【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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久しぶりにアクアとあかねの話です


第20話 八つ当たり

 仕事が終わった後、その足で劇団ララライがよく使用している練習スタジオに向かった。

 私は映画の撮影とそのプロモーションで忙しかったため、今回の舞台には参加していないのだが、劇団関係者として事前連絡を入れることでスタジオ内に入る許可は貰えた。

 

 縦長のガラスがハメられたスタジオの扉からこっそりと中を覗くと、予想通り全体練習はもう終わっていて、今は居残りの自主練を続けている役者が数名いるだけだ。

 見知った顔ばかりだが、その中に目的の人物がいることを確認する。

 台本を手に、真剣な表情で鏡に向かって演技している少年。

 生まれつきだという明るい金髪と整った顔立ち。特に見る者を引きつけるのは、遠目からでも星のように輝いて見える強い瞳。

 

(綺麗だなぁ)

 

 彼が汗を流して稽古している様を見るのは好きだ。同時に安心もする。

 アクアくんが演技に真摯に向かい合っていることを実感できるから。

 彼は以前、役者に対する情熱は無いと語っていた。

 お母さんの仇を見つける手段の一つでしかないと。

 でも、今は違うはずだ。

 真犯人と呼ぶべき彼らの父親は見つかり、既に命を落としている以上、役者としての評価はもう必要ないのだから。

 

 尤も、彼はまだ復讐を続けるつもりで、その前段階として売れっ子になる必要はあるので、私が聞いてもその為にしているだけだと言うだろうが、それなら世間に対する認知度の低い舞台役者としてではなく、ルビーちゃんと一緒に売り出している双子タレントとしての活動に力を入れた方がよっぽど近道のはず。

 きっと本音では役者として演技をすることが好きなのだろう。

 ただ、今までは復讐を一番に考えていた、いや考えなくてはならなかったから、その気持ちに蓋をしていただけ。

 でも全部終わった後なら、きっと。

 

(二人でやりたいこと。増えちゃったな)

 

 東京ブレイドの舞台の時のように、また。

 そんな風に考えながら眺めていたアクアくんの下に、何人か近づき話かけているのが見えた。

 恐らく、個人練習だけでなく、みんなで合わせて練習しようと提案しているのだろう。

 前回の舞台稽古で、かなり孤立していたことを考えると、なんだか感慨深い。

 約束の時間までまだ少しあるし、しばらくこのまま見守ろうと内側から見つかりづらい位置に移動しようとして。

 

「ん?」

 

 アクアくんに近づいているメンバーの共通点に気づいた。

 化野めい、吉冨こゆき。二人とも東京ブレイドの時に共演していた女優であり、ララライは若手が少ないこともあって、私ともよく話している役者仲間だ。

 しかし。

 

「今回の舞台で二人と共演シーンあった? というか近くない? アクアくんも拒否ってないし、あ、触った」

 

 二人は私たちの関係を知っているので大丈夫だとは思うが、役者畑の人たちの異性関係の緩さと、アクアくんの女たらしぶりを考えると不安になってしまう。

 すっかり隠れることを忘れて見入っていると、その視線に気づいたのか、アクアくんがこちらを振り返った。

 小さく手を挙げ、二人に一言二言声を掛けてからこちらに駆け寄ってくる。

 

「よう。早かったな」

 

「うん」

 

「着替えてくるからちょっと待ってて」

 

「ううん、大丈夫だよ。合わせるんじゃないの?」

 

「いや、待たせるのも悪いしな。稽古はどうせ明日もあるし」

 

「でも……」

 

「それに。二人で会えるのも久しぶりだからな」

 

「っ!」

 

 顔が一気に熱くなる。

 ズルい。

 アクアくんはいつもこうだ。

 達観していて大人びた態度をとっているくせに、ここぞという時は年下っぽく甘えてきたりする。

 このギャップは本当にズルい。

 あうあうと言葉を探していると、背後で先の二人、いやそれ以外の多くのメンバーたちが自分たちを見ていることに気づく。

 それも、にやにやとした底意地の悪い笑みを浮かべて。

 

「わ、私。外で待ってるから!」

 

 それだけ言うとアクアくんの返事も聞かず、踵を返して走り出す。

 今の私には、頭と頬の熱を冷ます時間が必要だった。

 

 

   ☆

 

 

「もう! もう!」

 

 俺の少し先を歩くあかねの足取りは強く、一歩一歩力を込めて、地面に不満をぶつけているかのようだ。

 顔は見えないが、きっといつもみたいに頬を膨らませ、子供のように怒っているのだろう。

 

「今度会ったら絶対からかわれる!」

 

「ふーん」

 

「なんで他人事なの!? アクアくんも悪いんだからね」

 

 振り返ったあかねの顔は案の定、頬を膨らませてジト目を向けていた。

 

「俺、なんかしたか?」

 

「アクアくんが女好きでタラシなのが悪いの。だから私が心配しちゃうんでしょ」

 

 いくらなんでも理不尽すぎる。

 

