【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第14話 かなの場合・後編

 その後、島監督は大して時間も掛からず戻ってきた。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 延長を願い出て来たにしては早いと思っての問いに、ニヤリと笑う。

 

「ああ。元々、閉店まで予約入れてたから問題ないよ」

 

「え?」

 

「有馬さんに振られたら、別の子に声かけるつもりだったんでね。呼んでもすぐ来てくれるわけじゃないし、それまではここで時間を潰そうとね。で、仲居さんには、早めに一度声かけてくれって事前に伝えてたってわけ」

 

「うわー。抜かり無い」

 

「これでも映画監督だから。キャスティングの第二候補は考えておかないと」

 

 なかなか最低な台詞だが、そんなことをバカ正直に、それも軽く言うのがこの人のやり方なのだろう。

 過度に遊び人を演出しておくことで、たとえこのことが露見しても、大して問題にならず、なあなあで済ませられる。

 万が一この件がすっぱ抜かれたとしても、大ダメージを受けるのは私だけだったわけだ。

 

「だいたい俺にとって、セックスなんて相手を知る手段の一つでしかない。俺は興味がある人にしか自分から仕事を振らないんだよ。そのためには先ずは相手をよく知らないと」

 

 つらつらと重ねられた言葉は本音なのか、それとも振られたことに対する言い訳なのか、両方かもしれない。

 

「そこいくと君は面白いよ。抱かれるのは断った上で、売り込みは続けようなんてさ。最近はみんな格好付けようとする人ばっかりだから、その図太さは貴重だよ」

 

「褒められたと思っておきます」

 

「ただ。図太いだけじゃ、単なる面白い女で終わりだ。俺は俺を本気にさせてくれる人と仕事がしたい」

 

 テーブルに頬杖をついたまま、もう片方の手を差しだし、どうぞ。と言うように話を促した。

 もう一度、こっそりと息を吐き、その後満面の笑顔を作る。

 

「シマカンさんはさっき、モデル上がりの役者は使えないって言ってましたよね?」

 

「言ったね」

 

「それなのに、わざわざ使うのは何でですか?」

 

 次の映画賞が確実視されている実力派監督が、演技の出来ないモデル上がりを使う理由は一つしかないと分かった上で聞くと、案の定の答えが返った。

 

「知名度による宣伝効果が馬鹿に出来ないからだよ。これもさっき言ったけど、日本の映画界は配給側の力が強すぎる。もちろん、アメリカみたいにタレント側の力が強くなりすぎても役者個人の都合や我儘でいきなり出演契約が結ばれていた映画がドタキャンされたり、後になって無茶苦茶な理屈で裁判沙汰にされて法外なギャラとかを要求されたりとかの問題もあるから、一長一短ではあるけどさ。将来的には俺が気に入った役者だけで映画を撮るのが目標だけど、今の俺じゃ気に入った役者を何人か無理矢理ねじ込むのがせいぜいなんでね。使えって言われたら使うしかない。もちろんその中からまともそうなのを選んだり、演技指導して見られる画にする努力はするけどね」

 

 堰を切ったように長々と不満を語る。どうやら映画界の現状に思うところがあるのは本当らしい。

 その後、やれやれと言うように頭を振ってから、端と気づいたように顔持ち上げ唇を斜めにする。

 

「だから知名度目的で私を使ってくれってのは無しだよ? 同じ演技が出来ない奴らでも、モデル上がりを使ってるのはそっちの方が制約が少ないからだ。現役アイドルはもちろん、アイドル上がりの清純派とかでも演技に制約をかけてくる。濡れ場は当然として、キスシーンもダメとか、暴力を振るうシーンも変なイメージが付くとかね」

 

 これも事実だ。

 アイドルがドラマや映画に出演することがあっても、ファンや世間のイメージを壊さないように配慮した内容ばかりになってしまう。

 実際にとんでもない悪役を演じたせいで、その役者が理不尽な誹謗中傷に晒されて、その後の芸能活動に支障が出るなんてことは今の時代に至っても起きてるのだから、制約をつけたい気持ちも痛いくらいよく分かるのだが。

 

「有馬さんを使うと言ったのも、君なら女優に戻るために、アイドルを引退してくれると思ったからだし、その上で、良い映画を取るためならどんな内容でも体当たりで演じてくれると信じたからだ」

 

