいつぞやみたいに箱推し気取りでサイリユウム全色持ってこないで、一色だけにしなさい」

 

「なんだそれ」

 

「別に。ちょうどいい機会かなって」

 

「?」

 

 不思議そうにしているアクアだったが、その後すぐ鏑木さんから連絡が入り、そのまま事務所を後にしていった。

 

「……かなちゃん。いいの?」

 

 二人きりになってから、黙っていたMEMがおずおずと切り出してきた。

 以前私たちが決めたドーム公演前に達成する目標。

 最初はアクアをB小町推しにするというものだったが、いつの間にかB小町のファンにした上で、メンバーの誰を推すのかという勝負に変わっていた。

 といってもMEMは本気でアクアが自分推しになるとは思っていないようで、形だけの参戦で実際は私とルビーが競い合っている。

 

「このツアーが成功したら、次はいよいよドームが見えてくる。私の夢はそこまでだから、ケリをつけるにはちょうど良いでしょ」

 

「いや、そうじゃなくてさ。あかねが一緒の時だと、その……」

 

 言葉を濁すが、MEMはなんだかんだ顔に出やすい。

 なにを言いたいのかは分かる。

 

 アクアが一人で見に来るならまだしも、あかねと二人で見に来た場合、心情的にかつて恋敵であった私のサイリウムを恋人の前で振るような真似をアクアがするとは思えない。

 まして宮崎はアクアだけでなくルビーにとっても思い出の地。

 必然的に(ルビー)を選ぶ可能性は高いだろう。

 

「いいのよ」

「かなちゃん」

 

 それが分かった上で、いずれ卒業する私がルビーにアクアの推しの子の座を譲ったように見えたのかもしれない。

 慰めようと伸びてきたMEMの手が到達する前に、私はニヤリと笑って宣言する。

 

「そういう逆境の方が私は燃えるのよ。見てなさい。あのバカップルが揃って白のサイリユウムを振ってるところを芸能ニュースの一面にしてやるから」

 

「えぇー」

 

「あ。ついでにアンタも宮崎に呼んだら?」

 

「え? 誰を? 今ガチのメンバーなら東京公演見に来るって言ってたけど」

 

「じゃなくて、もう一人いたでしょ。仕事忙しすぎてどの公演見に来るか決めてない奴」

 

「あー」

 

「本人に言いづらいならアクア経由で打診したら? あいつ今日映画の番宣って言ってたし一緒でしょ」

 

「監督と主演って一緒に番宣するの? ドラマの時はカントクさんとあかねはインタビューとかも別口だったよね?」

 

「場合によるでしょうけど、今回はそれが売りだもの。監督と主演どっちも高校生。まあ結局封切り前に卒業しちゃったけど。だからこそセット感を売りにした宣伝するんじゃない?」

 

 ほら。と言いながらテレビやラジオより先に、宣伝が始まっている映画雑誌の特集ページを見せる。

 二人が並んで映画に掛ける意気込みを語っているインタビューと共に若き才能をもてはやす内容の記事が載っていた。

 

「ふぅん。そういうものなんだぁ。でも、驚いたよね。アクたんの初監督作品の主演が」

「そうねぇ。鏑木Pが決めたらしいけど、ま。ドラマの時はラストシーンだけで、本格的に監督やらせるのは今回が初めてなんだから、才能があるかも賭けみたいなもんだし、保険の意味もあったんでしょ」

 

 言いながら手元の映画雑誌に目を向ける。

 写真の中では黒髪ロングの主演女優が小さく微笑んでいた。

 

 

   ☆

 

 

「初めまして。主演の不知火フリルです」

「監督の星野アクアです。この度はお世話になりました」

 

「いやいや。試写会で見させて貰ったけど、本当に良かったよ。まぁ不知火さんがヒロインやってるんだから当然といえば当然か」

 

 そう言って豪快に笑う社長に私は薄く微笑みつつ無言を貫いた。

 彼が言っていることに少々思うところがあったからだ。

 とはいえそれをバカ正直に言うほど私も子供ではない。

 