「いや、たらしてねぇよ」

 

「女好きは否定しないんだ……」

 

「うっ」

 

 言葉に詰まった。

 俺だって、内面はともかく肉体的には健康な高校生。

 性欲だってあるのだから、異性に興味があるのは当たり前だ。

 とはいえあかねに内緒で誰かと会ったりはしていない。以前有馬と一緒にキャリーバックを買いに行った以降は特に。

 

 しかし、深ワンの関係者や今回の舞台での共演者たちとコネ作りの一環もあって連絡先の交換くらいはしているし、年若い女性タレントや陽東高校の女生徒から時折それらしい誘いも来ているのは事実ではある。

 傍にルビーがいれば真っ先に割って入ってくるし、一人の時でも適当に躱しているのでやましいことは一切ないのだが、やっていないことを証明するのは難しい。

 いわゆる悪魔の証明だ。

 どうしたものかと思考していると、あかねは立ち止まり深くため息を吐いた後、俺に向き直った。

 

「ごめんね。完全に八つ当たりだった」

 

 怒ってた顔から一転して、今度は叱られた子供のように眉を寄せ項垂れる。

 演じてない時のあかねは、感情表現が子供みたいに素直だ。

 だからこそ、心配させたことに罪悪感を覚えてしまう。

 

「いや。俺の方こそ不安にさせて悪かった。……あれだぞ。心配ならもっと頻繁に俺の居場所確認してくれて構わない。その為にこれ付けてるんだから」

 

 これ。と肩に掛けたバッグを指す。

 中には例のGPS付きキーホルダーが入っている。

 わざわざ、バッグに入れているのは単純にポケットに入れるには大きいからだが、ファンシーなデザインのぬいぐるみをお揃いで持ち歩くのに多少抵抗があったからでもある。

 あるいはこういう態度も、あかねにとって不安の種だったのかもしれない。

 

「うーん。でも、それは流石に重すぎるかなって」

 

「いや、あかねが嫉妬深くて重い女なのは承知の上だし」

 

「ヒドい!」

 

「そういうところも含めて、一緒にいたいと思ったんだから、気にするなよ」

 

「~っ! だから、そういうとこだよ、もぉー」

 

 また顔が赤くなっているが、今度は怒りとは違うものだ。

 

「じゃあ、もう遠慮しないからね! ずーっと見張ってるから!」

 

「はいはい。それで気が済むんならどうぞ。じゃ、これで仲直りだな」

 

「うん!」

 

 安堵の息を吐いた途端、ポケットに入れていたスマホが鳴り、一言断ってから確認する。

 

「ん? ルビーからだ」

 

 届いていたラインのメッセージの内容を見て、眉を顰める。

 さっきの今でこれは、大丈夫だろうか。

 

「アクアくん?」

 

「いや。ルビーから報告っつーか、週末までB小町の連中がうちの事務所に泊まり込むんだと」

 

 恐る恐る切り出すと、形の良い柳眉がピクリと跳ね上がった。

 

「ふぅん? かなちゃんたちが、アクアくんの家にね」

 

「いや、事務所と家は分かれてるし」

 

「でも同じ建物にいるんじゃ、それは意味ないよね」

 

 ぬいぐるみが入ったバッグを指さす。

 

「そうだけど……。あいつらだってそんな暇ねーよ。週末のセカンドワンマンに向けての特訓らしいからな」

 

「ああ、そっか。それなら仕方ないか。最近三人とも忙しいもんね、集まって練習できる場所が必要なんでしょ?」

 

 物わかりの良さに疑問を覚えるが、これ幸いと頷く。

 

「そういうこと。今回のライブは、俺にとっても大事な意味があるから、あいつらには万全な体制を整えて貰いたい」

 

「意味?」

 

 小首を傾げるあかねに対し、さっと周囲を見回して人通りがないことを確認し、声を潜めて耳打ちする。

 

「例の事件から半年。もうニュースでも殆ど取り上げられてないけど、それは検察側の取り調べや過去の裏付けも終わって、もう報道することが無いってことでもある」

 

「じゃあ、そろそろ」

 

「ああ、思ったより早い。だからこそ、今の段階でアイツら、いやルビーがどれくらい客を集められるのかを知る良い機会だ」

 

 MEMの発案で、今回のライブはネットで有料配信も行うらしい。

 キャパ千人の会場は全て埋まったらしいが、それに加えて有料配信がどこまで伸びるかを見ればB小町のアイドルとしての現在地が分かる。

 アイの夢だったドームまで届くのか。そして、裁判前に俺たちの出生の秘密を公表するにあたり売名行為と取られないくらい、ルビーに人気があるのかを確認する意味でも。

 それがクリアできて初めて、俺の。俺たちの復讐計画が──

 

「アクアくん!」

 

 鋭い声に、俺は思考の海から浮上する。

 真剣な顔をしたあかねが、俺の両肩に手を置きまっすぐに視線を合わせていた。

 