「……確かに。女優として生きていく覚悟をしたなら、よっぽどじゃないかぎりNGは出さないと思います。でも、今は無理です」

 

「だったら尚更だね。第一、失礼を承知で言うけど、俺は有馬さんが所属しているアイドルグループ名すら知らない。元々そっち方面に興味が無いんだけど、そういう奴でも名前くらいは知っている程度の知名度が無いと、使う意味は無いよ」

 

 残っていた酒を煽り、息を吐く。

 例の事件以後、B小町の名前だけは広まっているはずだが、私がそこに所属していることを知らないのか、それとも知った上で、実力とは関係なく、ただ事件によって一時的に名前が知れただけの知名度には意味が無いと思っているのか。

 

 どちらでも良い。

 話はまだ終わっていないのだから。

 私は慌てず、いや慌てた様子を見せない演技をしたまま続ける。

 

「確かに私の所属しているグループは、まだ地下アイドルに毛が生えたようなものです。大きなライブもコネで出演させてもらったフェスの一度だけですし、そもそもまともな新曲だって、ついこの間できたばっかりで、アイドルとしての知名度は無いに等しいです」

 

「うん。そんな君を俺が使う理由はなんだい?」

 

 もう一度、ゆっくり息を吸い自信の胸に手を当てて宣言する。

 

「私は、今活動している全アイドルの中で、一番演技が上手い。それが私の武器です」

 

 私の言葉に一瞬虚を突かれたように停止した後、声を出して笑う。

 

「大きく出たね。まあ、確かに全役者じゃなくて、アイドルの中って括りならピカイチだと思うよ? でも全役者の中でとなれば、上の方ではあってもトップじゃない。そこに知名度が伴っていないならわざわざアイドルの君を使う意味は無いんじゃないか?」

 

「もちろんそうです。ですが、私のグループは近いうち、必ずドームの舞台に立ちます。そのレベルの知名度があって、演技も出来るアイドル。これは誰も持っていない武器になりませんか?」

 

「……よく知らないけど、ドームに立つってアイドルの中でもトップクラスじゃないと無理なんじゃなかった?」

 

「はい。私もアイドルになってから知りましたけど、ドームでライブが出来るのは、基本的に大手事務所の人たちだけで、私たちみたいな地下アイドル出身で、ドームに立った女性アイドルグループはこの十五年間一組も生まれていないそうです」

 

 その十五年前のグループは元祖B小町のことだが、あれは事務所の力というより、アイのカリスマがあってこそ。

 残念ながら苺プロ自体は大手ではないため、事務所の力ではドーム公演までこぎ着けることは出来ない。

 

「それでもドームに立つって? どうやって?」

 

「どうやってかはまだ分かりません。戦略を考えるのは事務所ですし、ただ、私も私の仲間たちも必ずドームに立つことを目標にして活動しています。私のグループは三人ですが、その全員がドームに立つ素質はあると思っています。ですけど、それはあくまで将来の話。今はみんな個人個人でレベルアップを図っているところです」

 

「君の場合は俺の映画に出るのが、そのレベルアップになるわけだ」

 

「ええ。女優として磨いた力はアイドルとしても絶対役に立ちます」

 

「そして俺はその見返りとして、君がトップアイドルになった後、役者として指名する権利を貰える。と」

 

「そうです。この業界はまだまだ貸し借りが大事ですから。もちろん、その時は夢を叶えた後なので、必要ならアイドルを引退して、女優としてどんな演技でもしてみせますよ」

 

 その頃には私がアイドルする理由も、叶っていることだろう。

 もし、叶わなかったとしても、決着自体は着いているはずだ。

 それなら、胸を張ってアイドルを引退できる。

 

「……なるほどね。確かに良い提案だ」

 

「でしょう?」

 

 にんまり笑う私に対し、彼も同じ笑みを浮かべる。

 

「実現すれば、だけどね。とんとん拍子に進めば良いけど、君たちがドームに立てなかったらどうなる? アイドル崩れのままじゃ意味は無い。というかその場合、君が得するだけなんじゃないか? まあ、その時は仕事を振る話自体なしにするけどさ」

 

「そうですね。その時は……。シマカンさんの見る目が無かったってことになりますね」

 

「は?」

 

