【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第11話 二人目の共犯者

 ほとんど客の居ない寂れた釣り堀は話をするにはうってつけだ。

 これなら移動の必要はない。

 

「それじゃ。行ってくる」

 

「うん。私はあっちで待ってるね」

 

 あかねは待合い所を指す。

 待合い所にも人は殆ど居ない上、あかねも変装しているので大丈夫だろう。

 

「ああ」

 

 釣り堀の中へ入り、目的の人物の下へ近づいていく。

 ノースリーブの黒いウインドブレイカーを着た男の髪は記憶にあるものより長い。

 ろくに手入れもされておらず、ただ面倒だから切らずに伸ばしている薄汚れた長髪。

 

 かつては業界人として、服装や外見に拘っていたが、変われば変わるものだ。

 しかし、不思議と本人だという確信はあった。

 さてなんと声を掛けるべきかと頭の中でシミュレートしているとその男、元苺プロ代表・斉藤壱護はこちらを振り返ることもなくぽつりと呟いた。

 

「よくここが分かったな」

 

「っ!」

 

 一瞬言葉に詰まったのは、相手に先に声を掛けられたからではない。

 その声に一切の感情が籠もっていなかったからだ。

 機械音声に文章を読み込ませたような、本当に生きているのか疑いたくなる魂の抜けた声。

 

「俺には優秀な相棒が居るんでね」

 

 こちらも出来る限り感情を押し殺して淡々と告げるが、相手の態度は変わらない。

 

「そうか」

 

(興味なしか。本格的に抜け殻だな)

 

 今の状態で果たして使い物になるか心配になるが、すぐ思い直す。

 この釣り堀は俺たちが暮らしている場所、つまり都内からほど近い場所にあった。

 

 もし、アイの死に絶望し全てを捨てたのなら、過去を思い出す業界人が多く暮らす場所の近くではなく、地方の田舎などもっと離れたところに行くはず。

 そうしなかったこと自体が、芸能界に何らかの未練が残っている証拠ではないか。というのが、ミヤコさんから聞いた話を元にプロファイリングを行ったあかねの見解だ。

 彼女を信じて、いきなり本題に入ることにした。

 

「ニュース、見ただろ?」

 

「ああ。まさか、あいつに先を越されるとはな。間抜けな話だ」

 

「やっぱりアンタも、カミキのことは知らなかったのか」

 

「当たり前だ。知ってたらとっくにぶっ殺してる」

 

 その声だけ急に魂が込められたかのように、真に迫ったものに変わったことに驚き、話を続ける前に確認する。

 

「アンタは単なるアイが所属していた事務所の社長だろ。なんでそこまで……」

 

「お前にとってアイは母親だったかもしれねぇけどな。俺にとっては娘みたいなもんだったんだよ」

 

 昔を懐かしむように言い、その後首を横に振る。

 

「……つっても。俺は結局なんもできなかった」

 

 深い後悔に満ちたその声は、少し前までの俺と同じものだ。

 

「まったくよぉ。あいつら、そんなに仲良かったかなぁ」

 

 その意見には俺も同意する。

 距離感で言えば自分たちよりずっと遠いはずのチームメンバーに先を越されてしまったのだから。

 

 もっとも、単純にニノとカミキが元から知り合いだったのかもしれないし、俺たちが知らなかっただけで、案外元B小町のメンバー同士には何か深い繋がりがあり、父親の話を聞かされていたのかもしれないが。

 どちらにせよ、そんなことも分からないくらい、俺たちはアイについて何も知らない……いや、アイを喪うまで知ろうともしてこなかったのだと見せつけられたようで後悔と無力感に苛まれる。

 

「それも裁判で話してくれるんじゃないか?」

 

「全部法廷でって奴か。俺がまだ生きてんのは、それを聞いてからじゃねぇと死ねねぇからだ。お前が何しにきたのかしらねぇが、俺はもう何もする気が起きねぇよ。さっさと帰れ」

 

「そこで俺たちの出生も暴露されるかもしれない。そうなったら俺たちはもちろん会社やミヤコさんも窮地に追い込まれる」

 

 ピクリと竿を持つ手が揺れる。

 

「知るかよ。さっきも言ったろ、俺は全部捨てた。お前たちや会社がどうなろうともう知ったことじゃねぇ」

 

「嘘だな。それこそアンタがさっき言っただろ。アイは自分の娘みたいなもんだって。娘の名誉が傷つけられるのを我慢できるはずがない」

 

 吐き捨てられた言葉をバッサリと切り返す。

 

「……」

 

 返答は無かったが、その沈黙が何よりの証拠だ。

 

「おおかた、裁判で俺たちのことが公表され次第、アンタ自身がもっとでかい爆弾を暴露しようって魂胆だろ」

 

