【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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ライブの描写も入れようと思いましたが、個人的に文章で表現しようとすると冗長になり過ぎると思ったので飛ばして、ライブ後の話になります


第21話 セカンドワンマン

 『アキバアイドルSHOP』

 その名が示すとおり、秋葉原にあるアイドルのグッズを取り扱う専門店だ。

 閉店後の店内、俺は同じB小町推しの店員たちと三人揃って、それぞれ手にしたスマホの画面を食い入るように見つめていた。

 

 画面の中では、ステージに立つ三人のアイドルと、三色のサイリウムの洪水が映し出されており、現地の熱気が画面越しにこちらまで届いてくるような気さえした。

 アンコールの曲は、彼女たち新生B小町のファーストナンバーにして、飛躍のキッカケとなったMVでも使用されていた『POP IN 2』。

 

 会場の熱狂は最高潮に達し、曲の締め、三人が決めポーズを取った瞬間には、知らずしらずのうちに自分たちまで叫んでしまっていた。

 やがて有料配信が終了し、画面が暗くなった時には、全員揃ってため息を吐くことしかできなかった。

 本当に良いライブを見た後はいつもこうなる。

 

 だがそれも一時のこと。

 やがて、店員の一人がスマホを握りしめたまま両手を持ち上げ声を張り上げた。

 

「すげーもん見たっすね! あー、せっかく東京でライブだったのに。チケット取れないなんて!」

 

「ホントにな。有料配信があったのがせめてもの救いだな」

 

「ですよね。さすが俺のMEMちょ、良い商才してる! 配信の接続者もスゴいことになってますし、キャパ千人は小さすぎじゃないっすかね。チケット争奪戦になったのそのせいでしょ!?」

 

「B小町はここ半年で一気に飛躍したからな。会場を押さえた時はここまでになるとは思ってなかったんだろう」

 

 ライブ会場の選定はかなり難しい。

 ある程度成熟して動員数が読みやすくなったグループはともかくとして、今正に上っている最中のグループの場合、そのまま順調に進むと仮定して大きめの会場を押さえたばかりに、席が埋まらず赤字になってしまうこともあるからだ。

 

 とはいえ結成一年未満の状況で千人規模を動員できている時点で、地下上がりのアイドルとしては上等であり、それ以上の集客が見込めるB小町の飛躍振りが異常と見るべきだ。

 

「ってことは、サードワンマンの時は、今回の人気を見るわけですから、もっとデカいところになりますよね? それこそアリーナとかドームとか」

 

「そんなわけ……」

 

 楽観的な言葉に、メガネのフレームを抑えながら呆れた口調で否定しようとしたが途中で押し黙り、こちらを見た。

 こいつもドルヲタ歴が長いだけあって、アイドルグループがアリーナやドームでライブすることの難しさは理解していても、同時に期待を捨てきれないらしい。

 それは自分も同じだ。

 

「流石に次のライブでいきなりは難しいが、今のB小町ならいずれって可能性はある」

 

「そうっスよね!」

 

「確か、前のB小町ってドーム目前まで行ったんですよね。例の事件が無かったらって」

 

 二人は元祖B小町について殆ど知らなかったはずだが、半年ほど前に芸プロの社長が殺される事件の犯人が元B小町メンバーで、アイの復讐のためにやったと公言したことで、かつてのアイの事件についても再び大きな注目が集まったことがあった。

 ニュースで当時のB小町の状況も説明されていたので、二人もそこで知ったのだろう。

 

「事件の当日がドーム公演だったからな。あれから十五年。地下出身のアイドルがドームに立つことは無かったけど、もしかしたら」

 

「ってことは、今のB小町はこれから先代と同レベルまで成長するってことっスか」

 

「確実にそうなるとは言えんがな。ただ、かつてのB小町はほぼアイ一強のグループだったが、今のB小町は三人ともそれぞれ別分野でのファンを獲得してるから食い合いも少ないし、昔より可能性は高いだろうな」

 

「確かに。サイリウムの数も大体同じくらいでしたね」

 

「前はMEMちょがトップだったんすけどねぇ」

 

「あのMV見た時は、ルビちゃんがトップを独走するかと思ったんだがなぁ」

 

 飛躍のキッカケになったMVを思い出す。

 こちらに訴え掛けてくるようなルビちゃんの強い瞳は、それこそかつてのアイを彷彿とさせた。

 今後はこうしたクール路線で売っていくのかと思ったものだが、同時期に双子の兄で俳優の星野アクアと一緒に双子タレントとして売り出されるようになってからは、元の元気で天真爛漫な彼女に戻っていた。いや、二人で一緒に仕事をしている時に限ってはいつも以上に輝いて見えるほどだ。