 相手は四宮交通の社長。

 数年前一時期落ち目になったとは言え、最終的には持ち直し、未だ日本トップクラスの財閥として名を馳せている四宮グループの一端。

 かなりの額を出資してくれていることも含め、下手なことを言って機嫌を損ねる訳にも行かない。

 

「おかげさまで。評判も上々です。収益にも期待していてください」

 

 そんな私の雰囲気を察したのかどうか、これまで私たちを前面に出していた鏑木Pがすっと前に出る。

 

「おお。そうだねぇ。ま、次も何かあったら声かけてよ。不知火さんの為なら出資は惜しまないからさ」

 

「ありがとうございます。その際はよろしくお願いします」

 

 ここでも私たちが何か言うより早く、鏑木Pが頭を下げる。

 出資の話になったからというのも有るのだろうが、こうやって間に入ることで、プロデューサーと社長との会話になって、後から妙な綾を掛けられることがなくなる商品である私たちタレントを守るためのテクニックの一つだ。

 

 当の社長もそれに気づかず機嫌良く笑っている辺り、この手の営業に掛けては流石と言える。

 そんなことを考えながら、私は隣に視線をやるとアクアは何やら感心したように頷いていた。

 

 

   ※

 

 

「お疲れ。アクア」

 

 見えづらい位置に設置されたソファに座っていたアクアに買ったばかりのコーヒーを差し出す。

 

「……お疲れ。よく俺がここにいるって分かったな」

 

「ルビーから、アクアを探す時は人気の無い隅っこを探せば見つかるって聞いてたからね」

 

「アイツ」

 

 舌を打ちするアクアにコーヒーを渡してから私は向かい側のソファに腰を下ろす。

 それを見てアクアは怪訝そうに眉を上げた。 

 

「この後、別の仕事って言ってなかったか?」

 

 この映画は主演と監督どちらも高校生の時に撮影したことを売りにしているため、私たちはセットで活動することが多いが、私は番宣以外の仕事も多数抱えているため、今日はここまでだ。

 

「そうなんだけど、マネージャーがなんか渋滞に巻き込まれたみたいで。そっちこそ、次雑誌の撮影でしょ?」

 

 映画監督が、雑誌などに乗せる撮影を行うことはままあるが、アクアは役者やモデル活動も行うマルチタレントで見栄えも良くファンも多いと言うこともあってか普通の監督以上に撮影が頻発している。

 

「俺は鏑木さんの一服待ち。にしても遅いけど」

 

 普通の撮影なら事務所のマネージャーが送るのだろうが、今回は映画関係の撮影ということで、鏑木Pが付き添いをするらしい。

 

「あー、さっき喫煙室の前通ったらすごい盛り上がってたから時間掛かるかもよ」

 

「本当に顔が広い人だな」

 

 やれやれと言うように首を回す様は結構疲れているみたいだ。

 映画の仕事以外にも色々仕事を抱えているのは聞いているので無理もない。

 

「ところでさ。ちょっと聞いてよ」

「ん?」

 

 コーヒーのプルタブをいじりながら生返事をするアクアに、ニンマリと笑みを浮かべて言う。

 

「私近いうち芸能界の引退考えてたんだけどさ」

「ブッ。……世間話でするような内容じゃねぇだろ」

 

 吹き出してからジロリと私に見たアクアは、飲む前で良かった。と改めてコーヒーを開けた。

 

「いやいや。考えてたけど止めたって話だから」

「あっそ。しかし何でまた。高校卒業してから演技にも力入れて、そっちでも評価されてるってのに」

 

 そう。

 アクアの言うとおり、私は高校卒業と同時に役者としての仕事を増やし始めた。

 もちろん演技だけに注力している訳ではなく、演技四割にその他六割といった割合だが、マルチタレントとして多方面で活動する私が一種の仕事で四割を占めているだけで、だいぶ力を入れていることになる。

 しかし。

 

「実際のところ、アクアは私の演技どう思う?」

 

「どうって」

 

 困ったように言葉を詰まらせるアクアに私は更に踏み込んでいく。

 

「黒川さんやかな先輩、後は片寄さんとか、男だけど姫ちゃんとかみたのりおさんとか。そういういわゆる若手トップ層の役者と比べてどう?」

 