 元芸能プロダクション社長として色々と表に出せない情報を握っていても不思議はない。

 もっとも、今回は一般公開される裁判なので、週刊誌でスキャンダルされた記事を別のスキャンダルと交換するバーター記事のようなやり方で無かったことにはできないが、公表されたことを覆い隠すことはできる。

 複数の情報を一気に公表すれば世間の目は一気にそちらに集中するだろう。

 

 世間というのは常にセンセーショナルな話題を求めている。

 アイの事件がたった三日で雪のニュースに覆い隠されてしまったように、それ以上のニュースがあればあっさり忘れられてしまう。

 事件の直後ならともかく、裁判まで時間が経った事件ならなおのこと。

 

 だがそれではダメだ。

 そのやり方では、ミヤコさんが救われない。

 なにより、事態が鎮静化しては俺の復讐も始められない。

 

「沈黙は肯定と受け取る。悪いけど、そんなことをしても無駄だ。というより無意味だ」

 

「なんだと?」

 

「俺とルビーは裁判が始まる前に、自分たちがアイの子供であることを公表するつもりだ。もちろん、アイが俺たちのことをどれだけ愛してくれていたかもちゃんと話してな」

 

「やめろ。そんなことして何になる! それこそアイの名誉に傷を付けることになっちまうぞ。後の事は全部俺が何とかするから」

 

「アンタに対する信用は全くない。第一、俺はアイの名誉のために行動してるわけじゃない」

 

「あン?」

 

「俺は。俺の復讐のために動いてる」

 

「復讐って、だってアイツはもう──」

「死んでる。だがそれがなんだ? アイの命を奪っておきながら、今までのうのうと生きていた。そんな奴、一度死んだくらいで許せるはずがないだろ!」

 

 背中に小さな視線を感じる。

 それは自分の無力さを嘆く、子供の僕の視線。

 

「……お前、なに考えてんだ?」

 

「俺も、アンタと同じだ。ガキの頃からずっと復讐のことだけを考えてた。あの男にどう復讐すれば良いのか、どうすれば最も苦しむのか。そうして出来上がったのが今から話す俺の復讐計画だ。身勝手で無謀で最悪な計画だが、こいつの良いところは、相手が生きてようと死んでようと関係ないってことだ」

 

「死んでようと?」

 

「そうだ。だけど、まずは俺たちが芸能界で上り詰める必要がある。アンタには、そのために力を貸して欲しい」

 

 長い。長い沈黙の後、釣り竿が置かれた。

 ようやくこちらを振り返った男の顔もまた、記憶の中にあるものとはまるで違う。無精ひげと痩けた頬、しかし瞳だけはサングラス越しでも光を宿しているのが分かった。

 

「……分かった。取りあえずお前らのプロデュースには手を貸す。ただし、俺は苺プロには戻らねぇで裏から動く。それが条件だ」

 

「なんだよ、それ。まさかミヤコさんに合わせる顔がないからとか言わないだろうな」

 

「それもある」

「あんのかよ」

 

 バツの悪そうな顔しながら答える姿に呆れる俺の眼前に手を差し出して続ける。

 

「だが、一番の理由は保険を掛けるためだ」

 

「保険?」

 

「お前が何を考えているかは知らねぇが、その計画はお前たちが売れっ子にならないと意味がねぇんだろ?」

 

「ああ」

 

「だったらなおさらだ。タイムリミットは裁判が始まるまで。場合によっちゃ、裁判前にアイツがゲロっちまうかもしんねぇ。そうしたら裁判自体も早まる。仮に予定通り時間を稼げたとしてもお前たちが短期間で売れる才能があるかもわかんねぇからな。そん時は俺の計画で動いてもらう」

 

「……なるほどな。その時、正式に苺プロに戻ってたら、事務所にも迷惑が掛かるから裏で動くってことか」

 

「ああ。もちろん、手を抜いたりはしねぇ。俺だってアイツに復讐できるならそうしたいからな」

 

 瞳に宿る光に黒い物が混ざった。

 嘘は言っていない。

 

「分かった。それで手を打とう」

 

 俺の返事に、壱護さんはニヤリと唇を斜めに持ち上げた。

 

「交渉成立だ。じゃあ聞かせろよ。お前の復讐計画って奴を」

 

「ああ」

 

 隣に腰を下ろし、計画を語る。

 最初はいぶかしんでいたが、最後まで聞くとやってみる価値はあると納得し、改めて俺たちは手を結ぶこととなった。

 

 

   ※

 

 

「あ。アクアくん」

 

 話が終わり、あかねが待っている待合い所に向かうと、早々に俺を見つけて、小走りで近づいてきた。

 

「悪い。待たせたな」

 

「ううん。大丈夫。えっと、そちらが」

 

「ああ。苺プロの元社長」

 