「だって、さっき自分で言ってたじゃないですか。自分のことは自分で決めるのが大事だって。私の話を信じて、投資に値するかどうか、シマカンさんが自分で考えて決めて下さい」

 

 相手の台詞を引用することで断りづらくする交渉術の一つだが、そのぐらいは見抜いてくる。

 その上で、彼がどう決断するかだ。

 再び、沈黙が流れる。

 そして。

 

「はっはっはっ! そりゃそうだ。自分の選択には自分で責任を取らないとな」

 

 大笑いをしながら言った後、少しの間視線を中空に飛ばして考え込んでいたが、やがて一つ大きくうなずくと私に目を向けた。

 

「よし。じゃあこうしよう。有馬さんには次回作の映画じゃなくて、まずは近いうちに撮影が始まるドラマにちょい役として出て貰う。次に繋がるかはその演技次第ってのはどうかな?」

 

 島監督の提案に膝上で拳を握る。

 急いでレベルアップを図らなくてはならない今、いつ撮影が始まるか分からない映画より、むしろ好都合と言える。

 

「もちろんやります。ありがとうございます!」

 

 私の言葉に彼は満足げに頷いてからただ、と前置きをして続けた。

 

「君にも一つリスクを背負って貰おうかな」

 

「リスク?」

 

「今でこそ俺は映画監督として勢いがあるけど、それは実績を出し続けているからだ。この仕事は一度転けるとなかなか浮き上がれない。良いものを作っても世間に認められるかは分からないからね」

 

 確かに。

 長い間第一線で活躍していた監督が、何かのおりに数字を出せなかった場合、その瞬間から才能が枯れたというレッテルを貼られ、その後の作品が良いものであったとしてもなかなかヒットせず苦労する。なんてのはよくある話だ。

 

「それに、君も知っての通り俺は遊び人だ。いつ何時スクープがすっぱ抜かれて干されないとも限らない。君がドームに立った時、そんな状態であったとしても、俺の映画に出てもらう。当然大手の配給は着かないだろうから、小規模劇場のみの上映、興行収入的にも爆死する可能性は高い。そうしたら君にまでケチが付くことになるけど……」

 

「問題ないです。その時は私の演技でシマカンさんを浮かび上がらせます」

 

 きっぱり告げると彼は一度大きく目を見開いてから苦笑する。

 

「本っ当に良い性格してるわー」

 

「すみません口悪くて」

 

「いやいや、惜しいなって話」

 

「惜しい?」

 

「だって、そんな話聞いた後じゃ、手出せないじゃん。自分で未来の主演女優の価値を下げるわけにはいかないからね」

 

 軽口と共に、手が差し出される。

 その意味は問うまでもない。

 私もすぐに手を伸ばした。

 

「ありがとうございます」

 

 握手をしようとしたところで、少しだけ手が引かれる。

 

「最後に一つ」

 

「なんです?」

 

「君に出てもらうドラマだけど。主演級には実力派が集まってる。君の役は登場シーンこそ少ないが、その短い間で主演を食うレベルの演技が求められる役どころ。君に出来るかな?」

 

 実力派の役者を食う演技。

 正直、東ブレで昔の演技を取り戻すまで、人に合わせる受けの演技をずっと磨いてきた私には難しい。

 誰が出るかは知らないが、相手によっては──それこそ前回共演した姫川大輝や、黒川あかねが相手だったとしたら、全力を出しても勝てないかもしれない。

 それでも。

 

「出来ます」

 

 アイドルたるもの、どんな時でも上手に嘘を吐き、そして嘘を本当にするものだ。

 覚悟を笑顔で隠し、改めて握手を交わした。

 

 

   ※

 

 

 わざわざ二台呼んだタクシーで、時間をズラして店を出た。

 もう夜の十一時を回っていたが、私は自宅ではなく、苺プロに向かった。

 タクシーを降りて、事務所の前に立つ。

 

 事務所内にまだ明かりが灯っているのを見て、ほっと胸をなで下ろす。

 もう寝ていたらどうしようかと思った。

 こんな時間にやってきて、社長には怒られるかも知れないが、職場ではなく、友人宅へ遊びに来たということで勘弁してもらおう。

 少なくとも今は一人になりたくない。

 

(あー! やらかしたぁ)

 

 心の中で叫びながら、事務所の入り口が併設されている車庫の壁に頭を打ちつける。

 先ほどの会話内容を思い出すだけで、顔から火が吹き出そうだ。

 