「言いたいことは分かるよ。私は貴方の共犯者なんだから、ルビーちゃんの人気が計画に必要なことなのも分かってる。でも、ルビーちゃんは、ううん。かなちゃんだって、メムちゃんだってそう。良いライブをするために、それをファンの人たちやアクアくんに見てほしくて、忙しい中頑張ってるんでしょ? だったら、今だけはアクアくんも復讐のためとか、人気を見定めるとかじゃなくて、ちゃんとライブを見てあげて」

 

 強い意志が込められた瞳と同じくらい強く、飾り気の無いまっすぐな台詞に思わず息を呑んだ。

 そうだ。

 自分の意志で復讐を続けている俺や、そんな俺に付き合ってくれているあかねはともかく、ルビーたちは何も知らないまま俺の復讐に巻き込まれているだけなのだ。

 今更計画変更が不可能な以上、兄として、同じ事務所の仲間として、せめてアイツらの活躍はちゃんと見てやらないと。そして何より、前世の頃からずっとアイドルになる夢を見ていたルビー……さりなちゃんを推してやるって俺はあの子に約束したじゃないか。

 そうやって自分の心に言い聞かせるように呟いてから、あかねに礼を言う。

 

「そうだな。ありがとう、あかね。お前にはいつも助けられてる」

 

「う、ううん。分かってくれれば良いの。私の方こそごめんね、なんか熱入っちゃって。一緒にライブ楽しもうね」

 

「ああ。……一緒に?」

 

「うん。私もチケット贈って貰ったから。アクアくんの隣の席なんだって」

 

 楽しみだなぁ。と屈託なく笑うあかねを見ながら、今度は俺の方が眉を持ち上げる。

 さっきの物分かりが良かった理由は分かった。恐らくチケットを渡された時に、今特訓中だとかなんとか聞いていたのだろう。

 しかし、そもそもとしてあかねにチケットを渡すという話自体初耳だ。

 

 一般チケットは即売したらしいが、関係者用に何枚かキープしている席がある。

 俺が貰ったのもそのうちの一枚だが、あかねにも贈っていたとは聞いていない。それも俺の隣の席なんて。

 

「……誰から貰ったんだ?」

 

「一応みんなからってことだったけど、直接連絡くれたのはルビーちゃんだよ」

 

「ルビーが?」

 

 MEMであれば、まだ分かるのだが。と思っての質問だったため、あかねの返答は予想外だった。

 

「あと、かなちゃんからも絶対観に来なさいって挑発的な連絡も来た。きっと私に見せつけたいんだよ。アイドルとしての自分を」

 

 有馬のことになった途端、一段声が低くなり、同時に顔も拗ねた子供のように変わる。

 あかねが有馬のアイドル活動に不満を持っていることは本人も知っているだろうから、敢えて見せつけようとしていると解釈できるが、それにしてもルビーにしろ有馬にしろ、俺とあかねが付き合っていることに否定的な感情を持っているはずの二人が、こうして連番の席を用意するのは解せない。

 何か裏がある気がする。

 

「ね。私アイドルのライブ見に行くの初めてなんだけど、何か準備とかいるのかな?」

 

 気を取り直したあかねの質問に、俺も一端思考を中断して答える。

 

「まあ、かなり熱くなるからタオルくらいは用意しといた方が良いかな」

 

「あれは? あの光る棒みたいなやつ、サイリウムだっけ。みんな持ってるんじゃないの?」

 

「用意してても良いけど、俺たち関係者席だしなぁ」

 

 JIFの時は野外ステージでちゃんとした席も無かったが、今回用意されているのは後方の関係者席の一角だ。

 当然周囲には仕事として来ている業界人が多く、目立つことをすれば奇異な目で見られかねない。

 

「そっかぁ。でもやってみたいなぁ」

 

 残念そうに呟くあかねに、俺は少し考えてから、ただサイリウムを振っているだけなら大丈夫だろう。と考え直す。

 JIFの時、俺がつい披露したような派手なオタ芸を披露するのならまた話は別だが、流石にあかねがそんな真似をするとは思えない。

 

「まあ、やりたいなら好きにすれば? ちなみに、サイリウムの色はそれぞれ違ってて、有馬は白だぞ」

 

「……なんでかなちゃんの色だけ言うの?」

 

「別に」

 

 有馬の元ファンの反転アンチ。という体を取ってはいるが、誰がどう見ても未だ熱烈なファンにしか見えないから。とは言わないでおく。

 

「ルビーちゃんとメムちゃんの色は?」

 

「赤と黄色だけど」

 

「じゃあ二本注文しておく!」

 

 ぷりぷり怒りながら、早速とばかりにスマホを取り出して注文するあかねを見つつ、何となく当日は三本持ってる気がしたが、それは言わぬが花だ。

 

「俺も用意しておくか」

 

 もちろん俺は三人分。

 いつの間にか、もう自分に言い聞かせるまでもなくさりなちゃんとの前世での約束を果たすことを含めてライブ自体を楽しみになっていることには、気づかない振りをしておくことにした。

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