【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
宮崎から戻って早々、俺たちはミヤコさんが手配したホテルに移動した。
それぞれの部屋に荷物を入れると、改めて唯一の二人部屋である、ルビーと有馬の部屋に集合する。
ちなみに、あかねは飛行機を降りるまでは一緒だったが、その後は自宅に戻り、ミヤコさんは事務所に直行したため、ホテルに来たのは俺とB小町の三人、合計四人だ。
一つだけ二人部屋を取ったのは、ルビーを一人にすることを心配したミヤコさんの配慮だろう。
こちらとしても正直助かった。
あの後、ずっと周囲に誰かがいて話せなかったこともあり、ルビーは明らかに不満を抱いている。
仮に全員一人部屋だったら、すぐさま俺の部屋に押し掛けて来たはずだ。
元B小町のメンバーによる殺人。
それもアイの敵討ちが動機というだけでも混乱している今、前世のことまで頭が回りそうにない。
「んー。やっぱり、ネット上はすごい騒ぎになってるね。ほとんど憶測ばっかりだけど」
「私たちの公式チャンネルにもコメント凄い来てるわよ。答えられるはず無いって分かんないのかしらね。そもそも何も知らないっての!」
全員が集まった後、今後の方針についての話し合いが始まった。
まずはそれぞれが調べた情報を出し合う。
俺が調べたのは当然、殺された男のことだ。
「殺されたのはカミキヒカル。神木プロダクションの代表。劇団ララライ所属していた元俳優、か」
劇団ララライ。
現在あかねが世話になっている劇団で、かつてアイもワークショップで参加していた。
その時に知り合いっていても不思議はない。
だが一つ気になることがある。
相手の年齢だ。
「まだ三十一だって。代表にしては結構若いね」
「芸能プロダクションの代表って若い人多いのよ。事務所に所属していた芸能人が、独立して個人事務所作ることも多いから」
「でもさ。こんなに若いなら、アイの事件の時も未成年でしょ? 敵討ちってどういうことなんだろ」
俺たちの素性を知らないため、二人の話題も当然のようにアイと絡めたものになる。
「そもそも犯人って自殺してなかった? なんか、大学生のストーカーだったって聞いてるけど」
「……そのストーカーに住所を教えたのがそいつってことじゃないか?」
会話に参加しながら、頭の中では別のことを考える。
異母兄である姫川大輝の父親、つまり俺たちの父親はすでに死んでいるはずだ。
単純に、俺たちの父親が犯人だという推理が間違っていたのか。
だとすると、まだ中学生だったカミキは何故アイを殺そうともくろんだのだろう。
しかも、出産前とドーム当日の二度に渡って。
「アクたん鋭い! ネットでもそんな感じの推測がされてるね。なんか元々警察でも住所をばらした協力者がいる線で捜査してたらしいんだけど、ぜんぜん見つからないから、結局犯人がアイの帰り道でも着けて自宅を突き止めたってことになったみたい」
「その元B小町の人は、そうじゃないって分かったから犯行に及んだと。にしてもいきなり殺しにかかるってどうなの? 普通に警察へ告発すればいいじゃない」
「……自分の手で殺したかったんだよ」
これまで黙っていたルビーがポツリと呟く。
実感の込められた言葉に、驚愕の視線が集中するが、ルビーは意も介さず続けた。
「だってそいつ、事件の頃未成年だったんでしょ。私詳しくないけど、そういうのって捕まえられないじゃなかった?」
「そもそも住所を教えただけなら、殺意があったかの証明は難しい。仮に証明できて殺人教唆で訴えられても未成年なら実刑にはならないな」
現在、芸能プロダクションの社長をしているなら、社会的制裁は十分受けるだろうが、当事者がそれだけで納得できるはずがない。
もちろん俺だって許せない。
もし事前にそいつが犯人だと知っていれば、直接手を下しに行ったことだろう。
「それなら殺して当然だよ。私だってそうするもん」
唇を噛みしめ、淡々と発せられた言葉は、だからこそ本音だと思わせる説得力があった。
