【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第13話 かなの場合・前編

 ルビーの発案で始まった、B小町レベルアップ計画。

 動機はともかく、アイドルとして次のステップにも繋がると納得し、新しい分野への挑戦も含めて色々考えていたのだが、やはり何度考えても、私にできることは一つしかない。

 演技だ。

 それも知名度の高い作品で、それなりに重要な役で出演すること。

 

 この間まで出演していた、東京ブレイドは良い舞台だった。

 原作の知名度は当然として、一流どころの役者を揃え、舞台も様々な演出が可能なステージアラウンド、トラブルがあったとはいえ原作者も納得する脚本と演出。

 全員が実力を出し切り、最後まで演じきった。

 

 私も久しぶりに、調整役として受けに回るのではなく、自分を出して演じることができた。

 きっとお客も満足してくれたに違いない。

 まさに大成功と呼ぶにふさわしい舞台だった。

 

 ただ、それが次の仕事に繋がったかと言えば、そうでもない。

 これはそもそもの問題として、舞台はどうしても見られる人が限られてくるためだ。

 世間一般だけではなく、業界内でも同じこと。

 業界関係者の席も用意されているとはいえ、誰でも簡単に見られるテレビやサブスクと異なり、上限の決まった劇場にお客を収容する以上どうしても人数は少なくなってしまう。

 どんなに良い芝居をしようと、キャスティングを行うプロデューサーや監督までは届きづらい。つまり宣伝力が弱いのだ。

 そんな中、唯一チャンスを掴み取ったのが、黒川あかねだ。

 何しろ映画の主演を勝ち取ったのだから。

 

 本人は上演館数が少ないと謙遜していたが、映画の宣伝力は舞台の比ではない。

 加えてあの子の演技力が上手くハマれば、一気にスターへの階段を駆け上がっていくことだろう。

 残念ながら、私にはそうした話は来なかった。

 

 やはり本物の天才には勝てないのだろうか。と嘆きたい気持ちはあった。

 だけど、あの子とは違う、私にしかできない演技もある。

 東京ブレイドの舞台で思い出した、あの感覚と演技を必要としてくれる人もどこかにいるはずだ。

 そう自分を鼓舞して、もがき続けている。

 

 その力はアイドルとしても大いに役立つ。

 ルビーのためではなく、私自身がアクアの推しの子になるために。

 そもそも、私がアイドルをやっている理由はそれなのだから。

 

「でもああいう感覚は、たくさんの人の前だからこそ、磨かれる」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 子供の頃は、いつだってそうだった。

 たくさんの人の期待を受けて、それに応える度に、私は成長した。

 

 私は可愛いでしょう?

 もっと私を、私だけを見て。

 そうすれば、私はどこまでも輝ける。

 

 本気でそう信じていた。

 それができたのは、常に多くの人から期待を掛けられる大きな仕事ばかりしていたからで、その期待の根源である繋がりの価値に気付かず蔑ろにしたせいで旬を過ぎるのと同時にみんな私から離れてしまった。

 元を辿れば自業自得とはいえ、今の私ではあの頃の輝きは到底得られないと諦めかけていたが、あの舞台でアクアが私がまだ輝けることを気づかせてくれた。

 もっと大きな仕事を貰えれば、きっと。

 

 息を吐き、テーブルの上に置いたスマホを見る。

 ラインに表示された相手は少し前ひょんなことから知り合った映画監督の島政則だ。

 先日公開されたばかりの作品『蛇視』は既に高い評価を受けており、次の映画賞も確実といわれる人物である。

 

 映画が公開直後ということもあり、様々な場所に宣伝へ出向いているところに偶然出会い、そのまま少し話をすることができた。

 私としてはもしかしたら次回作に出演させてもらえるかも、と下心があってのことだったが、あちらも私のことを知ってくれて、昔出ていた映画も見ていてくれたようで思いのほか好感触だった。

 その時はお互い時間がなかったこともあり、軽い挨拶とともに連絡先を交換し、近いうちにご飯でも食べながら仕事の話をしようと言ってくれた。

 社交辞令かと思ったが、こうして実際に誘いが来た以上、もう一度私に会いたいと思ってくれているのは間違いなさそうだ。

 ただ問題なのは。

 

「あの監督、かなり遊び人って話なのよね」

 

 既婚者らしいが、それはあまり関係ない。

 俳優もそうだがクリエーターにも男女とも常識が存在しない人が多いものだ。

 そんな人物から、一対一でご飯に誘われたからには、裏が無い方がおかしい。

 

 とはいえ、いきなりサカってくるとも考えづらい。

 そうした気配を感じたら逃げれば良い。

 だいたいにして、現時点で大きく差がつけられている私が、黒川あかねに勝つためには、多少のリスクを犯さなくてはならない。

 

