【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「この服。どうどう?」
ルビーにしては少し地味、というか大人びたシックなデザインの服を纏いながら、嬉しそうにクルクルと回って見せる。
「似合ってるわよ」
そういえば、前にもこんなことがあったと思いながら今回も同じ褒め言葉を口にした。
「エヘー。おにいちゃんは?」
私の言葉に嬉しそうに笑ってから、すぐさま隣で見ていたアクアにも問いかける。
「……まあ、いいんじゃね」
「もう! 素直に褒めてよ。こういう服ってあんまり着ないから新鮮ー。でも、なんで普段着じゃダメなの?」
拗ねたように唇を尖らせてから、再び私を向き直る。今回ルビーがいつもと違う恰好をしているのは私が指示したからだ。
「今日は顔合わせだけとはいえ、MCもプロデューサーとかのお偉方も来るんだから。あんまりアイドルアイドルしてる服だと浮いちゃうでしょ」
「あ、そっか。それならむしろスーツとかの方が良いんじゃない? キャリアウーマンみたいな」
「大人ならともかく、子供がそういうきっちりし過ぎた格好だと、逆に鼻に付くのよ。業界人は基本ノーネクタイだし、適度に決めすぎない格好が一番無難なの」
稀に気合いを入れすぎた格好でやってきて、失笑される者もいる。
目立つのが仕事の芸能人とはいえ、TPOは弁えなくてはならないのだ。
流れで自分の服装に問題がないか確認していると、ルビーが納得したように呟いた。
「あー、ミヤコさんも普段からスーツ着ないもんね。……そっか。だから」
「ルビー?」
声が少し低くなった気がして顔を上げる。
「良いからそろそろ出よう。遅刻なんかしたら、それこそ洒落にならない」
こちらはいつも通りの態度と服装のアクアが言い、そちらに一瞬目を向けてから改めてルビーを見るが、特に変わった様子はなくいつも通りだ。
(気のせいか)
私自身、久しぶりに入った大きな仕事で神経質になっているのかもしれない。
何しろ二人に入った仕事は、地上波ではないネットテレビとはいえ、レギュラーの上、業界視聴率も高い番組だ。
ここで上手く刺されば次の仕事にも繋がる。と聞いているが、これは壱護がアクア経由で私に伝えてきたことだ。
(あのバカ)
アクアから壱護が見つかったと聞かされた時は、あれだけの情報でよく見つけ出せたものだと感心した。
しかし、結局私に合わせる顔がないとかで事務所に戻ることはなく、未だに私は壱護の顔を見てはいない。
とりあえず事務所の仕事に関しては主にプロデュース業務を中心に手伝うことを了承したらしく、個人的に動いて根回しを行うと言ってきたらしい。
その成果の一つ目が今回の仕事なのだ。
正確に言えば、仕事自体はアクアが以前から世話になっている鏑木プロデューサーから貰ったものだが、本来アクアのみをコメンテーターとして使う予定だったところにルビーをねじ込む計画を立てた。
芸能界に於いて双子タレントは何組か存在するが、男女で性格も真反対というのはかなり珍しい。
加えてアイ譲りの美貌も合わせ持つとなれば、双子キャラとして売っていくのは良い選択だ。
その辺りの利点を上手く纏めた企画書を作ったのが壱護である。
私としては役者としてある程度認知度を得たアクアはともかく、まだまだ地下アイドルの域を出ないルビーを使ってもらえるか不安だったのだが、アクアから鏑木Pに企画書を渡すと思いの外あっさりと、ルビーも使ってくれることになった。
どうやら鏑木Pはアクアだけでなく、ルビーにもかなり期待をかけてくれているらしい。そこまで読んでいたのなら壱護の手腕は相変わらず大したものだが、これは本来あの二人を間近で見てきた私が思いつかなくてはならない売り方だったのかもしれない。
つくづく、自分の地力の無さを実感してしまう。
だからこそ本当は壱護に社長に戻って貰って、私は元のマネージャーとして現場に戻り二人を支えたかったのだが。
いっそアクアからあいつの居場所を聞き出して、私が直接絞め上げて──
「ミヤコさん?」
「え?」
名前を呼ばれ顔を上げると、ルビーが心配そうに私を見つめていた。
「どうしたの? なんか辛そうな顔してたよ?」
「お前がアホなことしないか心配なんだろ」
「酷い! しないよそんなこと」
「大丈夫よ。昨日ちょっと寝るのが遅かっただけ」
愛想笑いを浮かべて誤魔化したのだが、これがまずかった。
「え!? 大丈夫なの?」