「ちょっとルビー。それ本気? アンタがアイの大ファンなのは知ってるけど、流石にライン超えてるわよ」
「先輩に言われたくないけど……」
「うっさいわね! 私はこれでも場は弁えるわよ。そういうこと他で言うなってこと」
「そ、そーだね。気持ちは分からないでもないけど、公の場でそんな発言したら大炎上だよ。とりあえず、まだ詳しいことはぜんぜん分かんないんだし、私たちはノーコメントを貫こう。B小町としてはもちろん、個人的にもこの件に関するコメントはなし。というか、今はどんな内容でも、事件に絡められそうだから、基本何も話さない方がいいかも」
ユーチューバーであり、B小町のメディア戦略を担当しているMEMが慌てたように話を纏める。
これ以上ルビーの闇を突いてはまずいと判断したのだろう。
有馬は少々危なっかしいが、これなら後を任せても大丈夫そうだ。
俺自身少し考える時間が欲しい。
「じゃあ、その線であかねにも伝えてくる。あいつ自身は特に今回の件に関係ないから大丈夫だと思うけど、前科あるし」
「あー、今ガチの時ね」
あの時痛い目を見たためか、あかねも情報発信には気をつけているが、元々慣れていないこともあって、時折抜けていることがある。
そういえばいつか、リアルタイムで写真を投稿して有馬にだめ出しを食らったこともあった。
ふと有馬に視線を向けると、なにやらじっとりとした不満顔でこちらを睨みつけていた。
「そのぐらいの連絡なら、ここですれば?」
「ホテルに着いたら電話くれって言われてるんだよ」
「はーん? こんな大変な時にわざわざ電話でねぇ」
グチグチと不満を垂れ流す有馬と俺の間に、MEMが割り込んでくる。
「まーまー。流石に大丈夫だと思うけど、今はみんな情報欲しくてうずうずしてるから、アクたん繋がりで、あかねに凸ることも考えられるしね。アクたんもその辺含めてあかねによろしくー」
B小町を継いだルビーはともかく、その兄でしかない俺、そして俺と付き合っているだけのあかねにわざわざ今回の件で絡みにくる者はいないと思うのだが、俺が部屋を出やすくする方便だろう。
「ああ。……悪いな」
改めて礼を口にして立ち上がろうとするが、今度はルビーが引き留めてきた。
「お、お兄ちゃん!」
縋るように俺を見るルビーの瞳は、先ほどまで殺された男に殺意を向けていた者と同一人物とは思えない。
だからこそ、何を言いたいのか瞬時に察する。
答える代わりに無言で手を振り、そのまま逃げるように部屋を後にした。
実際、俺は逃げたのだ。
今はまだ、正面からルビーと向き合う覚悟が出来ていなかった。
※
「とりあえず俺たちはそういう方針で行くことを決めた」
『分かった。私も自粛した方がいいかな?』
「仕事はともかく、SNSの類は少し止めておいてくれると助かる。下手に明るい話題を呟いて後から不謹慎だ。なんて言われても面倒だろ?」
『そう、だね。うん。分かった』
どこか歯切れの悪い返答は、内容自体に不満があるわけではなく、もっと別の理由だろう。
俺が復讐をするために芸能界に入ったことも、その相手を見つけたがすでに死んでいたことも、あかねは知っている。
そんな中急に別の犯人候補が見つかり、しかも先に殺されてしまった。
そのことを俺が今どう思っているのか聞きたいが、踏み込んでいいのか分からずにいる。
あかねは賢い。
単純に勉強ができるだけでなく、些細な情報から相手の気持ちや思考を読みとる術にも長けている。
今俺が抱いている複雑な感情すら既に読み取っているかもしれない。
その上でどんな言葉を掛けていいのか分からない。
そんな気遣いが、今はありがたい。
「……あかね」
『うん?』
「今はまだ、いろいろと頭の中整理できてないから、ちゃんと言葉には出来ないんだけど」
『うん』
分かっている。と言わんばかりの優しい声音に、自然と口元が綻ぶ。
「昨日、いや一昨日か。あの時言った言葉は、嘘じゃないから」
『うん!』
同じ相槌でもそれぞれ込められた意味がまるで違う。
今度はとても嬉しそうだ。
案外、声優でもやっていけるんじゃないだろうか。
「あ、宮崎で撮った写真も、しばらくそのままにしといてくれ」