「……」

「沈黙が答えだね。そ、はっきり言ってまだまだ追いつけてない。それなのに、世間の評価も収益も私の方がずっと上」

 

 今上げた人たちも大分売れてきているし、姫ちゃんや片寄さんに至っては認知度でも私と変わらない。

 ただし、姫ちゃんは元より、片寄さんも復帰後は舞台仕事をメインに活動していることもあって、共演する機会は殆どないので直接比べられることがないことだけが救いか。

 

「それは仕方ない。つーか当然の話だろ。それも含めて不知火のタレントとしての実力だ」

 

「まぁね。でも、私の場合そっちも完全に実力じゃ無いというか。姉のおかげで下駄履けてるところあるから」

 

 私がデビューした頃、姉である不知火ころもが押しも押されもせぬトップアイドルだったこともあり、私の芸能活動は最高のスタートダッシュが決められた。

 

 もちろんそうしたコネが有ったからと言って絶対成功するわけではなく、私自身の努力や実力のおかげもあったと信じているが、それでも姉の威光が全く無い状態でデビューしたらここまでスムーズに売れることはなかっただろう。

 

「役者としての実力だけじゃなく、タレントとしての地位も私の実力じゃないんだとしたら。二重の意味で自分の立ち位置に疑問を覚えることが増えてきてね」

 

「考えすぎだと思うが……。まあそれも含めて自分次第か」

 

「そういうこと。私が納得できることが重要。でも今の芸能界にそういう純粋な実力だけで評価してもらえるような場所はない。さっきの社長さんもそうだったでしょ?」

 

 私の演技ではなく、私のタレントとしての価値によって成功が決まっていると思っていた。

 

「だから引退か。でも……」

 

「そ。引退取りやめ。そういうことができる場所もあるって分かったからね」

 

「なんだそれ。まさか役者だけで勝手にオーディションするとか言うんじゃないだろうな?」

 

 ルビーに教えて上げた個人間オーディションのことを思い出すが、あんなのはそう何度もやって良いことではない。

 私はにっこり笑ってアクアを指さした。

 

「俺?」

 

「ルビーから聞いたよ? アクアの夢」

 

 駆け引きや貸し借り忖度は使わずに正攻法で芸能界を上り詰める。

 出会ったばかりの頃のルビーも似たようなことを言っていたというか、彼女の場合それが当たり前だと思っていたようだが、アクアは芸能界の闇についてずっと詳しく知っている。

 そのアクアが言うのなら、きっとそれは本気で考えているということだ。

 

「アイツは本当に」

 

 さっきよりも大きく深くため息を吐く。

 

「実際さっきもそうだったけど、撮影中もベテランのスタッフとか役者から何か借り作りそうな時はさりげなく避けてたよね?」

 

 普通は新人監督がそんなことをしては生意気だと反発されかね無いが、アクアの立ち回りが良かったのか、それとも以前のドラマで培ったスタッフとの信頼関係のおかげか、撮影は実にスムーズに終了した。

 

「鏑木さんに借り作ってたら意味無い気もするけどな」

 

「なんだかんだいっても、あの人は大丈夫だと思うよ?」

 

「まーな」

 

 否定することなくあっさり頷くアクアに、私は唇を斜めに持ち上げた。

 

「そんなアクアに選ばれたら、私の実力ってことになるでしょ?」

 

 それだけ言うと私はスクリと立ち上がり、残っていたジュースを一気に飲み干してから笑いかけた。

 

「そういう楽しい芸能界なら、もう少しいてもいいって思えたよ」

「そりゃ、責任重大だな」

 

 苦笑して私と同じようにコーヒーを一気に飲んだアクアもイスから立ち上がった。

 

「俺がキャスティング出来る立場になれたとしても、ライバルは強力だぞ?」

 

「知ってる。そういうのが楽しいんだよ」

 

 先が見えないからこそ。

 そう続ける私にアクアは納得したように頷いた。

 

「じゃあ。また」

「ああ」

 

 私は出口に、アクアは多分鏑木さんを迎えに、それぞれ手を振りあって別方向に歩きだした。




次は朝に投稿します
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