それまでの笑顔が一変、眉間に皺を寄せ今にも泣きそうな顔で詰め寄るルビーに私の方が驚かされたが、その肩をアクアが掴んで押しとめる。
「落ち着け、ルビー。大丈夫だ、昨日お前が寝た後、前祝いに酒盛りしてただけだから」
「へ? そうなの?」
実際は普通に仕事をしていたし、アクアもそれは知っているはずだから、これはルビーに心配を掛けないための方便だろう。そう察して話を合わせる。
「……ええ。ネットTVとはいえ、久しぶりのテレビのレギュラーだもの。それも二人揃って。だからアンタたち、本当に妙なことしないでよね」
ルビーに言った後、そのままアクアを睨みつける。
どうも最近のアクアは、事あるごとに私が酒癖の悪い飲兵衛であるかのように吹聴している節がある。
この間、壱護の情報を話すとともに、黒川あかねとの交際についてしつこく聞き出そうとしたことが原因かも知れないが、いい加減釘を刺しておかなくては。と言外に意味を込めたのだが。
「はいはい、分かってるよ」
案の定アクアは大して反省した様子もなく、小さく肩を竦めるだけだった。
「でも良かったー。なんでもなくて」
そんな私たちのやりとりに全く気づかないルビーにも笑顔が戻る。
感情がそのまま顔に出て、ころころと変わる様は子供の頃から変わっていない。
そうだ。
この笑顔を守るためにも、今は余計なことを考えている余裕など無い。
地力が足りないのなら、努力で補えばいい。
かつて、コネも力もほとんど持ってないまま、アイをトッププロに押し上げた壱護のように。
あの男に出来たことが、私に出来ないはずはないと信じて。
「さ。無駄話はおしまい。みんな気合い入れていくわよ!」
意識を切り替えさせると共に私自身も気合を入れるため手を叩き、そのまま拳を突き上げる。
「おー!」
「……おー」
元気いっぱいのルビーと、やる気の欠片も見えないアクア。
本当に正反対の、けれど、どちらも大切な私の家族に向かって、今度は愛想笑いではなく、本当の笑顔を見せることができた。
★
深掘れ☆ワンチャン。
ネットTVだからこそ出来る、現在の地上波では放送できないギリギリな取材を行うことで、好評を博してきた番組だが、この度新陳代謝をはかるべく、二名のレギュラーを追加することとなった。
その顔合わせを含めた打ち合わせが終わったあと、僕は新レギュラーの片割れである星野アクアを呼び出していた。
「こんな場所で悪いね」
「いえ」
「でも、最近はこの業界もタバコ吸う人が減ってるからね。内緒話をするには都合が良い」
「内緒話、ですか?」
吸っていたタバコを灰皿に押しつけて、改めてアクアくんと向き合った。
端正な顔立ちと美しい瞳は、芸能界に於いても格別に目を引く。
彼に限ったことではないが、僕が目を掛けるタレントは、基本顔立ちで選んでいる。
理由はいくつかあるが、一番の理由は外見は最も分かりやすい武器となるからだ。
才能というものは基本目には見えない。
だからそれが正しく育ち、キチンとした武器になるかは正直賭け。実績のない新人タレントを使うことを投資と呼ぶのもそのためだ。
だが、見た目が良ければ最低でも一つは武器を持っていることになる。芽が出なくても何かしらの使い道が出来るため、最低限のリターンは期待できる。
そう考えて、僕は若くて美しい原石たちに投資を続けてきた。
アクアくんもその一人だが、将来性という点では現在トップクラスの投資対象だ。
それこそ、自分がプロデュースしている番組のレギュラーを任せる程に。
ただ一つ、気になることがある。
それを確認するのが今回の目的だ。
「そう。ここ最近の君の、いや君たちの動きがちょっと気になってね」
「僕たち?」
「MEMちょくんから持ち込みがあったよ。今ガチ同窓会。なかなか良い企画だ。あれも君が関わっているんだろ?」
今ガチの人気も頭打ちになっていたため、テコ入れになるということもあるが、普通の一般人を使った恋愛リアリティショーと違って、今ガチの出演者は全員芸能人。
同窓会と称して近況を話させるだけでも番組が成り立つし、改めて恩を売ることも出来る。
なにより、今まさに旬を迎えつつある女優、黒川あかねが出てくれるのがありがたい。
例の炎上の件で、未だ番組を責める者たちもいるからだ。
そうした者たちはあかねくんが番組に最後まで出たのは契約が残っているからで、本当は出たくなかったのに無理をしていたと考えてる者も多い。
つまり番組側と黒川あかね及びその所属する事務所は未だ不仲のままと思われているわけだ。