『分かった』
雨宮吾郎を捜してもらうため、色々と連れ回してしまったのでまともに観光らしい観光は出来なかったが、それでも二人で撮った写真も何枚かある。
俺がSNSをほとんどやらない人間なので、写真を撮るのはいつもあかねばかりだ。
同時にこれまで幾度か行ったデートを思い出す。
そういえば、デートに誘うのもいつもあかねからだった。
あくまで仕事での付き合いだったことに加え、犯人探しのためにあかねを利用している負目があったことで一歩引いていたからそうなっていたのだか、今は違う。
「いろいろ片付いたら、今度はこっちから誘う」
『うん。待ってるね』
俺の言いたいことを理解したあかねに、最後に軽く挨拶をしてから電話を切る。
「ふぅ」
スマホを脇に置いてそのままベッドに寝転がると、目を覆い隠すように腕を重ねながら考える。
そうだ。
今あかねと話してはっきりした。
俺はもう既に、復讐の舞台から降りた身だ。
心残りだった雨宮吾郎の死体も見つかった。
本当にカミキヒカルが犯人だったとしても、相手はもう死んでいるのだから、これ以上できることはない。
だからもう、俺は普通に生きて。自由に。幸せになってもいいんだ。
そう思うと心が軽くなってくる。
後の問題は──
ピンポーン
突然、部屋のドアホンが鳴り響いた。
即座身を起こして警戒する。
ルビーと有馬はMEMが押さえてくれている。
ミヤコさんはまだ対応に追われているから来るはずがない。
苺プロの社員が必要な日用品でも持ってきた可能性はあるが、それなら事前連絡くらいは入れるだろう。
後考えられるのは、耳の早い雑誌記者が取材の申し込みにでも来たくらいだが、流石にホテルの中にまで進入してくるとは考えづらいが……
「お兄ちゃん。私」
「ルビー?」
最初に選択肢から外した相手の声に驚き、そのままベッドから立ち上がると、急いでドアに向かう。
念のため覗き穴から確認すると、不安げな様子で周囲を見回すルビーが立っていた。
すぐにドアを開けて室内に招き入れる。
ホテルには他の客もいるのだから、見つかってしまったら避難している意味がない。
「えへへ。来ちゃった。あかねちゃんと電話は終わった?」
「ちょうど終わったところ。なんだよ、MEMはどうした?」
「MEMちょ? なんか先輩を慰めてたよ。私のことも引き留めようとしてたけど、家族の話があるって言って出てきたの」
(流石に二人とも抑えるのは無理だったか)
有馬よりルビーの方を抑えて欲しかったが、こちらの事情を知らないのだから無理は言えない。
扉前で話すのもなんだから、とそのまま奥に連れていく。
「へー、シングルってこんな感じなんだ」
どうでもいいことを呟きながらルビーはチラチラと俺を見ている。
それだけで、なにをしに来たのか理解した。
「とりあえず、そこ座れ」
備え付けの椅子を指し、俺はベッドに座る。
シングルの部屋には椅子も一つしかなかったからそうしたのだが、ルビーは椅子ではなくそのまま俺の横に腰を下ろした。
「おい」
「いいじゃん別に。こっちの方が話しやすいでしょ」
子供っぽく口をとがらせるルビーにため息を吐き、もう勝手にしろと手を振った。
「勝った」
勝利宣言とともにブイサインを掲げたルビーの態度はどこかぎこちない。
「……」
「……」
沈黙が、室内を支配する。
ルビーの奇妙なテンションはすべて緊張を覆い隠すためのものなのだろう。
やはり、ルビーはもう完全に気づいている。
だったら、こちらから言ってやるのが兄の勤めだ。
「あー、なんて言うか。俺たちは生まれてからずっと一緒にいたわけだから、おかしいってのは分かってるんだけどさ」
「うん」
「やっぱり、こう言いたくなる。──久しぶり、さりなちゃん。元気になってくれて嬉しいよ」
雨宮吾郎ならきっとこう言うに違いない。
「~~っ! やっぱり! せんせーだ!」
「ああ、まさかこんなことが」
「せんせー!」
最後まで言い切ることなく、飛び込んできたルビーのタックルでベッドに押し倒される。
眼前で、涙に濡れた星の瞳が輝いていた。
夕方くらいにもう一話投稿します