(なぁにが一番演技が上手いアイドルよ! ドームに立ちますよ! あんなドヤ顔で大口叩いて、ダメだったらどうすんのよ。恥ずかしすぎる。あぁもう! アクアの中二病が移ったのかなぁ)

 

 二度、三度と頭を打ちつけ、どうにか冷静さを取り戻そうとする。

 やはり一人でいては、フラッシュバックが続いてしまう。

 とりあえず、私にあんな選択をさせたルビーの脳天気な顔を見て落ち着こう。

 よし。と気合を入れてから事務所の扉に近き、夜のためインターホンではなく、扉を直接ノックした。

 

「はーい! どちら様ー?」

 

 妙に浮かれた声はルビーのものだった。

 こんな時間に事務所に居るのは珍しいが、目的は果たせそうだ。

 

「私。有馬」

 

「先輩?」

 

 こんな時間にどうして。という台詞を匂わせつつ、ルビーの足音が近づき、扉を開けた。

 事務所の中にはルビーしかいなかった。

 

「社長は?」

 

「あー、さっきまで居たんだけど、今自宅に戻ってご飯食べてる。仕事忙しかったみたいでまだ食べてないっていうから、おにいちゃんが用意したの。で、私は留守番って訳。明日学校も仕事も休みだしねー」

 

(アクアの手料理……)

 

 ちょっと食べてみたいが、料亭で食事は済ませている上、こんな時間に食べたら、体重に影響しそうなので諦めよう。

 

「先輩は? こんな時間にどうしたの?」

 

「ちょっと社長に報告があってね」

 

「報告? なになに?」

 

「まだ打診段階だからはっきり言えないけど、役者の仕事取れそうなのよ」

 

 ふふんと胸を張って言う。

 

「おー。流石先輩!」

 

「もっと褒めなさい。かなり注目度の高い仕事になるはずよ。B小町の宣伝にもなるわ」

 

「B小町レベルアップ計画順調だね! いよ! 天才役者!」

 

 ルビーらしからぬ分かりやすいヨイショも、今は気分良く聞くことが出来る。

 

「まぁねぇ。やっぱ、仕事は堅実に実力で取らないとダメよねぇ」

 

 正確には将来性と博打込みなので、実力を評価されたとは言い難いのにこんな言い方にしたのは、きっと、ルビーに肯定されて自分の選択が間違っていなかったと思いたかったからだろう。

 しかし、予想に反しルビーは私の言葉に同意せず、手に持っていた書類を素早く後ろに隠して目を逸らした。

 

「ソウダネー」

 

「んん? アンタ、何隠したの?」

 

「な、なんでもないよ?」

 

 あからさますぎる態度にジッと見つめる。

 しばらくの間ルビーはなんとか誤魔化そうとしていたようだが、やがて観念したように手を前に戻した。

 

 持っていたのは、何かの企画書らしい。

 逆三角形型のサングラスをかけた犬らしき生物の顔がロゴになっている。

 どこかで見たことがあるデザインだ。

 

「えへへ。実は、ミヤコさんにいっぱいお願いして新しい仕事もらっちゃいましたー」

 

「ハァ?」

 

「しかも、ネットだけど、テレビのレギュラー」

 

「ハァ!?」

 

「ついでにおにいちゃんと一緒の仕事です」

 

 先ほどまではまだ辛うじて、申し訳なさを見せていたルビーだったが、今は完全に得意顔、いやドヤ顔だ。

 もう我慢出来ない。

 

「こンの! さんざんキレイゴト言っといて堂々とコネ、それも身内に強請るなんて。その仕事、私に譲りなさい!」

 

「ヤだ! 別にタダでとは言ってないもん。ちゃんと交換条件に、これからしばらく私が家の家事やるって約束したし」

 

「そんなモンが交換条件になるなら、私が幾らでもやったるわ!」

 

「先輩料理できないじゃん!」

 

「ウーバーで高い店の料理配達すればいいでしょ!? 貯金なら引くほどあんのよ!」

 

 ルビーの手から企画書を奪おうとする私と奪われまいと抵抗するルビー、私たちのじゃれあいは食事を終えた社長が戻り、この仕事にルビーを選んだ本当の理由を説明してくれるまで続くこととなった。




次はMEMちょの話になる予定です
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