 路線変更を止めたのか、それとも単純にあの曲のMVがそういうコンセプトで撮影されただけなのかはわからないが、JIFのライブで彼女の明るい笑顔を見てファンになった自分からすると嬉しい限りだ。

 

「確かにあれ見た時は、かなちゃん推しの俺もグラッと来ましたけどね。かなちゃんだって負けてませんよ。最近色んなドラマとか舞台にも出まくってますからね、知名度で言ったらダントツじゃないですか?」

 

「知名度ならまだまだMEMちょには勝てないッスよ。ユーチューブでもティックトックでも、登録者数爆上がりしてますからね。一時期停滞してたのにこれはかなりすごいッスよ」

 

「いや、それを言うならかなちゃんだって──」

「いやいや、MEMちょは──」

「まー、落ち着け」

 

 それぞれの推しについて熱く語り出す二人の間に割って入る。

 

「ともかくだ。三人はそれぞれ別分野で活躍してファン数を増やしている。このまま上手くいけば、数年以内にはドーム公演だって夢じゃないってわけだ」

 

「それまで俺たちも応援し続けないとですね」

 

「そん時こそ、現地で見に行きたいッス」

 

「当たり前だ。チケット取るのはもちろん、店臨時休業してでも見に行くぞ」

 

 推しは違っても、同じグループのファンとして三人がドームに立つ姿を見たい気持ちは同じ。俺たちは堅く誓い合った。

 

 

   ☆

 

 

 アンコールが終了した後の控え室。

 私たちは三人とも衣装を着替える余裕も無く、イスに座り込んでいた。

 

 冷やしたタオルを頭から被っていると、熱気が吸われて気持ち良い。

 だが、体に籠もった興奮と熱気全てを奪うことは出来ず、むしろ次から次に溢れてくるようだ。

 それぐらい、今回のライブは全てを出し切ることができた。

 

 大きな会場でのライブは一番最初、JIFのライブ以来だが、あの頃より確実にアイドルとして成長できた実感がある。

 会場のキャパは千人であり、子役時代はもちろん、演劇の舞台でもっと大勢の観客を集めたことはあるが、アイドルのライブはそれとは違う。

 

 演劇の場合、観客はたくさんの役者や物語を見にやってくるが、ライブは完全に私たち三人を見るためだけに集まってくれているからだ。

 ファンの視線を一身に受ける快感は、カメラの前や舞台の上で演技をしている時のものとはまた違う高揚感があった。

 

 人から見られることで、期待を寄せられることで、よりやる気が出る私にとっては最適な環境だ。

 お陰で私も練習以上の実力を出すことができて、そんな私を見て更にファンも盛り上がっていく。

 観客と私たちが一体になったような感覚は、とても気分が良い。

 

 アイドル有馬かなとして、今回のライブは間違いなく最高の出来だった。

 後はこれがアイツに伝わったかどうかだ。

 用意できた関係者席が後ろの方だったので、残念ながらアクアの様子やサイリウムの色は分からなかったが……

 

「三人ともー。アクアと黒川さんが来たわよー」

 

 ノックと共に聞こえたミヤコさんの言葉に、私は頭に乗せていたタオルを取って顔を持ち上げた。

 隣では同じようにソファに寝転んでいたルビーも勢いよく体を起こしていた。

 

「準備するからちょっと待っててください!」

 

 声を張ってドアの向こう側に伝えた後、服装や髪型に乱れが無いか確認する。

 あちらも流石にライブ直後のアイドルがどんな状態なのかぐらいは理解しているらしく、特に何も言われなかった。

 

「先輩」

 

 軽く準備をして、問題ないことを確認後、緊張した面持ちで私を呼ぶルビーに頷きかけ、そのままMEMにも目線を送る。

 私たちと違って、アクアに個人的な感情は持っていないであろうMEMとしては、黒川あかねとの関係も含めて若干気まずそうだったが、今回の計画はアクアをB小町の箱推しにさせようというものだ。

 彼女も居なくては始まらない。

 

「分かってますよぉ」

 

 視線だけで私の意図を理解したMEMは、やれやれと頭を振りながら立ち上がる。

 のんびりした動きは、やる気なさそうにも見えるが、MEMは私たちの中で一番体力が無いので、本気で疲れ果てているだけだろう。

 それでも、すぐにいつもの人好きのする笑みを浮かべ、アイドルとしての顔を作った。

 全員が横並びになって深呼吸をしてから、センターである私が扉を開いた先には──

 