「よし」

 

 気合い入れ、返事をすべくスマホを手に取った。

 

 

   ※

 

 

 案内された料亭は当然のように個室で、こうした場所に業界人をよく連れてきている手慣れ感があった。

 そのことに最初は警戒心を強めたが、島監督の話は思ったより真面目で、そして楽しかった。

 創作論や演技、そして芸能界を取り巻く問題と、それを変えたいと本気で願っているようにも感じる。

 私はまだ十七歳なので、当然お酒は飲まなかったが、あちらの飲むペースは上がっていき、話の内容は徐々に現場や共演者のグチになり始めた。

 

「マジでモデル上がりの役者が演技できねぇくせに、ワガママ多くてよぉ!」

 

「ほんとそれ!」

 

 程度なクチの悪さも含めて話が合い、私はいつの間にか愛想ではなく、本気で楽しみ始めていた。

 東京ブレイドの共演者たちとの飲み会でも思ったが、こうした話をしている時の方が、地に足が着いている気がする。

 やはり私はアイドルではなく、役者の方が向いているのだろう。

 

「僕はね、有馬さんみたいに実力のある役者が評価される時代を作りたい。ま、次回作に取りかかるのはまだ先の話だけど。構想はあるし、今のうちからそういう実力者に唾を付けておきたいってのが本音でね」

 

(来た!)

 

 たとえ撮影が先の話だとしても、今最も勢いのある監督に選ばれたという事実自体が、業界人の間で大きな話題になる。

 中には直近の仕事に私を使いたいと考える人も出てくるだろう。

 これは大きなチャンスだ。

 

「それって、私を使ってくれるってことですか?」

 

 内心の期待を隠しながら、しれっと聞く。

 

「んー。それはまだ分からないけど」

 

 そんな言葉を皮切りに、つらつらと並べられ立てる内容は、魂や理念といった、なんというか非常に曖昧な概念に則したもので掴み所がない台詞ばかり。

 私の方から、何か言わせたいのかとも思うのだが、口を挟む隙間もない。

 どちらかと言うと、何か待っているみたい。

 そう考えた直後、控えめな声が掛かった。

 

「すみません。お時間の方が……」

 

 少し開いた襖の向こうから店員が告げた。

 チラリと時計を見ると、閉店時間までまだ一時間近く残っていた。

 こんな中途半端な時間で予約を入れてるのは奇妙な話だ。

 

「あ、しまった。有馬さんまだ未成年だから、ちょっと早めに出るようにしてたんだった。すみません、すぐ出ます」

 

 私の疑問に答えるように店員へ謝罪してから、腕時計に目をやって続ける。

 

「話も途中だし、次の店で飲み直そうって言いたいところだけど、子供を連れ回す時間じゃないか」

 

 時刻は夜十時近く。

 夜十一時以降未成年を連れ回してはならない条例があるため、確かに正しい対応だ。

 しかし、この遊び人が、そんなことを気にするだろうか。

 先の何かを待っているような態度と併せて、やっと理解した。

 

 これは演技だ。

 映画監督には、役者あがりも多いが、彼もそんなタイプなのかもしれない。

 同時に、この後の流れも予想がつく。

 

 未成年だからまずいと口にした以上、別の店に連れていくことはない。

 話を続けるために、もっと秘匿性の高い場所。

 つまりホテルや自宅、作業場などに誘い込もうとしているのだ。

 

(遊び人とは聞いてたけど、仕事と分けないタイプかぁ)

 

 次回作の話をしたタイミングでそうした場所に連れ込もうというのだから、楽しくお話しておしまい。とはならないだろう。

 これは要するに枕の誘いだ。

 体を差し出す代わりに、次の仕事をあてがう。

 芸能界ではほとんど公然の秘密として存在している行為。

 

(芸能界を変えたいとか言っておいて)

 

 多少苛立ちはあるが、嫌悪感があまり無いのは自分でも意外だった。

 会うのはまだ二度目だが、先ほどまでの会話で彼が大人の男として見れば確かに大いに問題があるが、映画監督としては真摯な人だと分かっているからだろうか。

 恐らくこの人は、提案に乗って抱かれれば、キチンと見返りを用意してくれる。

 それも端役などではなく、主演級の役どころ。

 

 そうなれば、大勢の人が私を見て、私に期待をかけてくれる。

 東京ブレイドの舞台で感じた以上の物を手に入れられる。

 黒川あかねに勝てる。

 そうしたら、アクアだって振り向いてくれるかもしれない。

 

「有馬さん?」

 

「あ。すみません」

 