そんなイメージが付いたままでは、番組としても問題だが、今後他の仕事で彼女を使う時もかつての遺恨が蒸し返されては面倒になりかねない。
今回の企画で、恋人であるアクアくんと一緒に出て貰うことで、改めて番組との間に何の蟠りもない証明にもなるだろう。
「僕らみんながですよ。久しぶりに今ガチのメンバーで集まった時に、そんな話が出ただけです」
「……有馬くんも、島くんのドラマに出演が決まったらしいじゃないか」
「耳が早いですね」
「彼女に関しては、僕も色々動いてたからねぇ。正直、先を越された気分だよ」
「ドラマ後はスケジュールが空いてますよ」
「ま、それは追々ね」
先を越されたのは確かだが、現在の彼女のスター性が本物かどうか、そして舞台上だけでなく、ドラマやアイドルの活動中でもかつての子役時代のような人を惹きつける輝きを再び発揮できるかどうかを見極める良い機会だ。
そうしてから天才女優として売り出せば、タレントとしての市場価値は一気に跳ね上がるだろう。
「そして今回のルビーくん。いや、君とルビーくんを双子タレントとして売り出そうとしている動き、どれをとっても今までの苺プロには無かったことだ。誰か優秀なブレーンでも付いたのかな?」
良くも悪くも正攻法でしか営業を掛けられなかった苺プロらしくないヒネたやり方は、戦略担当として新しい人材が入ったとしか思えない。
「さあ。どうでしょうね」
(わざわざ隠すってことは、言えない人か)
それは正直どうでも良い。
問題なのは。
「ただ、妙に忙しないのが気になってね。それに、君もだ」
「僕?」
「ああ。君は以前から僕の期待に応えてくれた。でもそれは、僕からアイくんの情報やララライとの顔つなぎという報酬を得る為で、君自身が積極的に売れようとはしていなかった。だけど、今回はそうした報酬も無いのに、即答で出演を決め、双子タレントの相方としてルビーくんも連れてきた。まるで番組内、いや芸能界で確固たる立ち位置を作ろうとしているみたいにね。何か心境の変化でもあったのかな?」
こちらもなんとなく想像は付いている。
少し前に起こった、神木プロダクションの社長、カミキヒカルを元B小町のメンバーが刺殺した、あの事件。
カミキくんがかつてララライに所属していた俳優だったことはもちろん知っている。
それも在籍していたのは、アイくんにワークショップ先としてララライを紹介した頃と同じ。
そして、殺人の動機はアイくんの復讐だと語られている。
これらの情報を合わせて浮かび上がるのは、アイとカミキヒカルがかつて親密な仲だったという事実。
しかし、単に交際していただけなら、復讐も何もない。
恐らく、そこにはもっと深い闇が存在する。
アクアくんもそれが知りたくて、アイについて調べていたと考えればこれまでの彼の行動に説明が付く。
「売り出し方は社長が考えることですし、仮に知っていたとしても話せることじゃありませんよ」
「それはもちろん分かっている。僕は改めて確認しておきたかっただけだよ」
「なんですか?」
「僕は今まで君にいくつも貸しを作ってきた。今回の件だってそうだ」
「もちろん、理解してます」
即答するアクアくんに満足して頷き、唇を斜めに持ち上げる。
「当然その貸しはキチンと返して貰う。君たちがこれから何をしようとしているのかは知らないが、動き出す時はもちろん僕も混ぜてくれるんだろうね?」
彼の思惑は不明だが、何か大きな企画のために動いていることだけは間違いない。
いざという時に蚊帳の外に置かれたのでは、これまで何のために彼らに投資してきたか分かったものじゃない。
企画自体もそうだが、何より大きな事を成した時は、仲間意識が非常に強くなるものだ。
それこそ今ガチ同窓会のメンバーのように。
つまり、アクアくんが主催するその企画に参加していたかどうかで、今後彼らのキャスティング戦争に参加できるかどうかが決まると言っても過言ではないのだ。
是が非でも参加しなくては。
「大丈夫ですよ。その時は鏑木さんに一番に声を掛けますから」
「ほう」
「きっと、貴方にしかプロデュース出来ない企画になる」
顔を持ち上げたアクアくんの瞳が、再び僕を貫いた。
美しくも暗い光を宿したその瞳は、人を引き付ける。
まるで、そのスター性で誰も彼もを魅了していたアイくんのように。
この瞳を見ていると彼の傍に人が集まってくる理由がよく分かる。
あるいは、僕もまたその一人なのかもしれない。
「それは楽しみだ」
薄く笑みを浮かべながら、本心を隠すように新しいタバコに火を着けた。