「あ、かなちゃん! 凄い良かったよ!」

 

 B小町のグッズTシャツ、首にはタオル、そして両手にうちわとサイリウムを握るというオタク丸出しの格好をした黒川あかねが、嬉しそうな笑顔で立っていた。

 

「空気読みなさいよ!」

「ええ?」

 

「あかねちゃん。嬉しいけど、嬉しいけど。今は違うよ」

「ルビーちゃんまで!」

 

「あはは」

 

「こらこら。せっかく来てくれたんだから」

 

 ミヤコさんの取りなしで、とりあえず控え室に迎え入れる。

 浮かれた格好の黒川あかねと異なり、後ろにいたアクアは普段着姿のまま、両手に紙袋を握っている。

 

「詳しい話は後でするけど、有料配信の結果は想定以上。メムさんの狙いが当たったわね」

 

「いやー。ここまで伸びるとは私も想定外でしたけどね」

 

 社長とMEMが売り上げについて話している中、私たち四人はテーブルを挟んで向かい合った。

 

「アンタ、そんなイカレた格好でここまで来たの? 仮にも芸能人なんだから気をつけなさいよ」

 

「会場までは普通に私服着てたよ。でも、挨拶に行くなら、こういう格好の方が気持ちが伝わるかと思って」

 

 今更恥ずかしくなったのか、うちわで顔を隠そうとしているところに、アクアが手にしていた紙袋の片方を持ち上げた。

 

「悪いけどお前たちが着替える時、あかねも一緒に着替えさせてやってくれ」

 

「オッケー。で? で? どうだった? 私たちのライブ!」

 

 待ちきれないとばかりに、二人に詰め寄るルビーに、先に食いついたのは黒川あかねの方だった。

 

「すっごく良かったよ! 私今までアイドルのライブとか見に行ったことなかったんだけど、本当に感動した。こう、キラキラ輝いてて」

 

「えー。ホントに?」

 

「本当だよ。最初の方は取り繕おうとしてたけど、途中からうるさいのなんの。サイリウムも馬鹿みたいに振ってたから避けるのに苦労した」

 

「あ、アクアくん! それは内緒って言ったのに!」

 

「うれしー。初見でも虜にさせちゃうなんて、流石私たち! ねー。あかねちゃん、具体的にどういう所が良かった?」

 

「グイグイ聞くなよ」

 

「だってぇ。こういうのって直接聞く機会あんまないし。おにいちゃんも言ってくれないじゃん」

 

「あはは。そうだね、ちゃんと言って欲しい気持ちは私も分かるよ。ルビーちゃんはね。本当に楽しそうなのが良かったかな」

 

「楽しそう?」

 

「うん。アイドル活動するのが本当に楽しくて嬉しくて、心の底から笑ってるのが分かる。それが見てる側にも伝わってこっちまで嬉しくなる。これってスゴいことなんだよ? 私たち役者も演じることで自分の気持ちや想いを観客に伝えようとするけど、ちゃんと出来てる人はほとんどいないもん」

 

「そうなんだ。じゃー私演技の才能もあるのかなぁ」

 

「きっとあるよ。前にも言ったけど、興味あるなら私が教えるからね」

 

「前にも?」

 

「わー。あかねちゃん、それは内緒!」

 

 慌てて手を振って誤魔化そうとするルビー。

 確かに以前ちょっと興味あるとは言ってたけど、演技を教えて貰うとかそこまでとは思わなかった。

 私には一度もそんなこと言わなかったくせに。

 

「メムちゃんも凄かった。歌とかダンスはもちろんだけどパフォーマンス全体のバランス取りが完璧で、メムちゃんがB小町を一つに纏めてる感じ」

 

 苦笑しつつルビーの願い通り話を切り上げ、続けてMEMに感想を言う。

 

「おっ。あかね、イイとこに目を付けたね、そうそう今回はそれが課題だったんだぁ。ね。アクたん」

 

「なんで俺に言うんだ?」

 

「えー? だって、ねぇ」

 

 意味ありげな視線を向け、ダル絡みするMEMをアクアは面倒そうに躱す。

 アクアから感想を聞くのはあっちが終わってからになりそうだ。と黙って様子を窺っていると──

 

「んん」

 

 わざとらしい咳払いに視線を向けると、黒川あかねはそんな私から少し目を逸らし、手にしていたうちわで顔半分を隠すようにしながら小さな声で続けた。

 