「そういうわけで。悪いけど、この話の続きはまた今度、機会があったら──」

 

「いえ!」

 

 次の約束を明確に決めない曖昧な言葉に、慌てて手を伸ばす。

 このチャンスを逃したら私には、もう。

 

 頭の中を思考がグルグルと回る。

 アイドルとして売れるためには、個々人のレベルアップが必要不可欠。

 

 そもそも私の本質はあくまで役者であり、アイドルとしては中途半端も良いところだ。

 センターになったのも成り行きでしかない。

 顔もそこまで良くないし、スタイルだって子供体型。ダンスも愛想も微妙。

 私がルビーとMEMの二人に勝るのは演技と歌唱力くらい。こんな半端者の私がB小町に貢献できるとすれば、女優として知名度の高い仕事を取ってくることだけだ。

 一般にも名前が知られて、そこで良い演技を見せれば、必然的にB小町の知名度も上がる。

 

 これは私だけじゃない、B小町にとってもプラスになる。

 アイドルにとって処女性は大事だが、それはあくまでそう見えれば良いだけ。

 ファンに隠れて恋人と付き合っているアイドルなんて、いくらでもいる。

 スキャンダルが撮られたら大問題だが、私は彼の意図を察しているのだから、ここで一度別れ、後で合流する形を取れば、その心配はない。

 私にとってもB小町にとっても利益しかない。

 

 感情は抜きにして、頭ではそう理解している。

 だけど。

 

「私は!」

 

 拳を握り、覚悟と共に口を開く。

 答えを出した私の脳裏には、一人の人物の姿が浮かんでいた。

 それは、ライバルである黒川あかねでも、同僚であるMEMでも、お世話になってる社長のミヤコさんでも──星野アクアでも無かった。

 

『嘘は、いやだ』

 

 まっすぐに私を見つめる、星の瞳。

 苺プロに所属した後でも、まだ踏ん切りがついていなかった私に、アイドルになることを決心させた星野ルビーの台詞。

 アイドルに、そして芸能界に夢を見ている子供の戯れ言。

 中途半端な自分と違う彼女の真っ直ぐさが眩しくて、羨ましくもあった。

 

 でも、そう思えるのは結局ルビーが芸能界の裏側を知らないからこそ。

 私がそうだったように、どうせすぐに現実に飲まれて行くに違いない。と最初は思っていた。

 その時が来るまではせいぜい、キレイゴトに付き合ってやろう。

 そんな思いで、今まで活動を続けてきた。

 

 予想に反して、あの子は未だアイドルという仕事に夢を見ている。

 コネや事務所の力など関係なく、自分たちがそれぞれ努力してレベルアップすれば、いつかはトップアイドルに成れると本気で信じているのだ。

 

 だったら私は。有馬かなは。

 あいつの先輩として。共に夢を目指す仲間として。

 

「私は、アイドルです」

 

 姿勢を正し、きっぱりと言い切る。

 

「……あー、なるほど。全部見抜かれてるか」

 

 会話も繋がっていない、脈絡のない台詞だったのに、分かっているとばかりに苦笑して帽子を取り、ガリガリと頭を掻く。

 

「やっぱ女優を演技で騙すのは無理か。しかし、そこまできっぱり拒否されると、恥ずかしいなぁ」

 

「いえいえ。びっくりするほど自然でしたよ」

 

「ははは。そりゃ良かった。……ま、流されないで自分のことを自分ではっきり決めるのは良いことだ。ならここでお開きってことで」

 

 再度帽子をかぶり直し、立ち上がろうとする島監督を引き留める。

 

「いえ。もう少し私に時間を下さい」

 

「ん?」

 

「お店の閉店まで後一時間近くありますよね? これからこの部屋に新しいお客さんが入るってことはないでしょうし、延長してお金が発生するなら私が支払います」

 

 居酒屋やバーならともかく、キチンとした料理を出す料亭で飛び込みの客が入ることはまず無い。

 つまりこの部屋は、閉店までもう使われない。

 それなら、今使用している私たちがそのまま延長して使っても問題ないはず。

 

「……んー。ちょっと待ってて」

 

 少し考えてから、それだけ言い残して、部屋を出ていく。

 一人残された私は姿勢を正したまま、目を伏せゆっくりと息を整える。

 

 さあ、もう後には引けない。

 私は女優。

 そして、アイドルだ。

 この二つの武器を使って、必ずこの勝負に勝ってみせる。




本編では宮崎旅行後、半年時間が飛びましたがこの話ではそのまま進む形になったので、状況が色々変わっています
シマカンはまだ映画賞を獲る前で、かなちゃんが会ったのも繋がりを狙ってのことでなくあくまで偶然です
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