 この場所を見つけ出した相棒を連れてきているとは説明済みだ。

 現状、この復讐計画を知っているのはここにいる三人だけなので、顔合わせ位はしておいた方が良いと考えたのだ。

 

「あ。えっと、は、初めまして。黒川あかねです」

 

「あ、ああ」

 

 緊張した様子で頭を下げて挨拶するあかねに、ぎこちなく頷き返す。

 その後、何故か俺を睨み付けて肩を掴んできた。

 

「おいおい。一緒に復讐する相棒っていうからアイの元ファンのおっさんとかかと思ったら、こんな若いお嬢さんかよ。お前らどういう繋がりだ」

 

「あかねは俺の共犯者で……恋人だよ」

 

 サングラスの奥の瞳を見開き、そのまま確認を取るようにあかねを見る。

 

「は、はい。アクアくんと、お付き合いさせていただいています」

 

「お前……」

 

 再度こちらを見た目は、俺を責めるかのごとく細くなる、

 復讐にミヤコさんを巻き込まないように苺プロを離れた壱護さんにとって、恋人を復讐に巻き込もうとしている俺のやり方が認められないのかもしれない。

 俺だって出来れば、彼女には日の当たる場所を歩き続けて欲しかった。

 

 だが、その葛藤はもう終わったことだ。

 少なくとも、俺の方からあかねを突き放すようなことはしないと決めた。

 ここでどんなに罵倒されても、その気持ちは変わらない。

 拳を握り、続く言葉を待つ。

 

「お前! 何が復讐のことだけ考えてきただよ。普通に青春エンジョイしてんじゃねぇか」

 

「気にするとこ、そこかよ」

 

 思っても見なかった内容に毒気が抜かれ、呆れの念と共にため息を吐いてから、これ以上突っ込まれる前に最後の確認に入る。

 

「とりあえずしばらくは、ルビーの仕事をメインで取ってきてくれ」

 

「おう」

 

「それと平行して神木プロと繋がりがある奴を探して、形見分けみたいな形でカミキの私物を手に入れて欲しい」

 

「私物?」

 

「ああ、DNA鑑定に回して、本当に俺たちと血縁関係があるかを確認する」

 

 本来はあかねに探して貰うはずだったが、彼女にも復讐に協力して貰う以上、下手に動いてマスコミや捜査を続けている警察に警戒されると不味い。その点表面上俺たちと関係なく裏で動く壱護さんなら問題ない。

 

「あの野郎の形見分けね。……まあ、しゃーねぇか。しかし、なに貰えば良いんだ?」

 

「そうだな……」

 

「帽子が良いんじゃないかな?」

 

「帽子?」

 

「うん。前に調べたんだけど、あの人は普段からスーツ着用が基本だったらしいんだけど、本当のプライベートというか親しい人と会う際は普段着で変装用の帽子を被ることもあったみたい」

 

「帽子か。それなら髪の毛が付いてるな。というか、良くそこまで分かったな」

 

 人前に出る際の基本が、スーツなのは関係者に当たれば調べも付くだろうが、完全なプライベートに付いてまで調べているあかねに、驚かされる。

 

「プライベートでもいつもスーツ姿っていうのが逆に気になっちゃって。そうやって普段から目立つ格好をすることで周りの目を誤魔化すっていうか、本当に誰にも内緒にしたい行動を取るとき用の姿があるんじゃないかなって色々調べてみたら、時々違う格好していることが分かったの。それと……」

 

 一度言葉を切ったあかねは言いづらそうな間を空けてから、改めて口を開く。

 

「定期的に真っ白い薔薇の花束を持って出かけることも」

 

「白い薔薇──」

 

 アイを殺したあのストーカー男が持っていた物と同じ。

 

「うん。行き先はいつも同じ方向。これは多分、アイさんのお墓参りだと思う」

 

 墓がある場所については以前、アイの行動をトレースするために必要になるかもしれないと色々話した時、ついでに教えていた。

 

(アイを殺しておいて墓参りか)

 

 本人も死んでしまっている以上、本心は不明だが、少なくとも殺したことを後悔してのことではないはずだ。

 そうでなくては困る。

 

「大丈夫だよ」

 

 不意に俺の手をあかねが優しく包み込む。

 いつの間にか、自分の拳を強く握りしめていたようだ。

 

「悪い」

「ううん」

 

「ほー」

「なんだよ?」

「いーや別に?」

 

 言いたいことは顔に書いてある。

 正直ムカつくが、これ以上話を広げても、こちらが不利なのは明白。

 一つ鼻を鳴らして顔を逸らす。

 

 ともかく、これで必要なカードがまた一枚、手元に入った。

 改めて覚悟を決めると同時に、握り拳を解いて俺の手を包んでいるあかねの温かい手を握り返した。




ここで一旦アクアたちのターンは終わり
次からはルビーたちB小町側の話になります
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