「かなちゃんも凄く良かったよ」

 

「あらそ。アンタ、私がアイドル活動するの気に入らないんじゃなかったの?」

 

「それは、確かについ最近まではそうだったけど……。今日のライブを見て考えが変わった。ステージ上でのかなちゃんはすごく身勝手で、自分を見ろって訴えてた」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「違うよ。かなちゃんはきっと、そうやって色んな人に見られて、色んな人に期待されて。アイドル活動も役者としての活動も全部背負おうことで、成長して上に登っていくんだろうなっていうのが分かったから」

 

 言葉を切ったあかねは、じっと私を見つめて続けた。

 

「かなちゃんを見て良かったって、そう思ったんだ。ね? アクアくん」

 

「ああ。そうだな。良いライブだった」

 

 あかねの言葉にしみじみと頷くアクアの言葉に、嘘はなくて。

 

「……私、飲み物買ってくる」

 

 もう、限界だ。

 

「え? かなちゃん?」

 

 呼び止める言葉を無視して、控え室を飛び出した。

 瞬間、涙が溢れそうになる自分を必死に抑え込む。

 

 黒川あかねは、本当に良い子だ。

 役者としての才能もあるし、美人で、すごく優しくて性格だって良い。

 役者としてライバル視している私のことを、あんなにまっすぐに褒めてくれるのがその証拠だ。

 私だったら、本人を前にあんな素直に褒めたりなんて絶対に出来ない。

 

 嬉しい気持ちはもちろんある。

 あんなに才能を持っているスゴい子が、私なんかをライバルとして扱ってくれるだけでなく、アイドルとしての活動も褒めてくれた。

 それは本当に嬉しい。

 でも。

 

「アクアから言って欲しかった言葉、アンタが言わせないでよ」

 

 八つ当たりだって分かってる。

 それでも、あの言葉だけは。

 

『見て良かった』

 

 それは、ずっと私が欲しかった言葉。

 私を見て欲しいって、十数年間ずっと叫び続けていた。

 私が必要だって、あの子は使えるって、頑張ったねって。

 

 そう言って欲しくてもがき続けて、限界だった私を。アクアが見つけてくれた。

 いつか、アイツの持ってるサイリウムを真っ白に染め上げて、私がアイツの推しの子になってやる。

 そしたら、今度はちゃんと言葉にして言ってくれるかもって、そう思っていたのに。

 

 それをあんな簡単に、あかねに同意を求められ、あっさり言われて。

 これじゃあ私がバカみたいだ。

 

 分かってる。

 あの娘にそんなつもりはないんだって。アクアだって合わせただけじゃなく、本気で言ってくれたんだって、分かってる。

 

 でも。

 

「あ。居た! もー、先輩そんな格好で走り回らないでよ」

 

 脳天気な声が聞こえて、足を止める。

 慌てて目元を拭ってから振り返ると、息を切らし呆れ顔のルビーが立っていた。

 

 

   ※

 

 

「はい」

「ん」

 

 二人で連れ立って移動した自販機の側に並ぶ。

 ルビーから受け取ったスポーツドリンクはかなり冷たくて、一緒に頭も冷えた。

 

「で? どうしたの急に。あかねちゃんビックリしてたよ、なんか変なこと言っちゃったかなぁって」

 

 やっぱり。

 分かっていたけど、悪気があったわけじゃないんだ。

 

「別に」

「別にって、あんな泣きそうな顔で走り出しといてよく言うよ」

 

 やれやれと呆れたように言われて腹が立つ。

 

「そういうアンタこそ、何でそんな平気そうなのよ」

 

「何でって?」

 

「アクアよ。アイツをB小町推しにさせるとか言っておいて、いつも通りだったじゃない。むしろ、黒川あかねの方がファンになってたくらい」

 

 妹のルビーが実の兄であるアクアのことを好きだと言っているのが、どれくらい本気かは分からない。

 ただ、アクアをB小町推しにさせようとした気持ちに偽りは無いと思ったのだが。

 

 絶好の機会だった今回のライブでも、いつもと変わらないことに、ショックの一つでも受けるかと思ったが、そんな様子は一切無い。

 

 やはり本気ではなかったのか、それとも私の知らない間に、黒川あかねには勝てないと思って諦めてしまったのだろうか。

 それなら羨ましい。

 私はこんなことになっても、まだ諦めることは出来なそうだ。

 

「そんなの気にする必要ないよ」

 

「え?」

 

「おにいちゃんが先輩に伝えろって言ってたんだけどね。今回は良いライブだったけど、MVPはMEMちょだったってさ」

 

「MEMが?」

 

 確かにMEMも良かったが、彼女は調整役だったこともあってか基本的に練習通りのパフォーマンスを見せていた。それに比べ、普段の実力以上を出せた私やルビーの方が良いパフォーマンスを発揮できたと思うのだが……

 

「ほらあかねちゃんも言ってたでしょ? MEMちょが上手くバランス取ってたって。おにいちゃんに言わせると私たちは個人のパフォーマンスは良いけど突っ走りすぎてMEMちょが一歩下がって上手く纏めてくれなかったら空中分解してたってさ。その上でMEMちょはずっと下がりっぱなしじゃなくて、要所要所で前に出てたから一番印象に残ってるんだって」

 

 私も頑張ったのにー。と頬を膨らませて唇を尖らせる。

 怒っているのではなく、拗ねた子供みたいに。

 

「それを私に伝えろって? 何考えてんのよアイツ」

 

 察しの良いアクアのことだ、ルビーですら気づいたことを理解してないとは思えない。

 もちろん私があかねの言葉にショックを受けたのは、ずっと昔から抱えてきた鬱屈とした気持ちに端を発しているため、理由までは分からないだろうが、それでも私がショックを受けて逃げたことくらいは分かっているはずだ。

 基本ぶっきら棒でかなり分かりづらいが、アクアはよく人のことを見ているし、性根も優しい。

 少なくとも傷ついている人に、追い打ちをかけるような奴ではない。

 

「私もそう思ったけど、なんか先輩に伝えれば分かるって言ってたよ。前にも言ったからって」

 

「前?」

 

 何の話だろう。

 

「ま、私も可愛い妹を差し置いてって思わないでもなかったし、今日B小町推しになってくれたら最高だったけどさ」

 

 考え込んでいる私には気づかず、相変わらずあっけらかんとしたままルビーはスポーツドリンクを一口飲むと私を見てニッコリと笑って続けた。

 

「別に今日がラストライブって訳でもないし、これから先、もっと大きな会場でライブするようになって、持ち歌もバンバン増えて、ネットTVだけじゃなくて地上波の番組とかにも出てさ。それで、いつかドームでライブするんだし」

 

「ドーム……」

 

「そうだよ。きっとB小町が最高潮になるのはその時。それまで何回だってチャンスはあるんだし、私は諦めないよ。その時は絶対、私が一番良かったって言わせてみせるんだ」

 

 どこまでもまっすぐなルビーの言葉を聞いて、アクアが言っていたのが何のことか、ようやく思い出した。

 

 そうだ。あれはファーストライブ後の、帰り道の車内でのことだ。

 私がステージの感想を聞いた時、アクアはしれっとした顔で初めてにしてはよくやった。という微妙な評価を下した。

 それに反発した私が、もっと褒めろと悪態をついても慌てることなく、私たちはこれからもっと、凄いライブをやれるだろうから、ここで高得点を出すのはもったいない。

 ごく当たり前みたいに淡々と、そう言っていた。

 

 なんだかんだ言っても今回のライブの出来が良かったのは間違いない。

 でもそれは、今の私たちにとってはの話。

 これから先どうなるかは、誰にも分からない。

 だから、簡単に満足するな。

 アクアが言いたいのは、いやアクアだけじゃない。ルビーがこんなに前向きなのもそれを理解しているからに違いない。

 

「……ホントアンタたちは。兄妹揃って」

 

「ん? なんか言った?」

 

「何でもないわよ。ほら、さっさと戻るわよ、いつまでもこんなところで油売ってたら帰るの遅くなっちゃうわ」

 

「先輩がそれ言うの!?」

 

「私は最初から飲み物買いにきただけ。アンタがどうしてもって言うから付き合ってあげたんでしょ」

 

「うわー。うざっ」

 

 毒づくルビーを無視して、控え室に戻ろうと背を預けていた壁から離れる。

 その前に一つだけ。

 

「アンタのパフォーマンス。良かったわよ」

 

「先輩もね」

 

 屈託なく笑うルビーに私も笑いかける。

 アクアの言うように、私やルビーは自分のパフォーマンスを優先して突っ走りすぎていたのかもしれない。

 最高のライブが出来たと思ったのも私の勘違いだった。

 でも、それは裏を返せば成長の余地があるということでもある。

 だから。

 

「まだまだこれから、か」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、私は再び歩き出す。

 アイドル、有馬かなとしての道を。




レベルアップ編はここで終わり、次から別の話に入ります
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